『DUEL TRIANGLE』






第十八章 計略、謀略、化かし合い? 





ようやく村へと辿り着いた恭也たちは、村の入り口から入って少しした所で立ち止まり、各々召還器を呼び出して辺りを見渡す。

「…やけに静かだな」

そんな恭也の呟きに対し、リコは小さく頷きながら同意する。

「…人の気配がしません」

「確かに、おかしいですね。リリィはどうしたのかしら」

「あいつが来ている以上、何かしらの騒ぎが起こっているはずなんだが」

「恭也さん、流石にそれは……」

「そうそう、未亜ちゃんの言う通りだよ、恭ちゃん。
 リリィさん一人じゃ、そんなに騒動は起こらないって。恭ちゃんと一緒じゃないと」

そう言って笑い飛ばす美由希を軽く睨む恭也と、それを苦笑して見る未亜の後ろへと隠れるように移動する美由希の二人に向かい、
カエデが少し真剣な表情で言葉を発する。

「いえ、師匠の言葉にも一理あるでござるよ。
 こう言ってはなんですが、リリィ殿は隠密行動に長けている訳ではござらん。
 ならば、何かしら交戦している音や、魔法による爆発音が聞こえてきても可笑しくはないでござる」

「でも、意外とまだ敵に見つかっていないという可能性もあるんじゃ…」

「確かに、美由希殿の仰る可能性もなくはないでござるが、リリィ殿と拙者たちの時間差を考えれば、
 あのリリィ殿が、いつまでもじっとしているとは考え難いでござる」

「相手が人質を取っているから、慎重に行動しているという事もありますよね」

未亜の言葉に頷きながら、恭也は口を開く。

「どちらにしろ、ここに居ても分からない。
 とりあえずは、村の中を見て周るしかないだろう。
 それに、人の気配がないのも気になる……」

そこまで言って恭也は何かに気付いたのか、僅かに目を細めて前方を見詰める。
同じく、カエデも小さく呟き声を零すと、目を閉じる。
そんな二人の様子を怪訝に思い、ベリオが声を掛ける。

「二人共、どうしたの?」

「微かでござるが足音が……」

「ああ。何者かがこちらへと来ているな」

恭也が目を転じると、カエデは心得たとばかりに小さく頷き、その姿を皆の前から消す。
程なくして、件の相手が姿を見せようとした瞬間、その背後へとカエデが現われ、腰の短剣を喉元へと突き付ける。

「…動くな」

静かな口調で告げたカエデの言葉に、相手は怯えた声をあげる。
それらの一連の流れを見ていたベリオがカエデへと声を掛ける。

「カエデさん、待って。モンスターじゃなくて、人だわ」

ベリオの言葉を聞き、自らが短剣を突きつけている相手を見る。
確かに怯えるその姿は人であり、カエデは恭也へと目を向け、恭也が小さく頷くのを受けて、短剣を仕舞う。
ようやく喉元から危険なものが取り除けられたその人物は、怯えながらもベリオたちを見詰めると、震えた声を出す。

「ひ、人か?」

完全に怯えてしまっているその人物に対し、ベリオが安心させるとうに柔らかな笑みと口調で話し掛ける。

「ご安心ください。王室からの依頼で、あなた方の救助に参りました」

「お、おお、おおお! や、やっと助けが……。
 ああ、申し遅れましたが、私はこの村の村長でラウルと申します」

その人物、ラウルはそう言ってその顔に嬉しそうな色を浮かべるのだった。





 § §





恭也たちが村へと到着した頃よりも少しだけ時を遡り、リリィが役場へと足を踏み入れ、辺りを充満する血の臭いや、
床や壁一面が赤黒く何かがこびり付いたような様を見せるそんな光景に加え、
目の前のあるモノを見詰めて茫然としていると、不意に背後から声が掛けられる。

