『DUEL TRIANGLE』






第三十五章 ベリオとブラックパピヨン





迫り来る恭也に対し、再び仮面を被ったシェザルの腕が懐へと伸びる。
次に腕が姿を見せた時、そこから20センチ程の長さの刃を十字形にした、
言うならば大き目の手裏剣のようなものが飛んでくる。
回転して迫るそれを恭也はルインで横へと弾く。
横へと跳んだ十字刃は中央が鎖で繋がれており、シェザルの元へと引き戻される。
しかし、それと殆ど同じ速さで迫る恭也に、シェザルは武器の回収を諦めたのか、
鎖を手放して袖に手を入れる。
そこから、ナイフを取り出すと、恭也目掛けて三本同時に投げつける。
それを同じ数の飛針で落とし進む恭也の足は、速度を緩める事なく進む。
自分の間合いへと持っていった恭也がルインを振るう。
シェザルはそれを跳躍して躱し、空中でバクテンのように身体を回転させると、
恭也の頭上へとまたしても短刀を投げつける。
その数、十。
しかし、それらの短刀はベリオが張った魔法の障壁によって全て防がれる。
シェザルの着地地点へと走る恭也の横手から、数本の矢が飛来する。
恭也はそれをルインで払い、身を捻って躱す。
シェザルが着地して更に後方へと距離を開ける頃には、横手の森からぞろぞろとモンスターが出てくる。

「ちっ」

シェザルの前にも現れたモンスターたちを見て、恭也は小さく舌打ちを鳴らす。
そんな恭也へとシェザルは楽しそうに仮面の奥で笑う。

ムドウへと向かったカエデは、その巨躯から振り下ろされる、これまた大きく幅広の刀を黒曜で受け流す。
地面へと突き刺さる刃の峰を蹴って更にめり込ませつつ、自身は空中からクナイを投げる。
ムドウは軽々と刀を地面から抜き放つと、それを無造作にも見える動作で振るい、全てのクナイを叩き落す。
空中にあって身動きの取れないカエデを見据えて笑みを刻むと、その刃を突き立てる。
確かな手応えにムドウは更に笑みの形を深めるが、すぐに怪訝そうに地面へと落下したカエデを見る。
そこには、本来あるはずのカエデの姿はなく、ただの丸太があった。

「ほう、変わり身か」

呟くムドウの背後から接近したカエデの忍者刀が、ムドウの背中へと向かう。
それをムドウは振り返りもせずに巨刀を担ぐようにして、その刃部分で受け止める。
攻撃を防がれたカエデが背後へと飛び退くと同時に、ムドウの姿が目の前から消え、
カエデの背後に現れる。

「遅い、遅い、遅いわ! その程度の速さで、俺様に楯突くとはな」

言って振り下ろされる巨刀。
しかし、それは空を切るだけで、カエデの姿はそこには既になかった。
ムドウの側面へと回り込んだカエデの蹴りによる乱打がムドウの肩を、腰を襲う。

「お主の方こそ、遅いのではござらんか!」

言って更に速度を増す蹴りを、ムドウは無造作に腕を伸ばして掴むと、そのまま力任せに放り投げる。
木の幹にぶつかる直前に身体を回転させ、足から幹に着地するとそれを蹴って上空へと舞い上がる。
ムドウ目掛け、黒曜を付けた左腕に雷を纏わり付かせて落下する。
しかし、そこへ恭也を襲ったのと同じ矢が森より飛来する。
一瞬だけそちらへと目を向けたカエデだったが、そのままムドウへと向かう。
その理由はすぐに目に見える形となって現れる。
ベリオの張った防御壁が、カエデの横側に現れて矢を弾き飛ばすという形で。
カエデは左腕をムドウへと突き刺すように振り下ろす。
雷が腕の軌跡を追うように落ちる。
ムドウは目論見が外れたことを知り、忌々しげに吐き捨てると大きく後ろへと跳ぶ。
カエデの腕が地面へと当たり、続く落雷が土塊を吹き上げる。
カエデは立ち上がりながら左腕を腰の横へと構えると、ムドウへと突き出す。
炎の帯が伸びてムドウへと襲い掛かる。
それをムドウはやや背を反らして大きく息を吸い込むと、一気に吐き出す。
カエデの放った炎の帯は、ムドウが口より生み出した縦へと伸びる炎によって阻まれる。
その炎はすぐには消えず、暫くその場に留まり、徐々に威力を弱めていく。
その間に、ムドウはかなりの距離を開けると、カエデとの間に無数のモンスターを配置する。
そこへ、恭也が隣りに並び立ち、その後ろにベリオが立つ。

