『DUEL TRIANGLE』






第十九章 first confront ― 破滅との対峙 ―





リリィを抱えながら恭也が建物から飛び出す。
その後を追うように、モンスターが扉へと差し掛かった瞬間、恭也が合図を送る。
その合図を受け、リコが魔法を建物の上部へと放つ。
すると、そこから爆発が連鎖するように建物全体へと伝わっていき、一気に崩れ出す。
それを恭也に抱えられながら見ていたリリィは呆然と呟く。

「何で、あの程度の魔法であそこまで…」

「リコの魔法だけじゃないからさ。
 美由希に、カエデに爆弾を仕掛けるように言ったからな。
 カエデの仕掛けた爆弾をリコの魔法で爆発させたんだ。
 後は、それが連鎖したという訳だ。何の練習もなしに急遽やったにしては、かなり良い出来だな。
 流石、カエデ」

「いやいや、そんな事はござらんよ。リコ殿の魔法があればこそ」

「私はただ起爆させただけです」

「そんな事はござらんよ。リコ殿の魔法なくしては、こうも上手くはいかないでござる」

「これが、チームワークって奴だ。それぞれが出来ることをやって、その結果を何倍にもする」

まるでリリィに聞かせるように言った恭也の言葉にカエデたちも頷き、カエデは改めて崩れた建物を見る。

「にしても、いやはや…。ここまでもの凄い威力とは。次回があれば、もう少し火薬の量を抑えるでござる」

「まあ、反省などは後にして…。ベリオ頼む。
 あの程度で倒せるとは思えないからな。皆、気を引き締めていくぞ」

恭也はリリィを地面へと降ろすとベリオに後を任せ、自らはルインを手に構える。
その後ろで、ベリオはリリィの傍に寄ると、怪我がないか確かめる。

「大丈夫? リリィ」

「う、うん」

「そう。それじゃ、後は私たちに任せて、そこで休んでいて」

怪我がない事を確認したベリオは、自らも戦線へと加わるべくリリィを置いて恭也たちの元へと向かう。
ベリオが恭也の元へと辿り着く頃には、目の前の瓦礫の中から完全に姿を変えたモンスターが現れる。
亀のような姿をして、後ろ足で立つ全長3、4メートルはあるそのモンスターは瓦礫から出てくると、
その前足を恭也たちへと目掛けて振り下ろす。
間合いの外にいるはずの恭也たちだったが、その前足が振り下ろされながら伸びているのに気付き、すぐさま飛び退く。
恭也たちが居た場所へと振り下ろされた腕により、地面が小さく抉れ、土煙が舞う。
その中を、恭也と美由希、カエデの三人が突き進み、三方向から迫り、
後方からは、リコとベリオの魔法と未亜の弓による援護が降り注ぐ。
飛来する矢を腕を振るって打ち払うが、そのすぐ後に魔法が飛んでくる。
交互に打ち出される二人の魔法の合間に、矢が何本も飛び、
それらが目障りなのか、モンスターは咆哮を上げて腕を振り回す。
その腕を掻い潜るようにして、美由希とカエデが両側からその腕へと斬りかかる。
腕から恐らく血であろう緑色の液体を撒き散らし、空高く吼えると腕を美由希とカエデ目掛けて振り下ろす。
傷付いた腕から振り下ろされる軌跡に合わせて緑の血が線を引きながら、二人の頭上へと落ちる。
それを二人はぎりぎりで躱すと、その腕を蹴って宙へと身を躍らせる。
モンスターの注意が二人へと向かった所へ、真正面から恭也が突っ込んで行き、モンスターの懐まで入り込む。
そのままルインを十字に振るい、腹を切り裂く。
またしても咆哮を上げつつ、モンスターは懐の恭也目掛けて口を開く。
鋭い牙が並ぶ口が迫り、恭也は身を屈めるとモンスターの足の間をすり抜けるように滑り込む。
同時、モンスターの開いた口へと、リコとベリオの魔法が炸裂する。
牙が折れ、口からも血を吐き出すモンスターの頭上から、首を目掛けて美由希とカエデの攻撃が落ちる。
二人の刃は、固い皮膚に阻まれて完全に突き抜けることなく、モンスターの首に喰い込む。
モンスターは悲鳴にも誓い叫び声を絶え間なく響かせ、その身を滅茶苦茶に振る。
それにつられ、モンスターの首に己の武器でぶら下がる事となった美由希とカエデの身体も揺れる。
そこへ、後ろへと回っていた恭也がモンスターの背を駆け上り、二人の刃へとルインをそれぞれに打ち付ける。
その勢いを利用し、美由希とカエデはそこからモンスターの首を更に深く傷つけ、そのまま地面へと着地する。
二人に遅れて恭也も着地を決めると、三人はすぐさまそこから飛び退く。
その少し後、三人の居た場所へとモンスターの腕が振り下ろされる。
しかし、その勢いは最初の頃ほどなく、かなり弱っていた。
恭也たち三人はそこへ追撃をかけず、更に距離を取る。
三人がモンスターから距離を開けた所へ、無数の矢が頭上から降り注ぎ、数本がモンスターの身体に突き刺さる。
モンスターの目が、離れた場所で弓を構える未亜を、そして、その後ろで目を瞑って呪文を唱えるリコを視界に収める。
そちらへと歩を進めようとしたモンスターの機先を制するかのように、横手から魔法の光線が飛ぶ。
血が溢れ出る首を巡らせ、光線の飛んできた先を見るモンスターに、未亜の弓矢が襲い掛かる。
しかし、その矢はモンスターへと届くかどうかという所で地面へと落ちていき、モンスターの足元の地面に突き刺さる。
モンスターはその矢を気にも止めず、何か大きな魔法を唱えているリコを標的に決めると、
その足を動かそうとして、動かないことに短く唸る。
よく見ると、モンスターの足は地面から伸びた、
いや、正確には未亜が放った矢から出た氷塊によって地面へと固定されていた。
放っておいてもすぐに溶けるであろうソレを、モンスターは力づくで引き剥がす。
無理に剥がしたために傷付く足を気にも止めず、モンスターは再び行進を始める。
せめて、誰か一人でもという執念を感じさせる歩みをするモンスターへ、
今まで戦線から離れていたリコが目をそっと開き、その小さな唇が最後の一文を口にする。
頭上から振り下ろされた腕の動きに合わせるように、モンスターの頭上高くから炎に包まれた大きな岩塊が降ってくる。
それはそのままモンスターの頭上へと落ち、辺りに爆音と土煙を立ち上らせる。
咄嗟に目を庇った恭也たちが、未だ薄れぬ土埃を掻き分けるように手を振るいつつその場所を見れば、
そこには既にモンスターの原型はなく、直径がモンスターと同じぐらいか少し小さめの、
底の浅いクレーターが一つ出来ていた。

