『DUEL TRIANGLE』






第三十三章 破滅軍の再侵攻





恭也が破滅の将に告げられた五日後。
その日の午前中には、王都の防衛線に救世主クラスを含め、多数の王国軍が終結していた。
ありこりから緊迫した空気が流れる中、恭也たちの周りだけは少し違う空気が流れていた。

「…こんなもんだろう。カエデ、ご飯の方はどうだ?」

「こちらはもうすぐでござるよ。後、二、三分ほど蒸らして…」

「そうか。ベリオ、美由希、食器の用意を」

恭也の言葉に二人が食器の準備をする。
それをやや呆れたように、椅子代わりとしている岩に腰を降ろしたリリィが見ていた。

「はぁー、呑気なものね。これから、破滅が何かしてくるっていうのに。
 よくそんな状況で何か食べれる気になるわ」

「そうは言うが、腹が減っては戦はできぬと言うだろう。
 食べ過ぎるのは良くないが、空腹も良くないんだぞ。
 大体、もう昼なんだから昼食ぐらい良いだろう。
 文句を言うなら、午前中に来なかった破滅に言ってやれ」

恭也は鍋のカレーをお玉でかき混ぜながらそう言うと、顔を上げる。

「未亜、そっちはどうだ?」

「うん。簡単なものだけれど、サラダもできたよ」

「ナナシも手伝ったんですの〜」

「…指とか入ってないだろうな」

「大丈夫だよ。ちゃんと見てたから」

恭也の言葉に苦笑で返す未亜は、緊張のし過ぎという事もなく、程よい感じだった。
集結当初、がちがちになっていたのを知っているリリィは、少し感心したように恭也を見る。
しかし、それに気付かずに恭也はカエデへと視線を向ける。

「どうだー」

「ばっちりでござるよ」

言って飯盒を持ってくる。

「ほう、いい感じだな」

中を覗きながら感心した声を上げる恭也に、カエデは嬉しそうに笑う。
その横では、一緒に飯盒の番をしていたリコが既にスプーンを手に立っている。

「…マスター」

「ああ、すぐによそってやるよ」

「ほら、リリィも取りに来い」

恭也の言葉にリリィもカレーを取りに腰を上げる。

「って、お前何もしてないんじゃ」

「失礼ね。ちゃんとベリオと一緒に野菜を切ったりして手伝ったでしょう」

「冗談だ、冗談。ほら」

「ありがとう」

カレーの匂いに、さっきまでの険しい顔を一転させて受け取る。
全員分を入れ終えると、自分の分を入れて手ごろの岩に座る。

『いただきます』

全員で揃って食事前の挨拶をすると、食べ始める。

「あら、意外と美味しいじゃない。恭也の事だから、もっと酷いものかと思ったのに」

「これぐらいはな。昔はよく、父さんとあちこちで野宿していたから」

「前々から気になっていたんですけれど、恭也くんのお父様って一体…」

「まあ、何かにつけて無茶な人だったな。子供がそのまま大人になったような感じだな。
 だけど、剣士としては間違いなく一流だった。その信念も、剣を振るう覚悟も。
 そして、剣を持っていない時でも、周りの皆を幸せな気分に、笑顔にする人だった。
 まあ、俺はあそこまで真似出来ないな」

「そんな事はないですの〜。ナナシはダーリンが居てくれれば、それだけで幸せですの〜」

「そうか。ありがとうな」

言ってナナシの頭を撫でる恭也を、カエデやリコが羨ましそうに見詰める中、リリィは呆れたように呟く。

「はぁ〜。ナナシが居ると中々深刻な雰囲気ってのはないわね」

「かもな」

苦笑で返しつつ、恭也はサラダに箸を伸ばす。

「ほう。このドレッシングは未亜が?」

「はい。どうですか?」

「うん、美味しいよ」

「良かった」

恭也の言葉に胸を撫で下ろす未亜。
そこへ、空になった皿が突き出される。

「マスター、お代わり宜しいでしょうか」

「ああ」

言って皿を受け取り、お代わりしてあげる。

「って、リコさんもう食べたの!?」

「…はい」

驚く美由希に淡々と返しつつ、その手は休む事無く口と皿を往復する。

「とても美味しいです」

「そうか。それは良かった」

僅かに微笑んだリコに、リリィたちは一瞬だけ驚くが、このままでは自分たちの分がなくなると思ったのか、
食べることに集中する。
そんなリリィたちを苦笑しながら見詰める恭也。

