『渚がんばる』






朋也と渚が出会ったのは、校門まで残り200メートルといった坂道へと差し掛かる場所でだった。
この時に交わした短い会話から、朋也は昼休み一人で食事をしている渚を気にして再び声を掛けることとなった。

「だったら、他に何かしてみたい事はないのか。
 例えば、部活とか」

「あ、あります。やりたい事が」

「だったら、放課後にでも行ってみたら良い」

今にして思えば、そこが運命の分岐点だったのかもしれない。
空き教室でぼんやりと空を眺める朋也は、
先週のあの出来事以来、何故かこの空き教室へと集まるようになった面々へと視線を移す。
隣のクラスで去年のクラスメイトだった藤林杏。
その杏の双子の妹にして、朋也のクラス委員を務める藤林椋。
学年トップの成績を誇り、授業免除の許可さえも持つ一ノ瀬ことみ。
自分を含めたこの五人が放課後、
特に目的もなく集まっては、ただ話をするというのがここ最近での朋也の日課となりつつあった。

「あのー、僕もいるんですけれど」

「ああん!?」

「ひぃっ。ご、ごめんなさい!
 …って、僕何も怒られるような事は言ってませんよね」

「だったら謝るんじゃね―よ!」

「って、どうして岡崎が怒ってるだよ!」

「ちっ。いたのかよ」

「いや、一緒にここに来たよね」

「そうだったか?」

「もう良いです」

さめざめと涙を流しながら引き下がる春原を気にも掛けず、朋也は一つ大きな溜め息を吐く。
それに気付いてこちらを見る渚に、朋也は前から言おうと思っていたことを口にする。

「所で、今更かもしれないんだが、お前がやりたかった事ってこれか?
 何かの部活じゃなかったのか?」

朋也の言葉に渚は暫く考え込んだようだったが、すぐに顔を上げて両手をポンと合せる。

「そうでした、忘れていました」

「おいおい、忘れるなよ」

思わず突っ込みを入れる朋也に、渚は照れたような笑みを見せる。
そんな二人の会話を聞きつけて、杏が何か面白い事かと身を乗り出してくる。

「何々、一体、何の話よ」

「実はな…」

杏、いや、他の面々へと朋也は渚が何かの部活をする為にここに来たことを説明する。
それを聞いた杏は今まで何もしてなかった渚に肩を竦めて見せつつも、渚らしいの一言で済ませてしまう。
尤も、その言葉はここに居る全員が納得する所だったらしく、当の本人以外は一様に頷いているが。
思わず拗ねる渚へと、杏が慌てたように話を逸らす。

「そ、それで渚がやりたい部活って何なの。私たちも手伝ってあげるわよ」

「あ、そうです。皆さんにも手伝ってもらわないといけないと思ってたんです。
 でも、皆さんにご迷惑が…」

「ストップ。私たちは友達でしょう。だったら、迷惑なんて言わないの。
 それよりも、何をしたいの?」

渚の言葉を遮ると、杏は改めて促す。
それに勇気付けられたのか、渚はおずおずと、しかしはっきりとそれを口にする。

「世界を大いに盛り上げる古川渚の団。略してSOH団です」

「この場合、古川ならFじゃないのか、という突っ込みはしない方が良いんだろうか」

「まあ、Hでも良いとは思うけれどね。それ以前の所に突っ込むべきじゃないの」

朋也と杏は教室の窓辺に背を預ける形で、
渚が説明するSOH団に関する事柄に小さな歓声を上げている椋とことみを見詰める。

「で、俺とお前のどっちが突っ込むんだ?」

「……天然三人に対して、突っ込みが二人ってのは辛いと思わない?」

微妙に話を逸らす杏たちの元へ、春原が無意味に前髪を掻き揚げながらさわやかに話し掛ける。

「あれだよね。ああいうのを作るんだったら、僕の団にしないと。
 そうすれば、ちゃんとSOS…ぶべらっ!」

最後まで言わされる事無く、春原は杏に辞典で殴られて床に沈む。
それを冷ややかに見下ろしながら、朋也が疲れたように杏へと言う。

「天然三人に加えて、正真正銘なアホがいたのを忘れていたな」

「出来れば、このままずっと忘れていたかったわね」

「それより、そろそろ止めた方が良いか」

朋也と杏が見詰める先では…。

「という訳で、ことみちゃんは我が団のマスコットです、じゃなくて、よ!」

「いじめる?」

「いじめないです、わよ」

「椋ちゃんは謎の転校生で」

そんな会話をする渚を見ながら、杏がポツリと呟く。

「なら、私が万能宇宙人?」

「い、いや、杏は朝倉襲撃ヴァージョンがお似合…ぶべっ!」

「アンタは黙ってなさい」

床に倒れたまま言い放った春原だったが、すぐさま杏の辞書の前に沈黙する。
それを見下ろしながら、朋也はやれやれと肩を竦める。
そんな朋也たちの元へとやってくると、渚は口を開く。