「…終わったでござるか」

その穴を覗き込みながら呟くカエデの言葉を聞きながら、恭也は自分の呼吸が荒い事に気付く。
何故か息苦しく、何度も呼吸を繰り返す。
周りを見れば、美由希たちも同じらしく、皆一様に顔を青くして浅く呼吸を繰り返している。
流石に可笑しいと思い、皆の元へと合流しようとして、足を踏み出した瞬間、膝が折れて地面に肩膝を付く。

(おかしい。幾らなんでも、ここまで疲れる訳がない……。
 まさか…)

恭也が出した答えにカエデも辿り着いたのか、その口から苦しげに言葉が出る。

「毒、でござるな、どうやら……。拙者も食らったでござる、師匠…」

全員似たような状態の中、未亜がベリオへと何とか声を掛ける。

「ベ、ベリオさん、解毒を……」

その言葉に全員の視線がベリオへと向かう中、ベリオは一つ頷くが、その顔色は他の誰よりも青ざめており、
呼吸も荒く、この中で一番毒がまわっているのがベリオである事を知らせている。

「次からは、毒に対する耐性をつけないと駄目だね……」

苦しげに、何処までが本気か分からない事を呟く美由希だったが、その顔は油断した己の未熟さを悔やんでいた。
美由希だけでなく、他の者たちも同じような気持ちなのだろう。
徐々に力が抜けていく感じを味わいつつ、地面へと座り込む一同の耳に一際低い声が聞こえて来る。

「グルルルル……。ガアァァァァァァッ」

その声と共に、崩れた建物の瓦礫から一匹のモンスターが姿を見せる。
それを見て、恭也はもう一匹いた事を思い出す。

「そういえば、村長の姿に化けていたのとは別に、触手の化け物が居たな…」

完全に忘れて、いや、最初の爆発で倒れたと思っていたモンスターの登場に恭也は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
恭也たちが毒で動けないと悟ったのか、触手の化け物はゆっくりと確実に瓦礫から這い出してくる。
モンスターを前にしてリコは何かを決意したように動かない身体に力を込める。

「…ここは私が食い止めます」

「…一人で、ましてやそんな状態じゃ無理だよ」

リコの言葉に美由希が声を上げるが、リコはしれすじゃ手がないとばかりに立ち上がろうとする。
が、実際に毒が思った以上に回っているらしく、リコは立つ事が出来ないでいた。
恭也もルインを地面へと突き刺し、それに縋るようにしてゆっくりとだが立ち上がろうとする。
普段、自らが思うように動く体とは打って変わり、全然動かない体にもどかしさを感じながらも、足へと力を入れる。
カエデや美由希もまだ諦めておらず、恭也同様に何とか立ち上がろうとしている。
そんな恭也たちを嘲笑うかのように、モンスターはゆっくりと、ゆっくりと、
だけれども確実に恭也たちへと近づいて行く。
無数の触手を身に纏い、顔らしきものが見当たらないそのモンスターは、
まるで辺りを見渡すかのようにゆっくりと身体を捻ると、恭也を標的としたのか、そちら目掛けて歩き出す。
目らしきものも見当たらないそのモンスターと、恭也は何故か目が合ったような気がして、
恭也は苦笑と共に小さく呟く。

「ひょっとして、ルインを突き刺した事を怒っているのか?」

そんなどうでも良いような事を考えつつ、恭也はモンスターが自分に向かってくるのを好都合と考えていた。
モンスターが恭也へと攻撃に移った瞬間、恭也は残る力全てを込めた一撃を放つつもりでいた。
ゆっくりと近づいてくるモンスターを見据え、恭也はルインへと縋るようにして膝を着いた状態ながらも、
何とか上体を起こし、もう一刀のルインを右手に強く握り込む。
周りから逃げるように声が掛かるが、この状態で逃げ切ることが出来る訳がない事を、
誰よりも恭也自身が分かっており、もし仮に逃げれた場合は、自分の代わりに誰かが標的になると分かっているから、
恭也はその逃げるための力さえも惜しみ、ただ一撃へと全てを込めるべくじっと近づいてくるのを待つ。
そんな恭也へ、この全員が毒に侵されて苦しげな状況という場に置いては、やや場違いな平坦な声が届く。

