『DUEL TRIANGLE』






第二十三章 恭也の怪しい日々





「うーん…」

その日、全ての授業が終わっても席を立たずに腕を組んで首を捻っている美由希に未亜たちの視線が飛ぶ。
そんな皆の視線に気付いていないのか、美由希は更に気難しい顔で考え込む。
未亜が心配して声を掛けるも、気付いた様子もなくただただ首を捻る美由希に、
リリィが痺れを切らして肩を強く揺する。

「ちょっと、美由希!」

「え、あ、はい。えっと…」

美由希は慌てて立ち上がると、自分のノートを開いて黒板へと視線を飛ばし、動きを止める。

「あ、あれ?」

「あれ、じゃないわよ。一体、どうしたのよ。授業ならもう終わってるわよ」

「あ、あははは〜。そうだったんだ」

どこか様子の可笑しい美由希に全員が心配そうな顔を向ける。
それに美由希は何でもないと笑って答えるが、リリィがそれを一言のもとに切って捨てる。

「何でもないって様子じゃなかったわよ」

「リリィの言う通りです、美由希さん。
 何があったのか教えてください。
 力になれるかどうかは分かりませんけれど、言うだけで楽になる事もあるかと」

「いや、本当に大した事じゃないんだけれど。
 まあ、それじゃあ…」

真剣な表情のベリオに圧されるように美由希は事情を説明する為に場所を変える。

「んー、別に誰かに聞かれても構わないんだけれど、何処が良いかな」

「それじゃあ、中庭にでも行きますか?」

ベリオの言葉に頷くと、一同は中庭へと移動する。
銘々に適当な所に腰を落ち着けると、美由希が話し出すのを待つ。
美由希も適当に腰を降ろすと、自分が悩んでいた事を話し出す。

「実はね、私個人っていうよりも、恭ちゃんの事なんだけれど」

その言葉に全員の顔付きが僅かに変わるが、それに気付かずに美由希は続ける。

「最近、ちょっとおかしいかなーって」

「どう可笑しいの、美由希ちゃん」

「うん。前も休みの日とかになると時々、ふらっと街に行ってたみたいだけれど、
 最近は授業が終わってからも、あまり姿を見かけないし。
 それこそ、休みの日は殆ど一日いないし」

「言われてみれば、確かにそうね」

「一体、何をしているんでしょうか」

美由希の言葉にリリィとベリオは顔を見合わせて考え、ナナシは一人拗ねたような声を出す。

「あ〜ん、ダーリン出かけるんだったら、ナナシも一緒に連れて行って欲しいですの〜」

「師匠の事でござるから、そんなに心配する必要はないのではござらんか」

「…鍛錬の可能性も」

「そうかもしれないんだけれどね。
 ちょっと気になったから、この前の休みに後を付けたんだ」

美由希の発した言葉に、全員が興味深そうに結果を待つ。
それを感じたのか、美由希は僅かに苦笑を漏らしつつも続ける。

「期待しているところ悪いんだけれど、あっさりと撒かれてしまいました…」

一様に肩透かしを食らったような表情を見せつつ、リリィがふと何気なく呟く。

「やましい事がないのなら、撒く必要はないわよね」

「それって、恭也くんが何かやましい事をしているって事ですか?」

「まさか、恭也さんに限ってそんな事は…」

「そうでござるよ」

「だったら、どうして撒く必要があるの?」

庇うような発言をする未亜とカエデに、リリィが逆に問い詰めるように尋ねると、
二人は返す言葉もなくただ黙る。
そこへ、静かだが良く通る声でリコが自分の考えを告げる。

