『ある日の放課後』






進学校として有名な学校の校門へ続く長い坂道。
その坂道を降りて来る男女の集団があった。

「岡崎、これからゲーセンに行こうぜ」

その中に居る二人の男子生徒のうち一人が、もう一人の男子生徒へとそう呼び掛ける。
しかし、岡崎と呼ばれた男子生徒は、その声が聞こえていなかったのか、隣りを歩いていた長い髪の女子生徒へと話し掛けていた。

「杏、これから皆で何処かに寄って行くか」

「それも良いわね。私は大丈夫だけど、渚やことみ、それに椋は?」

「あ、はい、私も構いません」

「皆でお出掛けなの」

「お出掛けじゃなくて、寄り道ですね、この場合は」

ことみの言葉を椋が言い直す。
そんなやり取りを眺めつつ、朋也が大きく頷く。

「まあ、その辺りは良いとして、とりあえず、皆大丈夫という事だな。
 それじゃあ、とりあえず商店街の方へ行ってみるか」

「あ、あの〜、岡崎?」

「そうしましょうか。とりあえず、ここで話し合っているよりもかなりマシでしょう」

「あ、あの、お二人とも、春原さんが先程から…」

話を進めていく朋也と杏の間で、涙を流しながら訴える春原を可哀想に思ったのか、渚がそう言うが、
朋也と杏はそんな渚の背中を押すようにして、歩き始める。

「ほらほら、渚もさっさと行くわよ」

後ろを振り返りもせずに立ち去って行く朋也の背中を寂しそうに見ていた春原に、朋也は足を止めて振り返る。

「春原は来ないのか?」

「勿論、行くっス! いや〜、なんだよ〜、俺が居ないと岡崎も寂しいっていうのかな?
 俺と岡崎はマブタチって事だよね〜。仕方がないから、この僕も一緒に」

嬉しそうな笑みを見せながら小走りで走り寄って来る春原の方も見もせず、朋也が全員に聞かせるように声をあげる。

「今日は全て、春原の奢りだぞ!」

「うわ〜、春原ありがとうね〜」

「い、良いんでしょうか」

「ありがとうなの」

「え、えっと、あの…」

「ちょっと待って下さい! 何なんすか、それは!
 全く聞いてませんよ」

「そうだったか?」

「よく思い出してくださいよ!」

「うーん……。確かに言ってなかったかな?」

「でしょ、でしょう!」

そんな春原の肩にポンと手を乗せると、朋也は春原に清々しい笑みを見せる。

「という事に決まったから、よろしく」

「よろしくじゃないよ!」

「何だ、五月蝿い奴だな。一体、何が不満なんだ」

「不満しか見当たらないでしょうが!」

「……そうなのか、杏?」

「ううん。私はとっても満足よ」

「だよな」

「ええ」

「そりゃあ、あんたらは満足かもしれませんけどね!」

「ったく、何、訳の分からない事を」

「まあ、春原が訳分からないのは、今に始まった訳はないけれどね」

「確かにな。バカだしな」

「ええ、バカだから」

哀れむような目で見てくる朋也と杏の二人に、春原はさめざめと涙を流す。

「僕が悪いんすか……」





  ◇ ◇ ◇





商店街へとやって来た朋也たちは、適当に店を見て周る。

「おい、岡崎、ちょっとあの店見てみないか?」

「「却下」」

「う、うぅぅ……」

春原が指差す先を見もせず、朋也と杏によって春原の意見が却下される。
そんな二人の反応に肩を落とすも、そんなに見たかったという訳ではなく、単に会話に加わる為に言っただけのようで、
すぐに立ち直る。
と、春原の指した店を見たことみが、朋也の服の袖を引く。

