『芽衣再び』






それはいつものように朋也が陽平の部屋でダラダラと過ごしていた時の事である。
ノックの音に続き、この寮の寮母である美佐枝が部屋へと入ってくる。

「この部屋の主である春原じゃなくてあんたが居るのは今更だけれど、しかしこうもタイミングが合わないもんかね」

「美佐枝さん、春原に何か用なの?」

「私じゃなくて、実家の妹さんから電話がきているのよ。あっ、丁度良いわ。
 岡崎、あんたが代わりに出といて」

そう言うと部屋を出て行く美佐枝。
本来ならここで断るなりするのだが、陽平の妹とは面識もあるので素直に電話へと出る。

「はい、もしもし」

「あ、お兄ちゃん……じゃないですよね。えっと、もしかして岡崎さんですか」

「正解。さすが芽衣ちゃん、声だけでよく分かったな。
 まあ、春原に俺以外の人間の知り合いが居ない以上は自然と出てくるかもしれないが」

「えっと、……友達とは言わないんですね」

「はっははは、当たり前じゃないか。と、それはさておき、何かあったの」

電話の向こうで苦笑を浮かべているであろう芽衣を想像し、朋也は本題へと移る。
それに対し、芽衣は少しだけ言い淀むも、

「今度、またそっちに遊びに行こうと思って。あ、ちゃんと両親の許可は貰いましたよ。
 それでおにいちゃんの所にまたお世話になろうと思ったんだけれど、おにいちゃん今いないんですね」

「気にしないで来ると良い。春原には俺から伝えておくから。大丈夫だって、ちゃんと本人には了承させるから。
 で、いつ来るの。うんうん、今度の土曜日ね。分かった、ああそれじゃあ」

