『DUEL TRIANGLE』






第十三章 封印されし魔導書と守護者





「……あれが、導きの書?」

恭也の呟きは、思ったよりも反響して部屋に響く。
その横で、リコは頷きながら、その言葉を肯定する。

「その通りです。あれこそが、この世の森羅万象全てを記してあるとされる書です。
 その書を手に取るものは、世界を決める者と言われています」

「世界を決める、か。また随分と大層な書だな」

肩を竦めるようにして言った恭也に、リコは真摯な瞳を向けてじっと見上げる。

「恭也さん、今ならまだ間に合います。
 書のことは私に任せて、地上へと帰る気はありませんか?」

「まさか。さっき、と言っても、結構、前になるのか? 兎に角、前にも言っただろう。
 別に俺は書のためだけにここに来た訳じゃないって。
 リコだけを残して帰れるわけないだろう。帰る時は一緒だ」

「……分かりました。では、書の封印を外します。
 覚悟は良いですか」

リコの問い掛けに頷きで帰すと、リコは掌を書へと翳す。
と、書が微かな光を放ち、書が置かれてある他よりも少しだけ高くなっている祭壇の階段の前に、微かな光が生まれる。
その光は徐々に弱まりながら、一つの形を取り始める。
光が完全に消え去ると、そこには、ライオン、龍、山羊という三つの顔を持ち、蝙蝠の羽に尻尾が蛇という四足の獣が姿を見せる。

「成る程、覚悟か。で、これは?」

「導きの書の守護者です」

「うーん、勝てると思うか?」

「勝てなければ、無謀な覚悟だったと言うだけです」

「まあ、確かにな……。ルイン!」

リコの言葉に苦笑を浮かべる恭也だったが、相手は待ってくれるという気はないらしく、地面を蹴って跳躍する。
それを見た恭也は、すぐさま召還器を呼び出すと、獣が振り下ろしてくる前足の一撃を跳んで躱し、その鼻先へと斬り付ける。
三つあるうちの真ん中にあるライオンの鼻先へと斬りつけた恭也へと、ライオンの左にある龍の顔が口を開ける。
その奥に赤い揺らめきを見た恭也が、すぐさま後方へと大きく跳び退ると、それを追うように炎が伸びてくる。

「火まで吹くとは、本当に化け物という感じだな」

炎の射程外まで下がった恭也と入れ替わるようにリコが前へと出ると、頭上に大きな書が浮かび上がり、
物凄い速さで独りでにページが捲れていく。
あるページでその動きがピタリと止まると、書からブリザードが吹く。
龍の吐いた火と吹雪がぶつかり合い、お互いに消滅すると、恭也はすぐに飛び出し、獣へと向かう。
それを見た獣は羽を広げ、跳ぶ態勢へと移るが、その少し上をレーザーのようなモノが飛んでいく。
リコが放った魔力の帯びにより、上空へと逃れられないと悟った獣は、山羊の顔を前面へと向けると、
頭の両端にある角と角の間に、ばちばちと音を立てる蒼白い光の弾を作り出し、恭也目掛けて放つ。
自分へと向かって来るソレを見据えながら、恭也は静かにルインを握る手に力を込め、右手を左肩の前まで掲げる。
ルインの刀身部分に黒い光を纏わり付かせると、恭也は腕を斜め下へと振り下ろし、迫ってきたソレを叩き斬る。
そのまま獣へと目掛けてルインを上へと斬り上げ、山羊の角を一つ斬り飛ばす。
そこへ、恭也の背後から雷光が獣目掛けて飛来し、今しも恭也へと襲いかかろうとしていた尾を撃つ。
その間に恭也は少し後ろへと跳び、再び獣との距離を開ける。
そこへ、今度はリコの魔法弾が飛んで行き、それに対して獣が対処しようと動きを見せると、
その隙を付くように恭也が近づいてルインを振るう。
恭也へと獣が攻撃を仕掛けると、リコから援護の魔法が届き、その間に恭也は獣から距離を取る。
お互いをしっかりと援護する二人の動きに、獣は恭也たちに攻撃らしい攻撃も加えられないまま、少しずつではあるが、
確実にダメージを受けていく。

「ゴルルルルゥゥゥゥ」

腹立ちそうに唸り声を上げる獣へと、恭也とリコは手を休める事無く攻め続ける。
獣の身体のあちこちに傷ができ、動きが鈍くなったのを見ながら、恭也がリコへと声を掛ける。

