『DUEL TRIANGLE』






第二十七章 新たな任務





襲撃から数日後、王国軍は防衛線を改めて作り直し、再度の襲撃に備える。
襲撃から今日までの報告を受け取り、すぐに破滅が動くことはないと判断したクレアは、
救世主候補を含めた学生たちを一旦、学園へと戻す。
少しでも良いから、更なる鍛錬を積ませるために。
全ての報告を聞き終え、出すべき指示を出し終えて静寂に包まれた部屋の中で、
クレアは自身の身体には少し大きい椅子に深く腰掛けて背もたれに体重を預けると、一息吐く。
しかし、それも束の間で、閉じていた目をゆっくりと開けると、何もない前方を見据えたまま静かに口を開く。

「それで?」

誰も居ないはずの室内から、返答が返ってくる。

「はっ。我が軍と破滅軍が交戦の際、かなり遠くにですが、
 王都周辺に軍と離れて行動する単独のモンスターの影を目撃したとの報を受けています」

「…あっさりと撤退した事と考えて、何かを探るつもりだったという事か」

「その可能性は高いかと…」

「一体、何が狙いじゃ。よもや、今更、救世主たちの力を計るつもりではないじゃろうし。
 そもそも、救世主候補たちは前線に出ておったからな。となると、狙いは王都の何か…。
 まさか! 私は今から学園へと向かう! 九音、お主は引き続き例の件の調査に戻れ」

「はっ」

クレアの言葉に短く応える九音の言葉を聞きながら、クレアは部屋を後にするのだった。





 § §





戦闘後に合流して、お互いの情報を確認した恭也たちは、改めて破滅の将の強さを実感していた。
その為、学園に戻った恭也たちは、自身の力不足を感じて鍛錬に励んでいた。
学園全体が緊迫した空気に包まれる中、休日の今日も恭也は鍛錬をしており、ようやく休憩を入れる。
と、腹が空いている事に気付いて時間を確認すれば、既に昼を回っていた。
空腹を覚えた恭也は、食堂へとその足を向ける。
と、前方から何やら荷物を持ったミュリエルが歩いてくるのを見つける。
その足取りは何処か危なげで、恭也は挨拶をすると、その荷物へ手を伸ばす。

「こんにちは、学園長。荷物、多いみたいですから少し持ちますよ」

「こんにちは、恭也くん。悪いけれど、お願いできるかしら」

恭也へと荷物を少し渡しながら、ミュリエルはほっとした顔を見せる。
普段のきりりとした顔しかあまり覚えのない恭也は、少し新鮮なものを感じながら、荷物を手に取る。

「それで、これは何処まで…」

言いかけて、恭也の腹が盛大な音を立てる。
初めはきょとんとしていたミュリエルだったが、次に笑い出す。
これまた珍しいものを見たと驚きつつも、少し恥ずかしさもあって黙り込む恭也に、ミュリエルから話し掛けてくる。

「恭也くん、お昼はまだなの?」

「はい」

「そう。丁度、良かったわ」

「はい? 何がですか?」

「丁度、良いから私の部屋に来なさい。お礼にお昼をご馳走するから」

「いえ、しかし、悪いですから」

「気にしなくても良いわよ、これぐらい。それに、どっちみち、この荷物は部屋まで運んでもらうものだから」

言って歩き出したミュリエルの後を、恭也は仕方なく付いて行く。
結局、ミュリエルに押し切られる形で、恭也は今、ミュリエルの部屋の椅子に座っていた。
目の前には、見たことのない料理から、馴染みある肉じゃがのようなものまでが揃っていた。

「こんなに」

「多かったかしら? もし、多ければ残してくれても構わないからね」

言ってエプロンを外すと、恭也の対面に座り、手を合わせる。

「ほら、早く食べなさい。冷めてしまうわよ」

「それでは、お言葉に甘えて。いただきます」

手を合わせてから箸を手にすると、恭也は目の前の料理に手を伸ばす。
暫しの間、恭也とミュリエルは無言で食事をするのだった。

「ご馳走様でした」

「お粗末様。お口に合ったかしら?」

「ええ、とても美味しかったです。
 特に、煮物系は。俺たちの世界のと同じような味で」

「そう、良かったわ」

言ってミュリエルは空になった恭也のカップにお茶を入れる。
食後のお茶を楽しみながら、ミュリエルは和らいだ表情を見せる。
今日一日で、意外なミュリエルの顔を何度も目にしてきた恭也は、
それでもその寛いだ様子に思わず感心したような、微妙な表情を覗かせる。
そんな恭也の様子に気付いたミュリエルが、可笑しそうに尋ねる。

