『DUEL TRIANGLE』
第九章 恭也VSリコ・リス
「師匠〜、早くするでござるよ〜」
「あ、ああ…」
闘技場にカエデの元気な声が響く。
そんなカエデを見ながら、この授業の担当であるダリアが少し呆けたように呟く。
「これは、どういう事なのかしらねん?」
このダリアの言葉に答える者はおらず、全員が茫然とした感じでフィールドに立つカエデとその傍に寄って行く恭也を見ている。
「早く早く〜」
急かすカエデに苦笑を洩らしながら、恭也も同じようにフィールドへと降り立つ。
これから行われる授業は、席次を決める試験ではなく、普通の実技授業である。
あらゆる場面を想定しての授業で、今回の内容は二対二のタッグマッチである。
それを聞いた当初、どうペアを組むかで話し合っていたのだが、カエデは先に一人でフィールドへと降りたのだった。
そんなカエデへと、ベリオが少し疲れたような声で話し掛ける。
「カエデさん、私たちの話、聞いてらしたかしら?」
「ぬ?」
ベリオの言葉に首を傾げるカエデへと、美由希も遠慮がちに言う。
「その、どういうペアを組むかは、皆で話し合ってって…」
「他の組み合わせに関しては、関知しないと思うしたはず。
自由に決めて結構でござるよ」
「だ、だから、恭ちゃんのペアは…」
「おお、そういう事でござったか」
「ござったも何も…」
カエデが少し嬉しそうな声を出して、美由希の言葉を遮る。
「しかし、拙者は師匠と一心同体ゆえ離れる事が不可能なのでござるよ。
誠に申し訳ないでござるが」
カエデのその言葉に、美由希とベリオの眼差しがきつくなり、二人はその視線をカエデから恭也へと移す。
恭也は得も言えぬ寒気を感じ、思わず辺りを見渡すが、特に何も見つけられず、気のせいかと思う。
そこへ、静かでいて、妙に威圧感のある声で美由希が声を掛けてくる。
「恭ちゃん〜……、これは一体、どういうことなのかしら〜?」
「これとは?」
「だから、今、カエデさんが言った……」
「さて、そのような事より、我々の相手となるペアはどなた方でござるか?
遠慮はせぬので、覚悟めされよ」
美由希を遮った言ったカエデの言葉に、ベリオは疲れたように呟く。
「ああ、前衛系が二人っていうのは、バランスが悪いのに……。
折角、前衛系三人、後衛系三人になったのに…」
ぼやくベリオへと、美由希がはっきりとした口調で告げる。
「ベリオさん、組みましょう」
「み、美由希さん?」
「恭ちゃんなんか、コテンパンにしてやるんだからっ!」
「ふっ、面白い」
一人、事情が飲み込めていない恭也は、美由希の言葉を挑戦を受け取ったのか、本当に面白そうに微かに笑みを浮かべる。
そんな四人のやり取りを蚊帳の外で眺めていたダリアは、とても楽しそうな声を上げる。
「あららららん〜」
それとは対照的に、リリィは顔を顰めつつ、今にも頭を抱え込まん程に肩を落としながら軽く首を振る。
「ああ……。アヴァター全土にその名を轟かせる救世主クラスが…………。
はぁ〜、何? ここは幼稚園なの? 一体、いつから? きっとあの馬鹿が来た時からね……」
リリィの呟きにも、リコはただ無言で目の前のやり取りをじっと眺めている。
すると、美由希が右手をすっと地面と水平になるぐらい持ち上げ、すっと息を吸い込むと、言葉と共に吐き出す。
「セリティ、力を貸して! 限界を超えた力をっ!」
「み、美由希さん?」
突然の美由希の行動にベリオが慌てて声を上げる中、恭也は冷静に同じくその手を僅かに持ち上げて、短く呟く。
「来い、ルイン」
「ちょっと、二人共、まだ開始の合図は…」
ベリオが止めようとするが、元々、この二人の鍛錬には開始の合図などなく、不意打ちにも近い美由希の斬撃を、
恭也は余裕を持って後ろへと跳んで躱す。
同時に、恭也のすぐ前、美由希と恭也との間にカエデが割って入る。
「師匠はそこで休んでくだされば良い。ここは拙者は」
そのカエデの行動と言葉に、美由希は眦を上げ、カエデへと走り出す。
それを見ながら、ベリオがダリアへと視線を飛ばすと、ダリアは分かっていると言わんばかりに笑顔で手を振り返し、
「それじゃあ、始めっ♪」
止めるどころか、遅まきながら開始の合図を入れるのだった。
それにベリオは思わず突っ込みそうになるが、開始の合図が出た以上はと気持ちを切り替え、美由希を援護すべく杖を眼前に構える。
「シルフィス!」
ベリオの言葉と共に光の輪が現われ、美由希の後ろからカエデへと向かう。
カエデは美由希の小太刀を手甲で弾きながら、地を蹴ると空中にその身を舞わす。
後を追うように飛び上がろうとする美由希へとクナイを投げつけ、その動きを止めると、そのまま美由希へと降りて行く。
その右手に雷を纏わせて。
それを見た美由希は、恭也との戦いで見せたのを思い出し、後ろへと跳び退る。
美由希の眼前を、雷光が上から下へと走り、その時生じた風圧に僅かに目を窄める。
そこへ、地を這うように低い姿勢で美由希へと近づいたカエデが蹴りを放つ。
ただの蹴りではなく、あまりの速さで繰り出されるソレは、片足で繰り出されているはずなのに何本にも見える。
美由希はそれを必死で受け止めながら、カエデの軸足へと鋭く蹴りを放つ。
しかし、それはカエデに軽く跳んで躱され、カエデはそのまま地に付くよりも早くその手を美由希へと伸ばす。
カエデの腕から炎が発せられ、美由希へと襲い掛かる。
