『DUEL TRIANGLE』
第十二章 禁書庫の迷宮
図書館へとやって来た一行は、学園長より預かった鍵で禁書庫へと入る。
全体のフロアもかなり広く、幾つもの本棚にぎっしりと本が並び、パッと見た限りでは、下へと続く階段は見当たらない。
それらを一通り見渡すと、カエデは感心したような声を上げる。
「ほう、ここが地下の禁書庫でござるか」
「気をつけて下さいね。学園長の話によると、ここには侵入者を撃退する罠があちこちにあるらしいですから」
ベリオの注意に耳を傾けつつ、慎重に足を進める恭也がぼやく。
「そんなものを仕掛けて、一体何を考えているんだろうな。
そんな奥に隠さず、すぐに結果が出せるように、身近な場所にでも隠して置いた方が良いと思うんだが」
「つまり、アンタみたいなバカが悪戯をしないようにでしょ」
「…いちいち、突っ掛かってきて疲れないのか?」
本当に不思議そうに尋ねる恭也に、リリィは眦を上げる。
「なんですって? 私は別に、突っ掛かってなんていないわよ!
単に思った事を口にしただけでね!」
「もう! 恭也くんもリリィもいい加減にして!
これは訓練でも試験でもないのよ!」
「わ、悪い」
「こいつが…」
「リリィ…」
「わ、分かったわよ」
反論するリリィの名をベリオが呼ぶと、流石のリリィもばつが悪そうな顔を見せてソッポを向く。
そんな三人の騒ぎをなんとなしに見ながら、美由希は改めて回りを見渡す。
「でも、ここが昔、救世主たちの最終目的地だったのなら、どうしてそんな大事な神殿の上に学園なんて建てたんだろう…」
「それは学園長も知らないって言ってたけれど、確かに不思議ね」
美由希と未亜の会話に、カエデが交じる。
「んー、救世主が生まれるまで、破滅に荒らされぬように隠しておくためでは?」
「それにしては、学園長が見つけるまでは誰も知らなかったみたいだがな。
そんな理由なら、管理者には普通は伝えられるんじゃないのか?」
美由希たちの話を聞き、恭也たちもそれに加わってくる。
「じゃあ、神殿を封印した人がわざと後世に伝えなかったって事?」
「どうしてでござるか。ここを封じてしまっては、真の救世主の誕生もあり得ぬではござらぬか?」
「もしくは、伝えたくても伝えられなかったか」
「何で?」
恭也が出した言葉に、美由希が不思議そうに尋ねてくる。
それを受けつつ、恭也が美由希へと言う。
「御神家のようなパターンもあるという事だ」
「あっ」
美由希が小さく呟きを零す中、多少の事情を知っている未亜は顔を伏せる。
しかし、それで分からない者たちもおり、リリィが恭也へと説明を求める。
「ちょっと、どういう事よ! アンタたちだけに分かるような言い方はしないでよね」
「あ、ああ、すまん。ただ、俺は美由希に答えたつもりだったから、ああ言っただけで…」
「そんなのは良いから、私たちにも分かるように説明をしなさいよね!」
恭也の言い訳を一刀に斬り捨てると、リリィはそう告げる。
それに仕方なさそうに肩を竦めると、恭也は簡単に説明を始める。
「つまり、元々の管理者一族全てが滅んだ、とかな。
それ故に、それが伝わらず、今の管理者である学園長が見つけるまでは、誰も知らなかったという可能性もある。
どちらにせよ、ここで推論を述べていても仕方ないだろう。
ダウニー先生の話が本当なら、書が教えてくれるんじゃないのか」
「まあ、それもそうね。ひょっとしたら、この本の中には、それに付いて書かれたものもあるのかもしれないけど…」
そう言ってリリィは周りの本棚を眺める。
その言葉を聞きながら、未亜は何気なく手近の本を一冊手に取る。
「この本の中に……」
「未亜さん、駄目!」
未亜の行動を見ていたベリオが声を上げるが、逆にその声に驚いたようにびくりと本の表紙に掛けていた指が震え、
そのままページを捲ってしまう。
途端、床が淡い光りを放ち、フロア狭しとモンスターが現われる。
「余計なものに触るなって言われたでしょうが!」
「ご、ごめんなさい」
「リリィ、そんな事は後回しだ。とりあえず、前と後ろ二手に分かれるぞ」
「何でアンタが指示を出すのよ!」