「どうやら、あの二人の前に相手にしなければならない奴らがいるみたいだな」

恭也の言葉に頷くカエデとベリオ。
そんな三人へとモンスターたちが一斉に襲い掛かる。





 § §





「美由希、一旦、さがりなさい」

魔法の合間に放たれた言葉に、しかし、美由希は首を小さく横へと振る。
その肩は大きく上下に動き、かなり疲れていることが分かる。
今、リリィから少し離れた所ではリコとナナシが休んでいる。
未亜がジャスティから矢を放ちながら、美由希へと声を掛ける。

「美由希ちゃん!」

「…まだ、まだ大丈夫だから。今、私が下がると前衛が居なくなるから駄目だよ」

「少しぐらいなら、大丈夫よ! ナナシが戻るまでぐらいなら、王国軍が何とかするわよ」

「そうだよ、美由希ちゃん。もうすぐナナシちゃんが前線に出るから。
 少しぐらいなら、押されても」

「駄目! ここを恭ちゃんに任されたんだもん。
 絶対にここは通さない!
 それに、ナナちゃんがすぐに前線に戻ってくるなら、それまでは私がここに居ても良いでしょう」

「でもっ…」

なおも何か言いかける未亜の肩に手を置き、リリィは首を横へと振る。

「言っても無駄よ。それに、あながち美由希の言う事も間違っていないわ。
 確かに今、美由希が抜けると戦線が下がるわ。大丈夫って言っているんだから、もう少し粘ってもらいましょう。
 大丈夫なのよね、美由希!」

「勿論だよ!」

言いながら美由希はセリティを振るう。
虎乱と呼ばれる乱撃で、手近に居たモンスターたちを次々に倒して行く。
鬼気迫る感じの美由希に、未亜は言葉を飲み込むと、打ち洩らしたモンスターへと矢を放つ。

「まだ大丈夫。絶対にここは通さない。そしたら、恭ちゃんもきっと認めてくれる、褒めてくれる」

離れた位置のモンスターの足元へと、左右の腕から飛針を投げてたたらを踏ませる。
その背後から向かって来ていたモンスターが、前のモンスターの背中にぶつかり、その後ろがまたぶつかり、
雪崩のように一部分が転ぶ。
その横を追い越すように進軍してきたモンスターの首が、不意に吹き飛ぶ。
先ほど投げられた飛針で転んだモンスターの背後にいたモンスターの高い位置に、
いつの間にか投擲された飛針が刺さっており、鋼糸が結ばれていた。
その間を通ったモンスターたちは、それぞれの身長に応じた個所を斬り飛ばされている。
大概は首が吹き飛んでいたが。
それに目もくれず向かって来るモンスターに、美由希の左手から飛針が飛び、右手のセリティが弧を描く。
その度にモンスターが倒れて行く。
左右の横手より同時に迫るモンスターに対し、右はセリティで、左は鋼糸でその腕を斬り飛ばし、前へと出る。
同時に、首を飛ばす。
僅かな時間に、美由希によって倒されたモンスターの数は優に数十を数え、美由希は尚も打ち倒していく。
疲れた状態でも、未だに機動を中心として常に動き回る美由希の動きに、流石のリリィも目を見張る。