「そんなに慌てて食べなくても、まだまだあるって」

緊迫した空気が漂う中、そこだけはいつもの昼食の光景が繰り広げられていた。





 § §





昼食を取り終え片付けも終えた恭也たちは、気を引き締める。
恭也と美由希は、召還器以外の武器を入念にチェックする。

「そう言えば、師匠たちがそれを使って戦っているのは見たことがないでござるな」

「カエデは無かったか? まあ、鍛錬では召還器を使いこなすために使用してなかったからな。
 補充が利かないから、そう簡単に使うわけにもいかなかったし」

「でも、こっち側でも何とか入出できるようになったからね」

「といって、そう無駄遣いも出来ないがな」

「うん」

言って身体のあちこちに飛針が数本刺さったホルダー、鋼糸を纏めたもの、ベルトで固定した小刀。
それらを単体として、腕に腰、足に背中、身体の至る所へと付けていく二人を、
リリィたちは感心するような、呆れるような顔で見詰める。

「あんたたちの世界って、概ね平和だったのよね未亜」

「う、うん」

「なのに、そんな世界であの戦闘力。それに加えて、体中に暗器って。
 アンタたち二人って、元の世界でも変わってたのね」

「まあ、否定はできんがな」

リリィの言葉に微苦笑を浮かべつつ、二人は最後に上着を着る。
これで、外見だけを見れば武器など所持しているようには見えない。

「凄いですね。何処に何があるのか、全く分かりません」

ベリオの言葉に晶やレンたちを思い出し、二人は小さく笑う。
それからすぐに表情を引き締めると、全員が一つ頷く。
そこへ、たった今引き締まった空気をぶち壊すような間延びした声が届く。

「ああ〜。いたいた〜」

思わず肩透かしを喰らったような顔をする一同の前に、ダリアが姿を見せる。
一瞬だけ怪訝そうな表情を見せるも、すぐにいつもの顔に戻ると話し出す。

「とりあえず、この前はご苦労様〜。特に襲撃日時が分かって助かったわ〜。
 お陰で、各地より援軍を集結させれたしね〜。本当に助かっちゃったわ〜。
 でも、ダウニーの奴が破滅だったなんてね〜。まあ、前からいけ好かないとは思っていたのよ〜。
 聞いてよ〜。ダウニーの奴ったらさ、夜中にちょ〜〜っと、ちょ〜〜っとよ。
 厨房の食料を漁っただけで、二時間も説教するんだから。あ、それに…」

「それで、どういった用件でしょうか」

このままでは本題に中々入りそうもないのを察し、リリィがダリアへと尋ねる。
その顔には、さっきの件に関してのみ言うのなら、
破滅云々は兎も角として自業自得だというのが、ありありと浮かんでいたりする。
しかし、それに全く気付く素振りすら見せず、ダリアは用件を切り出す。

