『DUEL TRIANGLE』






第二章 救世主候補たち





自然と早い時間に目を覚ました恭也は、習慣というものの偉大さを感じつつ、部屋を出る。
まだ寝ている者もいるだろうと、足音を殺して寮を出る。
肺に一杯空気を吸い込んだ所で、背後から美由希が現われる。

「おはよう、恭ちゃん」

「ああ、おはよう。お前も目が覚めたか」

「うん。いつもなら、大体この時間からだから」

「だな。とりあえず、軽く基本の型と素振りだけでもしておこう」

「うん」

こっちの世界へと召喚される際に、一緒に所持していたものの中に練習用の刃を落した小太刀や木刀などがあったのは、
不幸中の幸いといった所か。

「井関さんの所からの帰りで良かったな」

「そうだね。家に帰ってから行ってたら、これらはなかったもんね」

「全くだ。さて、それじゃあ、始めるか」

「うん」

まだここの地形を把握していない恭也たちは、とりあえず寮から離れた所で朝の鍛練を始めるのだった。



朝の鍛練を終え、寮へと戻る途中、美由希が話し掛けてくる。

「今日の試験ってどんなんだろうね」

「さあな。実戦という事だったが…」

「やっぱり御神流は使わない方が良いかな」

「どうだろうな。少なくとも、破滅と戦うために訓練してきた者たちだ。
 だとしたら、かなりの強者という事もありえる」

「そうか」

「ああ。だから、御神の技を使うかどうかは、自分で判断しろ」

「うん」

それぞれに部屋へと戻ってから、少し時間が経った頃、恭也と美由希は再び寮の前へと来ていた。

「おはよう、恭也くんに美由希さん」

「ああ、おはようベリオ」

「おはようございます」

「昨日は眠れましたか?」

「ええ」

「はい」

「それは良かった。じゃあ、昨日話した試験は午後からだから」

ベリオの言葉に二人が頷いた所へ、新たな人物──セルが現われる。

「おはよー。恭也、早いな」

「そうか?」

「ああ。折角、部屋まで起こしに行ってやろうとしたのに」

「そうか、それは悪い事をしたな。
 だが、別段、朝は弱い訳ではないから、そんなに気を使わなくてもいいぞ」

「そうか…」

非常に残念そうな顔を見せるセルに対し、ベリオが冷たい眼差しで言い放つ。

「どうせ、恭也くんを起こすのを口実にして寮内に入って、起きたての女の子たちを盗撮するつもりだったんでしょう」

「な、なぜそれを…?」

「やっぱり」

「はっ! し、しまった! ち、違うんだ! それは誤解だ!」

慌てて否定するが、逆に思いっきり怪しくなっている事にセル本人は気付いていなかった。
そんなセルに、恭也は呆れたような溜め息を一つ吐いて見せる。

「セル、お前な…」

「ち、違うんだよ、恭也。ご、誤解なんだ」

「本当か?」

「…………うぅ、すいません、反省してます。ですから、正座だけは勘弁してください」

「はぁ。ベリオ、本人も反省しているみたいだし、今回は未遂という事で多めにみてやってくれ」

「恭也! お前はやっぱり、良い奴だよ!」

恭也の手を取って、上下にブンブンと振り回すセルを眺めつつ、ベリオは渋々頷く。
それを見て、セルは心底胸を撫で下ろすが、その隣に美由希が居るのを見ると、急に背筋を伸ばして身体ごと美由希へと向ける。

「お、おはようございます!」

「おはよう、セルビウムくん」

「…………」

両拳を握り締め、目を閉じて何かを噛み締めるように天を仰ぐセル。
そんなセルに、恭也は声を掛ける。

「どうかしたのか、セル」

「どうかしたのか、じゃないよ! 聞いたかよ、恭也!
 おはようだぞ、おはよう」

「挨拶をしたんだから、当然だろうが」

「かぁ〜、駄目だね、お前は。本っっっっっとーに駄目だ」

「お前に駄目だと言われると、そこはかとなく、理不尽なものを感じるのは何故なんだろうな」

そんな恭也の言葉など聞こえていないのか、セルは力説するように続ける。

「清々しい朝! 澄み渡る空! さえずる小鳥たち!
 これだけでも良い朝と言えるが、ここに天使の鈴の音のような美由希さんの声が加わる事によって、最高になるんだよ!
 ましてや、俺の名前を、名前を……」