「つべこべ言ってる場合か!」
「リリィ、ここは恭也くんの言う通りに…」
「分かったわよ。じゃあ、後ろは私とベリオとカエデで引き受けたわ。
いくわよ、二人共」
「応!」
「はい」
リリィの言葉に答え、カエデがまず最初に敵へと向って行く。
そのカエデが向かう先へと、リリィが雷を放ち、ベリオは光の輪を作り出すと、カエデが向かう先よりも横へと放つ。
リリィの雷とベリオの光輪によって数体の敵が倒れる中、カエデは小刀を抜き放ち、手近に居たモンスターへと斬り掛かる。
一方の恭也たちは、リリィたちとは逆の位置にいる敵へと視線を向けつつ、未亜へと声を掛ける。
「未亜、召還器を呼び出せるか?」
尋ねながらルインを呼び出す恭也の横では、美由希もセリティを呼び出していた。
恭也の問い掛けに少し考えてから、ゆっくりと頷くと、片手をそっと上げる。
と、少しして、その手に未亜の召還器が現われる。
「なら、それで俺と美由希の援護を頼めるか?」
「え、援護と言われても、どうすれば…」
不安そうに尋ねる未亜の頭に手を置きつつ、恭也は優しく話し掛ける。
「そんなに難しく考ええる必要はない。俺や美由希の近くに矢を放ってくれればいい。
後、召還器の声が聞こえるのなら、自ずと力は引き出せるだろうから。
と言っても、その辺りは俺もよく分からないんだがな」
そう言って苦笑する恭也の横から、美由希も声を掛ける。
「大丈夫だって。リラックスして。いつも、部活でやっているような感じで良いから」
「で、でも、部活では的を射る事はあっても、動いている、まして、生き物を討つなんて…」
未亜の言葉に困ったように顔を見合わせる二人だったが、恭也が未亜へと話し掛ける。
「未亜の言いたい事は分かるが…。酷な言い方だが、やらないと俺たちがやられる。
あれは俺たちが知っているような生き物とは根本的に違うんだ」
僅かに肩を振るわせる未亜を見ながら、恭也は尚も優しく言い募る。
「出来ないようなら、無理はしなくても良いから。とりあえず、俺と美由希はここを離れるけれど、大丈夫か?」
「は、はい」
未亜が頷いたのを見て、恭也と美由希はお互い顔を見合わせて短く頷くと、モンスターの群れへと向かう。
長い時間共に鍛練を積んで来ただけあり、席次では下位に居る美由希だが、こと恭也との連携においては、
この二人が組んでの連携は、共に前衛でありながらも、救世主クラスの中でも随一だった。
それは実戦においても、──元々その為の訓練なのだから当たり前かもしれないが──当然の如く発揮される。
美由希の死角へと回り込んで来たモンスターは、恭也のルインを胸に受けて倒れる。
その隙を付くように背後から襲い掛かって来た手足のない丸い形をしたスライムと呼ばれるモンスターが、
その形を拳へと変えて飛針を打ち払う。その隙に恭也は、そのスライムを斬り捨てる。
二人の攻撃の前にその数をドンドン減らしていくモンスターたち。
と、二人の全く予期していない頭上、本棚の上から一匹の狼人がその爪を振りかざしながら降りてくる。
恭也と美由希は、丁度、お互いの背後から来ていたモンスターを互いに倒した所で、完全に無防備となっていた。
「危ない!」
「しまった」
「くっ」
未亜の言葉に二人は反応し、お互いを突き飛ばして何とかその一撃を避けるが、態勢の崩れた所へとモンスターたちが押し寄せてくる。
それを離れて見ていた未亜は、考えるよりも早く身体が動いていた。
「ジャスティ、お願い!」
未亜がジャスティの弦を引き絞ると、その手に矢が現われる。
未亜が放った矢は、真っ直ぐに飛んでいき、今しも恭也を襲おうとした狼人へと刺さる。
一瞬怯んだ狼人に対し、恭也は立ち上がりざまに斬り伏せる。
それを確認する間もなく、未亜は美由希の方へと今度は放つ。
放たれた矢は、先程とは違い、当たった瞬間にその個所を凍りつかせる。
美由希はそれを見て、その部分にセリティで攻撃を加える。
何とか態勢を立て直した二人を見て、未亜はほっと肩の力を抜きつつ、徐々にではあるが援護を始める。
未亜からの援護を得た二人は、次々にモンスターたちを倒して行く。