それを転んで避けながら、美由希は目の前に立つカエデを用心深く見詰める。
「ふむ、流石は師匠の妹君。なかなかの動きでござる。
ですが、まだまだ甘いでござるよ。全体の動きが綺麗すぎるでござる。
故に、読みやすい。それに、連続して攻められると、途端に防戦一方となるみたいでござるな」
「くっ」
口惜しいがカエデの言う通りで、美由希はそれを認めると、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと小太刀を握った腕を後ろへと引き絞る。
美由希の動きを見て、カエデは微かに目を細めると、表情を引き締める。
一方の恭也は、カエデが最初に空中へと跳んだ瞬間、ベリオへと向かって走っていた。
恭也の見る限り、接近戦では今の所は美由希よりもカエデの方が上だろうと見て、自分はベリオの援護を封じる作戦へと出る。
恭也が自分へと向かってきているのを見て、ベリオは援護から恭也への攻撃へと変更する。
恭也が魔法を切り裂く事は前回の戦いで分かっているので、慎重に狙いを澄ませる。
ベリオとしては、接近されれば恭也に勝てないと分かっているので、何とか距離を取りつつ、魔法を放っていく。
それを恭也は悉く躱し、ルインで切り裂く。
それでも、その隙にベリオは恭也との距離を開ける事に専念し、決して距離を縮めようとはいない。
恭也は途中で足を止めると、ルインを一刀だけ出現させ、それを腰の付近へとまるで抜刀するように構える。
動きを止めた恭也に対し、ベリオは用心しながら、杖を恭也へと向けて力ある言葉を解き放つ。
「ホーリースプラッシュ!」
それとほぼ同時に、恭也は小さく息を吐き出すと、ルインを抜刀するかのように横へと振るう。
瞬間、ルインから三日月の形をした黒いものが飛び出す。
それはベリオの魔法を切り裂くと暫らく進んでその姿を消す。
一瞬呆気に取られたベリオだったが、すぐさま杖を構えなおし、第二波を放とうとするが、既に恭也が目と鼻の先まで来ており、
ルインがベリオへと伸びていく。
ベリオは自身の召還器である杖でルインを防ごうとするが、あっさりとルインによって弾き飛ばされる。
恭也はベリオの手首を掴み上げながら背後へと周ると、その首筋に刃を当てる。
「…これで、俺の勝ちだな」
「そうですね。私の負けですね。でも、さっきのアレは何?
魔法ではなかったみたいだけど…」
初めてみた恭也の遠距離からの攻撃に、ベリオがそう尋ねる。
それに対し、恭也はルインをベリオから離しつつ答える。
「飛ぶ斬撃といった所かな」
「飛ぶ斬撃?」
「ああ。俺も遠距離からの攻撃方法を出来ないかと考えてたんだ。
でも、魔法は全く分からんからな。それで思いだしたんだ。
俺たちの世界では、居合というのがあってな、達人レベルになると、2〜3メートル程も離れた蝋燭の火を消したらしい。
で、ルインの力を使えば出来るんじゃないかと思ってな」
「それが、アレなのね」
「ああ、ルインのお陰で飛距離が5メートルは出せるんだが、如何せん、目に見えるのが問題だな。
本来なら、カマイタチのような現象だから、目には捉え難いんだが…。
その辺りが課題なんだが、こればかりはルインの力を使っているから仕方がないのかもしれないし。
後は、もう少し距離を伸ばしたいな」
「伸ばせるの?」
「どうだろうな。だが、初めての時は、1メートルぐらいしか飛ばなかった事を考えれば…。
と、まだ試合の途中だったな」
「私は負けたから、もう参加できないけれど、恭也くんは良いの? カエデさんの援護に行かなくても?」
「いや、現状では、俺の援護はいらんだろう。というよりも、あっちも決着が着きそうだが」
恭也が目を向ける先では、美由希が今しも射抜を放たんとしていた。
それを眺めつつ、恭也は思い出したかのように言う。
「2対2の試合だったが、殆ど個人戦だったような気がしなくもないな…」
「確かにね。これじゃあ、連携とかの練習にならないわよ」
文句を言いつつも、ベリオも美由希たちの動きを見詰める。
美由希が地を蹴り、カエデへと向かう。
その速さは今までの中でもだんとつで、美由希の腕が伸ばされて小太刀が前へと突き出される。
それを今まで動かずにじっと見詰めていたカエデは、眼前に刃が迫った瞬間、手甲を刃の腹に当てる。
美由希の力の流れを変えて、そのまま前へと進み出る。
力の方向を変えられた美由希だったが、すぐさま踏ん張りながら手を返し、下からの斬り上げへと派生させる。
その動きに多少驚きつつも、カエデは全く動じずに無造作にも見え兼ねない感じで手を差し出す。
カエデの手は見事に美由希のセリティを持つ方の手首を捕まえる。
そのまま、その手を捻るように上へと持ち上げつつ、身体を美由希の懐へと入れ、自分の背中を美由希の胸に密着させる。
瞬間、美由希の身体が宙を舞い、そのまま地面へと叩き付けられる。
どうやら受身はしっかりと取ったらしく、美由希は顔を歪めながらも立ち上がろうとする。
しかし、そこにカエデの手刀が目の前へと差し出され、美由希はそのまま地面へともう一度倒れる。
「拙者たちの勝ちでござるな」
「う、うぅぅ」
にっこりと微笑むカエデに、美由希は悔しそうな顔をしつつも、負けを認めるのだった。
そんなカエデの動きを横で見ていたベリオが茫然といった感じで呟く。
「強い……。カエデさん、本当に強いわ」
「恭ちゃん、どうして前衛同士で組むのよぉ。こんなの不公平だよ〜」