「リコ、奴の目を一瞬でも晦ませる事が出来ないか」

「三つの頭、全てのですか?」

「ああ。いや、四つになるのかな? あの尻尾の蛇にも目があるみたいだし」

「……やってみます」

「ああ、頼む」

恭也の言葉に一つ頷くと、両手を天に掲げて呟き、それを振り下ろす。
と、獣の眼前に大きな雷が三つ落ち、眩い閃光と轟音、暴風を生み出す。
その隙を付くように獣へと接近した恭也は、足からスライディングして獣の体の下へと入り込むと、獣の胸、
恐らく心臓があると思われる個所へとルインを突き刺す。
獣の口から声にならない声が上がり、口から一斉に血を吐きながら、暴れる。
滅茶苦茶に前足を振り回す獣の下から転がり出ると、恭也は獣と距離を開ける。
大きく動き回っていた獣は、やがて徐々にその動きを小さくさせ、最後に痙攣すると、そのまま動きを止める。

「…ふぅ、何とか倒せたか」

ほっと胸を撫で下ろす恭也に、リコが珍しく大きな声を上げる。

「まだです!」

「まだって…」

「導きの書の守護者は、不死ではありませんが、限りなく、それに近い存在です」

リコの言葉に、倒れている獣を見ながら、恭也は用心深くルインを構えつつ、隣りのリコへと話し掛ける。

「つまり、すぐに復活するって事か」

「……はい」

「で、倒すにはどうすれば良いんだ?」

「…限りなく不死には近いですが、不死ではありませんから…」

「つまり、復活しなくなるまで倒せって事か」

「……はい」

げんなりとした感じで言った恭也の言葉に、リコは平然と頷く。
恭也も仕方がないとばかりにルインを構え、獣が起き出して来るのを待つが、一向にそんな気配を見せない。
暫らくそのままで待っていたが、やはり何も動きがないので、恭也がリコへと視線を向ける。
その視線を受け、リコはありえないという顔を見せる。

「…ありえません。あれぐらいで死ぬなんて」

「じゃあ、何で起き上がってこないんだ? ひょっとして、死んだ振りでもしているのか」

恭也の言葉に、リコは小さな炎を灯して獣へと投げる。
それは獣の毛を焼き、獣皮さえも焦がすが、それでも何の反応も見せない。

(…まさか、本当に死んでいる? でも、そんな……)

