『DUEL TRIANGLE』






第三十四章 無限召喚陣を破壊せよ





ミュリエルから出た任務の言葉に、全員が固唾を飲んで続きを待つ。
さっきまでの話の流れから考えて、その任務が無限召喚陣に関係があるのだろうという漠然とした予感を抱きながら。
そして、その予感通り、いや、もしかしたら、それ以上の事がその口から出る。

「無限召喚陣の破壊です」

「っ! 幾ら何でもそれは。召喚陣は、あの大量のモンスターの群れの向こう側ですよね」

ベリオがやや顔を青ざめさせて言った言葉に、ミュリエルは静かに首肯する。
それを見て、流石のリリィもやや顔を曇らせる。

「幾ら私たち全員が突撃したとしても、あの群れを突き抜けるのは簡単じゃ…」

「言い辛いのだけれど、全員を無限召喚陣へと向かわせる訳にはいかないの」

「どうしてですか!?」

未亜の言葉に、ミュリエルは言い辛そうに先程浮かび上がらせた地図の一点を指差す。
そこは、押され気味の王国軍の中で、唯一戦線を維持している個所だった。
だが、その戦線も徐々に後退を見せている。
そして、その場所とはさっきまで恭也たちが居た場所だった。

「無限召喚陣を破壊し、敵を王都付近へと誘き寄せて、そこをレベリオンで薙ぎ払う。
 これが、殿下の考えられた作戦です。ですが、その為には早すぎる後退はできません。
 第一に、市民が今、避難をしている途中で、まだ完了していないこと。
 第二に、レベリオンを放つまでの間、王都を無防備にする訳にはいかないこと。
 そのために王都周辺に結界を張ります。ただ、結界の発動まで時間が掛かるの。
 だから、破滅のモンスターをそれらの準備が整うまで、出来る限り王都から離れた所で食い止める必要があります」

「つまり、私たち全員が今、ここを離れるわけにはいかないって事ですか?」

「ええ、その通りです」

「学園長、その召喚陣の破壊任務につける人数は?」

恭也の疑問にミュリエルはその数を口にする。

「三人までです」

「三人!? 三人だけであの群れを突破して、尚且つ魔法陣の破壊を!?
 幾らなんでも無茶です。敵側だって、それを考えているだろうから、そこに兵を置いているだろうし。
 ううん。もしかしたら、そこに破滅の将がいる可能性だって」

すぐさま反論の声を上げる美由希に、ミュリエルは自分も同じ考えだと告げる。
しかし、告げた上で更に続ける。

「これでも、かなり譲歩させた結果なんです」

「譲歩? 譲歩ってなんなんですか、お義母さま」

「当初、失敗したときの事を考え、賢人会議ではこの作戦に参加させるのは一人だと言ってきたのよ。
 それを、殿下の口添えによって、何とか三人までは認めさせることができたの」

「でも、今、無限召喚陣を壊さなければ、いつまで経っても終わる事はないのでは…」

「勿論、それは彼らも分かっているでしょう。
 でも、それでも中には自分たちの身の安全を第一に考える人がいるのです」

「つまり、ここで戦線が崩れて一気に王都まで侵略されたら、という事でござるか」

「そのとおりよ」

カエデの言葉を肯定するミュリエルの顔にも、愚かな選択をしているというのがはっきりと出ている。
しかし、議員たちの言う通り、戦線の維持が必要なのも確かな事で、全面的に反対する事も出来ないといった所か。
眉を顰めて苦悩するミュリエルに、全員が押し黙る。
だが、そんな時間も勿体無いと恭也は首を振ると話を進めるべく声をあげる。

「それで、その任務に付く三人は?」

「それはあなた達で決めて良いわ。
 ただ、リコだけは残ってもらわないと、念話器があるから」

それに一つ頷くと、恭也たちはお互いに顔を見合わせる。

「で、誰が地獄への道を行く?」

「物騒な言い草だな、リリィ。それに、残ったからといって安全という訳でもないだろう」

「まあね。で、実際、どうする?」

「俺の考えとしては、何も正面から突っ切る必要はないと思うんだが。
 迂回する形となるが、こちら側から森の中を抜けていけば…」

学園長の出した地図に指を当ててスーと動かす。
それを目で追いながら、ベリオが疑問を投げる。

「でも、森の中にもモンスターはいるかもしれませんが」

「その通りだが、今の所、こちら側から見える範囲ではいないだろう。
 それに、森の中なら障害物が多く、いざという時には隠れる所が多いしな。
 相手を先に見つけることが出来れば、奇襲する事もやり過ごす事も出来る」