「朋也くん、ちょっとあの店を見てみたいの」

「うん? それじゃあ行くか」

「何処、何処? ああ、あそこね」

ことみの言葉に、朋也と杏は先程、春原が指差した店へと向かう。
それを見た春原が、

「そこはさっき、僕が言いましたよね!」

「うん? そうだったのか?」

「あ、そう」

「さっき間違いなく、僕が言いました!
 それで、二人して却下したんじゃないですか!」

「そうか、そうか。悪い、お前があの店を指差してたなんて知らなかった」

「だって、春原の方なんて見てなかったしね」

「なのに、却下したんですか……」

涙を流す春原に、岡崎と杏は声を揃える。

「「お前(アンタ)の意見は、自動的に却下されるようになってるんだ(のよ)」」

「って、あんたら、息ぴったりですね。何ですか、二人して、僕を虐める相談でもしてたんじゃないんですか!」

「んな訳あるか」

「そうよ。大体、そんな事に使う時間が勿体無いじゃない。
 それに、アンタを虐めるのに、一々相談なんてする必要もないし」

「そうそう」

「う、うぅぅ。僕の存在って一体……」

「ヘタレだろう」

「ヘタレでしょう」

またしても息を揃えて言う二人に、春原はただただ涙を流すのだった。



そのまま商店街をあちこち歩き周っていると、朋也が前から歩いて来た連中の一人の肩にぶつかる。
と、ぶつかった男は立ち止まり、朋也を睨みつける。

「あぁ〜、何、ぶつかってきてるんだ!?」

男の言葉に、椋や渚、ことみは杏の後ろへと隠れる。
それに気を良くしたのか、男は笑みを浮かべ、連れの男共も朋也の前に立ち塞がる。
数少ない道行き人々も、係わり合いになるのを恐れて、遠巻きに去って行く。

「人様にぶつかっておいて、謝罪もなしか!?」

「謝罪する暇もなかったと思うんだが、それは俺だけか?」

「ううん、私もそう思うわよ。
 第一、ぶつかってきたも何も、それはあっちの方だしね。
 まあ、でも、ああいった連中はしつこいから、素直に謝った方が良いかもね」

「それもそうだな」

朋也と杏の言葉に怒り出しそうになった男だったが、続いた二人の会話に笑みを深める。

「そうそう、初めから素直に謝れば良いんだよ。
 そうだな、今なら特別に、お前の連れている連中を置いて行けば許して…」

「「そういう訳だから、春原謝れ」」

「もう、何も言う気が起きないっス…。
 でも、敢えて言わせてもらうぞ、岡崎」

「言う気がないなら、言うな」

「そうそう、敢えて何かを言うんだったら、謝りなさい」

このまま漫才のような春原虐めが続くかと思われたが、相手の男たちがそれを大人しく見ている訳もなく、
朋也と春原の前で今にも殴りかかろうとせんばかりに構える。
それを見た春原が一歩前へと出て、余裕の笑みを覗かせる。

「良いね、良いね〜。こういうノリ。やられるだけの悪役にしては、まあまあって所じゃないか。
 少し僕の実力を見せてやるか。岡崎、僕の背中は任せたぞ」

「ああ」

春原が更に一歩前へと進みながら、後ろに居る頼もしい戦友へと声を掛ける。
それに短く答えた朋也は、そのまま足を振り上げ、目の前にいた男の背中へと蹴りを放つ。
その蹴りで前のめりになった男の足を、杏がすかさず払い、男を地面へと転ばせる。

「ナイス、杏」

「へっへ〜ん、これぐらいどうって事ないわよ」

朋也と杏は、自分たちの連携に満足そうに頷くとハイタッチする。
地面へとうつ伏せに倒れた男が、顔だけを弱々しく上げると、声も弱々しく、

「お、岡崎? 僕は味方っスよね?」

「ん? ああ、すまん、すまん。背中を任せたというから、てっきり」

「よね〜。あんなに隙だらけの背中を見せるから、私もてっきり」

「う、うぅぅ」

そのままがっくりと地面へと倒れ伏した春原を見て、男たちも何と言って良いのか困ったような顔でお互いに見合わせた後、
何事もなかったかのように朋也を睨み付ける。
しかし、朋也はそんな視線に気付いていないのか、隣りの杏へと話し掛けていた。