芽衣からの伝言を受け取り、朋也は電話を切ると部屋へと戻る。
そこにはいつの間にか戻ってきた陽平が雑誌を広げており、入ってきた朋也を見るなり口を開く。

「何だまだ居たの。てっきりもう帰ったのかと思ったよ」

「ああ、ちょっと電話してたんだよ」

「電話? いったい誰と……はっ! ま、まさか女の子とか言わないよね」

「いや、女の子だが」

「ぬぐぁぁぁぁ、どうして岡崎ばっかり! 岡崎ぃっ!」

頭を抱え込んでいた陽平は手にしたままだった雑誌を放り投げると正座をし、テーブルに両手を着いて頭を下げる。

「お願い、紹介して」

「まあ、ちゃんと床に手をついて土下座してお願いしますと言った後に、
 その場で三回周ってワンと鳴かれれば流石の俺も紹介しない訳にはいかないな」

「そ、そこまで求めますか」

「いやいや、別に俺は求めてなんかいないぞ」

「やるよ! やりますよ! やらせてください!」

言うが早いか陽平は綺麗に土下座をして見せ、その後四つん這いのまま三回周って見せると、

「ワン! ワンワンワワワン!」

笑い出すのを堪えながら、朋也は今この場にカメラがない事を悔やむ。
だが、やった本人である陽平はそんな朋也の様子になど全く気付かず、

「これで本当に紹介してくれるんだよな」

「ああ、約束は守るさ。さっき電話してきた女の子もフリーらしいからな。
 ただちょっと年が下だけれど」

「年下の女の子か。うんうん、僕が大人の魅力ってやつをたっぷりと教えてあげるよ。
 で、いつ紹介してくれるんだ」

「丁度、今度の土曜日にこっちに来るつもりらしいからな。
 ただ兄が居るらしいんだが、反対するかもしれないだ」

「そんなの気にしなくても良いよ。いざとなったら、ここで……ぐふふふ。
 あ、岡崎、もしそうなったら悪いけれど来ないでよ」

「ああ、分かった。それじゃあ、その子が来るのは良いんだな」

「勿論、良いに決まってるだろう」

「よし、後から駄目だというのは聞かないからな」

「言うわけないだろう。もし冗談でもそんな事を言ったら、鼻でラーメンを食べてやるよ」

「忘れるなよ」

朋也が念押しするも陽平は笑いながら了承する。
それを見て朋也もやや大げさに腕を組んで頷いてみせる。
と、陽平が不意に表情を真剣なものへと変えると朋也に詰め寄る。

「それで、その子は可愛いか」

「ああ、兄に似ずにな」

「まさか性格が智代みたいに凶暴とか」

「いや、これまた兄に似ずにとてもいい子だな」

「おおう! そんな子を紹介してくれるなんて、岡崎おまえっていい奴だったんだな」

「当たり前だろう。そうそう、この間お前が編集し直したあのテープあるだろう」

「ボンバヘか」

「おう、それそれ。わりぃ、間違って上から違うのをいれちまった」

「あはははは、気にするなよ。また録音しなおせば良いんだし」

そう言って爽やかに笑う陽平に念を押すように許すという言葉の言質を取り、朋也もようやく笑みを浮かべる。
そんな朋也の正面に座り、陽平は鼻歌まで飛び出すご機嫌ぶりである。
朋也は既に興味がないとばかりに雑誌を手に取り寝転がる。
何とはなしにページを捲りながら時間を潰す。