全く反応を見せない獣に、リコもそう判断するが、それでもまだ信じられないという顔を見せる。
と、いきなり獣が爆発し、四散する。

「どうした、リコ? やっぱり、死んでなかったのか?」

恭也は今の現象を、やはり死んでいなかった獣へリコが攻撃を加えたと思い尋ねるが、リコはそれに首を振る。

「…いえ、今のは私じゃ。……何処からか、別の魔力が」

「自爆って事か?」

「そんな事……」

ありえないと呟くコに、恭也が声を掛ける。

「まあ、リコだってここに来るのは初めてなんだろう。
 何かの書で読んで知っていたのかもしれないが、全てがきちんと書かれていた訳ではないって事だろう」

「…そんなんじゃ。…それに、その前に……」

「ん? 何か言ったか?」

リコの呟きが聞こえなかった恭也は聞き返すが、リコは首を振って何でもないと答える。
それを暫らく見ていたが、恭也は不意に視線を目の前の導きの書へと移す。

「それじゃあ、さっさと書を取って帰るとするか」

恭也はそう言うと、祭壇へと登ると、後ろに付いて来ていたリコへと振り返って尋ねる。

「この鎖は外しても良いのか?」

「……はい、構いません。それは、ただの鎖ですから……」

リコの確認を得て、恭也はルインで鎖を断ち斬ると、導きの書を手にする。

「これで帰れるな」

そう言って振り返った恭也は、急に体に妙な力を感じて膝を着く。

「か、身体が……動かない。…リコ、逃げろ」

何かのトラップが発動したと思った恭也は、リコにそう言うが、リコは微かに顔を顰めながら、恭也の手から本を取り上げる。

「…ごめんなさい、トラップではなく、私です。
 本を再封印するまで、我慢してください」

リコの言葉に、恭也は驚いたような顔でリコを見上げる。

「リコ、どうして……」

「この本は人が見てはいけない本なのです」

いつもと変わらない表情の中に、恭也は悲しみにも似たものを感じ取り、ただ静かにリコを見詰める。
恭也の視線に耐えられないのか、顔を背けながらリコは続ける。

「この本を見た者は、救世主となる。……でも、それは同時に未来を知ることです。
 …………その中で、真に救世主の使命の重さに耐えられる人はいませんでした……」

「それはどういう……」

「皆、その使命の重さに耐え切れずに、自らの命を絶って逝きました……。
 だから、だから…………」

リコが悲しそうに搾り出すように呟いた言葉に、第三者の声が繋がる。

「だから、貴方は新しい救世主を選ぶ事をやめたのよね」

「イムニティ?!」

リコが上げた驚愕の声と共に、一人の少女が恭也たちの前に姿を現す。
その姿はイムニティと瓜二つと言っても言い程似通っており、髪や瞳の色、声や服装などといった違いがなければ、
見分けが難しいだろう。
その少女、イムニティの登場に、恭也も思わず二人の顔を見比べる。
そんな恭也にお構いなく、イムニティはリコへと話し掛ける。

「お久し振りね、オルタラ。…いえ、今はリコ・リスと呼ぶべきかしら?」

「イムニティ……。そんな、どうやって……」

「あなた達が掛けた封印を破ったか? って事かしら?」

驚きつつ言うリコの台詞を奪う様に、どこか馬鹿にするような笑みを見せながらイムニティは続ける。

「そんなもの、マスターを得た私の力を持ってすれば、造作もないこと」

「マスターを? 嘘です!」

叫ぶように言ったリコの台詞を、イムニティは可笑しそうに笑い飛ばす。

「くすくす。嘘じゃないわよ。どうしても信じられないって言うのなら、証拠でも見せてあげましょうか?
 丁度、そこに活きの良いのが居ることだし」

「…もしかしなくても、俺の事か」

「くすくす。ご名答よ。今なら、この子を肉片に変えるぐらい雑作もないわよ。
 現に、守護者は肉片も残らないほどに砕けたでしょう。まあ、そうは言っても……」

「……守護者を四散させたのは」

「この子?」

楽しそうに告げるイムニティの言葉に反応し、微かに顔を歪めるリコだったが、すぐに何かに気付き、
見当違いの所に突っ込みを入れる恭也へと慌てたように声を掛ける。

「恭也さん、こっちへ!」

リコの言葉と同時に動くようになった体で、恭也はすぐにリコの元へと跳ぶ。
そんな慌てたリコの様子を眺めて、イムニティは楽しそうに笑う。

「ふふふ。どうしたのかしら? 赤の書のリコともあろう者が、そんなに慌てて。
 ははぁ〜、その人が、あなたの選んだ……」

「違う! 違います! 恭也さんは救世主にはしません!
 もう誰も、あんな哀しい役目なんかに就かせたくありません!」

「リコ?」

珍しく感情を剥き出しにして叫ぶリコにただ驚きながらも、恭也は落ち着かせるようにその肩にそっと手を置きながら、
静かに名前を呼ぶ。
そんな事にお構いなく、イムニティは言葉を続けていく。

「本当にどうしちゃったのよ、リコ。
 救世主を選ばないなんて、それじゃあ、私たちのいる意味がなくなっちゃうじゃない」

流石にその言葉は聞き逃せなかったのか、恭也がリコへと問い掛ける。

「どういう意味なんだ、リコ。お前が救世主を選ぶって」

恭也の問い掛けに顔を伏せて何も答えようとはしないリコに代わり、イムニティが説明を始める。

「それは、私たちが“導きの書”だからよ」

「なっ!?」

「あなたも書を求めて来たのでしょうけれど、残念だったわね。
 もう既に、書の主は決まってしまったのよ。それと同時に、この世界の運命もね」

「嘘です。……そんな、皆が、イムニティと契約する訳がない……」

そう反論するリコに、イムニティは余裕の態度を崩さないまま言う。

「嘘だと思うのなら、書を開いてみてご覧なさい」

リコは微かに肩を震わせ、書に手を掛け、恭也へと視線を向ける。

「恭也さん、目を閉じて……私を見ないで……。お願い……」

必死に訴えかけてくるリコに恭也は黙って頷くと、リコに背中を向け、変わりにイムニティをじっと見詰める。
リコよりも、何処か無機質で冷たい感じのする少女をじっと見詰め、イムニティはそんな恭也に変わらず笑みを浮かべた顔を見せる。