「何をそんなに驚かれておるのですかな?」

その声に驚き後ろを振り返るリリィの目の前には、先程分かれたばかりのラウルの姿があった。

「そ、村長、どうして…?」

「どうしても、あなたの事が気になりまして」

「そ、そう。あ、ああ、で、でも……」

リリィは何故か混乱したように、目の前のラウルを見詰め、ラウルは不思議そうにそんなリリィの様子を見ていたが、
ようやく合点がいったのか、一つ頷く。

「ああ、そう事ですか。そちらに転がっている、私と同じ顔をしたモノが気になるんですね」

「あ、あれは、誰なの?」

「あれは、この村の村長、ラウルと申します」

目の前のラウルと名乗ったはずの男の口から語られる言葉に、リリィは言葉をなくす。
そんなリリィを冷ややかに見詰めつつ、ラウルは言葉を続ける。

「村人を率いて、最後まで抵抗しましてな。
 昨日まで、ここに立て篭もっていたのですよ」

「…じゃあ、あなたは?」

「私はこの村の村長、ラウル……」

「ど、どういう…」

「…の姿形をちと拝借しております」

「っ! お前はっ!」

リリィが声を上げて何か動きを見せるよりも速く、ラウルの手が伸びてリリィの手を押さえ込む。
その外見の細い腕からは想像も付かないほどの強い力で握られ、痛いみに僅かに顔を顰めつつも、リリィは鋭い眼差しを飛ばす。

「手を離しなさい!」

「嫌ですとも。これから宴が始まるというのに、その肝心の贄がなくてどうしますか」

「う、宴? それに、贄って?」

「美しい救世主候補の娘を生け贄にして、破滅の始まりを祝う宴ですよ」

「やはり、破滅か!」

「くっくっく。気付くのが、少しばかり遅かったな」

「くっ。人質は!? 他の村人はどうなったの!?」

「ぐっぐっぐ。言ったであろう。そこに居た職員や村人たちを殺した、と。
 一日遅かったな、救世主どのぉ?」

「っ! ライテウ…ぎぅっ!」

「おおっと、そんな物騒なものは外しておいてもらうぜ」

「い、いた……ああぁっ」

ライテウスを構えようとするリリィに対し、ラウルに化けていたモノは掴んでいた手に力を込めて、リリィの左手を捻り上げる。
為す術もなく簡単にライテウスを奪われるリリィへと嘲笑を向ける。

「魔術師のくせに接近を許すとは、千年経って救世主の質も落ちたな」

「か、返せ! …ぐぅ、うああぁっ!」

右手でライテウスを取り戻そうと伸ばすが、捻られた左腕に更に力が加えられ、リリィは膝を着く。
リリィの腕をしっかりと捕らえたまま、ラウルはリリィを見下ろす。

「返せと言われて、素直に返す馬鹿は居ないだろう。それに、俺たちのパーティーには余計なものだからな」

「パーティーって、一体……」

疑問を投げかけるリリィに答える事無く、ラウルの姿形をしていたモノはその口を笑みの形へと変える。

「こ、これで、余計な邪魔者は、な、な、なくなっだだだだ……。
 ぐへ、ぶへ、ぶふぁばぁぁばあぁ」

そのまま口が横へと裂けていき、ラウルの顔が崩れて行く。
リリィの腕を掴んでいた手も、徐々に人のものではなくなって行く。指の一本一本が長く伸び、うねうねと動き出す。
ラウルの顔が縦にも裂け、そこから無数の触手が飛び出す。
良く見れば、指だったものも、触手へと変わっており、リリィは嫌悪感からか悲鳴を上げる。