「えっと〜。今、確認されているだけで敵の兵力がおよそ十万以上みたいなのよね〜」

「十万!?」

「現在確認という事は…」

「多分、増えるでしょうね」

驚く美由希の横で冷静に聞き返す恭也に、ダリアは珍しく顔を引き締めて答える。
やや重くなる空気の中、ダリアはいつもの口調で続ける。

「で、今回の作戦にあたり〜、恭也くんたちは学園長の直接指揮下に入ります〜」

「学園長の? でも、ここは最前線ですけれど。
 一体、どうやって指示を受けるんですか?」

ベリオの最もな意見に恭也たちも頷く。
と、ダリアは胸元に手を突っ込むと、そこから小さな水晶玉みたいなものを取り出す。

「これを預かってきてるのよぉ〜」

「これは?」

「念話器よ」

「念話器?」

「思念器とも言って、遠くにいる相手と映像や画像で交信できる魔道器よ」

恭也の疑問にリリィが答えると、美由希や未亜は携帯電話みたいなものかと納得する。

「それで学園長と連絡が取れるようになるんだな
 ……なら、それはリコが持っていれば良いか」

リコの説明に納得すると、恭也はそう言う。
それに対してリリィが異議を訴える。

「何でよ! この中で魔法なら私が一番…」

「確かにな。
 だが、リリィの場合は攻撃魔法に長けているから、例え僅かな魔力でも温存しておいてもらわないと。
 俺や美由希、カエデは魔法に関しては殆ど駄目な上に、前線で戦うから、除外。
 ナナシは…、身体の一部と一緒に落としそうでな」

恭也に呼ばれただけで嬉しいのか、その内容を気にもせずにニコニコと笑うナナシから、
やや視線を逸らしつつ恭也は続ける。

「未亜も魔法に関しては俺たちとそんなに変わらないからな。
 となると、残るのはベリオとリコになるんだが、こういった魔法はリコの方が得意の上に、
 治癒魔法はベリオしか使えない」

「確かに、それはそうね。OK、分かったわ」

恭也の言葉にリリィも納得したのか、念話器はリコが受け取る。
それを見届けると、ダリアは最後に全員の顔を見る。

「伝達事項は以上よ〜。あと、貴方たちの一番の任務は、生き延びることなんだからね。
 こんな所で、無駄死には駄目よ。救世主として目覚めるまで、絶対に生き延びなさい。
 それじゃあ、あたしは安全な学園でゆっくりと待っているからね〜」

最後に冗談めかしてそういうと、ダリアは振り返る事無く去って行く。
その背中を恭也たちは暫く見送るのだった。





 § §





唸るような地響きの音が彼方より響き出す。
既にそれぞれの配置へと着いた王国軍の兵士たちに混ざりながら、共に稜線の向こうを眺める。
初めは黒い点だったものが徐々に大きくなっていき、波となる。
土煙を上げ、轟音を響かせて近づいてくる波、破滅のモンスターの群れの多さに、
僅かながらも王国側からどよめきが起こる。
途切れる事を知らないかのようなモンスターの群れは、見ている者を圧倒する。
その行軍の音に、飛び交う怒号に、まるで地面が揺れているかのような錯覚を抱く。
思わず、ベリオが神に祈るように手を合わせる。
未亜などは不安そうに揺れる瞳で前方を見据えている。
ナナシでさえ、いつもの能天気な笑みを消して目を丸くさせる中、
恭也と美由希、カエデの三人は静かにそれを見据える。
完全に指示が別系統になっている救世主クラスの特権を利用し、
三人は未だに呆然となっている王国軍に先んじるように飛び出す。