「ああ、早く週末にならないかな〜。僕の可愛い……、そう言えば名前は何て言うの?」

「うん? ああ、芽衣ちゃんって言うんだよ」

面倒くさそうにおざなりに答えると、朋也はページを捲る。

「芽衣……い、妹と同じ名前か。
 でも、同じ響きでもこっちの芽衣ちゃんの方が可愛く聞こえるよ」

「幸せなやつ」

「何か言った、岡崎?」

「いーや、何も」

「あ、でも初対面で行き成り名前を呼ぶのも失礼だよね。
 とりあえずは苗字で呼んだ方が良いよね。ねぇ、岡崎。芽衣ちゃんの上の名前は何て言うの」

「あん? そんなの春原に決まっているだろう」

「へぇ、僕と同じじゃん。……てっ、決まってるっていうのは? あ、あれ?
 もしかしてその女の子って髪の毛を両側で縛っていたりするのかな」

「ああ、そう言えば前に来たときはそんな感じだったな」

「あ、あははは。何かうちの芽衣によく似ているね」

「いや、似ているも何もその芽衣ちゃんだよ。全く妹相手に初対面も何もないだろうに」

「…………はい? あ、あのー、岡崎?
 週末に来る女の子って、僕の妹なのかな?」

「そうだって言ってるだろう」

「今、初めて知りましたよ! と言うか、いつの間にそんな事になってたんだよ!」

「さっきの電話に決まってるだろう」

「あんた、何でそんなに落ち着いて言ってるんすかっ!」

「いや、他人事だし」

しれっと答える朋也に陽平は益々ヒートアップしていく。

「ちょっ、何で岡崎が勝手に決めちゃってるわけ!?
 勝手に来られても僕が困るんですけど!?」

「今回はちゃんと親の許可を貰ったというから良いんじゃねぇの」

「岡崎ぃぃ、騙したなっ!」

「人聞きの悪い事を言うなよ。俺は騙してないぞ。
 安心しろ、ちゃんと芽衣ちゃんを紹介してやるから」

「いらないよ! というか、あんたよりも僕の方が詳しいですよね!」

「いやいや、しかしお前もやるじゃないか。まさか実の妹を紹介してくれなんてな。
 しかも、その為に形振り構わずだったし。流石は春原、普通じゃないな!」

言って親指を立てて爽やかな笑みを向ける。

「その時点で僕は妹だって知りませんでしたよね!
 それだけを聞くと、本当に僕は変な奴じゃないっすか!
 ああー! そう言えば岡崎、さっき僕のテープを」

「許すって言ったよな?」

「う、うぅぅ。この際、それはもう良いよ。いや、本当は良くないけれど。
 ともかく、今は芽衣のことだよ! 勝手に来る事を許可しないでもらえます!」

「何だ、お前は反対なのか」

「当たり前だろう! 駄目に決まっているじゃないか。
 親に何を言われるか分かったもんじゃないしね」

「まあ、普段のお前の行動をそのまま伝えたら……、いやいや、お前の両親なんだから問題ないだろう。
 むしろ芽衣ちゃんの方が可愛そうだな」

「何でですか!」

「いや、だってなぁ。あれだろう、芽衣ちゃんがお前の普段の行動を両親に報告したら……」

「したら?」

朋也は不意に立ち上がると片足を上げ、両手を天へと突き上げ、

「うきょきょよぎゃぁ〜。流石は俺の息子だ!
 きょぎゃひょぉぉー、若い頃のあなたそっくりだわ!
 ってな感じになるんだろう」

「ならないよ! と言うか、その変な奇声はなんなのさ!」

「いや、お前も偶にやってるじゃないか。
 お前の里での挨拶なんだろう」

「ないよ、そんな挨拶! しかも里ってあんた」

興奮する陽平を冷静に宥める。

「まあまあ、落ち着け。分かってる、俺はちゃんと分かってるからな」

「あんた、絶対に違う方向で理解したって言ってますよね!」

「だから落ち着けっての。でだ、とりあえずはラーメンな」

「はい? 何で僕がパシらないといけないんだよ」

「ちげぇよ。お前、最初に言ったじゃないか。
 例え冗談でも後から駄目だと言ったら、鼻からラーメンを食べるって。
 頑張れ、ちゃんと見ててやるからな」

「いや、あれは言葉のあやというか」

「まさか今更冗談だなんて、そんな腑抜けた事は言わないよな」

「い、言うわけないだろう」

「そうか、そうか。なら、やれ」

笑顔で言い放つ朋也に陽平は涙を流しながら訴える。

「おまっ、そこは友達なんだから寛大な心で許す所じゃないの!?」

「友達? 誰が? 誰の?」

「岡崎が僕のでしょう!」

「……わりぃ、友達だと思ってなかったわ」

「あんた、全然悪いと思ってない顔じゃないっすか!」

朋也に詰め寄る陽平に対し、朋也は壁を叩いて反撃する。

「あんた、何て事をする――」

陽平が何かを言い切るよりも先に隣の部屋から壁が殴り返され、続いて怒声が届く。

「ひぃぃぃっ、ごめんなさい!」

「予想通り過ぎて面白くないな」

「あんたねぇ」

恨めしげに朋也を睨みつつ、陽平は疲れたようにテーブルに突っ伏すのであった。
そんな感じで今日の夜もまた更けていく。



  ◇ ◇ ◇



土曜日の午後、朋也は駅前で芽衣が来るのを待つ。
案の定と言うか、予想通りと言うか、陽平の姿はそこには見当たらなかった。
寝床として陽平の部屋を使うという事に関しては、
不満を言いつつも拒否はしていなかったので本当に嫌がっているという訳でもないようだが。
そんな事を思い返していると電車が駅へと入ってきて、暫くすると乗客たちが駅から出てくる。
その中に見知った顔を見かけ、朋也は軽く手を上げて迎える。

「よお」

「こんにちは、岡崎さん」

「ああ。しかし、つくづくあいつとは違う妹だな」

「あははは、岡崎さんの話だけを聞いていると、うちの兄はとても変人じゃないですか。
 幾らなんでもそこまでじゃないですよ」

笑って答える芽衣に対し、朋也は何ともいえない笑みを浮かべてその話題を逸らしてやる事にする。
知らないって事は幸せだな、とそんな事をかみ締めながら。
芽衣の手から荷物を取り、街を案内する。

