『DUEL TRIANGLE』






第六章 珍妙な訪問者





「はあ〜い、みんな、ちょっと聞いてねぇ〜。今日は、なんと〜、みなさんに新しいお友達が増えるんですよ〜」

教室へとやって来るなり、開口一番にそう呑気な声で告げるのは、勿論、ダリアだった。
その声を聞きながら、恭也たちは思わず脱力しそうになるのを堪えると、ダリアを注視する。
一同を代表するような形で、委員長でもあるベリオが口を開く。

「つまり、それは新しい候補者が見つかったという事ですか」

「そうよぉ〜。リコちゃん、説明お願いね〜」

ダリアに指名され、リコはダリアの代わりに説明を始める。
その口調は間延びしたダリアとは異なり、淡々としていた。

「先日、第4象限世界に探査に出していた赤の書から、救世主候補が見つかったとの報告がありました。
 その候補者の名前は、ヒイラギ・カエデ。古流武術の流れを組む独特の体術と刀術を使う前衛系です」

普段と違い、スラスラハキハキと喋るリコに、恭也は驚いたような感心したような表情を浮かべつつも、リコの言葉に反応する。

「体術と刀術か…」

微かに楽しみのようなものを含ませたその言葉に気付いたのは、しかしながら、付き合いの長い美由希だけだった。
リリィは、恭也の呟きをどう取ったのか、いつもの様に皮肉めいた笑みを見せると、恭也へと言い放つ。

「前衛系ね。これで、3人目よね。
 これで、益々アンタの存在価値がなくなりそうね、恭也」

「そうなのか? 前衛が増えるのはいい事だと思うが」

「はん、分かってないわね。まあ、別に良いけどね」

馬鹿にしたように笑うリリィに美由希が突っかかろうとするよりも少し早く、ベリオが窘めるようにリリィへと言う。

「リリィ、その辺にしておいたら」

「なに、ベリオ、あなた、このバカの肩を持つの?!」

「肩を持つとかじゃなくて、私たちはクラスメートでしょう。
 それに、さっきから突っかかっているのは、リリィの方で恭也くんは何も言ってないでしょう」

「そ、それはそうだけど……。で、でも、このバカが…」

ベリオの言葉に尻すぼみになりながらもまだ何か言おうとするリリィへと、ベリオは続ける。

「確かに、救世主を目指すライバルでもあるけれど、だからといっていがみ合う必要もないと思うのだけど。
 第一、救世主になるためには、全ての人を愛する必要があるのよ。
 今からそんな事じゃ、とても学園長の期待に応えることはできないと思うけれど」

「……わ、分かったわよ」

学園長の名前を出され、リリィは大人しく引き下がる。
それにほっと胸を撫で下ろす恭也へと、リリィは指を突きつけると、はっきりと宣言する。

「言っておくけれど、私はベリオが止めたから退くんだからね。勘違いしないでよ!」

「ああ」

何を勘違いするのか疑問に思いつつも、恭也はただ大人しく頷く。
恭也に背を向けると、再び席へと付くリリィの背中を、美由希が鋭い眼差しで睨むように見詰めるが、
恭也はそんな美由希の頭に手を置き、落ち着かせるように数度撫でる。
恭也の言いたいことを察し、美由希は軽く深呼吸を繰り返すと、落ち着きを取り戻し、座り心地を直すように少しだけ座り直す。
そこへ、リコの声が聞こえてくる。

「話を続けても宜しいでしょうか」

「あ、はい、ごめんなさい」

何故か真っ先に謝る美由希に苦笑しながら、恭也もリコへと頷き返すと続きを促がす。
それを受けて、リコは話を続ける。

「そういう訳ですので、午後から召喚の義を行ないます」

「すいません、召喚の義というのは…?」

美由希の疑問に、ダリアが口を開く。

「そっか。恭也くんも美由希ちゃんも、事情が事情だから召喚の義は体験してないのよね〜」

「要するに、やる事は救世主候補をこの世界へと呼び出す儀式よ」

「そう言えば、俺たち以外の人たちは、確認を取って日取りも決めてって言ってたな」

ベリオの言葉に、恭也は前に聞いた事を思い出しながら言う。
それに頷き返しつつ、ベリオは不思議そうな顔をする。

「ええ、本来はそうなのよ。なのに、どうして恭也くんたちはいきなり召喚されたのかしら」

「そういえば、あれから数週間が経ちましたが、その辺の事は分かったんですか、ダリア先生」

「ん〜、そうねぇ……。リコちゃん、分かるぅ?」

「非常にレアなケースに該当すると思われますが、それ以外はまだ分かりません」

リコの言葉に、リリィが心底嫌そうに口を開く。

「でしょうね。何しろ、男を引っ張ってきたんですから」

「それだけではありません。
 通常、赤の書と私は交感意識で結ばれていて、候補者が見つかった時には、その経過を報告してくるんです。
 そして、その報告を受けた私が、書を通じて相手に話し掛けてこちらの事情を説明した上で、
 相手の方から同意を得て、召喚します」

