『DUEL TRIANGLE』






第一章 ベリオとセルビウム





ダリアに連れられ、二人は暗い道を歩く。

「とりあえず、この学園の詳しい案内は明日にでもするとして、アレが正面門よ。
 一応、門限もあるから気を付けてね。門限の六時を過ぎると、容赦なく閉まるから、そうなったら街で宿を取るしかないわよ」

ダリアが説明をする中、今しもその扉が閉まっていく。
そこへ、

「待て。待ってくれ〜」

そんな声が響いてくる。
しかし、門は一向に止まる様子を見せず、徐々に閉じて行く。
門が閉じる寸前、地面に転がり込むように一人の男が入ってくる。

「セルビウムくん、また門限ぎりぎりね」

「あ、あははは〜。一応、間に合ったんですから、ここはどうか」

「はぁ〜、どうしようかしら」

「そんな事を言わないで〜。って、そっちは?」

「ああ、この二人は今日からこの学園に編入する事になった高町恭也くんと高町美由希ちゃんよ」

「ふーん。俺は傭兵科のセルビウム・ボルト。
 俺の事はセルって…………!」

拝むようにダリアの足元に擦り寄っていたセルビウムは、立ち上がりながらそう自己紹介をしつつ、その言葉を途中で切る。
まるで何かに気付いたかのようにこちらへと向くと、信じられないほどの素早さで美由希の元へと来ると、その手を取る。

「愛してるっス!!
 俺は君のためになら、死ねるっス! だから、死ぬ前にデートするっスゥ!!」

「お前は、いきなり人の妹に何をしている」

いきなりのセルの行動に、恭也が訝しげな視線を向ける。
それに対し。セルは全く悪びれた様子も見せずに、ただ笑う。

「あはははは。悪い、悪い。俺、可愛い子を見ると、行動が先走っちゃうんだよね」

「でも、この子、アンタの妹かあ。良いなー、こんな可愛い妹がいてさ」

恭也は美由希の顔をじっと見つめ、首を傾げる。

「そうか?」

「恭ちゃん、どういう意味よ」

「いや、別に」

「いや、可愛いっスよ、お兄さん」

「誰がお兄さんだ、誰が」

「じゃあ、兄貴?」

「却下」

「……いや、流石に兄様や兄くんは辛いっス」

「誰も、呼べとは言わんわ!」

「ああ、それは良かった。で、妹さんに彼氏とかは……」

「さあ、知らないが」

「あのね、本人を目の前にして、そんな話をしないでよ」

二人の話の内容に呆れた声を上げる美由希に対し、恭也は本当に不思議そうに尋ねる。

「そんなものか?」

「そうだよ」

「じゃあ、直接聞くのは良いんだな。美由希、いるのか?」

「う、うぅ、い、いないよ。大体、殆ど一緒にいるんだから、そんな事知ってるでしょう」

「まあ、確かに」

実際、学校から帰れば、母親が経営する喫茶店の手伝いをするか、家の道場で鍛錬をしているかなのだ。
もしくは、美由希の場合は読書、恭也自身は盆栽とほぼ一日中、一緒にいると言っても過言ではないのだから。
そんな事を考えていた恭也の横では、セルが肩をふるふると震わせたかと思うと、急に顔を上げる。

「くぅ〜、最高」

「はぁ、一々、オーバーアクションな奴だな。もう少し落ち着いた方がいいぞ」

「逆に、恭ちゃんは落ち着き過ぎだと思うけどね」

「お前は、どうしてそう一言多いんだ?」

「わっわ、ごめん。だから、その拳骨は下ろして」

美由希の言葉に溜め息を吐き出しつつ、恭也は振り上げた拳を解いて下ろす。

「美由希さん、この学園で分からないことがあったら、何でも相談に乗りますから。
 傭兵科のセルビウムをよろしくっス!」

「は、はあ…」

「お兄さんも、よろしく。……でもって、これはひとつお近づきということで」

そう言ってセルは握りこぶし大ぐらいの、石を差し出す。

「これは?」

「これは、幻影石ってやつですよ」

「幻影石?」

「その場所の風景なんかを幻影にしてとっておく事が出来るマジックアイテムの事ですよ。
 これ一つで、映像や音なんかを一緒に記憶できて、更に再現できるという優れものさ」

