『DUEL TRIANGLE』






プロローグ





いつもの下校の風景。
しかし、いつもよりも、道行く生徒の足が軽い気がするのは、決して気のせいではないだろう。
何故なら、明日から夏休みという長期休暇へと入るからだ。
尤も、そんな事はこの二人には関係なかったが。

「で、恭ちゃん、休みの鍛練はこんな感じかな」

「ああ。後、週に一回は、朝から晩まで休みなしで体力も鍛えるようにしよう」

「フィリス先生に知られたら、大目玉喰らうよ」

「……ばれないようにしよう」

無駄だと思うけどなー、と考えつつ、美由希は頷いておく。

「で、盆が過ぎたら、山に篭る、と。こんな所だな」

「うん。あ、那美さんとか忍さんが、少しぐらいは一緒に遊ぶ時間取るように言ってたよ」

「そうか。そう言えば、那美さんは実家に戻るんだったな」

「うん。確か、八月の頭からお盆までって言ってたかな」

「だったら、身体を休ませるためにも、お盆過ぎ辺りで休みを入れるか」

「そうだね。じゃあさ、皆でどこかに出掛けようよ」

「まあ、その辺は任せる」

そんな感じで休みの間の事に付いて話をしながら、二人は自宅へと向かって歩いて行く。

──ミツケタ……

「え、何、今の声……」

美由希は、何かが聞こえた気がして左右を見渡すが、今歩いているこの辺りで自分たち以外の人影は見えない。
かと言って、今の声は恭也のものではない。
あちらこちらをきょろきょろとする美由希に、恭也が半分あきれたような声を掛ける。

「美由希、何をキョロキョロしてるんだ」

「今、変な声が聞こえなかった」

美由希の言葉に、恭也はいや、と首を横に振ると、

「気のせいだろう」

「うん、だよね」

そう口にしつつも、やけにはっきりと聞こえた声に、美由希は納得いかない顔を見せる。
しかし、周りに誰もいないのも確かなので、美由希は気のせいだろうと言い聞かせる。

「あれ? あそこに何か落ちてるみたい」

「何処だ」

「ほら、あそこ。ノート、ううん、本みたい」

美由希の視線を追うと、そこには確かに本らしきものが落ちている。
と、美由希は既に駆け足でその本の元へと行き、それを拾おうとしていた。
そんな美由希の、本が絡むと素早くなるという事に苦笑をしつつ、恭也もそちらへと足を向けかけた所で、その本が光り出す。

「な、何!?」

驚く美由希に駆け寄りつつ、恭也は叫ぶ。

「美由希、そこから離れろ」

恭也の声に従おうと身体を動かそうとした時、光がより一層強くなる。
それを不審に思う間もなく、目を開けていられないぐらいの光量に、視界が真っ白に塗りつぶされて行く。

「きょ、恭ちゃん!」

「美由希!」

突然の出来事に、美由希はただ恭也の名を呼ぶ。
美由希の声を聞きつつ、恭也は駆け寄って美由希の腕を掴むが、二人共、白い光に包まれ、意識を失うのだった。





「ん、んん………。こ、ここは。そうだ、美由希は!」

目が覚めた恭也は、まず美由希が無事かを確かめるべく、周囲を見渡す。
しかし、それほど時間も掛からず、すぐに美由希を見つける事ができる。
何故なら、美由希の手が、しっかりと恭也の手を握っていたからだ。
とりあえず外傷がないか未だに気絶している美由希をざっと見渡し、
見たところでは問題なしと判断を下すと、改めて周囲を見渡す。
何処かの部屋なのだろう。
恭也たちが今いる場所には、床一面に不思議な紋様が描かれている。

(確か、魔法陣とか言ったか)

なのはや美由希が読んでいた本で、ちらっとだけ見たのを思い出し、その名称を思い出す。
そこまで考えてから、恭也はそんな事を考えるよりもまず、美由希を起こす事にする。
幸い、意識はすぐに戻り、美由希は薄っすらと目を開ける。
そして、すぐに周囲の状況を見渡すと、至極まっとうな事を口にする。