「い、いやぁーーーー!!」

「ぐふふふ、じゅるぅぅぅ〜〜〜るるるぅぅ。ああ〜、いい声だ、だだだだなあななななぁぁぁぁぁぁ」

リリィの上げた悲鳴を聞き、心地良さそうに喉らしきものを鳴らして、モンスターはリリィの身体へと触手を伸ばして行く。





 § §





ベリオたちの素性を聞いたラウルは、ベリオたちを拝むように頭を下げる。

「本当に、本当にありがとうございます。えぇっと…」

「ん? ああ、俺は高町恭也と言います」

「弟子のカエデでござる」

「…マスターの僕です」

「えっと、恭ちゃんの妹の美由希です」

「…未亜です。えっと、恭也さんの…、恭也さんの……。
 って、そうじゃなくて、私たちはフローリアの救世主候補クラスです」

「っ!? きゅ、救世主候補様?
 そ、それは遠い所を本当によく来てくださいました」

「挨拶はそのぐらいにして、詳しい状況を教えてもらえませんか?」

恭也の言葉にラウルは頷くと、恭也たちを促がして歩き始める。

「モンスターどもは、今こちらに…」

「…人の気配がまるで感じられぬでござるよ、師匠」

「ああ、確かにな」

カエデと恭也の話を聞いていたラウルが、二人へと向って安心させるように言う。

「今は、モンスターの襲撃を恐れ、皆、私の家の地下室に隠れております」

「そうですか。ところで、誰か怪我をなさっている方とかは居ませんか?
 私、治癒魔法も治療も心得がありますが」

「ああ、いえ。無事な者たちに怪我はありません。
 問題は人質となっている者たちの方でして」

悲痛な色を見せるラウルに、未亜が気遣いながらも現状を尋ねる。

「それで、人質になっている人たちは?」

「はい、モンスターたちが襲ってきたのは、丁度、昼休みになる直前でした。
 奴らは村の外周にある柵を破って侵入してきたかと思うと、村役場を襲いまして…」

「…役場」

ラウルの言葉にリコが怪訝そうに呟き、それを耳にしたラウルが少し慌てたように尋ねる。

「な、何か不審な点でも?」

「…何者かの意志が介在している可能性が高いです、マスター」

「確かにな。人の多い所を狙うとは、誰かが知恵を授けたか…」

「ええ、ですから大量の村人たちが殺されてしまいました」

ラウルの言葉から、血を連想したのかカエデは顔を青くして口を押さえる。

「大丈夫? カエデさん」

その背中を撫でてあげながら、美由希もまた悲しげな表情を浮かべ、その瞳にモンスターたちへ怒りを静かに灯らす。
そんな二人の様子にも気付かず、ラウルはベリオたちに話を聞かせている。

「そして、生き残った数人の女性たちを人質として、そのまま役場に…」

「ということは、捕らわれているのは全員女性なんですね?」

「はい。しかし、それも時間が経った今では、何人生き残っているのか…」

村長の言葉に暗い表情を見せる一同だったが、ベリオが恭也へと声を掛ける。

「恭也くん、さっきから何か考え込んでいるみたいだけれど、どうかしたの?」


「いや、別に大した事じゃない。
 それよりも、村長」

「はい、なんでございますか?」

「俺たちがここに来るよりも前に、俺たちぐらいの年の女の子が来なかったか?」

「あなた方と同じぐらいの女の子ですか?」

「ああ。深紫のマントを着た紅い髪の…」

「…はて、見たことはありませんけれど。
 今日になってからは、まだ誰も見かけておりませんゆえ…」

「そうか」

それっきり黙り込む恭也を心配そうに見遣る美由希の頭を軽く撫でると、一行はラウルの案内に着いて行く。
やがて、ラウルの足が止まり、少し前方にある建物を指差す。

「あれが役場です」

「それにしても、人もモンスターも全く見かけないでござるな」

「ええ。モンスターも人質も、全てあの建物内ですから」

村長の言葉に重々しい空気が落ちるが、それを振り払うようにどうやって潜入するのかを話し合うことにする

「ここは拙者が…」

「いや、やめておいた方が良い」

自ら名乗り出たカエデを、しかし恭也が止める。
隠密行動には自信のあるカエデは不思議そうに理由を求めて恭也を見遣り、恭也はそれに対して静かに答えを返す。

「既に何人かの人はあの中で襲われているんだ。
 つまり、大勢の人が死んでいる。それがどういう事かは分かるな?」

「あっ…。たくさん血が…」

恭也の言わんとしている所を悟り、カエデは力なく俯く。
一旦、言葉が区切れたのを見て、ラウルがおずおずと口を挟んでくる。

「実は、そろそろ食事の差し入れの時間でして…」

「食事? 人質になっている人たちのですか?」

未亜の言葉にラウルは一つ頷くと、詳しい事を語る。

「ええ。昼間は人質用の食料、夜は奴らのために家畜を差し入れているのです。
 ですから、その運び役としてなら、中へと入れるかと。
 ただ、幾つかの制限を設けられてまして…」