「確かに、そっちの方があの群れの中を進むよりは良いかも」

未亜が真っ先に恭也の意見に賛成する。
他の者も考えるが、今の所、これが一番妥当だという線に落ち着く。

「となると、隠密行動に向かないナナシは外れるわね」

「ダーリンと一緒なら、ナナシは何でも良いですの〜」

リリィの言葉に、ナナシはよく分かっていないのか予想通りの言葉を言う。
それにやや頭を抱えつつ、リリィは続ける。

「隠密行動で言うなら、恭也、美由希、カエデの三人なんだけれど…」

「流石に前衛が三人も抜けるわけにはいかんからな」

リリィの言いたい事を察して恭也が言う。
その言葉に全員が頷く。
かと言って、前衛を全員残してという訳にもいかない。
全員が考え込む中、まずベリオが口を開く。

「少ない人数で敵の陣地へと趣くのなら、回復魔法があった方が良いと思います」

「それもそうね。なら、ベリオにはその任務に着いてもらうとして、後二人よね。
 ベリオなら、援護するための攻撃魔法も使えるから、前衛をこっちと任務に赴く方とで半分にする?」

「確かに、その方が良いかもな。
 リリィの攻撃魔法は広範囲に対したものもあるから、こっちに残るほうが良いだろうし。
 未亜のジャスティは敵味方が入り乱れた時に、針の穴を通す程の精度があるしな。
 おまけに広範囲もカバーできる」

以前、未亜と趣いた鎧破壊の時の攻撃を思い出しながら告げる恭也に、未亜は照れたように小さく笑う。
その隣で美由希が口を開く。

「じゃあ、任務に着くのは恭ちゃん、私、カエデさんの誰かって事だね」

「そうなるな。となると、俺とカエデで行くか」

「何で!?」

危険な任務である以上、恭也が自分が行くと言い出すのは分かっていたが、
一緒に連れて行く相手は自分だと思っていた美由希が声をあげる。
そんな美由希へと、恭也は冷静に諭すように言う。

「隠密行動に関して言うなら、俺とカエデの方がお前よりも上だからな。
 視界の悪い森の中を走るなら、ベリオのフォローも必要になるし」

「ご、ごめんなさい」

「いや、別にベリオが謝る必要はないから。言い方が悪かった。
 得手不得手があるから、それをフォローするのも当たり前だろう。仲間なんだから。
 それに、俺やカエデだけだと、魔法が一切使えないしな」

美由希は少し納得し辛そうにしていたが、確かに隠密行動では恭也やカエデの方が上なので押し黙る。
他の面々は特に異論はなかったらしく、これで任務に着く者が決まる。
今まで黙ってそのやり取りを見ていたミュリエルは、決まった人選に特に何も言わずに顔を引き締める。