「とは言え、前にも案内したから今更するまでもないとは思うけれどな」

「とりあえず、おにいちゃんの部屋に行っても良いですか」

「ああ、別に構わないけれど多分、いないと思うぞ」

「わたしもそう思いますけれど、念のために。
 それに岡崎さんに荷物を持たせたままというのも悪いですし」

「……本当に春原の妹かと疑いたくなるよな。
 はっ! もしかして芽衣ちゃんは橋の下で拾われたのか!?」

「何でそうなるんですか」

「なら、春原が拾われた子なんだな!
 きっとダンボールの中に入れられ、ガムテープか何かで厳重に閉じ込められていたのを拾って……」

「違います! もう、そんな事あるわけないじゃないですか」

岡崎の言葉にも慣れたように対応しながら二人は陽平の住んでいる寮へと戻り、部屋に荷物を置く。
朋也の言うように陽平の姿は部屋にはなく、とりあえず二人は外に出る。

「さて、これからどうする?」

「始めの予定通りに散歩も兼ねて街を歩こうと思います」

「そうか。なら行くか」

特に目的地も決めずに歩き出す二人。自然と商店街などのある方へと足は向かい、

「あれ、朋也じゃない」

公園を通り抜けようとしたところで猪の子供を連れた杏と出会う。

「……朋也、あんた遂にそんな小さい子をかどわかすようになってしまったのね」

「出会い頭に何を言いやがる。あのな、この子は春原の妹だよ」

「いやーね、ちょっとした冗談じゃない。軽く流しなさ……へっ?
 あんた今、何って?」

「だから春原の妹」

「あー」

朋也の言葉を聞き、杏はあさっての方を向いたかと思えば、朋也の腕を掴んで引き寄せ、
芽衣に背中を向けて朋也の耳に口を近づける。

「やっぱり、あれかな。うきょきょきょぇぇっ! とか言って変なポーズを取りながら挨拶した方が良いのかな」

「あ、あのー、聞こえているんですけれど」

内緒話にならず、後ろにいる芽衣には丸聞こえな状態にも関わらず、
芽衣の言葉が耳に入らなかったのか二人の会話は続く。

「いや、それが聞いて驚け。これが兄に似ずに物凄く普通の、いやいやとても良い子なんだ。
 だから、挨拶も普通でちゃんと通じるんだ」

「うそっ! え、あれってあいつの里の挨拶じゃなかったの!?」

「俺も最初に聞いた時は驚いたもんさ」

「……里って。しかも初めて会った時の岡崎さんと同じ反応だし。
 おにいちゃん、こっちで何してるのよ。前に来たときは結構普通にしていると思ってたのにぃぃ」

思わず頭を抱えそうになるのを堪え、芽衣は何とか引き攣りつつも笑顔を見せる事に成功する。
その笑顔を何とか保ちつつ、未だに背を向けている二人――杏の方へと声を掛ける。

「ひょっとしての兄のお友達の方ですか」

「違うわ。ただの知り合いよ」

「同じく」

瞬間的に振り返り、即座に否定する二人に芽衣は何となく理解してそれ以上は何も言わずに普通に挨拶する。

「始めまして。春原芽衣と言います。兄がいつもお世話になっているようで。
 本当に迷惑ばかり掛けているみたいですが、これからもどうぞ宜しくお願いします」

「あ、うん、こちらこそ。えっと……。朋也、ちょっとこっちに来なさい!」

朋也の腕をまたしても引っ張り、芽衣に背中を向ける二人。
杏は朋也の腕を掴んだまま、もう一方の手で芽衣を指差し、

「なに、もしかしてあの子は仲良かった親友の忘れ形見を春原の両親引き取ったとかそういう事なのっ!?」

「いやいや、それが聞いて驚け。正真正銘、実の妹らしいぞ。
 ちなみに、春原の方が拾われたという説も否定された」

「えっ、その可能性もないの!?」

杏が次の言葉を放つ前に朋也がそれを汲んで先に説明してやれば、杏はかなりの驚いて見せる。
その反応を眺めながら、芽衣は先程から引き攣ったままの笑顔そのままに思わず呟いてしまう。