「リコ、良いか」

「はい、どうぞ」

リコの話が途切れた所を見計らい、恭也は手を上げる。
リコから許可を貰った恭也は、自分の考えを口にする。

「俺たちが嫌がると思ったから、無理矢理という可能性はないのか」

「学園長からの話を聞いた限りでは、恭也さんたちが断わるとは思えませんから、その仮説は無意味です。
 ただ、その考えでいくのなら、確かに断ってくる方もいる事はいますが、あまり数は多くありません」

「どうしてですか? だって、急に戦わなければいけなくなるんですよ?」

「話に聞くと、恭也さんたちの世界は概ね平和ですが、数ある次元世界の中で、
 救世主候補が生まれる世界は何かしらの問題を抱えていることが多いからです」

「問題?」

リコの言葉に疑問をそのまま口にする美由希に、ベリオが微かに目を伏せながら答える。

「戦争や疫病など、世界の危機に瀕しているところが多いんですよ…」

ベリオの言葉に、リリィも珍しく神妙な顔付きで沈黙する。
二人を眺めつつ、恭也はただ無言のままでいる。
そんな沈黙を破るように、リコが話し始める。

「そうした世界に生まれた候補者たちは、自分の世界を救うためにも救世主となることを志願してくれる場合が多いのです」

「だから、話せば分かってくれるという事か。それなら、俺たちの場合は?」

「推論になりますが、恐らく赤の書が私と意識交感をして判断を待つ余裕が無かったためではないかと」

「つまり、リコの判断を仰ぐ暇もない程に急いでいたという事か?」

恭也の言葉に頷くリコへ、感度はリリィから疑問が飛ぶ。

「そんなに急いでいた訳は何なの? それに、赤の書単体にそんな事が出来るの?」

「分かりません。書は何も答えてくれないので」

「リコ、基本的な事なのかもしれないが、そもそも、さっきから言っている赤の書ってのは何だ?」

「書とは、私の本質の意識です。私という世界を作る本質は、基本的に全ての世界を作るそれと同じものなのです」

リコの言葉に、恭也は微かに顔を歪めるが、リコは気にも止めずに続ける。

「恭也さんの世界風に言えば、人体のDNAと同じだと思ってください。
 臓器は違っても、それを作る細胞の、そのまた元になる体質は一つです。
 そして、全ての世界の本質が同じであるという事は、私という存在がどの世界にも存在しているということになります。
 加えて、召喚士はその本質を通じて他の世界の様子を知り、導く事が出来る存在ですから…」

「…………美由希、分かるか」

「わ、分からない」

「……リコ、悪かった。書の話はもういいから、先にすすめよう」

降参して両手を上げる恭也に、リコは変わらない表情のまま続ける。

「という訳で、本来なら私と書は不可分な関係であるはずなのです。
 しかし、何らかの要因で意識交感が遮断されて、
 その非常事態に書は基本コマンドである救世主候補者の確保という命令を優先実行し、
 お二人をアヴァターへと召喚したのではないかと思います」

「…………」

茫然とリコの話を聞く恭也の横で、美由希が真剣な顔付きでリコへと話し掛ける。

「その意識交感が遮断された要因というのは?」

「残念ながら、分かりません…。そういった事情もあって、お二人を安全に元の世界へと送れる保証がないのです」

申し訳無さそうに告げるリコに対し、恭也は首を横へと振る。

「いや、その点に付いては、俺たちも救世主候補としてこの世界に当分いるから、特に慌てる必要はないさ」

「でも、ちゃんと帰れるという保証は欲しいかな」

「…すいません」

フォローした恭也に続いて何気なく言った美由希の言葉に、リコはさっきよりも申し訳無さそうに顔を俯かせる。
そんなリコを見遣りつつ、恭也は軽く美由希を睨む。
睨まれた美由希は、声に出さずに謝る。
そんな美由希に悪気があった訳ではないのが分かっている恭也は何も言わず、殆ど無意識でリコの頭を撫でると、