「では、改めてあなた達に任務を伝えます。
 敵陣の後方にある無限召喚陣の破壊。これを何としてもやり遂げなさい。
 他の者は、撤退を開始するまでの戦線維持を」

『はい!』

ミュリエルの言葉に一斉に返事を返すと、通信を終える。
やや静かになった場で、恭也たちはもう一度お互いに顔を見合わせると一つ頷く。

「それじゃあ、しっかりやりなさいよね。
 ヘマするんじゃないわよ」

「そっちもな」

リリィの皮肉めいた笑みと共に投げられた言葉に、恭也は片手を上げて短く答える。

「あ〜ん。またしてもダーリンと離れ離れですの〜。
 ナナシはあまりの寂しさに死んでしまいますの〜」

「えっと、ナナシちゃんは既にゾンビなんだよね…」

「未亜ちゃん、突っ込むのならもう少しビシっていかないと。
 レンやゆうひさんが居たら、そう突っ込まれるよ」

「それじゃあ、皆さんまた後で会いましょう」

「それじゃあ、師匠行くでござるよ」

「マスター。お気を付けて」

「ああ」

魔法陣の破壊を行う三人は、その場から戦場を横手に見ながら離れて行く。
それを見送ると美由希たちは気合を入れるよう小さく頷くと、戦場へと戻っていった。





 § §





森の中を突き進むこと一時間ばかり。
まだ日が沈んではいないが、生い茂る木々によって陽光も差し込んでこない薄暗い中を三人は進む。
召還器によって夜目が利くようになってはいるものの、やはり森の中を進むのは簡単ではなく、
ベリオは何度か躓きそうになる。
それに対し、少し前を行く恭也とカエデの足取りはしっかりしており、危なげなく進んで行く。
ここまで敵には一度も出会っていないが、だからと言って気を抜ける訳でもなく三人は黙々と進む。
今も戦争が行われているという事が信じられないほど、この辺り一体は静かで、
それが却って三人の気を急かす。
それから更に進むこと暫し、不意に先行するカエデが立ち止まり、すぐさま恭也も止まる。
一瞬、訳が分からずに問いかけようとしたベリオの口を、隣にいた恭也が塞ぎ、
自分の口に人差し指を立てて見せる。
恭也の言いたい事を理解し、ベリオは小さく頷く。
それを見て手を離す恭也の元へ、物音を一切立てずにカエデがやって来る。

「敵か」

「そうでござる」

短く尋ねてくる恭也に、カエデも簡潔に返す。

「全部で四体か」

「流石でござるな。その通りでござる。どうするでござる?」

「連中がどうしてここに居るのか、だな。
 ここから王国軍の背後を突く為の先遣部隊なのか、単なる見張りか」

「恐らく、見張りだと思うでござるよ。ざっと、この周囲には他の者が居る気配もないでござるし。
 幾ら背後を突くためとはいえ、このような場所を進軍するかどうかも怪しいでござる。
 なにより…」

「あいつらは数を頼りに正面から何も考えずに向かってきているしな」

「そうでござる」

二人のやり取りを黙って聞いていたベリオが口を挟む。

「それで、どうするんですか」

「このままここで連中が交代するのを待って、後を付けるという手もある」

「ですが、それだといつになるのか分からんでござるよ」

「ああ。一刻を争う以上、それは止めておいた方が良いかもな。
 なら、迂回してやり過ごすか倒すか、だが」

言って見てくる恭也に、カエデ視線を合わせては小さく頷く。

「ベリオはここで待っていてくれ」

言って恭也とカエデはそれぞれ左右に分かれて駆け出す。
全く物音を立てずに走り去る二人を見詰めながら、ベリオはゆっくりと木の裏側から様子を窺う。
カエデの言う通り、モンスター四体が立ち、何をするでもなく辺りを警戒するように見ている。
と、その背後に一瞬だけ黒い影が見えたと思った瞬間、左右のモンスター目掛けて何かが飛ぶ。
それはモンスターには当たらず、そのまま茂みへと消える。
モンスターの注意がその茂みへと向いた瞬間、恭也とカエデは飛び出し、あっという間にモンスターの背後を取る。
同時に、その背中から前へとルインが貫き、カエデの小刀が首を掻き切る。
ようやく、襲撃者の姿を認めた残る二体が騒ぎ出す前に、恭也とカエデはその二体の懐へと潜り込んでおり、
それぞれの獲物で敵を倒す。
見事な手際に感心するベリオへ、恭也が安全を伝えると、ベリオは恭也たちの元へと行く。

「見張りがいたという事は、この近くに魔法陣があるという事でしょうか」

「可能性はあるが、もっと奥だろうな。
 この近辺には何も気配がない」

「拙者も師匠の意見に賛成でござる。恐らく、こやつらは念のために森を見張っていたって所でござろう」

「どっちにしろ、定期的に報告しているようなら、急がないとな」

「そうですね。連絡が来ないと流石に不審に思うでしょうし」

三人は更なる奥へと入って行く。
日が傾き、辺りを夕闇が染め上げる頃、恭也たちはようやく森の外へと出る。
山肌の露出した山と山に囲まれる場所に位置し、草木の全く生えていない平地。
その岩陰に身を潜めて恭也たちは前方を見詰める。
それほど多くはないが、少なくもないモンスターの軍団がいた。
ただ、その周囲には魔法陣の姿は見えなかったが。