「どうかしたのかしら? 私の美しさに言葉も出ない?
 それとも、リコと同じ容姿に驚いているのかしら?」

話し掛けてきたイムニティにも驚いたが、今の所は殺意がないと分かったので、恭也は極普通に答える。

「まあ、確かにお前も可愛いけどな。それよりも、今は驚きの方が上だな。
 なにしろ、全然、導きの書とかいう書物に見えないからな」

「はいっ?!」

あまりにも予想外だったのか、イムニティは初めて余裕の笑み以外の顔を見せ、恭也の顔をまじまじと見詰める。
どうやら本気で言っているらしいと分かると、途端に大声で笑い出す。
この辺りも、リコとは少し違うなと思いながらも、恭也は何故笑われたのか分からず、憮然とした表情を見せる。

「あははは。貴方、面白いわね。リコなんかと一緒に居るのは止めて、私と一緒に来ない?」

「何かよく分からんが、止めておこう。君が何者か分からないのに、下手に返事は出来ない」

「あら、それはつまり、私が何者か分かれば、付いてくるって事かしら?」

「さあ、どうだろうな」

「ふふふ。まあ、良いわ。
 そうそう、さっき貴方が言った事だけど、私たちは確かに導きの書だけど、別に書物という訳ではないのよ。
 言うなれば、書の精霊って所ね」

「成る程、それなら分かる。だったら、初めからそう言ってくれれば良いのに」

「ふふふ。本当に可笑しいわ」

何故か和やかに会話をしている二人だったが、突然、恭也の背後でリコが苦痛の声を上げる。
その後、息をのむ音が聞こえ、続いてリコの手から書が落ちる。
恭也はリコが苦痛の声を上げた瞬間に後ろへと振り返り、たまたま落ちた書のページが捲れかえり、そのページが目に飛び込んでくる。

「すまん、約束を破ってしまった」

咄嗟にそう謝るものの、そのページに目が離せなかった。
じっとそのページを見詰め、恭也はリコへと視線を向けて、やっとといった感じで声を出す。

「これが、導きの書?」

その問い掛けに答えたのは、惚けたように何の反応もしないリコではなく、恭也の背後、イムニティだった。

「そうよ。驚いた?」

「あ、ああ。物凄い書だという事は聞いていたが、まさかこんな書だったとは。
 全く、何を書いているのかが分からん。ただの記号の羅列にしか見えない…。
 こんなのを、読める奴が居るのか? いや、これを読めるぐらい勉強しなければ救世主にはなれないという事なのか?
 どちらにせよ、俺は急に遠慮したくなったな。これを解読できるようになるまで勉強しなければいけないなんて、考えただけで…」

「いや、まあ、確かにその通りで記号の羅列と言えば、羅列なんだけれどね。
 何か、調子が狂うわね」

恭也の言葉に、イムニティは何処か毒気を抜かれたようになるが、頭を振って何とか取り繕うと、再び笑みを見せる。
因みに、書の中身は恭也が言うように、くすんだベージュ色のページに、赤い点のような記号が羅列されているだけのものだった。

「えっと、それで、書がそうなっているのはね…」

何とか説明を始めようとしたイムニティの言葉を遮るように、ようやく我に返ったのか、リコが口を挟む。

「白の精、イムニティが主を決めてしまったからです」

「白の精?」

「私の事よ。そして、リコ・リスが赤の精」

「えっと、二人は書の精霊なんだよな。
 で、その中で、リコが赤の精霊で、イムニティが白の精霊というのに分類されるって事で良いのか?」

「ええ、それで良いわ、恭也」

恭也の言葉に、イムニティは満足そうに頷き、出来の悪い生徒を誉めるように言う。
それに少し憮然としながらも、恭也はこれから質問をしようとしている手前、文句も言えずに、ただ疑問を口にする。

「で、白の精が主を決めると、どうして書が読めなくなるんだ?」

「白の精が主を決めた為、書に書かれていた世界の理の半分が、その人のものになったからです」

恭也の問い掛けに、答えたリコの言葉を補足するように、イムニティが付け加える。

「ついでに言うと、そこに残っている赤い文字が、赤の精であるリコ・リスのものって訳。
 本来、白と赤の二つの理で構成されていた書の文字から、白が抜け出した為に読めなくなったのよ」

