『DUEL TRIANGLE』
第七章 六人目の救世主候補
「おっそぉ〜〜いぃぃ。もう、何をしてたのよ。リコちゃんの方はもう準備も出来てるってのにぃぃ」
多分怒っているのだろうが、やけに間延びして言うダリアに、美由希が少し困ったような顔をして返す。
「あ、あの、それが、私たちにも、何でこうなったのかが……」
「はぁぁん?」
美由希の説明にもなっていない説明に、ダリアが訳の分からないといった表情で変な声を出す。
そこへ、リリィが疲れたように話し掛ける。
「高町恭也(このバカ)が、生意気な妖精を召喚しまして…」
「ほえ?」
「別に俺が召喚した訳ではないだろうが」
「そんな事は分かってるわよ。例えよ、例え!」
「どんな例えだ、それは」
「妖精というより、グレムリンでしたね」
「え、え〜っと」
恭也とリリィのやり取りに、ベリオが疲れたような声で言った言葉に、ダリアは益々訳が分からないといった感じで見渡すが、
リコ以外の救世主候補が一様に疲れた顔をしているのをみて、さしものダリアも困惑の声を出す。
が、結局は見なかった事にしたのか、一度咳払いをすると、気を取り直すように話し出す。
「ま、まあ、良いわ。それじゃあ、時間も押している事だし、すぐに召喚の儀式を始めましょう。
リコ、準備は良い?」
後半の言葉は真剣な顔付きと口調に変わり、リコへと言う。
それを受け、リコは一つ頷くと、床に描かれたサークルの中央へと進み出る。
それを固唾を飲んで見る一同の中、美由希は小さな声で恭也に声を掛ける。
「何が始まるんだろうね」
「だから、召喚の義だろう」
「そ、それは分かってるよ。そうじゃなくて…」
「何だ?」
「どういった事をするのかって」
「それは、これから行うんだから、見てれば分かるだろう」
「それもそうだけど…」
「第一、俺が知っていると思うのか」
「…だよね」
「それはそれでむかつくな」
「な、何よ、それは。勝手すぎるよ、恭ちゃん」
二人がこそこそと話していると、リリィとベリオから鋭い視線が飛ぶ。
「しぃっ!」
人差し指を唇に当てつつ、睨むように見てくる二人に恭也と美由希はお互いに黙り込む。
と、そこへリコの静かな声が聞こえてくる。
「アニー ラツァー ラホク ジェラフェット ゲルーシュ フルバン……」
不思議なメロディーを奏でるように、リコの口から呪文が紡がれていく。
それを、恭也と美由希は不思議そうに眺める。
休む事なく唱えられる呪文が当たりに響く中、リリィが短く発する。
「…来るわ」
「何処に?」
美由希が真っ先に反応してそう尋ねると、ベリオが当然と言わんばかりに召喚陣を指差す。
「勿論、召喚陣の真ん中にです」
ベリオの指につられるようにそちらへと視線を向ける二人だったが、そこには特に変わった様子も泣く、
美由希などは、煙や光といったモノが出てくると期待していた分、少し落胆したような様子でそこを凝視する。
特に変化など見られず、ただ静かなリコの旋律のみが響く。
しかし、恭也と美由希以外の面々には何か感じられているようだった。
そういったものを感じ取れない二人だったが、邪魔にならないようにただ静かにその場所を見詰める。
すると、リコの目の前の空間がゆっくりと歪み始め、恭也と美由希は思わず小さな呟きを洩らす。
そんな中、ぼんやりと人の影が床へと落ち、空間の歪みがゆっくりと、徐々に形を作っていく。
それから程なくして、召喚陣の真ん中に、一人の少女が横たわった状態で現われる。
それを見て、ダリアが真っ先に声を上げる。
「だ〜い成功〜〜♪」
その言葉を皮切りに、救世主候補たちはその少女を囲む。
長身でショートカット、きりりと引き締まった表情の少女は小さな呻き声を洩し、そのまま動かない。
いや、動けないのか、やや意識が朦朧としているようにも見受けられた。