「リリィ、未亜、リコ、ベリオ援護を頼む! ナナシいくぞ!」

恭也の声に我を取り戻したリリィたちも、恭也たちに僅か遅れて動き出す。
救世主クラスの動きに我を取り戻したのか、それからほどなくして号令が飛び交い始める。
呆然としていた軍が、破滅を迎え撃つべく態勢を整え始める。
人類と破滅の存亡を賭けた大きな戦いの先陣は、リリィの魔法だった。
特に陣なども組まず、ただ進み来るモンスターの一番先頭部分にリリィの魔法が炸裂する。
爆音と共に数体のモンスターが吹き飛ぶも、全体の数からすれば焼け石に水といった感じで、
モンスターたちはやられた仲間の事など一切気にも止めず、ただ進み来る。
そこへ四つの影が切り込む。
それを援護するように、背後からは四つの魔法や矢などの攻撃が飛ぶ。
その個所のモンスターが足を止める頃、王国軍が破滅軍とぶつかる。
敵と味方が入り乱れる中、救世主候補たちははぐれないように気を付けつつ、手近のモンスターたちを倒して行く。
戦いが始まってどれぐらい経ったか。
何時間も経っているようで、実際にはそんなにも経っていない中、かなりの数のモンスターたちが倒れたはずなのに、
その波は未だに勢いを止めない。
救世主クラスの居る個所では、他の個所よりも多くのモンスターが倒れ死骸を晒している。
しかし、いかに召還器を持つ救世主クラスの力が他の兵士たちよりも抜きん出ていても、
この数を前にしては、疲れも見え始める。

「倒しても倒してもきりがない」

「絶対に十万じゃきかないよね、これ」

恭也と美由希は言葉を交わしながら、お互いに背中を預けて周囲へと飛針を投げる。

「ちょっと前に出過ぎたね、恭ちゃん」

「ああ、反省だな。まさか、引き離されるとは」

囲まれているのに焦った様子も見せずに語る二人の周りには、何十というモンスターが倒れ伏している。
周囲に気配を配るまでもなく、完全に幾重にも囲まれているのを分かっていて、
恭也と美由希は御神流、感を使う。
敵の位置などを知るためでは当然なく、はぐれた仲間を探すために。

「居たよ、恭ちゃん。あっちの方向。距離にして、500メートル程」

「全員、そこに居るみたいだな。なら、合流するぞ」

「うん」

包囲されているのは問題でもないとばかりに軽く言う二人だったが、それに対して突っ込む者はここには居ない。
背中合わせに立っていた二人は、美由希がセリティで示した方へと向く。
美由希を前にして、恭也がその後ろに。
恭也の両手にはいつの間に取り出されたのか、飛針が左右計六本。
それを恭也が前方へと投げたその後を、美由希が射抜で追う。
セリティに蒼白い雷を纏わせて敵陣へと突き進む美由希の後ろに恭也が続く。
セリティを前方へと突き刺し、そのまま足を止めずに突き進む。
貫かれた猪顔のモンスターは、雷に身体を焼かれて黒焦げになって絶命している。
そのモンスターを突き刺したまま、美由希は進めるところまで突き進む。
その足が鈍り出した瞬間に立ち止まり、セリティを頭上から下へと振り下ろす。
真っ直ぐにセリティから雷が直線状に伸び、モンスターを焼き払い、吹き飛ばす。
無防備となるはずの美由希の背後には恭也が立ち、両手に握ったルインを身体を回転させながら振るう。
ルインから黒い風が巻き起こり、それは恭也の身体の動き同様に回転する。
恭也と美由希を中心して風の壁、竜巻が巻き起こり、近くにいたモンスターを後方へ吹き飛ばし、
天へと巻き上げ、もっと近く、風の発生した個所にいたものたちは身体を切り裂かれる。
風が収まると、既にセリティへと魔力を行き渡らせた美由希の雷付きの射抜が襲う。
こうして、敵陣を強引に突き破りながら、二人は進んで行く。