「マジックアイテムね……」

不思議そうにその石を弄びながら、上へと翳して眺めたりしてみる。
セルはそんな恭也に近づくと、そっと秘密を打ち明けるように耳元に囁く。

「しかも、この幻影石に写っているのは……。
 大きな声では言えないが、昨日の昼に女子更衣室で撮ったナマ着替え映像だと言ったら?」

「何?」

「だから、これと交換で妹さんとの交際を認めて…」

セルの言葉を遮るように、恭也がセルの名前を呼ぶ。
それをどう勘違いしたのか、セルは額を一つ軽く叩くと、

「分かりました! それなら、こいつもつけちゃおう。女子寮棟の風呂場盗撮幻影石だ!」

「……ちょっと、そこに座れセル」

「え、ここにっスか」

「ああ、そうだ」

「こ、こうですか」

恭也の言葉に、セルは素直にその場に座る。
そんなセルに向かって、恭也が何か言うよりも先に、ダリアがセルの手から二つの幻影石を取り上げる。

「セルビウムくん、これは没収ね。他にも、持っていたら、全部出しなさい」

「はうっ! ダリア先生! 一体、いつからそこに!?」

「最初から居たじゃない。何を言ってるんのよ」

ダリアは呆れたように言うと、セルのに向かって手を伸ばし、その二つを取り上げる。
どうやら、これ以外は持っていなかったらしく、ダリアは取り上げた二つの幻影石を自分の懐へと仕舞い込む。
それを哀しそうな目で見つめるセルに、美由希から冷ややかな視線が飛ぶ。
それに気付いたセルは、慌てたように恭也の足にしがみ付く。

「ど、どうしよう。ば、ばれてるよ、きっとばれてる……」

「お前、この状況でどうしてばれていない可能性が思いつくんだ…」

「まあ、とりあえず、寮へと行きましょう」

ダリアの言葉に、恭也と美由希は頷き、セルは立ち上がる。

「と、とりあえず、これから宜しく。恭也に美由希さん」

「ああ、よろしくなセル」

「よろしくね、セルビウムさん」

改めて挨拶を済ませると、ダリアの後に続き、寮へと向かう。
暫く歩くと、前方に西洋の屋敷を思わせるような建物が見えてくる。
その前でダリアは立ち止まると、二人へと振り返る。

「さあ、ここが恭也くんたちが住む寮よ」

「凄い。寮というよりも、お屋敷みたい」

「そうだな」

感嘆の声を上げる二人を余所に、ダリアはセルへと話し掛ける。

「セルビウムくん、ベリオちゃんを呼んで来てくれる?」

「へいへい、了解」

セルが中へと入って行き、ベリオと呼ばれる生徒を呼んできている間に、二人は寮の玄関へと案内される。
そこから中に入り、玄関口でセルが戻ってくるのを待つ。
少しして、セルと一緒に一人の女性がやって来る。
長い金髪を後ろに流し、眼鏡を掛けた女性は神官を思わせるような帽子を頭に乗せていた。
近くまで来るとダリアへと挨拶をして、次いで恭也たち二人に視線を向ける。

「この方たちは?」

「ああ、ごめんね〜。もう話は聞いてるとは思うけど、彼らが今日からここに住む事になった、
 高町恭也くんと高町美由希さんよ〜」

「この方たちが、あの?」

眼鏡の奥の瞳が、含みを持ち二人を見つめる。

「この子は救世主クラスの委員長で、この寮の寮長も兼務しているベリオちゃん」

「ベリオ・トロープです。宜しくお願いします」

ベリオの挨拶に、恭也と美由希も挨拶を返した所で、ダリアが口を挟む。

「何か困ったことがあったら、ベリオちゃんに聞くと良いわ。
 ベリオちゃん、彼らの面倒を見てあげてね」

「はい」

「それじゃあ、後はお願いね。アタシはこれから、職員会議があるから〜。
 本当は、面倒くさいからさぼりたいんだけどね〜」

「ダリア先生、そんな事を言ってないで、早く行かれた方が…」

「分かってるわよ〜。本当にベリオちゃんは真面目なんだから」

ぶつぶつ言いながら、ダリアは外へと歩いて行く。
その背中を眺めながら、ここに居た全員が、今日、初めてダリアと出会ったはずの恭也たちでさえ、同じことを思っていた。
単に、ダリア先生が不真面目過ぎるのでは、と。
兎も角、ダリアを見送ったベリオは、改めて二人に向き合うと、