やがて、恭也と美由希が全てのモンスターを倒し終え、未亜の元へと戻って来ると、リリィたちの方も終わったらしく、
恭也たちの元へとやって来る。
「そっちも無事だったみたいだな」
「当然でしょう。あんな雑魚にやられている場合じゃないのよ」
そう返すリリィの横で、カエデは険しい顔で呟く。
「しかし、聞きしに勝る剣呑な場所でござるな。
これでは、迂闊に調べる事もできないでござる」
「あ、あの、ごめんなさい」
「良いでござるよ」
「そうそう、皆こうして無事だったんだし」
「そうよ、気にしないでね」
謝る未亜に対してカエデや美由希、ベリオらが何でもないように答える。
それを聞きながら、恭也とリリィは辺りを慎重に見渡しながら話し出す。
「どうやら、ここも一階にあった入り口と同じように、下へと降りる階段がカモフラージュされているみたいだな」
「ええ、そのようね。こうなったら、手分けして探した方が良さそうね。
ただ、どんな罠がどこにあるのかは分からないから…」
「一人で動かない方が良いだろうな。それと…」
「迂闊な場所には触らない事ね」
お互いに今後の方針を決めつつ話ていた二人だったが、はたっと気付いたように、思わず顔を見合わせる。
「って、何でアンタと、のほほんとこんな話をしなければいけないのよ!」
「別にのほほんとはしてないだろう。それに、俺が話している所へ、お前が相槌を打ってきたんだろう」
「そんな訳ないでしょうが! たまたま、私が考えていた事をアンタが口に出していたから、ついよ、つい」
「はいはい。それよりも、さっさと階段を探そう」
リリィの言葉を軽く受け流し、それに尚も文句を言ってくるのを流しながら恭也はそう言う。
「そうね、そうしましょう。ほら、リリィ、向こうを探しましょう」
まだ文句を言っているリリィの腕を掴むと、ベリオは少し強引に歩いて行く。
そんなベリオに感謝しつつ、恭也は残る面々を見て、未亜へと声を掛ける。
「それじゃあ、未亜、行こうか」
「あ、はい」
「カエデと美由希は向こうを頼む」
「分かったよ」
「了解でござる」
恭也の言葉に頷くと、美由希たちも階段を見つけるために歩き出すのだった。
§ §
恭也たちの居る階よりも、更に深い階に一人の少女の姿があった。
少女はまるで道が分かっているかのように、その足取りに迷いはなく、静かなフロアをただ静かに歩いて行く。
と、その足が急に止まり、前方を軽く見詰める。
少女、リコが見詰める先から、二足で立ち、その手に先が大きく膨れ上がった棍を持ち、
全身を毛に覆われた、犬に似た顔をしたモンスターが姿を見せる。
一匹だけでなく、その後ろから数匹、新たに現われてくるソレをただ静かに見詰めつつ、リコは小さく呟く。
「困った人たち……。こんな危ないものを…」
リコの呟きに答えるように、低い唸り声を一斉に上げるソレに、リコは尚も静かな口調のまま話し掛ける。
「どいて。あなたたちでは、私を止められない……」
淡々と告げるリコだったが、そのモンスターたちはゆっくりとリコへと近づき、一斉に叫び声を上げて襲い掛かる。
そんな行動を目を細めて見遣りつつ、リコは静かに片手をモンスターたちへと向けて持ち上げると、
「駄目なのね…。そう、なら仕方ない……」
呟くと同時に、フロアに眩い光が満ちる。
§ §
「あ、あったわ」
ベリオが上げた声に、全員がベリオの元へと集まる。
「何処でござる?」
「ここよ、この壁に薄く切れ込みが…」
「本当だな。開くか?」
恭也の問い掛けにベリオは一つ頷くと、その切れ込みへと手を伸ばし、
「待って、今……」
開けた瞬間、すぐ目の前に数種類のモンスターが居た。
「きゃぁぁぁ」
「ベリオ下がれ!」
恭也が叫びつつ前へと出ようとするが、それよりも早くベリオに近かったカエデがベリオの前へと出て、
モンスターが繰り出してきた攻撃を受け止める。
受け止めるが、その大きな体躯から繰り出された強烈な一撃を完全には受け止めれず、数メートル吹き飛ばされる。
思わず膝を付くカエデの元へ、狼の姿をしたモンスターが後ろ足だけで走り寄り、その爪を振りかざす。