「恭ちゃん、ここ、何処? まさか、忍さんの家?」

あり得ない事ではないと思いつつ、それは違うだろうと恭也は肩を竦めて見せると、部屋の一角へと視線を飛ばす。

「さあな。とりあえず、その辺の事を聞き出せそうではあるがな」

そう言って恭也の視線を追った先にあった扉が、今しも外側から開けられる。

「一体、何事なの〜。召喚をするなんて、聞いてなかったわよ〜」

いやに間延びした口調で喋りながら入って来た女性は、恭也たちが見慣れぬ格好をしていた。
肩を剥き出しにして、首から胸元近くに掛けても肌を露出したその女性の格好に、恭也は顔を赤らめると、顔を背ける。
そんな恭也の反応を見て、女性は楽しそうな笑みを見せると、恭也たちへと近づく。

「いや〜ん、可愛らしい反応〜。見掛けに依らず、純情なのね〜」

恭也たちの前に立つと、そこで足を止めて恭也と美由希を順に見渡し、にっこりと微笑みかける。

「ようこそ、根の国アヴァターへ。救世主候補」

「根の国?」

「救世主候補?」

聞き慣れない単語に顔を見合わせて訊ね返すが、こちらの話を聞いていないのか、目の前の女性は恭也をしげしげと見詰める。

「あの、何か」

「ううん。大した事じゃないんだけれど、貴方、女性…って事はないわよね」

「俺の何処をどう見れば、女性に見えるんですか」

「よね〜。だとしたら、そっちが救世主候補で、貴方は……、誰?」

「誰と言われても。その前に、幾つか聞きたいことがあるんですが」

女性の質問に対し、恭也はそう進言する。
それを聞き、女性は口を閉ざして恭也が喋り出すのを待つ。

「えっと、それでは。まず、最初にここは何処ですか」

「ここ? ここは召喚の塔と呼ばれる場所よ」

「いえ、そうではなくて。先程、仰っていた根の国というのは」

恭也たちにしてみれば当然と思える質問に対し、しかし、女性は驚いたような顔になる。

「えっ、ちょっと待って! 貴方たち、ううん、少なくともそっちの子は、全てを聞いて承諾したうえでここにいるのよね」

「承諾って、何をですか」

女性の言葉に、不思議そうに訊ねてくる美由希を見て、またも驚いた顔をする。

「えっと、ひょっとして、何の説明も受けてないの……?」

「ですから、その説明というのは…」

女性の言葉に、自分が悪いような表情になりつつ、美由希が訊ねる。
それに咳払いを一つしてから、女性は良いわと前置きをして話し出す。

「まず、ここは根の国と呼ばれる世界よ。
 世界というのは、たった一つではないの。幾つもの世界が、様々な次元に存在しているの。
 いわゆる、多次元世界と言うやつね。そして、ここアヴァターは、全ての根源であり、世界の中心なの」

「は、はあ」

女性の言葉に、恭也と美由希はいまいち要領を得ないといった感じで頷き返す。
それに気付いたのか、それとも気付いていないのか、女性はそのまま続ける。

「簡単に言うと、全世界を一つの大きな木だと思って頂戴。
 そして、一つ一つの世界は枝ね。その枝という世界は、独自の進歩を遂げて行くの。
 科学と呼ばれるものが発展する世界。魔法が発展する世界などね。
 で、その木の大元、根っこに当たる部分。それが、ここアヴァターなの。
 だから、ここアヴァターは、世界の根って訳。
 世界の第一現象。そうね、人体で言う、血液かな。
 全てがここから作られ、世界の隅々、つまり、さっきの例えで言うなら、根が吸った養分が、枝の先々まで広がっていくの。
 つまり、こうとも言える訳。アヴァターに起こる全ての現象は、全次元の世界の運命さえも左右すると。
 それが、例え取るに足らない小さな事でもね。
 だからこそ、ここアヴァターは、根の国とも言われるの。ここアヴァターこそが、世界の命運を決める地というわけ。
 そして、ここアヴァターには、文明のレベルが一定以上に達すると…」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