「…流石に、あの恭也の弟子ね。
 あの師にして、あの弟子ありって事かしら」

「でも、ちょっと前に出過ぎなんじゃ…」

未亜の指摘通り、美由希は前に突出しており、周りには王国軍の兵士が一人も見えない。
元々、連携が取り辛いので連携などはしていなかったが。
兵士たちもモンスター相手には、善戦しているのだから、居ないのよりも居た方が楽なのは確かである。
だが、今の美由希の周りには兵士の姿は見えなかった。
そんな事を気にも止めず、美由希は動き続ける。
決して止まる事なく。自分の最大の武器である速さによる機動を最大限に生かすために。
美由希を孤立させないように、その動きを読み、未亜が必死で矢を放つ。
リリィも背後に回り込もうとしていたモンスターを魔法で打ち倒す。
荒い呼吸を繰り返しながら、美由希は尚もセリティを振り続ける。
あちこちに細かな傷を付けられ、軽く血を流しながらも戦う。
その背中に危ういものを感じながらも支援を続ける未亜の背後から、呑気な声が響く。

「ん〜、よく休んだですの〜。それじゃあ、ナナシはまたまた言ってくるですの〜」

「行ってくるよ、行ってくる!」

「…でも、ナナシさんなら、あながちそれも間違いではないです」

突っ込むリリィに、リコがそう告げる。
それもそのはずで、ナナシは最初、モンスターたちに向かって止まるように話し掛けていたのだから。

「いい、ナナシ。今度は、問答無用でやるのよ!」

「分かってるですの〜。これも全てはダーリンとの平和な生活のためですの〜」

「ナナシちゃん、美由希ちゃんと交代してあげて」

「分かってるですの♪」

未亜の言葉に頷くと、まるでスキップしそうな軽い感じでナナシは前線へと戻って行く。
その後姿を不安げに見詰めながら、リリィはリコと交代する。
リリィに代わり、今度はリコが援護するべく魔法を唱える。
その間にも、ナナシは包帯を鞭のようにして敵に叩きつけたり、足に巻きつけて引っ張ったりと、
意外と手際良くモンスターを倒しながら、美由希の元へと近づく。

「美由希ちゃん、交代ですの〜」

「まだ、大丈夫だから」

「でもでも。未亜ちゃんに言われて来たんですの」

「本当に大丈夫だから。それよりも、ナナちゃんはもう良いの?」

「はいですの! ナナシはもう、元気ですの」

「じゃあ、ここをお願い。私はあっちの押されている所に行くから」

「駄目ですの! 美由希ちゃんは休むんですの!」

いつになくきついナナシの言葉に美由希は一瞬だけ動きを止めるが、すぐに動き出す。
その背中へ、落ち着いた口調でナナシが語り掛ける。

「ここで無理をして、恭也くんが喜ぶかしら」

その言葉と、いつもとは違う口調に美由希が思わず振り返ると、ナナシは美由希の腕に包帯を巻いていく。

「恭也くんが今のあなたを見て、どう思うかしらね。
 こんな事、私が言わなくても、あなたなら分かるでしょう。
 誰よりも、一番長く恭也くんの傍にいたあなたなら」

「あっ…」

ナナシの言葉に、美由希は少し前の無茶な鍛錬を一人でしていた時の事を思い出す。
そっちに気を取られたのか、いつもとは違う感じのナナシには全く関心を見せることなく、
美由希はただ落ち込む。

「まただ。また、同じ事をする所だったんだ」

「もう落ち着いた?」

「…うん。もう大丈夫」

「そう」

美由希の顔を見て、ナナシも満足そうに小さく頷く。

「それじゃあ、美由希ちゃんさっさと休んでくださいですの〜」

「うん、ありがとうね、ナナちゃん。って、さっきまで話していたのはナナちゃんだよね」

「うーん、よく覚えてないですの〜」

「お、覚えてないって、ついさっきの事なのに」

「ナナシの頭はからっぽですから、すぐに忘れちゃうんですの〜。
 あ、でもでも、ダーリンや美由希ちゃんたちの事はわすれませんですの」

「……。うーん、まあ良いか。じゃあ、私は下がるから、後はお願いね」

「任されたですの〜」

「でも、もう少し下がった方が良いよ」

そう言うと、美由希は後方へと下がっていく。
勿論、その向かう先にモンスターが居れば、きっちりと倒して。

「美由希ちゃん!」

「ごめんね、未亜ちゃん、何か心配させちゃったみたいで」

「ううん」

「じゃあ、後はお願いね。少しだけ休ませてもらうから」

「うん、任せてよ」

さっきまでの雰囲気とは違い、いつもと同じ感じに戻った美由希に、
未亜はほっと胸を撫で下ろしながら、その胸を小さく叩く。
それに苦笑を浮かべつつ、美由希は後方で腰を降ろす。
先に休んでいたリリィは特に何も言わず、ただお疲れ様とだけ声を掛けてくる。
リリィなりの優しさだろうと気付くものの、美由希はそれには触れずに同じように返すのだった。





