『DUEL TRIANGLE』






第十四章 赤と白の理





「……也さん、……恭也さん」

自分の名前を呼ばれる声に、恭也はいつの間にか気を失っていたのかと考えながら、目を開く。
目を開き、目の前に立つリコを見ながらも、恭也は驚いたような表情を見せる。
周りを見渡すと、そこはおかしな空間で、地面も天井も壁もなく、自分が立っているのか宙に浮いているのかさえ分からない。
何処までも続くように見える、何もない空間。
それらを眺めながら、あの世かと一瞬考えるが、妙に実体感がある上に、目の前で薄っすらと笑みを見せているリコを見て、
それを否定する。

「ここは、何処だ?」

「次元の狭間です」

「次元の狭間? ……えっと、それって?」

「そうですね。恭也さんにも分かるように言うと、異世界と異世界を繋ぐ空間とでも思ってもらえれば良いです。
 本当は、少し違うんですけれどね。あまり詳しく説明しても、理解できないですし、混乱するだけでしょうから。くすくす」

「まあ、確かにそうなんだが……。にしても、俺にも分かるようにって…。
 いや、まあ、良い。だが、ここがそう言う場所だとして、ちゃんと戻れるのか?
 確か、次元と次元を超えるには橋みたいなものがどうとか言ってたような」

「ええ、大丈夫です。向こうには書がありますから、帰る場所が分からなくなる事はありません。
 ただ、普通の人があまり長い間、この次元の狭間にいることは好ましくはないですが。
 イムニティの攻撃から逃れるため、やむを得ず…」

リコの言葉に納得しつつも、恭也は思わずまじまじとリコを見詰める。
そんな恭也の視線に顔を赤くしつつ、モジモジとした感じでリコは上目遣いで見上げてくる。

「あ、あの、どうかしましたか。その、そんなに見詰められると…」

「あ。ああ、すまない。何と言うか、いつもよりも随分と口調が滑らかなんで。
 ほら、普段はもっと無口だったから…」

「ああ。あれは、力の消費を少しでも抑える為に、言葉も話さないようにしていたんですよ」

「力の消費?」

「はい。主を持たない私の力は、一度放出したら、二度と戻りません。
 この姿を維持するためにも、力の消費を抑えないといけないから」

「成る程な」

「…本当に分かってます?」

「いや、まあ、大体は」

「くすくす。恭也さんらしいですね」

「あまり素直に喜べんな。まあ、良いけどな」

そう言って恭也は少しだけ笑う。
と、リコは急に真面目な顔になると、じっと恭也を見詰めて口を開く。

「恭也さん、さっきは本当にありがとうございます。
 でも、もう二度と私の為にあんな危険な真似はしないでください」

「…それは約束できない。目の前で傷付こうとしている仲間が居たら、助けるのは当たり前の事だろう。
 別に仲間だけに限ったことではないが。それに、殆ど反射的に身体が動いてしまう以上、約束は出来ない。
 それに、それがリコみたいに可愛い子ならな」

最後は誤魔化すように冗談っぽく言い、この話を打ち切ろうとした恭也だったが、それを聞いたリコが少しだけ翳りある顔を見せる。

「恭也さん、私は普通の女の子じゃないんです……」

「書の精霊って奴か。でも、そんなのは関係ないだろう。
 リコはリコだし、普通の可愛い女の子だよ。
 例え、俺たちには分からない重い使命を持っていたとしてもな」

そう言うと恭也は、リコの頭をそっと撫でる。
リコはそれを嬉しそうに受け入れると、短く返事をする。

「…はい」

そんなリコに笑顔を見せた後、恭也は真剣な顔付きになる。

「リコがどんな使命を持っているのかは分からない。
 でも、話すだけでも楽になる事もある。それに、話を聞けば、俺に出来る事もあるかもしれないだろう。
 例え重い使命だとしても、一人で抱え込む必要はないんじゃないか。
 リコが困っているなら、俺は助けてやりたいと思う。だから、話してみてくれないか。
 どうしても駄目だと言うのなら、諦めるが」