「成る程」

納得する恭也を余所に、イムニティはリコへと話し掛ける。

「それで、リコ・リス。私はもう主を選んだわ。だけど、それはまだ完全じゃない。
 書が私とあなたとで一つであるように、マスターも二人が揃って主と決めてこそのマスター。
 もう一度、マスターを選ぶつもりはないの?」

「…ありません。私は、もう誰も……。
 あんな生き地獄に送りたくありません」

「そう。本当に役目を降りる気なのね」

イムニティの問い掛けに、リコは無言で答え、それを肯定と受け取ったイムニティは、ただ静かに告げる。

「なら、あなたの持っている知識と力は、もうあなたには必要のないものよね。
 止めたいと言うのなら、それはそれで良いわ。私の目的が果たされたという事だから。
 だたし、貴方の持つ知識と力は、私のマスターが世界を変える為に必要なのよ。
 あなたを滅ぼして、それを頂くわ」

その言葉に、それまで黙っていた恭也が声を出す。

「ちょっと待て。それは、リコを殺すという事か」

「バカね、それ以外にどういう意味があるのよ?」

「バカと言うな、バカと。ただでさえ、ここ最近、ずっと言われている気がしてならないんだから」

「本当に調子が狂う。良い、リコの力は、リコが存在する限り、彼女のものなの。
 なら、私がそれを手にする為には、リコを殺さなければならないのは当然でしょう」

「だからと言って、はいそうですかと、そう簡単に納得出来る訳もないだろうが」

そう言うと、恭也はリコとイムニティの間に立ち、リコを庇うように後ろへと下がらせる。

「恭也さん? 駄目です、彼女は危険です!」

「ふふふふ。あなたに何が出来るのかしら?」

「さあな。だが、そう簡単にリコをやらせるわけにはいかないだろう」

そう言うと、恭也はルインを呼び出す。
それを見て、イムニティは少しだけ驚いた顔を見せるが、すぐに余裕の笑みを見せる。

「召還器ね。やっかいな力を持っているわね。
 良いわ、あなたの事は気に入っていたけれど、邪魔をするのなら、ここでリコ・リスと一緒にあなたも始末してあげる。
 厄介な力は、少しでも減らしておかないとね」

「イムニティ!」

「もう手遅れよ、リコ。マスターを選ぶのが嫌なら、私と戦うのね。
 尤も、力の消費を抑える為に、言葉の数すら減らしている貴方に勝ち目があるかしら?」

そう言うや否や、イムニティは手を恭也とリコに向けて翳す。
と、そこから魔力弾を撃ち出す。
恭也はそれを弾き飛ばすと、そのままイムニティへと向かう。
イムニティは恭也へと魔力弾を打ち出すと同時に、後ろへと移動をしており、その稼いだ距離を使い、新たに指で印を切る。
と、イムニティの眼前に魔法陣が描かれ、そこから鰐のような長い口が現われる。
当然、鰐などではなく、口のみの存在で、その口を開くと、ぎっしりと鋭い牙が並んでいた。
顎を開き、その牙を恭也へと突き立てんと迫る口の後ろから、イムニティが雷を放つ。
それを確認しつつも、恭也は背後から力を感じ、それを信じるようにルインで牙を受け止める。
そんな恭也の横を通り過ぎる一条の雷が、イムニティの放った雷とぶつかり合い、火花を散らして相殺し合う。
その衝撃に微かに力の緩んだ口からルインを引くと、下から上にルインを突き立てる。
痛みに悶えたのも束の間、すぐさまその姿は掻き消える。
その間にも、恭也はイムニティへと迫るが、イムニティは地面から数センチ宙に浮いており、そのまま後ろへと下がって距離を取る。

「中々やるわね。でも、わざわざ接近させるほど、私も馬鹿じゃないわよ。
 こうして距離さえ空けておけば、後はリコ・リスの魔法さえ警戒しておけばいいものね」

イムニティは笑みさえ浮かべ、片手を頭上へと掲げると、それを下へと振り下ろす。
頭上に現われた炎を纏った小さな岩塊が、それを合図にするように恭也へと向かう。
それを横へと跳んで躱しながら、恭也はルインを腰横へと鞘に差すように置き、抜刀するような構えを取る。
着地と同時に、抜刀するようにルインを横へと振るう。
ルインから黒い弧の形をした斬撃がイムニティへと襲い掛かる。

