『DUEL TRIANGLE』






第八章 カエデ、その秘密





あの後、倒れたカエデを保健室へと運んだ恭也たちは、取り合えず、後を任せて授業へと戻った。
そして、夜中とも言えるこの時間、恭也は自室で昼間見たカエデ動きを思い出していた。
かなり速いスピードで動き、音もなく忍び寄っては相手の急所を的確に付いてくる。
相手を倒すという事に特化したその動き。
遠距離攻撃に加え、背後へと周ろうとしたり、言うならば、死角からの攻撃。
暗殺者や何処となく御神の、それも裏にも似通った体術を思わせるカエデの動きを頭の中でトレースしつつ、知らず恭也は呟く。

「格好といい、まるで忍者だな」

勿論、そだけでなく、召還器の力なのか、炎や雷まで出していたが。

「それとも、あれは召還器の力ではなく、忍術みたいなものなのかもな」

どちらにしろ、頼もしい仲間が加わったと恭也自身は考えていた。
恭也自身、自分が救世主になるという思いはそんなに強くなく、ただ破滅を喰い止める事を第一として考えている為、
こういった考え方が出来る。
しかし、それが他の者、特にリリィにとっては信じられない事なのだろうが。
だからこそ、恭也はあまりこの事を口には出さないのだった。
と、体を動かした際、微かな痛みが起こり、少しだけ顔を歪める。
カエデとの戦闘の際に、細かい傷が幾つも体中に出来ていた。
それらの傷を受けた時の攻撃を思い出しつつ、同じような攻撃を今度受けたときの対処などをイメージする。
どれぐらいそうしていたか、恭也は閉じていた目を開けると、体を解しながら立ち上がると、頭を数度軽く振る。

「ふー。眠る前に、夜風にでも当たるか」

そうと決めたら、すぐさま恭也は部屋を出る。
寮を出た恭也は、そのまま何となく中庭へと足を向ける。
多くの星が瞬く夜空を眺めながら歩く恭也の耳に、微かな声が聞こえてくる。

「……ござるよ」

聞こえてきた声に、恭也は足を止めると、声の元を辿るように耳を澄ませる。
すると、またしても恭也の耳に、呟きのような声が聞こえてきた。

「はぁ。…やはり、この世界の人達も同じ血の通う人達であったでござるよ。
 折角、無口でクールな戦士で決めようと、新たなる新天地ではと思ったのに…」

恭也は声の場所に見当を付けると、そちらへと歩いて行く。
月明りに照らされてそこに立っていた人物を見て、恭也はさっきの声の調子や内容を思い出しつつ、
自分の見間違いではないかと、何度か目を擦るが、やはり、目の前に立つ人物は変わらなかった。
と、恭也がそんな事をしている間に、向こうもこちらに気付いたのか、恭也と目が合う。
その瞬間、恭也の口からその人物の名が出てくる。

「カエデさん?」

「っ!!」

恭也が呟くのと殆ど同時に、カエデの姿が闇へと消え、恭也の喉元に短剣が突きつけられていた。

「…誰だ」

「誰だと言われてもな」

「お主は、確か昼間の…」

「ああ。恭也。高町恭也だ。それよりも、この短剣を除けてくれると助かるんだが」

そう言って短剣を指差した恭也の動きを、どう勘違いしたのか、その場から跳び退くと、油断なく短剣を構える。

「何をする!」

「いや、何をといわれても、俺は何もしてないが…」

やや呆れたように呟く恭也の言葉が聞こえていないのか、カエデは鋭い視線を向け、言い直すように口を開く。

「そうではない。何故、背後から許可なく近づいた」

「いや、別に何かしようと思って近づいた訳でもないんだが。
 単に夜風に当たりながら散歩をしていたら、声がたまたま聞こえてきたから、そっちへと歩いて行っただけですよ。
 そしたら、カエデさんがいたんですよ」

「そうか。なら、立ち去れ」

カエデのこの言葉に従う必要は本来ならないのだが、恭也は大人しくその言葉に従い、立ち去ろうとする。
しかし、その前に気遣わしげにカエデへと声を掛ける。

「それよりも、もう大丈夫なんですか?」

「何がだ?」

「昼間の戦いの後のことですよ。いきなり気を失って倒れましたけど…」

「問題ない」

「そうですか。なら、良かった。もしかして、どこか大怪我でもしたのかと思って」

「あの程度の攻撃で、怪我をする程柔な鍛え方はしていない」

「そうか。なら、良かった」

カエデの言葉に恭也はほっと胸を撫で下ろしつつ、湧いて出た疑問をそのまま口にする。

「だったら、どうして気を失ったんですか?」

「あれは……。何でもない」

少し間を開けてから言われたカエデの言葉に、恭也はあまり詮索するのもよくないと思い、それ以上は聞かずに、
今度こそ立ち去ろうと踵を返しかけた所で、カエデは短剣を構えなおし、茂みへと振り返りながら、
短く、それでいて鋭く言葉を発する。

「静かに! それと、動くな!」

「どうしたんですか」

「…何かがいる」

恭也に答えつつ、カエデはその長身を屈めると、ゆっくりと、まるで滑るように前進する。
その雰囲気に恭也も黙り込むと、同じように僅かに身を屈めつつ、前方の茂みを注視しながら、気配を探る。
しかし、これといって何者かが潜んでいるような怪しい気配は感じられなかった。

