『DUEL TRIANGLE』
第十章 新たなる仲間
ダウニーたちによって瓦礫の下より助け出されてきた少女を見て、恭也と美由希が驚いたような声を上げる。
「未亜!?」
「未亜ちゃん!?」
驚く二人へとベリオがそっと声を掛ける。
「お二人の知り合いですか?」
この言葉に、二人は揃って頷くと、
「俺の友達の妹だ」
「私の友達でクラスメイトです」
「という事は、この子は恭也たちと同じ世界から召喚されたということね」
二人の言葉を聞き、リリィがそう結論付ける中、話に上っている未亜という少女が身動ぎを始め、微かな呻き声を出す。
全員がじっと見詰める中、やがてゆっくりと未亜は目を開ける。
「う、うぅぅん、…………こ、ここは?」
目を開け、見慣れない景色に当然のような質問をする未亜を、美由希が心配そうな顔で覗き込む。
「未亜ちゃん、大丈夫?」
「……あれ? 美由希ちゃん?」
徐々に焦点があっていく中、見知った人物の顔を認め、未亜は不思議そうな表情を浮かべる。
「あれ、どうして美由希ちゃんがこんな所に?
…って、ここは何処なの?」
始めはいつの間にか傍に居た美由希の姿に驚きつつも、次第に辺りを見る余裕が出てくると、未亜は怪訝な顔付きになる。
僅かに不安を覗かせる未亜に、恭也が落ち着かせようと、優しく声を掛ける。
「とりあえず、落ち着いて。大丈夫だから」
「あ、はい。あ、こんにちは、恭也さん」
恭也の言葉に頷きつつも、恭也の姿を認めて挨拶をしてくる未亜に苦笑を浮かべる。
そんな中、リコがいつの間にか未亜の前へと立ち、静かな声で話し掛ける。
「事情…」
「はい?」
聞き取れなかったのか、未亜が聞き返し、それに答えるように、リコはもう一度話す。
「事情は聞いてる?」
「事情?」
その言葉に未亜は何かを考え込むが、やがて何か思いついたのか、小さく声を上げた後、言葉を連ねる。
「ひょっとして、破滅がどうとかいう…」
未亜の言葉にコクリと頷くリコに対し、未亜はそのまま続ける。
「聞いているというか、道に落ちていた赤い色をした本を手にしたら、いきなり頭の中に声が響いてきて…。
破滅が迫っているとか、詳しい事情を説明するから聞いてくれるかとか言ってきて。
それに返事をするよりも先に、えっと、確か……、そう、確か、急いで召喚しないといけなくなったとかって言われて。
急に辺りが真っ白になったかと思ったら、ここに……」
未亜の言葉に少し考え込んでいたリコは、微かに伏せていた顔を上げると、一つ頷く。
「分かった…」
そう短く言葉を発したリコに、他の者が何か問いたげな顔をする。
それを理解してか、リコはその口を小さく開くと、説明を始める。
「多分、赤の書が新たな救世主候補を見つけた…。
……それで私に知らせよとしたのだけれど、その前にここにある召喚陣が壊されそうになったから、
急いで未亜さんを召喚したんだと思います」
「成る程。前にも言っていたリコの判断を仰ぐ暇もない程に急いで、という訳か」
「……はい」
「今回は、召喚の塔が破壊されようとしていたから、急いで召喚したって事?」
「…多分」
恭也に続きリリィが言った言葉にも頷きつつ、リコは軽く回りを見渡す。
そんなリコを、いや、その後ろの惨状をぼんやりと眺めつつ、美由希が茫然としたまま口を開く。
「どうして、召喚陣を……?」
「…さっきも言ったけれど、これ以上、救世主を呼べなくするため…」
そんな美由希の言葉にポツリと答えたリコへと全員の視線が集中する中、リコはいつもと同じように淡々と続ける。
「もしくは、救世主を返せなくするため」
「どうして分かるの、リコ」
リコの言葉をじっと聞いていた中で、ベリオが真っ先に口を開く。
しかし、肝心のリコは、言う事は既に言ったとばかりにその問いには答えず、じっと召喚陣のあった辺りを見詰める。
そんな中、学園長が納得したような声を上げる。
「確かにそうね。召喚陣を壊す目的と言ったら、救世主を呼べなくするか、返せなくするかのどちらかでしょうね」
「えっ!? 召喚陣が無くなったら、元の世界へは戻れないんですか?」
学園長の言葉に美由希が真っ先に尋ねる。
そんな美由希を冷ややかに眺めつつ、リリィが告げる。
「当たり前でしょう。それを利用して召喚され、また返還するんだから」
「当たり前って言われたって…」