「…知られたくない事がある」

「まさか、浮気ですの!?」

「浮気という言葉は、誰とも付き合っていない恭也さんに使うには正確ではないかもしれませんけれど、
 それに近いものはあるかもしれませんね」

「つまり、外に恋人かそれに近い人が居て会いに行ってるって事!?」

ベリオの推測に美由希が驚きの声を上げる。
それを落ち着かせるように殊更に静かな口調でベリオが言う。

「あくまでも可能性の一つですから。皆も落ち着いて」

言って全員を見渡すが、そのベリオ自身、
いつの間にか握り締めた拳がぎちぎちと音を出しそうな程に握り締めていた。

「こうなったら、とりあえずは真偽の程を確かめないといけませんね。
 これは個人的な感情ではなく、あくまでも救世主候補としての立ち振る舞いの為です。
 もし、騙されているのなら、救世主全体が変な目で見られかねません」

「ベリオの言う通りだわ。あいつ一人の所為で、私たちにまで変な噂が出るのは困るもの」

「……同意」

他のものを見渡すが、反対する様子を見せる者はおらず、ここに恭也追跡隊が結成される。

「それじゃあ、今日はもう無理だから、明日から行動ね」

中庭に円を描くようにして座り、顔を近づけてこそこそと話を始める救世主クラス。
この時点で恭也云々は兎も角、変な噂が出るかもしれないという事は、当然ながら誰の頭にもなかった。

「とりあえず、大勢で行くと気付かれるだろうから美由希お願いね」

「私!? でも、前に撒かれてるんだけれど」

リリィの提案に美由希が驚いたような声を上げるが、リリィはすぐにその理由を述べる。

「そうは言っても、この中でそんな器用な真似が出来るのって美由希かカエデしか居ないじゃない」

「だったら、カエデさんでも」

「申し訳ないでござる、美由希殿。
 拙者、明日はナナシ殿とダリア先生の手伝いをせねばならんでござるよ」

「それじゃあ、仕方ないか。うん、何とか頑張ってみる」

決意を固める美由希へと、今度はベリオが声を掛ける。

「無理して後を付けようとしなくても良いわ。
 後を付けて行って、どの辺りで気付かれたのか、何処で撒かれたのかを教えて頂戴。
 地道な作業になるけれど、そうしておけば次の追跡は気付かれた所から始めれば良いから」

「成るほど。それを繰り返して、最終的な目的地を見つけるんですね」

未亜が感心したように言うと、ベリオは一つ頷く。
美由希もベリオの策に感心しながら、改めて明日へと気合を込める。

「ナナシも何かしたいです〜」

「駄目よ。アンタは隠密行動にむいてないもの」

「そんな〜。リリィちゃんが苛めるんですの〜」

嘆くナナシだったが、それに関しては全員が同じ思いなのか、フォローする者は誰も居なかった。
だからだろうか、取り合えずといった感じでカエデが口を開く。

「とりあえず、ナナシ殿は明日は拙者と他にすべき事があるでござろう」

「そうでした。それじゃあ、それが終わったらナナシも何かしたいです〜」

「じゃあ、学園内で待機してなさい。
 さっきも言ったけれど、当分は美由希とカエデに頑張ってもらうしかないんだからね」

「そんな〜」

「それとも、恭也に気付かれても良いの?
 気付かれたら、真相は分からないままよ?」

「それは嫌ですの…」

「だったら、少しは我慢しなさい」

「…分かったですの」

ようやく納得したナナシに胸を撫で下ろしつつ、一同は明日へと向けて手を一つに合わせる。

「それじゃあ、明日から作戦開始よ!」

『おー!』

暮れ行く空に少女たちの声が遠く響くのだった。





 § §





翌日、その日最後の授業が終わるや否や、美由希たちは揃って席を立って教師よりも早く教室を出て行く。
そのまま正門までやって来ると、物陰に身を潜めて恭也が来るのを待つ。
程なくして、恭也がやって来て正門を潜り街へと出て行く。
その
後姿を充分見送った後、顔を見合わせて頷き合い、美由希がそっと正門から出て行く。
先を行く恭也の後を付けながら、美由希は周囲の景色も覚えようと目印になるものを記憶していく。
どれぐらいそうやって後を付いていっただろうか、不意に恭也の歩く速度が上がる。