その爪を恭也がルインで受け止め、狼の腹へと蹴りを放ったのを合図に、全員が弾かれた様に動き出す。
幸いというか、それ程数が多くなかったため、程なくしてモンスターたちを全滅させた恭也たちだったが、
この戦闘でカエデが傷を負ってしまう。
幾つかの傷の中でも、特に大きいのが背中に走る傷で、そこは大きく斬り裂かれていた。
他の傷は切り傷ではなく、棍棒などの打撃武器によるものだったため、血を見ずに済んだのは、
カエデにとっては良かったかもしれない。
が、怪我そのものは結構、酷いらしく、その場に座り込むカエデベリオが見て言葉を無くす。
「これは……。帰った方が良いですね」
「そ、そんな…、あうっ」
「ベリオ、回復魔法は?」
恭也の言葉に首を横へと振りつつ、ベリオは答える。
「やってるけれど、どうも怪我だけじゃないみたい。
毒も受けてる……」
「解毒は?」
「…………駄目。特殊な毒みたいで、私の魔法では回復しきれない。ごめんなさい」
「いや。……完全な回復が無理となると、このままでは取り返しのつかない事になるな。
カエデ、ベリオの言う通り、ここは帰った方が良い」
「し、しかし…」
何か言おうとするカエデを遮るように、いつになく厳しい口調でリリィがカエデへと言葉を投げる。
「私たちの事を思うのなら、帰るべきよ。
傷を負ったあなたを守る為に、私たちを危険にさらしたくないのならね」
「そうでござるな……。無念でござるが、みなに迷惑を掛ける訳にはいかぬゆえ。
ここは大人しく引き上げるでござる」
そう決心したカエデへと、ベリオが心配して尋ねる。
「大丈夫? 一人で戻れる?」
「それは大丈夫でござるよ。少し痺れが残ってはおりますが、とりあえずは。
師匠、リコ殿の事は…」
「ああ、任せておけ。リコは俺が連れて帰ってやる。
だから、カエデは医務室で手当てを」
「かしこまって候。では、おのおの方、御免」
そう告げると、カエデは少しふらつきながらもこの場を去って行く。
その背中を少しだけ見送った後、恭也たちは下へと降りて行く。
あれからどれぐらい降りたか、下へと降りてはその度に戦闘を行い、恭也たちは下へ下へと降りて行く。
今も戦闘を終え、一息吐いた所で、ベリオが疲れた顔を見せながら呟く。
「今の戦闘で、48回目よ」
「流石に疲れたな」
言いつつも、恭也と美由希の顔にはそんなに疲労の色は強くは出ていなかった。
そんな二人を睨むように見詰めていたリリィは、しかし、疲れているのか突っ掛かるような真似はせずに、違う事を口にする。
「それにしても、リコの姿が見えないわね。まさかとは思うけれど…」
「リリィ! そんな縁起でもない」
「だって、それじゃあ、リコはどこに行ったのよ?」
「普通に考えれば、もっと下じゃないのか」
「何が普通によ、このバカ。私たちは複数人で来てるのよ。
それに対して、リコは一人。幾ら何でも、そろそろ追い付いてもおかしくはな…」
リリィの言葉を遮るように、ベリオが口を挟む。
「いいえ、リコならあり得るかも。だって、あの子は…」
「そうか、召喚士だったわね。似たような構造が続くこの場所なら、結界を突き抜けて飛べるのかも」
「分からないわ。だけど、その可能性もあるわ。
なら、私たちもリコも目指す場所は同じ。一刻も早く追い付かないと」
「そうね。急ぎましょうか」
そう言って歩き出そうとするリリィの出鼻を挫くように、美由希が今気付いたのか、不安そうな顔で恭也を見る。
「そう言えば、恭ちゃん、右膝は大丈夫なの? こんなに長時間の戦闘をして…」
「そう言えば、恭也さんの右膝って…」
美由希の言葉に未亜もそれを思い出し、気遣わしげに恭也を見る。
一方、何の事か分からないリリィとベリオが説明を求めて恭也を見る。
「はぁ。大した事じゃないんだが、昔、右膝を壊した事があってな。
以来、余り激しい動きや長時間の戦闘は右膝に負担が掛かるんで、出来る限りやらないようにと言われてな」
「右膝を壊したって…。今まで、その状態であんな動きをしてたの、恭也くん!?」
「アンタ、バカ? それだったら、早く言いなさいよね!
