『DUEL TRIANGLE』






第三十章 束の間の休息を





辺り一面が白く染め上がり、水滴が頭上より時折落ちる。
水面に落ちて波紋を作るその様を何となしに見遣りながら、恭也は頭上を振り仰ぐ。
次いで、自身の周囲を見渡し、思ったよりも声が反響する中、恭也は首を傾げて呟く。

「何で、こんな事になっているんだ?」

恭也は何が悪かったのかと、少し前の出来事へと意識を飛ばすのだった。





 § §





破滅軍が撤退し、美由希たちはミュリエルの命により学園へと帰還したその足で学園長室へと向かう。
部屋に入ると、そこには未亜によって腕に包帯を巻かれている恭也と、
その恭也の太ももに頭を乗せて眠るリコの姿があった。
部屋に入って扉を閉めるなり、リリィが冷ややかな言葉を投げつける。

「ふ〜ん、いいご身分ね。私たちが必死で戦っている中、
 アンタはこんな所で女の子二人をはべらせて、優雅にお過ごしですか」

「あのな…」

疲れたように息を吐く恭也に、しかし、いつもなら止めるであろうベリオさえも沈黙を守る。
仕方なく、恭也が事情を説明する為に口を開こうとするが、それよりも先に未亜が口を開く。

「別にそんなんじゃありません。恭也さんは怪我をしているんです。
 だから、私が手当てをしていただけで。
 それに、リコさんは魔力を使い切ってしまったから、遺跡から戻ったときにはもう、寝てたんです。
 ただ、報告しないといけない事があったから、そこに寝かせてあげているんです。
 恭也さんがそのままだと可哀想だからって、少し足を貸してあげて」

未亜の言葉にやや押されつつもリリィたちも納得して頷く。
それを待っていたのか、ミュリエルが口を挟む。

「とりあえず、リリィたちもお疲れ様でした。
 貴方たちも、適当に座りなさい」

ミュリエルに言われ、それぞれに空いている場所に腰を下ろす。
恭也のもう一方の隣には、そのままちゃっかりと未亜が座る。
全員が座ったのを見ると、ミュリエルはゆっくりと恭也たちから聞いた事をリリィたちに話して聞かせる。
ダウニーが破滅側の人間だった事。
主幹を名乗る人物とその強さ。
そして、五日後に何かを仕掛けてくるという事を。
全て聞き終えたリリィたちは、今後の方針をミュリエルより聞かされる。

「とりあえず、今日はゆっくりと休みなさい。
 明日の午前もです。その後、救世主候補には鍛錬漬けになってもらいます。
 五日後に何を仕掛けてくるのかは分かりませんが、それに対抗すべく、
 貴方たちにはすぐにでも力をつけてもらわないといけません。
 その為に必要な事があるのなら、私がダリア先生に言ってください。
 出来る限り、善処はします。何か、質問等は?」

ミュリエルの言葉に、恭也が手を上げる。

「鍛錬に関してですが、それは個人の鍛錬で構わないですか?」

「午前中は、ダリア先生指導の元、今までの授業をより濃くした内容のものを受けてもらいます。
 午後に関しては、各自の自由で構いません」

「もう一つ。召還器の力をもっと引き出すことは可能ですか」

「それは分かりません。召還器の声が聞こえるのは、貴方たちだけですから。
 ただ、救世主はその力を十二分に引き出す者。
 貴方たちはまだ、召還器の力を全て引き出せてはいないわ。
 確かに、短期間で戦力をアップさせるのなら、召還器の力をもっと引き出す事が必要ね。
 残念だけれど、その方法までは分からないけれどね」

ミュリエルの言葉に恭也は一つ頷くと納得したような顔になる。
他にも質問はないようだったので、これにて解散となる。
美由希たちが立ち上がる中、未だに眠るリコの枕として足を貸している恭也は立ち上がることも出来ず、
やや困った顔をする。
それを見たナナシが膨れてみせる。