「恐らく、あの向こうだろうな」

「どうするでござるか?」

「両側が切り立った山では、迂回もできませんし」

「なら、一つしかないな」

恭也の言葉に、カエデとベリオも仕方がないと頷く。
出来れば、交戦は避けたかったが、そうも出来ないと判断し、恭也とカエデは岩陰から飛び出す。
二人が近づくことに気付いたモンスターが、近くのものに何かを伝える。
それからすぐ、二人を待ち構えるようにモンスターの壁が出来る。
同時、恭也とカエデは地面を蹴って左右に跳ぶ。
そこへ、後方から放たれたベリオの光線が一直線に敵の最も密集した個所へと突き刺さり、そのまま薙ぎ払う。
ベリオの存在までは気付いておらず、魔法の攻撃に浮き足立った所へ恭也とカエデが切り込んでいく。





 § §





美由希たちの戦線復帰で何とか押されっぱなしだったのを戻すことは出来たが、
やはり他の個所は徐々に押されていく。
そこへと戦力を集中すると、他の所が押されてくる。
それでも、美由希たちはこの状態を維持しようとずっと戦い続ける。
流石に全員に疲労の色が濃く見え始める。

「はぁーはぁーはぁー。ち、ちなみに、このまま日が沈んだら破滅軍は撤退すると思う?」

「…それはないかと」

「はぁー、はぁー。夜の方が、向こうには有利なんじゃないかな」

後衛の三人が疲れを誤魔化すように話す。
夜で暗くなったから戦闘が続行できず、撤退という可能性はないだろうが、
それでも言わずにはいられなかったという所だろうか。
話しながらも未亜は番えた矢を放ち、リリィはすぐさま呪文を唱えると魔法を放つ。
ナナシと美由希の死角から、それぞれ狙おうとしていたモンスターたちが倒れる。
礼をいう暇もなく、美由希とナナシは別の敵を倒して行く。
前線で常にモンスターたちと切り結んでいる二人は、交代する者もおらずにずっと動き続けている。

「まずいわね。美由希とナナシの疲労が大きすぎるわ」
 王国軍は何をやっているのよ。もう少し、こっちにも兵を寄越しなさいっての!」

言いつつ火の玉を投げる。
爆ぜる音を聞きながら、リリィはすぐさま呪文を唱え出す。
全員が全員、疲労を見せながらも何とか持ちこたえていた。





 § §





モンスターたちを倒して進む恭也たちの前に、再び森が見え始める。
ただ、さっきまでの森とは違い、他の生き物の気配が少なく、
何もいないように感じられるぐらいに静まり返っている。

「恐らく、無限召喚陣はもうすぐです」

ベリオの言葉に、恭也とカエデも同意するように頷くと、足を森の奥へと向ける。
暫く進むと、恭也とカエデが同時に足を止め、それに倣うようにベリオも足を止める。

「囲まれているでござるよ」

「どうします?」

言いながら武器を構えるカエデとベリオ。
三人は互いの背中を庇うようにして立ちながら、前方を見詰める。

「一度に来られると不利だな」

「師匠、右手の囲みは薄いでござる」

「じゃあ、そこからこの包囲を抜け出せないかしら」

「やるしかないか」

恭也の言葉を皮切りに、三人はカエデが言った右手へと駆け出す。
それでも十数体のモンスターが待ち構えており、三人はそれを倒しながら包囲を突破する。
しかし、その頃には新たな包囲が出来上がる。