そしたら、少しぐらいは休憩を挟んだのに!
一応、アンタも戦闘の時は頭数に入っているんだから、急に戦線離脱されるとこっちが困るでしょう!」
「そうも言ってられるような状況でもなかったしな。それに、まだそんなに動いた訳ではないしな」
「……充分、動いてるんだけど、休日の時の二人の鍛練からすると、問題ないのかな?」
恭也の言葉に、二人の鍛練を聞いた事のある未亜は複雑そうな顔を見せる。
そんな美由希たちに向かって、少し安心させるように言う。
「それに、召還器で戦っていると、普段よりも負担が軽いからな。
まだ大丈夫だ。それよりも、ベリオたちの方が疲れているみたいだが、大丈夫か?」
逆に恭也にそう聞かれてしまい、ベリオたちは苦笑を浮かべる。
魔法を使って精神力も消費するベリオやリリィは、大分疲れてきているようだし、未亜も体力的に疲れているようだった。
それでも、三人とも首を横へと振る。
「とりあえず、問題がないのなら、進みましょう」
「そうよ、さっさとリコに追いつかないとね」
ベリオがそう言うと、リリィも答えるように言って歩き始める。
そんな二人の後を追いながら、美由希は恭也を見上げる。
「恭ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「ああ、まだ問題ない」
「分かった。でも、無理そうならちゃんと教えてよ」
その美由希の言葉に何も答えず、恭也はただ美由希の頭に手をおき、軽くポンポンと叩く。
と、目の前を歩いていたはずのベリオが急にふらつき、小さく声を上げて倒れ込む。
慌ててその腕を掴んで受け止めると、恭也はベリオの顔を覗き込む。
「一体、どうしたんだベリオ、って、すごい熱があるじゃないか」
「えっ!?」
恭也の言葉に驚くリリィの後ろから、美由希がベリオの腕部分を指差す。
「恭ちゃん、ここ!」
美由希が指差す個所を見れば、かすり傷程度の小さな傷口が出来ており、そこが青紫へと変色し始めていた。
それを見たリリィがはっきりと告げる。
「これは、毒だわ」
「だとしたら、直に解毒をしないと」
恭也の言葉に悔しげにリリィは言う。
「でも、解毒の魔法はベリオとリコしか使えないのよ」
「お前は?」
「私は……。救世主にとって必要なのは、敵をやっつける為の攻撃魔法の方だと思って……」
「くっ。こうなったら、誰かが急いで上まで運ぶしかないな」
恭也の言葉に後悔するような表情をしていたリリィだったが、すぐに頭を切り替えると、未亜へと視線を向ける。
「未亜、あなたが運んで」
「私ですか?」
「未亜よりも、俺か美由希が行った方が…」
リリィの言葉に驚いたような声を上げる未亜に、リリィは言い聞かせるように言う。
「召還器を呼び出している限り、未亜だって普通の人よりも力があるのはもう分かってるわよね」
頷く未亜へと、リリィは更に言葉を続ける。
「今までの事から考えれば、これからは敵も更に強くなっていくわ。
一瞬たりとも気を抜けないの。だから、戦力的にこの中から誰かが抜けるとしたら…」
「私しか居ませんね。分かりました」
リリィの言葉に納得すると、未亜はベリオを背負うと立ち上がる。
「ベリオさん、暫らくの間、我慢してね。…皆も気を付けてね」
「私が付いているんだから、大丈夫よ!」
未亜の言葉に力強く答えるリリィに、恭也は肩を竦め、美由希はただ無言のままで心配そうに未亜を見ていた。
そんな美由希へと微笑み掛けると、未亜は恭也たちに背を向けて、来た道を戻り始めるのだった。
そこから更に数回分降りた恭也たちは、前方からの轟音と眩い光にその足を進める。
と、その視界に小さな女の子の背中が飛び込んでくる。
「リコ!」
その背中へと恭也が声を掛けると、リコは驚いたような表情で振り返り、恭也を見て更に驚く。
「恭也さん、どうしてここに?」
「リコが心配だったからに決まっているだろう」
「心配……?」
「それと、導きの書を手に入れるためね」
恭也の言った言葉を不思議そうに繰り返していたリコへと、リリィがもう一つの事を言う。
それを聞き、リコがリリィへと言う。
「でも、ここに来るのは、危険なのに……」
「確かに、散々な目に合ったわ。でも、それらを突破してきたのよ、みんなで」