「あ、あははは。岡崎さんと同じような思考ですね」

「失礼な」

「失礼ね。……って、あんたが言うな!」

やはり同じような反応を返す二人を見ながら、今度はごく自然な笑みを見せていた。



杏と別れた二人は学校の方へと歩いていく。
別に学校へと行くつもりもなく、途中の道を曲がろうとし、そこでまたしても知り合いに出会う。

「よぉ、智代」

「うん、ああ岡崎か。そっちは見ない顔だが」

「初めまして、春原芽衣と言います。

「ああ、初めまして。坂上智代だ。うん、春原?」

「ああ、春原の妹だよ」

「兄がいつもお世話になってます」

岡崎たちの会話から陽平の知り合いだと理解して芽衣はもう一度頭を下げる。
そんな芽衣をまじまじと眺め、智代は疑うような眼差しで朋也を見る。

「岡崎、これでも私は生徒会長となって忙しいんだ。
 こんな手の込んだ事をして何がしたいんだ?」

「失礼な奴だな。別に何か仕込んだりなんてしてないよ。
 正真正銘、本当にあの春原の妹だよ」

「何の冗談だ」

「いやいや、信じられない気持ちもよく分かるがこれが本当なんだって」

「……本当なのか」

「ああ」

「……あ、あははは」

またしても似たような会話が目の前で繰り広げられ、芽衣は最早力ない笑い声を上げるしかできない。
それに気付いたのか、智代は少しばつが悪そうな顔をしてみせる。

「それは悪かったな」

「い、いえ気にしてませんから。もう慣れました。
 というよりも、兄が迷惑を掛けたようで」

「いや、そんな事はない」

「本当か?」

芽衣の言葉に智代が返せば、今度は朋也が疑わしいと言わんばかりの視線で見つめる。
思わず目を逸らしてしまう智代は、芽衣がいるのをすぐさま思い出してフォローするように言う。

「そ、それはまあ私の事を男扱いしたあげく、本当に男か確かめるために男子トイレに連れ込まれそうになったり、
 ブ、ブラを貸せと言われたり、何かにつけては難癖をつけて殴り掛かって来たりはするけれど、そのあれだ。
 あれで中々……あー、その。……すまない、岡崎。こんな時はどうすれば良いんだ。フォローしてくれ」

何とか妹の為に良い所を上げようとするも思いつかず、素直に朋也に助けを求める。
それを受けて朋也は任せろとばかりに胸を張り、自信満々ではっきりきっぱりと言い切る。

「あいつは他に類を見ないぐらいのへたれっぷりを見せてくれているよ」

「そ、そうだ、へたれ具合で言えば春原は学校一、いや日本一だぞ」

「あいつは毎日、見事に道化を演じてくれている。道化を演じさせれば右に出る奴なんていないんじゃないか」

「――岡崎、それは誉め言葉なのか」

ふと気付いた智代が朋也に至極まともな事を尋ねる。
自分もつい直前まで春原のへたれ具合について口にしていた事に気付いていないのか、やや眉を顰めながら。

「春原にとっては誉め言葉だよ!」

だが、そんな智代に対して朋也は立てた親指を突きつけながら、これまた自信たっぷりに告げる。
いまいち腑に落ちないという顔をしながらも、続けざまに放たれる朋也の言葉に丸め込まれていく智代であった。



智代と別れた朋也たちは今度は渚と出会う。

「おーい、古河」

「あ、岡崎さん。こんにちは。そちらの方はどなたですか?」

「ああ、こっちは春原芽衣ちゃんと言って春原の妹だ」

「春原さんの妹さんでしたか。私、古河渚と言います。
 春原さんにはいつもお世話になってます」

言って頭を下げる渚に芽衣も同じように挨拶しながら頭を下げる。

「春原さんにこんな可愛い妹さんがいるなんて知りませんでした」

「だろう。しかも驚く事に春原と違って物凄く良い子なんだぞ」

「いえ、春原さんも良い人です。
 岡崎さんは素直じゃないからすぐにこんな事を言いますけれど、本当は春原さんと仲良しなんですよ」

朋也の言葉に真面目な顔で返し、あまつさえ芽衣にそんな事を言って聞かせる。
見るからに人の良さそうな渚の言葉に芽衣は自然と笑みを浮かべ、朋也は心底嫌そうな顔をする。
それを面白そうに渚と芽衣の二人が笑って見てくるので、朋也は強引に話を変えるように渚の肩に手を置く。