「師匠、今度は左!」

カエデの言葉に頷き、恭也は左へと転進する。
同じく十数体のモンスターを倒して抜け出る。

「また囲まれたでござる」

「今度は正面か」

恭也の言葉に二人が動こうとするが、恭也は足を止める。

「師匠、どうしたでござるか。もしや、何処か怪我でも」

「そうなんですか、恭也くん。
 だったら、すぐに治療を」

「いや、そうじゃない」

杖を構えて治癒魔法を唱えようととしたベリオを制する。

「幾らなんでも可笑しすぎないか。包囲しておきながら、一箇所だけ薄い場所があるというのは」

「つまり、何者かの罠という可能性もなきにしもあらず、という事でござるな」

「ああ。このまま繰り返していけば、徐々に消耗させられるぞ」

「かと言って、このまま動かずにいて一斉に襲い掛かられたら」

「ああ、分かっている。カエデ、ベリオ、少しの間、敵を頼む」

言うと恭也はその手にルインを握ると、静かに目を閉じる。
意図までは分からないが、二人は恭也の言葉に頷く。
動かない恭也たちに痺れを切らしたのか、モンスターたちがその包囲を狭める。
中には、我先にと飛び掛ってくるものもいたが、それらはカエデやベリオによって倒されていく。
そんな中、二人に守られるような形で立っていた恭也は、辺りの気配を探る。
自身の感覚を周囲へと伸ばしていく。
まるで脳裏にレーダーのように周囲の地形や生物の位置を浮かべていく。
御神流の探知術、心が召還器によって更に強化され、恭也の感覚を四方へと伸ばしていく。
感覚だけでなく、見えない魔力が細い糸のように無数に周囲へと伸び、周囲の様子を探る。
鍛錬の間、ずっと召還器を出していた恭也にとって、既に召還器は自身の一部となるほど手に馴染んでいた。
それ故か、前よりもずっと召還器の声が聞こえるし、その力によって自身を強化できる。
それによって以前にもまして周囲の気配を読めるようになった恭也の感覚が大きな力を感じ取る。

「いた」

呟くと同時に目を開く。

「カエデ、ベリオ、恐らく首謀者らしき奴を見つけた」

「本当でござるか」

「一体、どうやって」

それぞれに上がる声に答える間もなく、恭也は迫るモンスターを斬り捨てるとルインをある方向へと向ける。

「ここからずっと向こうだ」

恭也の言葉にベリオがその方面に居たモンスターを魔法で吹き飛ばす。
そこへ三人は恭也とカエデを先頭にして突っ込み、そこを突破する。
その先には先ほどのようにモンスターは居らず、ただ闇だけが広がっている。
その中を三人は進む。
どのぐらい進んだだろうか、その足を恭也が止め、それにつられて二人も足を止める。
と、そこへ驚きの混じった声が聞こえてくる。

「ほう、よくここが分かったもんだ」

「ふぅ、所詮はあなた程度の作戦という事ですか。
 まあ、私は自分の手で切り刻める方が嬉しいので、一向に構いませんけれど」

聞こえてきた声を耳にして、カエデとベリオの動きが止まる。
しかし、二人に背を向けていた恭也は気付かず、目の前に姿を見せる二人を睨みつける。

「やはり居たか、破滅の将…」

「ようこそ、救世主候補ども。破滅の将、悪逆のムドウさまがじかに相手をしてやるぜ!」

「同じく、凶刃のシェザルが相手をしましょう」

ルインを構える恭也の後ろから前へと出てきて、カエデはいつになく厳しい顔付きでムドウを睨み付ける。

「八虐無道(はちぎゃくむどう)…」

「なんだ? おれさまの名を知っているとは、有名になったもんだなぁ」

「…柊天道を知っているか」

冷淡な口調で語るカエデに、恭也は掛ける言葉もなくただ黙って見つめる。
その逆隣りでは、ベリオが驚愕をその顔に浮かべてシェザルを見詰める。

「に…、そん…、なん…、どうして…」

そんなベリオに気付いたのか、シェザルは淡々と静かに口を開く。

「最後のチャンスをやろう。武器を捨てて、我が配下となるのなら命は助けてやるぞ」

「だ、誰が!」

「ほう、私と戦うことを選ぶか、ベリオ?」

「っ! …誰が相手だろうと、任務を途中で放棄したりはしません!」

「それが答えか、ベリオ。そうやって、また罪を重ねるか」

明らかに様子の可笑しい二人に恭也は戸惑いつつも、ただ黙って見ているしか出来なかった。
二人の雰囲気が、口を挟むことを許さなかった。
一方は怒りをその胸に、もう一方は悲しみにも後悔にも似た感情を胸に。

「柊の里を襲ったことがあるであろう!」

「ん? ……ああ、思い出したぜ。
 確かにそんな事もあったような気がするな。
 理由は忘れたが、四肢を切り飛ばしてやった奴の名がそんな名だったかなぁ」

「拙者の、私の父だ!」

「ほう。すると、おめぇがあん時のガキか。
 はははははぁ。あのガキが救世主候補さまとはなぁ。
 しかも、うまそうな娘に育って」

「貴様!」

「落ち着け、カエデ!」

「くっ!」

どうやら、目の前のムドウが前にカエデに聞いた仇なのだろう。
それに納得しつつ、恭也は飛び出そうとしたカエデを押し止め、ベリオの方を窺う。
こちらは、ただ言葉をなくして地面を見詰めている。
それは、シェザルとの関係を知られるのを恐れているようにも見え、恭也はシェザルへと声を投げる。