恭也の言葉にリコは暫らく考え込んだ後、ゆっくりとその口を開く。

「…分かりました。それじゃあ、私やイムニティが書の精霊というのはもう良いですね。
 私が赤の書の、イムニティが白の書の精霊というのは」

恭也が頷いたのを受け、リコは続ける。

「私たちは、ある対立する目的の為に、導きの書から同時に生まれました」

「対立する目的?」

「はい。世界は対立する二つの力から成り立っているんです。
 一つは、支配因果律の力。これは、恭也さんの世界でも物理や化学とか言われているものです。
 他にも、弱肉強食とかの言葉に表現される関係とかです」

「ほー、物理や化学と国語が同じカテゴリーなのか」

「…いえ、国語ではなく、弱肉強食などに類する言葉の意味です。
 つまり、支配ヒエラルキーによる完全帰結型ロジックの原理です」

「……??」

「もう一つの力とは、生き物の命と命がお互いに及ぼしあう力です。
 無から有を生み出し、世界を成長させる精神の力」

「あ、ああ」

「こちらはロジックを含みません。何しろ、完全な無から、ある時突然、有を生み出すものですから。
 私たちは白、世界の因果律を守る精霊と、赤、命の心を守る精霊として書から誕生しました」

「と、とりあえず、その二つが対立しているんだな。
 だが、その訳は?」

「ロジックとは、それ自体を守る存在でもあります。
 1+1が3や4かもしれないとしたら、世界の法則が狂ってしまいます」

「ああ、確かに」

「しかし、精神は無から有を生み出します。
 これは、イムニティ側のロジックから見ると、0X1が1や2にもなる事を意味します」

「それで、存在自体が対立という訳か」

「はい」

「で、リコが救世主候補として学園にいるのは?」

「それは、イムニティが言った通り、私たち書の精霊の役目です」

「役目……。救世主を選ぶという奴か」

「はい。私はその為に姿を変え、召喚術の出来る救世主候補の一人として学園に入りました。
 召喚士として、救世主候補を呼ぶ役になれば、いち早く救世主を見つけられるから……」

「なるほど」

リコの言葉に納得した恭也だったが、すぐに可笑しな点に気付いて尋ねる。

「でも、リコは救世主を選びたくないんじゃなかったのか?」

「…そうです。でも、私には書の精霊として、なさなければならない役目もあるのです。
 ですから、救世主候補をアヴァターへ招き入れる役目を降りる訳にはいきません。
 けれど、私はずっと、ここに来る救世主候補たちに違っていて欲しいと願ってました」

「それは、何故?」

「救世主には、…とてもつらい役目があるからです。
 私は……、その役目に耐え切れずに、精神崩壊を起こして、自らの命を絶った救世主たちを何人も知ってます……」

悲しみに瞳を揺らしながら呟くリコの頭を慰めるように撫でつつ、恭也はそれでも聞くべきことができてしまい、少し躊躇う。
そんな恭也の感情の動きを察したのか、リコは頭に置かれた恭也の手をそっと包み込むように両手で包むと、静かに頷く。

「…リコはこれまで、何人もの救世主を選んできたんだな。
 なら、どうしてまだ破滅があるんだ?
 導きの書を手に入れた真の救世主は、破滅を無くす方法を知る事が出来るんじゃなかったのか?」

「そうです。……二人、イムニティと私の二人が、一人の者を救世主として選びます。
 そして、救世主は私かイムニティのどちらかを、この世界の運命を決める為のパートナーとして選びます。
 でも、どちらか一方を選択しても、最後までそれを完遂できた人は居ないのです。
 皆、途中で赤か白か、どちらか一方の心が現われて、挫けてしまうからです。
 そうして、私たちは幾万年、延々と自ら命を絶つ救世主たちを見続けてきました」

「そんなに長い年月…」

リコの放った言葉に恭也が絶句する中、リコは続ける。

「それほど、世界の運命を一人で決めるというのは、過酷な役目という事です」

「それって、どんな…」

「ごめんなさい。こればかりは、いかに恭也さんといえども、救世主以外の人には話してはいけないんです」

「そうか、なら仕方がないな」

「ごめんなさい」

「いや、別にリコが謝る事じゃないさ」

そう言って、すまなさそうにするリコに恭也は笑みを見せると、未だに自分の手を包み込んでいるリコの両手に、
もう一方の手をそっと添えるようにして軽くポンポンと励ますように叩く。
それによって、今まで自分が恭也の手をずっと握っていた事に気付き、僅かに赤くなったリコに、恭也は真剣な顔付きになる。
思わずその顔に目を奪われ、リコはまたしても恭也の手を放す事を忘れ、両手で包み込んだまま、耳を傾ける。