「天使の鈴の音?」

「ああ、かつてこのような至福の朝を感じた事があっただろうか。いや、ない! くぅぅぅ、最高っス」

「……それじゃあ、行きましょうか」

「ああ」

「え、ええ」

未だに浸っているセルを残し、三人はこの場を後にするのだった。



校舎の中へと入った二人は、ベリオに一つの教室まで連れて来られる。

「今日の午前の講義は、ここの教室よ」

「結構、人がいるんだな。救世主候補は俺たちだけじゃなかったのか」

「ああ。学問系のカリキュラムは、他の学科の生徒と合同でやる事が多いのよ」

「そういう事か」

「ですから、救世主クラスとしての立ち振る舞いには、常に気を付ける必要があるのよ」

「…それは中々難しそうだな」

「お二人なら、大丈夫ですよ」

そう笑顔で言うと、ベリオは教室へと入って行く。
その背中を見遣りつつ、やけに買い被られているような気がしないでもない二人だった。

「所で、恭ちゃん」

「何だ、改まって」

「うん。一応、注意しておくけど、居眠りしたら駄目だからね。
 幾ら眠くなっても、ううん、眠たくないけれど、授業が分からないとか退屈だったとしてもね」

「俺が寝る事は、既に決定事項なのか」

「……あの」

二人の間に、か細い声が割って入るが、あまりにも小さいため、二人は気付かずに会話を続ける。

「違うの?」

「そうはっきりと聞かれると、きっぱりと違うとは言えんな」

「さっきベリオさんが言ってたけれど、私たちは救世主候補として、他のクラスの子たちからも注目されているみたいなんだから」

「そうなのか?」

「……その」

「うん。昨日、あれから色んな子が珍しそうに私の事を見に来てたから」

「そうか」

「ただでさえ、恭ちゃんは目立つんだから」

「まあ、男では初めての救世主候補らしいからな」

「それだけじゃなくて…」

「ああ、お前の言いたいことは分かっている」

「本当かな」

「ああ」

「……はぁ」

「どうせ、無愛想で目付きが悪いからと言うつもりだろうが」

「はぁ、やっぱり分かってなかったか」

「何だ、その思いっきり呆れたような溜め息は」

「別に…」

「その顔のどこが、別にだ。言いたい事があるなら、はっきり言ったらどうだ」

「いい。どうせ、言った所で無駄だもん」

「言わないと分からないだろうが」

「ううん、分かるから」

「……あの、そろそろよろしいでしょうか」

「は?」

「え、何?」

恭也と美由希は、突然聞こえてきた声に辺りを見渡すが、誰もいない。

「美由希、お前、セリティを呼んだのか」

「えっ!? 呼んでないよ。恭ちゃんこそ、ルインを呼んだんじゃ」

それに恭也が答えるよりも早く、二人の下から声が聞こえてくる。

「リコ・リスです」

「あ、ああ」

「きゃっ」

「……」

恭也と美由希の間で、ただ無言で立つ少女が見詰める先には、教室の入り口が。
正確には、恭也と美由希によって塞がれた入り口があった。
二人はそれに気付くと、その場をすぐさま退く。

「ごめんなさい」

「すまない」

二人が退いたのを見て、後ろに流された綺麗な金髪をツインテールにした少女、リコは二人の間を通り教室へと向かう。
そこへ、二人が来ないのを不思議に思ったベリオがやって来る。