「動かないでよ」

戦線から離れていたために、唯一毒を食らわずにすんだリリィが、恭也とモンスターとの間に立ち、
恭也へと左手を翳す。
その状況だけを見れば、恭也をモンスターから庇っているようにも、
逆に恭也へと何かしようとしているようにも見えるような態勢で、リリィはじっと恭也を見下ろす。
目の前に立つリリィをやや呆然と眺めていた恭也だったが、その後ろからモンスターが迫ってくるのを見て、
リリィにそこを退くように言う。
しかし、リリィはそんな恭也の言葉に耳を貸さず、何やらぶつぶつと呟き出す。
その後ろでは、ほとんど間近に迫ったモンスターが、高らかに声を上げている。
恭也は怒鳴るように再度逃げるように促すが、返ってきたのは恭也以上にきつい口調だった。

「抵抗しないで! ただでさえ、人相手にするのは初めてなんだから!」

怒鳴り返すリリィのずっと翳したままだった左手に、薄い白い光が集まり出す。
光が薄っすらと掌を包み込んだのを見て、リリィはその手を恭也の肩へとそっと置く。
恭也はそこから何かが流れ込んでくるような感覚を覚え、次いで血液の中をその何かが駆け巡るようなイメージを抱く。
そのリリィの一連の行動を見ていたベリオが、苦しげに、けれども多分に驚きの篭った声で呟く。

「げ、解毒!?」

ベリオの言葉に全員が驚く中、リリィは恭也の身体の毒を取り除いていく。
その後ろから、モンスターが遂に二人を射程範囲に捉え、
ゆっくりと蔦が幾本も絡まったような腕らしきものを振り上げ、歓喜の声を震わせながら二人目掛けて振り下ろす。

「ガガガァァァ! ……アガァァァッ!」

二人が潰される光景に美由希たちは目を細めるが、その耳にモンスターの歓喜の声が悲鳴に変わるのを聞く。
恐る恐る目を開けてみれば、振り下ろされた触手を斬りつけながら躱し、距離を開ける恭也の姿があった。
恭也は更に地を蹴ってモンスターから距離を開ける。
その片腕の中にはリリィが抱えられており、未だに解毒の途中なのかその手にはまだ光が見える。
解毒をしながらも眦を吊り上げ、リリィは恭也へと噛み付く。

「ちょっと離しなさいよね! まだ完全に解毒は終わってないんだから!」

「今はそれどころじゃないだろう」

いつものよりもかなり鈍い動きで更に距離を開けつつ、
恭也はリリィを守るように背中に回した手に力を込めて引き寄せる。

「だ、だから、離しなさいって! ……ない」

最後の方に小さく呟かれた言葉は恭也の耳には届かず、
恭也はこちらへと歩いてくるモンスターと自分たちの距離を計る。
ぎりぎりまで引き付けてから、もう一度距離を取るために足へと力を込める。
と、その動きが先程よりもスムーズになっており、
身体も先程の重さが嘘のように自由に動くことに自身の身体を見下ろす。
そんな恭也の視線に、恭也の腕の中で複雑な顔をしているリリィの顔が映る。
リリィは恭也と視線が合うと僅かに視線を逸らし、軽く呼吸をすると不適な笑みを浮かべて真正面から見詰め返す。

「これで、解毒は完璧よ! …………多分」

「た、多分って」

「何よ! 初めてなんだから、仕方ないでしょう!
 それよりも、さっさと離れなさいよ!」

そう言って恭也の胸を押すようして距離を開けるリリィに、恭也は礼を言う。

「助かった。ありがとう。どうやら、ちゃんと解毒できているみたいだな。
 さっきまでと違って、ちゃんと動く」

「当たり前でしょう! この私の魔法よ!」

「…さっきまでと言っている事が違うような気がするが、今はそれどころじゃないな」

「そういう事よ」

二人はそう言葉を交わすと、同時に一点を見据える。
そこにはこちらへと近づくモンスターの姿があった。
恭也はルインをニ刀構え、リリィは恭也から少し離れる。

「これでアンタの体調は問題ないでしょうから、瓦礫によって手負いになったアレの相手は一人で充分よね?」

リリィの言葉に軽い驚きを覚えつつ、恭也は地面を指差す。

「何、一人だけ楽をしようとしているんだ。現在、戦える状態なのは、俺とリリィだけなんだからな。
 だったら、二人掛りでさっさと倒して、美由希たちの治療を少しでも早くした方が良いだろう」