「ずるいですの〜。リコちゃんばっかり〜。
 ナナシも、ナナシにもして欲しいですの〜」

言って、逆側の足に頬を摺り寄せる。
引き離そうとリコの頭に手を置いて持ち上げた途端。

「あ〜ん、ダーリン、そんなに強くするから、頭が取れちゃいましたの〜」

「無節操にポンポン取ってるんじゃないわよ、このゾンビ娘が」

いきなり取れた頭に驚きながらも、リリィが大声を上げる。
それに顔を顰めつつ、恭也はナナシへと頭を返す。
ナナシを受け取った頭を首に乗せ、何度か手で調整をする。

「無事にくっつきましたの〜」

「はぁ〜、それは良かったな」

「よかったですの〜」

疲れたように呟く恭也に対し、ナナシは嬉しそうに答える。
と、下を向いた恭也の目と、いつの間にか目を覚ましたリコの目が合う。
リコはぼうっとした瞳で恭也を見ていたが、やがて、自分の置かれている状態に気付くと顔を赤くさせる。

「えっと…」

きょろきょろと視線だけをあちこちにさ迷わせ、もう一度恭也の顔で固定される。

「目が覚めたか、リコ」

「…おはようございます」

「ん? ああ、おはよう」

状況がいまいち分かっていないのか、リコは取り合えず起きた時の挨拶をする。
それに挨拶を返す恭也へと、美由希たちの視線が突き刺さる。

「恭ちゃん、いつまでリコさんにそうしているつもり?」

「ん? そうだな。リコ、もう大丈夫か?」

「……はい」

恭也の言葉に眠る前の事を思い出し頷く。
それを確認すると、恭也はそっとリコの頭を持ち上げる。
リコは名残惜しそうにしつつも身体を起こす。

「ったく、アンタ、寝ているリコに変な事しなかったでしょうね」

「リリィ、おまえな…」

呆れ顔を見せる恭也を見上げ、リコは頬を僅かに染める。

「…マスターになら」

瞬間、辺りの空気が止まるのを恭也は感じた。

「リ、リリリリリコさん? な、ななななにを言ってるんですか?
 自分をもっと大事にしないと。恭ちゃんなんかに、そんな…」

「なんかで悪かったな」

美由希の物言いに、やや憮然となる恭也をベリオやカエデが宥める。

「まあまあ、恭也くん。美由希さんも本心から言ってるんじゃないから」

「そうでござるよ。それに、拙者は師匠のいい所をちゃんと知っているでござるよ」

「わ、私だって、恭也さんのいい所、たくさん知ってるよ」

俄かに騒がしくなる部屋の中、ミュリエルは頭を抱える。

「貴方たち、ここが何処か分かっているわよね」

『……あ、あはははは〜。失礼します!』

一斉にそう告げると、恭也たちは揃って部屋を後にする。
ようやくいつもの静寂を取り戻した部屋の中、ミュリエルは椅子に深く腰掛け、
背もたれに体重を掛けながら目を閉じると、小さな吐息を洩らすのだった。





 § §





「…何か、変に疲れたわ」

学園長室を後にし、廊下を歩きながらリリィが心底疲れた顔を見せる。
他の者も同様のようで、一様に疲れた顔を見せる。
さっきの学園長の件だけでなく、元々の任務での疲れが今ごろのように襲い掛かってくる。
そこへ、能天気な声が響く。