「じゃあ、高町さんでしたよね? お部屋に案内しますから、付いて来て下さい」

「えっと、美由希で良いです、トロープさん。高町だと、兄とどっちか分からないですし」

「分かりました。それじゃあ、私の事はベリオと」

「はい、宜しくお願いしますベリオさん」

そう言って歩き出したベリオの後に続いて行くと、一つの扉の前まで案内される。
ベリオはその扉を開けると、中へと入って行く。

「さあ、どうぞ入ってください」

ベリオの言葉に続き、部屋へと入った二人は思わず感嘆の声を漏らす。
豪華な調度品が幾つも並び、天蓋つきのベッドまで置かれている。
そして、何よりもその部屋の広さと高さ。

「忍さんの家みたい」

思わず零れた美由希の言葉に、恭也も頷く。
そんな二人に向かって、ベリオが話し掛ける。

「救世主クラスの生徒の部屋は特別なんです。
 世界の命運を決める人物を育成する施設ですから、最高の住み心地と最高のセキュリティを用意してあります」

「はぁ〜、初めて見るけど、救世主クラスの部屋って、すげ〜」

「うん? セルの部屋は違うのか?」

「ああ。おれは傭兵科だからな。四人で一部屋を使っている上に、内装もよくないぞ」

「そうなのか」

相槌を打つ恭也の横で、セルは一つの事実に気付く。

「救世主クラスの部屋に入居という事は……。
 ま、まさか…?」

「ええ、そう。美由希さんの編入先は救世主クラス」

「げげっ! 美由希さんって、救世主クラスだったの!?」

「えっと、その……」

戸惑う美由希に代わり、ベリオが答える。

「そうよ。美由希さんは救世主候補よ。
 情報が遅いわね、セルビウムくん。最初の試験で、人狼とゴーレムを倒した新入生として、もう学園中では噂よ」

「そ、そんな…」

「嘘ぉ?」

ベリオの言葉に、更に戸惑う美由希と驚くセルに向かい、ベリオが少しだけ笑みを見せて言う。

「残念だったわね、セルビウムくん。
 どうせ、美由希さんの部屋に遊びに行こうとか考えていたんでしょうけど」

「あ、あははは。ま、まさか」

「でも、覚醒した美由希さんには手も足も出ないわよ。
 忍び込むなら、それなりの覚悟じゃないとね」

そこまで言うと、次は美由希に聞かせるように言う。

「そもそも、この階は男子棟とは繋がっていないから、男子は関係者以外は立ち入り禁止なの。
 救世主候補にもしもの事がないようにね」

そこで一旦、言葉を区切ると、ベリオは美由希へと訊ねる。

「そんなところだけれど、何か質問はある?」

「いえ、特にはありません」

「そう。じゃあ、部屋の片づけがすんだら、お風呂に入ると良いわよ」

「お風呂ですか」

「ええ。ここのお風呂の水は、肌を活性化させる効果があるから、お肌がすべすべになるの」

「へぇー、そうなんですか」

「ええ。さて、それじゃあ、私はまだ明日の予習があるから、これで失礼するわね」

「ありがとうございます」

「ああ、それじゃあ。…って、俺もこの部屋で良いのか?」

「別に私はそれでも良いけど、でも、ベッドは一つしかないし。
 恭ちゃんが、それでも良いって言うなら、別に私は構わないけど」

恭也と美由希の言葉を聞き、ベリオとセルが揃って声を上げる。

「「駄目」」

「例え、兄妹といっても、年頃の男女が同じ部屋だなんて問題あります」

「じゃあ、俺の部屋は何処になるんだ?」

「さあ? 私は何も聞いてませんし…」

「部屋っていうけどさ、恭也。ここは救世主候補の寮棟だぞ」

「ああ、分かっているが」

「分かっているって、本当に分かってるのか?」

怪しそうに言ってくるセルを無視して、ベリオが言う。

「幾ら、恭也くんが救世主候補といっても…」

「え、えっ。きゅ、救世主候補ー!?」

「知らなかったのか?」

「いや、だって、お、男だよな」

「俺が女に見えるのか。って、さっきも似たような事を言ったような…」

「な、なのに、救世主候補なのか……」

「ああ。どういう訳かな」

驚くセルに対し、恭也は淡々と語る。
それを遮り、ベリオが言う。

「えっとですね。幾ら、恭也くんが救世主候補と仰っても、ここは救世主候補の女性専用の寮棟なんです。
 ですから…」

「そうか。なら、男の俺がここに居るのはまずいな」

「えっ!? あ、そうです」

自分が言おうとしていた事を先に言われ、驚きつつもそれに同意するベリオ。
それに対し、恭也は何で驚いたのかが分からず、ただ首を傾げる。

「仕方がない。別段、寒い時期でもないようだし、野宿でもするか」

「いえ、流石にそういう訳にも。そうだわ。
 セルビウムくん、あなたの所、傭兵科の男子棟よね。そっちに空き部屋はないの?」

恭也の言葉に、ベリオがセルへとそう訊ねる。
しかし、セルは首を一つ横へと降ると、

「無理。うちの棟も今はいっぱい」

「そう。他の棟もみんな一杯だという話しだし…」

「仕方ないさ。うちの寮は慢性的に部屋不足だからな」

「そうよね。王都から遠いうえに、入学希望者が山ほどいますからね」

「そうそう。中には、寮に入れずに、下宿を借りている奴もいるしな」

「そもそも、空いている部屋は救世主候補の棟だけだし…」

「救世主はいつ召還されるか分からないから、部屋だけは用意されているからな」

セルの言葉に、美由希がベリオへと訊ねる。

「だったら、その空いている部屋を恭ちゃんの部屋に出来ませんか。
 恭ちゃんも救世主候補なんだし」

「それは…」

何かを言いかけるベリオを遮るように、恭也が美由希に言う。

「美由希、お前は話を聞いていたのか。ここは女子専用の寮だと言っていただろう。
 ただでさえ、男子禁制の場所に、俺みたいな無骨者が居たら、余計に怖がらせるだろうが」