リリィの言葉に力なく答える美由希へと、学園長が改めて肯定するような言葉を口にする。
「リリィの言う通り、召喚陣がなければ帰れないわ」
「そんな…」
茫然となる美由希に何て声を掛けようか悩む恭也の後ろから、不意にリコが話し出す。
「…そんな事はさせません。…これは、私の責任です。
皆さんが無事に帰れるように、召喚陣は私が責任をもって直します」
強い意志を秘めたリコの言葉に、全員が茫然とする中、恭也だけがリコへと声を掛ける。
「大変かもしれないが、よろしく頼むな」
「はい」
恭也にそう頷き返すと、リコは召喚陣のあった所へと歩いて行く。
その背中を優しい眼差しで見送りつつ、一転、真剣な表情になると学園長を正面から見詰める。
「で、これはどういう事態なんですか?」
「何がですか?」
「俺がここに来てからの学園長の指示や言葉。それらを見る限り、何かの事故という可能性は考えてませんよね。
つまり、誰かが意図的に召喚陣を壊したと考えている。
つまり、この国のどこかに、救世主に反対する勢力があるって事ですよね」
「思ったよりも鋭いわね、恭也くん」
恭也の言葉に微かに目付きを鋭くしつつも感心したように言う学園長に続き、ダリアがいつもと変わらない口調で言う。
「ただぁ、もう少し言うのなら、もうちょっと考えましょうねぇん。
救世主に反対する勢力…、救世主を呼ばれたら困る勢力といえば〜」
「……破滅」
「ぴんぽ〜〜ん」
いまいち気の抜けるダリアの言葉に気を取り直しつつ、恭也は学園長へと顔を向ける。
「破滅がこの学園内にいる可能性があるんですか?」
「……ええ、その可能性も否定しません。
ただ、その可能性はとても低いでしょうけれどね」
学園長の言葉に全員が緊張を見せるが、続く学園長の言葉にすぐさま肩から力を抜く。
そんな恭也たちを見ながら、学園長はそう判断する理由を述べる。
「破滅に取り付かれた者は、理性もなく、ただ己と周囲の破滅のみが目的となるから、
とてもじゃないけれど、我々の目を欺いて高度な破壊工作をするだけの知性は持ちえていないはずです」
「…そう、そうよね。この学園にまさか、そんな……、そんなのあるはずが無いじゃない、このバカ!」
「誰がバカだ、誰が。このいかさまマジシャン」
「また言ったわね!」
「言ったがどうした。大体、俺は気付いた事を口にしただけだぞ。
それに、常に最悪な場合を想定しておかないと、いざという時に…」
「うるさい、うるさい、うるさい! そんな御託はこの際良いのよ!
アンタがくだらない事を言ったという事実。これが重要なのよ」
「言ったも何も、それを言ったというか、言わせるような事を言ったのは、ダリア先生だろうが。
何故、俺に文句を言う!」
また始まった二人の言い合いに、ベリオと美由希は若干呆れつつも、恭也の言い分にも一理あるとダリアへと視線を向ける。
同じように、カエデやリリィ、恭也の視線がダリアへと向かう中、当のダリアは腕を組み、珍しく難しい顔を作って。
学園長へと話し掛けていた。
「でもぉ、ミュリエルさま〜。これではもう新しい救世主候補を召喚することはできませんわぁ〜」
顔だけは真剣なものを作りつつも、口調はいつものまま恭也たちの方へと一切顔を向けないで言う。
「……あっさりと流されてるし」
そんなダリアの言動を見て、恭也は微かに疲れたように呟く。
それに苦笑を零しつつ、ベリオが何かに気付いたように口を開く。
「あ、それでは、今いる候補生の中から救世主が選ばれるという事ですか?」
「う〜〜ん、そうなるわねぇ。でもぉ、その中に真の救世主がいなかったらぁ、破滅に負けちゃう事にもぉ」
ダリアの言葉に一瞬だが沈黙が降りるが、すぐさま学園長によって破られる。
「いずれにしろ、現有戦力の中から救世主にふさわしい人物を選ばなければいけなくなったという事です。
新たな人材の確保が難しくなった以上、王宮もこれ以上の時間の浪費は見過ごしにしてくれないでしょうから。
これからの救世主クラスは訓練がこれまで以上に厳しくなります。覚悟しておきなさい」
「あ、あの……」
学園長の言葉が区切れたのを見計らい、遠慮がちな声が未亜から出される。
知らず全員の視線を集める形になった未亜は、知り合いである恭也と美由希の後ろへと思わず隠れてしまい、
恭也の服の裾を掴みながら、そっと顔だけ出す。
「え、えっと、あの…。こ、ここは何処なんでしょうか?