女性の説明を恭也がやや強引に遮り、美由希へと振り返る。
その目は、お前分かったかと訊ねており、美由希は首を左右へと振る。
そして、お互いに何かを考えるような素振りを見せた後、一つの結論に達したのか、頷き合う。
二人は周りを取り囲む壁をぐるりと見渡しながら、声を上げる。

「おい、忍。どうせ、何処かで見ているんだろう。
 いい加減、悪戯は止めて出て来い」

「忍さーん、怒らないから素直に出てきてー」

「えっと、二人とも、ちゃんと理解してくれた?」

「ええ、分かりましたよ。忍の奴が、また何か企んでいるんでしょう。
 全く、催眠ガスか何か知らないが、そこまでするか、普通」

「まあまあ。忍さんも悪気はなかったんだと思うよ」

「いや、気絶させて拉致紛いの事をしている時点で、悪気はあるだろう。
 それに、また親戚か何か知らないが、関係のない人まで巻き込んで」

「あ、あははは」

忍の悪戯という考えに達した二人は、目の前の女性を無視して、声を上げる。
しかし、意外としぶとく、忍は姿を見せない。

「はぁー、今回は中々しぶといな、忍のやつ」

「本当だね。いつもなら、そろそろ出てくる頃なのに。それにしても、上手くカメラを隠してるね。
 今回は、中々見つからないよ」

「あのー、二人とも。これは誰かの悪戯とかじゃなくて、事実なんだけど」

あちこちへと視線を飛ばす二人に、少し遠慮がちに声を掛ける女性へと、恭也と美由希は同情した顔を向ける。

「貴女も大変ですね」

「え、ええ。まあ、大変と言えば、毎日、大変なんだけどね。って、そうじゃなくて!」

突然、大きな声を上げた女性を驚いたように見る二人に、女性はゆっくりと噛んで含めるように告げる。

「だから、これは現実なんだって。その証拠を見せてあげるから、ちょっと付いて来て」

そう言って背を向けた女性に対し、恭也と美由希はまたも顔を見合わせ、とりあえずは付いて行く事にする。
女性は入って来た扉を開けて二人を待っており、二人が傍に来るなり、その手を掴み、
外へと引っ張るようにして連れ出すと、口の中で何かを呟く。
途端、三人の体がふわりと浮かび上がり、上空へとその位置を移す。

「え、え、何で。私たち、空に浮いてるよ、恭ちゃん」

「あ、ああ。だが、それよりも、下を見ろ、下を」

恭也に言われ、美由希は足元に広がる景色をその目に写し、言葉を無くす。
眼下に広がる世界は、中世ヨーロッパのような佇まいを見せていた。
言葉を無くす二人に、女性が注意するように言う。

