『DUEL TRIANGLE』






第三十八章 追う者、追われる者





幸い、街に現れたモンスターたちは統制も何も取れておらず、
その上数も大した事はなかったので、王国軍だけでも充分に対応できていた。
そこへ、リリィたちが加わった事もあり、街の被害は全くと言って良いほど広がる事はなかった。

「…陽動が目的」

リコの言葉が示す通り、連中の狙いは初めからクレアだったのだろう。
街に居るモンスターたちは、ただ捨て駒として利用されただけ。
それが分かっていても放っておく事もできない。
周辺のモンスターを倒したリリィたちの耳に、小さな女の子の悲鳴が届く。

「お母さん! おかーさん!」

見れば、瓦礫と化した道の先で、モンスターの一団が一人の女性を組み伏していた。
その傍で泣き喚く少女へと、モンスター凶器が振り下ろされようとしている。
その凶器を持つ腕に、未亜が放った矢が突き刺さり、仰け反った所へとリリィの炎が襲い掛かる。
ようやくモンスターがこちらの存在に気付いた時には、カエデとナナシが駆け寄っており、
女性を押さえていたモンスターを蹴散らしていた。
ナナシは真っ先に子供を保護すると、子供を襲おうとしていたモンスターの身体を包帯で投げ飛ばす。
女性を助けたカエデがその場を飛び退くと、そこへリコの召喚した隕石が落ちる。
こうしてモンスター全てを倒したカエデたちは、親子の無事を確認する。

「大丈夫でござったか?」

「はい、ありがとうございます」

礼を述べる母親へと、娘が泣きながら抱き付く。
安心させるように優しく撫でてあげる母親の姿に、全員からほっとした吐息が零れる。
泣いていた女の子は、母親から離れると改めて未亜たちに顔を向ける。
泣いた後の真っ赤な目のまま、それでも笑顔を見せる女の子に、リリィたちも僅かに口元を綻ばせる。

「救世主様、ありがとー」

精一杯の礼をする少女に小さく応えると、ベリオたちは親子を安全な場所へと避難させるのだった。





 § §





崩れていく橋を渡り終えた恭也と美由希は、眼前に立ち塞がるモンスターの群れへとそのまま突っ込んで行く。
モンスターたちもまさか、壊れた橋を渡ってくるとは思っていなかったのか、
全く無警戒で、大半はこちらへと背を向けていた。
その群れの中を、一つの風と化した恭也と美由希が駆け抜ける。
黒き一陣の暴風が吹き抜けた後に残るのは、倒れ伏したモンスターたちのみ。
遠巻きに様子を見ていたものたちの中にも、腕や目などに飛針や小刀を受けて傷付いていたり、
風刃や雷によって傷を負わされていたりする。
しかし、それを成した当人たちは、傷付いたものたちには目もくれず、ただその中を駆け抜けていく。
その前方を走る一つの影のみを、ただその目に映し。
その影が、ガルガンチュアによって荒野と化した中を駆け抜ける。
淡い月光に照らされて蒼く輝く髪が闇夜に踊る。

「あれは…」

小さく呟いた美由希の横を走りながら、恭也がそちらへと顔を向ける。
恭也へと顔を一度向けると、美由希は再び前方の影へと視線を転じる。

「多分、破滅の将の一人だよ」

「前におまえ達がやりあったという奴か」

「うん。剣を矢として撃ってくる攻撃をしてくる。かなり強いよ」

「かと言って、引き返す訳にもいかないからな」

恭也の言葉に頷く美由希へ、恭也は指を何回か動かす。
それを見た美由希は、恭也から離れるように走り出す。
恭也は真っ直ぐに目の前の影――メイを追い、美由希は横から回り込むようにして迫る。
メイも自分を追ってくる人物に気付いているが、振り切れるかと走り続ける。
が、その距離が縮まっている事に気付き、引き離すのは無理と悟ったのか、振り向きざまに剣を投擲する。
迫る剣をルインで払い飛ばす恭也へと、立ち止まりクレアを降ろしたメイは弓を構える。
二本の剣を顕現させ、恭也と横から来る美由希へと連続して放つ。
二人はそれを軽く躱しながらもメイへと迫る。
メイはクレアを再び抱えると後ろへと跳躍して距離を稼ぐ。
以前とは比べものにならないぐらいに速さを増した美由希と、
初めて相対する恭也の力量を見て、自身の不利を悟る。
メイが攻撃をするためには両手が必要となるが、それにはクレアを降ろさなければならない。
そうすると、今度は移動が出来なくなる。
弓を地面へと突き刺して、片手で射るという事も出来るメイだが、
そうなるとニ方向への射撃はどうしてもタイムラグが生じてしまう。
その隙を、目の前の二人は絶対に逃さないだろう。
メイは咄嗟にそこまでを考えると、やはり逃げの一手しかないと背を向けて駆け出す。