そ、それに、その、事情とか、破滅とか」
「そう言えばそうだったわね」
未亜の言葉に、すっかりその辺りの事を失念していた学園長だったが、少しだけ考えるとすぐに話し始める。
「私たちは善後策を検討する為に緊急職員会議を開くから、
その子への説明は、知り合いらしいから恭也くんと美由希さんにお願いします。
本来ならテストをするのだけれど、既に召還器を呼び出しているし、今回は状況が状況だから、それは無しにします。
さて、ダリア先生、全職員に緊急集合を。
それと、全校生徒に各自、自宅と寮にて自習。校内に不審人物がいないかの捜査が完了するまでの外出禁止を通達して」
「はぁい」
「ダウニー先生は現場の被害状況の報告書の作成及び、校内に居る火薬知識を持つ人物のリストアップと、
同人物の一両日中の足取り調査をお願いします」
「はっ」
「未亜さん、だったかしら?」
「は、はい」
「いきなりこんな事になってしまってごめんなさい。
詳しい事は、恭也くんたちから聞いて頂戴。彼女は召還器を持っているから、救世主候補に間違いはないわ。
だから、寮へと案内してあげて」
粗方の指示を終えると、学園長はダリアとダウニーを共に塔を後にする。
そんな教師たちを眺めつつ、恭也がぼつりと呟く。
「今までの話からすると、犯人の可能性で最も高いのは、破滅ではないが、それに近い破滅的な思考を持つ人間って事か」
「…そうなるのかしら」
恭也の言葉に、ベリオが少し沈んだ声で答え、それに恭也がまた返す。
「案外、破滅というのは、こうした目に見えない形で進行しているのかもな」
「恭ちゃん…」
やるせなさそうに言う恭也に、美由希も不安そうな顔でただその名を呼ぶ。
それを見ていながらも尚、恭也はまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「これは、本当に破滅が来る日が近いのかもしれない…」
恭也の言葉に沈黙が降りる中、少し息苦しそうにふと呟く声が聞こえる。
「破滅……」
その声につられ、全員がリリィの方へと振り向くと、そこに普段の態度など全く感じさせないほど不安を滲ませ、
不気味なぐらいに顔を真っ青にしたリリィの姿があった。
あまりにも酷いそのリリィ姿に、美由希が心配そうに声を掛けるが、
それとほぼ同時にまるで足の力が抜けたようにその場へと倒れていく。
「リリィ?!」
ベリオが思わず叫ぶ中、いち早く反応して、美由希が声を掛けるのとほぼ同時に動いていた恭也が、
何とか地面へと倒れる前に、何とか屈み込んでリリィを支える。
思ったよりも軽く細いリリィの身体を受け止めながら、意識の無いリリィを見て、恭也はベリオたちへと振り返る。
「美由希、校医の先生に連絡!」
「あ、うん」
恭也の言葉に弾かれたように走り出す美由希の背中を見ながら、恭也はそっと慎重にリリィの身体を抱き上げる。
と、その途中で恭也はその動きを止め、その視界の端に飛び込んできた、鮮やかな白い絵の具で描かれた文字を見詰める。
『み つ け た よ』
すぐ足元に転がる瓦礫をどかし、その下に殴り書かれた女の子が書いたような丸みを帯びた筆跡。
ただの落書きとも取れるようなその文字に、恭也はしかし何となく落ち着かないものを感じる。
しかし、すぐに手に抱く温もりに我に返ると、それを頭から消し去るように軽く数度振り、すぐに立ち上がる。
「未亜、すまないが説明は後にしてくれ」
「はい。それよりもそっちの方が大事ですから」
未亜の言葉に一つ頷くと、恭也はすぐさま美由希の後を追うように走り出す。
ただし、リリィに負担が掛からないように細心の注意を払って。
その後を、他の者も付いて走りながら、リコ以外の者は、どことなく羨ましそうな視線で気を失ったリリィを見ていた。
§ §
ベリオに案内された未亜の部屋で、未亜は恭也たちからここアヴァターの事を聞かされる。
今、ここに居るのは、恭也と美由希、ベリオに未亜となっている。
そこで、恭也たちが知っている事を全て聞き終えると、未亜は恐々といった感じで聞いてくる。
「つ、つまり、私も救世主候補で、その破滅というのとた、戦うって事ですか」
「まあ、そうなるな。だが、嫌なら辞退も出来ると言ってたし」
未亜の性格を知っている恭也がそう言うが、それを遮るようにベリオが言う。
「それは無理かも」
「無理?」
「ええ。召喚の塔がああなった以上、さっき学園長も言っていたけれど、返還はできないわ。
そうなると、未亜さんはこっちの世界に居ないといけない。
そして、救世主候補はないのなら、この学園にはいられないわ」
「本人の了承もなしに召喚して、それはないんじゃないのか?