「二人とも、しっかり手を握っていてね。離したら、落ちちゃうから」

女性の言葉に頷きつつ、二人は握る手に知らず力を入れる。
やがて、女性はゆっくりと地面へと降りていき、最初に飛び立った場所、塔らしき建物へと降りる。

「これで、私が言った事を少しは信じてくれた?」

「…忍のやつ、また手の込んだ事を」

「忍さん、悪戯には手を抜かないね」

「貴方たちの友達って、一体どんな子なのよ」

二人の言葉を聞き、女性は何処か疲れたように呟く。

「いや、まあ、それは冗談ですよ。幾ら忍でも、ここまではしないだろうし」

「だよね」

「その口振りだと、やろうと思えば、出来るみたいね」

その言葉に、二人は揃って女性から目を逸らし、こちらもまた疲れたような表情を覗かせる。

「世の中には、知らない方がいい事もありますから」

「そうそう。世の中には、常識だけじゃ通用しない事もあるんだよね」

「……ま、まあ、良いわ。とりあえず、ここが二人のいた世界とは違うと分かってくれたなら」

「まあ、一応は」

微妙な言い方をする恭也に、しかし女性はにっこりと微笑む。

「じゃあ、続きを説明するわね。と、その前に、もう手を放しても大丈夫よ」

言われ、美由希と顔を赤くした恭也は慌てて手を離す。
そんな恭也の反応に、女性は楽しそうな顔を見せる。

「いや〜ん、やっぱり、可愛いわ〜。貴方みたいな子、今まで居なかったから、新鮮〜。
 顔も文句ないし〜。ねえ、このまま私と一緒に何処かに行かない〜」

からかうように恭也の腕を取り、自分の腕を絡ませながら、必要以上に胸を押し付ける。
その感触に赤くなる恭也を見て、更に楽しそうな笑みを見せる女性を、美由希が強引に引き離す。

「恭ちゃんから離れてください! それよりも、何か説明があるんでしょう!」

威嚇するように二人の間に立ち、美由希がそう言う。
それに、今思い出したように女性はポンと手を合わせると、その前に、と美由希を面白そうな目で見る。

「貴女は、そっちの子とどういう関係なの〜」

「ああ、こいつは美由希と言って、俺の妹です」

美由希が答えるよりも先に、恭也が説明をする。
ここに来て、まだ自己紹介がまだだった事に気付き、自分たちの名を名乗る。

「恭也くんに美由希ちゃんね。わたしはダリア。ここで教師をしているのよ。宜しくね」

「「教師!?」」

あまりにもかけ離れた言葉に、二人は図らずも声を揃え、それを耳にして、ダリアは不満そうな顔になる。

「何よ、その反応は。これでも、結構、優秀なのよ」

「えっと、まあ、それは今は置いておくとしてですね、先に説明をお願いします」

話を逸らすように、恭也がそう言うと、ダリアもそれもそうねと、話を切り替える。

「えっと、何処まで話したかしら…」

「ここが、根の国と呼ばれているという所ですね」

「ああ、そうだったわ。で、さっきも見てもらったけれど、恭也くんたちから見て、この世界の文明レベルはどう?」

「中世ヨーロッパって感じですね」

ダリアの言葉に、美由希が思いついた事をそのまま口に出す。

「ヨーロッパというのがよく分からないけど、つまり、恭也くんたちの世界レベルから見ると、遅れてるわけね」

「はい。先程の、人が空に浮くような装置があるのにしては、町全体は少し昔の佇まいですね」

「装置? さっきのアレは、魔法よ、魔法」

「「魔法!?」」

またも驚きつつ声を揃える二人を見て、ダリアはしたり顔で頷く。

「なるほど。二人の世界では、魔法がないのか廃れたのかなのね」

「いや、全くない訳ではないみたいですけど。まあ、そんなに多くは見れないかと」

恭也は知り合いを数人浮かべつつ、そう返す。
それに相槌を打つ美由希の二人を視界に収めながら、ダリアは続ける。

「そう。まあ、ここアヴァターでは、魔法は極普通に存在するから、そのうち慣れるわ。
 それよりも、話を戻すわね。で、私たちの文明のレベルが低いのは、それなりの理由があるのよ。
 ここ、アヴァターでは、文明が一定のレベルに達すると、いずこからともなく、それを滅ぼそうとする敵が現われるの」

「敵?」

話がきな臭くなってきたのを感じたのか、恭也は片眉を上げながらダリアの説明を待つ。

「そう、敵よ。ただ、全てを滅ぼす事のみを目的とした敵、破滅。
 そして、その破滅の手先となり、全てを破壊して行くモンスターたち、破滅の軍団。
 破滅は、その本質全てが謎なの。
 ただ、分かっている事は、それがとても脅威である事。普通の人では破滅を滅ぼす事が出来ないという事。
 そして、その破滅の前では、降伏なんて無意味だという事。
 ただ、世界そのものを滅ぼす事のみが目的なのだから」