 § §





モンスターの左右へと散った恭也とカエデは、二人でモンスターを挟み込むようにモンスターを押し返す。
倒す事もあるが、どちらかと言えば、押し返す方が多い。
前のモンスターに押される形で、後ろのモンスターは下がるしか出来ずに下がる。
そのモンスターに押され、更に後ろのモンスターが下がり。
そんな感じで、恭也とカエデに挟まれたモンスターを基点に扇状に広がる。
そこへ、ベリオの鋭い声が響き、二人はその場から大きく離れる。
地面を抉りながら突き進んでくる光の槍に、直線上に居たモンスターたちは滅びる。
左右に広がって助かったモンスターの先頭へは、既に恭也とカエデが斬り掛かっており、
ベリオへと向かう事は出来ない。
徐々に中央へと押されていくモンスターたちの頭上から、光の球が落ちてくる。
それはモンスターの群れの中央へと落ちると、ドーム状に広がっていき、触れた者を焼き焦がす。
数十匹いたモンスターの数が、あっという間に数匹になる。
その残ったモンスターたちも、恭也とカエデの二人によってあっさりと倒される。

「全く役に立たない連中ですね」

「本当に役立たずだぜ」

その背後に庇われるように居たムドウとシェザルが、再び恭也たちの前に立ちはだかる。
先に動いたのはムドウで、ムドウは恭也とカエデの二人目掛けて巨刀を横へと薙ぐ。
それを後ろと上空へとそれぞれ躱しながら、恭也はルインを鞘に収める。
カエデは上空からクナイを降り注ぐ。
それをムドウが振り払っている間に懐へと入り込むと、ルインを抜刀する。
虎切と呼ばれる抜刀術がムドウへと届く前に、恭也は地面を蹴って横に飛ぶ。
先ほどまで恭也の居た位置を、何かが通り過ぎる。
シェザルが両手に持ったものを見て、恭也が小さく呟く。

「…銃だと」

シェザルは銃口を恭也へと向けると、引き金を引く。
吐き出される弾を恭也はルインで弾く。
流石にこれには驚いたのか、一瞬だけ動きを止めるシェザルだったが、続けて左右の銃を撃つ。
連続して起こる発砲音に対し、金属音が鳴る。
ルインで弾き、身を捻って躱し、全ての弾丸をやり過ごす。
流石にこれは予想外だったのか、僅かに後退するシェザル。
そこへ、ベリオの魔法が襲い掛かる。

「くっ。あくまでも、逆らうというのですね、ベリオ」

忌々しげに呟くシェザルに対し、もう一発魔法を放とうとしていたベリオの動きが止まる。

「ち、ちがっ。あた、アタシは…。逆らうなんて。……兄さ」

ベリオの異変の理由にすぐに気付く恭也に対し、シェザルは少し怪訝な顔を見せるものの、
ベリオへと銃口を向ける。
どうやら、シェザルはベリオのもう一つの人格の事は知らないらしく、
今のも何かの演技とでも思っているようだった。
一方、シェザルに銃口を向けられて驚愕の表情と、捨てられたような表情を見せるブラックパピヨンは、
必死にシェザルへと声を掛けようとする。
しかし、その声が発せられるよりも早く、銃口が火をふく。
ベリオに当たると思われた弾丸は、しかし、恭也のルインによって受け止められていた。