「さっきから、どうかしたのかしら?」

「いえ。ただ、いつもきりりとされている学園長の意外な一面を見たと言いますか」

「失礼ですね。私だって、寛ぐ事ぐらいありますよ。
 それに、ここは私の部屋なんですから」

「そうですね、すいません」

「良いのよ、そんなに気にしなくても。本当に真面目ね、あなたは」

「はぁ」

ミュリエルの言葉に、何と言って良いのか分からず、恭也は曖昧に返事を返す。
それが可笑しかったのか、ミュリエルは微笑を浮かべる。

「そう言えば、あまり生徒とこうしてゆっくりと話す機会というのもないわね。
 丁度、いい機会だから、色々と聞いておこうかしら」

ミュリエルの言葉に思わず身構えた恭也だったが、続く言葉に思わず間の抜けた顔をしてしまう。
それもある意味仕方なかったかもしれない。
何故なら、ミュリエルが尋ねてきた事というのが、

「あなたは高町恭也くんよね」

だったからだ。

「は、はぁ、そうですが」

多分、親抜きの三者面談のようなものなのだろうが、わざわざ名前を確認しなくてもと思いつつ、恭也は頷く。
見れば、ミュリエルも僅かに組んだ手の指を忙しなく動かしており、生徒と改めて話す事に緊張しているのか、
いつものような毅然とした態度が若干、揺らいでいた。
こうした事になれていないのは確かなようで、次の話題を探すようにミュリエルは視線をさ迷わせる。

「本名は、高町恭也くんで間違いないわね」

「ええ」

話題を探す間の繋ぎのような形で同じ事を尋ねる、
いや、もしかしたら、同じ事を尋ねているのすら分かっていない様子のミュリエルを見て、逆に恭也は落ち着く。

「それじゃあ、好きなものは何かしら」

「好きなものですか?」

「ええ、食べ物で、これは好きとか、これは嫌いとか」

「嫌いというか、甘いものは苦手ですね」

「何となくそんな感じよね。でも、どうして苦手なの?」

ようやく普通に会話が出来た事に若干の喜びを見せながら尋ねるミュリエルに、
恭也は話したくもなかったが、その辺りの事情を説明する。
結果、笑うのは失礼だと思って堪えているのだろうが、僅かに肩が震え、
手で隠した口元が震えているミュリエルを見ることとなるのだった。
やや憮然となる恭也に笑いながら謝りつつ、ミュリエルは色々と質問をする。
それに答えながら、そこから更に色々な話をしていく。
気が付けば、既に日が傾き始めていた。

「ごめんなさいね、こんなに長く引き止めてしまって。
 生徒と話す機会なんて、中々なかったから」

「いえ、俺も楽しかったですから」

世辞ではなく、本心から言った恭也の言葉にミュリエルは嬉しそうに今日何度目かになる笑みを見せる。
夕飯もどうかと言ってくれるミュリエルに、流石にそこまでは悪いと辞退し、
その代わり、また話し相手になる約束をさせられたが、恭也は自室へと戻るのだった。