(せめて、セレナが居てくれたら…。
 背後から迫る男の救世主候補、名前は確か恭也さんと言ったかしら。
 確かに、ロベリアさんやイムニティさんが気にいるだけの事はある。
 それに、あの子も…。前とは動きも何もかもが違う)

斜め後ろより迫る美由希を感じながら、メイは前回の美由希と比較する。
あれから鍛錬を積んで更に強くなったのだとしても、その上達の速度は最早、才能といっても良いだろう。
それに、今の美由希は以前よりも内面が強く感じるのだ。
それは恐らく、共に戦っている恭也という青年が関係しているのだろう。
そこまで分析した所で、結局は自身が不利と分かる材料が増えただけなので止める。
今重要なのは、如何にこの状況を切り抜けるかという事。
クレアを人質にするという案は、恐らく通じないだろう。
こちらがクレアを攫う以上、無傷で捕まえたいと思っている事は分かっているはずだから。
となると、このまま逃げ切るか、完全にやりあうかのどちらかしかない。
メイはクレアを肩へと担ぐと、弓と天へと掲げる。
莫大な魔力を弦を引き絞る右腕に集めると、振り向きざまに打ち放つ。

「降りしきれ、無尽の刃!」

放たれた光は幾つにも分散して天へと消える。
直後、天より剣が次々と地へと目掛けて降り注ぐ。
その全てに魔力が篭っているのか、ぼんやりと刀身を緑色の光が包み込んでいる。
狙いなどなく、辺り一体に降り注ぐ剣の雨、雨、雨。
それらを弾き、躱ししながら迫る恭也たち。
しかし、その速度は当然ながら先程よりも落ちる。
それを確認する事もなく、メイは技を放った直後には走りだしていた。
肩で大きく上下させて荒く呼吸を繰り返している所を見ると、かなり魔力を消耗したようではある。
それでも、降り注ぐ剣の対応をしながら走る恭也たちよりは早く、その距離が開き始める。

「恭ちゃん! 防御は私がするから、恭ちゃんは疾風剣を!」

恭也の傍にやって来た美由希が叫ぶが、恭也は首を傾げる。

「何だ、その疾風剣ってのは」

「えっ!? 何って、恭ちゃんが出してた、あの黒い斬撃だけど」

「勝手に変な名前を…」

「変って何よ!? だって、技の名前がないと、皆と対策を考えているときに困るんだもん」

「皆? それに対策って」

呑気に話している場合ではないのだが、美由希は恭也がいる所為でか、以前よりも余裕な態度で応える。

「皆は皆だよ。救世主クラス皆。
 対策っていうのは、勿論、恭ちゃんに勝つための。それと、連携する際のね」

「だからって、俺の知らないところで勝手に名前を付けられて、しかもそれを撃てと言われても分かるか」

「あはは。それもそうだったね。
 あ、因みに、今のネーミングはカエデさんだからね」

「……カエデといい、お前といい。俺の弟子はこんなのばっかりか」

「むう」

恭也の言葉に拗ねてみせながらも、美由希はセリティで天より振る剣を叩き落す。
これ以上言うよりも、行動しようと恭也は右手のルインを左肩へと担ぐように構えて振り下ろす。
真っ直ぐにメイへと飛んでいく斬撃を眺めながら、美由希がああー、と声を上げる。

「どうした!?」

「どうして、技の名前を叫ばないのよ!」

「阿保か、お前は。魔法と違って、名前を言わなくても撃てるからに決まっているだろうが」

「うぅ、お約束が分かってないよ、恭ちゃん」

「そんな約束はいらん」

そんな無駄口を叩きながら、いや、叩いていないと、いつ終わるか分からない攻撃に不安に募ってくるのだ。
だからこそ、美由希は必要以上に話し掛ける。
そして、恭也もそれが分かっているからこそ、わざわざ美由希に一々応えてやる。
たったそれだけ、恭也の声を聞き、傍に居る事が分かるだけで、
美由希は自分の心が平静を取り戻し、不安がなくなり、もの凄く冷静になる事が出来ると感じる。
こっちへ来てから何度か実戦を経験したが、考える暇もなくただ必死にやっていたら終わっていた。
そんな感じだった今までに比べ、大きな戦争というものをその身で感じて、美由希は不安を募らせていたのだ。
しかも、恭也と離れる事が多い最近では特に。
だからこそ、恭也も美由希の無駄口へと付き合ってやるのだった。
この辺りが、メイが分析した恭也がいる事に対する美由希の変化なのかもしれない。
ともあれ、恭也の放った斬撃を察知したメイは咄嗟に横へと跳んで躱す。
まさかクレアがこちらの手の内にあるうちは、
思い切った攻撃をしてくるはずがないと思っていたメイは、驚愕しつつも躱す。
よほどクレアに当てないという自信があるのか、それとも、メイがクレアを庇うと思っているのか。
もしくは、何も考えていないのか。