「で、どうする、こいつ?」

「まあ、初めから役に立つとは思わなかったから、良いんじゃない。
 下手に足を引っ張られる事を考えたら、逆にこの方が良かったのかも」

「確かにな。そういえば、連れを置いていったら許してくれると言ってたぞ。
 こいつを置いていくか」

「そうしましょうか。じゃあ、そういう事で」

「そんな訳あるか! こんな奴、置いてかれても、俺たちにもどうしようもないだろうが!」

「あらあら、春原、ひっさ〜〜ん。
 こいつらにも見捨てられちゃったね」

朋也たちのやり取りに業を煮やした男たちが実力行使に出ようとした時、別の所から朋也に声が掛けられる。

「岡崎じゃないか。どうしたんだ、こんな所で」

声を掛けてきたのは、目の前に居る男たちよりも、明らかに悪そうな格好と目付きをした男で、
その男の傍らにも似たような感じの男が二人程居た。
朋也は彼らに見覚えがあり、軽く挨拶を返す。

「ん? ああ、どうしたんだ、こんな時間にこんな所に。
 宮沢の所からの帰りか?」

「いや、今日はゆきねぇの所には行ってねえよ。
 ちょっと、この先に用があってな」

「ふーん。どうでも良いけど、あまり変な事はするなよ。宮沢が心配するぞ」

「んな事は分かってる。今日の用事ってのは、そんなんじゃねーよ。
 と、時間があまりないんでな、またな」

「ああ、また資料室でな」

朋也と男たちは和やかに挨拶を済ませると、そのまま分かれる。
と、さっきまで朋也へと殴り掛かろうとしていた男たちが僅かに後ろへと下がっていた。
不思議に思った朋也だったが、そんな朋也に気付かず、男たちは何やら小声で話し合っている。

「ど、どうするよ」

「べ、別に問題ないんじゃないのか」

「だけど、さっきの奴、あの学校の…」

「だけど、今は居ない訳だし」

「後で報復とかされたら…」

「多分、大丈夫。告げ口できないように痛めつければ…」

暫らく相談し合い、結論が出たのか、男たちは再び朋也を睨み付ける。
と、そこへまたしても声が掛かる。

「岡崎、こんな所で何をしている。
 まさかとは思うが、また何か悪さをしてるんじゃないだろうな」

「智代か。と言うか、またってのは何だ、またってのは。
 俺と春原を一緒にするなよな」

「そうだったな、すまん。だから、そんなに拗ねるな」

「別に拗ねてねーよ」

そう言いながら朋也の横へと来た智代は、そこにいた杏たちと挨拶をする。

「まあ、古河たちが居るのなら、そんな心配もないだろうが」

「ったく、少しは俺を信用しろっての」

「勿論、信用してるぞ」

朋也の言葉に智代は笑みを浮かべて答える。
と、智代を見た男たちがさっきよりも後退り始める。
しかし、それに朋也たちは気付かず会話を続けている。
そこへ、復活したのか春原が急に立ち上がる。

「ふっふっふっふ。どうやら、この僕に怖気ついたみたいだな」

自身満々に言う春原に、杏と朋也が白い目を向ける。

「何か、気を失っていたにしては、タイミングが良すぎるわね」

「恐らく、気を失った振りをしてたんだろう」

「なるほどね、流石はヘタレね」

「ああ、全くだ」

そんな二人の会話が聞こえているだろうに、春原は聞こえない振りを続けながら、智代へと近づく。
いや、正確には智代の後ろへと周り込もうとしている。
気付かれないように動こうとしているつもりなのか、ゆっくりと足の関節部分だけを動かして移動する。
上半身だけ見れば、歩いているようには見えないだろうが、傍から見ていると、単に不気味な動きにしか見えない。
現に、そんな風に近づいて来る春原を嫌そうな目で見ていた智代は、春原が一定距離に近づくと、
何も言わずに強烈な蹴りを喰らわせる。

「近づくな、気持ち悪い!」

智代の蹴りで吹き飛び、朋也の方へと向って来た春原を、朋也は躊躇せずに力一杯智代へと蹴り返す。

「しつこいぞ!」

再び戻ってきた春原を更に蹴り返す。

「こっちに来ないでよね」

飛んできた春原を、杏は辞書で弾き飛ばす。
と、その方向はまたしても智代の居る方で、智代は眉を顰めると、再び春原を蹴り上げる。
綺麗な放物線を描き、天高く舞った春原の身体がそのまま地面へと激突し、細かい痙攣を繰り返す。
そこへ留めとばかりに朋也と杏が背中を踏みつけると、やがて春原は動かなくなる。
そんな事を気にも止めず、朋也は智代へと話し掛ける。