(気付かれた!? えっと、何か目印になるものは)

美由希は辺りを見渡し、目に付いた看板を記憶に刻む。
それから恭也の後を追う。
恭也は何回も角を曲がり、徐々に裏路地へと入って行く。
これ以上は無理と判断した美由希は、自分が付けていたとばれる前に学園へと引き返すことにする。



街中を歩きながら、恭也は誰かに付けられていると感じる。

(一体、何で俺の後を付けてくるんだ?
 まさか、破滅の民とかいう連中か。もしそうなら、もうこんな所まで潜入してるのか!?)

恭也は内心の驚きを悟られないように平静を装いつつ、角を曲がる。
勘違いかもしれないと思い、何度か角を曲がるがやはり付かず離れずの距離を保ち付いて来る。

(なら、一層の事、人の居ない所まで誘き寄せて、目的を聞き出すか)

その方が早いと判断し、恭也は路地裏へと向かう。
逆にやられるかもしれないという可能性もあったが、
美由希たちが街に一人で出て襲われることを思えば、という気持ちから恭也は決断をする。
しかし、不意に相手の気配が消える。

(引き上げたのか? それとも、本当に俺の勘違いだったのか?)

恭也は釈然としないまま、とりあえず自分の目的地へと向かう事にするのだった。



学園へと戻った美由希は、今日の出来事を皆へと話す。
それにより、明日は恭也が気付いたと思われるところからの追跡をする事となる。
それが2日程続いたある日、今日は美由希が手伝いの為に一人で尾行をしていたカエデは、
今日こそは息巻いていた。

(今までの方法では、すぐに見つかってしまうでござる。
 美由希殿がおられないのであれば、あの方法で)

カエデはすぐさま決断すると、恭也を待っていた路地から裏へと周り、人が居ないのを確認して壁を蹴る。
2メートル程の隙間を空けて隣合う壁を交互に蹴りつつ、カエデは屋根へと辿り着くと、そこから下を見下ろす。
丁度、恭也がやって来た所で、カエデはそのまま屋根の上から追跡を始める。
途中、やはり違和感を感じるのか、何度か後ろを振り返る恭也だったが、すぐに首を傾げて前を向く。
それが暫く続いた頃、不意に恭也が足を止めたかと思うと、同時に上を見上げる。
カエデは慌てて顔を引っ込めるが、もしかしたら影ぐらいは見つかったかもしれないと冷や汗を流す。
恭也はじっとカエデが居る屋根を注視していたが、気のせいと思ったのが歩き始める。
それにほっと胸を撫で下ろしつつ、カエデは念の為にすぐには動かずに数秒待つ。
待ちながら、額に浮き出た汗を拭う。

「流石、師匠でござる。気配を消していたはずなのに。
 しかも、日常において死角となる頭上を。いやはや、拙者も修行が足りんでござるな」

呟くとカエデはゆっくりと顔を覗かせ、恭也の姿を探す。
さほど遠くない所にその背中を見つけ、カエデは屋根を蹴って後を追う。
どうにか後を付けて行ったカエデは、恭也が一つの建物に入るのを見る。
大通りに面した建物の向かいの屋根で止まると、カエデはその建物をじっと見詰める。

「…オリジン?」

店の名前を見つけてカエデは呟くが、ここからではどんな店かは見えない。
仕方なくカエデは屋根から飛び降りると、通行人に紛れるようにして店の前をゆっくりと通る。
丁度、店から人が出てくる所らしく、中を窺う事が出来た。
幾つものテーブルに椅子、奥の方にはカウンター席が見える。
どうやら喫茶店のようである。
カエデは不思議そうに店の前を通り過ぎながら、ひょっとして休憩などと考える。
が、すぐにベリオたちの言っていた事を思い出し、ここで誰かと待ち合わせかと思わず足を止める。
と、そこへ新たなお客らしき人物が中へと入って行き、中からはいらっしゃいませという声が聞こえる。
その声にカエデは思わず振り返り、またしても扉の隙間から中を見る。
すぐに扉は閉じてしまったが、カエデの目にはっきりと映ったその姿は見間違えるはずもない。
先程までカエデがつけていた恭也自身だった。
恭也は服の上から、店のロゴの入ったエプロンを付けており、手にはトレーに乗った何かを持っていた。
そこから導き出される答えは…。