「さっき、イムニティはもう主を決めたと言っていたよな。
 という事は、救世主と世界の運命が決まったという事なのか?」

「いいえ。救世主になるには、私とイムニティの両方の主になる事が条件です。
 そして、世界を赤と白のどちらにするのかを決める。それが、救世主のすべき事です。
 ですから、まだ世界の運命が決まった訳でも、救世主が決まった訳でもありません」

「じゃあ、どうしてイムニティはリコを殺そうと?」

「私を殺す事で書に還元する事が出来れば、間接的に私を支配する事が可能です。
 そして、私を支配したという事は、自動的に世界は彼女の支配を受け入れた事になりますから」

「つまり、イムニティが選んだ主が赤と白の書を支配し、白を選んだという事になるのか」

「はい」

「イムニティが世界の命運を決めることになるのか。
 そんなに悪い奴には見えなかったが、リコを殺そうとするような奴だしな。
 一体、どんな世界になるやら…」

「恭也さん、世界を決めるのはイムニティではなく、彼女の選んだ主ですよ」

「ああ、そうだったな。でも、イムニティが選んだ主ね。
 ひょっとして、その主に命じられてリコを殺そうとしただけで、イムニティ自身は悪い奴じゃないとか?
 いや、でもそうとも言えないかもな。何か、物騒な性格だったし……。
 それに、そんな奴の主になる奴だろう……」

恭也は思わず士郎の顔を思い浮かべてしまい、暫し無言になったが、恭也は微かな笑みを零すと軽く首を振って打ち消す。

(まあ、流石にそれは冗談だが…)

「どうかしましたか、恭也さん?」

「ん? ああ、いや、何でもないよ。
 とりあえず、あまり良い世界を想像できないのは、まだ会った事もないのに失礼かな」

「そうですね。では、もし恭也さんだったら、どんな世界にします」

「俺か? そうだな、あまり騒々しくなく静かで平穏な、ゆっくりと時間が流れていくような世界とか?」

「……くすくす。何か、おじいちゃんみたいですね」

「…失礼な。まあ、今のままで良いかな。平穏とは言い難いが、程々に騒々しくて楽しい世界。
 まあ、たまにはさっき言ったような平穏も欲しいが」

「何か、恭也さんらしいですね」

「そうか?」

「ええ」

「さて、大体の範囲で聞きたい事も聞いた事だし…。
 最後に一つ。ここから出るには、さっきのあの場所に戻るしかないんだよな?」

「はい。とっさの事だったので、アンカーになる魔法陣を描く暇がありませんでしたから。
 ごめんなさい」

「いや、別にリコを責めている訳じゃないぞ。
 それに、リコのお陰で助かったんだからな。感謝こそすれ、な」

「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちなんだが。…まあ、良いか。
 それよりも今は…」

恭也は、とりあえず今は現状についてだな、と思考を切り替える。
急に黙り込んで何かを考え始めた恭也に、リコは邪魔しないにただ静かに待つ。
と、恭也の手に触れていた両手に気付き、本当に僅かだが口元を綻ばせる。

(温かい……)

まるで何かを愛しむようにじっと己の両手と、それが掴んでいる恭也の手を見る。
暫しの無言が続く中、恭也がそれを破る。

「なあ、リコ」

「はい」

「イムニティは誰かを主にした事で、リコよりも強い力を手に入れたんだよな」

「はい。契約をすませた私たちの力は、その主の力に準じて大きくなりますから。
 恐らく、イムニティはかなりの力を持つ人物を主に選んだのだと思います」

「そうか。……その主、俺じゃ無理か?」

「恭也さん?」

恭也の言葉にきょとんとした様子で見詰め返してくるリコに、恭也は少し慌てたように言う。

「あ、別に救世主に選べって事じゃないんだ。
 何と言うか、ほら、イムニティが選んだ相手も白の主ではあるが、まだ救世主にはなってないだろう。
 だとすれば、こっちもそれに対抗して俺と契約すれば…」