と、恭也が指差す先には、リリィの召還器ライテウスが落ちていた。
それを目にし、リリィはまたしても不適と取れる笑みを浮かべると、ライテウスを拾い上げる。

「そうね。…それじゃあ、遠慮なくやらせてもらおうかしら。
 しっかりと落とし前だけは付けてもらわないとね」

リリィは手にライテウスを装着すると、眼差しも鋭くモンスターへと手を掲げる。

「さて、お返しは千倍返しって決まってるのよ! 覚悟しないさい!」

言うが否やリリィの手から炎弾が数個飛んでいく。
それを身体に受け、怯んで行進する速度を落したモンスターへ、リリィの二撃目の攻撃、雷が降る。
悲鳴が上がるモンスターへとリリィは遠慮も容赦もなく魔力弾を無数撃ち放つ。
その後を追うように恭也がモンスターへと駆け出し、ルインを横薙ぎに振るう。
間合いの遥か外で振るわれたルインより黒い三日月型の衝撃波がモンスターへと迫り、触手を数本斬り飛ばす。
同時に地を蹴り、モンスターへと向かっていた恭也は横へと跳ぶ。
そのすぐ横を後ろからリリィの放った炎玉が通り抜けていき、モンスターの身体へと当たる。
そこへ恭也が斬り掛かるが、モンスターは触手を4、5本纏めて爪のように鋭く伸ばして突き刺してくる。
それをルインで受け、足を止めた恭也へと無数の触手が絡みつくように蠢いて恭也の手足を取らんと迫る。
後ろへと飛び退きながらルインで斬る恭也だが、その数が多過ぎて刃を潜り抜けてくる触手が数本。
それらの触手が今まさに恭也の手足を掴まんとした時、急に力を無くして地面へと落ちる。
よく見ると、その根元が鋭く切り裂かれている。
地へと足を着けた恭也へと再び迫る触手が、またしても根元から切り落とされ、
今度ははっきりとその目で状況を見ることが出来た恭也は、
三度風の刃を放つ態勢に入るリリィを横目でちらりと窺うと、モンスターへと迫る。
横から来る風刃に触手を斬り飛ばされた瞬間、恭也は接近してルインで身体を斬り付ける。
短い咆哮を上げ、モンスターは無数にある触手のうち、
恐らく腕に当たるであろう肩らしき部位より生えた片腕五本、計十本の絡み合った触手を恭也へと振り下ろす。
普通なら受け止める事など出来ずにそのまま潰れてしまいかねない重い攻撃だが、
召還器より力を与えられている恭也は、それをルインを交差させて頭上で受け止めてみせる。
力が拮抗するかのように動きを止める両者だったが、
モンスターにはまだ背中に生えている無数の触手という武器があり、それが恭也へと伸びる。
対する恭也の方にはリリィの援護という魔法があり、迫る触手の悉くが焼かれ、切られ、凍りついて割れ、
恭也へと一本も届かない。
モンスターも触手だけに頼らず、そのまま力で押し勝とうと腕へと力を込める。
僅かだが押されるように恭也の腕が下がった瞬間、モンスターは更に力を込める。
その瞬間、恭也はモンスターへと踏み込み、懐へと飛び込む。
力を込めた腕はそのまま地面を叩き、軽い爆風を巻き起こす。
その爆風に乗るようにして加速した恭也はルインに力を注ぎ込むように握り込む。
漆黒の輝きがルインの刀身を包み込む。
恭也はそのままルインを交差させ、加速の勢いもそのままに雷徹を放つ。
ルインがモンスターの身体を十字に切り裂き、その巨体を宙へと舞わす。
恭也は爆風の勢いのまま、宙を舞ったモンスターの下を通り過ぎるように駆け抜ける。
それを見計らったかのように、地面に背を向けて落ちてくるモンスター目掛けて氷柱が地面より突き上がる。
ある程度の長さで止まった氷柱は先端は鋭く、地面に接している個所は太く折れにくく鎮座する。
そこへモンスターが背中から落ちてくる。
重力と自身の体重によって氷柱がモンスターの身体へと突き刺さっていく。
空気を震わせるような絶叫がモンスターから発せられ、無数の触手がざわざわと蠢く。
抜け出そうともがくモンスターの自重に壊れないように、
氷柱を維持するためにリリィが手を掲げたままその魔法を持続させる。
このままでは壊せないと悟ったモンスターは、何とか氷柱を壊そうと触手を動かすが、
それらは触れた瞬間に凍りつくか、恭也の飛ぶ斬撃の餌食となって千切れ飛ぶ。
やがて触手の動きも弱々しくなっていき、最後に身体を小さく痙攣させるとモンスターは生き絶え、その姿を消す。
それから少しして、氷柱も徐々に形を失っていく中、恭也は大きく息を吐き出し、絞るように声を出す。

「今度こそ、本当に終わったな」

それに答えるように、疲れた顔の中にも自信を漲らせてリリィが不適に言い放つ。

「当たり前よ! この私が参戦したんだからね!」

その台詞に何となく可笑しくなり、恭也は微笑を浮かべ、リリィもまたその顔に微笑を浮かべる。
それから二人は美由希たちの手当てを行い、無事な村人が居ないか村中を探す。
しかし、何処にも無事な村人の姿はなく、村は全滅しているという過酷な現実のみが恭也たちを待っていた。
村一つの全滅という事態に気分も暗く、恭也たちは学園へと戻るのだった。
後で分かった事だが、そもそもの依頼からして、村長に化けたモンスターによるものだったらしいのだが、
それは恭也たちにとって、何の慰めにもならなかった。





 § §





学園へと戻ってきた翌日の早朝。
恭也は闘技場へと足を運んでいた。
約束の時間よりも少し早く着いた恭也だったが、その人物は既に着ており恭也が来ると顔を上げる。

「思ったよりも早かったわね」

「そうか? リリィの方こそ、早いじゃないか。
 約束の時間はまだだよな」

「ええ。まだ約束した時間にはなってないわ。
 ごめんなさい、こんな所に呼び出したりして」

「いや。それで、何の用なんだ?」

珍しくしおらしい言葉を口にするリリィに対し、恭也は変わらずに返す。
単にそれに気付いていないのか、いつもと変わらない恭也の様子に、
からかおうとした事が失敗に終わって軽く肩を竦ませる。