「師匠、ここで働いているんでござるか?」

半信半疑ながらもそう呟いたカエデの言葉に答える者は誰もおらず、カエデは急いで学園へととって帰るのだった。



カエデの報告を聞いた美由希たちは、その真偽を確かめるために、
休日の朝からこうしてその喫茶店へとやって来ていた。
とは言っても、中へと入らずに、その向かいの建物と建物の隙間に隠れるようにしながら。
やがて、恭也がやって来る。

「あ、恭ちゃんが来た」

「カエデの報告だと、あそこへ入るのよね」

「そうでござる。確かに、チラリと見えた程度ではござるが、あれは間違いなかったでござるよ」

「しっ。そろそろ話を止めて」

「ベリオさん、幾ら恭也さんでも、ここでの話し声までは聞こえませんよ」

「分からないよ。恭ちゃん、時たま人間捨ててるって思う時があるし…」

美由希の言葉に、未亜は何とも言えない表情を見せるが何も言わなかった。
その間にも恭也は近づいてきており、遂に視線の先に恭也の全身が映る。
恭也はそのまま美由希たちに気付く事無く、そのまま扉を開けてカエデの報告にあった喫茶店へと入って行った。

「本当にバイトしてるだけなのかな?」

美由希が漏らした言葉に、リリィが答える。

「まだ分からないわよ。中で誰かと待ち合わせって事もあるんだから」

「それならば、何故あのような格好を?」

恭也の格好をじかに見た事のあるカエデが疑問を浮かべるが、結局は誰もどれが正解かは分からない。
ただ沈黙のまま時が過ぎて行く。
もうすぐお昼に差し掛かるかといった頃、誰もがこうなったら店に入るしかないかと思い始めた時、
よくやく新たな動きが見える。
店の扉が開いて恭也が姿を見せたのだ。
と、ほぼ同時に恭也へと近づいた二人の女性が居た。