そんな少女の様子を見て、恭也が心配そうに近づいて声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
少女の肩へと置こうとした手は、しかし、少女の体をすり抜ける。
「触るな……」
低い声を発する少女に、恭也は手を戻して少女へと謝る。
そんな恭也へと、リリィが声を掛ける。
「急に女の子に触れようとする人には触られたくないんだって。あ〜あ、可哀相に、嫌われたわね、アンタ」
「確かに、咄嗟の事とはいえ、断りもなく触ろうとしたのは俺だからな。悪いのは俺だろう。
しかし、どうしてそう突っかかってくるんだ?」
「別に突っかかってなんかないわよ! ちょっと自意識過剰なんじゃない!?」
「そうか?」
「そうよ!」
「り、リリィも恭也くんも押さえて」
「どちらかと言うと、リリィさんが一人で怒ってるように見えるんだけど…」
必死に宥めるベリオへと、美由希は聞こえないように小さく呟く。
一方、そんな騒動を不思議そうに眺める少女へと、ダリアは何事もないかのように話し掛けている。
「ヒイラギ・カエデちゃんだったわよね。ようこそ、救世主♪
根の世界アヴァターへ。 あなたは、六人目の救世主候補よ♪
あたしはダリア。ここの戦技科教師をしているの。よろしくね〜」
ダリアの挨拶にも無言のまま、少女じゃただ鋭い眼差しに研ぎ澄まされた殺気を放つ。
まるで、抜き身の刃のような殺気を纏う少女に、ダリアは一向に気にも止めずに続ける。
「それで、こっちがあなたのクラスメートとなる…」
ダリアの言葉に続けて、それぞれが自分の名前を名乗る。
全員が名乗り終えたのを受けても、カエデは無言のまま、未だに静かな殺気を放っている。
と、カエデは少しふらつき倒れそうになる。
ベリオが小さく声を上げて近づこうとするよりも早く、恭也がカエデを支えようと手を伸ばす。
しかし、その手はまたしてもすり抜け、カエデは右手を宙に差し上げて静かな口調で呟く。
「来たれ、黒曜」
瞬時にカエデの右手が淡い光に包まれ、そこには輝くような黒色の手甲が現われる。
全員がそれに目を奪われた瞬間、カエデの右手が恭也の顔面へと素早く突き刺さる。
ギリギリで止めるつもりだったのだろうが、恭也の体は考えるよりも先に動いており、カエデが止めた手の先には、
恭也の顔は既になかった。それに多少驚きつつも、カエデもまた体を動かしており、前蹴りが恭也へと襲う。
それを恭也は後ろへと飛び退いて交わすと、カエデと距離を開けて両手を上げる。
「待った。別に俺はカエデさんをどうこうしようと思った訳じゃない。
単に、倒れそうだったから、支えようとしただけだ。信じて欲しい。
一応、これ以上は近づかないから」
恭也の説得が効いたのか、カエデが手を降ろすと召還器が光となって消える。
それでも、その張りつめた空気を身に纏ったまま、カエデは静かに立っている。
それにつられるように、周囲の空気までが緊迫感を帯びてくる中、リリィがあきれたような声を上げる。
「あーあ、アンタのセクハラの所為で、可笑しな事になったじゃない。
見なさいよ、変に緊張しているじゃない」
「…それは、俺の所為か? 初めから、そんな感じだったような気もするが」
「何を言ってるのよ、このセクハラ男が」
「だから、違うと言っているだろう」
「全く、下着泥棒の次は幼女誘拐未遂。そして、今度はセクハラなんて……。
本当に最低ね」
「全部、濡れ衣だろうが!」
そんな二人のやり取りを相変わらず無言で眺めるカエデに、美由希は少しリリィの方をむっとした顔で一瞥した後、
やや引き攣った笑みを浮かべて声を掛ける。
「あんまり気にしないでくださいね。いつもの事だから。
リリィさんが一方的に食って掛かってるだけで、そんな事実はないですから」
「ええ、美由希さんの言う通りですから。恭也くんは、悪い人じゃありませんから」
恭也の事をフォローする二人の後ろから、ダリアが少し真剣な眼差しでカエデへと話し掛ける。