 § §





それから数日は何事もなく時間が流れていった。
そんな折、またしても恭也たち救世主候補は学園長室へと呼び出されるのだった。

「皆のもの、先日はご苦労じゃった」

学園長室に全員がそろった所で、来訪していたクレアより労いの言葉が掛かる。
それに対し、恭也たちはその言葉を素直に受け取ることができずに曖昧な表情を見せる。

「折角のクレア様のお言葉ですが、正直、大した事はできませんでした。
 あれは、向こうが勝手に撤退しただけです」

「そうかもしれぬ。じゃが、お主らが破滅の将とやりあってくれたお陰で、
 それ以降は犠牲も少なく済んだのも事実じゃ。決して負けた訳ではあるまい」

「でも、勝った訳でもありませんから」

リリィの言葉にそう返すクレアだったが、それでもリリィたちは納得しずらそうにしていた。
それを見て、クレアは小さく溜め息を吐く。

「まあ、お主らが納得できぬのも無理ないかもしれぬ。
 じゃが、途中で何度負けようと、最後に勝つことが出来れば、破滅を滅ぼす事が出来れば、
 それは私たちの勝利を意味する。だから、次は納得がいく結果を出せるように、精進すれば良い。
 のお、恭也」

「何故、そこで俺に話を振るんだ?」

「なに、一人だけ普段と変わらぬ輩がおったのでな」

「失礼な。これでも、色々と考えているだぞ。
 ただ、クレアの言う通りだし、結果だけを見れば、破滅の撤退だからな。
 そこに何の目的があったのかは分からないけれど、結果としてまだ俺たちは生きているからな。
 なら、次に供えて力を付ければ良い。
 それに、少なくとも破滅の将の四人に関しては、多少の事は分かったしな」

「うんうん、それでこそじゃ」

恭也の言葉に満足そうに頷くクレアに、ミュリエルがやや遠慮がちにだが口を挟む。

「殿下、そろそろ本題に」

ミュリエルがクレアへと本題に移るように促すと、クレアは別段焦らすこともなく、あっさりと用件を口にする。

「そうじゃったな。
 先日の戦闘の折、我が軍の隠密が、軍から離れて行動する破滅のモンスターを目撃しておる。
 して、その狙いは何かと考えた所、二つのものが浮かんでな。
 一つは、王国に古くより伝わるレベリオンじゃ」

「…魔導兵器」

「魔導兵器?」

クレアの言葉に反応したリコの小さな呟きを耳にした恭也は、リコへと尋ね返す。
それに対しての返答は、リコではなくクレアから返って来る。

「そうじゃ。魔導兵器レベリオン。
 王国に古くから伝わる兵器で、地脈より魔力を集積して放つ一撃は、文献によると山の形すらも変えるという」

「…それは凄いな。しかし、使用するには何か代償があるんだろう。
 でなければ、先日の時、破滅軍へと使っているよな」

「その通りじゃ。代償としてマナの枯渇がある。
 恐らく、魔力を吸い上げられた土地は、何年も不毛の地となるであろうな。
 また、起動にも色々と制約があり、起動させるためだけにもかなりの魔力を必要とする。
 しかも、その際の魔力は、まだ起動しておらんから、地脈から集積することもできん。
 つまり、起動のプロセスは、あくまでも人からのものではないといけない」

「起動させるのに、どれぐらいの魔力が必要なんですか」

ベリオがマナの枯渇という言葉以降伏せていた目を上げて尋ねる。
それに対し、クレアはあっさりと口にする。

「ミュリエルクラスの魔導師数人分じゃ」

「それって、起動すら難しいんじゃ…」

未亜が上げた困った声に、しかしクレアは不適な笑みを見せる。

「その為に、我が王たちは代々準備をしておった。
 この王家に伝わるペンダントがレベリオンの起動キーとなっていると共に、
 これには代々の王を務めた者の魔力が込められておる。
 そして、前回の破滅より千年の今、再び破滅の襲来周期となった今回の王、つまり私だが、
 私に先代の王よりこれが継承される際、まだ足りぬ分を補うために、私は自らの成長をこのキーへと与えた。
 故に、今ならこのキーとレベリオンのマスターである私がいれば、レベリオンは起動させれる」

「成長を? それで…」

恭也は自分と同じ年と言っていたクレアを眺めながら、納得したように頷く。
同時に、成長すれば良いと何処か自嘲気味に呟いていた意味を知る。
そんな恭也の心中に気付いたのか、クレアは小さく笑いながら、話を続ける。