「あら、リコ。おはよう」

「……はよう」

これまた小さな声でベリオに挨拶を返すリコを見て、美由希がベリオへと訊ねる。

「ベリオさん、こちらの方は」

「そうですね。紹介しますね。この子はリコ・リス。
 私たちと同じ救世主候補のクラスメイトです」

「リコ・リスさん…」

「で、リコ。こちらが、今日から私たちのクラスに入る、高町恭也くんと高町美由希さんよ」

「は、初めまして。高町美由希です。よろしくお願いします」

「高町恭也です。よろしく」

「……しく」

またしても小さな声で、微かに空気を震わせると、その身体は教室へと入っていった。
そんなリコをフォローするように、ベリオが二人に向かって言う。

「あの子は恥ずかしがり屋なの。意地悪とかはやめてあげてくださいね」

「だって、恭ちゃん」

「何で、そこで俺に言う」

「別に大した意味はないよ。ただ、恭ちゃんってば、なのはによく悪戯するでしょう」

「むう」

美由希の言葉に、恭也は短く唸ると、教室へと足を踏み入れる。
そんな恭也の様子を見ながら、ベリオと美由希は顔を見合わせて笑みを浮かべるのだった。



教室に入り、ベリオと一緒に空いている席へと腰掛けた恭也と美由希に対し、周りから遠慮がちな視線と、
ひそひそとした話し声が微かに聞こえてくる。

「恭ちゃん、何か注目されてない?」

「ああ。まるで、動物園の珍獣みたいな扱いだな。
 美由希の言ったとおりだな」

「うん。でも、多分、殆どの視線は恭ちゃんに向かっているようだけど…」

「……そんなに怖そうな顔をしているか、俺は?
 これでも、普通にしているつもりなんだが。
 別に取って食べたりはしないんだから、そんなにあからさまに怖がらなくても良いと思うんだが」

「多分、違う理由からだと思うけど……」

呆れたような美由希の言葉に、苦笑いを浮かべたベリオが恭也へと話し掛ける。

「色々と理由はあるんでしょうけれど、一番はやっぱり、恭也くんが初の男性救世主候補だからだと思いますよ」

「成る程。しかし、それでここまで注目を集めるという事は、本当に珍しい事なんだ」

「珍しいんじゃなくて、初めてだって言ってるでしょう!
 皆、風変わりな実験動物が珍しくて、注目しているのよ」

いきなり恭也と美由希の前へと影が落ちる。
そちらへと顔を向けると、赤い髪をポニーテールにして、鋭い眼差しで恭也を睨むように見てくる一人の女の子がいた。
紫のローブを制服の上から羽織ったその少女は、馬鹿にしたような笑みをその口元に浮かべる。

「本当に、こんな人が召還器を手にしたというの?
 アヴァターも、随分とお優しいことね」

「リリィ」

ベリオが窘めるように、その少女の名を口にする。
その名を聞いた恭也は、セルに聞いた話を思い出していた。

「そうか、学園長の娘というのは…」

「そうよ。リリィ・シアフィールドよ。でも、ここでは実力が全て。
 そんな肩書きに意味はないわ」

突っかかるようにそう口にするリリィに、しかし、恭也は特に何も言わない。
そんな恭也を見て、どう思ったのかは知らないが、リリィは二人を交互に見遣ると、

「で、アンタが高町恭也ね。で、そっちの娘が、高町美由希ね」

「どうして、私たちの名前を?」

不思議そうに訊ねる美由希を無視して、リリィは目の前の恭也へと視線を飛ばす。

「ねえ、アンタ。ちょっと、ここで召還器を出して見せてよ」

「ここで?」

「そうよ。救世主候補に選ばれたんだから、召還器を出せるはずよね」

「リリィ! 無闇に召還器を召喚することは禁じられてるのよ!」

「別に良いじゃない。何も、ここで決闘しようって言ってるんじゃないんだから。
 ただ、男なんかを選んだという召還器を見てみたいだけよ」

この言葉に、言われた恭也ではなく、美由希が反応して口を開こうとするが、それを隣からそっと制して、恭也が口を開く。

「悪いが、無闇に武器を出す気はない」

「はん! 出す気がないんじゃなくて、出せないんじゃないの」

「逆に訊ねるが、何故、出す必要があるというんだ。
 俺は、武器とは人を傷つけるものだが、同時に何かを守るための手段だと考えている。
 だから、その為の鍛練や実戦では問題ないが、それ以外では極力、見せびらかすものではないと思うんだが」