「その制限っていうのは?」

ラウルの言葉に活路を見出し、恭也が尋ねる。
恭也へと視線を移すと、ラウルはその条件を口にする。

「まず、私を含めて二名以内であること。
 そして、武器は持たない事です」

「本当に知恵の働く敵ですね」

「どちらかと言うと、悪知恵って感じだがな」

ベリオの洩らした呟きに、恭也は冗談めいた言葉を投げつつ、再び何やら考え込む。
その間にも、ラウルとベリオの間で話が進んで行く。

「ですから、どなたか私と来てくださる方は…。
 勿論、武器は外していただく事になりますが」

「では、私が。怪我人のことが気になりますし」

「そうですか。ではそのロッドをここに置いていってください」

「ええ。未亜さん、少しの間、お願い」

そう言ってロッドを未亜へと渡すベリオを恭也が止める。

「俺が行く。美由希、これを頼む」

そう言って恭也はルインを美由希へと手渡す。
この行動にベリオと未亜、美由希が怪訝な顔を向ける。

「恭也くん、人質の方は怪我をされているんですよ。
 それを救えるのは私しか…」

「一気にケリをつければ問題ない」

「それは危険過ぎます! ここは一旦、中の様子を探って、情報を持ち帰るだけで我慢するべきです」

ベリオの言葉に、恭也を除く全員が同意する。
しかし、それに恭也は渋い顔を見せる。
それを見て、後一押しと思ったのか、ベリオが言葉を紡ぐ。

「恭也くんが行く事に、今以上の理由がありますか?」

「理由……。理由か」

恭也はそう呟くと、真剣な顔付きでカエデとリコを見据える。

「な、何でござるか、師匠」

「俺が行くのでは駄目か?」

「う、うぅぅむ。師匠がそこまで言われるのならば…」

「……マスターの命令。断われません」

「あ、あなたたち! 美由希さん、未亜さん、何とか言って下さい」

ベリオが残る二人へと声を掛け、二人が何か言おうとするよりも速く、恭也が先程までの真剣な表情で二人を見詰める。
思わず動きを止めた二人へ、恭也がそっと呟く。

「俺を信じてくれ」

「恭ちゃんがそこまで言うなら、私は良いよ」

「私も恭也さんを信じます!」

「…あ、あなたたち〜」

非常にあっさりと恭也へと味方する美由希と未亜に、ベリオが思わず情けない声を出す。
しかし、恭也はそんなベリオに構わず、美由希へと話し掛けていた。

「という訳で、美由希、これを預かっていてくれ」

「うん。……? きょ…」

「じゃあ、本当に頼んだぞ」

「…あ、うん!」

自分の言葉に美由希がしっかりと頷いたのを見て、恭也はラルフへと顔を向ける。

「という訳で、公平な話し合いの末、俺が行く事になったから」

「で、ですが、よろしいのですか? その…」

「うん? 武器は外したが、何か問題があるのか?」

「いえ、私の方はないんですが…」

そう言ってラルフは恭也の後ろへと視線を転じる。
後ろでは、ベリオが恭也へと詰め寄ろうとしており、恭也はそれを一瞥すると、ラルフを急かすように促がす。

「良いから、行きましょう。多数決で決まった事ですから」

「は、はぁ」

恭也に促がされ、ラルフは歩き出す。
その後ろに付いて歩き始めた恭也を止めようと手を伸ばすベリオを、美由希が止める。

「ベリオさん、ここは恭ちゃんに任せて」

「美由希さん、でも…」

「大丈夫だから。それよりも…」

美由希はそう言うと、遠ざかる恭也たちの背中を一度だけ眺め、未亜たちを見渡すのだった。
一方、役場へと向った恭也は建物の中へと入り、その暗さに思わず呟きを零す。

「窓も全て塞がれているのか」

「ええ。あ、人質はその奥です」

ラルフの指差す先へとゆっくりと向いながら、恭也はラルフへと疑問を投げる。

「やけに静かだな」

「皆、恐怖で大人しくなってしまっているのです」

「にしても、人質に手を出さないとは、意外と紳士的なのか、そのモンスターは」

「そのようですな」

「にしてら、最初はその場にいた人たちを殺したんだよな。中々矛盾した奴だ」

「そうですな。と、この扉の先です」

話しているうちに辿り着いた扉を少しだけ開けると、ラルフは恭也へと中に入るように促がす。
恭也が中へと足を踏み入れると、むせ返るような獣臭と、粘着質の何かが纏わり付くような音が聞こえてくる。
ここも同じように窓が塞がれているが、他の所よりもかなり雑で、所々から光が差し込み、薄暗いもののある程度は見通しが利いた。
その恭也の眼前に、ぼんやりと浮かび上がっていたモノは、掠れて酷く弱々しい声を洩らす。

「あ、ああ……。い、いや、誰か、誰かぁぁ……。げほっ、ごほっ、はぁー、はぁー」

異形な触手に全身を絡めとられ、上下逆さ吊りにされた状態のリリィは、咳き込むと苦しそうに呼吸を繰り返す。
着衣は乱れており、大きく広げられた足の間を触手はやらしい動きで這い回る。
同様に、身体にも幾本もの触手が絡み付き、うねうねと動いている。