「岡崎さん、困りました。宇宙人さんがいません」

「……まあ、近い存在で良ければいるか」

「本当ですか」

「ああ。ついて来い。あいつなら、大抵の事は解決してくれるぞ」

言って朋也に連れられてきた場所は、生徒会室だった。

「おーい、智代」

「何だ、岡崎か。それに古河さんたちも。で、何だ」

「わー。確かに坂上さんなら適任です」

「何の話だ」

「それは、坂上が宇宙人って……ぐはっ」

「とりあえず、失礼な事を言いそうだったから蹴っておいたが」

「ああ、問題ない」

春原を蹴り飛ばした智代に、朋也は頷いてみせる。
そして、改めて渚が智代へと説明をすると、智代は顔を曇らせる。

「残念だが、私は忙しいから」

「あ、そうですね。すいませんでした」

「いや、気にしないでいい。それだけ頼りにされているというのは、中々嬉しいものだ。
 では、失礼する。と、その前に同好会を作るのは構わないが、その…」

非常に言い辛そうにする智代の言わんとする所を察し、朋也は頷いて見せる。

「まあ、こんな目的もあやふやな同好会はまず認められないだろうな。
 という訳で、続きは明日にして今日は帰ろうぜ」

朋也の意見に杏も賛成すると、渚たちは帰宅に着くのだった。
廊下には、一人気を失った春原だけが残されていた。





  ◇ ◇ ◇





次の日の放課後。
空き教室へと赴いた朋也へと、先に教室に着ていた渚が開口一番言う。

「岡崎さん、他にやりたい事を見つけました」

昨日の件から立ち直ったらしい渚を見て胸を撫で下ろす朋也へと、渚は指を突きつける。

「そ、そういう訳で、おかざ……じゃなくて、朋ちゃんは会員一号です、なんよ」

「……何の」

「えっと、ミステリー研究会のです」

「で、そのミステリーは推理小説とかのじゃないんだろう」

「はい、その通りです。因みに、椋ちゃんは男の子が苦手な委員長さんです。
 で、ことみちゃんはその頭の良いところを活かしてもらって、双子のお姉さんなんです」

どうだと胸を張る渚を、朋也は可愛そうに見る。

「アホだ。アホの子がここに」

「ひ、酷いです! 一生懸命に考えたのに」

「いや、考えたって。その設定はミス研には関係ないし。
 そもそも、双子って一人しかいないのに」

「うぅぅ。岡崎さんが苛める」

「よしよし。朋也くん、苛めはかっこ悪いの」

「いや、苛めてないから」

疲れた顔で助けを求めるも、春原はただ楽しそうにニヤニヤしながら見ているだけで、あてにはならない。
まあ、最初から期待はしていないが。

「って、少しは期待してくれよ」

「いや、お前に頼んでどうにかなるのなら、既に自分でどうにかしてる」

「何気に酷い台詞だよね」

「杏はどうしたんだ」

この場で唯一と言ってもいい味方を探す朋也の後ろから、頭を抱えて杏が入ってくる。

「まあ、大体の話は聞いていたけれど。
 私の役割はやっぱり新キャラの生徒会長とか?」

「何故だ」

「だって、似てるじゃない? あの見た目の麗しさとか」

「…………」

無言でいる朋也に代わり、春原が楽しそうに語る。

「いや、杏にはもっとぴったりの役所があるじゃない。
 タマ姉役。あの凶暴な所はそっく……いたたたたたっ。
 わ、割れる、割れるぅぅぅ」

春原の頭をがっしりと右手で掴むと、そのまま頭蓋骨を割る勢いで力を込めていく。
朋也はそれを横で冷静に眺める。

「……ああ、春原は雄二役か。ぴったりだな。特にそうやってやられている所なんかは」

「ててて、わ、割れるー! って、冷静に見てないで助けろよ!」

「お願いしますだろう?」

「な、何で、って、いたいいたいいたい。って、わ、割れるぅぅぅ。