「アンタの考えなんか、どうでも良いのよ。
 単に、私が見たいって言ってるのよ!
 それとも、史上初の男性救世主候補さまは、呼び出した召還器を制御できずに、暴走させてしまうとでも言うのかしら」

リリィの言葉に、また美由希が身を乗り出そうとするのを、恭也は横でその足に手を置いて制する。
一方、リリィの方へは、ベリオが言葉を掛ける。

「リリィ、あなたの気持ちも分からなくはないけれど、面倒は止めて。
 それに、恭也くんの件に関しては、学園長が決めた事なのよ」

「ベリオ……。それは、そうなんだけど…」

「……きた」

それでも、まだ納得のいかないような顔を見せるリリィだったが、いつの間にか近くの席に座っていたリコが小さく呟く言葉に、
すぐさま恭也の後ろの席へと座る。
それから少しして、教室へと一人の男性が現われる。
恐らく、教師だろと見当を付けた恭也だったが、それは正しかったようで、その男性が教壇へと立つと、ベリオが声を上げる。

「起立! 礼」

その声に全員が習う中、教師はぐるりと教室中を見渡す。

「今日は授業が初めての方もいるようなので、魔道物理学の基礎を復習しましょう。
 私は、この学園で教養学科の教師をしているダウニーと申します。以後、お見知りおきを」

恭也と美由希にそう言うと、ダウニーは教科書を開き、授業を始めるのだった。



授業が終わりを告げた時、恭也と美由希はほっと肩の力を抜く。
教室から去り際、ダウニーはベリオへと声を掛ける。

「ベリオさん、転入生の彼らにこの学園の施設を案内してあげてください」

「はい、先生」

「では、頼みましたよ」

そう言うと、ダウニーは教室を出て行った。
学園の案内を頼まれたベリオは、恭也と美由希へと声を掛ける。

「初めての授業はどうでした」

「今までの授業とは、全く違ってたから…。
 私たちの世界には、魔道なんてなかったし」

「でしょうね。でも、すぐに慣れるわよ」

「だと良いんだがな」

恭也の呟きに、ベリオは苦笑しながら、

「恭也くんたちのジョブクラスは戦士系だから、魔道講座学は常識程度に理解していれば問題ないと思うわよ」

ベリオの言葉に、幾分かほっとする二人の後ろから、嫌味な声が聞こえる。

「や〜れやれ。魔法も使えないような人たちが救世主候補とはね。
 しかも、二人もだなんて」

呆れたように言うリリィに、恭也は不思議そうに聞き返す。

「魔法を使えないというのは、そんなに問題なのか?」

「はぁ〜。言っておくけれど、このクラスで魔法を使えないのは、アンタたち二人だけだからね!
 それが分かったのなら、さっさと救世主候補なんて大きな顔をするのは止めて、傭兵クラスや斥候クラスにでも移れば良いのよ」