せめて、ここに済むぐらいの便宜は…」
「無理よ。破滅が近づいて来ているかもしれないって言うのに、そんな余裕はないわ。
それに、学園長も言っていたでしょう。これ以上の補充は出来ない。
現存いる候補者の中から、真の救世主を見つけ出すしかないって。
だとしたら、その可能性がある未亜さんを、この状況で何もさせないっていうのは多分…」
「確かにな」
ベリオの言葉に納得しつつも、恭也は不安そうに俯く未亜を見る。
その未亜の手を、美由希がそっと握り、勇気付けるように言う。
「未亜ちゃん、召還器が力を貸してくれるから、鍛練次第では物凄い力を出せるようになるよ。
だから、絶対とは言えないけれど、何もしないよりは遥かにマシだから、一緒に頑張ろう」
「で、でも…。そんな、戦うなんて、怖くて…」
「今まで、そんな事に無縁だったからな。仕方がないだろう。
でも、美由希も言ったように、こうなった以上、鍛練はしておいた方が良いと思うぞ。
万が一の場合、自分の身は自分で守れるように」
「…………」
恭也の言葉に俯いたまま無言で震える未亜に、美由希がそっと肩に手を置きながら優しく話し掛ける。
「それにいざとなったら、私や恭ちゃんが守ってあげるから」
その言葉、いや、恭也が、という所で顔を上げて恭也を見詰める。
その視線の意味に気付き、恭也は小さく頷くと、美由希が置いている方とは逆の未亜の肩にそっと手を乗せる。
「出来る限りの事はしよう。未亜に何かあったら、大河の奴が五月蝿いからな」
それでもまだ逡巡する未亜を、三人はただ黙って見詰める。
やがて、未亜が小さく口を開く。
「破滅というのを止めないと、たくさんの人が、この世界だけじゃなく、私たちの世界の人たちまで…」
「ああ」
「…だったら、私もやってみます。こ、怖いけれど、何とか頑張ってみます」
未亜の言葉に、恭也たちは微笑を浮かべるのだった。
こうして、新たな救世主候補として、当真未亜が加わった。
§ §
未亜との会話も終わり、恭也は一人医務室へと足を運んでいた。
ベリオたちも来ようとしていたが、全員で行っても逆に騒がしくして迷惑だろうと、こうして一人で来たのである。
ここに来る途中、他の者たちの様子も心配になった恭也は、少し寄り道をして、他の者たちが居そうな場所へと赴く。
そうして、森の奥で修行をしていたカエデ、図書館で何やら調べものをしていたリコと会い、
それぞれの様子を見た後、恭也は最後に医務室へとやって来たのだった。
しかし、その扉の前で中に入るのを躊躇い、扉の前でうろうろとしていた。
(うーん、まだ気を失っているかもしれないし。
診察を受けている途中なら、入るのは止めた方が良いだろうし。
何より、また喧嘩にでもなったら…)
入るかどうか迷っている所へ、扉が開き、中から医者が出てくる。
それを見た恭也は、今まで悩んでいた事も忘れて医者へと詰め寄ると、
「先生、リリィの様子はどうなんでしょうか?」
「ああ、クラスメイトの人だね。特に問題はないから、もう少し寝かせておいてあげると良い」
「そうですか、ありがとうございました」
「いやいや。それじゃあ、私はこれで」
去って行く医者へと頭を下げると、恭也は開いたままになっていた扉をそっと閉める。
中で眠っているだろうリリィを起こさないように。
そして、完全に扉が閉まる前、中で眠っているリリィへとそっと声を投げる。
「皆に心配させて。……いつまでも寝てるんじゃないぞ。さっさと目を覚ませよ」
そう言って閉めた扉の向こうから、
「本当、うるさいわね……」
微かに小さな、そして、どこか笑みを含んだような声が聞こえたような気がしたが、恭也はそれを気のせいだと小さく肩を竦めると、
そのままその場を去り、寮へと戻るのだった。
寮へと戻った恭也は、玄関先で美由希と会う。
美由希は恭也の姿を見るなり
「恭ちゃん、リリィさんはどうだった?」
心配そうに尋ねてくる美由希の頭を安心させるように軽く数度叩く。
「過労と強いストレスから来る一時的な軽い体調不良だそうだ。