「……確かに、理論的には充分イムニティと対抗できます。
 いえ、私と契約することで恭也さんの潜在能力も大幅にアップするはずですから、私と恭也さんの二人いるこちらの方が、
 イムニティを凌駕するはずです」

「なら…」

「でも! 駄目です!」

リコは大きな声を出し、恭也の考えに反対する。
それに驚きながらも、どうしてか尋ねる恭也にリコは答える。

「だって、もし万が一、イムニティとその主を倒してしまったら、その場合は、恭也さんが次の救世主になってしまうんですよ?」

「確かに、それはまずいな。皆に黙ってリコと契約したら、抜け駆けとか言い出す奴がいるだろうし。
 それに何より、リコだってこんな状況で無理矢理、大事な主を俺なんかに決めたくないだろうしな」

「…あ、いえ、私は……、その…………」

「今の話は無かった事にしてくれ。となると、他の方法を考えないとな…」

「…私は、恭也さんなら良いです!」

「……はい!?」

リコの言葉に驚く恭也を余所に、リコは微かに頬を赤くしつつもはっきりと言葉にする。

「美由希さんや未亜さんだけじゃなく、ベリオさんやカエデさん、普段、あれ程突っかかってくるリリィさんに対してだって、
 優しい気持ちを持っている恭也さんなら……」

「……あー、別にそんな事はないと思うんだが」

「そうですか?」

「あー、まあ、仲間だから、他の人よりは少しだけな。それに、そのメンバーで言うなら、リコにだって同じだぞ」

「はい、分かってます。…だから、私は恭也さんが私のマスターになってくれるなら、とても嬉しいです。
 私も、なって欲しいですし。でも……」

それまで恥ずかしそうに話していたリコが、急にその顔に翳りを生み出す。

「でも、何だ?」

「もし、本当に恭也さんが救世主になってしまったらという不安と、千年前の再現になるんじゃないかっていう不安が…」

「千年前?」

「はい。…千年前、前回の救世主大戦の時も、白と赤の陣営に分かれて戦ったんです」

「そんな事が…。もしかして、それで書が封印されたり、神殿の上に学園が建ったりしたのか?」

「はい、その通りです。でも、本当の悲劇は、その戦争が共に救世主を目指した救世主候補たちの間で行われたという事です。
 それまで友人同士だった者たちが殺し合う。私は、この時ほど、自分に課せられた役目を恨んだ事はありません。
 もう、二度とあんな悲劇は繰り返したくありません」

「…だからと言って、このまま何もせずにイムニティに殺される訳にもいかないだろう。
 ……大丈夫だ、心配するな。白の主とは戦わない。
 皆には、俺がリコと契約した事を黙っていれば、分かりはしないだろうしな。
 それに、俺が赤の主になって、赤と白が分かれていれば、その間は向こうも勝手に救世主になったり出来ないだろう。
 なら、白の主から逃げ回っていれば、何十年かは時間が稼げるだろう」

「でも、もしかしたら、向こうのマスターの方が先に死ぬ場合もあるんですよ」

「む、そこまで考えてなかったな。
 ……まあ、その時はその時だな。その時になってから考えれば良い。
 とりあえず、俺はリコを殺させない。その為に出来る事があるのなら、何だってやる。
 これだけは譲れないからな」