ダリアの話に、二人は言葉もなくただ聞く。

「でも、そんな破滅に唯一対抗する存在もあるの。
 それが、救世主と呼ばれる人よ。そして、この救世主に付いても、詳しい事は分かっていないの。
 何しろ、記録に残っている中で最も新しいものでさえ、今から大よそ千年も前の事だからね。
 ただ、救世主が破滅からアヴァターを救うという事だけは分かっているの」

「あ、何か嫌な予感がしてきたよ、恭ちゃん」

「ああ、実は俺もだ」

そんな二人の呟きも耳に届いていないのか、ダリアは変わらぬ口調で続ける。

「その救世主というのは、ここアヴァターだけでなく、様々な世界にいる可能性もあるの。
 だから、バーンフリート王家は、フローリア学園を作って、そこで救世主となる可能性を秘めた子たちを集め、
 日々、救世主となれるように教育をしているって訳。そして、美由希ちゃんは、その救世主の候補に選ばれたという訳よ」

「え、ええ! わ、私がですか!? 恭ちゃんじゃなくて?」

「え〜、恭也くんは違うわよ。だって、今までの救世主は皆、女性なんだもの。
 どういう訳か、男性の救世主ってただの一度もいないのよ」

「じゃ、じゃあ、どうして恭ちゃんも一緒にここにいるんですか?」

「それが分からないのよ。そもそも、今回の召喚は、初めからおかしい事だらけなのよ。
 貴方たちが目を覚ました時、他に誰か居なかった?」

「いえ、居ませんでしたが」

「それが既に可笑しいのよね。異世界からの召喚なんて魔法、そう簡単に使えるものじゃないのよ。
 ここアヴァターに、数人ね。救世主候補の召喚なら、普通はリコが行うはずだから、リコが居るはずなのよ、本来なら。
 まあ、その辺は学園長に報告するとして、とりあえずは、学園長に会いに行きましょう」

そう言って歩き出そうとしたダリアを、美由希が慌てて止める。

「ちょ、ちょっと待って下さい。私が救世主候補なんて、何かの間違いです。
 だから、元の世界に返してもらえませんか」

「うーん、間違いないと思うけどな〜。美由希ちゃん、この世界に来る前の事、覚えてない。
 多分、召喚の書を手にしたはずなんだけど」

「あっ」

ダリアの言葉に、美由希は何か思い当たったのか、小さく声を漏らす。
それを聞き、ダリアはしたり顔で頷く。

「やっぱりね。それが目の前に現われたという事は、美由希ちゃんは召還器を呼び出すことが出来るはずよ」

「召還器?」

「そう。インテリジェンスウェポンとも呼ばれる救世主たちが手にする武器よ。
 これも、全てが謎に包まれているんだけれど、形は様々で、救世主は虚空よりこの召還器を呼び出して闘うの。
 逆の言い方をすれば、この召還器を呼び出せる力の持ち主こそが、救世主の資質を持っているというわけ」

「は、はあ」

「とりあえず、貴方たちの場合、召喚も従来とは異なるから、還すにせよ、学園長の判断を仰がないといけないわ。
 だから、今は黙って付いて来て頂戴」

そう告げるダリアに、恭也と美由希は仕方がなさそうに頷くと、共に学園長室へと向かうのだった。





 § §





学園長室で、恭也と美由希はダリアともう一人の女性と対峙していた。
強い意志を秘めた眼差しに、学園長というのにはまだ若い感じを受ける女性は、ダリアの報告を黙って聞き終えると、
やがて、ゆっくりと美由希へと話し掛ける。