「それは後にして、カエデちゃん、あなたはここの事をどのぐらい知っているのかしら?」
ダリアの言葉に、ようやくカエデがその重い口を開いて答える。
「一通りは聞いたと思う。殺せば良いのだろう? 敵を……」
「な、何か違う気もするけれど、でも、説明は受けているという事は、今回は正式な召喚だったって事よね」
「…ご、ごめんなさい」
「あ、そんな、美由希さんが謝る事じゃないのよ。
美由希さんたちの召喚の時はリコもいなかったんだし、全くのイレギュラーだったんだから。……って、あら?」
「あ、そういえば、リコさんが居ませんね」
二人の話を聞いていたダリアが、美由希の言葉に答える。
「召喚が済んだから、自分の仕事はおしまい〜とか思ったんじゃないの。
本当に、困った子ね〜。まあ、別に良いけれど。
さて、とりあえず、説明の手間が省けて良かったわ〜。
それじゃ〜、早速で悪いんだけれど、テスト〜、といっても良いかしらぁん?」
「…構わない。いつでも死ぬ覚悟は出来ている」
「いきなり物騒な覚悟を完了しているな…」
「まーた可笑しな奴を召喚したの〜」
「また、とはどういう意味だ?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさいよね!」
カエデの言葉にいつの間にか喧嘩を終えた恭也とリリィがそれぞれに感想を口にするが、
それが切っ掛けとなり、またしてもリリィが食って掛かる。
一方の恭也が、本当にリリィの言葉通りに胸に手を当てて考え込むものだから、リリィはこめかみを引き攣らせながらも、
怒鳴りたいのを懸命に、何とか堪えていた。
そんな二人の注意を逸らすように、ベリオが少し大きめの声を上げる。
「た、楽しみですね、一体、どんな戦い方をするのかしら」
「そ、そうですね。あ、テストって、もしかして…」
ベリオの意図を悟り、直に同意する美由希だったがダリアの言葉を思い出し、自分たちの時を思い出して言葉が止まる。
そんな美由希に、ダリアが首を横へと振りながら答える。
「美由希ちゃんや恭也くんが行ったテストは、ちょっと例外よぉん。
まあ、似てると言えば似てるけれどね。闘技場での模擬戦。
ただし、相手はあなたたちの中の誰かよ。そうね〜、誰かカエデちゃんの相手をしてくれるかしらぁん」
「では、俺が…」
「はい!」
「…妙な所では、きっちりと息が合うのねぇん」
「何よ、恭也! またセクハラでもする気」
「するか! というか、またってのは何だ、またってのは!
一度もしてないだろうが。俺は純粋に、どんな戦い方をするのか興味があるだけだ!」
また口論を始める二人を、美由希たちはあきれた様な顔で見詰める。
「はぁー。恭也くんは、純粋にカエデさんと戦いたくて……」
「リリィちゃんは、自分の方が力は上だと誇示したいのよねぇん」
「理由としては、恭也くんの方が…」
「そうよねぇん。でも、それでリリィちゃんが納得するかなんだけれど……」
三人は顔を見合わせると、知らず揃って溜息を吐き出す。
そんな風に三人が話していると、恭也とリリィの言い争いが段々とヒートアップしていく。
「もう我慢できないわ! こうなったら、勝負よ、勝負、高町恭也!」
「良いだろう。俺も、魔法使いとの実戦をやって見たかったしな」
「望む所よ! この勝負で勝った方が、テストの相手よ!」
「ああ、良いだろう。それと、俺が買った場合、今までの濡れ衣を全て取り消してもらうぞ」
「良いわよ。その代わり、私が勝った場合、アンタを変態と呼ぶからね。
それじゃあ、早速闘技場へ…」
「やめなさ〜〜〜〜い!!」
リリィが言いかけたところを、ダリアの大声が遮る。
揃ってダリアの方へと顔を向ける二人に、ダリアはいつになく厳しい顔で告げる。
「救世主候補同士が私闘なんて、そうゆうのはぜ〜〜ったいに許しませんからね!」
「だって、このバカが…」