「とりあえず、春原も反省してるみたいだから、この辺にしておいてやってくれ」

「まあ、岡崎がそう言うのなら、私は別に構わないが…。
 今度から、そいつを鎖で繋いでおいてくれ」

「そうするか」

「でも、どこに繋いでおく?」

「学校の中庭で良いんじゃないのか?」

「他の生徒たちに迷惑だから止めてくれ」

杏が答えた言葉に、智代が呆れたように呟く。
それに頷くと、

「そう言えば、智代はどうしたんだ?」

「どうしたとはどういう意味だ?」

「いや、どうしてこんな時間にこんな所に、って事だったんだが」

「ああ、そういう事か。単に生徒会の仕事が今さっき終わって、これから家に帰る所なだけだ」

「そうか。じゃあ、こんな所で話し込んで悪かったか?」

「いや、問題ない。岡崎たちと話をするのは楽しいからな。
 生徒会が忙しくなければ、私も一緒に行動したい所だが…」

「まあ、仕方ないだろう。また今度、誘ってやるよ」

「ああ、楽しみにしてるぞ。それじゃあ」

「ああ、またな」

朋也に続き、渚たちも智代と挨拶をする。
それらを見ていた男たちが、またこそこそを話し始める。

「あ、あれって、坂上だよな」

「あ、ああ、間違いない」

「どういう関係なんだ、あいつら。随分と親しそうだったが」

「そ、それに、あの坂上が大人しく言う事を聞いていたぞ……」

こそこそと話す男たちに観ぜんに背を向けて、去って行く智代を見送った後、ふと足元に違和感を感じた朋也は下を向き、
そこに全く反応を見せない春原が居るのを見て、杏に下を見るように指差す。
それを受けて下を見た杏は、自分たちの足の下に春原が居る事に驚く。

「アンタ、人の足の下で何してんのよ!」

そう言って春原の背中を蹴り付け、朋也は春原が逃げれないように春原を踏み付ける。

「全く、お前は街中で何て事をするんだ。俺は、友達のような気がしないでもないが、どちらかと言うと知人? として情けないぞ。
 大人しく、お仕置きを受けるんだ。そうすれば、杏だって、ひょっとしたら許してくれない事もないだろう」

と、何度か足を降ろして蹴り付けていると、非常に遠慮がちに渚が二人へと声を掛ける。

「あ、あのお二人とも、春原さんは初めからそこに居たような……」

「は、初めから!?」

「一体、いつの間に。杏、もう少しきついお仕置きが必要だな」

「ええ、そうね」

そう言って足を高く上げてそれを振り下ろそうとした時、今度は椋が声を上げる。

「そ、そうじゃなくてですね!」

しかし、その椋の静止を含んだ声さえも無視して、杏の足が春原へと振り下ろされ、続いて朋也の足が落とされる。
微妙に白目を向いているようにも見えなくもない春原を一瞥すると、春原がそこに倒れている事情を説明することみに、

