『DUEL TRIANGLE』






第四十章 気付けば、そこは…





王城の謁見の間では慌しく人が出入りを繰り返す。

「まだか! まだ、救世主候補たちの行方は分からんのか!」

玉座に横に立ちながら同じ事を何度も繰り返す騎士。
その騎士を落ち着かせるように、一人の女騎士が肩に手を置く。

「カグラ、落ち着いて」

「分かっているが…。しかし、クレシーダ王女まで一緒にいないのでは…」

カグラとメルは、レベリオンが発射された直後に、ガルガンチュアへと当たるのを目撃した。
しかし、それを知っていたのか、移動を開始していたガルガンチュアの動力部は打ち抜けず、
未だにかの要塞は空へと浮いたままであった。
唯一の救いは、あのガルガンチュアから発せられた主砲部分がレベリオンによって撃ち抜かれており、
あの大地をも殲滅するような攻撃は撃てないという事だろうか。
それでも、かなりの成果ではある。
何せ、向こうの攻撃方法を奪ったのだから。
後は、再びマナを充填し、二撃目を撃つだけである。
しかし、いつまで経っても二撃目は発射されず、
カグラとメイ、ミュリエルの三人はレベリオンの間へと向かったのだ。
何故か、その場所へと通じる道をミュリエルが知っており、学園の地下より向かった一行が目にしたのは、
壊れたレベリオンと、誰も居ないがらんとした部屋だった。
すぐさまミュリエルが調べると、魔力の暴走により壊れたらしいと分かる。
敵の主力を破壊するも、こちらも決戦兵器が壊れたということは、痛み分けである。
しかも、敵のガルガンチュアは未だに健在で、攻撃手段こそ無くしたものの、
空に浮いているというだけで、要塞として防御面だけはしっかりと保っている事となる。
残った魔力の残滓から、ミュリエルはすぐにここであった事を推測する。

「恐らく、破滅の者が居たのか、襲ってきたのか…。
 どちらにせよ、壁や床にできている穴などから、戦闘があった事は確かだと思います」

「まさか、破滅に攫われたのか!?」

ミュリエルの言葉にカグラがいきり立つが、メルが静かにそれを諌める。

「落ち着きなさい、カグラ。クレア王女を攫うのなら、その目的はレベリオンよ。
 そのレベリオンがこんな状態では、攫う意味がないわ。
 恭也くんたち救世主候補となれば、その身柄は確保よりも消滅を望むはず。
 なら、ここに死体がない以上、破滅にどうこうされたという事ではないはずよ」

「メルさんの言う通りです。
 恐らく、レベリオンの強制搾取が始まるまでにこの部屋を出れなかったのではないかと」

「その根拠は何ですか、ミュリエル学園長」

「さっき調べたおり、かなり弱くなってましたが、逆召喚をしたと思われる形跡がありました。
 恐らく、強制搾取から逃れるためではないかと。
 そして、その際に思った以上の魔力が溢れ、レベリオンの強制搾取と反応。
 結果、本来なら安全なはずの殿下までも逆召喚の対象となったのではないかと」

ミュリエルは壊れたレベリオンの残骸に手を着くと、それをじっと見上げる。

「これも予測ですが、制御者である殿下が居なくなった事により、
 第一射を放った後に残ったマナが制御を失って暴走。結果、レベリオンが壊れたのではないかと。
 この破壊跡は、内側からのもので、外側からによる物理的な形跡はありませんから」

ミュリエルが指差す先を見て、メルとカグラも同じ意見を抱く。
それにしても、自分の娘の安否も分からずに不安だろうに、冷静に分析をするミュリエルに、
二人はある種、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
冷たいのではなく、何かしていないと落ち着かないのだろう。
自分たちの心境もそうであるが故に、ミュリエルの気持ちも分かる二人だった。
その上で、何かをする以上は成果を出そうと、その為に冷静に現状を分析する。
そんなミュリエルだからこそ、クレアも学園を任せたのだろう。
改めてクレアの人を見る目に感心しつつも、カグラは最も気になることを尋ねる。