「くだらん事まで話してしまったな。
 因みに、起動キーに関しては、極秘事項じゃから、くれぐれも内密にな。
 さて、話を戻そうか。破滅の目的の一つはこのレベリオンじゃが、さっきも言ったように、
 これの起動にはこの起動キーと私自身が必要じゃ。つまり、狙うなら起動後となるじゃろう。
 で、もう一つ、可能性としてはこっちの方が高いと見ておるものがある」

「それは、一体、何なんですか」

美由希がクレアへと急き込んで尋ねる。

「それはな、救世主の鎧じゃ」

『救世主の鎧?』

リコ以外の全員が初めて聞く言葉に揃って疑問の声を上げる。
それに対し、ミュリエルが説明を始める。

「あなた達が知らないのも無理はありません。
 これは救世主に関する事柄の中でも、特に機密性の高いものですから。
 救世主の鎧とは、太古に創られた魔法のアーティファクトです。
 伝承によれば、救世主のための究極の装備という事だけれど」

「敵の狙いはその鎧という事でござるか」

「いや、正確には鎧の所在場所じゃろうな。
 じゃが、そう簡単に分かるような所にはない。何せ、鎧は置いてあるのではなく、封じているのだから」

「どういうことだ、クレア」

「それは私から説明するわ、恭也くん」

その意味を尋ね返す恭也へ、いや、救世主候補たちへとミュリエルが再び言葉を紡ぐ。

「救世主の鎧は、既に救世主のための装備品なんかではないのよ。
 負の怨念が染み付いていて、装着したものを操るの」

「王家に伝わる文献にも、その鎧を装着した途端に何かにとり憑かれたように人を殺し始め、
 遂には破滅を呼び寄せる所までいった者の記憶が幾つかあるのだ」

「あれは、救世主を守る鎧ではなく、救世主を破滅に導いてきた鎧なのです」

そう言ってミュリエルは口を閉ざす。
代わりという訳ではないが、言葉が区切れたのを見て、恭也が口を出す。

「で、それをわざわざ俺たちに話す理由は?」

「話が早くて助かる。次の任務じゃ」

「あなたたちに、その破滅の鎧の破壊を行ってもらいます。
 ただし、万が一に備えて、半分は王都の防衛に残ってもらいますけれど」

「奴らの狙いが鎧ならば、それの奪取の為に、また進軍してくるという可能性もあるのでな」

「メンバーの選出に関しては、既にこちらで決めています。
 鎧の破壊には恭也くんとリコ、そして未亜さんに。残りはこちらに残ってください」

「待ってください。今のメンバーでは、回復する人が。私も恭也くんと一緒に行った方が」

「それは出来ません。鎧の破壊も大事ですが、それもこれも、王都が無事であってこそです。
 ベリオさんの回復魔法は、王都防衛に必要ですから」

「同じく、前衛二人に強力な攻撃魔法の使い手が一人は欲しいのじゃ。分かってくれ」

何か言いかけるカエデと美由希を制するように、クレアが先に告げる。

「だったら、ナナシはダーリンと一緒が良いですの〜」

ナナシがそう言って手を上げるが、それに対してミュリエルはやや眉根を寄せる。

「悪いけれど、正直言って、破滅の将たちが来るのなら、全員で王都防衛に回って欲しいぐらいなの。
 でも、鎧は破壊しないといけないから。出来るなら、誰か一人だけに行って欲しいぐらいなのよ。
 だから、これがぎりぎり、本当にぎりぎりで避けるメンバーの編成なの」

ミュリエルの言葉に、ナナシも大人しくなる。

「という訳で、明日の朝に恭也くんたちには鎧の破壊に向かってもらいます。
 リリィたちには、また王都防衛線へと」

「学園長。肝心の鎧の場所は」

「鎧は、この学園の地下にあります。導きの書とはまた、別の」

「学園の地下か…」

全員を見渡すと、ミュリエルは解散を告げる。
その言葉に従って解散する面々を、ミュリエルとクレアはただ黙って見詰めていた。





つづく




<あとがき>

新たな任務へと趣く救世主候補たち。
美姫 「今回は別々のパーティーに分かれて、違う任務に!」
果たして、どうなるのか!?
美姫 「ってな訳で、また次回でね〜」
ではでは。




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