「別にリコを責めている訳じゃないから」

「あ、はい」

恭也の行動と言葉に、リコは短く返事をするが、その顔は何処か照れているような感じだった。
そこへ、ベリオが良い事を思いついたとばかりに声を出す。

「いっその事、こっちにずっと住めば良いんじゃない?」

「は?」

「ほら、そう決心していれば、安全に返れる保証が無くても落ち込んだりしないでしょう」

「根本的に何か違う気がするんだが…」

「そうかしら?」

「ああ」

「そうよ、こんな奴がこっちに住む事になったら、一生コイツの顔を見ないといけないじゃない」

「もし、こっちに住む事になったとしても、そんな事はないですよ」

リリィの言葉に、美由希がすぐさま反論する。

「リリィさんが恭ちゃんに近づかなければ、問題ないと思いますよ」

「そういう訳にもいかないでしょう。それとも、救世主候補から辞退してくれるのかしら?」

「そうじゃなくて、全てが終った後の話ですよ。そうなったら、別にリリィさんが恭ちゃんに会う必要はないですよね」

「そ、そりゃあ、そうよ」

「だったら、少なくても一生って事はないですから安心してください」

いつに無く強く出る美由希を落ち着かせるべく恭也が美由希の肩に手を置く。

「落ち着け、美由希」

「で、でも…」

「良いから」

「う、うん」

「リリィも、美由希が悪かったな」

「別に気にしてないわよ。美由希の言う通りだものね」

恭也の言葉に平然と返すリリィに、恭也はこれ以上は何も言わない。
そこへ、珍しく遠慮がちなダリアの声が届く。

「ところで〜、そろそろ授業をしたいんだけど〜」

この言葉に全員がバツの悪そうな顔をすると、慌てて席に着くのだった。





 § §





午前の授業を全て終えた恭也は先に廊下へと出てくると、凝った肩を解しながら伸びをする。

「おい」

そこへ、声が掛けられるが、よっぽど授業が辛かったのか、伸びをしている恭也には聞こえていなかった。
声の主は諦めずに再び、恭也へと声を掛ける。

「おい、おまえ!」

「ん? 俺の事か?」

「ちょっと聞きたい事があるのだが」

ようやく聞こえた声に恭也が振り向くと、そこには一人の少女がいた。

「どうした? ひょっとして道にでも迷ったのか? それとも、誰かを訪ねて来たとか?」

「そうだ、人を訪ねて参った。ここに救世主クラスの学生が居るときいたのだが、それに相違ないか?」

「ああ、相違ない。さっきまで、救世主クラスの授業はあったけれど…」

「そうか。それにしては、それらしい人物は見当たらんが」

「それは悪かったな」

「いや、気にするな。おぬしの所為ではないのだからな。
 もう、この場所には居ないという事が分かっただけでも収穫じゃ」

「いや、まだ居るには居るんだが…」

そんな恭也の後ろから、美由希が声を掛けてくる。

「恭ちゃん、どうしたの?」

「恭也くん、この娘は?」

美由希だけでなく、ベリオやリリィまでやって来て、リリィは少女を見るや否や、

「なに? 今度はそんな小さな娘をかどわかそうっての? この犯罪者」

「違う! というか、何故、俺を犯罪者にしたがる」

「だって、見るからに……。ねえ」

同意を求まるリリィだったが、美由希は勿論の事、ベリオも同意しなかった。
ベリオに至っては、微かに頬を赤くさせる。

「そ、そうですか。私はそんな事ないと思いますけど。どちらかというと、凛々し……」

恥ずかしげに小声になりながら言うベリオの言葉を、少女が遮る。

「おぬしらでも構わん。ちと、つかぬ事を伺うが、救世主クラスの人間を探しておるのだが…」

「私たちを、ですか?」

少女の言葉に若干驚いたような声を出したベリオを、少女はじっと見詰める。

「私たち……。つまり、おぬしらが救世主クラスの人間であったか…。
 これは丁度良い」

「あなた、どこの子? 学園の見学なら、保護者がいるでしょう。
 どこに行ったのよ?」

リリィが少女へと話し掛けるが、少女は軽く考えるような仕草を見せると、

「ふむ、そういえば見えんな。どこに行ったのであろうか…」

「もしかして、迷子ですか?」

ベリオの問い掛けに、少女は尊大な態度で笑みさえ浮かべて答える。

「問題はない。こうして、私一人でお前らを見つけられたのだからな」