そう告げたリリィに対し、美由希が遠慮がちに声を掛ける。

「リリィさん。救世主候補は魔法が使えないといけないとは聞いてないんだけれど…」

「つ、使えないよりも、使えた方が良いに決まっているでしょう!」

恭也だけでなく、美由希にもきつい視線と口調で告げるリリィに対し、意外な所から助け舟が出る。

「…関係ない」

「リコ!?」

「救世主の力は、召還器の本質を理解すること。
 ただ、それだけ…」

リコの言葉に、リリィは肩を竦めると、

「話にならないわね」

ローブを翻すと、踵を返して教室を後にする。
その背中を見送りながら、美由希が恭也へと言う。

「何だったんだろうね」

「さあな。ただ、あまり歓迎されてはいないみたいだな」

そんな恭也の呟きに重なるように、ベリオが話し掛ける。

「ごめんなさい。普段からちょっときつい子ではあるんだけれど…」

「ちょっと、ね」

「恭ちゃん」

「ああ、悪い」

「いえ。それにしても、こうまで人を攻撃するような子ではないんだけれど…」

ベリオが本当に分からないといった感じで呟くと、リコがそれに答えるように口を開く。

「人は、己の価値観の中で、判断できない事態が起こると、それを排除しようとするものですから」

「つまり、あのリリィという子にとって、俺たち…、いや、主に俺だろうが、俺は判断できない存在という事か」

「恐らく。何せ、初の男性の救世主候補ですから」

「まあ、分からなくもないかもしれないが…」

「それでは、私はこれで。…失礼」

そう断わると、リコも踵を返す。
その背中へと向かって、恭也は言葉を投げる。

「ああ。色々とありがとう、リスさん」

恭也の言葉に驚いたような顔を向けると、照れたようにそっぽを向く。
ただし、表情は全く変わっていなかったが。

「リコで構いません」

「そうか。ありがとうな、リコ」

「はい。それでは」

リコが去ると、ベリオが二人に向かって言う。

「それじゃあ、お昼を食べがてら、校内の案内をしますね」

「ああ、悪いな」

「お願いします、ベリオさん」

「はい」

ベリオは二人を先導するように、教室を出て行き、その後に二人は付いていくのだった。



その後、二人はベリオの案内の元、学園内の様々な場所を巡る。
医務室に地下室。様々な草木や花がある中庭。
二人が呼び出された召喚塔や、召還器を呼び出す試練を行った闘技場など。
他にも、かなりの蔵書を誇る図書館や礼拝堂などを周る。
礼拝堂では、ベリオが祈りを捧げるというので、暫し二人は待つ事になる。
次いで訪れたのは、礼拝堂の裏にある鬱蒼とした森だった。
あまり人も来ないのか、辺りに三人以外に人は見受けられなかった。

「ここなら、鍛練するのに丁度良いかもな」

ベリオに聞こえないように、恭也は小声で隣にいる美由希へと話し掛ける。
それを受け、美由希もざっと周りを見渡すと、頷いて答える。

「どうかしましたか、二人共」

「いや、別に何でもない。所で、ここはどういった所なんだ。
 あまり、人気がないが…」

「ここは、主に自然科学や自然魔道のための素材を育てたり、実験をする場所ですね。
 ですけど、最近はあまりよくない噂があるので、夜にはあまり通らない方がいいですよ」

「よくない噂?」

「ええ。ブラックパピヨンの姿がよく見られているみたいなんです」

「ブラックパピヨン?」

美由希が不思議そうに聞き返す。
ベリオは神妙な顔付きで頷くと、

「ええ。そう呼ばれる泥棒なんです」

「泥棒?」

「ええ。お恥ずかしい話ながら…。
 同じ学園に学ぶものとして、同胞の誰かがそんな悪事をしているかと思うと」

無念そうに告げるベリオを見遣りつつ、恭也は胸中で思う。
ベリオは、他人の痛みまで引き受ける気でいるんだな、と。
それに何とも言えないもどかしさのようなものを抱えつつ、恭也はそれを隠すように訊ねる。