あのままもう少し寝ていれば、すぐに治ると言っていた」
「そっか、良かった。恭ちゃんも安心した」
意味ありげな視線で上目遣いに見てくる美由希に、恭也はバカと一言だけ返す。
それに拗ねたように頬を膨らませると、
「バカは酷いよ、恭ちゃん。恭ちゃんだって、凄く心配していたくせに」
「そんな事はない。これで、少しは静かになったと喜んでいた所だ」
「嘘ばっかり」
「嘘ではない」
「ふ〜ん」
楽しそうに恭也の顔を覗き込む美由希から顔を背けるが、美由希はすぐに回り込むと、じーっと見詰める。
何度背けても、同じように回り込んでくる美由希に、恭也は照れ隠しからか、やや口早に言葉を紡ぐ。
「そ、それにしても、普段からは想像も出来ないぐらいに繊細だな、あいつも。
破滅が来る日が近いという話になった途端、口数が減ってたからな」
「ふ〜ん」
恭也の照れ隠しに気付いている美由希は、気のない返事を返しつつ、じっと顔を覗き込む。
それに対し、恭也はそろそろ実力行使に出ようかと拳を固め始めた時、さっきの恭也の言葉を否定する声が聞こえてくる。
「それは違うのよ、恭也くん」
突如聞こえてきたその声に、恭也の反撃を受けずに済んだなどとは思いも知らず、美由希はそちらへと顔を向ける。
そこには、言うかどうか迷っているような感じでやや俯きがちなベリオが居た。
ベリオは少し辛そうな顔をしつつも、ゆっくりと口を開く。
「……リリィは、本当の破滅にあった事があるのよ」
「どういう事だ?」
「昔、リリィがこの学園に来たばかりの頃に、聞いた事があるのよ。
…彼女の世界では、破滅が猛威を振るっていて、彼女の住んでいた村も、本当の両親も、全て破滅の手によって消えたって」
ベリオの次げた真相に、恭也と美由希はただ言葉を失い、ただ黙ってベリオの話に耳を傾ける。
ベリオも、そんな二人へとゆっくりと話をしていく。
「だから、彼女は私たちの中で唯一、その辺りにいたモンスターに破滅が取り付いただけではない、
本当の破滅軍団を目撃した、言うならば、体験者なの。
リリィの常日頃の救世主にかける意気込みや憧れとかは、全部そこから来てるのよ」
「だが、それは少しおかしくないか? 確か、前回の破滅は千年前に起こったんじゃなかったのか?
だとしたら、何故、それをリリィが経験をしているんだ。寿命が物凄く長いとかなのか?」
「違うわ。千年前というそれは、この世界、根の世界アヴァターでの話。
時間流というものは、次元断層ごとに違っているらしいんです。だから…」
「どういう事だ、美由希?」
「わ、私に聞かないでよ。う、うーん…。
た、多分だけれど、たくさん存在するそれぞれの世界ごとに時間の進む速さとかが違うって事じゃないかな」
二人でこそこそ話していた内容が聞こえたのか、ベリオは美由希が言った言葉に頷くと、それを肯定する。
「その通りです、美由希さん。リリィのいた世界の時間の流れは、ここよりもずっと遅かったそうです。
この二つの世界の時間流の速さの違いによって、次元跳躍の際にはよほど力の強い召喚士でないと、
時間跳躍が起こってしまうらしいんです」
「だとしたら、俺たちも元の世界に戻る時に」
恭也の疑問に、ベリオは首を横に振る。
「いいえ。可能性はありますけれど、恭也くんたちはリコが赤の書で呼んだのだから、
あったとしてもそのズレはごく小さなものだと思いますが。ただ、恭也くんたちの場合は…」
「まあ、どうやって召喚されたのかが不明だからな。
それは良いとして、今の言い方だと、リリィはリコに召喚された訳じゃないみたいだな」
「ええ。リリィは、学園長が破滅に襲われて被災した世界から救って来たんです」
「学園長も召喚士なのか?」
「えっ、知らなかったんですか? かなり強力な魔導師らしいですよ。
何せ、学園長も別の世界の出身らしいのだけれど、独力で色々な世界に跳んで、破滅の脅威の元を調べ上げた末に、
このアヴァターへと跳んで来たそうですから」