「俺は何も感じないけど…」

「確かに、常人には気取られるほどの気配だ。
 だが、我ら一族には分かる」

そう返ってきたカエデの言葉に、恭也は感心しつつ、もう一度気配を探る。
同時に、さっきのカエデの言葉の中で気に掛かった事を尋ねてみる。

「一族というのは?」

「忍び、と言っても、この世界で通用するか?」

「ああ、忍者の事だな」

「ほう、知っているのか」

「この世界ではどうか知らないが、俺の世界には存在しているからな」

そう返しつつ、恭也はさっきよりも慎重に気配を探るが、やはり何も感じられない。

(やはり、人の気配は感じられない。という事は、カエデさんは、俺よりも感覚が鋭いという事か)

カエデのやや後ろから、その横顔を何となしに眺めつつ、恭也はカエデの感覚の鋭さに感心する。
そんな恭也の思いになど気付かず、カエデは先程の恭也の言葉に答える。

「そうか。我らは、その中でも特に暗殺に特化した一族だった」

「成る程な」

自分の考えが大よそ正しかった事を確認するように呟く恭也に、カエデの鋭い警告が飛ぶ。

「そろそろ喋るな…」

恭也自身、その気配を捉えていないので、カエデのその言葉に素直に従う。
恭也を制するようにして茂みへと向かうカエデの後ろで、恭也は何かあった時にすぐに援護できるように態勢を整える。
そして、カエデが今まさに突っ込もうとした瞬間、その茂みから相手の声が聞こえてくる。

「にゃぁ〜〜」

その声に、カエデと恭也はお互いに動きを止めて、知らず顔を見合わせる。
どれぐらいそのままで居たか、先に恭也が動き出す。

「ど、どうやら、猫だったみたいだな。いや、この世界でも猫というのか?
 それよりも、カエデさんにも猫で通じていますか?」

「……」

しかし、恭也の言葉に、カエデは僅かに頬を朱に染めてただ沈黙していた。
と、そこへ茂みから猫が飛び出してくる。
その姿は、恭也たちがよく知っている猫と全く同じ姿で、その口には何かを咥えていた。
その口に咥えた小動物の方は、あまり見慣れない姿をしていたが、恭也はネズミのようなものだろうと推測する。

「そうか、獲物を取ったのか」

まるでその恭也の言葉に答えるように、猫は尻尾を左右に振ると、カエデの前に歩み寄って、自らの獲物を誇示するように、
その口からぽとりと地面に置く。
褒めて欲しいのだろうか、猫は獲物を前に座ったまま、カエデを見上げてじっと大人しくしていた。
そんな猫の様子に、恭也が微かな笑みを浮かべつつ、カエデに話し掛ける。

「どうやら、好かれたみたいですね。獲物を取ったことを褒めて欲しいみたいですよ」

恭也の言葉にまるでその通りと言わんばかりに、猫は小さく一度鳴き声を上げると、カエデを見上げる。
しかし、カエデは微かに体を震わせ、その口からは乾いたような小さな呟きを洩らす。

「…あ……、あぁ……」

そのただ事ではない様子に、恭也がカエデへと近寄り、声を掛けようとした瞬間、

「※$%#〃Å@?!!」

声にならない声を上げる。
その声に、恭也は思わず耳を押さえると、そこへカエデが飛び付いてくる。
飛びつくなんて優しいものではなく、恭也の肩に足を掛けると、恭也の顔をそのまま足で挟み込み、頭へと腕を回して、
そのまま恭也の顔を胸の中に抱く。
つまり、恭也の肩に正面から飛び乗って、そのまま頭を抱えた格好で、カエデは声を上げる。

「血! 血! 血! 血ぃぃぃぃぃぃぃぃーーー!!
 あかっ、あかっ、ちっ、ちっ! はぎゃぁうわぁあうわあわっわわわわああああああ!!」

抱きつかれた恭也は、顔を柔らかな二つのものに挟まれつつ、徐々に息苦しくなっていく。
何とかカエデを引き離そうとするのだが、思いっきりしがみ付いているカエデをそう簡単に引き離す事が出来ないでいた。
そんな風に恭也が苦しんでいる事になど気付かず、カエデは尚も恭也の頭を強く抱きしめると、まだ叫び続ける。

「せ、拙者、ち…、血は駄目〜〜! 色もイヤ〜! 匂いもイヤ〜!
 嫌々尽くしでござるよ〜!
 うええぇぇぇぇぇぇぇん。イヤ〜、嫌でござるぅぅ……。
 血、血でござるよ〜。赤いでござるよ〜。ヘモグロビン〜! イヤ〜〜!!」

「ぐ…、むぐ……。ち、血が赤い…むぐっ、メ、メカニズムはこの際、ぐぅ、ど、どうでも良いと思うんだが……。
 と、とりあえず、ぷはっ…ぐっむむむ、す、少し、ち、力を緩め…むぐぅっ」

時折、カエデの胸元から顔を離しつつ、何とかカエデに伝えようとするが、錯乱気味のカエデは全く聞いておらず、
僅かに顔を離しても、その度にすぐさま引き寄せられるを繰り返す恭也。
やがて、精根尽きたのか、短く悲鳴じみた声を上げると、そのままぐったりとする。
ようやく解放された恭也は、何度かカエデに声を掛けるが、カエデは完全に意識を失っているらしく、返答はなかった。
仕方無しに、恭也は既に姿が見えなくなった猫の居た場所を溜息を吐きながら何となく眺めつつ、
気を失ったカエデを抱きかかえると、そのまま部屋へと戻るのだった。