「ことみ、そんな事は分かってるぞ」

「そうそう。これは、えっと冗談?」

「いや、単に春原と遊んでるだけだろう」

「そうそう、春原と遊んでるのよ。こいつも、とっても喜んでるのよ」

「ほら、見てみろ。こんなに嬉しそうな顔をしてるだろう」

「そうだったんですか。春原さんと遊んでたんですね。でも、三人だけで遊ぶなんて、少しずるいです」

納得した後に、少し拗ねてみせる渚へ、杏たちの信じられないような視線が飛ぶ。

「どうかしたんですか、皆さん」

「い、いや、何でもないぞ。確かに、俺たちだけで遊んでたのは悪かったな」

「そ、そうね。そうだ、渚もやる?」

「い、いえ、私は遠慮しておきます。幾ら遊びとはいえ、できませんから」

「そうか」

「そうよね〜」

言いながら、朋也とと杏は春原の上から足を退け、そっと足で向こうへと追い遣る。
その間に渚と話をして、話を逸らす。完全に話が逸れ、渚の頭の中から春原が消えた頃、朋也と杏は顔を見合わせる。
と、そんなやり取りを見ていた男たちの足が、僅かに後退しており、完全に忘れられている事に怒る事もなく、ただ無言でいた。
どうも立ち去るに立ち去れないといった感じで、そこに居るような感じも受ける。
そんな男たちを気にも掛けず、朋也はさも今気付いたとばかりに春原の傍へと近寄ると、足先で突っつく。
未だに気を失っているのか、何度突っついても何の反応も見せない春原を見て、朋也は最後にもう一度強く蹴る。
それでも反応がないのを見て、朋也は目を見開く。

「春原! 大丈夫か。くそっ、お前ら、何て酷い事を」

「本当よ。ここまでするなんて、人間のすることじゃないわ!」

朋也が男たちを睨みつけながら言った言葉に、杏も同意するように叫ぶ。
それを聞いた渚が、春原の様子を見て、瞳を悲しみの色に染める。

「そんな、こんな事をするなんて…」

怯えつつも目の前の男を見る渚に、男たちは流石に声を上げる。

「俺たちは何もしてないだろう!」

「嘘吐け。貴様ら、こいつをよってたかってこんなに痛めつけやがって…」

「そうよ、こいつは馬鹿で間抜けでどうしようもないヘタレだけれど、一応、私たちの知人? なのよ」

「なんで、さっきから疑問系なんだよ…」

流石に春原が哀れになったのか、男の一人がボソリと呟くが、それを綺麗に無視して続ける。

「そういう訳で、覚悟は出来てるわね」

「待て、杏」

「どうしたの、朋也」

「いや、こいつが気を失っている間に色々とやってみようかと…」

「あ、それ面白そうね。まず、何する」

「うーん、ありきたりな所で、女装させてその辺に転がしておくってのはどうだ?」

「それは楽しそうね。でも、服が無いわよ」

「そんなの……」

そう言って朋也は春原のポケットをまさぐり、財布を取り出す。

「お、岡崎さん、勝手に取るのは」

「大丈夫だ、古河。こいつが使うものをこいつの金で買うんだから」

「あ、それもそうですね。……でも、何か違う気がしますけど」

「細かい事は気にするな。……って、ちっ! 全く使えない奴だ」

「どうしたのよ、朋也」

朋也の舌打ちに不思議そうに尋ねてくる杏に、朋也は財布の中身を見せる。

「…はぁ〜、本当に使えない奴ね。偶には役に立って欲しいわね」

「こいつは、起きていたら起きていたで迷惑だが、寝ていても役に立たんとはな」

「本当にどうしようもないわね」

二人してやれやれと肩を竦めると、ふと気付いたように後ろを振り返り、男たちを面倒臭そうに見遣る。

「まだ居たのか。で、一体、何の用だったっけ?」

惚けているのではなく、春原で遊ぶという行為の前に本当に忘れてしまっているらしい朋也を見て男たちは愛想笑いを浮かべる。

「な、何でもないです、はい」

「俺、いえ、僕たちはこれから用事があるんでこれで失礼させて頂きますね」

一人がそう言うが早いか、男たちは一斉にこの場を走り去って行く。
その背中を眺めつつ、朋也は何だあれはと首を傾げるが、すぐにしゃがみ込むと、春原の足を掴んで引き摺り始める。

「どうするの、朋也」

「とりあえず、ここだと迷惑な上に、視線を集めるから、向こうの公園まで運ぶ」

「それもそうね。じゃあ、頑張ってね。私たちはその間にどうするか相談するから」

そう言って朋也たちの後ろを歩きながら、杏はこの後に付いて相談し始める。

「ことみはどうしたらいいと思う?」

「……ネコ耳?」

「確かに、それも面白そうね。でも、春原じゃあ、単に気持ち悪いだけね。
 どうせするんなら、後で気が付いた時に精神的に堪えるようなやつが良いわね。
 渚や椋は何かないの」