「ああ…はぁぁぁぁ。も、もう、いやぁぁ。うぅぅ、あ、ああぁぁ、だめ…。
 も、もう…」

その口から息も絶え絶えに、諦めの言葉が口をついて出ようとした瞬間、
恭也は怒りに似た感情を覚え、嘲るような口調で声を掛ける。

「何だ、がっかりだな。これが、救世主クラス一の魔術師か。
 まあ、自称、クラス一だし、仕方がないか」

「……えっ!?」

突然、聞こえてきた声にリリィは目を見開かんばかりに驚きをその顔に宿し、目の前に立つ人物を見詰める。
目が合うと、恭也は彼にしては珍しく、ニヤリと嘲るような笑みを見せる。

「よお、いかさまマジシャン」

「……きょ、恭也?」

未だに茫然とした顔でこちらを見詰め、抵抗する事無くされるがままになっているリリィに怒りを覚えつつ、
恭也はそれを押し込めると、悠然と腕を組んでみせる。

「それにしても、いい光景だな。自称、主席さん」

「なっ!」

自分の言葉に反応し、僅かに声に力が戻りつつある事を確認すると、恭也は照れを隠してリリィの体をじっと見詰める。

「こうして改めて見ると、お前もやっぱり女の子だったんだな。
 うんうん、良い眺めだ。そのモンスターにも、少しは感謝だな」

「っ!! い、いやあああぁぁぁぁぁ!! 見るな! このバカ恭也!
 見るな、見るな、見るなぁぁぁ!」

言葉に力が戻ったのを見て、恭也は笑みが浮ぶのを抑え込むと、続けて言葉を投げ掛ける。

「そんなに大声を出して暴れれば、食い込むんじゃないのか」

「ぐぅ、痛っ。こ、この化け物め、殺す! 殺してやる! ついでにアンタも殺す!」

声だけでなく、その瞳にも身体にも力が戻ったのを見て、恭也は会心の笑みを見せる。

「ほう、殺すか? じゃあ、やってみろ」

「殺してやるから、助けなさい!」

「普通、そんな事を言われて助ける奴が居ると思うか?」

「居る訳ないでしょうが、そんなバカ!」

「だよな。で、改めて尋ねるが、助けたらどうする?」

「この化け物を殺して、アンタも殺す」

その解答を聞き、恭也は満足そうに笑みを深める。

「それでこそ、リリィだな。それなら、助けてやる」

「…へっ?」

自分でも無茶苦茶な事を言っていると自覚していたのか、恭也の返答を聞き、思わず素っ頓狂な声を上げる。
そんなリリィに構わず、恭也はただ静かに語る。

「生きることを諦めた奴を助けた所で仕方がないからな。
 こんな状況で、そんな奴を助けても足手まとい以外の何者でもない」

「あ…」

「俺が知る限り、リリィ・シアフィールドは、どんな事があっても勝つ事を諦めない奴だ。
 それ以外のお前を倒して主席を奪っても意味がないからな」

「この、バカ…。……そう簡単に主席の座は渡さないわよ!」

「だから、バカと言うな、バカと」

「やっぱり、アンタはバカよ、バカ。バカ恭也よ」

「…本気で助けるのをやめようかと思ったぞ、今」

「アンタね、男が一度言った事には責任を持ちなさいよ!
 さっさと私を助けて、そして、私に殺されなさい」

「助けるまでは分かるが、誰も殺されてやるとは言ってない!
 と、まあ、これ以上は後でだ。今、助けてやるからじっとしてろ」

いつものやり取りを始めた二人だったが、状況を思い出してすぐにそれを止めると、恭也はリリィを助けようと動き出す。
と、その背中へとラウルが声を掛ける。

「そうはいきませんなぁ」

「ん? 村長か」

突然声を掛けた人物に、リリィは一瞬だけ身体を震わすが、恭也は至って冷静に返す。

「あなたが驚いたり、取り乱したりしないから、少し予定が狂ってしまいましたよ」

「そう言われてもな。とりあえず、すまんで良いのか?
 でも、仕方がないだろう。最初から、あんたが人間側じゃないってのは分かっていたからな」

恭也の言葉に、ラウルは興味深そうにその理由を問う。
それに対して恭也は、当たり前のように答える。

「お前はリリィなんか知らないって言っただろう」

「それが何故、正体を見破ることに?」

「何故も何も、リリィはここに来ているはずなんだ。だったら、その話には矛盾が生じる」

「来なかった可能性は考えなかったのですか?」

更にそう尋ねるラウルに恭也は心底、何故という顔を見せる。

「そんな可能性なんかないだろう。俺たちがここに来る事は決まっていたんだ。
 なのに、ここに来ていないって事は、逃げたって事意外にあり得ないんだろう。で、だ。
 こいつが逃げ出すような奴か? それこそ、絶対にあり得ないな」