「なっ!?」

これにはイムニティも驚いたのか、迎撃が間に合わずに避ける。
そこへ、リコの魔力弾が襲い掛かる。

「くぅ!」

咄嗟に壁のようなものを展開してそれを受け止めるが、微かに苦悶の声が洩れる。
そこへ、接近した恭也が現われ、ルインを振るう。
そのまま展開していた壁を眼前へと翳すが、ルインはそれを切り裂く。

「そんな…!?」

驚きに目を見張りつつも、イムニティは後ろへと下がる。
そこへ、恭也のルインとリコの放った雷が同時に襲い掛かり、イムニティは雷を腕に掠らせてしまう。
しかし、大したダメージは受けていないのか、平然としている。
それでも、微かに態勢は崩れたみたいで、その隙に恭也は一気に畳み掛けるように、ルインを振り回す。
それを障壁を張って防ぎ、躱ししながら、合間、合間にリコの魔法が飛び交い、徐々に追い詰められていく。
そして、遂にイムニティの足元にリコの雷が落ち、それに態勢を崩した所を、背後から恭也に蹴られる。
蹴りを放った恭也は、ルインの切先をイムニティへと突き付ける。

「……くっ、やるわね……」

「これ以上、リコに危害を加えないというのなら、俺もこれ以上は何もしない」

「そう……。
 ……ラーズ、グロウ……アビリア…………」

恭也の言葉にイムニティは小さく答えると、何やら呟く。
それを見てリコが注意を促がす。

「恭也さん、油断しては駄目!」

その言葉に弾かれた様に、恭也はルインを振りかざす。

「くっ、呪文か!」

「遅い!」

恭也のルインがイムニティへと届くよりも早く、イムニティの身体から魔力の波が溢れ、恭也をリコの元へと吹き飛ばす。
追撃をしようとするイムニティへと、リコが大きな雷を放つ。
轟音が響き、煙が立ち昇る中、薄っすらと光を纏ったイムニティがゆっくりとそこから進み出て来る。

「ふふ、効かないわよ、リコ・リス」

悠然と構えながら、イムニティは掌を恭也へと向ける。

「魔法っていうのはね、こういうのを言うのよ、“主無し”さん。
 レイダット・アダマー!」

リコが先程放ったのと同じ魔法の稲妻が恭也へと襲い掛かり、リコは障壁を張るが、あっさりとそれを打ち破る。

「ぐあぁぁ」

「恭也さん、しっかりして…」

直撃を喰らった恭也は、そのまま地面へと倒れる。
そんな恭也へ心配そうな顔を見せ、屈み込むリコへと、イムニティが再び掌を向け、上から下へと振り下ろす。

「他人の心配をしている余裕があるかしら?」

「きゃぁぁっ!」

恭也に放ったのと同じような雷が上から落ち、目を閉じて悲鳴を上げたリコだったが、本当に最初だけ痛みが走り、
すぐにそれが消えたので、すぐに不思議そうな表情になると、目を開く。
すると、そこにはルインを真っ直ぐに掲げ持ち、リコの傍に立つ恭也の姿があった。

「……何をしているのかしら?」

そんな恭也へと不思議そうに疑問をぶつけるイムニティに、恭也は小さく笑みを見せる。

「避雷針ってやつだな。魔法の雷では無理かと思ったが、意外と大丈夫なんだな」

「……恭也さん、何てことを」

「リコ、俺から離れるなよ。ただし、俺に触れるなよ」

そんな恭也の行動に、イムニティはあきれたような表情を見せると、また掌を向け、下へと振り下ろす。
すると、またしても雷が恭也へ、恭也の持つルインへと落ちる。
口を閉じ、必死に耐えるが、微かに呻き声が洩れる。
そんな恭也を見ながら、リコは瞳に涙を溜めながら訴えるように言う。