「そうは言われてもな。それに、先に仕掛けてきたのはお前だろうが。
今更、何を言っている」
「うぅ、でもでも。前衛の私が同じく前衛であるカエデさんに押さえられて、
後衛のベリオさんにまで前衛の恭ちゃんが向かったら、連携所じゃないよ。練習にならない…」
ぼやく美由希に向かって、カエデが至極真面目な顔で告げる。
「誠に申し訳ないが、拙者は師匠意外と組む気はないので…」
「え、え〜っと、でも、流石にそれだと色々な場面を想定した訓練ができないんだけど〜」
カエデのこの発言にさしものダリアも口を挟むが、カエデは何処か嬉しそうに反論する。
「しかし、拙者、師匠に俺に付いて来いよ、とプロポーズされた以上、操を立てる必要があるのでござる」
「はぁ!? カエデ、何を言って…」
「……へっ!?」
「ぷろ、ぷろぽぉず?」
美由希が素っ頓狂な言葉を上げたかと思えば、ベリオまでまるで何か知らない言葉でも聞いたかのように呟く。
そんな二人の反応を余所に、更には恭也の言葉さえも聞こえていないのか、カエデは嬉しそうに恭也へと言う。
「という訳で師匠、今夜も部屋へとお邪魔しても宜しいですか。
何でしたら、昨夜の続きをして頂いても、拙者は一向に構わんでござるよ。
昨夜は、拙者が先に寝てしまった所為で、師匠には迷惑を掛けたでござるが、今夜は大丈夫でござるから…」
「えっ!? えっ? さ、昨夜……?」
「昨夜の続き? 先に寝た? 恭ちゃん、一体、どういう事なの?」
「ど、どういう事なんだろうな。カ、カエデ……?」
恭也はカエデの発言に冷や汗を流しながら、その名を呼んで誤解を解かせようとするが、
それよりも早く、何かが切れるような音を聞いたような気がした。
そして、その発生源をゆっくりと見れば、そこにはゆっくりと立ち上がりながら、その手に召還器を握り締める美由希の姿があった。
「セリティ、私の生命力をあげる。
だから、限界を超えた力を……ううん、それさえも更に越え、全てを無に還すほどの力をっ!」
「ば、馬鹿か、お前は!」
「五月蝿い! 覚悟、恭ちゃん!」
「ばっ、本当に危ないだろうがっ!」
美由希の攻撃から避ける恭也だったが、微かに腕が掠り、僅かに血が滲み出す。
「あっ、まずい。カエデ、見るな」
咄嗟に恭也が叫ぶが、既に遅かったようで、カエデは顔面を蒼白に変えると、
「し、ししししし、師匠〜〜〜!! 血っ、血が出てるでござるよーーーーーー!
あ、あかっ、赤いでござるぅぅっ!! ……きゅぅ」
カエデはそう叫ぶと、そのまま気を失うのだった。
§ §
「さて、今日の授業は破滅について少し考えてもらう為に、少し話をしましょう」
そう言って、ダウニーは救世主候補たちの顔を見渡した後、ゆっくりとした口調で話し始める。
「そもそも破滅がいつ頃生まれ、破滅として世界を蝕み出したのか、それは正確には分かっていません。
そればかりか、破滅と呼ばれるものがどうして起こるのか、何を目的として誕生し、
世界の人々を襲うのかさえ分かっていないのです」
ダウニーが話している途中だったが、リリィが手を上げて発言を求める。
それにダウニーが頷いたのを受け、リリィが口を開く。
「目的なんて、破滅は世界を破滅させようとする病巣だからこそ、破滅と言われているんじゃないんですか?」
「確かに、破滅は大勢の人々を殺し、町と農地を破壊して耐えられぬ痛みと悲しみをもたらします。
しかし、破滅が破滅と呼ばれ出してからも、一度たりとして世界が本当に滅んだ事はないのです。
もし、世界が死滅していたら、私たちの誰一人、ここには居ない訳ですからね。
それは、何故なのでしょうね?」
「それは、その都度、歴代の救世主たちが見を呈して世界を救ってきたからです!」
「確かにそうでしょう。しかし、歴史に残る限り、救世主が世界を救えるのは、いつも大勢の人々が死に絶えた後です。
本当に救世主が破滅から世界を救う者ならば、彼女たちが救世主に目覚めた時に、速やかに破滅は去り、
世界は救済されていなければならないはずです」
リリィの意見に対し、すぐさま切り替えしたダウニーだったが、その言葉を聞き、リリィの眦が少し鋭くなる。
「先生! 今の言い方では、まるで救世主が役立たずのように聞こえます。
訂正してください!」
「救世主が役立たずだなんて言うつもりはありませんよ。
ただ、破滅の目的が謎であるように、救世主の役割そのものも我々には分かっていないのだという事を言いたかったんです」
少しだけ声を荒げるリリィに対し、ダウニーはあくまでも淡々と答える。
そこへ、今度はベリオが口を挟んでくる。
「救世主の役割は、当然、破滅を滅ぼして人々を救うことではないのですか?」
「ふっ、破滅を滅ぼす、ですか…。
矛盾した言い様だと思いませんか?」
そう言ってダウニーは一度全員を見渡す。
それぞれの顔に困惑めいたものが浮かんでいるのを見た後、ダウニーは続ける。
「破滅を滅ぼせるものが、破滅以外にいるというのですか?」
「その矛盾を力でもって可能にする存在こそが、救世主なのではないですか!」
「だが、その救世主がどのようにして破滅から世界を救ってきたのか。
それを覚えているものは、現代には誰もいないのです」
そこまで言ってダウニーが一区切り付くと、美由希がおずおずと発言する。
「どのように救ってきたのかと仰りましたけれど、召還器を呼び出して、破滅を倒したんじゃないんですか?