カエデの部屋を知らないため、自分の部屋へと運び、ベッドへと寝かせてからどれぐらい経ったか、
ようやくカエデが目を開ける。
それを見て、恭也はほっとしたように声を掛ける。

「気がつきましたか」

「っ!?」

恭也の姿を捉えた瞬間、カエデは飛び起きると、手刀を恭也の喉元へと突きつけようとするが、
それに対して恭也は、思わず反応してしまい、その手首を掴んでしまう。
と、カエデは手首を掴まれたままの状態から、上段へと蹴りを放つ。
それももう一方の手で受け止めつつ、恭也は思わず奇襲をしてきた美由希にするように反射的にその軸足を鋭く刈り取る。
たまたま後ろがベッドだった為、大きな怪我になるような事はなかったが、傍から見ると、かなり危ない状況だったりする。
何しろ、恭也がカエデの片手の手首を持ち、そのまま頭上へと押さえつけた状態で、
さっきの蹴りを受け止めた状態のまま倒れ、その反動からか、恭也のもう一方の手がカエデの膝を押さえる形で、
覆い被さるようにベッドに倒れているのだから。
そんな状態に気付き、顔を赤くしつつ慌てて退く恭也に対し、カエデはベッドの上に座り込んだまま、視線も鋭く声を発する。

「何をした! 質問に答えてもらおう」

そんなカエデの姿を眺めていた恭也は、何処か無理しているように見え、同時に、悪戯心がふつふつと湧きあがってくる。
恭也は笑いそうになるのを堪えつつ、平然とした様子で口を開く。

「やですね、拙者、気を失ったお主をベッドまで運んだだけでござるよ〜」

「なっ!」

その恭也の口調に絶句するカエデの顔を満足そうに眺めつつ、恭也は更に続ける。

「何しろ、お主の部屋を知らぬ身分ゆえ、拙者の部屋に運ぶしかなかったんでござる」

茫然としていたカエデだったが、突然、顔を赤くすると大声を上げる。

「うわああああー! うわっ、うわっ、や、やめ、やめっ、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ばっ! ま、待て! 止めるから、そんな誤解を招くような声を上げるな!」

カエデの思わぬリアクションに、慌てて恭也はカエデにそう言うと、カエデはピタリと声を止め、
次いで、本当に消え入りそうな小さな呟きを洩らす。

「うぅ……」

そんなカエデの様子に、恭也は何となくヤバイものを感じたが、どうする事も出来ず、ただおろおろとする。
そうこうしているうちに…。

「うええぇ……、うえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーん!!」

「な、泣かないでくれー!」

カエデの鳴き声と、恭也の困ったような声が部屋の中に響くのだった。



それから暫らくして、ようやく落ち着いたのか、カエデは真っ赤になった目を恭也が差し出したハンカチで拭きながら、
まだ微かに鼻をぐずらせつつも、何とか恭也と向かい合う。

「で、落ち着いたか?」

ベッドはカエデが座っている為、恭也は部屋にある椅子に腰掛けながら、そう切り出す。

「うぅ、かたじけない」

「さて、それじゃあ、色々と聞きたいことがあるんだが…」

「し、仕方ないでござるな」

最初の時の寡黙な印象とのギャップに頭を振りつつ、恭也はカエデへと問い掛ける。

「とりあえず、闘技場の時と今と、どっちが本性というか、地なんだ?」

「闘技場の時は、必死で作ってたでござるよ」

「つまり、今の方が本来の姿という事か」

「そうでござる」

「しかし、どうしてそんな事を?」

不思議そうに尋ねる恭也に対し、カエデは既に諦めたのか、あっさりと話し始める。

「それは、ここには本当の拙者と知る者はいないからでござる…」

「……? どういう事だ?」

「…つまり、クールな忍びの者としてやっていきたかったでござるよ」

「成る程な。しかし、何でそんなに卑屈になるんだ?
 カエデさんは、間違いなく強いですよ。恐らく、今の美由希よりも。
 だから、もう少し自信を持っても良いと思いますけど」

「そ、そうでござるか。それは、かたじけない。しかし、幾ら強くても、最終的に勝つ事ができないのでござるよ」

「何でまた」

恭也の言葉に、カエデは少しだけ躊躇った後、覚悟を決めたのか、その答えを口にする。

「……駄目なんでござるよ。その…………、血が」

「血?」

「そうでござる! あの赤くてたら〜と流れたり、ぶしゅ〜って噴き出したりするアレでござる」

「そう言えば、さっきも…」

「そ、それで、一族の者にも臆病者と罵りを受けたり……。
 腕は拙者の方が上のはずなのに…」

そう言うと、また涙ぐみ始めるカエデに、恭也は新しいハンカチを差し出す。

「ほら、泣かないで」

「ふぇぇぇぇ。誠にかたじけない」

「でも、カエデさんは暗殺者の一族なんだよな」

「…確かに、一族郎党、皆、殺しを生業にする者たちでござるが…」

「それだけを聞くと、かなり物騒だな。いや、話の腰を折ってすいません。どうぞ、続けてください」

「うぅ、では続けるでござる。その中で唯一、人を殺した事がないのは拙者だけなんでござる〜」

「それは別に良いことなんでは…」

「何故でござるか」

「あ、ああ、すいません。俺たちの世界とはまた違う考えですしね。
 えっと、それで?」

「それで、この世界の救世主の誘いを受けたでござるよ。
 そうすれば、臆病な自分に別れを告げることができるのではないかと…」

「いや、何となく言いたいことは分かるんだが、それはそれで救世主をなめているというか…」

「や、やっぱり?」

「うーん、上手くは言えませんが、世界の命運を握るべき救世主に、臆病な自分を鍛える為でなれるものではないかと。
 まあ、実際には分かりませんが、少なくとも、救世主候補の人たちは、それこそ毎日必死で鍛練や勉強をしてますからね。
 それこそ、仲間でありライバルでもあるみたいな感じですかね」