「大体の事情は分かりました。ですが、最後にこれだけは聞いて下さい。
 ここが根の国というのは、ダリアから説明を受けましたね」

頷く二人に、学園長も頷きを返す。

「この世界が滅べば、破滅が他の世界へと広がるという事です。
 つまり、あなた方の世界にも」

「でも、それに対抗するための救世主候補の人たちは既に何人かいるんですよね」

「ええ、います。しかし、誰が真の救世主か分からない以上、貴方だけを帰すという訳には」

「そんなの、勝手すぎます! 勝手に呼んでおいて、帰せないなんて」

「…確かに、それもそうね。分かったわ、元の世界に帰してあげます」

「学園長!」

学園長の言葉に、ダリアが何か言いたそうにするが、それを制して学園長が口を開く。

「この子の言い分は最もだわ。今までの救世主候補たちとは違って、選択の余地なしで呼ばれたみたいだし。
 ただ、あまりにもイレギュラー過ぎて、無事に元の世界へと送り返せるかどうかも分からないけれど、それでも良いかしら」

「そんな…」

「勿論、ちゃんと調査をして、安全だと分かってから送り返すけれど、それまでの間、どうするの」

「宿とかってあるんですよね」

「ええ、あるわ。そうね、完全にこちらの落ち度だから、無事に送り返せると分かるまでの滞在費用はこちらで用意するわ。
 ただ、すぐに連絡が取れるように、宿泊先だけは教えておいて頂戴」

どんどん話が決まって行く中、それまで黙っていた恭也が口を開く。

「美由希、本当にそれで良いのか。
 このまま元の世界に帰ったとして、もし、破滅とやらがこの世界を滅ぼしたら、次は俺たちの世界の番だぞ」

「そんな事、言われても…」

「確かに、戸惑うのも分かる。
 だがな、何の知識も準備もない俺たちの世界なら、あっと言う間に滅ぼされてしまうんじゃないのか。
 少なくとも、この世界では、破滅に対抗するために色々と手を尽くしているみたいだし」

「でも、救世主候補だなんて、急に言われても…」

「別に、救世主候補に拘らなくても良いんじゃないのか。
 ただ、何も知らない、俺たちの世界にいる、俺たちの周りの人たち。
 その人たちの為という理由で。そもそも、俺たちが刀を振るう理由は、そういったものだろう。
 救世主だ何だと考えず、ただ御神の剣士としてで良いんじゃないのか」

恭也の言葉に、美由希は暫らく考え込み、やがて顔を上げると学園長を見詰め返す。
先程とは違い、その瞳に宿った強い輝きに少し気圧されしつつ、それでもしっかりと見詰め返す。

「何処までやれるか分かりませんけど、頑張ります」

「そうですか。ありがとう。そう言えば、まだちゃんと名乗っていませんでしたね。
 私はここ、フローリア学園で学園長を務めさせて頂いている、ミュリエル・シアフィールドです」

「高町美由希です」

「では、早速ですが、一つ試験を受けてもらいます」

「試験…、ですか」

「そうです。あなたに召還器を呼んでもらうための試験です」

そう告げられ、美由希たちは学園長室から闘技場らしき場所へと連れてこられる。
いや、らしきではなく、闘技場そのものである。

「あの、これから何を…」

「これから、美由希さんにはあそこで闘ってもらいます」


ミュリエルは、闘技場の真中を指差し、美由希をそこへと行かせる。
美由希がそこへと辿り着いたのを見て、ミュリエルは背後にいたダリアへと合図を送る。
すると、丁度、ミュリエルたちとは反対側の壁にはめ込まれていた鉄格子がゆっくりと上へと開いていく。
そこから現われたものを目にして、美由希と恭也は一瞬、言葉を失う。