「えっ!?」

恭也の言葉に、驚いたような顔を見せるベリオに、美由希は呆れたように肩を竦めるだけだった。
そんな二人の反応を特に気にも止めず、恭也はベリオへと向き直る。

「ベリオさん、ご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ない」

「い、いえ、そんな事はないですよ」

「寝床ぐらい、適当に探しますよ。
 今日一日ぐらいなら、慣れていますし、別に野宿でも全然、問題ないですし」

「しかし…」

流石に野宿させるのは抵抗があるのか、ベリオは渋る。
と、何かを思いついたのか、手を一つ叩く。

「そうだわ。一つだけ、部屋があったわ。
 今から、そちらへ案内しますから」

「そうですか。それは助かります」

ベリオの言葉に礼を言う恭也を引き連れ、一向は移動を始める。

「ここです」

最上階のはずのこの階を更に登り、屋根裏部屋へと辿り着く。

「申し訳ないんですけれど、後、空いている部屋はここぐらいで」

「いえ、部屋があるだけでもありがたいですよ」

「おいおい、本当に良いのかよ。俺たちの棟じゃ、ここは物置になってるぞ」

「ああ、別に問題ない。どうせ、寝るぐらいしかする事もないしな。
 それよりも、ベリオさん」

「はい、何ですか」

「屋根裏部屋とは言え、ここも女子寮の棟では。
 やはり、男である俺が居るのはまずくないですか」

そう訊ねてくる恭也に、ベリオは優しい笑みを浮かべる。

「そうですね。本来なら、この棟に男性が居るのは問題ですね。
 でも、貴方なら問題はないと思いましたから」

「そんなに簡単に会ったばかりの俺なんかを信用しても大丈夫なんですか」

「本当に大丈夫じゃない人なら、そんな事を自分から言いませんよ。
 それに、その目です」

「目?」

「ええ。澄み切った淀みのない目をしています。
 先程からの言動を見てみても、信用できると判断しました。セルビウムくんとは違ってね」

「それはないぜ、委員長。俺の目だって、澄み切っているだろう。
 そう、雲一つない青空のように」

「ええ、本当に澄み切っていて、汚れた欲望が透けて見えるぐらいに」

「うぅぅ、きついっス」

落ち込むセルを残し、ベリオは部屋の外へと出る。

「それじゃあ、本当にこれで失礼しますね」

「ああ、ありがとうございます、ベリオさん」

「ベリオで良いですよ、恭也くん。それに、同じクラスなんですから、もう少し砕けた調子で話してくださっても」

「分かった、ベリオ。これから、宜しく」

「はい、こちらこそ。それじゃあ、美由希さん、行きましょう」

「はい。じゃあ、恭ちゃん、またね」

「ああ」

ベリオと美由希に挨拶を済ませると、恭也は部屋の中へと入る。
そこには、未だに落ち込むセルの姿があった。

「お前、まだ居たのか?」

「あぁぁ、更に追い討ちっスか」

「冗談だ。暇なんだったら、少し掃除するのを手伝ってくれ」

「はぁー、まあ仕方がないか」

そう言って、セルは恭也の手伝いを始める。
作業の途中、暇になったのか、セルが恭也へと話し掛ける。

「それにしても、男の救世主だなんてな」

「そんなに珍しいのか」

「いや、珍しいとかじゃなくて、初めてだろう」