「その割りには、おぬしは少し違うと言うか…」

「まあ、俺は絶対に救世主になりたい訳ではないですから」

「な、何と!? そ、それはどうしてでござるか」

「どうしてと言われても…。俺の最終的な目標は、破滅を止めることですから。
 救世主と言いうのは、その為の手段ですから。だから、もし誰かが救世主となったのなら、その人と協力するだけです」

「お、おおー! 拙者、おぬしが羨ましいでござる」

「羨ましい? どうして、また」

「先程、美由希殿に聞いたのだが、おぬしたち兄妹もつい最近、ここに来たばかりというではないか。
 そんな右も左も分からぬ新たな世界で、こうして地に足をつけ、自分に自信を持って日々を生きている……」

「はぁ!? ちょっと待て」

カエデの突然の言葉に、恭也は素っ頓狂な声を上げて止めるが、カエデは気にせずに続ける。

「それに引き換え拙者は……。自信も勇気もなく、自分の世界ですら、自らを保つこも能わず…。
 あまつさえ、救世主という甘言を言い訳にして、逃げるようにこの地に辿り着き、
 しかも、そこでも自分を見失って、こうして醜態を晒すとは……」

「おいおい。それは考え過ぎでしょう。第一、まだ俺以外の人にはばれてないし…」

「慰めずとも良い。自分の事は、拙者が一番良く分かっている…」

「いや、別に慰めではなく、単なる事実を…」

しかし、恭也の言葉は聞こえていないのか、カエデは暗い表情になって俯くと、まだ続ける。

「拙者は駄目な忍でござる。最早、生きていく価値もないくらいに…」

「んな。どうして、そこまで…」

「ああ、拙者が死んでも誰も悲しむ者のいないこの地であれば、自ら命を絶つことも、それほど良心の呵責は…」

「とりあえず、落ち着け。と言うか、俺の部屋で死のうとするな」

「そう。今まさに、こうして手首を掻き切ってしまえば……。
 って、そんな事をしたら、血がドバドバと出るではないか!」

「自分で冷静に突っ込みを入れている時点で、本当に死ぬ気はないだろう……」

呆れたように呟く恭也に対し、カエデはあくまでも真剣な顔付きのまま、悲しみに目の色を染める。

「うわぁぁぁん、これでは拙者、自ら命を絶つこともできないではないでござらんか。
 どうすればいいでござるか…」

「別に、血が出ない方法なんて、幾らでもあるだろう。窒息死や首を括るとか…。
 まあ、本当にされたら困るが……」

「困った、困ったでござるよ〜。いざと言う時に、自害も出来ぬ忍など、ますます存在価値がないでござる……」

「って、俺の言葉は無視か」

恭也の呟き通り、恭也の声は耳に届いていないのか、本当に困った様子を見せるカエデは、そこで恭也へと視線を向けると、
両手を胸のまで組み、まるで祈るようにして恭也へと詰め寄る。

「どうしたら良いでござるか〜、恭也氏」

「とりあえず、氏はやめてくれ」

「はうぅぅぅぅぅ、ふえぇぇぇぇぇ〜〜ん。
 びえぇぇぇぇぇぇん、うええぇぇぇぇぇ〜〜〜」

突然泣き始めたカエデに恭也は困ったように頭を掻くと、そっと息を吐き出し、そっとカエデの隣へと腰を降ろす。
それから、そっと手をカエデの肩に置き、もう一方の手で落ち着かせるようにそっと頭を撫でると、優しく語り掛ける。

「よしよし。分かったから、とりあえず、泣き止んでくれ」

いつの間にか、恭也のカエデに対する口調が変わっているが、本人もそれには気付いていない。
ただ、話しているうちに、レンやなのはたちを相手に話しているような感じになってしまったせいかもしれないが。

「うっ……、くぅ…」

落ち着いてきたのか、徐々に泣き止んでいくカエデの頭を優しく撫でながら、
目の前の人物と、昼間闘技場でやりあった人物が同一人物だとは信じがたい思いに駈られるのを打ち払いつつ慰める。
しかし、カエデは涙目で鼻を啜るのみだった。