だから、召還器を呼べる私たちが異世界から召喚されて集められているのでは?」
「ええ、救世主が召還器を用いて奇跡を行うことは確かです。
しかし、その奇跡の具体的な中身が伝えられていないのですよ」
「だったら、私たちの誰かが救世主になったとしても、どうやって破滅から世界を救えば良いのかは、分からないって事ですか?」
「それは、『導きの書』だけが知っていると言われています」
ダウニーから出た初めて聞く言葉に、全員が不思議そうな顔をする。
それを見て、ダウニーがそれについての説明を始める。
「神が宇宙を創生された時に、その進路を決めるべき者に世界の真実を教える為に書いたとされる書です。
その書には、破滅が生まれた訳、救世主が生まれた訳、どうすれば世界を死の滅びから救えるかが書かれていると言います」
「ほ、本当にそんな書が…」
茫然と呟いたベリオに、ダウニーははっきりと告げる。
「ええ、あります」
「じゃあ、それを手にした人が救世主という事ですか?!」
勢い込んで尋ねてくるリリィに、ダウニーは頷きながらも、否定する。
「そういう事になりますね。しかし、それは無理でしょう」
「どうしてです? どんな困難があろうと、その書を手に入れられれば、破滅を永遠に消滅させられるかもしれないんですよ」
「何故なら、書は千年前の救世戦争で失われてしまったからです」
ダウニーの言葉に唖然となる美由希たちを見ながら、ダウニーは続ける。
「詳しい事は分かっていませんが、私はそれまでの救世主には無かった事態が、千年前には起こり、
それ故に、王家は次の救世主を生み出すために、この学園を作ったのではないか思ってます」
「千年前に……」
そっと呟くリリィの横で、ベリオはダウニーへと質問を投げる。
「じゃあ、その導きの書が見つからなければ、私たちのうちの誰が救世主となっても、
真の意味で世界を救う事は出来ないという事ですか?」
「いえ、そうと限った訳ではありません。
ただ、破滅の意味について考える事も、救世主の真の役割を知ることに繋がるのだと、覚えていて欲しかったのです」
そう締め括ると同時に、チャイムが鳴り響く。
「もうこんな時間ですか。それでは、午後の実技訓練まで自習にしましょう。
各自、今言った事をもう一度よく心に刻んで、今後、救世主としてどうすれば良いのかを考えて勉強してくださいね」
そう言うと、ダウニーはベリオへと頷く。
それを受け、ベリオが号令を掛けると、ダウニーはそのまま教室を出て行った。
それを見送った後、美由希は少し呆れたように隣に座って、肘を付いた状態で手に顔を乗せて微動だにしない恭也の肩に手を置く。
「恭ちゃん、授業終ったよ」
「…あ、ああ。分かっている」
「アンタね〜、授業もまともに受けれないの!」
美由希に肩を揺すられて顔を手から離した恭也へと、すぐさまリリィが喰って掛かる。
それに対し、恭也は平然としたまま返す。
「ちゃんと受けていただろうか」
「嘘ばっかり。寝ていたじゃない!」
「寝てなどいない。あれは、目を瞑って考えていただけだ」
「おおー、流石は師匠でござるな」
「……このバカバカ師弟コンビが……。
寝てないって言うんなら、途中で手から顔が落ちそうになったのは何故かしら?」
そう言って突っ込むリリィに、ベリオは聞こえないようにそっと呟く。
「何で、リリィがそんな事を知っているのかしら。
それこそ、ちゃんと授業を聞いてないで、恭也くんの事を見ていたんじゃ…」
しかし、その呟きはリリィに聞こえたらしく、リリィは勢い良く振り返ると、ベリオへと詰め寄る。
「変な事言わないでよね、ベリオ! 私はたまたま、その場面を目撃しただけなんだから!
そ、それよりも、アンタ、まだ寝てないって言い張るつもり?!」
「…あれは、睡眠学習と言って、最低限必要な睡眠を取りつつ、話を聞くという高等な技術なんだぞ」
「お、おおー、やはり師匠は凄いでござるな。
拙者、大変感服致しました」
「……だったら、さっきの授業の内容を覚えてるわよね?
言って御覧なさいよ」
リリィは勝ち誇るように胸を張り恭也へと詰めより、カエデは何かを期待するような眼差しで恭也を見詰める。
その二人から少し離れ、ベリオは困惑した顔で恭也とリリィを見比べ、
美由希は何かと突っ掛かってくるリリィに何か言いたそうな顔をしつつも、いつもと同じ視線を恭也へと向ける。
リコの姿は既に教室にはなく、全員の視線が恭也へと向かう中、恭也はゆっくりと口を開く。
「簡単に言えば、破滅や救世主に関しては不明な部分が多いという事。それと、導きの書に関してだな」
「う、嘘……」
「流石、師匠でござる〜」
茫然と呟くリリィと、感動して恭也を見つめてくるカエデの間を通り、恭也は教室の扉へと向かう。
「とりあえず、午後までは自習みたいだから、俺はもう行くよ」
「え、ええ」
恭也の言葉にベリオは戸惑いつつも何とか返事を返す。
三人がそれぞれの視線で恭也を見送るその後ろでは、美由希がほっと胸を撫で下ろしていた。
(はぁ〜、御神流に伝わる、言葉を使わない意志伝達の技を私が覚えていなかったら、どうするつもりだったのよ、恭ちゃん〜)
僅かに疲れたように指を擦り合わせつつ、美由希も教室を後にした。
§ §
恭也は欠伸を噛み殺しつつ、睡眠に最適な場所を探していた。
と、その目が一つの建物に止まる。
「ふむ。今の時間なら、誰もいないだろう。
まあ、普段もあまり人を見かけないしな」
そう言って恭也は教会の扉を押し開け、中へと足を踏み入れる。
「さて、ゆっくりと……、ん? あれは…」
恭也が教会の奥へと目を凝らすと、向こうもこちらに気付いたのか、嬉しそうに駆けてくる。
「ダーリン〜♪ うれし〜、やっぱり二人は結ばれる運命ですの〜♪」
そう言って恭也の傍へと来たのは、いつぞやのゾンビの少女だった。
その姿を認めると、恭也は不思議そうに尋ねる。
「どうして、こんな所にいるんだ?