「そう言えば、そんな事を言っていたような。
 しかし、救世主、救世主と騒ぐが、そんなに偉いのか?」

「偉いんだよ、この国では」

「いまいち、よく分からんが…」

「まあ、そのうち分かるって」

「そんなもんか。と、それよりも、他にも救世主候補っているんだろう」

「ああ。委員長以外にも、後二人ほど」

「思ったよりも少ないな」

「滅多に見つかるものじゃないからな。で、一人は、学園長の娘で、リリィ・シアフィールド」

セルの言葉に、恭也は驚いたような顔を見せる。

「学園長の娘さんも救世主候補なのか」

「まあな。でも、娘と言っても、本当の娘ではないらしいけど」

「どういう事だ」

「何でも、学園長がその才能を見込んで養女にしたらしい。
 まあ、噂だけどな。で、もう一人は、リコ・リスといって、小さくて無愛想な娘だな」

「リコ……。ああ、ダリア先生が、そんな名前を言っていたような。
 と、こんなもんか。すまなかったな、セル。助かった」

「まあ、お前のお陰で、普通なら入れない救世主候補の棟に入れたからな。
 これぐらいなら、どうってことないさ」

「そうか」

二人は掃除を終えると、軽く伸びをしながら言う。
それから、セルは恭也に向かって、ニヤリと形容するのが相応しい笑みを見せる。

「さて、それじゃあ、恭也の入学祝いにいいものを拝ませてやろう」

「一体、何をだ」

「ふふふ、それは見てからのお楽しみだ。付いて来い。
 あ、ただし、音はあまり立てるなよ」

セルの言葉に頷き、恭也は完全に足音を消してセルの後に付いて行く。
向かった先は、寮の外で、かなり奥まった所だった。

「セル、こんな所に一体、何があるんだ」

不思議そうに聞いてくる恭也に向かい、セルは自分の口に人差し指を立てて声を立てるなと合図する。
それを見て、恭也は頷くとセルの後に続く。

セルはある場所に来ると、壁に向かって顔を寄せる。

「何をしているんだ」

「良いから、ほら、恭也も見てみろ」

セルに言われ、恭也もセルが覗いているものを目にする。

「なっ!」

「しっ! 声が大きいとばれる!」

セルが覗くその先には、一糸もまとわない女性の姿が。
平たく言えば、女風呂だった。

「どうだ。ここは俺のとっておきの場所なんだが、恭也には教えてやろう。
 って、おお! い、委員長だ。幻影石、幻影石……」

ダリアに取り上げられ、既に手元にない事を思い出すと、せめて記憶に刻まんとばかりに、喰いつくように中を覗き見る。

「委員長……? ああ、ベリオか。って、セル! お前、何をしている!」

「あ、馬鹿、大声を出すな! ……あっ」

怒るように言った恭也の声に、セルも負けないぐらいの大声で返す。

「きゃあ、今の声、なに?」

「外から聞こえたわよ」

「もしかして、覗き?」

「しかも、セルって事は、傭兵科の? またなの!」

中で女の子たちが騒ぐ中、ベリオの険悪な声が聞こえてくる。

「なんですって? セルビウムくん、また覗いてるのね。
 どいて」

ベリオは目の前に立っていた女の子たちをどかせると、声のした方へと向かって両手を持ち上げる。
その手には、いつの間にか杖が握られており、それを後ろから見ていた美由希が声を洩らす。