「疲れた時はお風呂ですの〜。ダーリン、一緒に入るですの〜。
 お背中をお流ししますの〜」

「いや、一人で洗えるから」

「でもでも、腕を怪我してますの〜。だから、ここはナナシが〜」

いつになく喰らいついてくるナナシに、しかし、恭也は首を縦には振らない。
む〜、と剥れて見せると、ナナシは恭也の怪我をしていない右腕を掴む。

「美由希ちゃんたちとは一緒に寝たりしたのに、ナナシとはお風呂にも入ってくれないですの〜」

「え、ええぇぇっ! そ、それって本当なんですか、恭也さん」

「お、落ち着け、未亜。小さい頃の話だろう。
 カエデの件は、前にも説明しただろう」

「あ、そ、そうでしたね」

恭也の言葉にほっと胸を撫で下ろす未亜だったが、ナナシは構わずに続ける。

「ずるいですの〜。リリィちゃんやベリオちゃんとも一緒なのに〜。
 ナナシだけ、ナナシだけ、なんにもないですの〜」

今にも泣き出しそうに告げた言葉に、未亜は引き攣った笑みを浮かべる。

「え、えっと……」

「ご、誤解よ、未亜!」

すぐさま否定するリリィの横で、ベリオは顔を赤くして俯いている。
それを見て更に顔を引き攣らせると、恭也をじっと見る。

「ナナシちゃん、私も一緒はないんだから、我慢しよう」

自分にも言い聞かせるように告げた未亜に対し、ナナシはそれならと顔を上げる。

「未亜ちゃんも一緒すれば良いですの〜」

「え、あ、いや、でも、それは……」

顔を真っ赤にして困った顔を恭也へと向けるが、その当事者が一番困っている事を知る。
他に諦めさせる理由を探してうろつく視線が、ずっと黙っていた一人の少女を捕らえる。

「ほ、ほら、リコさんも何もないんだから。ここで、そんな我侭を言って恭也さんを困らせたら…」

「だったら、リコちゃんもいっしょ…」

「いえ、私は……、いえ、なんでもありません」

珍しく、すぐさま言葉を発したリコだったが、すぐに口を噤む。
しかし、やや俯いて顔は隠しているものの、その耳までが真っ赤になっている。
それを見た未亜は、ぎこちない動きで恭也へと視線を移す。
恭也はそれに気付かない振りをするように、視線を逸らす。
未亜は満面の笑みをその顔に見せると、ナナシとは逆の腕、怪我していない個所を慎重に掴む。

「ナナシちゃん、行こう」

「はいですの〜」

「ま、待て! 何でそうなる!」

「だって、恭也さん、怪我しているじゃないですか。
 だから、今日だけは私がお世話してあげますね。
 私の所為で怪我したんだし、これぐらいは当然ですよ」

「き、気にしなくて良いから。だから、この手を離して…」

恭也に最後まで言わせず、未亜は恭也を引き摺るように引っ張っていく。
それを呆然と見ていたリリィたちだったが、リコへと一斉に視線を向ける。

「何かあったの? 何か、急にたくましくなっているような気がするんだけれど」

「…多分、少しだけ自信が持てたから」

「自信?」

美由希の呟きにリコは一つ頷く。

「マスターの力になれるという自信です」

何となく納得できるような、できないような。
そんな複雑な顔で去って行く三人を見送り…。

「って、何を見送っているのよ!
 あの馬鹿のことだから、この機をチャンスとばかりに何をしでかすか分からないじゃない!」

「恭也くんはそんな事はしないと思いますけれど…。でも、確かに、少し不安ですね」

言ってリコを見るベリオ。
それに気付かず、リコはじっと前方を見据える。
その隣で、カエデは悲しそうに目を細める。

「師匠、拙者を置いていくなんて、酷いでござる。
 お背中なら、この弟子の拙者が丁寧に洗い流すでござるに…」

恭也が聞いていたら、「置いていったんじゃなく、連れて行かれたんだ」と言いそうな台詞を呟く。
そんなカエデたちから少し離れたところで、顔を伏せたままだった美由希の肩が微かに震える。

「ふふふふ。ふっふっふ。恭ちゃん。そう、恭ちゃんはそんな人だったんだね。
 酷いよ。今まで信じていたのに…。こうなったら、恭ちゃんにはきっつ〜〜いお仕置きが必要だよね。
 くすくすくす」