「美由希が鈍感と言っていた意味が少し分かったわ」

「むっ。いきなり失礼な。俺は結構、鋭いつもりなんだが」

「まあ、良いわそんな事は」

自分から言い出しといて、それはないだろうと思いつつもそれを口には出さずに呼び出した理由を尋ねる。
それに対するリリィの返答は、小馬鹿にしたような笑み一つと、

「闘技場に呼び出した時点で分からないかしら?」

この言葉で大よそ予想していた事とはいえ、恭也はこっそりと溜め息を吐く。
それから徐に真剣な顔つきになると、静に、だが、はっきりと聞こえるように話し掛ける。

「確かに、俺たちは平和な世界で生まれて、
 リリィからしてみればぬるま湯に浸かっているように見えるのかもしれない。
 こっちのこれからの世界は、もっと過酷になって行くんだろう。
 そんな過酷な世界から来た人からすれば、俺たちの言動が気に食わないのかもしれない。
 どれほど過酷だったのかは分からないが、正直、その人の事は本当に凄いと思う。
 そんな過酷な目にあっても、そこから逃げ出さずに踏み止まって、
 それどころかソレに対して、誰にも頼らずに立ち向かって行こうと日々努力しているんだから」

「…そんな奴、凄くも何ともないわよ。ただ……」

リリィはそこで言い淀むように言葉を詰まらせる。
恭也は少し待つが、そこから先を話しそうもないと分かると、自分の話を再開させる。

「でも、確かにその一人で何とかしようという気持ちも分からなくはないが、
 一人で全て何とかしようとする必要はないと思う。一人だと出来ることにはどうしても限界があるんだから。
 皆で協力するって言うのも悪いことじゃないと思う。誰が救世主とかはこの際、置いておいて」

「…要するに、私たちは仲間だって言いたいんでしょう」

「…ああ。リリィは嫌がるかもしれないが、リリィが何か困っているっていうのなら、手を貸してやりたいと思う。
 俺だけじゃなく、美由希もベリオも皆、同じだと思う。
 リリィだって、ベリオたちが困っていたら手を貸すだろう。
 だから、無理して一人で抱え込む事はないと思う…」

「誰が救世主になっても、救世主一人が戦うんじゃなくて、皆で力を合わせてって言いたい訳?」

「ああ」

「…そう言えば、お義母さまが言ってたわね。
 アンタにとって救世主っていうのは、破滅を滅ぼすための一つの手段であって、それが目的ではないって」

「その通りだ。だが、それはリリィたちも同じだろう」

「まあね。でも、私にとっては破滅を倒すためのたった一つの手段だったのよ」

「だった? 過去形なのか?」

恭也の指摘にリリィは嘲笑するように鼻を一つ鳴らす。

「この私が、そんな事にいつまでも気付かない訳ないでしょう。
 アンタが言うような事も、ちゃんと考えてたわよ」

「確かにな。この短期間で解毒の魔法もマスターしたみたいだし。
 前に使えないって言っていた回復系の魔法にも取り組んでいるって事か」

「そうよ。悔しいけれど、アンタが始めてここに来た時にお義母さまに言ったように、私の…。
 いいえ、私たちにとって最終的な目標は破滅を滅ぼす事だもの。
 その為に出来ることは全てやってやるわよ。
 例え、救世主になれなくても、破滅だけは倒さないといけないんだから」

やっぱりリリィは凄いと改めて感じる恭也の前で、やはりいつものように不適な笑みを見せると、

「まあ、救世主になるのは私でしょうけれどね。
 やっぱり救世主に苦手なことがあるようじゃ、示しがつかないものね」

照れ隠しなのか本気なのか分からない言葉だったが、その方がリリィらしいと恭也はばれないように笑みを浮かべる。

「まあ、それはそれとして……。
 ここらでアンタとは一度はっきりと決着を着けようと思ってたのよね」

「……はっ!? 何処をどうしたら、そうなるんだ?」

「うん? 別に大した理由はないわよ。ただ、始めからそのつもりだったんだもの。
 今更、予定を変更なんてできないでしょう。時間が空いてしまうもの。
 それに、わざわざお義母さまに頼んで、この時間に闘技場を使う許可を貰ったんだし、使わないと損じゃない」

「そんな理由でか?」

「他に必要なら、そうね……。いい加減、どっちが主席かはっきりさせるってのはどう?
 何故か私とアンタの対戦ってまだないじゃない。まあ、サイコロで決めてるから運次第なんだけれどね。
 でも、次の試験までは待てないし」

「別に主席とかには興味ないんだが…」

「の割には、この前は主席を奪うとか言ってなかったかしら?」

リリィの言葉に恭也はこの前とはいつかを思い出そうとし、それを思い出す。
途端、顔を赤くさせる。
それを見てリリィも顔を赤くさせると、怒鳴りつける。

「ちょっ、な、何を思い出してるのよ!」

「す、すまん。いや、でもわざとじゃ…」

「忘れろ! 忘れなさい! この間見た事は全部忘れなさい!」

「わ、分かったから、落ち着け。その、この間の事は悪かったと…。
 あれは、お前が今にも殺してくれって顔をしていたから、逆に元気を出させようとだな。
 ショック療法というか、ほら、茫然自失となっている時に目の前に憎しみをぶつける相手が居れば、
 生きる気力も沸くだろうと…。だから、下心があって見ていた訳じゃなくて……。」