「やっぱり待ち合わせ!」

低い声で呟くリリィの下から、無言のままのリコから言い知れぬプレッシャーを感じる
それに気付いたベリオが慌てて止める。

「リコ、落ち着いて!」

「…落ち着いてます」

「本当に? って、美由希さん、何をしてるんですか!?」

「何って。そんなの決まってるじゃないですか、ベリオさん。
 恭ちゃんへと鉄槌を…」

言っていつの間にか指の間に二本ずつ、計六本の飛針を取り出していた美由希の腕をベリオが掴んで止める。
そんな騒動の中、カエデの鋭い声が飛ぶ。

「皆、静かにするでござる」

真っ先に叫んで飛び出しそうになったナナシの口を封じたまま、カエデがもう一方の手で恭也を指差す。
微かに聞こえて来る声をカエデが美由希たちへと伝える。

「何だ、今日はもう恭也くんあがりなの〜?」

「すいません。今日は午前中までなんです」

「残念。折角、恭也くんに料理を運んで貰おうと思ったのに」

「本当にすいません」

「冗談よ、冗談。そんなに畏まらないでよ。
 でも、次のシフトはいつなの?」

「うんうん、それは聞いておきたいわね。
 次は恭也くんが居るときに来るから」

「ありがとうございます。ですが、今日でバイトは終わりなんですよ」

「えぇ〜! 何で!?」

「まさか、店長に何か言われたの!?
 だったら、私たちが口添えしてあげるわよ」

「そうそう。恭也くんがここで働き出してから、お客さんが増えたんだから」

「いえ、そうじゃないですよ。店長にも辞めないでくれって言われましたから。
 ただ、目的があってバイトをしていたんです。だから、それが果たせそうなので」

「そうなんだ」

「はい。本来なら、バイトしている時間も惜しいですから。
 ただ、どうしても買いたいものがありまして」

「そういう事なら仕方ないか〜。でも、また再開しないの?」

「それは分かりません。ただ、その時はまたここでバイトをさせてもらえるみたいなので…」

「そっか。じゃあ、その日を楽しみに待ってるわ」

「ええ。お約束は出来ませんけれど、これからもご贔屓に」

「って、呼び止めてごめんね」

「じゃあね」

女性二人は恭也にそう声を掛けると、店の中へと入って行く。
その背中に頭を下げると、恭也は学園のある方とは逆側へと歩き始める。



「買いたいものって何だろう?」

美由希の言葉に全員が首を傾げる中、ようやくカエデの手から脱出したナナシが嬉しそうな声を出す。

「きっと、(ナナシへの)プレゼントですの〜」

この言葉に、全員が何やら考え込むように顔を伏せたり、天を仰ぐ。

「こ、これは確かめてみる必要がありそうね」

リリィが出した言葉に、異を唱える者はおらず、再び恭也の追跡が始まる。
休日の昼という事もあってか、いつもよりも多く感じられる人ごみに辟易しながらも、
そのお陰で恭也に気付かれることなく後を追うことができた。
しかし、幾つかの角を曲がると、徐々に人影が減っていき美由希たちは慎重にならざるを得なかった。
何度目かの角を曲がり路地裏へと姿を消した恭也に対し、美由希たちは今まで以上に慎重に足を進める。
そっと角から顔を出せば、少し行った先で恭也が誰かと話していた。
相手は二人居るようで、一人は男性でもう一人は女性だった。
三人は顔見知りのようで、時折恭也も苦笑を浮かべたりしていた。

「どういった関係でしょうか?」

「さっき、恭ちゃんがバイトをしていた先でのお得意さんとかじゃないのかな?」

三人の関係を不思議そうに見詰めるベリオの言葉に、美由希がそう答える。
それを小さく制すると、リリィが前方を見るように言う。
リリィの言葉に前方へと再び視線を戻すと、向こうの物陰から一人の少女が姿を見せる。

「久しいな、恭也」

「何が久しいだ。ついこの間も会っただろうが」

「二週間も会っておらぬのじゃ。あながち間違いでもあるまい」

「そんなもんか? しかし、王女がそうそうこんな所にやって来ても良いのか?」

「その辺りは問題ない」

「そうか。まあ、こっちは別に構わないが。
 で、今日は何処へと行く気なんだ」

「うむ、今日はな…」

そんな二人の会話が微かに聞こえてくる中、呆然と美由希たちは目の前の光景に見入る。

「そんな…。恭ちゃんが内緒でクレア王女と会っていたなんて…」

「まさか、クレア様にまで手を出すとは…。
 あいつが下手なことをしたら、私たち救世主候補全員の責任になるじゃないの」

「リリィ殿、少しは落ち着いてくだされ。あまり騒ぐと気付かれるでござる」

他の者も口にこそ出さないものの、信じられないような恨めしそうな目で恭也とクレアを見詰める。
そんな美由希たちには気付かず、恭也とクレアは会話を続けている。
と、女性の方がクレアへと何かを言い出し、恭也へと先程話していた男の方が頭を下げる。

「それでは、クレシーダ王女の護衛、宜しくお願い致します」

「ええ、分かっています。でも、今更言うのもなんですが、本当に良かったんですか、俺で?
 幾ら極秘での視察とはいえ、護衛なら他に騎士の方なども居るでしょうに」

「いえ、これはクレシーダ王女たっての願いですから。
 それに、護衛として恭也さん以上の方はいないかと」

「まあ、一応救世主候補ですからね」

「ええ。それに、他の者だとどうしても構えてしまうため、傍から見ていて何処か不自然ですから。
 その点、恭也さんは自然体で護衛をされていますし。
 救世主候補という事を除いても、私たちの中でも評価は高いですよ」