「……恭也さん」

瞳を潤ませて見上げてくるリコに、恭也は笑みを返す。

「いつもぶっきらぼうな態度だったのは、俺たちの中からマスターに選ばないですむようにだったんだな」

「あ…」

「やっぱりか。だと思った。
 何せ、リコはこんなに良い子だからな」

「そん……」

リコは否定するように何かを言おうとするがそれを飲み込むと、何かを決意したような顔で恭也を見上げる。

「私、決めました。やっぱり、私のマスターは恭也さんしかいません」

「そうか。で、どうすれば良いんだ?」

「恭也さん、……マスター、私を抱いてください」

「ああ、分かっ……って、え、ちょっ…。け、契約って、そんな方法なのか?」

赤くなって慌てる恭也に、これまた赤くなったリコは顔を俯けながら言う。

「……別に、それ以外の方法もあります」

「だったら、そっちで…」

恭也の言葉にリコは弾かれた様に顔を上げ、不安そうな目で見上げる。

「書の精と完全なる一致。…それが最も深い契約の形です。
 でも、マスターが嫌だと言うなら…」

「ち、違う! 別にリコが嫌とかはなくて、その、リコは嫌じゃないのか?
 契約だからって事で、その…」

「……私はマスターになら、いいえ、マスターに抱いて欲しいです。
 その、契約とかは関係なく」

「……本当に良いのか?」

「はい。私にマスターのものである印をつけてください…」

ずっと握っていた恭也の手を自分の胸の前に持ち上げながら、リコは祈るようにそっと目を閉じる。
恭也はリコが握っていない方の手をそっとリコの頬へと伸ばし、優しく数回撫でると、そっと顔を近づけて口付ける。
暫らく触れていたが、恭也はそっと離れると、小さく呟く。

「契約完了」

その呟きにリコは目を開け、目の前にある恭也の顔を不安そうに見詰める。

「マスター、どうして?」

「上手く伝えられるかどうかは分からないが、俺はリコを書の精とは思っていない。
 だから、ここから先は契約とかじゃなくて、リコ・リスという一人の女の子として…」

「恭也さん! 好きです!」

恭也の言葉にリコは一滴涙を零すと、恭也の首へと抱き付く。
ぎゅっと痛い程にしがみ付いてくるリコを持ち上げるように抱きしめ、その背中を優しく撫でる。
リコの温かな温もりと、鼻腔に漂うふんわりといい匂いに恭也はそっとリコの首筋に唇を這わす。
小さく艶やかな声を洩らしながら、リコはしがみ付く腕に力を込め、

「恭也さん、恭也さん…」

熱にうなされたように何度も何度も、恭也の耳元へとその名を呼ぶ。
まるで、今まで押し殺してきた感情を一気に吐き出すように呼び続けるリコの声に、徐々に熱が篭もり始める。
それに答えるように、恭也はリコの唇を激しく貪るように塞ぐ。
長い口付けを終え、そっと顔を離して目の前のリコを見ると、恍惚とした表情に蕩け切った瞳に恭也を映す。

「…マスター、私、もっと深く繋がりたいです」

熱い吐息を吐きながら告げたリコの言葉に、恭也は口付けで答えるとゆっくりとリコの身体を倒して行く。

「リコ、脱がせるぞ」

恭也の呟きに頷いてのを見て、恭也はそっと手を伸ばして服の裾を上へとずり上げると露わになった小さな胸にそっと触れる。

「あっ…」

恭也の手の感触を胸に感じ、リコは目を見開いて小さな声を洩らすが、恭也はそのまま手の平で乳房を包み込む。
恭也の手の動きにリコは溜息にも似た吐息を零し、小さく胸を上下させて浅く呼吸を繰り返すと、恭也の手に手を重ね、
真っ直ぐに恭也を見詰める。

「リコ、可愛いよ」

優しく語り掛けてくる恭也にはにかんだ笑みで返すと、リコはゆっくりと口を開く。

「マスター、私は大丈夫ですから、どうぞ、その先を…」

「でも、いきなりは…」

「残念ですが、あまりゆっくりもしていられませんから……」

頬を赤く染めたまま、少し残念そうに微笑むリコに、恭也は優しくキスをする。

「なら、無事に生きて帰ったら、ゆっくりとな」

「…………はい」

冗談めかした恭也の言葉に、リコは恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに一つ頷くのだった。





 § §





脱力して恭也へと倒れ込むリコを受け止めると、恭也もゆっくりと呼吸を整える。

「はぁっ、マスター」

リコの声に答えるように、二人は抱き合うともう一度キスを交し合う。
急いで身支度を整える途中、恭也は不思議そうに何度か屈伸を繰り返す。

「どうかしたのですか、マスター」

「いや、右膝が……」

「それでしたら、その、一回目の行為の時に充填したマナで治しました」

「そ、そうか、ありがとう」

右膝が完治した事に喜びつつも、リコの言葉に真っ赤になって礼を言う。
それを誤魔化すように、恭也はやや早口で言う。

「それじゃあ、そろそろ戻るか」

「…はい」

恭也の言葉に強く頷き返すと、リコは寄り添うように恭也に傍に立ち、何事かを唱える。
すると、周りの風景が揺れ動き、徐々に激しく揺れる。
その揺れが次第に収まり始めると、それまで何もなかった周りの風景が徐々に何かの形を取り出し、
揺れが収まる頃には、イムニティと対峙していた場所へと戻って来る。
元の場所へと戻った二人に、イムニティから皮肉げな言葉が投げられる。