「召還器……」

そんな美由希の前で、ベリオの杖に白い光が集まって行く。

「……ホーリースプラーッシュ!」

その力ある言葉により、集まっていた光が一気に弾けるように飛んで行く。
流石に、これはまずいと思ったのか、恭也はセルの襟を掴むと、その場を跳び退く。

「…やった?」

「まだです。覗きをするような人には、徹底的なお仕置きが必要です!
 ホーリースプラッシュ!」

「うげっ! し、死ぬ! きょ、恭也、離してくれ。く、首が」

「ここで離したら、本当に死ぬ事になるかもしれんぞ」

ベリオの二撃目も躱すと、恭也は中へと向かって叫ぶ。

「ベリオ、とりあえず落ち着いてくれ。
 セルは、こっちで取り押さえたから」

「あ、てめー、俺を売る気か」

「うるさい、自業自得だ。第一、覗きという行為そのものが間違っている。
 良いか、そもそも、女性の体を見たいという気持ちは分からなくはない。
 しかし、勝手に無断でこっそりそんな事をするのは、間違っているぞ。
 ましてや、それを撮ろうとするなど、言語同断だ!」

「し、しかし…」

「しかしじゃない。セル、そこに座れ」

「座ってるぞ」

「正座しろ、馬鹿者」

セルは恭也に睨まれ、大人しく従う。
星座をしたセルに向かって、恭也はくどくどと説経を始める。
そこへ、服を着たベリオたちがやって来る。
後ろには、美由希の他にも四人ほど女の子たちが居た。

「分かったか、セル。お前も、もう少し節度というものを持ってだな」

「うぅぅ。わ、分かったから、勘弁してください。
 委員長が二人に増えた気分だよ……」

「セル、本当に聞いているのか? 聞いていないようなら、また最初から…」

「うわぁ〜! 聞いてます、聞いてます。すいません、俺が悪かったです!」

「分かれば良いんだが、謝る相手が違う。俺じゃなくて、彼女たちに謝るべきだろう」

そう言って恭也はベリオたちへと振り返る。
途端、後ろの女の子たちが騒ぎ出すが、それをどう捉えたのか、恭也は頭を下げる。

「お騒がせしてしまって、本当に申し訳ない。
 俺が傍にいながら、止める事が出来ませんでした。
 本人も反省しているようですので、今回は許してやってもらえないでしょうか。
 ほら、セル。お前も謝れ」