「恭也さん、やめてください!
 ……このままだと、あなたが」

「だ、大丈夫だから」

恭也はそう言って無理に笑うが、それを見てイムニティは面白くなさそうに顔を顰める。

「まだ立っていられるなんて、何か自信を無くすわ。という訳で、もう一発」

「ぐぅぅぅ!」

「恭也さん、もうやめてください。私なんかのために…」

辛そうな顔に目に涙を滲ませて叫ぶリコに、恭也は先程と同じような笑みを見せる。

「リコは大事な仲間だ。決して、なんかじゃない」

「恭也……さん」

「大丈夫だから」

「でも……。……それに、仲間だと言うのなら、私が恭也さんの代わりに……」

それでも何か言おうとするリコの顔に、自分の顔を近づけ、間近でリコの顔を覗き込む。

「そういう訳にもいかないだろう。まあ、俺の性分だと思って、ここは素直に諦め……ぐぅぅ」

またしても落ちる雷に顔を顰めつつ、それでも恭也は心配そうな顔を見せるリコへと微笑んでみせる。

「こんなのをリコみたいな可愛い女の子に代わってもらったりしたら、後で誰に何を言われるか分からないしな。
 ……それに、その可愛い顔に傷でも付いたら、大変だろう」

「……可愛い、私が? ……恭也さん、目は…」

「目はすこぶる良いぞ。リコは間違いなく、可愛いって」

普段なら照れて口にしないような事を、状況が状況だからか、恭也は平然と口にする。
その言葉に、リコは今の状況を忘れ、思わず言葉を失い、頬を朱に染めて照れて俯く。
そんな仕草に思わず痛みも忘れて見惚れる恭也へと、リコが小さく囁く。
一方、そんな二人を見ていたイムニティは、冷徹にどこか不機嫌そうに告げる。

「そろそろお終いにしましょうか!」

両手を頭上高く振り上げたイムニティへと、恭也は言葉を投げる。

「本当に、終わるかな?」

「あら、そうかしら? 見た所、あと2、3発で終わりそうだけど?」

「そう思うのはそっちの勝手だが、押し付けられても困るな」

「あら、それは強がりかしら?」

「そう思うのなら、やってみれば良いだろう」

「……私がそれで警戒するとでも?」

「別にそんなつもりはないがな。ただ、ちょっとやそっとの事では、俺はくたばらないぞ。
 もし、本当にやるつもりなら、今よりも強い奴、そうだな、最大級の奴じゃないとな」

「…そう。なら、その言葉どおりにしてあげるわ。
 でも、その前にもう一度だけ聞いておくわ。私と来る気はない? 貴方みたいな面白い玩具は始めてだもの」

「玩具扱いかよ。悪いが、断わる。リコを殺そうとするお前とは行けない」

「そう。なら、貴方一人で別の場所へと逝きなさい。ハムスィーン・ハムスィーン……」

「…エロヒーム・エロヒーム」

最大級の呪文を放つためにイムニティが呪文を唱え始めた所へ、先程から恭也の陰に隠れる形で何やらしていたリコの呪文が響く。

「っ!? その呪文は!」

聞こえてきたリコの呪文に、思わずといった感じでイムニティは唱えていた呪文を中断してまで驚きの声を上げてしまう。
リコはそんなイムニティへと何も答えず、ただ呪文を唱え続ける。
一方のイムニティは、悔しげに口元を歪めると、すぐに呪文を再度、唱え直す。
それを横目で見遣りながら、恭也はその顔にしてやったりという笑みを見せる。
リコが囁いた言葉、少しだけこらえてください、それを信じて、恭也はイムニティへと挑発的な言葉を放ち、
それに乗ったイムニティと会話をして、少しでも、と時間を稼ぎ出したのだった。
二人の呪文が響き渡り、その呪文に応えるように、魔力が収束して行くのを感じる。
そして、収束された魔力が、最後の呪文と共に解放され、術として発動する。

「カヤム・レヴァ・ハシュカナー!」

「エヴェッド・フルバン!」

ほぼ同時に唱え終えたかのように見えた呪文は、だが、しかし、リコの方が早かったらしく、
恭也とリコを囲むように魔法陣が描き出され、途端、二人の周囲の空間が陽炎のように揺れ動く。
そこへ、イムニティが唱えた術が降り注ぐが、二人の姿は既にそこから消えていた。





つづく




<あとがき>

さて、いよいよ次回で導きの書に関するお話は一段落! ……の予定。
美姫 「本当に?」
いや、ちゃんと予定って言ってるし。
美姫 「はぁ〜。まあ、良いけどね。で、次回はかなり説明が入るのよね」
うん。そのつもり。
美姫 「という訳で、今回はこの辺で」
また次回で〜。
美姫 「それじゃ〜ね〜」





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