「あらあら、もうかくれんぼはお終い?」

「ああ、終わりだ」

「そう。それじゃあ、あなた達の命も終わりにしましょうか」

そう言って右手を二人へと向けたイムニティに、リコは恭也の前に立ち、毅然とした態度で立ち向かう。

「いいえ、そんな事はさせません。私が守ります!」

そんなリコを訝しげに眺めるイムニティ。

「?? あなた、何か変わった?」

「さあ? それはご自分で確かめてみてください」

「良いわ。それじゃあ、お望み通り確かめてあげる。……あなたを殺してね!」

言うと同時に掌から雷を放つ。
しかし、今回のソレはリコの放った障壁によって弾かれる。
驚きの声を上げる間もなく、イムニティはすぐさま後ろへと移動する。
そのすぐ眼前を恭也のルインが通過する。
更に恭也と距離を開けると、イムニティは手足のないスライムと呼ばれる生物を召喚する。
スライムは恭也へと襲い掛かるが、一刀の元に斬り捨てられ、その姿を消す。
その間に、リコはイムニティへと雷を放つ。
それを障壁を張って弾くが、先程よりも威力を増した攻撃にイムニティは驚きを隠せないでいた。
しかし、そんなに時間も与えられず、すぐさま恭也が肉薄してくる。
恭也とリコの連携に、さっきとは違い押されていくイムニティ。
遂には恭也の攻撃を躱した所へとリコの攻撃が決まり、イムニティは床に手を着く。

「はぁ、はぁ。ば、馬鹿な……。
 リコ、あなた……」

片腕を押さえながらゆっくりと立ち上がるイムニティに、リコははっきりと言う。

「私は負けません。恭也さんがいる限り」

「……そう、選んだのね。……あの時の再現をやる気なのね。
 良いわ、今日の所は引いてあげる。今度、会う時はお互いのマスターを加えて会いましょう。
 それまで、ごきげんよう、リコ・リス、恭也」

言うと同時にイムニティの周囲の空間が歪み出し、イムニティの姿が消える。
イムニティの消えた場所をじっと見詰めながら、リコは小さく呟く。

「ごきげんよう、イムニティ」

あの時の再現という言葉に、少しだけ辛そうな表情を見せるリコの後ろから恭也はそっと名前を呼ぶ。
恭也に名前を呼ばれて振り返る。

「何とか勝てたな。だけど、次は…」

「おそらく、白の主との戦いですね」

「……まあ、難しい事はその時に考えるとしよう。
 とりあえずは、書を持って帰らないとな」

「はい。…ですが、それはもう何の意味もないと思いますよ」

「うん? どうしてだ?」

「くすくす。上に行けば分かります」

「そうか。なら、さっさと戻るか」

恭也の言葉に頷くと、リコは帰る為の呪文を唱え始める。



「このバカ! 役立たず! あの白紙の本のどこが、導きの書なのよ!」

「そんな事を俺に言われてもな。って言うか、バカと言うな、バカと!
 大体、俺たちは地下に封印されていた本を持って帰ってきただけだ。中身まで知るか!」

リリィの言う通り、恭也が持って帰って来た導きの書は、ミュリエルが確認した後、リリィたちにも見せられており、
それは、ただの白紙の本になっていた。
地下で恭也が見た時のような記号の羅列さえ無くなっていたのだ。
リコが何の意味もないと言ったのは、この事だったのかと頭の片隅で考えつつ、恭也はそれよりもとリリィを見る。