「だから、思い出すなー! 丁度、良いわ。あの時に私が言った言葉、覚えてる?」

「あの時? ……ひょっとして、あの化け物を殺したら俺を殺すとかいうやつか?」

「ふふふ。丁度、良いわ!」

「っ! って、何でこうなるんだ。ルイン!」

リリィの手に魔力が集まるのを感じた恭也は、すぐさまルインを呼び出す。
魔法を唱えられる前に飛び込もうとするが、先にリリィの魔法の方が早く、炎玉が恭也目掛けて飛ぶ。
それを恭也は転がって躱す。
躱された炎玉が地面へとぶつかり、大きな爆音を立てる中、

「どうして、こうなっちゃうのかな……」

その爆音に消されるように、リリィが一瞬だけ後悔するような顔で小さく呟くが、すぐに眦を上げると、
次の攻撃を繰り出すべく呪文を唱え始める。
駆けて来る恭也目掛けて小さな玉が飛んで行き、恭也の手前に落ちる。
瞬間、掌よりも小さかった玉が爆発するように膨れ上がり、実際に爆発する。
咄嗟に後ろへと飛び下がった恭也は、ルインを横薙ぎに振るい黒い斬撃を飛ばす。
その後を追うようにもう一刀のルインを下から上へと振り上げ、同じような斬撃を発生させる。
最初の衝撃波を風刃で相殺し、その後から来る斬撃を躱すとリリィは氷礫を前方へと放つ。
斬撃の背後から接近して来ていた恭也は、大きく横へとそれを躱す。
そこへリリィの雷が一本の尾を引くように迫る。
その雷へとルインを投げると、もう一刀を手にリリィへと向かう。
近づいてくる恭也に対し、リリィは掌を上にして腕を伸ばすと手首だけを上へと折り曲げる。
それを合図とするかのように、恭也の足元から火柱が立ち昇る。
立ち昇ってきたそれをルインで斬ると、恭也は火柱を飛び越え、ルインから黒い斬撃を放つ。
風刃でリリィが相殺している所へ近づいた恭也はルインを振り下ろすが、
リリィはそれを身体を回転させながら躱し、同時に回し蹴りを放ってくる。
それを片手をルインから放してブロックすると、恭也は軸足を刈るように足を出す。
軸足を刈られて倒れるリリィだったが、倒れながら恭也へと手を向け、そこから炎弾を打ち出す。
それをルインで弾いている隙にリリィは立ち上がるとすかさず氷礫を撃ち出し、後ろへと跳躍する。
氷礫を躱しながら、恭也は鋼糸を伸ばして投げ捨てたもう一刀を回収してリリィと向かい合う。

(流石に主席だけの事はあるな。接近戦でもある程度戦えるとは…)

軽く肩で息をしながら感心する恭也と対峙するリリィも肩で呼吸をしながら、
今まで戦ってきた相手とは違う事を実感する。
戦士タイプとは何度かやりあった事もあり、接近を許した事も勿論ある。
しかし、魔法使いが皆、接近戦に弱いということはなく、
リリィは接近戦でもその辺の戦士には負けないという自信があった。
近距離で使える魔法を幾つか持っているのに加え、体術も鍛えているからである。
実際、あの蹴りで勝負は付くかと思ったのだが、やはりそこまで甘くはないようだ。
恭也は今までの者と比べることが出来ないほどに強く、接近戦は避けたい所だった。
おまけに、ある程度の距離も、あの黒い斬撃によって補えるときている。
正直、自分の前に立つ男の実力を認めざるを得ないようである。
かと言って負けるつもりもなく、リリィは呼吸するのに紛れるようにして唱えていた呪文を解き放つ。
恭也の周囲を囲むように数本の氷柱が地面より生える。
逃げ道を完全に塞がれた恭也目掛け、リリィは一際大きな炎玉を打ち出す。
周囲を囲まれた恭也は、リリィが次の魔法を撃とうとしているのを見て、目の前の一本へとルインを振り下ろす。
漆黒の輝きを身に纏ったルインは、まるで紙を斬るようにその刃を氷柱へと突き通し、斜めに斬り裂く。
そこから恭也は囲いを抜け出ると、迫り着ていた炎玉へと斬撃二つを飛ばす。
二つの斬撃と炎玉がぶつかり、小さな爆発を起こす中、恭也はルイン一刀を構え、リリィ目掛けて射抜を放つ。
今まで以上の速度で迫る恭也に対し、リリィは広範囲に雷を放つ。
恭也はもう一方の手で握り締めたルインに漆黒の輝きを纏わせると、自分の進む先へと投げる。
一直線に進むルインは雷を弾き、そこに一本の道を作るとリリィの足元の地面へと突き刺さる。
そこから迫り来る恭也へと、リリィは風刃を数本生み出す。
恭也の射抜が迫り来る風刃とぶつかる。
一瞬だけ、両者の力が拮抗したかのように動きが止まるが、風を突き破るように恭也のルインが抜ける。
風の刃は瞬間にただの風となり後方へと流れる。
リリィは恭也が次の攻撃へと移る前に次の魔法を放つが、それは射抜独特の派生した斬撃により弾かれる。
下から斬り上げる形で派生したため、恭也の右腕は上へと向き、リリィの目の前に無防備に恭也の身体が晒される。
そこへとリリィは腕を伸ばして雷を発生させようとするが、それよりも早く、
恭也の左手が足元に突き刺さったままのルインを逆手に掴み、リリィの腕を下から柄頭で上へと弾く。
浮いたリリィの上体へ、恭也が踏み込んで右のルインの刃がリリィの喉元、
左のルインの切っ先が右の脇腹へと数センチの隙間で当てられる。
両者共に言葉はなく、暫く静かなまま時間が流れる。
時間にして数秒ほどの静寂を持ち、リリィは軽く後ろへと下がる。