「で、その泥棒がこの森に住んでいるのか?」

「いえ、そこまでは分かりません。ただ、この奥で目撃されているという事ぐらいです」

「ふーん。で、その泥棒は何を盗むんですか?」

美由希が少し興味ありといった感じでベリオに訊ねる。

「ブラックパピヨンが盗むのは、現金とかではないみたいなんです。
 過去の被害では、鉢植えのイチゴの実や、ベッドの下に隠していた0点の答案用紙とか…」

「「……」」

恭也と美由希は顔を見合わせると、どちらともなく、何とも言えない顔付きになる。
それに気付いたベリオが、二人にどうかしたのか尋ねる。

「いや、何と言うか…」

「被害の小さなというか、金銭的に大したことのないような物ばかりだなって」

「それでも、盗みは盗みです。それに、盗られた人たちにとっては、とても辛いものばかりですし」

「確かにな」

「どうやら、ブラックパピヨンは金銭的なものではなく、ターゲットを困らせようとしているようで…」

「愉快犯か」

「多分。まあ、恭也くんたちは、ここに来たばかりだから大丈夫だと思うけれど。
 それでも、一応、気を付けていてくださいね」

「ああ、分かった」

「うん、ありがとう」

「それじゃあ、そろそろお昼を取りに食堂へと行きましょうか」

ベリオの言葉に頷くと、三人は食堂へと場所を移す。
席に着き、それぞれに食事を始める。
見た事のない食材などもあったりしたが、これが口にしてみると意外に美味しく、食に関しての心配はいらないことが分かった。
三人は他愛もない話をしながら、食事を進めていく。
と、何気なく恭也はお茶を啜りながら、とある一点を見詰めた所で、咽返る。

「げほっ、げほ」

「だ、大丈夫、恭ちゃん。何をそんなに慌ててるのよ」

「そうですよ、恭也くん。そんなに慌てなくても、誰も取りませんって」

「ち、ちが…。げほっ。あ、あれ」

恭也が指差す先を、二人も辿る。

「あれって、リコさんだよね」

美由希もそちらを見て、茫然とした様子で呟く。
それはそうだろう。
何せ、リコが恭也たちの見る先で食事をしているのだから。
いや、食事しているだけなら、ここまで驚かないのだが、問題はそのテーブルに積み上げられた皿の数だった。
パーティー用と思われる大皿が、テーブルに積み重ねられているのだ。
その数、ざっと30皿以上。
長テーブル一つを、まるごとリコが一人で占拠しているという状況なのである。

「……あれって、本人よりも料理の体積の方が大きくないか」

「う、うぅ、どうだろう。流石にそれはないとは思うけど…」

「鷹城先生以上じゃないのか」

「う、うん…」

驚く二人とは対照的に、ベリオは至って平静だった。

「ああ、いつもの事ですよ」

「いつも!?」

「あんなに食べるの!?」

ベリオの言葉に、二人は驚いた声を上げる。
そんな二人を余所に、ベリオは説明を始める。

「あれは、挑戦状みたいなものなんですよ。料理長の」

不思議そうな顔をしつつ、二人はベリオの話を聞くことにする。
ベリオも一呼吸入れると、説明を続ける。

「実は、ここの料理長は豪快な人で、元気の元は食べることというポリシーを持っていて…。
 そのポリシーの元、特盛り鉄人ランチというものを考えたのよ。
 それが始まりだったわ」

ベリオはそこで一旦言葉を区切ると、そっとお茶を喉へと流し込む。
一息吐いた所で、また話し始める。

「そのメニューは、とてもじゃないけれど食べ切れるような量じゃなく、
 もし、これを食べ切れた者には一生涯、食堂での食費を無料というイベントを毎月行っていたの。
 だけど、誰も達成した者はいなかったわ。
 そんなある日、リコがいつもよりも遅れて学食にやって来て、その日はたまたま他のメニューが売り切れていて…。
 更に、月一回のイベントの日でもあったの。
 元々、世事に疎いリコは、仕方がなくと言うか、何も考えずに、ただ一種類残っていた特盛り鉄人ランチを注文したの」

「まさか…」

ベリオの話を聞き、恭也が恐る恐るといった感じでリコの座るテーブルへと視線を向けて、そう口にする。
それに頷きながら、ベリオは続ける。

「ええ、あれがそうよ。ただし、最初は3皿だったの」

「3皿? あれが?」

「これが、23度目の挑戦ですから」

「23度目……?」

美由希が上げた言葉にも、ベリオは頷く。

「ええ。初めて特盛り鉄人ランチを注文したリコは、あんな感じで淡々とそれを全て食べきって、
 悠々と席を立って食堂を後にしたわ。
 その事が、料理長のプライドをズタズタにしてしまったの。
 それからというもの、料理長はどんどん枚数を増やし、ああしてリコに挑戦をしているのよ。
 最初は、皆にたくさん食べてもらおうと考えたメニューだったのに、今では、たった一人の為に、
 どんどん進化していくメニューとなってしまったという訳」