「あ、あの、こんな事をして良いんでしょうか」

「良いのよ。春原の希望なんだから」

「そうだったんですか。でしたら、私も一生懸命に考えますね」

そう言ってうーん、うーんと唸り出す渚を見ながら、椋が不安そうな顔を覗かせる。

「お、お姉ちゃん」

「大丈夫、大丈夫。それよりも、椋も何か考えなさい」

そうこうしている内に公園へと付き、朋也も会話に加わる。
それから、全員の案を改めて見て、財布(春原自身の)と相談をして決める。
結果、今、智也たちの目の前にはうさぎの耳に猫の尻尾、上半身はネクタイと一目で玩具と分かるような羽を付け、下半身はブルマ、
その手には天使が持っているようなハートの形をした矢と弓を持った全く訳の分からない人物が横たわっていた。

「……くっくっく、ぶわぁあはっはっはっは〜。
 や、やりすぎだろう、流石にこれは」

「くっくっく。そういうアンタだって、止めなかったじゃない。でも、ウサギの耳なんて、よく思いついたわね、ことみ」

「えっへん…なの。猫は駄目と言われたから、兎にしたの。
 それなら、あそこの小物やで売ってたのを前に見たから」

「くっくっく。記念だ、写真を撮っとこう」

笑いながらさっき買ってきた(勿論、春原の財布から)カメラを向ける。

「お、岡崎さん、そんなに笑ったら可哀想ですよ」

「言いながら、渚も肩が震えてるわよ。それにしても、猫の尻尾ね〜。
 渚も面白い事するわね〜」

「そ、そうでしょうか。私は可愛いと思うんですが」

「確かに、古河とかが付けるんなら問題ないだろうがな。
 す、春原が、しかも他の奴とのバランスを考えると……。はははは」

「と、朋也、ちょっと笑い過ぎだって。しまいには、こいつが起きちゃうわよ」

「多分、もう少しは大丈夫だって。にしても、こんな弓矢が売ってるんだな」

朋也が感心したように言うと、それを選んだ椋が頷く。

「あ、はい。お呪いのグッズなんかを売っているお店に…」

「流石、椋。私の妹だわ。中々良いアクセントになってるじゃない。あの、羽もね」

「しっかし、杏も酷い事をするな。流石にブルマはないだろう」

「それを言うなら、アンタこそ。上半身裸でネクタイだけってのは酷いんじゃない?」

「いやいや、俺は如何に金を使わず、既にあるもので最高のものを求めてだな。
 これも偏に、あいつの経済的な事を思って」

「流石です、岡崎さん」

朋也の言葉に素直に感動する渚に、朋也は大仰に頷いて見せる。

「さて、充分楽しんだ事だし、そろそろ帰るか」

「そうですね。それじゃあ私、春原さんを起こしますね」

春原を起こそうとする渚を朋也は止める。

「ああ、良いんだ。こいつはこの格好でここで寝るのが好きなんだ」

「そうなんですか」

「そうそう。下手に起こすと、逆に怒られるから、このままにしておきましょう」

「分かりました。そういう事なら、そっとしておきましょう」

朋也に続き杏にも言われ、渚も春原を起こす事を止める。
全員がその場を立ち去ろうとした時、朋也は春原の元へと引き返す。
それに気付いた杏も朋也の後ろから、何かをしている朋也の手元を覗き込む。
朋也は、大きな紙にマジックで何やら書き付けていた。

「あんたも、酷いわね」

「いやいや、下手に人に見られたら、こいつも辛いだろう。
 だからだな」

「それもそうね。じゃあ、ここはこうした方が良いんじゃない」

「…流石だな、杏。なら、最後にこう付け加えてっと…」

「よし、完璧」

「うん、完璧ね」

二人はお互いに満足そうな笑みを浮かべる。
そこへ、先言っていた渚たちから声が掛けられる。

「岡崎さん、杏さん、何してるんですか〜」

「何でもない」

「今、行くわ」

二人はそう返事を返すと、今度こそその場を後にするのだった。

その後、その公園内で怪しい人物が見かけられるも、何故か通報はされずに済み、少年は日も暮れた頃になって目を覚ます。

「ん……。あれ、僕は何でこんな所で寝てるんだ?
 確か、岡崎と遊びに出掛けてたら、変な奴らに絡まれて……。
 そこから記憶がないんだけど」

キョロキョロと辺りを見渡すが、誰の姿も見えない事に気が付く。

「ひょっとして、皆、僕を放っておいて帰ったとか……。あ、あははは〜、そんな訳ないよね。
 おーい、どうせ、その辺で見てるんだろう。目が覚めてたんだから、いい加減に出て来いよ〜」