「それより、怪我の方は大丈夫なのか? 怪我人なら、大人しくしてろ」

「……あ、アンタが信じられないヘマをしたって聞いて、おちおち寝てもいられないわよ」

「だから、何もヘマなんてしてないだろうが…。
 それはそうと、少しはこれに懲りて、真面目に回復系の魔法でも覚えたらどうだ?」

言われっ放しが面白くないのか、恭也はちくりと言い返す。
それを聞いたリリィは肩を震わせたかと思うと、眦を上げ、

「うるさい! このバカ!」

「だから、誰がバカだ。このいかさまマジシャン」

「なんですってー!」

リリィが叫ぶのと同時に、そこに別の声が割って入る。

「恭ちゃん、お帰り」

「ああ、ただいま。大丈夫か、美由希」

「うん」

美由希がそう答えると、他の者も恭也の元へとやって来て、口々に声を掛ける。
和やかになる空気の中、リリィは一人呆れたように呟く。

「はぁ〜、肝心の書の中身がこれじゃあねぇ〜」

「良いじゃない、リリィ。何はともあれ、皆無事に帰ってこれたんだから」

他の者も同意するように頷く中、リリィは肩を竦める。

「本当に、皆、甘すぎるわね」

そう言うリリィの表情も、何処か安らかなものだったが。
そこへ、ミュリエルがやって来て、少し硬い口調で尋ねてくる。

「恭也くん、本当に書の中身は見なかったのね?」

「はい、見てませんけど」

全く表情を変えずにそう言い切る辺り、末っ子の言葉が蘇る所だが、それを嘘だと知っている者は、この場にはリコ以外には居ない。
ミュリエルは無言のまま、ただじっと恭也の顔を見詰める。
それを平然と受け止める恭也に、ミュリエルは肩の力を抜く。

「…そうみたいね。装丁からして、導きの書に間違いは無いようだし。
 だとすると、書は失われてしまったのかも」

ミュリエルの言葉に、リリィが真っ先に反応を見せる。

「そんな……。それじゃあ、救世主の選出は」

「それよりも、私たちの帰る方法は?」

リリィの言葉に続き、未亜が不安そうに尋ねる。
そんな二人、いや、この場に居る全員を見渡した後、ミュリエルはゆっくりと口を開く。

「救世主の選出方法は従来通り、王宮の認定会議によって決定します。
 それで、皆さんの帰還方法は……」

口篭もったミュリエルに代わり、リコがその口を開く。

「…私が必ず見つけます」

「リコ、お前…」

何か言いかけた恭也を制するようにリコが続ける。

「大丈夫です。少し時間は掛かるかもしれませんけれど」

その後、恭也に耳打ちするようにそっと呟く。

「恭也さんに、たくさん力を分けてもらいましたから」

そう呟いて離れて行くリコを見ながら、恭也は微かに赤くなった顔を誤魔化すように手で擦る。

「地下でそれに関する資料も幾つか見つけましたから。
 それを解読出来れば、大丈夫だと思います」

そのリコの言葉に、それぞれにリコを激励する言葉を掛ける。
それらが終わった頃、カエデがリコへと尋ねる。

「リコ殿、何かいい事でもあったでござるか?
 何かとても楽しそうでござるよ」

「確かに、今日のリコはとてもよく喋るわね」

「そ、そうですか?」

続くベリオの言葉に、リコは戸惑った様子を見せるが、美由希は嬉しそうに言う。

「別に良いんじゃないかな。
 私は今のリコさんの方が好きかな」

尚も戸惑うリコに、恭也が声を掛ける。

「まあ、良いんじゃないか。仲間なんだし」

「……あ、はい」

恭也の言葉に、不思議そうな顔を見せる連中を余所に、リコは頷く。
と、それまで黙って見ていたミュリエルが、姿勢を正して全員へと告げる。

「では、今回の任務はこれで終了します。
 今後の活動は概ね、今までと変わりませんが、より破滅との接触を前提としたものに変更します。
 とりあえず、この本は私のところで調べるから。
 各自、寮に戻って休息してください。ご苦労様でした」