「み、美由希が壊れた!」

「お、落ち着いてください、美由希さん」

「落ち着くでござる。殿中でござるよ、殿中!」

「殿中……。神殿の内部のこと。または…」

などと騒ぎつつ、必死で美由希を取り押さえる。
それでもなお、進もうとする美由希に、カエデがいい事を思いついたとばかりに口にする。

「だったら、拙者たちも一緒に入ればいいでござるよ。
 そうでござる! ここの風呂は大きいでござるから、拙者たち皆で入っても問題ないでござる」

「で、でも、それだと他の人たちが…」

「…清掃中の看板」

カエデの言葉にベリオが難色を示すが、リコの言葉にあっさりと引き下がる。
そして、美由希はというと、さっきまでの怒りの表情が綺麗に消え去り、何処か清々しい笑みを浮かべる。

「そうと決まれば、すぐに用意、用意〜」

言って恭也たちの去った方へと、スキップしそうな勢いで去って行く。
それを呆然と見送っていたベリオたちだったが、急いでその後を追っていく。
その場には、リリィ一人だけが残される。

「ちょ、皆、正気!? ああ〜、もう!
 何でこんな事になってるのよ! これもそれもあれも、全部、ぜ〜〜〜〜んぶ、あのバカのせいよ!
 そうに違いないったら、違いないんだからー!」

リリィの絶叫を聞く者は、そこには誰にもいない。
それでも、リリィは叫ばずにはいられなかった。





 § §





「……ふむ。やはり、どう考えてもよく分からん。
 何故、こうなったんだ」

恭也は改めて周りを見渡す。
湯に浸かりながらでは、その言葉にも疑問を抱くところだが。
強引に連れて行かれて逆らうことも出来ず、気付けば湯に浸かっている。
改めて周りを見渡す。
と、その視界に黒い服、いや、水着が目に止まる。

「何、やらしい目で見てるのよ!」

「いや、どうしてリリィまでいるのかと」

「決まっているでしょう。アンタが変な事をしないように見張るためよ!」

「はぁー。そんなに信用ないのか俺は」

「まあ、少しは信用してるわよ。でもね、今のこの状況を他の人が見て、信用されると思う?」

言われて、また恭也は周囲を見る。
色とりどりの水着に身を包んだ少女たちを。

「…されないだろうな」

「でしょう。まあ、流石に裸っていうのはまずいから、
 何とか水着で妥協させたんだから、少しは感謝しなさいよね」

「ああ、その点は本当に助かる。だが、それだったら、俺の水着も用意してくれ」

「そこまで知るわけないでしょう!」

言い合う二人の傍にベリオが近づいてくる。

「それにしても、改めて見ると凄い傷の数ですね」

「ん? ああ。見ていてあまり、楽しいものではないだろう」

言って肩まで湯に浸かる恭也の後ろからカエデが近づく。

「そんな事はござらんよ。それは、師匠の今までの人生を語るのには欠かせないものでござるから」

「ただ、未熟だっただけだ」

「…それでも、傷付いた分は、きっとマスターの糧に」

「そうかな。だとしたら、いいがな」

「ダーリン。ナナシも、ナナシも傷があるんですの〜。ほらほら〜。
 お揃いですの〜」

「って、何処から出てくる!」

恭也の目の前の湯から顔を出したナナシに驚く恭也の横で、未亜が苦笑を見せる。

「そのお揃いはちょっと、違うんじゃないかな……」

「傷のお揃いなら、私の方が…」

「いや、美由希、そこは競う所じゃない」

冷静に突っ込む恭也に、全員が全員、柔らかな笑みを浮かべる。
恭也を中心に、美由希たちが囲むように湯に浸かり、暫しの休息を楽しむ。
恭也もここまで来ては、楽しむしかないと割り切り、既にゆっくりと湯を楽しんでいた。
これから激化する戦いに向けて、戦士たちに束の間の休息を。





つづく




<あとがき>

という訳で、何とか書きあげ〜。
美姫 「って、五日後の話ではないのね」
その通り。
美姫 「それじゃあ、さっさと続きを書くのよ!」
うげぇっ!
美姫 「それじゃあ、まったね〜」




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