「……みんな?」
不思議そうに二人を見るが、恭也とリリィ以外には、その後ろに居る美由希しか見当たらない。
そんなリコの仕草に気付き、恭也が説明を加える。
「まあ、他の連中は色々あって、リタイアしてしまった」
「でも、これでリコさんも加わったし、何としても導きの書の所まで行こうね」
美由希の言葉に対し、リコはいつもと変わらぬ表情のまま答える。
「余計な事……しないで」
この言葉に全員が驚く中、リコは尚も淡々と続ける。
「召喚陣は私が直すから、三人は上で待ってて」
これに対し、リリィが真っ先に反応を見せて叫ぶ。
「冗談じゃないわよ! 導きの書を手に入れた者は、救世主になれるのよ!
リコにだけ、美味しい所を持っていかれてなるもんですか!」
「……違う」
「何がよ!?」
「あれは……、そんな……」
「恭ちゃん!」
リコが何か言おうとした時、奥のほうから低い唸り声が聞こえ、美由希はセリティを構えて注意を促がす。
それを受けた恭也は、言い合っている二人へと割って入る。
「話は後回しだ、二人共。今は、こっちの方が先だ」
「…そうね。話は後ですればいいわ」
リリィはそう言うと左手を前方へと向け、リコはただ無言で前方を見詰める。
襲い掛かってくる狼人の爪をルインで受け止めて流すと、そのままその狼人とはすれ違い、
その後ろに居た、虎を思い出されるような顔に黒縞模様の身体を持った獣人と剣を合わせる。
さっきの狼人はリリィが放った火球によって倒される。
その一連の動きの間に、美由希も前方へと出て、セリティを振るう。
恭也と美由希を援護するようにリコの魔法が飛び、二人の攻撃が届かない場所へは、リリィの魔法が飛ぶ。
今までにない程居たモンスターの群れは、四人の前にその数を減らしていく。
「これで、終わりよ!」
最後の一匹へと、リリィが叫びながら放った雷撃が決まり、リリィは流石に疲れたのか大きく肩で呼吸を繰り返す。
「はぁ〜、はぁ〜。ど、どうよ」
流石に美由希も呼吸が乱れ始め、恭也も少し疲れた顔を覗かせる中、新手が姿を見せる。
「う、嘘!?」
「い、いんちきだ…」
「しつこいな」
驚いて呟いたリリィの言葉に続くように、美由希、恭也も追わず愚痴のような事を口にする中、リコは僅かに眉を顰める。
「そう、……エル、本気なのね……」
リコの呟きはしかし、すぐさま響いたリリィの声に掻き消される。
いつの間に現われたのか、リリィのすぐ傍にまで近づいていた2メートルほどの大きさの骸骨が、
手にした骨を鈍器代わりにしてリリィへと振り下ろす。
咄嗟に身を翻してそれを躱そうとするが、間に合わず、そのまま数メートル飛ばされる。
「リリィさん!」
思わずリリィの方を見た美由希だったが、すぐに恭也の鋭い声が飛んで来て、すぐに視線を戻す。
「美由希、前!」
恭也は美由希へと注意をしながら、近づいて来ていた骸骨を一体、打ち倒す。
美由希は自分へと振り下ろされる攻撃をセリティで受け止めるが、微かに顔を顰める。
と、その後ろから1メートル程の小さな骸骨が美由希へと攻撃をしてきており、後ろへと跳ぶものの、僅かに攻撃を掠らせる。
しかし、大したダメージを受けなかった美由希は、すぐさま前へと進み出ると大きい方の横をすり抜け、
後ろに居た小さい方を先に倒す。
恭也と美由希が前方の敵を一手に引き受けている間に、リコは後方に現われた骸骨を雷の魔法で倒し、リリィの元へと行く。
リリィを庇いつつ、リコは恭也たちの援護を始める。
それ程、数が居なかったので、すぐに敵を全滅させると、恭也たちもリリィの元へと来る。
リリィは何とか立ち上がろうとするが、その途中で痛みに顔を顰める。
「くっ」
「…動かないで」
リコはリリィをそっと横たえると、さっとリリィの様子を調べる。
「…左の鎖骨とアバラが折れています」
「致命傷ではないが、戦闘を続けるのは少し無理だな」
「はい。すぐに帰さないと…」
「…私なら、まだまだ、大丈夫よ」
言って立ち上がろうとするリリィを制し、恭也が強い口調で言う。
「そんな状態で戦ってどうする。下手をしたら、それこそ死ぬぞ。
よく考えろ。大切なのは、書を取りに行く事なのか? 世界を救う事なのか?