「って、クレアに当たったらどうするつもりだ!」

「撃ってから言わないでよ。えっと、ほら、あれよ、あれ!
 私の事は言いから、構わずに撃ってとか何とか」

「って、それは本人が言う事だろうが! 第三者のお前が言うな、お前が!」

「じゃ、じゃあ、大丈夫! 恭ちゃんなら絶対に当てないって信じていたから!」

「じゃあってのは何だ、じゃあってのは! それに、結局は人頼みで、作戦も何もないじゃないか」

そんなやり取りが聞こえてきて、メイは思わず脱力しかける。

(単なる馬鹿だったの……)

そう呆れ掛けるメイだったが、チラリと背後を見てその考えを改める。
二人の目や顔は声とは打って変わって真剣そのもので、頭上より今もなお降り注ぐ剣を叩き落している。
あれだけの軽口を叩きながらも、手は、足は別人のように動いているのである。
そして、二人のあの目。
それを見て、メイはさっきの考えを改める。
口ではああ言っているが、実際にはクレアに当てないという絶対の自信が二人ともにあったのだ。
何故、あんな軽口を叩き合っているのかは分からないが。
メイは天を見上げ、そろそろ攻撃が止まる事を感じると、クレアをしっかりと抱きなおして走る速度を上げる。
が、それよりも先に二人が剣が降り注ぐ地帯から抜け出る。
気付いたときには遅く、メイの足元目掛けて何やら細長いものが飛んでくる。
夜目の利くメイには、それが針のようなものだと映る。
それが足元の地面に突き刺さるが、メイはそれに怯む事無くしっかりと地を蹴る。
このままでは追いつかれると判断したメイは、仕方なく立ち止まりクレアを地面へと横たえると、
再び恭也たちと対峙する。
静かに弓を構え、その手に三本の剣を生み出す。

「吼えてっ、三霊!」

放たれた三つの剣は、炎を、雷を、氷を纏い、吐き出して迫る。
それを弾く二人へと、更なる攻撃が襲い掛かる。
二メートルを超える剣が飛んでくる。
これを二人は左右へと跳んで躱す。
メイと恭也たちの距離は、ざっと5、6メートルまで詰まっていた。
自分の判断ミスを悟った時には遅く、もうすぐそこまでに迫っていた。
それも、さっきの攻撃で左右に分かれる形で。
一瞬だけ、クレアをつれて距離を取るかどうか悩み、二人から視線を逸らしてしまう。
それが、最大のミスだとは気付かずに。
通常なら、大きな隙にはならない程の一瞬。
だけれど、この距離は二人にしてみれば、その一瞬で事足りる距離。
メイが僅かに視線をそらした瞬間、恭也と美由希は神速の領域へと踏み込む。
モノクロームに変わる中、恭也はメイに、美由希はクレア目掛けて走る。
一方のメイは、自分が一瞬だけ目を逸らした瞬間に二人の姿が消えて驚愕する。
が、そこは戦士としての勘か、咄嗟にその場を飛び退く。
ただし、クレアを抱える事までは出来なかったが。
腕を浅く切り裂かれつつも、恭也の攻撃を躱したメイは更に距離を開ける。
既にクレアを取り戻された以上、下手に距離を縮めるのは命取りだと悟り。
メイの前に姿を見せた恭也と美由希は、しっかりとメイを見据える。
弓を構えるメイに対し、恭也は静かにルインを構える。
美由希はクレアを抱いて離れた場所へと移る。
静かに睨み合う両者のうち、メイが先に動く。
放たれた剣を恭也は最小限の動きだけで躱し、メイへと肉薄する。
矢による迎撃が不可能と悟ったメイは、手に生み出した小振りの短刀でルインを受け止める。
切り結ぶ事数合、短刀を弾き飛ばされたメイは、しかし慌てる事無く刀身の細くて長いレイピアを手に握る。