「しっかりしろ、パピヨン」

「うるさい! アンタの所為で兄さんに」

言い合う二人を見て、何かに気付いたのかシェザルが動きを止める。

「……パピヨン?」

「兄さん!」

二人の会話から拾った言葉を口にした途端、ベリオが反応を見せる。
その態度と口調から、シェザルは大まかな事を理解する。

「なるほど、そういう事か。なら、パピヨンよ、私の元へ来い」

言って手を差し伸べるシェザルの元へと、ふらふらとパピヨンは近づいていく。
その腕を恭也が掴んで止めると、鋭い眼差しで睨みつけてくる。

「離せ!」

「離せるか! ここで離したら、お前は向こうへと行ってしまうだろう」

「そうよ、当たり前でしょう」

「そんな事、させられない」

「良いから、離せ! どうせ、あんたが心配しているのは、ベリオの事なんでしょう。
 アタシの事なんてどうでも良いくせに!」

「そんな事あるか。お前もベリオも仲間だ」

「だったら、何でベリオばっかり見て、アタシを見てくれないのよ!」

「っ! そんなつもりはなかったんだが、結果としてそう思われていたのならすまない。
 だが、俺はベリオだけ見ているつもりはなかった。
 そもそも、パピヨンとベリオは同じ人物だと思っているから。
 だが、確かに別の人物として見ないといけなかったな」

「今更、遅いのよ」

「本当に遅いのか。確かに、俺も悪かったが、それならそれでちゃんと言ってくれれば。
 これからは、お前ももう少し表に出てこれるようにベリオにも言う。
 それでも、駄目か」

「っ!」

「パピヨン、早く来い」

シェザルの再度の呼び掛けに、パピヨンは困ったように恭也とシェザルを交互に見詰める。
その顔には葛藤が見え隠れしており、恭也は掴む腕を離すまいと少しだけ強く握る。

「私の元へと来れば、ベリオが二度と出てこないようにしてやるぞ」

その言葉にパピヨンはシェザルの方を凝視する。
その口が何かを紡ぐ前に、恭也の低い声がそれを遮る。

「それは、ベリオの人格を消すという事か」

「消す訳ではない。ただ、奥深くに封じ込めて出てこないようにするだけだ。
 そう、意識の奥深くにな」

「ふざけるな!」

矛先が自分に向いていないにも関わらず、傍に居るだけで思わず身体を振るわせるパピヨンとは対照的に、
恭也の怒りを受けても、シェザルは平然と構えている。

「ベリオもパピヨンも、二人で一人なんだ。
 どちらか一方が消えたり、出てこなくなったりするのは間違っているだろう!
 お前は、ベリオたちの兄のくせに、妹を、自分の妹を一人消すのか!」

「そうだ。それがどうかしたのか?
 ベリオは私に逆らおうとし、パピヨンは私に従おうとする。
 二つの意識を持ちながら、その体は一つ。ならば、どちらか一方を消すまで。
 その方が、パピヨンたちにとってもいいはずだ。
 表に出たいパピヨンと、罪の意識を常に持ち続け、そこから逃れたがっているベリオ。
 なら、そうする事が二人共を救う事になる。そうだろう、パピヨン、ベリオ」

「違う! 二人を一人に戻す事が、それが本当に救う事になるはずだ。
 どちらか一方を消すなんて、絶対にさせない!」

「何故、そこまで二人に拘る。お前には関係のない事だろう」

「ベリオもパピヨンも、両方とも大事だからに決まっているだろうが!」

シェザルの方へと向いているパピヨンの体を引き寄せながら、恭也が叫ぶ。

「もし仮に、ベリオもお前の方へと行く事を選んだのなら、どうするつもりなんだ」

「その時は、別にどうもしないさ。ベリオだろうがパピヨンだろうが同じことだからな」

「…じゃあ、ベリオがそっちでパピヨンがこっちに付こうとしていたら」

「聞くまでもないだろう。尤も、そんなもしもの話など意味はない。
 結局、ベリオの罪を認めてやれるのは、私だけなんだからな」

勝ち誇るように語るシェザルの言葉に、恭也の腕にいつの間にかしがみ付いていたパピヨンの体が強張る。
それを安心させるように、その肩を優しく叩くと、恭也はシェザルを睨む。

「罪がどうとか、そんな事はどうでも良い。ベリオはベリオ。パピヨンはパピヨンだ。
 どちらか一方が欠けても駄目なんだ。
 それに、二人がどんな罪を持っているのかは知らないが、そんな事は関係ない。
 二人とも仲間なんだ。その罪が何であれ、俺が許してやる。俺だけは味方でいてやる。
 いや、きっと美由希や未亜、リリィたちだって同じ事を言う筈だ。仲間なんだから」