「お前らって…。あのねぇ、何でそんなに偉そうなのよ」

リリィの言葉に、美由希が驚いたような顔を向けるが、口を噤んで何も言わないでおく。
そんな美由希の態度など気付かず、少女は不思議そうに訪ねていた。

「私の言葉は変か?」

「へ、変というか、そ、その、ほんの少し…」

「いや、別段、変な所はないぞ」

ベリオの言葉を遮るように恭也が口を挟み、それに納得しかけた少女だったが、ベリオたちの反応を見て、訝しげな顔になる。

「ふむ、そうか。……しかし、おぬし以外は変な顔をしておるぞ。
 やはり、変という事か。しかし、私はこの言葉しか知らぬのでな。許せよ。
 おぬしの心遣いには感謝じゃ」

「いや、本当に変じゃないと思うんだが…」

「ま、まあ、恭ちゃんの感性は少しずれているというか、恭ちゃん自身の言葉も可笑しいからというか…。
 そ、それよりも、お嬢ちゃんはどうして私たちに会いたかったの?」

恭也に睨まれ、慌てて話題を変える美由希に、少女は尊大な態度のまま答える。

「お嬢ちゃんではない。私にはクレアという名前がある。
 それで、おぬしらに用というのは、噂に名高い史上初となる男性救世主とやらを見てみたかったのだ。
 他意はない、気にするな」

「俺に用があったのか。しかし、そんなに噂になっているのか」

恭也は疲れたように溜息を吐く。
学園内でそれなりに噂になっていたのは知っていたが、まさか、学園の外までもとは思っていなかったのだろう。
そんな恭也を不思議そうにクレアと名乗った少女は見る。

「なんじゃ、疲れたような顔をして」

「いや、別に大した事じゃない」

そんな恭也の後ろから、ベリオがクレアへと話し掛ける。

「それじゃあ、今から正門まで一緒に行きましょう」

「なぜだ?」

「何故って、こんなに広い学園ではぐれたら、保護者の方が心配するでしょう。
 それに、ここは午後6時を過ぎると、全ての門が閉まるから」

美由希の説明に次いで、今度はベリオが言う。

「つまり、それまでに保護者の人を見つけないと、外に出られなくなってしまうんですよ。
 家に帰れなくなると、大変でしょう」

「嫌だ。折角、来たのだ。私はもう少しこの中を見てから帰ることにする」

クレアの言葉に、ベリオたちはどう説得しようかと顔を見合わせる。
そんな中、恭也は一人クレアと目線を合わせると、話し掛けていた。

「保護者はこの学園にまだ居るのか?」

「ふむ、一緒に来た者たちなら、恐らくはまだ居るじゃろうな。
 それがどうかしたのか?」

「いや。もし、ここで俺たちと別れたらどうするつもりだ?」

「勿論、一人で学園を見て回るに決まっておるじゃろう。
 何なら、おぬしが案内してくれても良いぞ」

「そうか。じゃあ、俺で良ければ案内してやろう」

「本当か?!」

あっさりと了承した恭也に、逆に言った方のクレアが驚き、美由希たちも驚いて恭也を見る。

「恭ちゃん…」

「ああ、仕方がないだろう。こんな所で一人残して行く訳にもいかないしな。
 それに、学園内にまだ保護者が居るのなら、案内しているうちに見つかるかもしれないからな。
 それじゃあ、行くか」

歩き出そうとした恭也を呼び止めると、クレアは美由希たちを見渡す。

「だったらついでだ。おまえ達も一緒に来るが良い」

「えっ?」

「いっ?」

「誰が、バカバカしい」

クレアの言葉に驚きの声を洩らす美由希とベリオに、呆れたように告げるリリィだったが、

「みな救世主候補なのであろう? 困っている市民を助けるのは当然であろう。
 私は今、困っている市民じゃぞ」

続くクレアのこの言葉に渋々ながらも頷く事となる。
全員が納得したのを見ると、クレアは全員へと声を掛ける。

「ほれ、何をしておる。午後6時までにはまだ時間があるが、時は止まってはくれぬのだぞ。
 さっさと案内申せ」

そう言うなり、クレアは案内されるよりも先に、恭也たちの先を歩く。
その背中を慌てて追いながら、全員、特にリリィから突き刺さるような視線を背中に感じる恭也だった。
その後、恭也たちは図書館や中庭、召喚の塔へと案内する。
召喚の塔では、午後からの召喚の義に備えているリコと会ったりもした。
最後に闘技場へと案内されると、クレアははしゃぎまわる。