そう言って叫ぶ春原を見て、僅かにいた通行人が可哀想な目を向けてそのまま足早に立ち去って行く。
それに不満そうな顔を見せつつも、辺りを見渡し、本当に誰も居ないと分かると、肩を落として顔を伏せる。

「ん? あれ? え、え!? な、何で」

春原はようやく自分の格好に気付いたのか、手に持った弓と矢を放り投げると、改めて全身を見る。

「僕、何でこんな格好してるんですか!?」

叫びつつ、ふと自分が凭れ掛けられていた木にに、でかい紙が貼り付けられていたのに気付く。

「えっと、何々…。『人間になる為の修行中につき、起こすべからず。起こした者には災いが降りかからん。By便座カバー』
 ……って、なんじゃこりゃぁぁ!」

春原の叫びが、誰も居ない公園のしじまを破るように響き渡るのだった。







翌日、昼休みにげっそりとした顔でやって来た春原に、朋也が声を掛ける。

「おう、どうしたんだ、疲れたような顔をして」

「本当に疲れてるんだよ。あの後、大声を聞きつけた警官が来て……。
 う、うぅぅ、思い出したくもない……」

そう言って机に突っ伏したかと思った春原だったが、顔を上げると、

「岡崎〜、飯に行こう〜」

「ああ、別に構わないが」

「……はぁ〜、何故か金が減ってるし。
 今月は少し節約しないと…。昼はジュースだけにしておこうかな……」

ブツブツと呟きながら廊下へと出た春原の前に杏が現われる。

「春原、昨日、あれからどうだった?」

「昨日? って、そう言えば、岡崎たちは昨日、何処に行ったんだよ!
 気が付いたら、僕一人だったし、変な格好になって…」

「変な格好がどうかしたのか」

「い、いや、何でもないよ、何でも。そ、それよりもさ、変な連中に絡まれた所までは覚えてるんだけどさ」

「……春原、智代に会ったのは覚えてるか?」

「何を言ってるんだ、岡崎。あいつは生徒会で忙しくて、一緒に商店街に行ってないだろう」

「そうか、そうだったな。昨日の事だったな。
 昨日、変な連中にからまれた俺たちの前に、お前が庇うように立ちはだかったんだ」

「流石は僕だね。って事は、僕はあいつらに殴られて気を失ったのか? でも、だったら、どうして公園なんかに?
 って、それじゃあ、岡崎は何処に行ってたんだよ。まさか、僕を見捨てて」

言った途端、春原は頬を殴られる。それも、グーで。

「な、何を」

「俺が友達を見捨てる訳ないだろう」

「お、岡崎…。……って、でも、僕が気が付いた時には居なかったぞ?」

「何を言ってるんだ。
 お前が自分が奴らの注意を引きつけておく間に逃げろって言ったんだぞ」

「そうよ。覚えてないの? それに、私たちじゃ、あんたの足を引っ張るだけだから、素直にその言葉に従ったのよ」

「あ、うん、思い出したよ。そうだった、そうだった」

「そうか、思い出してくれたか、良かった、良かった。
 所で、あれからどうなったんだ?」

「あ、あれからっスか? そ、それはもう、襲い掛かってくる連中を千切っては投げ、千切っては投げ。
 終いには、あいつらは仲間を呼んでね。流石の僕ももう駄目かと思ったよ」

