『DUEL TRIANGLE』






第三十七章 一難去って、また一難





まるで廃墟かと見紛う風景が三人を出迎える。
焼け焦げた石に、無残にも崩れ去った家屋。
所々に木材が重なり、燻っている所もあれば、瓦礫が山となっている所もある。
時折見える黒焦げの物体は、恐らく人であったものであろう。
あまりの惨状に言葉をなくして歩く三人の前に、帰る場所を失った者たちが座り込んでいた。
中には、怪我をしている者もいるようで、時折、呻き声が聞こえてくる。
どうやら、怪我は一角に集まっているようだったが、
この状況下では、満足のいく手当ても受けられていないようだった。

「たった一撃で…」

その惨状を見て呟く恭也は、やりきれない顔を見せる。
カエデも同じような顔を見せる中、ベリオが怪我人の方へと小走りに向かう。
そのまましゃがみ込むと、一人の男性へと話し掛ける。

「少し見せてもらえませんか?」

「貴女様は?」

小さく呟きながら、力なく顔を上げる男性へとベリオは手を翳して魔法を掛ける。
治っていく怪我を呆然と見ていた男性は、怪我が治ると嬉しそうに周りの者へと声を掛ける。

「ありがとうございます。皆、僧侶様が怪我を治してくださったぞ」

その男の声を聞き、周りに居た者がベリオへと視線を向ける。
口々に救いを求めてくる怪我人に対し、ベリオは笑みを湛えて応じる。
何人も何人も、次々とやってくる者たちに、ベリオは魔法を唱えつづける。
しかし、怪我人は多く、ベリオもこれまでの戦闘での疲労もあり、その顔に疲れが見え始める。
それでも笑みを浮かべて人々に魔法をかけていくベリオの背後に、
いつの間にか居なくなっていた恭也が戻って来て肩に手を置く。

「あまり無理はするなよ」

「分かっています。でも…」

「何も、魔法で全てする必要はないだろう」

言って恭也は手に持った救急箱を持ち上げてみせる。

「さっき、そこから見つけてきた。もうすぐ、カエデも戻って来るはずだ」

ベリオにそう告げると、恭也はベリオの前に並ぶ者たちを見詰める。

「すまないが、ベリオも疲れてきている。
 軽い怪我なら、俺や後から来るカエデが普通に治療するから、それで我慢してくれ」

「恭也くん、私はまだ大丈夫ですから」

「それが、大丈夫って顔か。それに、ベリオにはまだ仕事がある。
 大きな怪我をした人には、ベリオの魔法が必要だからな。だから、今は休んでいろ」

恭也の言葉に、しかしベリオは困った顔を見せる。
そこへ、年老いた一人の男性が声を掛けてくる。

「そちらの方の仰る通りですよ、お嬢さん。
 後、ここに残っている者は、魔法を使うまでもない軽い怪我をした者ばかり。
 大丈夫ですよ」

その言葉に応じるように、周りからも賛成の声が上がる。
老人は恭也の手から救急箱を、今来たばかりのカエデの分と合わせて取ると、言葉を紡ぐ。

「それに、救世主様たちは、まだ闘わなければならいないでしょう。
 ここで、力を使わないでください。その代わり、破滅を。
 どうか、どうかお願いします」

頭を下げる老人に慌てて頭を上げさせるも、他の者も同じように頭を垂れている。
ふと、恭也は疑問を口にする。

「どうして、俺たちが救世主候補だと」

「さっき、他の救世主の方々があなた方を探しに来られましたので。
 その際に、特徴を聞いておったのです」

老人の言葉に、美由希たちの無事を知って胸を撫で下ろす。
しかし、ベリオは一人顔を曇らせて頭を下げる。

「ごめんなさい。私たちがもっとしっかりしていれば…」

「頭を上げてください。確かに、私たちも始めはそう思いました。
 恥ずかしい話ですが、皆、さっき申し上げた救世主さまたちが目の前に姿を見せた時には、
 八つ当たりのようにあたってしまいました。
 ですが、その際、救世主さまと一緒にいた男の子に言われたんですよ。
 どれだけ皆さんが命がけで戦っているのかと説教されまして。
 それで、皆、目を覚ましました。と、まあ、そんな訳でここはもう大丈夫ですから。
 それよりも、他の方と合流してくだされ」