「まあ、多少は経験がありますからね」

男――カグラの言葉に恭也は苦笑を浮かべながらそう言うと、カグラは微笑で返しつつ続ける。

「クレシーダ王女の見る目に間違いはなかったって事ですよ」

「そうですね。カグラさんやメルさんを側近として置いている事からも分かりますよ」

「それは嬉しい言葉ですね」

男二人がそんな会話をしている間、もう一人の女騎士メルはクレアの肩に手を置き、目線を合わせる。

「クレア、くれぐれも言動には注意するのよ」

「分かっておる。お主は時たま爺よりもうるさくなるのぉ」

「当たり前です! 貴女が変な行動を取れば、その尻拭いをする事になるのは私やカグラなんですからね。
 友達としても、姉代わりとしても、口うるさくなりますよ」

「私には、単に尻拭いが面倒くさいと言っているようにしか聞こえぬが?」

「きっと気のせいでしょう。それよりも、本当に頼みますよ。
 冗談とかではなく、王家の者というだけで狙われる可能性があるんですから」

「分かっておるわ。あまり思いたくはないが、ここにも破滅の手の者が居ないとは限らんからな」

「分かってくれれば良いんです。
 それじゃあ、恭也くん。後はお願いしますね」

「分かりました」

カグラとの会話を終えた恭也は、メルの言葉に一つ頷くとクレアへと顔を向ける。

「それじゃあ行くか」

「ああ、行くとしよう」

「って、分かったから、そんなに手を引っ張るな」

言いながらも二人は先の角へと姿を消す。
それを見ていた美由希たちは誤解が解けたのか、憑き物が落ちたような顔で二人を見送った後、
慌てて顔を見合わせる。

「どうしよう、恭ちゃんたち見失っちゃった」

「今から街の中を探し回るより、あの二人の後を付いて行く方が良いのではござらんか?」

「そっか。どっちみち、恭也さんはクレア王女を連れて戻ってくる訳だしね」

カエデの言葉に未亜が納得したように頷く。
その上で全員を見て、どうするのかを問い掛ける。
特に他の案も出ず、件の二人の騎士が歩き始めたことから、美由希たちは急いでその後を追うのだった。



それから時間が流れ、街が紅く染まる頃、ようやく恭也とクレアが戻って来る。
場所は、最初に落ち合った路地裏だった。

「ここで落ち合うんだったら、適当に街をぶらついておけば良かったわ」

少しつまらなさそうに言うリリィに苦笑を浮かべつつ、ベリオが口を開く。

「それはそうだけれど、あの時点ではここで落ち合うなんて分からなかったんだから仕方ないわ。
 それに、場所が分かっていたとしても、時間までは分からなかったんだから」

「分かってるわよ、それぐらい。
 ただの愚痴よ、愚痴」

リリィは肩を竦めつつ、恭也と分かれるクレアと二人の騎士を何となしに眺める。
クレアたちが立ち去ると、恭也は路地裏を出て行く。

「あ、ダーリンが動き出しましたの〜」

ナナシの言葉を聞くまでもなく、全員が物陰から飛び出して恭也が消えた先へと近づく。
表通りへと歩いて行く恭也の後を付けながら、このまま学園に変えるのだろうかと考えていた時、
恭也が一つの店へと入って行く。