どっちか分かるだろう」
「……ふっ。よりにもよって、一番座学が悪いバカに、そんな事を諭されるなんてね」
「むっ、それは否定しないが……。ったく、どこまでも憎まれ口ばかりな奴だな。
まあ、良い。それに、お前がカエデに言ったんだぞ」
「傷を負った私を守る為に、アンタたちを危険にさらしたくないのなら、ね。
良いわ、分かったわ。けど、ちゃんと導きの書は持って帰ってきなさいよ!」
「ああ」
「…美由希も、このバカのフォローをお願いね」
「は、はい」
「では、逆召喚で送ります…。エロヒーム ヒーエット モツァー」
リコはそう告げると、リリィを送り返す為の逆召喚を唱える。
数瞬後には、そこにはリリィの姿はなかった。
「これで、後は三人か」
恭也の呟きにリコはただ無言で恭也を見る。
それに気付いた恭也が、そんなリコへと言葉を掛ける。
「どうかしたのか、リコ?」
「恭也さんたちも、帰る気はありませんか?」
「それはな…」
「ああ、別に良いぞ」
ないと言おうとした美由希は驚いて恭也を見、言った本人のリコは表情を変えずにその真意を探るように更に尋ねる。
「本当ですか?」
それに対し、恭也は首肯しながら口を開ける。
「ああ。ただし、リコも一緒に帰るならな」
「…それは、出来ません」
「なら、俺も帰れないな」
「そんなに救世主になりたいんですか?」
「どうだろうな。それよりも、今は単に、リコが心配だったからな。
だから、ここに来たのに、リコをこのまま一人で行かせたら、何のためにこんな所まで来たのか分からなくなる」
恭也の答えが予想外だったのか、リコが珍しく驚愕も顕わに恭也を見詰める。
「私を?」
「ああ、そうだ」
「…そんな、私なんか……」
「ほら、行くぞ。救世主と学園の秘密とやらが分かるかもしれないんだからな」
恭也の言葉に、リコは微かな笑みを見せる。
「本当に、知りませんからね。……気を付けて」
「分かってるって。と、その前に…」
そう言って恭也は美由希へと視線を向ける。
「な、なに、恭ちゃん」
「お前は、誤魔化せるとでも思ったのか」
「な、何の事かな?」
「何のじゃない。さっきからずっと黙っているし、さっきの戦闘では可笑しな動きをしているし…」
「き、気のせいだって」
「バカか、お前は。お前を剣士としてそこまで育て上げたのは誰だと思っている」
「うっ、そ、それは……恭ちゃん」
「…ったく、右腕と足首はどっちだ」
「ひ、左」
美由希の答えに、恭也はそっと美由希の左足を触る。
「っ!」
「腫れて微かだが熱を持ってるな。…骨には異常はないみたいだが。
腕の方は、皹ぐらいはいってるかもしれんな。ったく、もっと早くに言え」
「だ、だって」
「さっきのあの骸骨と戦う前にやったな?」
「う、うん」
「だろうな。最初の一撃を受けたときに、変な顔をしてたからな。
それに、あの程度の攻撃を避けきれないとは思えないからな。
リコ、悪いが美由希も送ってくれ」
「だ、大丈夫だよ、これぐらい。それに、鍛練じゃあ、こういう場合も想定してやってるじゃない」
「ああ、そうだな。だが、それは退く事が許されない状況下でだ。
今は無理をするな。後は俺とリコで行くから」
「……うん、分かったよ。恭ちゃんたちの足を引っ張るのは嫌だもんね」
恭也の言葉に素直に美由希が頷いたのを見て、恭也はリコへと合図する。
それを受けたリコは、同じように呪文を唱え始める。
「じゃあ、先に戻って待ってるから。恭ちゃんも右膝の事があるんだから、無理したら…」