「べ、便利なんだけれど、疲れる」

「確かに、慣れない分、魔力を使うというのは疲れるな」

言いつつも、表情にはまだ若干の余裕が見える二人。
それでも、やはり慣れない魔力を使うと言うのは、恭也にも美由希にもそれだけで結構、疲れるのだろう。

「これ以上は、ちょっと控えるか。しかし、雷とはな」

「あははは。さしずめ、射抜雷って所だね」

「捻りも何もないな」

流石に呼吸に僅かだが乱れが見える。
それでも、美由希は僅かに笑みを零す。

「やっぱり、休日の八時間耐久鍛錬のお陰だね」

「ああ。フィリス先生には大目玉を喰らうが、やはり持久力を付けるにはアレは中々良いな」

先程の進撃に警戒して、ゆっくりと近づいてくるモンスターたちを見据えつつ、恭也たちは呼吸を整える。
すぐさま二人は正常の呼吸へと戻ると、更に前方を見る。
微かだが、カエデたちの姿がちらほらと見え始める。
二人は気合を入れるように強く頷き合うと、モンスター目掛けて走る。
向かって来る二人へと巨大な斧を振り下ろすトカゲのモンスター。
その斧を軽く躱し、二人の姿は上空へ舞うように跳ぶ。
そのままそのモンスターを踏み台にし、更に上へ。
モンスターの頭上を飛び越えながら、眼下目掛けて飛針が乱れ飛ぶ。
二人から放たれる十何本もの飛針に目を貫かれるものなども出るが、大概は大したダメージにはならない。
それは二人も承知の上で、牽制として放っているに過ぎない。
だからこそ、慌てる事無く、重力に捕らわれた身体を捻って足から着地する。
ただし、モンスターの頭の上に。
そのまま頭を蹴り、二人は再び空の人となる。
二人目掛けて飛んでくる矢を、二人は申し合わせたように空中で交差する軌跡で跳んでおり、
互いに足の裏を合わせてお互いを蹴るようにして下へ。
そのまま頭上から襲い掛かり斬り捨てる。
分断されたかに見えた二人の召還器には、鋼糸が結び付けられており、二人が同時にそれを引っ張った途端、
モンスターの悲鳴が上がる。
運悪く腕を切り飛ばされるものや、足を落とすものなどが出る中、二人はすぐに合流する。

「…鋼糸に関しては、ちょっと学園長に言っておいた方が良いな」

「だね。この切れ味って…。絶対に、拘束するのには使えないね」

恭也の言葉に苦笑で返しながらも、その目は鋭く辺りを警戒する。
さっきからリリィの放ったであろう魔法の音に混じり、カエデたちの声が聞こえてきている。

「後、少しだな」

恭也の言葉に頷くと、美由希は先に突っ込んでいく。
繰り出される数本の槍を身を低くして躱すと、手近な一体の懐へと潜り込んでセリティを斬り上げる。
美由希に対する追撃は、全て恭也が防ぐ。
恭也が防御し、美由希が敵を切り伏せる。
一朝一夕では身に付かない、兄妹として師弟として長い時を一緒に過ごしてきた二人だからこその呼吸で、
互いの動きを察し、やりたい事を悟り、その為に動くといった事を事も無げにやってのける。
恭也が望むことが分かり、またどう動けば良いのかが分かる。
逆に、美由希がやろうとすることを察し、恭也がその為に動いてくれる。
その事に、その呼吸に、美由希はこんな状況だというのに、嬉しささえ感じていた。
カエデたちの姿が視界に移り、二人は最後とばかりにそれこそ二人で一陣の風と化したかのように、
残る障害を排除すべく召還器を振るう。
黒い装束に包まれた凶器という名の風が通り過ぎた後には、ただ絶命したモンスターたちが横たわるだけだった。





 § §





「はあっ、はっ、はぁぁっ」

「未亜さん、大丈夫ですか」

「な、何とか」

心配そうなベリオの呼び掛けに、未亜は何とか答えるものの、その顔は疲労がはっきりと見て取れた。

「くっ。流石に、拙者以外の者は疲れてきているでござるか…」

「ま、まだまだ大丈夫よ。援護はしっかりとしてあげるから、カエデも自分の事を考えなさい」

言いながら炎の球を作り出し、カエデの後ろより迫ろうとしていた群れに放つ。
膝に手を着きそうになって、慌てて背筋を伸ばして汗を拭う。
息も上がり、疲れているのがはっきりと分かる。
それでもリリィは呪文の詠唱を行う。
そこから少し離れた所では、リコが同じように呪文を詠唱していた。