「…ふぅ。私の負けか」

思った以上にあっさりと口にしたリリィを、恭也が思わず呆然と見詰める。
そんな恭也にリリィがいささか憮然とした態度で声を掛ける。

「な、何よ」

「い、いや、何でもない。その、いい勝負だった。
 本当にリリィは強いな」

「それ、嫌味? たった今、アンタに負けたんだけれど」

「そ、そういうつもりじゃ。それに、どっちが勝っても可笑しくないような勝負だったし…」

「…はぁ。まあ、悪気がないってのは分かってたわよ。
 今のは八つ当たりみたいなもんよ」

リリィは肩を竦めると開き直ったように恭也に向かい合う。

「で、私が負けてアンタが勝った訳だけれど、指導はどうするの?」

「…この勝負はそんなのは関係ないんじゃなかったのか?」

「特に決めてなかったわね」

「だったら、別に良い。まあ、どうしてもと言うなら、そうだな。
 もう少し未亜に優しくしてやれ。この中じゃ、一番争い事と無縁だったんだから。
 それにしては、よくやっているんだから」

「そんな事は分かっているわよ。…それにしても、不思議よね。
 アンタたち三人がそれなりに平和な世界から来たっていうのは聞いたけれど、
 その割にはアンタや美由希は妙に戦い慣れているような気がするわ」

「まあ、色々とあるんだよ」

「別に良いけれどね…」

恭也の言葉にリリィは本当にどうでも良さそうに答えると、もじもじといった感じで地面を見詰める。
不思議そうに思いながらも、恭也がただ黙っていると、リリィはやがて意を決したように顔を上げる。

「と、所で、今日の夜は暇?」

「夜? まあ、時間にも寄るが」

「そ、そう。じゃあ、話があるから、アンタの部屋に行くわ」

「話なら、ここでも…」

「い、良いから! それじゃあ」

恭也の言葉を切るように言うだけ言うと、リリィは足早にこの場を立ち去る。
その背中を首を傾げて見送ると、恭也もまたこの場を立ち去るべく歩き出すのだった。





 § §





深夜と言っても良い時間、恭也の部屋の扉がノックされる。
恭也は立ち上がると扉を開けてリリィを部屋へと通す。
恭也の横を通り抜けるリリィの髪からシャンプーの香りが漂い、僅かに濡れた髪先に視線が向かう。
訳もなく早まる鼓動を落ち着かせるべく、殊更ゆっくりと扉を閉めると、リリィへと振り返り…。

「で、話っていうのは……っ!? な、何を!?」

振り返った視線の先、服を肌蹴させたリリィの姿があった。
リリィは慌てる恭也を前に平然とした態度で告げる。

「何って、指導よ。どうせ、皆にこういう事をしているんでしょう」

「し、してない! それに、指導の件はなかったんじゃ」

「恭也が言ったんじゃない。指導の一つとして、未亜に対する態度の事を。
 なら、指導しているって事でしょう。なら、指導はその日一日だから、まだ終わってないわ」

「分かった。リリィの理屈は分かった。だが、指導で俺はそんな事をしてない」

「嘘! だって、ベリオやカエデ、それにリコだって」

そこを突かれると痛い所だったが、指導ではないので表面上は平然と返す。

「本当にそんな事はしてない。…指導では」

最後に弱々しく呟いた言葉は、幸運にもリリィには聞こえておらず、リリィは叫ぶように言う。

「今までの指導が何をしたのかはどうでも良いわ! ただ、私が指導しなさいって言ってるのよ!」

「そんな無茶苦茶な…」

「無茶苦茶でも何でも良いから、優しくしないで乱暴にして、酷いことをしなさい!
 一生トラウマになるようなやつを!」

「何故?」

「……」

小さく呟いた言葉は恭也の耳には届かなかったが、リリィの瞳に一瞬だけ悲しみが宿ったように見えた。

「そうしないと、指導にならないでしょう」

「指導っていうのは、そういうのじゃないだろう。
 それに、指導は別になしで良いって…」

「早くしなさいよ! それとも、私にはそんな魅力がないって事?」

「いや、そんな事はないが…」

恭也はリリィの姿をなるべく目にしないように、天井と壁の間辺りへと視線を移して答える。
そんな恭也の様子に微かに安堵しそうになりつつ、リリィは強くてを握り込む。

「だったら、早く!」

妙に焦ったように言うリリィを流石に不審に思い、恭也はその真意を探るようにリリィを見詰める。
一方のリリィは真剣な顔をして見てくる恭也から逃れるように視線を逸らし、
このままでは埒があかないと思ったのか、恭也へと自分から抱きつく。

「良いから、何も考えずにアンタは私を指導すれば良いのよ!
 ……より、もっと、もっと酷いことをして、忘れることができないぐらいの傷を…」

リリィが小さく呟いた言葉を今度ははっきりと恭也は拾い、ようやく合点がいったとばかりに一つ頷く。
そんな恭也の様子に気付かず、リリィは恭也へとしがみ付くように抱きついたまま、ただ早く指導しろと繰り返す。
恭也はリリィの肩にそっと手を置いて優しく引き離すと、その目を覗き込む。
覗き込まれたリリィは視線を逸らし、小さく弱々しい声で囁く。