「店に入ったですの!」

恭也が完全に店に入ったのを確かめると、美由希たちは店の前まで行き、掲げてあった看板を見る。
『バスール武器商店』という文字が刻まれていた。

「武器? 私たちには召還器があるのに?」

リリィが不思議そうに首を傾げる中、美由希は一人嬉しそうな笑みを浮かべる。

「もしかして、刀身の綺麗な刀でもあったのかな。
 あ、ひょっとしたら珍しい刀かも…」

美由希のちょっと危ない趣味を知っている未亜は思いっきり苦笑を見せると、
そんな美由希へと一応の突込みを入れる。

「そんな、美由希ちゃんじゃないんだから」

「分からないよ、未亜ちゃん。それに、もしかしたら私へのプレゼントかも…」

恭也からのプレゼントが嬉しいのか、異世界の刀が嬉しいのか、
美由希の精神は何処か遠くへと行ったらしく、何処か恍惚とした表情で胸の前で手を組む。
そんな美由希を怪しいものでも見るようにリリィが見詰めつつ、未亜へと尋ねる。

「ひょっとして、刀剣コレクター?」

「ま、まあ、似たようなものかな? あ、あははは。
 集めるのが好きっていうよりも、眺めるのが好きと言うか…」

「あまり違わないと思うけれど…」

「あ、あははは」

何も言えずにただ笑うだけの未亜だった。
そこへ、急に声が掛けられる。

「そこにおられるのは、美由希さん!」

全員が声の方へと振り向けば、そこにはセルの姿があった。

「あれ、セルビウムくん、どうしたのこんな所で」

「ああ〜、こんな所で会うなんて。
 きっと、美由希さんと俺の間には何かこう運命的なものが…」

大げさな手振りに加え、片膝を地に着いて語るセルに周りの通行人たちも何事かと立ち止まってこちらを見る。
それに気付いた未亜たちは咄嗟に知らん振りを決め込み、美由希は慌ててセルを立たせる。

「お願いだから、止めて」

「しかし、自分の溢れ出る気持ちを素直に…」

「お願い」

「分かったっス! 美由希さんのお願いとあらば、このセルビウム・ボルト、例え火の中、水の中」

「いや、だから、止めて…」

切実にお願いする美由希に、セルはビシッと敬礼するように背筋を伸ばして大きく頷く。
ようやく流れ始めた人の流れにほっと安堵の吐息を漏らしていると、
不意に背後の扉が開いてよく知る声が聞こえてくる。

「こんな所で何をしているんだ? セルも一緒なのか」

丁度、店から出てきた恭也に全員が気まずい顔をするが、すぐに気付かれていないと悟って誤魔化すように言う。

「何って、皆で街に出てたのよ。セルビウムとは今さっき会った所よ」

リリィの言葉に、恭也が別に疑っても居ないのに、セル以外の全員が揃って首を激しく肯定するように振る。
その様子に僅かに引きながらも、恭也は特には何も言わなかった。
そんな恭也へ、美由希が問い掛ける。