「ふえぇぇぇん。キリがないですの〜〜。
 このままだと、皆さん、ナナシのお仲間に〜。って、それはそれで良いかもですの〜」

「縁起の悪いことを言うな! この能天気娘がっ!
 私はまだ、こんな所で負けるつもりはないっての!」

言って数本の炎を帯状にして飛ばす。

「同感です。こんな所で、倒れてたまるもんですか」

ベリオも攻撃魔法を唱えて手近なモンスターへとぶつける。
閃光が辺りを染める中、未亜もジャスティを天へと構える。
数十本という矢を天へと放ち、それが放物線を描いて雨の如く降り注ぐ。
疲れてはいるものの、気持ちは全然負けておらず、その瞳はまだ力を備えている。
それを感じてか、カエデはどうせ言っても聞かないだろうと感じ、下がるように言うのを止める。

「それにしても、多勢に無勢でござる。
 師匠と美由希殿は無事でござろうか」

「アイツらの心配なんて、するだけ無駄よ!」

言いつつ、今度は氷塊を生み出す。

「絶対に、無事ですよ。それよりも、今は自分たちの心配をしましょう」

ベリオが光の帯を放てば、そのすぐ横を未亜の矢が飛ぶ。
その牽制の間に、リコとリリィが交互に呪文を放ち、詠唱中に狙われないようにしている。
加えて、そこに前衛のカエデとナナシがモンスターたちを押し止める。
敵軍の奥深くまで食い込む事は出来ないが、戦線の維持には充分であった。
そして、攻め込みたいのは破滅側であるため、こちらから無理に攻める必要もなく、これで良いのであった。
しかし、流石に疲労だけはどうしようもなく、カエデやナナシ以外は体力的にかなりきつそうではあったが。
疲労困憊のリリィたちの目に、不意にそれが飛び込んでくる。
始めは鳥かと思ったが、その二つの影はあろうことかモンスターたちを攻撃している。

「師匠と美由希殿でござるな」

「って、何を考えているのよ、あいつらは。
 あれじゃ、標的にしてくださいって言っているようなものじゃない」

そんなリリィの指摘も虚しく、再び宙に身を置いた二人へと、その言葉通りに矢が射掛けられる。
しかし、二人はそれをお互いに足の裏を蹴りあって躱す。
流石にこれはリリィも予想だにしておらず、思わず呆ける。
そこへ、カエデの叱責が飛ぶ。

「リリィ殿!」

「ご、ごめん」

すぐに我に返って呪文の詠唱を再開するリリィ。
恭也たちがこちらへと合流しようとしている事を悟り、全員が僅かながらも力を取り戻す。
しかし、後少しで恭也たちが来るという時、一気に敵が攻めてくる。
その数の多さに迎撃が間に合わなくなる。
そこへ、横殴りに暴風が吹き抜ける。
暴風はリリィたちの前で止まると、ゆっくりと口を開く。

「大丈夫だったか?」

「……大丈夫だったか、じゃないわよ! 今まで、何処をほっつき歩いていたのよ!」

「ほっつき、って酷い言われようだな」

「本当だよ。折角、苦労して来たのにね」

「分かったから、さっさとアレをどうにかしてよね」

見るからに体力的に余裕のある二人にリリィは前方を指差す。
二人は軽く頷くと、そこで善戦しているカエデとナナシの元へと向かう。
それからも、延々と同じように攻めてくるモンスターたちを倒していたが、
流石に魔法を使う者たちの疲労が大きくなりだす。

「一旦、後退した方が良いな」

「ま、まだ大丈夫…」

「駄目だ。下手に無理をして戦場に居られたら、その方が迷惑だぞ」

「っ……分かったわ」

恭也の言葉が正論だけに言い返せず、リリィは大人しく後退する事を納得する。
この場を王国軍の者たちに任せ、少し後方へと下がる。
充分に離れた所で、リリィたちは地面に腰を降ろす。
やはり、相当疲れていたみたいで、荒く呼吸する。
遠くに聞こえる喧騒を耳にしつつ、恭也たちも腰を降ろして身体を休める。
そこへ、リコが言葉を掛けてくる。