「恭也……」

恭也の言葉にリリィはただその名を呟き、ラウルは小さく舌打ちをする。
が、すぐにその顔に余裕な笑みを浮かべる。

「まあ、良い。それでも罠に落ちた。キサマの愚カサ、サと、ノ、呪ウトイイ…」

ラウルの声が、徐々に変質していき、金属的な音が混じり始める。
それと同時に、その姿が人の形から徐々に変わっていく。

「罠? どこに?」

その変化を目の前にしても、恭也は落ち着いたままラウルだったモノへと疑問を投げ掛ける。

「マズハ救世主ドモガ、我ラノ思惑ドオリニ分断サレタ。
 ソシテ、オ前タチハ今、武器ヲ持ッテイナイ」

「ああ、成る程な。一人ずつ召還器を取り上げて、ここに連れて来て殺すつもりだったのか」

「何、感心してるのよ、このバカ。召還器を置いてくるなんて、何を考えてるのよ!」

「グッグッグ。召還器ノナイ救世主ナド、タダノ人間ト同ジダ」

「それは残念だったな。で、リリィ、俺が置いて来た召還器は、刀型の召還器ルイン一本だけだ」

恭也の言わんとする所を察し、リリィは黙り込み、恭也は右手を掲げる。

「来い、ルイン」

「ナ!!」

「本当に残念だったな。俺の召還器は、二本一組なんだ!」

言いながら恭也はルインをリリィの足に絡み付いている触手の一本に突き刺す。

「バカ、何で手放すのよ!」

悲鳴じみた声を上げるリリィへと、恭也は右半身だけモンスター化したラウルの攻撃を躱しながら返す。

「ルインの役目は、目印だからさ。ルインの柄を良く見ろ」

恭也に言われてルインの柄を見ると、物凄く細い糸のようなモノが括り付けられており、
その先は恭也が入って来た扉へと続いている。

「な…?」

「ナニ?」

「美由希、未亜、今だ!」

恭也は叫びながら、ルインから伸びる鋼糸を特定のリズムで弾くように振るわせる。
それから数瞬後、窓をぶち破るように無数の矢がモンスターへと降り注ぐ。

「ゴガァァァ!」

悲鳴を上げ、リリィを捉えていた触手が緩んだ隙に、恭也はリリィへと手を伸ばす。

「リリィ!」

恭也の意図を悟り、手を伸ばして恭也の手を掴む。
恭也はモンスターがジャスティの攻撃で四肢を弛緩させた瞬間、リリィを引き剥がして両腕に抱え上げる。
空いている手で恭也のルインをしっかりと回収するリリィに、恭也は笑みを浮かべて見せると、
そのまま入って来た扉へと向って走り出すのだった。



役場の外でジャスティを構える未亜の横で、恭也から預かったもう一本のルインに括り付けられていた鋼糸を手に取り、
恭也たちの居場所や攻撃のタイミングを計っていた美由希は、そっと立ち上がる。

「二人共大丈夫みたい」

「…鋼糸の振るえる長さやリズムで会話するとは、中々器用でござるな」

「そ、そうかな? でも、そんなに細かい事までは会話できないよ」

「それも、師匠たちがやっている剣術の技でござるか?」

「う、うーん、ちょっと違うかな? 私と恭ちゃんが子供の時に、遊びのつもりでやったのが最初だったんだけれどね。
 役に立つかもしれないからって、少しずつ練習してたんだよ。でも、本当に役に立つ日が来るなんて…」

「二人共、お喋りはそこまでにして、行きましょう」

ベリオの言葉に頷くと、美由希たちは恭也たちと合流すべく走り出すのだった。





つづく




<あとがき>

という訳で、第18話〜。
美姫 「ようやく、救世主クラスが全員集合ね」
だな。いよいよ、次回は戦闘〜。はぁ〜、戦闘シーンは苦手…。
美姫 「嘆く暇があれば、さっさと書きなさい!」
お、おう!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。





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