後半はパピヨンに、その奥で眠っているベリオへと恭也は語る。
戸惑うパピヨンへと、恭也は更に続ける。

「だから、破滅側へと行くな。こっちに、俺の傍にいろ」

「……恭也」

パピヨンの顔を見て、シェザルはこれ以上言うのを諦めたのか、ナイフを投げる。
恭也の方を見ていて気付いていないパピヨンを抱き寄せると、逆の手に握ったルインでナイフを弾き飛ばす。
ナイフの軌道が自分を狙って放たれたものだと知り、パピヨンは信じられないような目をシェザルへと向ける。
そんなパピヨンをあやすように優しく背中を擦ってやる。
と、顔を持ち上げて恭也を見詰める。
暫くじっと恭也を見ていたかと思うと、瞳を閉じる。
シェザルを警戒しつつ、ベリオの様子を窺っていると、ゆっくりと瞼が開く。

「恭也くん」

「ベリオか」

「はい。あの子が交代してくれました」

「そうか」

「それと、ありがとうって。勿論、私からも」

ベリオの言葉に、恭也は小さく笑みを見せると、シェザルへと視線を転じる。
仮面の所為で表情こそ読み取れないが、苛立っているのは間違いないようだった。

「仕方あるまい。こうなれば、ここで殺すのみ」

言ってナイフを取り出すシェザルに、恭也はルインを、ベリオはユーフォニアを構える。
そんな二人をくだらなさそうに見遣ると、鼻を鳴らす。

「ふん。所詮、汚らわしく愚かな平民の血ということか」

「兄さん…?」

「もう私を兄と呼ぶな。お前は、どこぞの家から父さんが盗んできた子供だ」

「……えっ!?」

シェザルの言葉に驚愕の表情を張り付けて動きを止める。
そんなベリオの表情に仮面越しに満足そうな笑みを浮かべると、シェザルは続ける。

「父さんが娘欲しさに盗んだのが、お前だ。くくく。
 本来なら、お前が成熟した後、手足を切り取り美しい悲鳴を上げさせた横で語る予定だったんだがな。
 まあ、仕方ない。お前の手足を切り落とすのは、これからとしよう」

言って走り出すと同時に、例の十字刃を投げてくる。
それをルインで打ち払い、恭也はベリオを下がらせる。
同時に、カエデの方へと視線を転じれば、恭也たちが会話をしている間もずっとムドウとやり合っており、
軽く呼吸を乱していた。
対するムドウの方も、無傷という訳にはいかず、小さいながらも幾つかの傷を負っている。
その一瞬の隙を付くように、シェザルのナイフが飛び、先ほどとは違う種類の銃が火を噴く。
連続して放たれる銃弾の全てを躱しながら、恭也はベリオの傍まで下がると、耳打ちをする。
頷くベリオを見る暇も惜しむように、恭也はシェザルへと駆け出す。
シェザルも銃が恭也に通じないと悟ったのか、懐より無数の刃が円状になった環を取り出して投げる。
回転しながら迫るそれにも、鎖がついており、シェザルの操作によって軌道を変える。
右から肩めがけて十字刃が、左は足元へと環が迫る。
軽く前へと跳躍し、環の鎖へとルインを叩きつけて追撃を防ぎ、十字刃は身を屈めて躱す。
僅かに刃が肩へと当たり、服を、皮膚を斬り裂くが、恭也はそのままシェザルへと向かう。
ルインをニ刀とも鞘へと収め、抜刀する。
抜刀からの四連撃、薙旋がシェザルへと襲い掛かる。
一撃目は恭也の背後へと迫ってきていた十字刃を弾き、二撃目がシェザルの胴へと当たる。
固い金属音を立て、刃を弾く。
どうやら、腹に何か仕込んでいるらしく、それが盾代わりとなったようだった。
しかし、恭也の攻撃は止まらず、三撃目が同じ個所へと向かう。
徹を込めたソレは、衝撃を内部へと伝え、シェザルが膝を着く。
その頭上へと四撃目が迫るが、それをシェザルは手元の鎖で何とか受け止めると、
そで口に仕込んでいた銃を恭也へと向けて撃つ。
この近距離ならと思ったのも束の間、恭也はそれをしっかりと躱しており、ルインが首へと降りる。
地面を転がりながら躱して距離を開けたシェザルの元へ、ベリオが放った光の帯が迫る。
シェザルはそれを見て、大きくその場を跳躍し、奥の木々へと姿を隠す。
恭也はその帯の前に立ち、ルインを横へと払う。
同時に声を上げる。