アンデッドなのに、何ともないのか?」
「ん〜、よく分かんないです〜」
「そうか。分からないものは仕方がないな」
ここに他のものが居たら、間違いなく突っ込まれていそうな事を平然と言っ納得する恭也だったが、
生憎、ここには他には誰もおらず、そのまま会話は進む。
「そうですの〜。難しい事は分からないですの〜。
……にゅ〜」
そう言ったかと思ったら、急に変な声を上げた少女に恭也はどうしたのか尋ねる。
それを受け、少女は礼拝堂の方をじっと見詰める。
「このきらきらしているの気になりますの〜」
「礼拝堂のシンボルが、か?」
少女の見詰める先には、この教会のご本尊とも言える神のシンボルが飾られ、
背後のステンドグラスから差し込む日の光によって、キラキラと輝いていた。
それを眺めつつ、恭也は隣に立つ少女へと問い掛ける。
「ひょっとして、生前は僧侶だったのか?」
「んー、分からないですの〜。ただ、このキラキラを見ていると、とっても懐かしい気持ちになるんですの〜」
「懐かしい、か。 やっぱり、生前は何かしら教会に関係していたのかもな」
「……綺麗、ですの。
はわ〜…………」
少女は恭也の言葉も聞こえていないのか、どこか夢心地の状態で、シンボルを見詰め続ける。
そんな少女に僅かに見惚れていた恭也は軽く首を振ると、
「それじゃあ、俺はもう行くから」
一応、そう声を掛けると、恭也は教会を後にするのだった。
恭也会を出た恭也は、少し離れたところにある少し大きな建物へと目を移す。
「図書館なら静かだから、寝るのには最適かもな」
そう呟くと、恭也はかなり不純な動機で図書館へと行く。
眠るのに最適の場所を探して図書館内を歩いていた恭也は、見知った顔を見つけて声を掛ける。
「よう、セル。どうしたんだ、お前が図書館にいるなんて」
「はぅ! わ、わわわ、きょ、恭也か。め、珍しいのはお互い様だろう」
あまりにも怪しいセルの慌てぶりに恭也はただ首を傾げ、セルが持っている本へと視線を落とす。
そこには、彼女をほろりとさせる男の料理という題名が書かれていた。
恭也の視線から見られたと分かったセルは、肩を落としつつ言う。
「美由希さん、料理が苦手だって言ってたから、俺が代わりに何か作ってご馳走でもすれば、もっと仲良くなれるかなって思って…。
あ、あははは」
「なるほど、中々偉いな、セル」
「どうせ、俺はしみったれた……って、え、ええ!?」
「どうかしたか? 結構、良い案だと思うぞ。あいつは料理がかなり苦手だからな。
ひょっとしたら、それでお前に教えてくれと言うかもしれないぞ」
「そ、そうか」
途端に嬉しそうな表情になるセルの肩に手を置き、恭也は至極真面目な顔付きになる。
「ただ、一つだけ忠告しておくぞ。もし、あいつが料理を作ったら、無理して全部食べ様とは思うな。
最初は、ほんの一口、いや、少量だけを口に入れろ。良いな」
「あ、ああ。何か知らないが、分かった」
「ああ、それで良い」
セルの返答を聞き、恭也もほっと胸を撫で降ろすと。セルの肩から手を離す。
何か良く分からないながも、セルは思い出したかのように話を変える。
「そう言えば、今日は試合だったな」
「ああ。後、戦っていないのは、リリィとリコだけだな」
「そうか。とりあえず、俺の勘だと、今日の対戦はリコ・リスちゃんのような気がするな」
そう呟いた後、セルは珍しく真面目な表情を作ると、やや声を落とす。
「恭也、彼女には気を付けた方が良いぜ」
「どうしてだ?」
「彼女と初めて戦う相手は、大抵負けているからさ。
リリィ・シアフィールドしかり、寮長しかり。
美由希さんも初戦では、リコ・リスちゃんに負けているだろう」
「ああ。だが、リリィもなのか?」
「ああ。現在救世主候補クラストップの彼女も、最初のリコ・リスちゃんとの試合では、手も足も出なくてころりと負けたんだよ」
「それは、少し気になるな。俺が知る限り、リコがリリィに勝つのは、十回に一回もないが…」
「ああ、まさにそこなんだ、謎なのは。
俺が思うに、彼女は最初の対戦以外、全て手を抜いているんじゃないか」
「ああ、そう考えられるな。だが、そうなると、何故、そんな事をするか、だな」
「それが分からないんだよな。だから、謎なんだけどな。
本当は実力No1なのに、あえてそれを隠す必要とは何か。
そして、どうして最初の対戦の時だけ本気を出すのか」
「確かに、気になるな」
「と、まあ、今日の対戦でもし、本当にリコ・リスちゃんと対戦する事になったら、頑張れよ。
もし勝てたら、恭也がNo1って事になるかもよ?」
「それはないだろうがな。しかし、リコがな……」
恭也がそう呟くのを眺めながら、セルは恭也の肩を軽く叩く。
「それじゃあ、俺はもう行くわ。
本の件は、美由希さんには内緒にしておいてくれよ」
「ああ、分かった」
恭也はセルに分かれを告げると、図書館のさらに奥へと足を進めるのだった。
§ §
結局、あのまま図書館で寝ていた恭也は目を覚ますと昼食を取り、闘技場へと足を向けた。
少し早かったみたいで、恭也以外にはまだ誰も来ていなかった。
と、壁には今日の試験で戦うことになる対戦相手の組み合わせが既に張り出されており、恭也は自分の所へと目を向ける。
「相手は……、リコか」
「……よろしく」
突然聞こえた声に僅かに驚きつつ、恭也はリコを見る。