老人の言葉に恭也たちは顔を見合わせると、頷いて恭也が話し始める。

「既に破滅との戦いは始まってしまった。今回の件からも分かるように、決して楽な戦いじゃない。
 勿論、俺たちも全力を尽くすけれど、それだけじゃ駄目だ。
 俺たちじゃなく、王国軍の騎士たち。それに、あなた方の助けも必要です。
 だから、あなた方も決して無理はしないでください」

恭也の言葉に頷く者たちに背を向け、三人は瓦礫の街を学園目指して歩き始める。
その足取りはさっきよりも幾分、軽くなっていた。
暫く歩いていると、カエデがニコニコと話し掛けてくる。

「師匠、格好良かったでござるよ〜」

「からかわないでくれ」

「いえ、カエデさんの言う通りですよ」

「ベリオまで」

照れる恭也に対し、カエデとベリオは顔を見合わせて小さく笑う。
と、不意にベリオが真面目な顔になる。

「私は、救世主になれると聞いて、すぐに返事をしました。
 勿論、正義の味方になるつもりはなくて、ただ、罪を償いたいという一心で。
 でも、今は純粋にああいった人たちを守りたい。今回のような事をもう起こしたくないって思います」

「そうか」

ベリオの言葉に静かに頷く恭也の横で、カエデは一人不思議そうに見詰め返す。

「罪でござるか? ベリオ殿が」

「ええ。私にも、兄と同じ汚らわしい血が流れていると思ってましたから」

「兄でござるか?」

「カエデ、それ以上は」

「あ、すまないでござる」

注意する恭也の言葉にカエデはすぐに謝るが、ベリオは小さく首を振る。

「いいえ、構いません。いずれ分かることです。
 あの時、無限召喚陣を破壊するときに立ち塞がった破滅の将の一人、凶刃のシェザル。
 彼が私の兄です。いえ、兄だった。実際には、血は繋がっていなかったみたいですが」

「そうでござったか」

ベリオの静かな口調に、カエデはしんみりと返す。
それから、ベリオは小さく笑うと、

「血は繋がっていませんけれど、やっぱり私の血は汚れているのかもしれません。
 それでも、今は罪を償うとかじゃなくて…」

パピヨンの事を言っているのか、そう口にしたベリオを恭也が止める。

「ベリオの血は汚れてなんかいない。大体、汚れている血というのは何だ?
 そんなのがある訳ないだろう。
 それに、もしそれがあいつの事を指しているんだったら、幾らベリオでも許さないぞ。
 ベリオがあいつの味方になってやらないと駄目だろう。勿論、俺だって味方になるが」

「そうでしたね。ごめんなさい。でも、別にそういう意味で言ったんではないんですよ。
 ただ、私が育ったのは…」

「ストップ。それ以上、繰り返さなくても良い。
 大体、それとベリオとは関係のない事だろう。知らなかったんだし」

「でもっ!」

パピヨンの事は振り切れたかと思っていたが、盗賊に育てられたと言う事まではまだ振り切れていなかったのか、
そんな事を言うベリオに恭也は頭を掻く。

「それを言うのなら、俺だって汚れた血という事になるぞ」

「恭也くんが!? そんな事はありません!」

「いや。俺の一族は、昔から護衛以外にも暗殺をしていた一族だからな。
 その所為で、あちこちで恨みを買って、遂には俺と美由希、叔母を残して滅んでしまった」

初めて聞く恭也の言葉に、ベリオだけでなくカエデまでもが言葉をなくす。
それに気付いたのか、恭也は小さく笑う。

「おまえ達が気にするな。それに、俺の一族は滅んだがかーさんや妹は居るしな」

「お母さんは、その一族の方ではないんですか?」

「ああ。因みに、妹というのも美由希とは別のだ。
 こっちは、俺たちみたいに剣はやっていない。
 ともあれ、ほら、俺の血も汚れているという事になるだろう」

恭也の言葉に、ベリオは他に言葉が浮かばずに黙り込む。

「でも、俺は汚れているとは思っていないがな。
 だから、ベリオもそんなに気にし過ぎるな」

「そうでござるよ。拙者の一族も忍で色々とやってきたでござる。
 それに、拙者自身も復讐する相手を探しに来たという業もあるでござるよ」

ベリオへと、カエデが自分の境遇を簡単に説明する。
それを聞き、ベリオは恥ずかしそうに顔を伏せる。

「恭也くんもカエデさんも強いですね。
 私、自分だけが辛い思いをしていると思って甘えていたのかもしれません」

「それはちょっと違うな。確かに、ベリオは辛い思いをしてきている。
 でも、それは他の者と比べても仕方がないんだ。
 当事者にしか、本当の所は分からないんだから。
 だから、別に甘えていた訳じゃないと思う。それよりも、もうあんな事は言うなよ」