「う、うぅぅ。拙者なんか、うえ、うえぇぇぇ」

「自分で自分の言った言葉に傷付くなら、言うなよな…」

「でも゛…だっでぇ〜」

「ああ、よしよし」

何か疲れるものを感じつつ、恭也は必死で頭を働かせ、一つの事を思いつく。

「よし、分かった。俺がカエデさんの自信を取り戻させてやる」

「え゛!?」

「どうだ、悪い話ではないだろう」

「し、しかし、今日会ったばかりのおぬしにそこまで迷惑を…」

「……そうだ。カエデさんは昼間、俺に負けたよな」

「は、はぁ、確かにそうでござるが」

「じゃあ、覚えてるよな。負けた者は一日、勝った者に指導を受けるっていうの」

「あ」

「どうやら、覚えているみたいだな。じゃあ、決まりだな。
 俺の指導をカエデさんは断わる事は出来ない」

「う、うぅぅ、そんな…せ、拙者のために、そこまで…。
 拙者、感激でござるよ」

「感激するのはまだ早い。
 明日の特訓は、かなり厳しいからな」

「分かったでござる。恭也殿……いや、師匠!」

「……ここでも、そう呼ばれる事になるとは」

「む、この呼び方はお気に召されませんでしたか? しかし、師として仰ぐ以上は」

「いや、まあ、別に構わない」

「そうでござるか。では、師匠、早速ですが、拙者の事はどうぞ呼び捨てで。
 師匠にさん付けで呼ばれるのは、拙者、落ち着かぬでござる」

「ああ、分かったカエデ。それじゃあ、明日から特訓だ!」

「お願いするでござる」

そう言って勢い良く頭を下げたカエデだったが、すぐに顔を上げると、そっと目を閉じる。
訳が分からずにきょとんとなる恭也に、カエデは少し照れながらも口を開く。

「それで、出来ればもう一度、頭を撫でて欲しいでござる。
 父上のようで、懐かしかったでござるから…」

そんなカエデに苦笑を零しつつ、恭也はそっとカエデの頭を撫でるのだった。





 § §





午前中最後の授業も終わり、今から昼休みという時間になる。
恭也の元へと美由希がやって来ると、声を掛ける。

「恭ちゃん、お昼ご飯行こう」

「あ、悪い、今日は…」

断わろうとした恭也の元へ、カエデがやって来る。

「師匠〜」

「カエデさん? って、え、師匠って?!」

戸惑う美由希を余所に、恭也は親しそうにカエデへと話し掛ける。

「おう。で、どうだった、初めての授業は」

「うむ、なかなか新鮮でござったよ」

「ござった?」

「特に集団戦闘のくだりなどは、我らの兵法と比べてみると面白いやも知れませぬ」

「成る程な。そう言えば、忍者も集団戦を結構使うんだったな」

「と、そんな事よりも、特訓でござるよ! 拙者、先程から昼休みが待ち遠しくて…」

「…拙者?」

「ああ、そうだったな。それじゃあ、行くか」

「早く、早く」

「美由希、そういう事だから、悪いが」

「……あ、うん、分かった」

「じゃあな」

「師匠、楽しみでござるよ。目一杯、体に叩き込んでくだされ〜」

「ああ、分かった。後で弱音を吐いても知らんぞ」

「望む所でござる」

そんな話をしながら去って行く二人を茫然と見ながら、美由希は知らずに呟く。

「なんなの、あれ?」

その美由希の呟きを聞いたのか、近くまで来ていたリリィが頭を抱え、その横ではベリオが呆れたような表情で立っている。

「アヴァター全土にその名を轟かせる救世主クラスが……。
 これは、何かの悪夢かしら……」

「はぁ、男の甲斐性に満ちているというのも問題ですね」

「甲斐性って、どういう事ですか?」

「あ、いえ、言葉のあやと言いますか。恭也くんの面倒見が良いという事ですよ、はい。
 別に変な意味とかは…」

「ベリオさん?」

慌てたように言い繕うベリオを、美由希はただ不思議そうに見ていた。



恭也たちは昼食を取った後、召喚の塔へと来ていた。

「このような所で、どんな特訓をするでござる」

「とりあえず、自信をつけるためにもまず、カエデ自身が言っていた勇気を付ける特訓だ」

「そのようなものが!」

「ああ、とりあえずは入るぞ」

恭也はそう言うと、先頭に立って塔の中へと入って行く。
と、中にはリコが居た。

「リコ、昼食はもう終ったのか?」

「はい。今日は少しだけ」

「少し。……それって、どれぐらいなんだろうな」

「はい?」

「ああ、いや、何でもない」

そんなやり取りをしていると、後ろからカエデが出てくる。

「リコ・リス殿でござったか」

「ん? 知ってるのかって、救世主クラスの全員とは自己紹介したんだったな」

「それもござるが、リコ・リス殿は、拙者の恩人でござるからして…」

「どういう事だ?」

不思議そうに尋ねる恭也に、代わりにリコが答える。

「私はただ、資格のある者に選択肢を与えただけですから」

「ああ、そういう事か。つまり、カエデに声を掛けて、アヴァターへと誘ったと…」

「はい」

「そうでござる。拙者のようなものでも、世界を救う事が出来る可能性があると、最初に勇気をくれたでござるよ」

「へえ、偉いじゃないか」

そう言うと、恭也は無意識にか、リコの頭へと手を置くと、優しくぽむぽむと何度も撫でる。

「…何をなさっているのですか?」

「何って、褒めている……ああ、すまない。つい、なのはたちにやっている癖で」

言いつつ、恭也はすぐには止めれず、数回ポムポムと撫で上げる。
それから、バツが悪そうに手を離すが、その手をリコは無意識に見上げ、