「何、あれ」

そこから現われたのは、一言で表すなら狼であった。
ただし、普通の狼とは違い、二本足で立っているが。
茫然と呟く美由希へと、ミュリエルの声が響く。

「それは、人狼よ。かなり素早いけれど、それぐらいは簡単に倒して見せて頂戴」

ミュリエルの言葉が終るよりも先に、人狼が美由希へと向かって来る。
考えるよりも先に、美由希はそれを転がりながら躱すと、すぐさま立ち上がる。

「幾ら大した事はないと言っても、丸腰では無理よ。
 早く召還器を呼びなさい」

しかし、ミュリエルの言葉に、美由希は丸腰じゃないんだけどなとか思いつつ、人狼の攻撃を避けて行く。

「あの子、中々良い動きをしますね」

「ええ。でも、どうして召還器を呼ばないの」

ダリアの言葉に頷きつつ、ミュリエルはもどかしそうに呟く。
そこへ、恭也が躊躇いがちに声を掛ける。

「所で、その召還器はどうやって呼び出すんですか」

「召還器の名を呼べば、召還器の方から答えてくれるわ」

そう答えつつ、美由希の方から視線を一度も逸らさない。
と、美由希は人狼の攻撃を後ろへと跳んで躱す所だった。
しかし、人狼はその跳躍分だけ前へと進んでくると、その爪を美由希へと振るう。
素手でそれを受けるわけにも行かず、美由希は身を捻って躱すが、無理な態勢になったため、次の行動が遅れる。
そこを、人狼の爪が再度、襲い掛かる。

(しまった!)

咄嗟に左腕を前へと差し出し、それで受け止める覚悟をした時、美由希の脳裏に何者かの声を聞いたような気がした。
美由希は咄嗟に何もない右手を人狼へと向けて突き出すと、叫ぶように一つの名を呼ぶ。

「セリティ!」

その右手には、先程まではなかったやや長い刀身を持つ剣が握られていた。
やや反りがあるそれは、日頃、美由希が最も使い慣れている武器と全く同じぐらいにその手に馴染み、小太刀と呼ばれる武器だった。
その刀身が、人狼の胸に刺さり、人狼動きを止める。
と、やがて、その体が消えて行く。

「えっ、えっ」

突然、手の中に現われた小太刀や、目の前で起こっている現象に混乱する美由希の前で、人狼は完全にその姿を消す。

「どうやら、無事に召還器を呼び出せたようですね」

「ええ。剣タイプの召還器。そして、あの動き。
 彼女は前衛向きね」

ダリアの言葉に頷きつつ、ミュリエルもほっと胸を撫で下ろす。
そこへ、恭也が不思議そうに訊ねる。

「それはそうと、あそこはまだ開けたままなんですが、まだ何かあるんですか」

恭也の言葉に、ミュリエルが慌てて声を上げる。

「ダリア! 急いで閉めさせて」

「は、はい」

しかし、それよりも早く、そこからまた一体のモンスターが現われる。
今度は、先程とは違い、動きは遅そうだが、その分身体が大きく、見るからに力のありそうな石で出来た人形だった。
ゴーレムとも呼ばれるそれは、ゆっくりと闘技場に姿を見せると、未だに呆けている美由希へと向かって歩を進める。

「最悪だわ」

「で、でも、救世主候補なら、あれぐらい」

ミュリエルの呟きに、ダリアがそう答えるが、肝心の美由希は今までの出来事にパニックになっているのか、
新たに背後から現われたモンスターには気付いていなかった。

「美由希さん、ぼうっとしてないで、後ろよ」

ミュリエルの言葉に、美由希が後ろへと振り返ると、そこでは両手を組んで高々と頭上へと上げているゴーレムがいた。
ゴーレムは力任せに、その腕を美由希目掛けて振り下ろす。

「美由希、下がれ!」

その聞き間違えるはずのない声を耳にし、美由希の身体は何故とかいう疑問も浮かべる事もなく、ただその声に従う。
大きく後ろへと跳躍した美由希のすれすれをゴーレムの腕が通過して行き、地面目と叩きつけられる。
大きな轟音と土煙が舞い上がる中、その煙の中から、ゴーレムの片腕が美由希を掴もうと伸ばされてくる。
それを横へと跳んで躱しつつ、美由希は地面を転がる。
そこへ、上空へと身を躍らせたゴーレムが降って来る。