 お、おねが、お願いしますぅぅぅ!」

「ん? 誰か呼んだか?」

「誰も呼んでませんよね! って、も、もう、だ……」

意識を失った春原をようやく解放した杏は、無言で教室に入る。
しっかりと春原を踏み付けて。

「まあ、冗談はそれぐらいにして、生徒会長なら既に本物がいるんだから」

「それもそうね。って、そうじゃないでしょう!」

朋也の言葉に切り返す杏に、朋也は分かっているのなら早く突っ込めと心の内で呟くと、
声に出しては渚へと話し掛ける。

「まあ、どっちにしろ本当にミス研を立ち上げるなら立ち上げるで、智代にその方法を聞いてこないとな」

こうして、智也たちは昨日に引き続き生徒会室へと顔を出す。
丁度、智代一人だったらしく、声を掛けようとした朋也だったが、それよりも先に智代から話し掛けてくる。

「で、今日は何の用だ」

「ああ、今日はね、ミス研の活動だよ。
 UMAを探しに」

「UMA? ああ、未確認動物のことか。
 残念だが、この学校でそんなのを見たという話は聞いたことがないな。
 って、何人の事をじろじろと見ている春原」

「だから、UMAの観察。ビッグフットならぬ、ビッグ怪力男」

「この場合のビッグは意味があるのか?」

「それ以前に、あのアホの関係者と思われるのだけは全力で避けたいわね」

朋也と杏がこそこそ話す中、智代は肩を震わせるとゆっくりと席を立つ。

「私は普通の女の子だ! UMAでも、ましえてや男でもない!」

智代の蹴りが見事に決まり、春原は廊下の壁にぶつかると意識を無くす。
肩で息をする智代を落ち着かせると、朋也は新しい部を作るためにはどうすれば良いのか尋ねる。
それに応えると、智代は釘を刺すように言う。

「ミス研といって、あんなバカのような行動をするのなら設立は認められないぞ」

「安心しろ。あれは、あのアホだけだ」

「そうか、なら良いんだが」

「まあ、このミス研も何処まで本気かは分からないんだがな」

言って朋也は先程までの騒ぎを簡単に話して聞かせる。
と、智代は途中で照れたように朋也へと話し掛ける。

「えっと、つまり岡崎は私がその生徒会長だと思ったんだな」

「? いや、実際にそうだろう」

「そうか。うん、そうだ」

何故かご機嫌となった智代に首を傾げつつ、本日の活動はここまでとなり、
朋也たちは昨日に引き続き、春原をほったらかしにして帰路に着くのだった。





  ◇ ◇ ◇





昨日同様に空き教室へとやって来た朋也が扉を開けると、またしても渚が待ち構えており、
ゆっくりと朋也の方へと振り返る。
既に他のメンバーは来ていたらしく、そのやり取りを黙って見ている。
いや、杏だけは苦笑を見せているが。
それだけで、朋也は何となく悟る。

「今日、ここに集まってもらったのは他でもありません」

「あー、そろそろいい加減にしとけよ。って言うか、本当に何がしたいんだ、お前は」

呆れた顔で言う朋也に、渚は困ったような顔を見せる。
ついつい楽しんでしまったが、当初の予定では部活をするはずだったのだと思い出したかのような顔だった。
そこへ、ことみが小さな声で告げる。

「渚ちゃんは色々な役をやりたいの。
 だったら、演劇部に入れば良いと思うの」

「ああ! そうでした、私は演劇部に入りたかったんです」

「いや、何でそんな事を忘れているんだ、お前は。
 まあ良い。で、演劇部はどこに」

「…ここです」

朋也の言葉に渚はこの教室が演劇部の部室だった事を伝える。
演劇部は今年に入って部員もおらず廃部になったと。
朋也は昨日聞いた部を作るに当たっての条件を思い出し、杏たちも同意しているのを見て提案する。