「…はい。すぐには無理かもしれないけれど、これから頑張ります」

「そうか。なら、それで良い」

三人がお互いの信頼を強くした頃、ようやく学園が見えてくる。
外から見る限り、学園には変わった様子はなく、三人は思わず胸を撫で下ろす。
門へと向かった三人の前方から、こちらへと向かって来る人影が見える。

「あれは、美由希たちか?」

その影は信じられない速さで徐々に近づいてくると、そのまま恭也たちの頭上を飛び越えていく。

「あれは!」

その影が腕に抱えた人物を見て、恭也が驚きの声を上げる。
同時に今来た道を振り返り、その影を追う。
カエデとベリオも同様に駆け出す。
その後ろから、聞きなれた、久しぶりに聞く声が届く。

「恭ちゃん、クレア王女が!」

「分かっている!」

さっきの影が抱えていた人物、クレアを取り戻そうと恭也たちも走り出す。

「久しぶりの再会だってのに、ゆっくりもしてられないわね」

「でも、皆無事で良かった…」

「…未亜さん、まだ泣かないで」

「そうでござるよ、未亜殿。無事を喜ぶのは、クレア王女を取り戻してからでござる」

「でも、一体、どうしてクレア様を?」

ベリオの疑問に、先頭を走る恭也が答える。

「多分、魔導兵器の阻止だろう。前に言っていただろう。
 クレアだけが、魔導兵器を操れると。それより、結界が張られていないのは何故なんだ?
 それに、敵のあの攻撃は?」

「結界は、あの敵さんの攻撃のお陰でモンスターさんたちが居なくなったので、張らなかったんですの〜」

呑気な声に苦笑を洩らしつつ、恭也たちは遥か前方を走る影を追う。
そんな恭也の横へと並んだリコが、話し掛ける。

「あれは、移動要塞ガルガンチュアの攻撃です」

「ガルガンチュア?」

「はい。魔導兵器同様、古代兵器です」

「また厄介なもんが」

「恐らく、救世主の鎧が封印代わりになっていたのかも…」

「っ! だとしたら、それを破壊したせいで」

「さすがに気付きませんでした。かなり巧妙に隠されていたのでしょう。
 でも、それで分かりました。何故、鎧を破壊した後、すぐに引き上げたのか」

「ガルガンチュアを動かすためか」

「…はい。それでも、かなりの時間を要するはずです。
 しかも、その事に気付かれる可能性も。だから、時間を稼ぐために…」

「無限召喚陣による襲撃か」

恭也の言葉にリコは静かに頷く。

「もし、また同じ攻撃をされたら…」

「当面は大丈夫です。
 あれは撃つのに莫大なエネルギーを使いますから、次までにかなりの時間を必要とします」

「なるほど。だから、唯一対抗し得る古代兵器を操るクレアを攫ったんだな」

全てが繋がって納得する恭也の前から、影がどんどん離れて行く。
このままでは王都の外へと逃げられてしまうと焦る恭也たちの前で、影は既に王都の門を潜り抜ける。
その遥か前方に幾つかのモンスターの影が見える。

「完全には撤退してなかったのか!」

舌打ちする恭也の耳に、王都の騒ぎが聞こえてくる。
どうやら、王都にもモンスターが入り込んで暴れているようだ。

「見張りは何しているのよ!」

思わず怒鳴るリリィだったが、その見張りは門の傍で倒れていた。
街に侵入したモンスターの数はそれほど多くはないらしく、王国軍の騎士たちも出てきて鎮圧に当たっている事から、
恭也たちは揃って門の外へと飛び出す。
が、影は丁度、橋の終わりに差し掛かっており、そこからこちらへと何かを投げる。
火のついたソレが橋の中央へと落ちた瞬間、急に火花が起こり、次いで音を立てて橋が崩れ始める。
橋に細工をしていたらしく、恭也たちは橋の前で呆然となる。
背後の王都からは、市民の声が聞こえてくる。
それを聞きながら、崩壊を始める石橋を前に、恭也はすぐさま決断を下す。