「嘘!?」

驚きつつも、身体を起こし、それを躱そうと試みる。

(あ、ちょっとまずいかも…)

完全には避けれないかもしれないと思いつつ、それでも力一杯地面を蹴る。
そこへ、一つの影が近づいて来る。
影は近づきながら、両手を無意識に握り締めて振り上げる。

「来い、ルイン!」

その影、恭也の声に応えるように、恭也の両手に美由希のとよく似た、しかし、刀身はそれよりも長い刀が現われる。
恭也はその刀を握り締めつつ、十字に交差させてゴーレムの巨体へと斬り付ける。

──御神流奥義 雷徹

ゴーレムの巨体に皹が入り、そこへ向かって、態勢を立て直した美由希の一撃が決まる。
これにより、ゴーレムは地面へと落ちると、その姿を消して行く。
それを確かめながら、恭也は美由希の無事を確かめるように顔を向ける。

「大丈夫だったか、美由希」

「うん。ありがとう、恭ちゃん」

「別に気にするな」

そんな風に話をする二人を、ミュリエルとダリアが険しい顔で見ていた。

「学園長。恭也くんが握っている武器は、まさか…」

「ええ、間違いなく召還器ね。しかも、二つも。いいえ、違うわね。
 二本一組の召還器」

「そんな召還器があるんですか!?」

「さあ、分からないわ。今までになかったからと言って、ないとはいえないと思うけど。
 そもそも、私たちは召還器の事についてさえ、何もはっきりと分かっていないのだから。
 だた、救世主の資質を持つ者が呼ぶことが出来るという事しか」

「そうですよ! 召還器を呼び出したという事は、恭也くんも救世主候補という事なんですか!?」

「恐らく、そうなるのでしょうね」

「しかし、今までの救世主は皆、女性…」

「でも、現に召還器を手にしている以上、彼も救世主候補なのは間違いないわ。
 それも、ゴーレムをたったの一撃で滅したのよ」

「しかし、あれは美由希ちゃんの攻撃も…」

「いいえ、あれが無くても、あのゴーレムは既に倒れていたわ」

「それでは…」

「ええ、フローリア学園学園長、ミュリエル・シアフィールドの名の元に、
 彼、高町恭也と高町美由希、この者二人を救世主候補とします」

「分かりました」

「今日はもう遅いから、他の救世主候補との顔合わせは明日にしましょう。
 寮には、ダリア、あなたが連れて行って上げてください。
 部屋は、ベリオさんに案内させると良いわ」

「はい。それじゃあ、早速」

ダリアはそう言うと、二人の元へと向かう。
ミュリエルは、その背中の向こう側に見える恭也へと視線を向けながら、険しい表情をしたまま小さく頭を振るのだった。





つづく




<あとがき>

うーむ、やってしまったな。
美姫 「…………」
ああ〜、更に長編を増やして、俺は何をしてるんだ。
美姫 「…………」
うぅぅぅ。と、とりあえず、これは月一、もしくは一月半の一本ぐらいの更新ペースで。
美姫 「…………」
……む、無言の重圧はやめてくれ〜(涙)
美姫 「馬鹿」
ぐおっ! その一言も胸に突き刺さる。
美姫 「はぁ〜、全く何を考えてるのかしら」
多分、何も考えてないぞ。
美姫 「威張るな! この馬鹿、馬鹿!」
イテテテ! や、やめてくれ。
だって、だって、この長編のネタが頭から離れなかったんだよ〜。
で、ボツにするつもりで書いてたら…。
美姫 「思った以上にさくさくと出来上がってしまったのね」
うんうん。だから、許して。
美姫 「…………はぁ〜〜」
うぅぅ。自分でも、ああ、何て事をって感じだよ〜。
でも、書きたかったんだ!
美姫 「いや、まあ、ちゃんと更新するなら良いんだけどね」
頑張ります!
美姫 「はぁ、もう良いわ。とりあえず、次回も頑張んなさい」
イエッサー! それでは、次回で!





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