「ちなみに、古河は演劇部の部長でもある。
 後、前に芽衣ちゃんが来た時に恋人が居ると嘘を吐いた春原の為に恋人役をしてくれ、
 しかも調子に乗った春原が本気で口説こうとした人の娘さんでもある」

「え、え、岡崎さん、それはどういう――」

「お、おにいちゃん、何て恥ずかしい事を」

事態がよく分からない渚と違い、前回の出来事を身をもって知っている芽衣は顔を紅くして俯いてしまう。

「まあ、本気で迫ろうとしたところで古河の親父さん、おっさんに見つかってぼこぼこにされたけれどな」

「自業自得です」

「えっと……?」

「ああ、古河は気にしなくても良い」

「そうですか、分かりました」

事態がよく分からず、素直に朋也の言葉に従う渚。
そんな渚へと芽衣が謝罪を口にするも、渚はただただ戸惑うだけであった。



日が傾くまで歩き回った二人が寮に着く頃には完全に日も落ちていた。
どうやら陽平も戻っていたらしく、二人が部屋に戻ると陽平は寝転がって雑誌を開いていた。

「あーん、岡崎と芽衣か」

「ただいま、おにいちゃん」

「はいはい。とりあえず適当に寛げよ」

雑誌から目を離さずに言う陽平の傍に正座で座ると、芽衣は陽平から雑誌を取り上げる。
文句を言おうと起き上がった陽平であったが、怒ってますというオーラを体中から出して言う芽衣に思わず口を噤む。

「えっと、どうかしたの?」

「おにいちゃん、わたしは今日いろんな人に会いました」

「うん、それで?」

何となく芽衣の雰囲気に無視する事もできず、芽衣の正面に胡座をかいて静かに耳を傾ける。
が、芽衣は床を一つ叩くと陽平に正座を求める。
ぶつぶつと文句を言いつつも、抗い難いものを感じて素直に正座する。

「楽しく過ごしているのは良いと思うよ。でも、でもね、もう少し人として真面目になってください。
 女性に対して失礼な事を言ったりしたり、それどころか友達のお母さんにまで手を出すなんて……」

「ちょっ、な、何、何の話?」

「おにいちゃん、もうちょっとで良いからしっかりしてよ。
 妹として恥ずかしいよ」

「ちょっ、岡崎! 今日一日何をしてたのさ!」

「おにいちゃん、ちゃんと聞いてるの? そんな事だから……」

決して激昂している訳でも怒鳴ったりしている訳でもなく、ただただ優しく弟を諭すように言い聞かせる芽衣。
その様子は兄と妹というよりも、姉と弟、もしくは母親と小さな子供の図である。
そんな面白可笑しい状況を少しの間だけ見学すると、朋也は兄妹水入らずを邪魔しては悪いからと出て行く。
締められた扉の向こうで引き止めるような声が聞こえたような気もするが……。

「うん、気のせいだな」

自分の中で結論を下すと朋也はさっさと立ち去るのであった。
翌日、げんなりとした様子の春原が文句を言ってきたが、いつものように軽くあしらわれただけであったとさ。






おわり




<あとがき>

タイトルは芽衣なんだが、内容は春原がいっぱいのような気もしなくもないというあなた。
それは多分、気のせいです!
美姫 「断言口調なのに多分なのね」
あははは。まあまあ。そんなこんなで久しぶりにCLANNADの短編を。
美姫 「今回はほのぼのとか甘い感じのお話じゃないわね」
うん。ドタバタというか、まあそんな感じかな。
美姫 「それではこの辺で」
ではでは。







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