「まさか、ブレイズまで使う事になるなんて」

呟きと共に繰り出される高速の突き。
ルインで受け止めるが、そこに音が重なるように五回響く。
一瞬で五連撃放ったのだと気づく頃には、恭也の身体は後ろへと流れていた。
一撃は弱くても、それが一箇所に五回。
しかも、一撃ごとにその威力を上げる突きを放たれる。
両足で踏ん張って止まると、恭也は目の前のメイを見る。

「まさか、それは召還器か…。
 いや、さっきから矢として放っているのも、もしかして…」

恭也の言葉に後ろで美由希が息を飲むのが分かる。
対するメイは、少し寂しげに目を伏せて自嘲気味に笑うだけ。

「残念だけれど、王女の奪還は諦めるわ。
 そろそろセレナが起きる頃だから。あの子は私以外の言う事は聞かないの。
 今ごろ、ロベリアさんたちも困っているだろうし」

言うや、メイはブレイズを仕舞いこむと再び弓を構える。
その狙いを恭也へと定め、ゆっくりと下へとずらして射る。
メイから放たれた槍が恭也の少し前の地面へと突き刺さると、隆起したように地面が天へと伸びる。
まるで、槍と化したかのように先端を鋭くさせて。
一緒に巻き上げられた岩石が、空より落ちる。
それらが収まる頃には、メイの姿は遥か彼方まで離れていた。
恭也は小さく息を吐き出すと、ルインを仕舞い込む。

「クレアは無事か?」

「うん、何処も怪我はしてないよ。
 それよりも恭ちゃん。さっき言ってた、あの人の武器が召還器って」

「いや、多分そうじゃないかって思っただけだ。
 結局、答えてはくれなかったがな。召還器だとしたら、何故あんなにもたくさんの、という疑問も出てくるし」

「あの弓が召還器で、あの武器の能力って事は?」

「分からん。まあ、ここで論じてても仕方ないしな。
 それよりも、戻るぞ。美由希、クレアを乗せてくれ」

言ってしゃがみ込む恭也の背中に、美由希はクレアをそっと乗せる。
こうして三人は、王都への帰路へと着く。

「ところで恭ちゃん。王都へと続く橋が壊れたんだけれど、どうやって帰れば良いんだろうね」

「壊れたのは正門だけだから、他の所から入れば問題ないだろう」

「あ、そうか」

そんな取り留めない事を話しながら歩いていると、背中のクレアが目を覚ます。

「お目覚めか、クレア」

「……ううぅん。恭也、か? ここは?
 確か、私は変な奴に…。っ! そうだ、攫われたはず!」

「クレア王女、落ち着いてください。
 私と恭ちゃんで助け出した後ですから」

「そうじゃったか。助かった、二人とも」

クレアの言葉に首を振って答える恭也と美由希。
そんな二人に、クレアは続ける。

「助けてもらって早速だが、救世主たちにはまた新たな任務を言い渡す事になると思う」

「新しい任務?」

「そうじゃ。私をレベリオンのある所まで連れて行くという任務じゃ」

「レベリオン……」

クレアの言葉を噛み締めるように呟く恭也に、クレアはその背中で頷いてみせる。

「そうじゃ。敵のガルガンチュアを破壊するために。
 どうやら、連中のガルガンチュアは完全には復活しておらぬ様子。
 完全に復活しておれば、既に次の砲撃が始まっても良い頃じゃからな」

言って遥か上空の小さな影を見遣る。
ようやく、恭也たちもその影に気付いたのか、それを目を細めて見上げる。

「まさか、あれがそうなのか」

「そうじゃ。空中移動要塞ガルガンチュア。
 あれをレベリオンで落とす!」

他に比較するものが何もない荒野にあって、あれとの距離も大きさも判断できないが、
城らしき建物が上に乗っているという事は、それなりの大きさなのだろう。
その事に言葉をなくす美由希に対し、恭也はただ静かにそれを見詰める。

「とりあえずは、あれを落とさない事には攻める事は出来ない、か」

「その通りじゃ。できれば、あまり使いたくはないが、ことここに至っては仕方あるまい」

三人は言葉もなく、ただ遠方に見える影を見上げるのだった。





つづく




<あとがき>

まだまだ終わらない攻防。
美姫 「ガルガンチュアも影だけとはいえ出てきたわね」
さてさて、今回も色々とあったけれど。
美姫 「シリアス……かしら? 途中が」
あははは〜。まあまあ。
美姫 「それに、何か謎らしきものまで」
ふっふっふ。
ともあれ、また次回!
美姫 「それじゃ〜ね〜」




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