「…あっ」

名残惜しそうに小さな声を洩らす。

「ん? どうかしたのか?」

「ぁ…、その、お終い、ですか?」

「は?」

「あ、いえ」

照れたように思わず出たといった感じの言葉を飲み込むと、リコはいつも通りの表情へと変わると、恭也とカエデを交互に見る。

「それで、お二人は、どうしてここに?」

「おお、そうでござった。リコ・リス殿に続き、今度は師匠が拙者に勇気をくれようとしているのでござるよ」

そう言うと、カエデは尊敬の眼差しで恭也を見る。
それに照れ臭い者を感じつつ、恭也は懐から一本のロープを取り出す。

「師匠、それでどうするでござるか?」

「これは命綱だ。まず、これを腰に括り付けて…」

「それでどうするでござる?」

「ああ、後はそこの窓から飛び降りるだけだ」

「分かったでござる」

「とりあえず、このロープの端を柱に括り付けるから、ちょっと待ってろ。
 ……って、カエデ、そんな窓の縁に立って何をしている」

「何と申されても、ここから飛び降りるのでござろう?」

「ああ。だが、それはこの命綱を……」

恭也が言い終えるよりも早く、カエデはふわりと窓から外へと踊り出る。

「って、ちょっと待て!」

慌てた恭也が窓から下を覗き見れば、そこには無事地面へと着地したカエデの姿があった。
カエデは、窓から覗く恭也へと手を振り返し、

「師匠、次は上っていけばいいでござるか」

そう言うと、垂直の塔の壁を平然と登ってくるのだった。
それを茫然と見詰める恭也の背中に、リコが極めて平坦な声で尋ねてくる。

「ひょっとして、カエデさんの資質、お忘れですか?」

「……あ、忍者だったか」

「どうやら、忘れていたんですね」

「…ああ」

リコの言葉に恭也は神妙な顔付きで答えると、笑顔で上ってきたカエデに対し、
恭也はその神妙な顔付きのまま、重い口を開くのだった。

「すまん、この訓練は無駄だった…」



その後も、恭也はカエデに度胸をつける為に、色んな特訓を繰り返し、気が付けばすっかり日も暮れていた。
こうして、二人は今日の特訓を終えて恭也の部屋へと戻ってくる。

「はー、疲れたな」

恭也は自分の肩を軽く叩きながら、そう言う。
それを聞いたカエデは、恭也の背後へと周ると、

「師匠、肩でもお揉みしましょうぞ」

そう言って、恭也の肩を揉み出す。
その手付きや力加減のあまりの上手さに、恭也は少しうとうとしそうになる。
それを払うように首を振ると、恭也はカエデへと尋ねる。

「で、今日一日色々とやってみたけれど、度胸は付いたと思うか?」

「うーん、付いたような、付いていないような」

「まあ、今日だけじゃあまり分からないか」

「すいません…」

「いや、カエデの所為じゃないしな」

恭也の言葉に対し、カエデはやや俯きつつ、弱気な発言が口を付いて出る。

「結局の所、駄目なものは駄目なんでござろうか」

「おいおい。まだ結論を出すのは早すぎるぞ。もっと、自分に自信を持て」

「自信でござるか?」

「ああ、自分は度胸が付いたと信じ込んでみるとかな」

「しかし、拙者、自分が一番信じられるモノでござるのに……」

カエデの言葉に、恭也は思わず言葉を無くす。
その間にも、カエデはどんどん暗い顔をして、ぶつぶつと呟き出す。

「うぅ、どうせ拙者なんか……。折角、救世主候補となったというのに…。うぅぅ」

「…あんなに強いのに、何故、そこまでウジウジするんだ?」

そんなカエデを眺めながら、恭也は本当に不思議そうに呟くが、肝心のカエデは自分の言葉にどんどん落ち込んでいく。
それを見ながら、恭也は少し荒治療するかと気付かれないようにそっと息を吐き出すと、突然、高圧的な物言いをする。

「カエデ、そんなに自信がないのなら、救世主になるのは諦めろ」

「えっ!? …し、師匠?」

突然の言葉に、いや、内容よりも、冷たい言い方になった恭也に戸惑いつつ、カエデは伏せていた顔を上げる。
そこには、カエデが見たこともないような冷たい眼差しを向ける恭也がいた。

「ど、どうしたでござるか」

「別にどうもしないさ。ただ、いい加減、疲れただけだ。
 それよりも、今日一日付き合った礼でもしてもらおうか…」

そう言うと、恭也はカエデをそのままベッドへと押し倒す。

「し、師匠! そ、そんな嘘でござる。師匠は、拙者の師匠は、このような…」

「何を言っている。お前が知らないだけで、本来の俺はこっちだ。
 さて、抵抗しないのなら、このまま頂くぞ」

「師匠、目を覚ましてくだされ!」

「しつこいな。充分、目なら覚めてるよ」

そう言うと、恭也はカエデの服に手を掛ける。

「う、うぅぅぅぅ。うえぇぇぇぇぇぇ〜」

本気で泣き出してしまったカエデを見て、恭也はこれも駄目かと溜息を吐き出す。

「あー、悪かったカエデ。今のは冗談というか、特訓のつもりだったんだが」

「う、うぅぅ、と、特訓でござるか」

「ああ。流石に、あそこまでやれば嫌がって、俺を跳ね飛ばすぐらいはするかと思ったんだが」

カエデにはそう言ったが、本当の目的はその後で、そのまま更に強引にカエデへと迫り、戦闘にまで発展させる予定だった。
そこで、恭也はある程度戦った後、わざと負けて自信をつけさせようとしていたのだが、失敗に終る。
それどころか、目に涙を溜めてこちらを見上げてくるカエデに、逆に罪悪感を抱く恭也だった。