「カエデ!」

恭也に突然呼ばれたカエデは、振り向くことも考えることもせず、切り結んでいたムドウの肩を蹴って離れる。
そこへ、恭也のルインで弾かれたベリオの光の帯が向かう。
行き成りの事に驚きつつも、回避行動を取るムドウへと、カエデのクナイが飛び、
それを打ち払うムドウへと恭也が迫る。
が、直前で大きく横へと跳ぶと、そのすぐ後ろに光の輪が。
横へと跳んだ恭也は、すぐさまムドウへと向かっており、逆側からはカエデが迫る。
逃げ場を後ろのみとされたムドウは、しかし、上へと飛ぶ。
それを読んでいたのか、恭也は鋼糸で足を絡めとると地面へと叩きつけるように振り下ろす。
鋼糸を巨刀で切断し、足から着地したムドウだったが、そこへベリオの光輪が襲い掛かる。

「ぐっ…、くっ」

身を捻ったものの、腹から血を流し手で押さえる。

「馬鹿野郎。シェザル、何してやがる!」

「すいませんね」

全然、反省していない声でシェザルが言ってくるが、その姿は見えない。
声も、森の中を反響して、居場所の特定が難しい。

「てめー」

「怒るのは自由ですが、私はここで引かせてもらいます」

「んだと!」

「あなたが残りたいというのなら、無理に止めませんよ。
 どうぞ、ご自由に」

「くっ。仕方ねえ。今日はここまでにしておくぜ」

「逃がさんでござる」

「あーははっははは。またな、救世主候補さま」

言ってムドウが腕を振ると、煙が立ち昇る。
その煙へと、恭也の飛針とカエデのクナイが飛ぶが手応えはなかった。

「どうやら、本当に逃げたみたいだな」

「くっ。後少しでござったのに」

「落ち着け、カエデ。確かに惜しかったが、あいつらはまだ本気じゃなかった。
 油断があったのか、単に話でもしたかったのか。どっちにしろ、いずれは闘うことになるんだ」

「…そうでござったな」

「ああ。その時は、冷静にな」

「分かっているでござる」

「そうか」

二人で話している所へとベリオがやって来て、二人に治癒魔法を掛ける。
その間に恭也は周囲を見渡す。

「無限召喚陣は、あの向こうか」

「多分、そうだと思います。あちらへと流れて行くマナが感じられますから。
 それに、マナが乱れている」

「そんな事まで分かるのか」

「恭也くんも分かっていたのでは?」

「いや、単に向こうから可笑しな気配とモンスターの気配を感じたから」

「その可笑しな気配というのが、多分、マナですよ」

「そうなのか」

「はい、終わりました」

「かたじけないでござる」

「いいえ、仲間ですから」

「そうでござるな」

ベリオの言葉に、カエデは一つ頷く。
シェザルとの会話を知らないカエデには、当たり前の事なのだろうが、恭也はそれを見て少し嬉しそうに笑う。

「どうかしたでござるか、師匠」

「いや。それじゃあ、さっさと行くか」

恭也の確認の言葉に二人は頷くと、無限召喚陣があると思われる方へと向かうのだった。





つづく




<あとがき>

まだまだ任務は続く。
美姫 「今回はベリオの過去ね」
おうさ。さーて、次回はいよいよ問題の召喚陣が登場……するはず。
美姫 「あのね」
あ、あははは。ともあれ、また次回で〜。
美姫 「はあぁぁ〜。こんな馬鹿ですが、次回も宜しくお願いしますね」
馬鹿は余計だと思う……。




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