「マスター、学園長からです」

念話器が映し出した学園長の映像を全員が見詰める中、ミュリエルは口を開く。

「まずは、無事で何よりです」

ミュリエルの言葉にただ無言で頷く。
僅かに顔を曇らせ、ミュリエルは言葉を続ける。

「良いニュースと悪いニュースがあります」

「出来れば、もったいぶらずに教えて欲しいんですが」

恭也の言葉にミュリエルは頷くと、言葉を紡ぐ。

「一つは、陛下が魔導兵器の使用に踏み切ったことです」

「確かに、それは心強いですね。敵だけがいる密集地域に放てれば、ですが」

「ええ、その通りよ。そのためには、速やかな撤退が必要となってくるわ」

「それで、お義母さま。もう一つの悪いニュースと言うのは?」

尋ねたリリィに対し、ミュリエルは宙を撫でるように腕を振るう。
すると、念話器が地図を浮かび上がらせる。

「これを見て頂戴。これは、現時点での敵と味方の大よその布陣です」

「赤が王国軍で、白が破滅ですね」

ベリオの言葉に頷くと、ミュリエルは悲痛な面持ちで続ける。

「開戦から、赤は減っているのですが、白は減っていません。
 いえ、減っても後から後から出てきていると言うべきかしら」

「援軍ですか」

「そう。それも、後から後からとね。全く途切れることなく」

その言葉にリコが何か思い当たったのか、驚きと困惑の混じった声を上げる。

「まさか、無限召喚陣!?」

「ええ、その通りよ。敵陣の後方に、無限召喚陣の存在が確認されました」

リリィやベリオまで驚く中、魔法に疎い恭也たちはただ首を傾げる。
そんな恭也たちに、リコが説明する。

「その名前の通り、無限に破滅のモンスターを永遠に召喚し続ける魔法陣です。
 この魔法は、周囲の地脈から土地のマナを吸い取ります」

「つまり、その土地の命を喰いつくすのよ。
 虫や草木は勿論、動物や樹木さえも死滅するわ。
 残るのは、草一本も生えていない不毛の荒野」

リリィの言葉に沈黙が降りる。
が、ふと恭也は気付いてミュリエルへと尋ねる。

「そこへ、レベリオンを撃つ事は出来ないんですか?」

「それは無理よ。レベリオンの高出力の魔法と、マナを無限に吸い尽くす無限召喚陣。
 下手をすれば、レベリオンの魔力さえも、召喚の糧となる可能性があります。
 やってみなければ分かりませんが、危険すぎます」

「確かに。それで、わざわざそんな事を知らせるためだけに、連絡したんじゃないですよね。
 撤退するだけなら、王国軍の撤退と一緒で構わないはず」

「その通りよ、恭也くん。殿下が仰られた通り、こと戦闘時における回転の速さは流石ね」

普段は悪いみたいな言い方だなと思いつつも、声には出さない。
しかし、顔に出ていたのか、リリィたちが小さく何かに同意するように頷いてはいたが。
それに、こんな時だけ妙にチームワークの良い事でと内心でぼやきつつ、ミュリエルをじっと見る。
美由希たちも同じように見詰める中、ミュリエルは若干言い辛そうに、けれども、はっきりと告げる。

「新たな任務を与えます」





つづく




<あとがき>

遂に始まった破滅軍の猛攻撃〜。
美姫 「果たして、どうなるの?」
そして、新たな任務とは!?
美姫 「この辺って、また原作の展開よね」
まあな。後は、ああなって、こうなって、こうなる。
美姫 「いや、分かんないって」
いや、分かっても困るし。
美姫 「確かにね」
ともあれ、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」




ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