「本当にすまない」

「う、うぅぅぅ。せ、拙者、本当に驚いたでござるよ。
 し、師匠が別人になったのかと。う、うぅぅぅぅえぇぇぇぇぇ」

「俺が悪かったから、泣かないでくれ」

「こ、これは、安心したからでござるよぉぉぉぉ」

「…何て難儀な」

そう呟いた後、カエデが完全に落ち着くまでの間、ベッドで寝転ぶカエデの横に腰を降ろし、恭也はカエデの頭をそっと撫でていた。
ようやく落ち着いた頃を見計らい、

「とりあえず、これからも特訓はしていこう。
 カエデ、俺についてこいよ。そして、一緒に世界を救おう」

「……拙者、何処までも付いていくでござるよ!」

そう笑顔で返すカエデに照れ隠しなのか、恭也は意地悪そうに尋ねる。

「それよりも、さっき、あのまま俺が止めなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「……し、師匠なら、別にいいでござるよ」

「…………」

カエデの答えに、余計に照れることとなる恭也だったが、それを何とか打ち払い、今思いついたように口を開く。

「そういえば、まだ気になることがあるんだが…」

「何でござるか」

恭也はベッドに横たわるカエデの髪の毛を無意識のうちに指で掬いながら、そう尋ねる。

「何で、本番では実力が出せなかったり、血が弱いとか分かっていて、救世主候補に志願したんだ?」

「それは…」

「元いた世界だったら、臆病者とか言われても、それなりに生活はできたんじゃないのか」

「確かに、後方支援や伝達係等、なすべき役目は幾つも」

カエデの言葉に頷きつつ、恭也は言う。

「だろう。だが、救世主は破滅を倒すことだけが役目だ。
 結局のところ、それは斬ったり、射たり、焼き払ったりといった、やり合いだ。
 それだけのために、俺たちは呼ばれたと言っても良いと思う」

「……確かに」

「なあ、カエデ。お前は、本当は逃げて来たとか、鍛えに来たという訳じゃないんじゃないのか。
 どちらをするにしても、ここアヴァターは救世主にとって、あまりにも危険な場所だ。
 本当のところ、どうしてアヴァターに」

恭也の言葉に、カエデは身体を起こし、そっと目を閉じて何事かを考える。
それをただじっと恭也は待つ。
やがて、静かに目を開けたカエデは、神妙な顔付きで口を開く。

「今から話すこと、暫くは他の方々には秘密にしておいてくださらぬか?」

その言葉に、恭也は静かに頷き、それを見たカエデは静かに語り始める。

「拙者がここに来た理由、それは会いたい人間が、元の世界にはいなかったからでござる」

「何か、抽象的だな」

「師匠には隠すつもりはござらん故、なんなりと問うてくだされ」

「そうか。…それじゃあまず、会いたい人が元の世界に居ないというのは、その…」

恭也は少し聞き辛そうにしつつも、それで自棄になって、とかではないかと心配して聞く。
それに対し、カエデは変わらぬ口調で答える。

「言葉通りでござるよ」

「そ、そうか…。それは、すま…」

「父を拙者の目の前で惨殺し、その場からのうのうと時空の扉をこじ開け、消えてしまったのでござる」

「はぁ?」

「どうかしたでござるか」

てっきり、大事な人が亡くなったとかそんな事かと思っていた恭也が思わず上げた素っ頓狂な声に、
カエデが不思議そうな顔を向ける。
それに対し、恭也はやや引き攣ったような顔をしつつも首を横へと振る。

「い、いや、何でもない。つまり、カエデの会いたい人というのは、父親の仇という事か」

「そうでござる。拙者がまだ、年端も行かぬ子供だった頃の話なので、細部に間違いがあるやも知れぬが…」

カエデはそこまで言ってから一息入れる。
それから、再び口を開くと、続きを語りだす。

「その男は、突然、拙者たちが住む隠れ里に現れたでござる。
 最初は礼を尽くし、頭領である父へと面会を申し入れてきたでござる。
 父も、その客人を歓待し、一晩泊めることとなったでござるよ。
 そして、その晩…」

カエデは少し言葉を詰まらせると、僅かだが身を震わせる。
それを見た恭也は、止めようと口を開きかけるが、それをカエデ自身が制する。

「師匠には聞いて欲しいでござるよ。良いでござるか」

「…ああ、分かった。だが、大丈夫なのか」

「はい。ただ、少し手を…」

そう言って差し出してきた手を、恭也はそっと握り返す。
それで幾分落ち着いたのか、カエデは恭也に繋いでもらった自分の手へと視線を落としつつ、ゆっくりと話を再開させる。

「蔵の中から人の争う声が聞こえ、拙者が開いていた扉を開けて中に入った瞬間…。
 拙者の身に何かが浴びせられたでござる。
 それは、人肌の温もりで、ぬめりとして、そして錆び臭く、そして、最初は暗闇で色までは分からなかった…。
 ……その後すぐ、物音を聞きつけて蔵に集まってきた家人が、拙者を照らし出して……。
 そこで、拙者は初めて自分の姿を見ることができたのでござる。
 父の背中から吹き出した血で、全身を真っ赤に染め上げている自分の姿を……」