「リリィたちは、市民の非難とモンスターの殲滅を手伝ってくれ」

「何言ってるのよ! それじゃあ、外に居るモンスターはどうするのよ!」

「どっちにしろ、ここが壊れれば奴らだって渡っては来れないだろう」

「でも、クレア様が」

連れ去られるクレアを思いベリオが顔を曇らせる。
そんなベリオへと小さく笑みを見せる。

「ちゃんと連れ戻してくる。美由希、行くぞ」

既に恭也の考えていることを理解していた美由希は、それを聞いても問い返すこともなく、ただ頷く。
逆に他の者が困惑した顔を見せる中、カエデが真っ先に尋ねる。

「師匠、行くと言われても、ここももう持たないでござるよ」

「問題ない。だから、お前たちはお前たちができる事をしてくれ。
 時間がないから、説明している暇はないんだ」

言うと恭也は一秒でも惜しいと駆け出す。
その後ろを美由希も駆ける。
二人の後を追おうとするカエデたちの前で、二人の走り抜けた衝撃で更なる亀裂が走り、カエデたちは足を止める。
崩壊を始める橋の上、恭也と美由希は崩れていく橋の欠片を蹴って駆ける。
しかし、崩壊の方が早く、二人の行く先の橋は既に崩れ始めている。
橋としての形を失い、岩くれとなって落ちる石塊へと恭也と美由希が飛び移る。
同時に二人の姿が消える。

「消えた!?」

「まさか、落ちたんじゃ…」

リリィの言葉に顔を青くさせて狼狽えるベリオ。
しかし、カエデが何かに気付き、一点を指差す。

「あそこでござるよ」

カエデが指した先、そこに恭也と美由希の姿があった。
二人は崩れ落ちる岩の一つにその身を置いて、今まさに次の岩に飛び移ろうとしていた。

「無理でござる。幾らあのお二人でも、今からあっちに飛び移るのは…」

気付いたカエデが叫ぶ中、二人の姿がまた消える。
数瞬後、二人が飛び移ろうとしていた岩に土埃が舞う。
まるで、見えない誰かがそこを蹴ったかのように。
驚くリリィたちの前で、二人の姿が再び現れる。
その場所は、先程飛び移ろうとしていた岩よりも前方に現れており、リリィが驚愕の表情を見せる。

「まさか、テレポート!? 二人とも、魔法は使えないんじゃ…」

「でも、テレポートするのなら、最初から向こうへと渡っていれば」

「…違います。魔法を使った形跡は見られません。
 それに、魔法を使う際のタイムラグが生じてません」

ベリオの疑問を遮るようにリコが淡々と告げる。
それじゃあ、あれは、と驚く一同の中、カエデが先に真相に気付く。

「師匠も美由希殿も、単純に走ったり、跳んだりしているだけでござるよ。
 ただ、その動きがあまりにも早いため、拙者たちには消えたように見えるだけでござる。
 その証拠に、二人が通ったと思える形跡が…」

カエデの言う通り、二人の姿が消えた後、岩から岩へと見えない何かが高速で通ったかのように土埃が舞っている。
それを順に辿っていった先に、二人の姿が再び現れる。

「あれも召還器の力なの…?」

呆然と呟くリリィに、カエデが首を振る。

「分からないでござる。しかし、師匠が美由希殿を選んだことを考えると、
 あれは師匠たちが使う流派の技という可能性もあるでござる」

「そんな事よりも、クレア様の事は恭也くんたちに任せて、私たちは街の中を!」

ベリオの言葉に全員がはっとなると、すぐさま街中へと繰り出すのだった。

破滅との戦いが始まった長い一日は、まだ終わりを見せない。





つづく




<あとがき>

ってな訳で、皆と無事に合流〜。
美姫 「で、すぐに離れ離れ」
まだまだ今日は終わらない。
美姫 「攫われたクレアに、侵入された王都」
一体、どうなる!?
美姫 「ってな感じで、また次回〜」




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