「まさか、話をする為に出てきたんじゃないだろう」

「その通りだ。だが、君は私とベリオの関係を知っているのかな? その上で庇っているのかね?」

「そんなもの知るはずがないだろう。だが、それがどうした」

恭也の言葉にベリオが顔を上げて恭也を見る。
それに気付いているのか、いないのか、恭也はただシェザルだけを見て言う。

「ベリオは俺たちの大切な仲間だ。それだけで充分だろう。
 勿論、カエデも仲間だ。だから、自分一人で突っ込んでいこうとするな」

「…師匠」

「恭也くん」

恭也の言葉に少し冷静になる二人をつまらなさそうに見るムドウと、仮面で表情の読めないシェザル。
三人は武器を構えてムドウとシェザルを見据える。
ムドウの方は既にやる気になっており、楽しそうに肩に担いだ大剣の峰でポンポンと肩を軽く叩く。
一方のシェザルは未だに構えも見せず、ベリオを見詰める。

「会いたかったぞ、ベリオ。こうして、間近に話が出来る日をどれほど望んだことか。
 だから、そんな物騒な武器など収めろ、ベリオ」

「…断ります!」

きっぱりと告げたベリオの言葉に、しかしシェザルはなおも話し掛ける。

「それが、育ててやった兄に対する態度なのか?
 兄妹の情も忘れたのか?」

「兄、だと…」

ベリオがかつて言っていた、殺人狂の兄の話を思い出して呟いた恭也の言葉に、ベリオは少しだけ顔を曇らせる。
しかし、すぐに眦を上げる。

「私は、あなたに情愛など感じてはいません! 今、ここで…」

「そう言うな」

言ってシェザルは仮面を外し、優しい眼差しでベリオを見る。
構えたユーフォニアの先を揺らしながら、ベリオは動揺を見せる。
そんなベリオへと、シェザルはまだベリオが何も知らなかった頃の話を訥々と語る。
反論するベリオを封じるように、懐かしい思い出だけを語る。
苦痛に顔を歪めるベリオに、シェザルは表情を変える事無く続ける。

「罪の糧で育ったお前には、私を責める資格があると思うか?
 知らなかったとはいえ、それは揺ぎ無い事実」

「う、うぅぅっ…」

顔を真っ青にさせ、身体を振るわせるベリオに、ムドウを睨みつけていたカエデさえも心配そうな顔を見せる。
震えるベリオに追い討ちをかけるかのように、シェザルはまだ続ける。

「妹だからこそ、命だけは助けてやろうというのだ。
 さあ、こっちに来るんだベリオ。苦悩から救済してやろう」

「…救済?」

力の篭らない瞳でシェザルを見るベリオ。
そこへ、優しい笑みを湛えて語り掛ける。

「そうだ。お前の身体に染み込んでいる罪は、神にすがろうが、人に施そうが救えない。
 救われる道は一つ。そんな事を忘れることだ。
 お前に流れる血は、間違いなく私と同じ破滅に近いのだから」

「私が、破滅に近い…」

「ベリオ、騙されるな!」

「ベリオ殿!」

「外野は少し黙っていてくれ。これは、兄妹の話し合いなんだから。
 さあ、ベリオおいで。私がお前を罪悪感から解放してやろう」

「……誰が、誰が、あなたなんかにっ!」

ベリオが魔法を放ち、それがシェザルへと当たる直前、シェザルの身体が動き、それを躱す。
ようやく戦えると分かったムドウは嬉しそうな笑みを見せると、カエデへと向かう。
同様にカエデもムドウへと向かって駆け出す。
今度は恭也も止めず、興奮気味のベリオへと短くだが落ち着くように言うと、自分はシェザルへと向かうのだった。





つづく




<あとがき>

明らかになる破滅の将と、カエデ、ベリオの関係。
美姫 「所で、無限召喚陣は全く出てきてないわね」
そりゃそうだろう。
まだ辿り着いてないんだし。
美姫 「まあ、そうなんだけれどね」
さて、次回では無限召喚陣は出てくるのか!?
美姫 「このまま忘れられたりしてね」
いや、流石にそれはないって。
美姫 「どうだか。ともあれ、また次回でね〜」
ではでは。




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