「まさか、血が怖いというのは…」

恭也の呟きに、カエデは小さく頷く。
また震え抱いたカエデの身体を見て、恭也は手を握っている方とは逆の手でそっと肩に触れる。
暫くそうしてじっとしていたが、震えが収まってきたのを見て、恭也は酷だとは思いつつも尋ねる。

「それで、その男は?」

「残念ながら、ここには無かったようだと呟くと、蔵の奥へと歩み寄り、そのまま姿を消したでござる。
 勿論、その後、家人たちが蔵の中を隈なく探したでござるが、隠し扉はおろか、男の潜んでいた痕跡一つ発見できなかったでござるよ」

「だったら、どうしてその男が時空を渡ったと分かったんだ?」

「…最近までは、そのような可能性に気づきもしなかったでござるよ」

「そうか…。つまり、リコか」

「別次元からの干渉、そして、召喚。辻褄が合う」

カエデは恭也の発した言葉に頷きながらそう答えるが、恭也は逆に不思議そうに言う。

「しかし、その男、赤の書もなしに時空を渡ったのか?」

「師匠も、そうらしいでござるな?」

「ああ、そうらしい。だが…」

「分かっているでござるよ。師匠が仇ではないということは。
 ただ、奴も同じ方法で渡ったとすれば…」

「可能性はゼロではない、という事か。いや、寧ろ、それしか考え付く可能性がない、か」

「そういうことでござる」

カエデがそう締めくくると、部屋の中を静寂が包み込む。
それをカエデが殊更明るい声で破る。

「申し訳ない。ちと暗い話に終始してしまってござるな。
 このような、らぶらぶの場面にはそぐわぬ内容でござった」

冗談めかしてそう言うカエデの気持ちを悟り、恭也もそれに合わせる。

「だな。折角の良い場面だったのにな」

「…先程も申したように、拙者は別に構わぬでござるよ」

「あのな。冗談でも、そんな事を…」

恭也がそう言って止めようとするが、カエデは聞いていないのか、そのまま続ける。

「師匠の嫁になら、拙者、喜んでなるでござるよ!」

「…………はい!? どこをどうして、そんな話になったんだ?」

「ですから、師匠と拙者が肌を合わせるという事は…」

「……な、なる程、確かにその考え方はあながち間違いではないが」

言いつつ、恭也の脳裏にある人物の顔が浮かび、それを慌てて振り払うかのように頭を激しく振る。

「どうかしたでござるか、師匠」

「あ、いや、何でもない。それより…」

恭也が言い終わるよりも早く、カエデが小さく欠伸をかみ殺したような声を出す。

「あふ…」

「…疲れたのか」

「……ただ話しただけでござるに、少し体力を消耗したようでござる」

言いつつ、カエデの瞼は今にも閉じられようとしていた。
さっきの話だけでなく、昼から行った鍛錬の所為でもあるのだろうと恭也が思っていると、
とうとうカエデは睡魔に勝てずに、そのままベッドに倒れこむ。
恭也はカエデの手をそっと離すと、横たわるカエデを見下ろす。
カエデはよっぽど疲れていたのか、完全にそのまま恭也のベッドで寝入ってしまう。
そんなカエデに苦笑を零しつつ、恭也はそっと毛布をカエデに掛けてやる。
それから改めて部屋を見渡し、もう一度寝ているカエデへと視線が戻った所で、恭也は小さく呟いた。

「それで、お前がそこで寝たら、俺は何処で寝たら良いんだ……」

かと言って、気持ちよさそうに寝ているカエデを今更起こすのも気が咎め、
結局、恭也は床にそのまま寝そべると、目を閉じるのだった。
翌朝、先に起きたカエデがそれを見て、ひたすら謝り倒したのは言うまでもない。

「うぅぅ、本当に申し訳ないでござるよ。師匠を床で寝かせて、弟子である拙者が布団でのうのうと寝るだなんて。
 拙者は、拙者は……」

「気にしなくて良いから、顔を上げてくれ〜」

そんなやり取りが、暫く繰り返されたとか…。





つづく




<あとがき>

さて、いよいよ次回はカエデがこの世界に来た理由〜。
美姫 「もうすぐで、本編に沿った形で進むのもお終いね」
うーん、後ちょっとだな。
でも、基本的には本編通りに進む予定だから、もう少しはなぞる形になるかな。
美姫 「さて、それじゃあ、また次回で」
ではでは。

<あとがき2>

という訳で…。
美姫 「何が、と言う訳よ!」
あははは。次回へと回す予定だったんだが、こっちに加筆という形で付け加えました。
美姫 「どうして?」
いや、当初は、翌日になってからこの話を出す予定だったんだけど、ちょっと色々とあって、こっちに纏めた。
美姫 「色々って?」
いや、次回の話が長くなるかもしれない事と、原作の方でも同じ日に説明してたから。
美姫 「じゃあ、当初の予定だった、あのシーンはカットね」
まあ、シーンといっても、単に恭也とカエデの昼間の会話パート2だしな。
美姫 「折角のオリジナル展開だったのに」
でも、話の内容は原作通りだしな。それに、あれはまた違うキャラで使う予定だ。
美姫 「あ、そうなんだ……。って、一番の理由はそれ?」
なははは。とりあえず、次回もお楽しみに〜。
は、早ければ、次回でちょっと変わった展開を少しだけする予定です!
美姫 「遅ければ、次々回って事ね」
お前は、一言多いよ!
美姫 「はいはい。それじゃあ、今度こそ本当にまた次回で!」
ではでは。(Part2)




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