「それじゃあ、智代の所にいって、顧問になってくれる先生がいないか聞いてみよう」

「で、でも部員が私一人じゃ…」

「何、言ってるのよ渚。ここに全部で五人いるでしょう」

杏の言葉に椋もことみも頷く。
それを見て渚は嬉しそうに笑う。

「えっと、僕は人数に入れてもらってまえんよね、五人って」

「まあ、お前もパシリとして頭数に入れてやってもいいぞ」

「なんだよ、それ!」

「じゃあ、いらない」

「雑用でも良いので入れてください」

「ちっ。なら初めから素直にそう言えよ」

「いや、最初の時点で頷いていたら、僕ってパシリにされてたよね」

「まあ、いいじゃない朋也。肩書きが変わっても、やる事は一緒なんだから」

「それもそうだな」

「って、僕はパシリ決定ですかっ!」

「「ああぁ〜」」

「いえ、何でもないです…」

朋也と杏の二人に睨まれ、春原はすごすごと引っ込む。
その頬に流れる一筋の涙には、誰も気付かない。

「うぅぅ。なんか僕の扱いだけ酷い気がする」

今更な事をぼやく春原を無視すると、智也たちは教室を出て生徒会室へと向かう。
慌ててその後を追う春原。
今日は生徒会室に付く前に廊下で智代と出会う。

「どうした、岡崎。それに、古河さんたちも。今度は何だ」

「いやー、実は今日はね…」

春原が智代の前に出て話し始めた瞬間、智代の右足で唸る。

「また貴様か!」

身体が宙に浮いた春原へ容赦なく連続蹴りを叩き込むと、最後に大きく蹴り飛ばす。
春原の身体がきりもみしながら向かった先は杏がおり、杏は両手に持った辞典で春原を智代の方へと弾き飛ばす。

「ええいっ! 今日はしつこいぞ、春原!」

再び蹴りを喰らわして吹き飛ばすが、今度は朋也が蹴り返す。

「くっ。少しきつめにしてやる!」

再び戻ってきた春原を見て、更に連続で蹴りを叩き込む。
見る間にボロボロになっていく春原を感心しながら見ていた朋也の耳に、掠れた声が届く。

「お、岡崎……。た、助け……」

「ん? 気のせいか?」

「た、たの、たすけ…」

「ん? おお、春原か。どうした?」

「と、友達だろう。た、たす…」

「うーん。まあ、友達でも何でもないが、たまたま席が隣だし、このままというのもアレだからな」

「も、もう、……この際何でも、……いいから」

「まあ、土下座までされたら考えないわけにはいかないな」

「って、それって、……しろって事ですか。
 っていうか、この状況では無理……」

倒れる事なく立ったまま智代の蹴りを受けているように見えるが、実際は倒れる事が出来ないだけで、
そろそろ意識も危なくなってきている春原だった。
流石に仕方ないと思ったのか、朋也は助けるように智代へと声を掛ける。

「智代! シュート!」

朋也の声に反応し、一際強い力で春原を朋也の方へと蹴り飛ばす。
自分の方へと飛んでくる春原を冷静に見遣りながら朋也は身体を横にどけて、春原が向かう先の窓を開ける。

「ガラスが割れたらいくら春原とはいえ、大変だからな」

「あ、ありがとう、岡崎。やっぱり、お前は僕の親友だよぉぉぉぉぉぉっ。
 って、落ちるぅぅぅぅぅ」

朋也の横を飛んでいきながら礼を言う春原だったが、その身体はすぐに開けられた窓を飛び越えて外へと出る。
下へと落ちていく春原へ手を軽く振り、

「落ちるじゃなくて、落ちてるだ。日本語は正確にな」

言って窓を閉めるのだった。
流石に慌てる渚と椋に、朋也と杏が冷静に言う。

「大丈夫だ、春原だし」

「そうそう。あのバカだし」

この言葉を信じて二人は黙るが、実際の意味は少し異なっていた。
渚たちは、春原だから無事に決まっているから大丈夫だと二人が言っていると思っているが、
実際の所二人は、何かあっても春原だから問題なしと言っているのであった。
その辺りに気付く事なく、渚は本題へと入る。
しかし、結局は顧問のできそうな先生がいないと分かっただけで、演劇部の復活はならなかった。
それでも、渚は楽しそうに笑う。

「確かに演劇が出来なくて残念ですけれど、こうして皆と一緒に放課後に集まって騒ぐ事は出来ますから」

その顔に無理している様子はなく、杏はそんな渚に嬉しそうに抱き付く。

「そうよ。別に部っていう形にしなくても、今までと変わらないわよ。
 渚がいて、ことみがいて、椋と私、そして朋也がいる。それで充分よね」

「はい」

杏の言葉に力強く頷く渚の周りに、ことみたちも集まり楽しそうに笑う。
そんな輪を眺めながら、朋也はこんなのも悪くはないなと考えるのだった。



その校舎の外では、一人の男が植え込みの中に身を横たえつつ、涙をはらはらと零していた。

「そ、そこには僕は入ってないんですね。って言うか、忘れられてる?」

聞こえていたのか、そう呟くもそれに応える声もなく、春原は更に大粒の涙を流しながら、
未だ痛みで動かない身体で暮れ行く空を眺めていた。






おわり




<あとがき>

いやー、久々のCLANNADだな。
美姫 「しかし、何でまた?」
いや、何となく浮かんできたから。
美姫 「まあ、私としては書いてくれる分には構わないんだけれどね」
さいでっか。
美姫 「さて、それじゃあ今回はここまでにして」
おう。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
ではでは。







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