「一体、いつの間に?」
「……たった今です。……恭也さんとは初めてですね」
「ああ、そうだな。楽しみにしてるよ。
そう簡単にはやられないからな」
「…そう願います。…………あなたが……かどうか……」
「ん?」
「……試させてもらいます」
「何をだ?」
僅かに聞こえたリコの言葉に恭也が尋ね返すも、リコはすたすたとそのまま控え室へと入っていった。
その背中を半ば茫然と見遣りつつ、恭也もその後を追うように闘技場の中へと足を踏み入れる。
「はぁぁ〜〜いぃぃ。各自、自分の対戦相手の確認はすみましたね?」
いつものように、緊迫感のない声が闘技場に響く。
既に恭也も慣れたのか、ただ大人しくダリアの言葉を待つ。
「それじゃぁぁ、第一試合いきまぁすぅ。恭也くんと、リコちゃんね。
二人共、前に出てぇん」
ダリアの言葉に従い、恭也とリコがフィールドの中央で向かい合う。
「さて、始めるとするか」
「…ええ。恭也さん、手加減なしで来てください」
「?? 言われなくても、そのつもりだが」
「だったら、良いです。私も手加減はしませんから。…………この試合だけは…」
「そ、それって……」
恭也が慌ててその言葉の意味を問いただそうとするよりも早く、ダリアの試合開始を告げる合図が降ろされた。
仕方なく、恭也はすぐさま思考をこれから始まる戦闘へと切り替えると、ルインを一刀だけ呼び出す。
対するリコは、その手に大きな書物を抱き、ページを捲る。
リコへと向かう恭也目掛け、ベリオが放つ光の帯よりも太くうねりを上げた雷の帯が恭也目掛けて走る。
それをルインで受け止めるものの、僅かに後退する。
足の止まった恭也へとリコが手を下から上へと振ると、同時に恭也の足元に魔法陣が浮かび上がる。
嫌な予感を感じた恭也は、考えるよりも先に後ろへと大きく跳び退る。
その目の前を、長大な剣が地面から生えて天へと向かって伸びていく。
幅が60センチはあるような剣の刃だけが地面から2、3メートル伸びると、その姿を消す。
と、それが来た上空から、刃を影にして小さな隕石が恭也へと落下してきていた。
恭也はルインをもう一刀呼び出し、ニ刀を構えると、その隕石目掛けてタイミングを合わせて跳ぶ。
すれ違うようにルインを振って隕石を断ち切った恭也の眼前に、いつの間にかリコが現われており、
淡い光を纏った拳を突きつけてくる。
空中で避ける事が出来ない恭也は、その拳をルインで受け止める。
ルインと拳を合わせたまま落下し始める二人。
恭也は自分の方が先に地面に到達すると判断し、着地した瞬間にすぐにリコへと攻撃できるように態勢を僅かに変える。
と、その身動きが出来ないはずの空中で、リコはその軌道を変化させ、恭也の頭上から背後へと周る。
「なっ!」
これには流石の恭也も驚きの声を上げる。
背後へと周ったリコは、恭也の背中へと拳を振り下ろす。
それを振り返らずに気配だけで捉えた恭也は、振り返りもせずに背中越しにルインを構えて受け止める。
その恭也の動きに、今度はリコが驚いた表情を一瞬だけ覗かせるが、恭也にはそれは見えない。
恭也はそのまま、もう一刀のルインをリコが居るであろう場所へと突きたてるように突き刺す。
それをリコは盾のようなものを貼って受け止めると、書を開き呟く。
恭也が着地するのとほぼ同時に、その目の前に青い物体が落ちてくる。
美由希との時の事を思い出し、恭也はすぐ目の前に落ちてきたその物体をすぐさま一刀の元に斬り伏せると、
すぐさまその場から前へと転がる。
同時に、先程まで恭也の居た場所に雷が落ちる。
恭也は立ち上がり、ようやく後ろを振り返ると、リコが静かに地面に着地した所だった。
恭也は距離を測りつつ、ルインを腰へと構えると、一気に横凪ぎに振るう。
ルインの刃先から黒い三日月型の斬撃が跳び、リコへと迫る。
それをリコはじっと見詰めたまま、動こうとはしない。
今まさに、リコに黒い斬撃が当たるといった瞬間、リコの姿が掻き消える。
恭也は素早く視線を左右へと振るが、リコの姿は見当たらず、意識だけを自分の周囲へと広げる。
と、同時に、すぐ後ろから気配を感じ、恭也は横へと跳び退く。
そのすぐ脇を雷光が通り過ぎていく中、恭也は横へと跳びながら体を回転させ、ルインをその気配の生じた個所、
リコへと目掛けて振っていた。
それをまたしても盾のようなもので防ぎつつ、リコは地面に両手を強く振り下ろす。
瞬間、リコの目の前から恭也の後ろ数メートルの地面に一斉に魔法陣が浮かび上がり、そこからあの長大な刃が伸びて行く。
一斉に地面から現われた刃を恭也は横へと跳んで躱すが、そこにも魔法陣が浮かび上がる。
ざっと見渡す限りに浮かび上がった魔法陣をじっと見詰め、恭也は動きを止める。
そこへ、地面から刃が生えてくる。
そのタイミングを計っていた恭也は、刃が生えた瞬間に軽く跳び上がり、その刃先へとルインの刃の腹を寝かせる形で当てる。
その上に自身が乗ってバランスを取りながら、恭也は宙へと運ばれる。
刃が伸びきり、地面へと戻って行く中、恭也はリコの位置と、魔法陣のない場所を把握し、リコへと目掛けて跳ぶ。
跳びながら、黒い斬撃を左右一つずつ、計二つ時間差で跳ばす。
瞬間移動するのには若干の時間が必要らしく、リコは斬撃の一つを雷の帯で打ち消し、もう一つはシールドで防ぐ。
そこへ、恭也が走り寄り、ルインを付きたてる。