「いかさまマジシャンが…」
「誰がいかさまマジシャンよ!」
「お前だって、俺の事を散々、バカだの変態だのと言ってたじゃないか。
むむ、咄嗟に思いついたとはいえ、我ながら良いあだ名だな」
「何処がよ! それに、アンタなんかバカで充分でしょうが」
「誰がバカだ、誰が! このいかさまマジシャン」
「やる気?」
「やるか」
「だったら、闘技場で…」
「だから、やめなさいって言ってるでしょ〜〜〜〜!!」
再びダリアの大声が二人のやり取りを止める。
二人が黙り込んだのを見ながら、ベリオが思い切ったように言う。
「先生、こうなったら遺恨を残さないように、一層の事、二人を戦わせた方が良いんじゃ…」
「ベリオさん?!」
思わぬベリオの言葉に、美由希が驚いたようにベリオを見るが、その顔は冗談を言っているのではなく、何処までも本気だった。
そんな美由希の視線にも気付かず、ベリオはそのまま続ける。
「個人的には、二人共好きですけれど、これ以上、クラスの和を乱すようでしたら、一層の事…。
まあ、殆どリリィが食って掛かっているという状況ですけど…」
「こ、こ、個人的には、好き!?」
「駄目よぉん、今、あの二人を戦わせてみなさい。
どちらかが動かなくなるまで戦い続けるわよ。ううん、違うわね…」
「あ、あのですね、ベリオさん。恭ちゃんはああ見えて、意外と意地悪で、その上、嘘つきで…」
「そうか…、リリィが退きませんね」
「へっ?」
「そうよ。勝っても負けても、恭也くんが危険なのよ」
「ベ、ベリオさん、どういう意味ですか」
美由希の言葉は二人には聞こえていないのか、完全に二人だけで話を進めて納得までする二人。
そんな二人を交互に眺めつつ、美由希は一人間でおろおろとしていた。
と、ダリアが何か思いついたのか、多少疲れた感じでだが、恭也とリリィへと声を掛ける。
「こうなったら、カエデちゃん本人に選んでもらったら。
その方が、話も早いし」
「…そうですね」
「それよ! さあ、転入生、私への挑戦権をあげるわ!
勝てばいきなり主席になれるチャンスよ」
「今の主席はリリィだったのか。それよりも、選んでもらう方のお前が、どうしてそんなに偉そうなんだ?」
「五月蝿いわね! アンタは少し黙ってなさいよね!」
「む。……まあ、良い。カエデさん、一度お手合わせしてくれないか」
これ以上リリィに食って掛かっても時間の無駄だと考え、恭也はカエデへと話し掛ける。
今までずっと黙ってこのやり取りを何となしに見ていたカエデへと、ダリアが言葉を投げる。
「えっと、カエデちゃん、とりあえず、この二人から選んでくれる?」
「……」
「まあ、あれだったら、こっちのベリオちゃんや美由希ちゃんでも構わないけれど」
無言でいるカエデに、ダリアがそう言って付け加えると、カエデは静かに恭也を指差す。
「彼で、お願いする」
「ああ、こちらこそ、お願いする」
カエデの選択に、恭也は微かに笑みを浮かべて応える。
その横では、リリィが茫然とした表情を見せるが、すぐに声を荒げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あなた正気!?」
「おい、どうゆう意味だ。とりあえず、既に決まったんだから、口を出すなよ」
「うるさい! そ、そうだ、指導! 先生、ちゃんと指導の事を説明しましたか?」
「う〜〜ん……。どうだったかしら?」
リリィは恭也の言葉を無視し、ダリアへと問い掛ける。
またカエデも、その言葉を聞き、小さく呟く。
「指導…?」
「ほ、ほら、やっぱり知らないのね。おかしいと思ったわ」
カエデの反応を見て、リリィが畳み掛けるようにカエデへと詰め寄る。
「曰く、能力測定試験で対決して勝った者は、負けた者を一日指導するものとする。
負けた者は、これを断わってはいけない。
つまり、試合に勝った者は、負けた者を一日好きにして良いって事なのよ?