「な、成る程。で、肝心のリコは…」

「サービスメニューが、どんどんお得になっていくというぐらいにしか…」

「……あ、あははは」

「何か、報われない料理長だな」

「……もうあんなに減ってるよ」

「……ここまでいくと、清々しさを感じるな」

「そうかな。……ごめん、ごちそうさま」

「まだ残ってますけど?」

「もう、お腹いっぱいです」

「…実は、私もです」

美由希の言葉に、ベリオも同じようにフォークを置く。
一方の恭也は、再び自分の料理を口へと運ぶ。

「恭ちゃん、無理しない方が…」

「そうですよ、恭也くん」

「いや、別に無理はしていないが。
 確かに、リコの食べるのを見ていると、こっちまで腹がいっぱいになりそうだが、実際は食べてないからな。
 食べれる時にしっかりと食べておかないと、いざという時に困るからな。
 それに、作ってくれた料理人にも悪いし。
 まあ、二人は無理する必要はないぞ」

「うん、私はもう良いや」

「すいません、私もです」

完全に食事を終えた二人を余所に、恭也は最後まで食べるのだった。



「それじゃあ、もうすぐ午後の授業になりますね。
 その前に、もう一度、説明しておきます」

食堂から闘技場へと向かう道すがら、ベリオは二人にそう言う。

「これから、お二人は救世主候補との試合があります。
 これは、クラス内での序列を決める大事な試合です」

「ああ。ただ、はっきり言って、あんまりいい気はしないな。
 序列だ、何だというのは。破滅から世界を救うための救世主を育てるためというのは分かるんだがな」

「言いたいことは分かりますが、そう決まりですから」

「ああ、分かってる。言ってみただけだ。それに、試合自体は反対ではないしな。
 そういう鍛練方法の方が、最も早く自身を鍛えられるだろうし…」

「ええ。ですが、それだけではありません」

「どういう事だ?」

「能力測定試験で、上位になった者は、下位になった者を一日指導すると決まっていて、
 下位の者はこれを断わってはいけないんです。どんな指導内容だったとしても。
 つまり、試合に勝った者は、負けた者を一日好きにしても良いという事です」

「「……」」

またしても驚く二人に構わず、ベリオは続ける。

「救世主クラスに恭也くんが入ったことで、周囲が動揺した一つの要因でもあります」

「そういう事か」

「ええ」

「だったら、そのルールを教えなければ良かったんじゃないのか」

「そういう訳にもいきません。
 どうせ、ダリア先生から、この辺りの説明はされるでしょうし、それを一人だけに隠しておくというのも…」

「そうか」

ベリオの言葉に、恭也はそう答える。
そんな恭也をチラリと見上げつつ、ベリオは口の中でそっと呟く。

「それに、恭也くんなら、変な事をしないと信用してますから」

しかし、ベリオのその言葉は、丁度、鳴り響いた予鈴によって掻き消される。
元々、聞かせるつもりもなかったのか、ベリオも言い直したりはせず、二人を交互に見詰める。

「予鈴ですね。それでは、午後の授業に行きましょう。
 貴方たちの実力、見させてもらいます」

今まにない程、真剣な表情を浮かべるベリオに、恭也と美由希も真剣な表情になると、しっかりと頷く。

「それじゃあ、行きましょうか」

そう言うと、ベリオは歩き出す。
その後を二人も無言で続きながら、目の前に聳え立つ闘技場へと視線を向けるのだった。





つづく




<あとがき>

救世主候補との顔見せはお終い。
美姫 「次回は、いよいよ試験ね」
ああ。果たして、恭也と美由希はどんな戦いを繰り広げるのか!?
美姫 「次回を待っててね〜♪
    って、この長編の更新速度って、もう少しゆっくりの予定だったんじゃ」
ああ。だけど、きりリクだから。
美姫 「ああ、そう言えば、そうだったわね」
うんうん。という訳で、リクエストありがとうございました。
美姫 「それでは、また次回で!」
ではでは。





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