「おおー、すごいのぅ」

クレアは瞳をらんらんと輝かせ、フィールドへと飛び出していく。
それを見た恭也が慌てて声を掛ける。

「おい、あまりうかつに変なところを触るんじゃないぞ」

「平気じゃ〜。ほぉー、ううむ、やっぱり本物は迫力が違うのう」

「おいおい…」

クレアの行動に呆れる恭也に、美由希が心配そうに話し掛けてくる。

「恭ちゃん、先生の許可なしに見学者をこんな所まで入れて大丈夫なの?」

「うん? 駄目なのか?」

「多分、あんまり良くないと思うけど…」

不安げな美由希の言葉を遮るように、クレアの元気な声が響いてくる。

「恭也〜、この壁の傷はなんだ?」

「ん? ああ、それは俺と美由希が始めてここに来た時に戦わされた時のだな」

「そうか。なら、このレバーは何だ?」

「ああ、それは訓練用のモンスターを入れている檻の開閉レバーだな」

「という事は、動かしてはいかんのか?」

「ああ。危ないから、絶対に触るなよ」

「……すまぬ」

「はぁ? 何が……って、まさか」

「そのまさかじゃ。動かしてしもうた……」

「ばっ!」

「え?」

「は?」

「へ?」

それぞれに間の抜けた声を洩らしつつ、ベリオが真っ先に我に返り、クレアに最も近い場所にいた恭也へと大声を上げる。

「恭也くん!」

「クレア、こっちに来い、早く!」

「お、おお。足が動かぬ。これは困った」

その言葉を聞くや否や、恭也はすぐさま飛び出すと、ルインを呼び出してクレアの元へと駆ける。
檻から溢れ出してきたモンスターの爪が、今まさにクレアへと伸びようとした所で、間一髪恭也はクレアを抱きかかえる。
そのまま、安全な場所まで駆ける恭也をモンスターが襲う。
そこへ、恭也と入れ替わるように美由希が現われ、恭也の背後に迫っていたモンスターをセリティで斬りつける。

「恭ちゃん、今のうちに」

「ああ、助かる」

「恭也くん、こっちに」

ベリオが呼ぶほうへと走る恭也の背後で、炎が立ち上る。
見れば、リリィが腕上げていた。
リリィと美由希の援護を受け、恭也がベリオの示した場所まで走っている間に、ベリオも戦前へと出る。
恭也はクレアをそこへ降ろす。

「すまなかったな、恭也」

「気にするな。ちゃんと見てなかった俺が悪い」

恭也の言葉にクレアは少しだけ驚いた表情を見せると、次いで微かに笑みを見せる。

「とりあえず、ここで大人しくしているんだ」

そう言いおくと、恭也は急いで美由希たちの元へと駆け出す。
その背中を見遣りつつ、クレアは含みのある笑みを見せると、聞こえないような微かな声で呟く。

「さて、見せてもらうぞ、救世主候補たちの実力を……」



モンスター相手に一人接近戦をしていた美由希の横に並ぶと、恭也も目の前のモンスターを斬り捨てる。
恭也と美由希の隙を付いて攻撃してくるモンスターには、ベリオの魔法が牽制や攻撃を加える。
離れた所にいるモンスターや、恭也たちを無視してベリオたちへと向かうモンスターにはリリィの魔法が炸裂する。
かなりの数が居たモンスターだったが、この四人の前に全滅させられる事となる。
流石に微かに乱れた呼吸を整える恭也たちに、厳しい声が届く。

「救世主クラスの人たちが、どうして無断でモンスターの檻を開けて戦っているのかしら?」

「が、学園長?!」

ベリオの言葉通り、そこにはいつの間にか学園長が来ており、恭也たちを見ていた。

「ダリアから集合時間になっても、リコ以外の学生が来ないと報告を受けて探してみれば…」

「お義母さま、これは……」

「いくら救世主候補生といえども、特権には限度というものがあります!」

「い、いえ、これには訳が…」

娘の言葉さえ遮って怒鳴る学園長に、美由希が少し怯えながらも声を出す。
そんな美由希に視線を向けると、学園長はその訳を聞こうとする。
それに対し、美由希はクレアの居る場所へと目を向けるが、数秒後にはその目が驚きに変わる。