「分かってる」
恭也がそう帰した所で、美由希の姿もまた、この場から消え去る。
それから二人は歩を進める。
下へと続く階段を降りながら、リコが恭也へと尋ねる。
「恭也さん、右膝というのは? 怪我でもされたんですか?」
「まあな。ただ、今回の件での怪我じゃないから」
そう言って恭也はリコにも過去に右膝を壊した事を教える。
その表情に特に何も変化は見れなかったが、どうやら驚いているらしいと言う事は何となく分かった恭也だった。
と、下へと着いた途端、狼人の大群が押し寄せてくる。
「いやひゃ、手厚い歓迎だな」
言いながらルインを構えてリコの前へと出ようとする恭也を制し、リコが前へと出る。
「リコ?」
不思議そうに問い掛けてくる恭也へと無言を返し、リコは両手を頭上を掲げ、口の中で何事か呟き、一気に下へと振り下ろす。
と、リリィが放つよりも大きな雷が頭上より五本落ち、辺りを閃光が覆う。
それが晴れると、そこには既に狼人の群れはなかった。
「…リリィよりも断然強い」
茫然と呟いた恭也は、歩き始めたリコの横へと慌てて並びながら、リコに尋ねる。
「なあ、リコ。どうしていつもは、その力を使わないんだ?
魔法のことは詳しく分からないが、リコの魔法の威力はリリィ以上じゃないのか?」
「……」
「ひょっとして、聞いてはいけない事だったか?
だとしたら、すまない」
「…いえ、別に謝られる事でも」
恭也の言動にはどこか調子が狂わされるのか、リコは表情こそ変わらないものの、何処か慌てたような雰囲気を感じさせる。
そんなリコを眺めつつ、恭也はリコが感情の起伏が乏しいのではなく、それを出す事が苦手だと考える。
そう考えて改めてリコの今までの様子を思い出してみれば、表情にこそ余り出ないものの、結構、色んな感情を出していたと思えた。
と、更に階段を降り、黙々と歩を進めていた二人は、今までとは違ってかなり広い場所へと出てくる。
そのあまりの広さに、恭也も思わず茫然となる。
「……凄い広さだな。上にある図書館よりも広い」
「…当然です。ここに納められているのは、アヴァターの無限の歴史そのものですから」
リコの説明に感心した声を上げつつ、恭也はふと疑問を覚える。
「そういえば、どうしてリコはここに導きの書があるって知ってたんだ?
リコはここに召喚陣を直す為に来たんだよな。その為に必要な導きの書の元に。
でも、何故、それを?」
言いつつ、恭也は落ちかけている本を見つけ、それを直そうと手を出す。
「恭也さん、……それに触れると、危ないです」
リコの言葉に伸ばしていた手を止めて引っ込めつつ、リコへと尋ねる。
「リコ、どうして危ないって知ってるんだ?」
「……それは」
言い辛そうにするリコへと、恭也はただ黙って見詰める。
「……秘密です。……内緒なんです」
やがて出てきたリコの言葉に、恭也は何かを察したのかそれ以上の追求は止め、再び歩き始める。
と、やがてリコが立ち止まり、
「…着きました」
「着いた? ここが導きの書がある古代神殿の最深部という事が」
そう言って恭也が向けた視線の先には、一冊の書が大きな石版に鎖で何重にも巻き付けられていた。
まるで、書を封印しているかのように。
つづく
<あとがき>
さあ、遂に辿り着いた最深部。
美姫 「一体、何が起こるのかしらね」
いよいよ次回は導きの書が、その手に!?
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」