「あ、ああ。ごめんなさい、この通り反省してますから、許してください」

二人を見て、ベリオは咳払いを一つする。

「まあ、今回は恭也くんが私の言いたかった事を言ってくれたみたいだから、ここまでしておいても良いけど…」

「本当ですか、委員長」

「…本当に反省してる?」

「勿論です!」

「じゃあ、良いわ。その代わり、次に同じような事をしたら……」

「し、しません!」

セルは首をぶんぶんと振りながら、もうしないと誓う。
それを見て、ベリオが後ろにいた女の子たちに声を掛ける。

「皆も、それで良い?」

「私たちはそれでも良いけど」

「セルくん、本当にもうしないでよね」

口々に同意の言葉を口にした後、ベリオへと視線を向ける。

「所で、そっちの恭也さんだっけ? も、救世主候補って本当?」

「ねえ、ベリオさん、紹介してよ」

セルから興味が恭也へと移ったらしく、そう言ってくる女の子たちに、ベリオが恭也を紹介する。

「高町恭也です。妹の美由希が、これからご迷惑をお掛けする事もあるかと思いますが、仲良くしてやって下さい」

「勿論ですよ。所で、恭也さんは何処の棟にいるんですか」

「俺ですか? 俺は…」

そこまで言ってベリオを見る。
言ってもいいのかどうか問うその視線に、ベリオが代わりに答える。

「ほら、皆。質問はまた今度にして、さっさと中に戻りましょう。
 時間も遅いんだから」

その言葉に、女の子たちは渋々とだが従い、中へと戻る。
その一団が戻るのを見てから、ベリオは恭也へと向き直ると、少し頬を赤くして訪ねる。

「えっと、恭也くんも中を覗きました?」

「いや、俺は……。すいません、少しだけ。
 まさか、女風呂だとは思わなくて。あ、でも、湯気で殆ど何も見えなかったから。
 そ、それに、俺はすぐに離れたから、ベリオが入って来た所は見てないし」

「そ、そうですか。それは良かったです」

ほっと胸を撫で下ろすベリオに、恭也は話題を変えようと話し掛ける。

「と、所で、本当に男の救世主は俺が初めてなんですね」

「ええ、そうですよ。そんなに詳しい資料が残っている訳ではないんですけれど、今までの救世主は皆、女性でした」

「まあ、まだ俺が救世主と決まった訳ではないですし」

「ええ、勿論ですよ。私だって、ううん、他の救世主候補も救世主を目指して頑張っているんですから」

「ですね。まあ、俺は破滅から大事な人たちを守れれば良いんで、別に救世主じゃなくても良いんですけどね」

「そうなんですか」

「はい」

「でも、救世主になれば、それこそ思うがままなんですよ。例え無茶な事を言っても、その要求が通るぐらいに」

「そいつは、凄いですね」

「ええ。それだけ、救世主に期待が集まっているという事もあるんですが…。
 そもそも、破滅に対抗できるのが救世主だけですから」

「成る程。まあ、救世主云々というのは、今は置いておくとして、とりあえずは一歩ずつやるべき事をやるしかないんですね」

「ええ。明日からは、救世主になるための授業がありますから」

「授業ですか…。どうも、勉強は苦手なんですけどね」

「くすくす。でも、頑張って下さいね」

「ええ」

「それよりも、また丁寧な話し方になってますよ」

「いえ、これはもう癖みたいなものでして。
 と、そう言うベリオこそ、丁寧な話し方だと思うが…」

「私は元から、誰にでもこういう話し方ですから」

「そうか」

「ええ」

二人して笑みを交わした所へ、美由希が声を掛ける。

「所でベリオさん。授業って、一体、どんな事をするんですか」

「そうですね。色々ですよ。破滅に関することから、魔法の授業。
 勿論、実戦形式の授業まで。それと、後は試験ですね」

「試験…ですか?」

嫌そうな顔をする恭也と美由希に、笑みを浮かべながらベリオは言う。

「ええ。同じ救世主候補のクラスメイトとの実戦です」

「そんな試験が」

「ええ。あ、恭也くんと美由希さんは、明日が初日ですから、早速ありますね」

「そうなんですか」

「ええ。この学園は実力主義ですから、定期的に能力測定を行って、クラスでの席次を決めるんです。
 因みに、今のトップはリリィさんという方です。
 紹介の方は、また明日にでも」

「ああ、頼む」

「お願いします」

二人は礼を言うと、ベリオと一緒に寮へと戻る。
そんな三人の背中を眺めつつ、一人残される形となるセル。

「あの〜、もしかしなくても、俺は忘れられてますよね。
 って、いつまで正座をしてればいいんでしょうか。
 というか、足が痺れて立てないっス! 置いてかないでくれ〜!」

そんな叫び声が、静かな夜空へと吸い込まれていった。





つづく




<あとがき>

さて、セルとベリオとの顔見せ完了〜。
美姫 「次は、他の救世主候補との対面ね」
おう! そして、早速、試験が始まる…。
美姫 「恭也と美由希は、どんな結果を出すのか!?」
次回を待てぃぃぃ!
美姫 「何を偉そうに!」
ぐげっ! いや、ちょっ! ちょっと待て!
い、言ってみただけ、がぁっ!
や、やめっ!
美姫 「えい♪ えい♪ えい♪ えい♪ えい♪」
がはっ! げほっ! ぐぼぉ! ぎぇっ! っっ!
美姫 「ふぅ〜。それじゃあ、また次回でね〜」
……(ピクピク)





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