「おお、流石は春原だ。よし、記念にカツ丼でも食べに行こう。勿論、お前の奢りで」

「あ、じゃあ、私はAランチね。それと、フルーツ牛乳」

「じゃあ、俺はコーヒ付きで」

「って、何で僕が奢るんっスか!? この場合、あんたらが奢ってくれるんじゃないんですか!?」

「春原、お前、昨日格好良かったぞ」

「うんうん」

「そ、そう。まあ、あれが僕の実力って訳じゃないけれどね。
 僕の本気はもっと凄いよ」

「うんうん。という訳で、春原の奢りな」

「ありがとうね」

「何でなんすか!? 絶対に可笑しいだろう、その会話の流れ」

「ちっ、気付きやがった」

「何で舌打ちなんでしょうかね! 僕ですか、僕が悪いんですか!?」

「他に誰が居るんだ、あぁぁ」

「ひぃぃ。って、何で凄むんですか」

「悪い悪い」

そう言って左手を少しだけ上げると、朋也のポケットから何かがヒラリと落ちる。

「岡崎、何か落ちたぞ」

「あ、悪い、拾ってくれ」

「ったく、これぐらい自分で……」

ぶつくさと文句を言いつつ拾い上げたソレを見て、春原は言葉に詰まる。
次に汗を滝のように流しだし、顔を青くさせる。

「お、岡崎……こ、これは?」

「ん? ああ、よく撮れてるだろう。昨日、偶然、あそこを通り掛かった時に見かけてな。
 面白いから、撮ってみた。因みに、こんなのもある」

そう言って朋也が春原だけに見せた写真には、あの格好をした春原が公園にある小便小僧に抱き付いている写真だった。

「気にするな、春原。趣味は人それぞれだ。勿論、誰にも言わないよ」

「べ、別に趣味じゃないよ!」

「そうなのか? だったら、杏〜。面白いものがあるんだが」

「え、何々」

何かは分かっているくせに、敢えて楽しそうな笑みを浮かべて喰い付いてくる杏に、春原は顔を更に青くさせる。

「待て、岡崎」

「待て?」

「待って下さい、お願いします。だ、誰にも言わないんだよな」

「うん? 趣味じゃないんだろう」

「……趣味です。だから、誰にも言わないで下さい」

春原は涙を流しつつそう言う。
それを聞き、

「まあ、それじゃあ仕方ないか。でも、言わないで見せるなら良いだろう」

「良くないっス!」

「はぁ〜、それにしても腹が減ったな」

「あ、カツ丼っスね。コーヒー付きで」

「そうそう。でも、金がな〜」

「何を言ってるんですか。勿論、僕の奢りじゃないですか」

「そうか、悪いな」

「そういう訳で、それを僕に…」

「ん? 欲しいならやるぞ。ネガならまだあらうからな」

「ネガごと下さい」

「まあ、その内な」

「その内って、何時っスか!」

「とりあえず、カツ丼…」

「はい、そうですね」

朋也の言葉に頷く春原を追い抜きながら、杏が言う。

「私はAランチね」

「何で、杏にまで」

「朋也〜、さっきの見せて〜」

「うん? 別に構わないが」

「Aランチっスね!」

「勿論…」

「フルーツ牛乳も付けさせてください」

「分かれば良いのよ」

「シクシク」

意気揚々と前を歩く二人とは対照的に、春原はさめざめと涙を流して二人の後に付いていくのだった。






おわり




<あとがき>

CLANNAD短編〜。
美姫 「ちょっと春原が可哀想ね」
……み、美姫が他人を気遣ってる!!
美姫 「滅茶苦茶、失礼ね! 私は何時だって気遣ってるわよ。単に、アンタが例外なだけ」
シクシク。それが辛い……。
美姫 「さて、CLANNAD単体での話ってこれが初よね」
…多分、そうだな。
美姫 「じゃあ、祝、初SSアップ〜」
ありがと〜。
美姫 「さて、それじゃあ、今回はこの辺で」
って、もうお終いかい! もっと、こう、何かないのか?
美姫 「欲しいの?」
勿論!
美姫 「じゃあ、ここでは恥ずかしいから、後でね」
おう!
美姫 「クスクス(後でたっぷりと技を喰らわしてあげるわ)」
な、何か寒気が、こうゾクゾク〜っと。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
(き、気の所為だよな)…ではでは。





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