自分へと迫ってくる刃先を冷静に見詰めつつ、リコは恭也へと掌を向けると、そこから雷を放つ。
それをルインで打ち払いつつ、残るもう一刀で下から上へと斬り上げる。
それをリコはバックステップで躱しながら、両手の指を素早く動かす。
口がもごもごと動いている事から見ても、何かの魔法攻撃だろうと判断した恭也は、一気にリコへと迫るが、リコは後退を続ける。
と、リコがすっと片手を上げると、恭也の頭上に最初の攻撃の時よりもはるかに大きな隕石が現われる。
「くっ」
流石にそれを迎え撃つのは無理と判断したのか、恭也はその隕石の落下地点から全力で駆け出す。
リコは既に瞬間移動で遥か後方へと逃れており、両手を逃げる恭也へと向ける。
隕石が地に落ちて土煙を上げる中、その煙を切り裂くように一際大きな光が恭也へと向かって来る。
それを走っていた勢いを止めずに地面に身を投げるようにして躱すと、止まる事無く立ち上がり、リコの居る場所へと飛針を投げる。
煙の中へと消えて行く飛針3本を見送りつつ、恭也はすっと目を閉じると気配を探る。
ようやく煙が晴れた向こう側には、やはりリコは居なかった。
しかし、目を閉じている恭也にはそんな事も関係なく、ただ自分の周囲に気配を向ける。
と、微弱ながら恭也の警戒網の中にリコの気配を見つける。
恭也は僅かに信じられないながらも、その気配の先、遥か頭上を見上げる。
瞬間移動した割りにはすぐに気配を捉えられなかったのは、どうやら恭也の気配を察知する範囲の外側に居たかららしい。
しかし、恭也はフィールド全体に気配を張り巡らせていたのだ。
その恭也の知覚範囲外である上空、それも、恭也が警戒して上空へと伸ばしていた察知範囲外にあたる地上から数十メートル。
そこからリコは恭也目掛けて降りてくる。
自身の身体を淡い光に包み込みながら、両膝を手で抱えて身体を丸めて。
丁度、自身をボールのような形状へとしながら。
そして、そのまま回転を始める。
身体に包まれた光と相俟って、まさに球形にも見えるリコの上空からの襲撃に、恭也は一瞬だけ驚きつつも、静かにそれを見詰める。
近づいて来るリコに対し、恭也はルインを握る両手に力を込めると、両腕を下に垂らした状態で待ち受ける。
恭也目掛けて一直線に降りてきたリコ目掛け、恭也はルインを交差させるようにして斬り掛かる。
恭也の放った雷徹とリコが拮抗し、一瞬だけ両方の動きが止める。
瞬間、リコの身体の回転が増し、僅かにルインが後ろへと押される。
「はぁぁぁぁっ!」
それを裂帛の声を上げながら恭也が押し返そうとする。
と、その意志がまるでルインに伝わったかのように、ルインの刃に漆黒の輝きが纏わりつく。
急に力を得たように、恭也がルインをそのまま振り切ると、リコがそれに弾かれて宙を舞う。
身体を纏っていた魔力の光も途切れ、茫然としてままリコは頭から地面へと落ちて行く。
リコの焦点が合っていない事に気付いた恭也は、すぐさま駆け出すとリコの落下地点へと滑り込む。
間一髪、恭也はリコを何とか受け止めることに成功すると、膝の上にリコを横たわらせ、
未だに呆けているリコの顔を上から覗き込む。
「はぁ、はあ、はあ……。だ、大丈夫か?」
「…………あ。……はい」
「えっと、俺の勝ちで良いのかな?」
「………………負け、た?」
恭也の言葉が聞こえていないのか、リコはただ茫然と信じられないような目で恭也を見上げる。
何も言わないリコが心配になったのか、恭也はリコに声を掛ける。
「本当に大丈夫か? もしかして、何処か打ったか?
一応、受け止めたつもりだったんだが。あ、それとも、最後の攻撃が強過ぎたか?
もしそうなら、すまない」
「いえ、別に何処も打ってません。……大丈夫です」
「そうか、なら良かった」
ほっと安堵の吐息を零す恭也の後ろから、わざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「コホン。恭ちゃん、いつまでリコさんをそうしているつもり」
「師匠〜。拙者の目の前で、それはあんまりでござるよ〜」
「これは、恭也くんの評価を変えないといけないかもしれませんね」
「ば、ち、違う。これは誤解だ」
恭也は慌てつつ、リコを立たせる。
未だに茫然となっているリコを心配そうに見詰めつつ、恭也は必死で言い訳をするのだが、美由希たちの顔には笑みが浮んでおり、
自分がからかわれている事に気付き、憮然とした顔付きになる。
そこへ、リリィがやってきて、腕を組みながら恭也を見下ろす。
「本当に情けないわね。リコの召喚能力は確かに得難い能力だけれど、戦闘評価では今のクラスでは下から2番目なのよ。
それなのに、接近戦に持ち込みながらも、あんなに苦戦するなんて。
それどころか、接近戦に持ち込むまでにも、かなりてこずっちゃって。本当に、情けない」
リリィの言葉を聞きつつも、恭也は自分の両手を見詰める。
(本当に下から2番目なのか。……そう言えばセルが言っていたな)
そんな事を恭也が考えているとも知らず、リリィは口元に笑みを浮かべながら続ける。
「この調子だと、今日は勝ったけれど、いずれ兄妹で最下位争いになるんじゃない? ふふふ」
そんなリリィを横目で睨みつつ、美由希が心配そうに恭也の傍に寄る。
「恭ちゃん、どうしたの? 何処か体調でも悪いの?