「あ、あれ? 恭ちゃん、クレアちゃんが居ないよ!」

「なに!?」

美由希の言葉に、恭也だけでなくベリオたちも驚いてクレアの居た場所へと視線を移すが、
そこには美由希の言葉通り、誰の姿もなかった。
そんな美由希たちを見渡すと、学園長はゆっくりと口を開く。

「で、どこに何がいるのですか?」

「そ、それは…」

「あなた方の処分は追って行います。今は、急いで召喚の塔へと行きなさい」

「はい」

「お義母さま……。お義母さまに嫌われたわ…。お義母さまに……」

言うだけ言ってその場を去る学園長の背中を見ながら、学園長の言葉に素直に頷くベリオに、
一人俯いてブツブツと呟くリリィを見遣りつつ、恭也は学園長を呼び止める。

「学園長。今回のことは俺一人がやった事です。
 美由希たちは、偶々ここに来て、手伝ってくれただけです」

「恭ちゃ…」

何か言いそうになる美由希を制し恭也はじっと学園長を見る。
学園長は困ったような顔を見せつつ、恭也を見詰め返す。
その視線を逸らさずに真正面から受け止める。
どれぐらいそうしていたか、学園長はふっと力を抜くと、

「分かりました。では、今回の件についての処分はあなただけにしておきます」

「はい」

「ただ、私もそれほど暇ではないので、今ここでその処分を決めるわ。
 …高町恭也」

「はい」

「あなたには、今日来る新たな救世主候補にこの学園内の案内を頼みます」

「……は、はぁ。あ、あの、それが処分ですか」

「ええ、そうですよ。それとも、何か不服ですか」

「いえ。ありがとうございます」

「別に礼を言う必要はないわよ。私は何もしてませんから。ただ、処分を言い渡しただけ。
 処罰を喰らって喜ぶなんて、あなたも大変、変わった人ね」

学園長はそう言うと背を向けて歩き出す。
その背中に、恭也が軽く頭を下げた所で、学園長は足を止めると、

「ただし、次からはもっと厳しい処分が待っていますからね。
 こういう事は、これっきりにしておきなさい」

そう言うと、そのまま立ち去って行く。
完全に学園長が立ち去るのを見届けると、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
そこへベリオが声を掛けてくる。

「恭也くん、何を考えているんですか!?
 今回は、偶々学園長が許してくださったから良かったものの」

「いや、実際にクレアの案内を買って出たのは俺だからな。
 それで、ベリオたちに迷惑は掛けられないだろう」

「あれは、経過はどうあれ、結果的には私たち全員が引き受けた事ですよ」

「まあ、良いじゃないか。今回はおとがめなしになったんだから」

「そうですけど。でも、次からはやめて下さいね」

「ああ、分かってる」

ベリオにそう返す恭也を睨むようにリリィは見詰めていたが、恭也と目が合うと視線を逸らす。

「べ、別に私は礼は言わないわよ。あんたが勝手に…」

「別に礼などいらない。さっきも言っただろう。元々は俺が引き受けた所為だと。
 それに、俺が勝手にやった事だ」

恭也の言葉にリリィは言葉をなくし、顔を怒っているのか少し赤くして、所在無くただ立ち尽くす。
そこへ、今度は美由希が心配そうに恭也へと訪ねる。

「恭ちゃん、クレアちゃんどうしたんだろう。
 もしかして、やり過ぎたと思って逃げたのかな」

長い付き合いだけあり、恭也の性格を知っている美由希は、二人とは違う事を切り出す。

「だとしたら、また迷っているかもしれんな。
 仕方ない、俺が少し探してみよう」

「駄目よ、恭也くん。召喚の塔に行かないと」

「しかし…」

「大丈夫ですよ。学園内には警備の人も居ますから」

「……そうだな」

ベリオの言葉に頷くと、恭也と美由希も召喚の塔へと向かう事を決める。
こうして四人は、少し駆け足になりながら召喚の塔を目指すのだった。





つづく




<あとがき>

新たな人物は登場したけれど、救世主候補は次回〜。
美姫 「本当に?」
おう!
次回は、いよいよ新しい仲間だ!(今度こそ)
美姫 「じと〜」
ほ、本当だって……。
美姫 「お〜け〜。もし、違ったら……。ふ、ふふふ」
い、一体、何をされるんでしょうか?
美姫 「それは、秘密よ」
……一生、知りたくないよ。
美姫 「だったら、ちゃんと書けば良いのよ。そう書けばね」
あ、あはははは……。
そ、それでは、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」





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