本当に、こんな変態が相手で良いの?」
「えっ……?」
「言うに事欠いて、何を言うんだお前は!」
「私は何も知らない転入生に事実を教えているだけよ」
「何処が事実だ!」
「そうですよ、リリィさん。恭也くんはそんな人じゃ…」
リリィのあまりの言葉に、流石にベリオが庇うように割り込むが、それよりも少し早くカエデ自身が答えていた。
「その男と、戦う」
「え!? ちょっと転入生! あなた、もっと自分を大切にしなさい!」
「あらあら、恭也くん、本当に酷い言われようね」
「事実無根ですけどね。それよりも、どうしてそんなに楽しそうなんですか」
「違うわよ、恭也くん♪」
「何が違うんですか?」
「楽しそう、なんじゃなくて、実際に楽しいのよ♪」
ダリアの言葉に、恭也は疲れたように肩を落とすが、そんな恭也の耳に、
まだカエデへと向かって話し掛けているリリィの言葉が聞こえてくる。
「もっとよく考えて。あんなバカのいう事なんか聞いたら、……きゃぁぁぁ。
そ、想像するのもおぞましいわ」
「何を想像した、お前は」
「う、うぅぅぅ、鬼畜だわ、獣よ」
「お、お前な。勝手な想像をして、勝手に人を鬼畜呼ばわりか」
恭也の言葉に、ベリオは顔を俯かせ、誰にも聞こえないようにそっと呟く。
「確かにあの時は、鬼畜というか、そこまでいかなくても、ちょっと意地悪だったかも……」
自分で言った言葉に照れているベリオに誰も気付く事無く、ただリリィと恭也の争いを聞いていた。
が、それに終止符を打ったのは、またしても短く静かに発せられたカエデの言葉だった。
「その男と戦う」
どうやらカエデの意志が変わらないと分かり、ようやくリリィは渋々とだが引き下がるのだった。
闘技場へと場所を移した一同は、フィールドの中央で対峙する二人をただ黙って眺める。
「さて、ここに来るまで色々とあったが、ようやく手合わせ出来るな」
「……」
いつもと変わらない声、しかし、美由希にはそれが楽しそうだと分かる声で恭也が言うと、無言のままカエデは頷く。
カエデが黒曜を呼び出すと、恭也はルインをニ刀とも呼び出す。
お互いに無言のまま、ほぼ同時に地を蹴る。
恭也はまず右の刀を横へと凪ぐが、カエデはこれを簡単にしゃがんで躱しつつ、足を止めずに恭也へと近づく。
そこへ、今度は恭也の左の刀が上から振り下ろされる。
それを黒曜で受け止めつつ、力の向きを変えて流すと、そのまま肘を恭也へと打ち出す。
攻守が一体化したようなその動きに、しかし恭也は反応して見せる。
カエデの打ち出した右肘を、カエデの右側、背中を向けた方へと移動して躱すと、そのままルインを振るう。
カエデは止まる事無く、そのまま前へと足を踏み出して恭也の斬撃を避けると、その勢いのまま体を反転させつつ、回し蹴り。
それをルインの柄で受け止めると、恭也はもう一刀から突きを繰り出す。
恭也の突きを同じように黒曜で受け流すと、今度は恭也の足元で身を低くて一気に飛び上がる。
それを仰け反って躱すが、髪の毛数本が宙に舞う。
恭也の頭上よりも高く跳んだカエデに恭也は攻撃を仕掛けようと待ち構えるが、空中で態勢を整えたカエデは、
地上へと拳を打ち下ろすように構える。
その拳には、蒼白い雷が纏わりついていた。
危険だと判断した恭也は、カエデが拳を振り下ろしてくるのと同時に、その場から大きく跳び退く。
そこへ、雷を纏ったカエデの拳が振り下ろされ、雷がその拳の軌跡を描くように後から付いてくる。
拳が当たった地面は、小さな爆音と共に小さな穴を開ける。
自身が引き起こした結果には興味などないのか、カエデはすぐさま立ち上がると、腰を落とし、左側を前に半身になり、
右手を腰の位置に置き、後ろへと退く。
小さく短い裂帛の声を出しながら、右手に左手を添えて前へと打ち出す。
すると、そこから炎が伸びて恭也へと襲い掛かる。
慌ててそれを回避した恭也の元に、接近したカエデの蹴りが飛んでくる。
ただの蹴りではなく、恭也の頭、首、肩、腕、胸、腰、太腿、膝、脛と無数の蹴りが、
たった一本の右足から休む間も無く繰り出される。
それらを防ぎつつ、幾らかは喰らいながらも、恭也はカエデの軸足へとこちらも鋭い蹴りを放つ。
蹴ってくる足はその速さゆえに無数にも見えるが、軸足だけは常に固定なのを狙った恭也の攻撃を、