何を拾って食べたの? 駄目じゃない、拾い食いなんかしたら……」
「お前は、俺を何だと思っている」
失礼なことを言う美由希を軽くデコピンで黙らせると、同じように心配そうに見詰めているベリオとカエデへと言う。
「体調は悪くなかった。実際にリコは強かった。
未だに勝てたのが不思議なぐらいな」
恭也の言葉に、リリィ以外の三人が驚いた声を上げる。
そんな中、ダリアによる恭也の勝利宣言がなされ、恭也とリコの試合は終了したのだった。
§ §
翌日、早朝の鍛練を終えた恭也と美由希は、恭也の部屋で話をしていた。
「恭ちゃん、昨日の試合の時、召還器が光ってたんだけど、アレは何?」
「さあな、俺にもよく分からん。だが、召還器の力をまだ全部引き出せていないという事なんだろうな」
「私もまだ引き出せてないよ」
二人してそんな会話をしていると、寮全体、いや、学園全体を揺さぶる爆音が朝のしじまに響き渡る。
二人は顔を見合わせると、すぐさま窓から外を眺める。
「あそこ、恭ちゃん!」
美由希が指差した先、召喚の塔の一角から、黒い煙が立ち昇っていた。
それを見た恭也と美由希は、急いで部屋を飛び出すと、召喚の塔へと走り出す。
「リリィ!」
「恭也?!」
「何があったんだ!?」
途中で見かけたリリィへと声を掛けると、リリィも走りながら返してくる。
「分からないわよ。とりあえず、急いで行かないと」
途中でカエデやベリオとも合流した恭也は、召喚の塔の中へと踏み入る。
入ってすぐ目の前に広がったのは、召喚の義に使う魔法陣の描かれた床が、いや、床だけでなく、この部屋そのものが、
まるで中から爆破されたかのように、あちこちの壁や床、柱などが粉々に壊れていた。
一瞬、茫然となる恭也だったが、その目がすぐ扉の横に立つリコへと行く。
「リコ、これは一体、どうしたんだ?」
リコが分からないといった風に首を振るのを見ながら、恭也は視線を前方、部屋の中へと移す。
そこでは、学園長の指示で、ダリアやダウニーが何かしていた。
ダウニーとダリアの調査の結果、辺りの残骸に魔法を使用する際のマナの影響が見られない事や、
微かに硫黄臭がする事から、火薬を使った人為的な破壊判断と判断された。
「どうして、そんな事を?」
「……救世主を呼べなくするため」
爆破と聞いて、怒りに肩を振るわせつつ呟いた美由希の言葉に、リコが答える。
それに対して美由希が何かを聞き返そうとするのを恭也が制する。
「美由希、少し黙っててくれ。学園長たちもお願いします」
それに頷く学園長たちを見て、恭也はそっと目を閉じる。
それに対し、文句を言おうと口を開きかけたリリィだったが、学園長に目で止められ、顔を悔しそうに歪めると口を噤む。
やがて、ゆっくりと目を開けてた恭也へと、学園長が声を掛ける。
「それで、何をしていたの?」
「いえ、少しここに居る者とは別の気配を感じまして…」
「まさか、犯人!?」
恭也の言葉に真っ先にリリィが反応するのを手で制し、恭也はダウニーとダリアに尋ねる。
「あそこはまだ調べていないんですか」
二人が頷いたのを見て、恭也はそちらへと足を向ける。
その後に全員が続き、恭也たちは丁度、柱と柱が支えあって空間が出来ている所へとやって来る。
恭也はしゃがみ込んでそこを除く。
その後ろから、全員がそこを覗くと、そこには顔が向こう側を向いているために顔の判断は出来ないが、
体付きやその長い黒髪から、横たわる人物が少女だと分かる。
どうやら意識を失っているらしく、ピクリとも動かないが、胸が上下している事から、どうやら生きてはいるようだった。
「まさか、彼女が犯人なのでしょうか。爆破したまでは良かったけれど、それに巻き込まれて…」
ダウニーが呟いた言葉に、リコがすぐさま反論する。
「いいえ、違います」
「どうして、そう思うんだい?」
尋ねてくるダウニーに対し、リコは右手をすっと上げて少女のとある部分を指差す。
その指差す先へと視線を向けると、倒れた少女の手に当たり、その少女は手に弓を握り締めていた。
それを見た学園長が驚いた声を上げる。
「あ、あれはまさか、召還器!?」
「じゃあ、彼女は救世主候補なんですか?」
「ですが、召喚の義の報告は…。まさか、彼女も彼らと同じ突然の召喚なんでしょうか?」
学園長の言葉に、ダリア、ダウニーも驚いたように言葉を発するが、それに答えれる者は誰もいなかった。
つづく
<あとがき>
さて、少し変わった展開を見せてきたぞ〜。
美姫 「えっ!?」
な、何だよ。
美姫 「だって、彼女って」
でもでも、ここでこの展開は本編ではないぞ。
美姫 「いや、それはそうでしょう」
それに、次回になるまでどうか分からないだろう。
美姫 「それは確かにそうね」
そういう事〜
美姫 「果たして、彼女は新たな救世主候補なのか。それとも、塔を爆破した人物なのか…」
それらは、また次回で!