「それは凄いな。だが、そんなに優秀な魔導師なら、自分で救世主にもなれたんじゃ」
恭也の素朴な疑問に、ベリオがすぐさま答える。
「召還器が呼べたら、そうしていたんじゃないでしょうか」
「つまり、学園長は」
「ええ。アヴァターに来て、すぐに召還器の試験を受けたそうですが」
「落ちたんですか?」
美由希の言葉に、ベリオは頷きつつも、少し複雑な顔を見せて話を続ける。
「落ちたといえば落ちたのですが、元々持っていた魔力が強かったのが災いしたのか、召還器を呼び出す前に敵を倒してしまって。
それで、どうしても成功しなかったらしいんです」
「それが不合格の理由というのは、本人も釈然としないだろうな」
「ええ。召還器は、自分の限界を超えるために救世主が呼び出す最後の力が形を取ったものと言われてます」
「だが、強力な魔力を持つ魔導師なら、危険な目に合えば、召還器の力を頼らずに相手を倒してしまう」
恭也の言葉にベリオは頷くと、話を変えるように少し明るい口調で言う。
「でも、確かに召還器は呼び出せなかったけれど、その実力と破滅に対する膨大な知識を買われて、この学園の学園長になったから」
「まあ、人に歴史あり、って事か」
恭也が締め括るように言った言葉にベリオと美由希が頷く。
これで、この話はお終いとしようとしたその時、美由希がぽつりと呟く。
「リリィさんって、強いですよね」
何となく解散という雰囲気の中、それぞれの部屋へと歩き出そうとしていた足を止め、恭也とベリオは美由希を見る。
「だって、そんな経験を一度したにも関わらず、救世主になって、破滅と戦おうとするなんて」
「そうですね。リリィの、苦しむ人々を助けたいと思うその気持ちは、とても立派だと思うわ。
破滅の本当の恐ろしさを知らず、それでも破滅に対して本気で立ち向かえる人なんて、どれぐらいいることか…」
そう言って俯くベリオに、恭也があっさりと言う。
「いるじゃないか。少なくとも五人は」
その言葉に驚くベリオと美由希に、恭也はその名を上げる。
「ベリオ、リコ、カエデ、未亜、そして、美由希。少なくとも、この五人はそうだろう」
「恭也くん…」
「違うよ、恭ちゃん。恭ちゃん自身も入れて、六人だよ」
「そうですね、恭也くんが抜けてましたね」
「いや、俺はそんな大した事なんて考えてないから」
「だったら、私だってそうだよ、恭ちゃん」
「……まあ、好きにしろ」
そう言うと、恭也は美由希の頭を照れ隠しがぐしゃぐしゃと掻き回す。
恭也の手の動きに合わせて揺れる頭に美由希が目を回しかけて抗議の声を上げるが、恭也は止めるつもりはないのか、
更に激しく美由希の頭を回すように動かす。
そんな二人をベリオがただ笑みを浮かべて穏やかに見詰めていると、向こう側からカエデが走って来る。
「ああ、皆ここにいたでござるか。学園長先生が我々をお呼びでござる」
「学園長が?」
「どうしてだ?」
ベリオに続き恭也が上げた声に、カエデはただ軽く頭を振る。
「さて、理由までは存じ上げてませぬが、兎に角、早急に学園長室に、との事でござる」
「何やら、嫌な予感がしてきたな」
「や、止めてよ。恭ちゃんの嫌な予感は当たるんだから…」
恭也の言葉に呟く美由希を横目に、ベリオがカエデへと尋ねる。
「リコは?」
「それが、リコ殿だけは、何処をどう探しても見つからないのでござる」
「兎に角、早急と言うのなら、急いで行った方が良いだろう。
ひょっとしたら、何かあったのかもしれないからな。
未亜は部屋にいるのか?」
「あ、うん。私が呼んでくるから、恭ちゃんたちは先に行ってて」
「ああ、分かった」
恭也はそう返事をすると、カエデ、ベリオと共に学園長室へと向かうのだった。
つづく
<あとがき>
さて、次は物語の結構、大事な部分。
美姫 「果たして一話で纏まるのか?」
それはまだ分からない…。
美姫 「はいはい。そんな事だろうと分かってるわよ」
あははは〜。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。