カエデは左足だけで後ろへと跳び退って躱す。
(スピードは美由希以上だな)
それに内心で感嘆しつつ、恭也はカエデとの距離を詰めると、今度はこちらの番とばかりに攻め立てる。
先程の仕返しとなかりに、左右から繰り出される無数の斬撃。
それらをカエデは黒曜で塞ぎ、躱しとするが、全ては躱しきれずに幾つかは喰らう。
得物の長さでは分が悪いカエデは、一旦、距離を開けるために後ろへと跳ぶ。
それを追うように、恭也はルインを腰へと戻すが、そこで動きを止める。
(しまった。鞘はないんだった)
殆ど無意識で腰に納刀しようとした恭也だったが、鞘がない事を忘れていた。
そして、カエデが僅かとは言え、動きの止まった恭也を見逃すはずもなく、後ろへと跳び退った姿勢のまま、懐へと手を入れる。
そこから、忍者が飛び道具の一つとして使うようなクナイを取り出すと、恭也へと投げ付ける。
それを恭也は、同じように懐へと手を忍ばせて取り出した飛針で打ち落とす。
これにはカエデも驚いたようで、声にこそ出さなかったが、微かに目を見開く。
しかし、それも一瞬の事で、すぐさま右手を後ろへと引き、左手を添える。
先程、恭也を襲った遠距離攻撃紅蓮の構えを見て、恭也は一気にカエデとの距離を詰めに掛かる。
自分目掛けて走ってくる恭也に、カエデは紅蓮を放つ。
それを恭也はルインを頭上で交差させ、そのままクロスするように振り降ろす。
カエデから放たれた炎を切り裂くと、恭也はそのまま突っ込む。
完全には消しきれず、僅かに炎が残っているが、それを意に返さずカエデとの最短距離を突き抜けた恭也は、
ルインを交差させてカエデへと斬り掛かる。
咄嗟に黒曜でその攻撃を受け止めるが、カエデの体は後方へと跳ばされ、数メートル先の地面に叩きつけられる。
これには、技を仕掛けた恭也も驚き、両手に握るルインを見る。
「まさか、これが召還器の力なのか?」
茫然と呟きつつも、すぐさまカエデの元へと向かう恭也の耳に、ダリアの勝者を告げる声が聞こえてくるが、
それをゆっくりと聞く気もなく、恭也は倒れたカエデの傍に駆け寄ると、その頭元にしゃがみ込む。
「大丈夫ですか」
「く……くぅっ」
短く呻き声を洩らすカエデの全身を見ながら、大きな怪我がない事にほっと胸を撫で下ろす。
そんな恭也たちの元へと、美由希たちがやって来る。
「やるわね〜、恭也くん。カエデちゃんも、見たところかなりの使い手だったのに」
「かなりレベルの高い試合でしたね」
ダリアの言葉に頷くベリオに対し、リリィが面白く無さそうに答える。
「ふん。あの程度の試合なら、私だって」
「そうですね。リリィにも出来ると思いますよ」
「そ、そうよ!」
「恭也くんと同じぐらいの良い試合が」
「う……」
ベリオにやり込められ、リリィは短く呟く。
そんなやり取りに興味がないのか、真っ先に恭也の元へと向かった美由希は、起き上がったカエデを見て、話し掛ける。
「カエデさん、怪我してますよ」
「……えっ?」
「あ、本当ね。駄目じゃない、恭也くん。女の子キズモノにしちゃあ〜」
「キ、キズモノって、先生…」
ダリアの言いように、恭也は呆れたように返すだけだったが、茫然と立ち尽くすカエデに、ダリアがハンカチを取り出す。
「カエデちゃん、こっち向いてね」
そう言って白いハンカチをカエデの怪我に当てる。
そんなダリアを見ながら、美由希がダリアへと尋ねる。
「先生、消毒薬ありませんか?」
「ん〜、医務室に行けば」
「それじゃあ、私が連れて行って……。って、どうかしたの、カエデさん?」
そう申し出たベリオだったが、カエデの様子がおかしい事に気付き、カエデを見ると、カエデは細かく震えていた。
「あ……、あ……、あぁぁぁ…………」
うめくような声を出しながら震えるカエデを、恭也たちが茫然と見詰める中、カエデはゆっくりと倒れていった。
つづく
<あとがき>
やっとカエデの登場〜。
美姫 「いきなり倒れたカエデ。一体、どうしたのか!?」
それは次回で〜。
美姫 「知っている人は知っているけれど、知らない人は知らない……」
って、当たり前だろう、それって。
美姫 「……チェストー!」
がっ!
美姫 「ふっ。キジも鳴かずば撃たれまいに」
し、しどい……。
美姫 「さて、それじゃあ、また次回でね♪」
……で、ではでは。