「それよりも、恭ちゃんこそどうしたの?
 今、ここから出てきたけれど、何か買ったの」

期待するような眼差しの美由希を見て、恭也はこいつは刀剣マニアだからなと苦笑を見せる。
その問いに恭也が答えるよりも先に、セルが気付いたように声を上げる。

「うん? ここって、バスールのおやっさんの所か」

「お前、今の今まで気付いてなかったのか」

呆れたように言う恭也にセルはあははと笑うと、その肩を叩く。

「目の前に見目麗しい美由希さんが居るんだぞ。
 他のことなど目に入るはずないだろう」

「ああ、そうか」

セルの言葉に疲れたように答える恭也に気付かず、セルは話を戻すように続ける。

「そうか、遂に出来たのか」

「ああ。金の方も丁度、都合が付いたんでな。
 しかし、こんなに安くしてもらって良かったのだろうか」

「まあ、良いんじゃないのか。よっぽどおやっさんに気に入られたって事だろう」

「そうか。なら、ありがたく頂いておこう」

そんな二人の会話に、ベリオが遠慮がちに割って入ってくる。

「恭也くん、ここのお店はセルビウムくんから?」

「ああ。ちょっと欲しいものがあって、セルに相談したらここを教えてもらった」

「ここのおやっさんとはちょっとした知り合いでね。
 鍛冶師としての腕は確かだからな。
 まあ、人付き合いはあまり良くないんだが、恭也は気に入られたみたいでな」

「中々いい人だ」

「そうか〜?
 俺なんか昔、ここで剣を買おうとしたら、お前にはまそれはだ早いって言われて、違うのを買わされたぞ」

「それより、恭ちゃん、何を買ったの」

セルの言葉を遮るように、美由希はじっと恭也を見る。
そんな美由希の態度に再び苦笑を除かせると、恭也は自身の腰を捻るようにして見せる。

「これだ」

「これ?」

恭也が見せたのは、御神流の十字射しに近い形で腰の後ろで交差するように下げられた黒い物体だった。
黒いソレには僅かだが上になっている方に小さな装飾が施されているだけの鞘である。

「鞘、だよね」

「ああ。ルインの寸法と同じだ。
 勿論、ただの鞘じゃなくて何とかって言う金属で作ってもらっているから、かなり丈夫だぞ。
 なのに、軽いときている」

「おやっさんも言ってたな。
 その鞘で剣も受け止めれるって」

「ああ。ともあれ、これで抜刀術も使えるようになった…って、美由希どうしたんだ。
 美由希だけでなく、皆して」

何処となくがっかりしたように肩を落す美由希たちを見て、恭也は一人不思議そうに首を傾げる。

「何でもないよ、恭ちゃん。それよりも、そろそろ帰ろう…」

「そうだな、あまり遅くなると困るしな。
 と、その前に少し予算が余ったから何か食べていくか」

恭也の言葉に全員が顔を上げると頷く。

「それじゃあ、何を食べようかな」

「と言っても、あまり高いものは無理だろうから…」

「リリィ、あんまり欲張らないの」

「わーい、ダーリンとデートですの〜」

「おお、これがで〜とと言うやつでござるか。
 よもや、師匠からでーとの誘いがあるとは」

「あ、あははは。それはちょっと違うんじゃないかな…」

「……デート♪」

さっきまでの陰鬱とした空気が変わった事にまたしても首を傾げる恭也に、セルが遠慮がちに声を掛ける。

「あの〜、俺は…」

「どうした? 何か予定でもあるのか?」

「いえ、ないッス。くぅぅ、流石は親友だぜ〜」

そう言って恭也の手を取るとぶんぶんと上下に振る。

「分かったから、少しは落ち着けって」

「うぅ、美由希さんと食事……。何て素晴らしい日だ」

本気で感動しているセルの手をやんわりと放しつつ、恭也は前を行く美由希たちを眺める。
先程よりも明らかに機嫌のよくなった彼女たちを不思議に思いつつも、
機嫌が悪いよりは良いかと思い直し、何も言わずにその後を付いて行く。

(まあ、たまにはこんな日があっても良いだろう)

そう胸中で思いつつ、恭也は薄っすらと笑みを見せるのだった。



因みに、この日は全員が揃って門限ぎりぎりに滑り込むといった事をやらかして、
ダウニーを呆れさせる事となるのだが、それは少しだけ先の話。





つづく




<あとがき>

今回はちょっとした日常〜。
美姫 「これから加速していくであろう戦いの前の日常ね」
そうそう。とりあえず、これで恭也が薙旋などの抜刀系の技を使用可能に。
美姫 「ふんふん。で、次はどんなお話が?」
次のお話は……。遂に姿を見せる破滅の将!
……になるかどうかは分かりません。
美姫 「って、何よそれ!」
あ、あははは〜。
いや、あっちの話を先にするか、後にするかでちょっとな。
うーん、どっちの方が良いだろうか…。
美姫 「まあ、さっさと書き上げてくれるのなら、何も言わないけれどさ」
耳に、そして、胸に痛いお言葉。
美姫 「ほらほら、どっちなのよ〜」
うぅぅ、これ以上は苛めないで……。
と、とりあえずは、また次回で〜。
美姫 「それじゃあね〜。……で、どうするのよ」
や、やめて〜〜!




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