「優しくしないで…」

「リリィは、昨日のあの一生忘れられない酷い思い出を忘れるためのトラウマとして、
 今からの出来事を一生忘れられない酷い思い出に変えるために、そんな事を言ってるんだな」

「っ!」

図星だったのか、リリィの肩が一瞬だけ震えるが、すぐに眦を上げて反論する。

「どうだって良いでしょう! それよりも、さっさと…」

「否定はしないんだな。
 …今まで、幾つかのそういった酷い思い出を積み重ねてきたリリィが、多分、自然に身に付けた処世術か」

「……」

何も言わないリリィを妹たちにするように優しく抱きしめると、頭をそっと撫でる。

「辛いことを忘れるために、更に辛いことを経験するなんて間違っていると思う」

「あ、アンタに何がわかっ…」

「俺と美由希が戦い慣れていると言ってたが、俺たちの家は昔から続く剣術家の家系だったんだ」

「な、何の話よ」

突然、関係のない事を話し出した恭也を見上げるリリィに、恭也はただ静かに続ける。

「護衛が主な仕事だったんだが、それは近代に入ってからの話で、暗殺なんかも請け負っていた。
 だから、当然色んな方面から恨みを買っていたんだろうな。
 ある日、親族一同が揃った場で、会場ごと吹き飛ばされた。
 残ったのは、俺と美由希、俺の父親と美由希の母親の四人だけだった」

恭也の語る内容に、リリィは小さく息を飲むと黙って耳を傾ける。
恭也はリリィを腕に抱いたままベッドに腰掛けると、無意識だろうか、リリィの髪を指で弄りながら続ける。

「その父さんも数年前に亡くなってな。
 当時の俺はかなり無理をして鍛錬を積んだんだ。その所為で、右膝を壊したりもしたしな。
 だけど、かーさんや美由希たちが居たから、辛いことばかりじゃなくて、楽しい思い出もあったから、
 何とかここまで来れていると思う。
 辛いことを忘れるために辛いことを重ねても、振り返って見れば、それらは薄れたとしても覚えているし、
 記憶が忘れても、実際にあった出来事なんだから、身体が覚えているだろう。
 だったら、同じ覚えている事なら辛いことや悲しいことよりも楽しい事の方が良いと思わないか。
 それに、より辛いことを積み重ねていけば、いずれは折れてしまう。
 逆に楽しい思い出をたくさん作って、辛い思い出なんかは、
 ああ、そんな事もあったな、って笑い飛ばせるほうが良いと思うぞ」

「……そんな事言われても、どうすれば…」

「別に無理する必要はないだろう。リリィの周りには仲間が居るんだから。
 普通に日常を過ごしていれば、楽しいことなんて、それこそたくさん見つかるもんさ」

「……うん」

しおらしく頷くリリィの頭をもう一度撫でると、恭也は確認を取るように尋ねる。

「だから、もうこれ以上、辛いことを重ねようとするな。
 辛いことがあったんなら、それ以上に楽しい事を見つければ良い。
 俺に出来ることなら、遠慮なく言え。手伝ってやるから」

「……ありがとう」

素直に礼を言うリリィに驚く恭也だったが、下手に茶化さずに違う事を口にする。

「で、今現在、何か出来ることはあるか?」

「…だったら、もう少しだけこのままで。昨日の事を忘れるまで…」

言いながら昨日のことを思い出したのか、小さく身体を震えさせるリリィの背中を優しく擦ってやる。
どのぐらいの時間そうしていたか、いつしかリリィは恭也の腕の中で寝息を立てていた。
恭也は困ったように笑みを浮かべると、リリィをそのままベッドに寝かせ、自分は床に寝ようとする。
しかし、リリィがしっかりと服を掴んでおり、恭也は小さく嘆息するとそのまま横になる。
出来る限り離れて、それでいてリリィが不安にならない程度に近くに身を横たえると、静かに目を閉じるのだった。



翌朝、リリィは薄っすらと目を開け、飛び込んできた顔に驚いて声を上げそうになる。
慌ててそれを飲み込むと、昨夜の出来事を思い出して赤面する。
そんなリリィの目の前で、件の男は何もなかったかのように安らかな寝顔を見せている。

「ったく、何か悔しいわね。……でも、ありがとう」

寝ていて聞こえていないと分かっているからか、リリィはいつになく穏やかな表情でそう言葉にすると、
そっと起こさないようにベッドから降りる。
暫く恭也の寝顔を見ていたが、そっと屈み込むとその頬に触れる程度に唇を触れさせる。
慌てて離れると、辺りをきょろきょろと見渡して誰も見ていない事を何度も確認すると、
思った以上に赤くなった頬を押さえ、右手人差し指で寝ている恭也を指差す。

「ご、誤解しないでよ! こ、これは昨日のお礼だからね!」

寝ている恭也にそう告げると、リリィはそそくさと恭也の部屋を後にするのだった。





つづく




<あとがき>

さて、これで初の破滅との戦いは終わった〜。
美姫 「後数話で、オリジナルの話へ〜」
ああ、後少しだ〜。さっさと書くぞ〜。
美姫 「その意気よ! 目指せ、一気に十話アップ!」
いや、流石にそれは無理だろう……。
美姫 「何事も挑戦よ!」
いや、それは違う気が…。
ま、まあ、とりあえずは、また次回で!
美姫 「それじゃ〜ね〜」




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