ミュリエルの言葉に短く返事を返すと、恭也たちは図書館から寮へと続く道を歩き出す。

「はぁー、疲れた。やれやれだ」

恭也の零した言葉に美由希は苦笑を零しつつ、横を歩く未亜とベリオへと話し掛ける。

「未亜ちゃん、ベリオさん、今からお風呂に行きません?」

「良いわね」

「はい、行きましょう」

「風呂か。それも良いな」

「って、恭ちゃんは駄目だよ」

「いや、別に一緒に入るとは言ってないだろ…」

呆れたように呟く恭也の言葉を遮るように、カエデが嬉しそうな声を上げる。

「師匠、なら拙者と一緒に入るでござるよ」

「いや、だから、一緒に入るとは誰も言っ……」

「拙者、師匠のお背中を流すでござる」

「「「カ、カエデさん!」」」

カエデの言葉に、美由希、未亜、ベリオが揃って名前を呼ぶ。
そんな三人にカエデは不思議そうな顔を向ける。

「ん? 何か拙かったでござるかな?」

「まずいも何も…」

美由希が何か言おうとするが、それを遮るように、今度はリコが口を挟む。

「駄目。マスターは私と一緒に入るの」

と、爆弾を落とす。
これに美由希たちは暫らく沈黙したかと思うと、一斉に大声を上げる。

「「「「「えええぇぇっーーー!!!」」」」」

「ぶっ! リ、リコ…」

リコの台詞に噴き出した恭也を押し退けるように、

「ど、どどどどどど、きょ、恭ちゃんと、どど……」

「ど、どういうリコさん?」

どもりる美由希に変わり、未亜がリコへと尋ね、ベリオも目を驚きに見開く。

「もしかして、下で恭也くんになにかされたの、リコ?」

それに対し、リコはただ無言で一つ頷き、それを見た恭也は背中に冷や汗を流す。

「お、おい、リコ?」

「…私はもう、マスターのものだから」

「な、なっ! リ、リコ」

恥らうように呟いたリコの言葉に、恭也は思わず大声を上げる。
そこへ、カエデが泣き付いてくる。

「師匠〜っ! 酷いではないでござらぬか。
 拙者という弟子がありながら…」

「恭也くん、あなたを信じてたのに。
 何も知らないリコに……」

「恭也さん……。そんな酷いです」

「ま、待て、お前らは誤解してる! これには深い訳が…」

怒るベリオに涙目になる未亜を宥めるように恭也は言葉を紡ぐが、その後ろから膨大な殺気が生まれる。

「恭ちゃん……」

「み、美由希、お前は信じてくれるよな」

恭也の言葉に美由希はニッコリと満面の笑みを見せると、右手をそっと持ち上げる。
一瞬の輝きの後、その手には召還器セリティが現われていた。

「正義の名の元に、恭ちゃんのその曲がった根性を叩き直してあげる!
 これは恭ちゃんの為なんだから、大人しくしてて!
 大丈夫、痛くはしないから」

言ってセリティを振り被る美由希から、恭也は一足飛びに距離を開ける。

「そんなに殺気を撒き散らしているお前の言葉が信じられるか!」

恭也はそう言い返すと逃げ出す。
その背中を見て一瞬、茫然とした美由希たちだったが、真っ先にベリオが我に返る。

「あ、逃げた!」

「待てぇ、恭ちゃん!」

「神の鉄槌を!」

「師匠〜!」

「恭也さん……」

恭也を追い掛けるように走り出した四人を呆れたように見遣りながら、リリィは少し大げさに溜息を吐く。

「はぁ〜。本当に、段々と救世主クラスが……」

そう言って肩を落としながら、複雑な表情を浮かべる。
そんなリリィから少し離れた所で、そんな一連の騒動を眺めつつ、リコは何かを思い出すように少し赤くなった頬に手を当てていた。
あの空間での出来事は、リコにとってとても大切な秘密となったのは言うまでもない。



解散を命じたミュリエルは、図書館前から動こうとせず、ただその眉を歪めて厳しい顔付きを見せていた。

(導きの書が白紙……。そんな……。
 では、やはり破滅はもう既に動き出しているというの?
 それにしても……)

自問自答するように胸中で呟いたミュリエルは、視線を美由希たちから逃げ回っている恭也へと移す。

「高町恭也……。私の封印を破るなんて…………」

鋭い眼差しを遠くに居る恭也へと向けたまま、ミュリエルはそう小さく零すのだった。





つづく




<あとがき>

ふぅ〜、やばい、やばい。
今回はあわや年齢制限が入る所だった。
美姫 「これってセーフなんだ…」
まあ、際どいが大丈夫だろう。
それは兎も角、導きの書編とも言うべき話はお終い〜。
美姫 「イムニティという新たな人物も現われ、これからどうなっていくのか」
それじゃあ、また次回で!
美姫 「じゃ〜ね〜」





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