「それで、クレシーダ王女や恭也さんたちは」

個人名が出た事に訝しむが、二人がクレアの側近だと思い出し、知っていても可笑しくはないかと思う。
それよりも、カグラの言う通り、何処へと行ったのかだが……。

「短時間であの人数を逆召喚するとなると、事前に準備もしてなかったでしょうから、
 特定の位置へと繋がるアンカーがないですね。
 となると、この場から離れる事を優先として、行き先も決める暇もなく…、ですね」

考えを口に出して纏めながら、ミュリエルは考えを巡らせる。

「…多分、本人たちも何処へと出るのかは分かっていなかったと思います」

結局は、そこへと辿り着くのである。
逆召喚で場所を定める時間があったのなら、絶対に学園や王都の近くに出るはずなのだから。
そうなると、一体どこへ行ったのかは分からない。
この付近なら良いが、もし、ガルガンチュアの中や、
既に破滅のモンスターによって占拠された村などに出ようものなら。

その可能性をミュリエルに改めて言われ、カグラとメルは急いで情報を集める事にする。

「待ってください。出来れば、この事は極秘で。
 救世主候補がこの時点で行方不明というのは、士気にも関わりますし、国民の不安にも繋がりかねません。
 勿論、殿下の存在も同様です」

「…分かった。信用のおける者少数でことに当たらせる。
 ミュリエル学園長の心遣いに感謝します」

「いえ。私もこの国の一人です。破滅には何としても勝たなくてはいけませんから。
 救世主クラスの子たちの探索には、学園の者たちも使います」

「頼みます」

メルと揃って頭を下げるカグラ。
それに小さく頷いて応えると、三人は行動に移るべくその場を後にするのだった。





 § §





ゆっくりと意識が浮上していった恭也は、自分が地面に倒れている事を知る。

「ここは……。そうか、リコの逆召喚で…」

ぼんやりと意識を失う前の事を思い出した恭也は、ここが何処なのか辺りを見る。
背中に伝わる感覚から、どうやら草の上に居る事は分かる。
辺りを木々に囲まれ、薄暗い所為で時間までは分からない。
だが、夕方や夜という事はないようだった。
木々の量、視界を遮る枝、そこから微かに入ってくる陽光。
それらから考え、恭也は今が早朝、日が昇って少し経ったぐらいの時間だろうと当たりをつける。
ぼんやりと空を見上げていた恭也は、次第に感覚がはっきりと戻って来るのを感じる。
ようやく、倦怠感は残るものの体を起こした恭也は、自分の手が何かを握っている事に気付く。
見れば、左手をしっかり掴むリリィの姿があった。
どうやら、リリィはまだ気を失っているようで、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
これで気が付いていようものなら、何を言われる事か。
とりあえず、一人とはいえ仲間が傍に居る事に安堵し、目を覚ます前に手を離そうとするが、
リリィの固く握られた手を解こうと右手を動かそうとして、そちらも誰かに握られているのに気付く。
今まで気付かなかった事に苦笑しつつ、そちらへと顔を向ける。

「……誰だ」

そこには、見知らぬ女性が横たわっていた。
年の頃は恭也と同じぐらい。
次いで、武器を所持していないか確認しようとした所で、恭也は困ったように視線をそらす。
それも道理で、その女性の格好に問題があった。
服を着ているのは着ているのだが、申し訳程度に程よい大きさの胸を隠す程度。
スカートなどは太ももが顕になるほどに短く、足の付け根付近が見えなくもない。
目のやり場に困っている恭也へと、事態は更なる悪化を見せる。
小さな呻き声を洩らし、リリィが目覚めたのだ。
その事に気付いた恭也は、今の現状を忘れて、安否を気遣うようにリリィへと声を掛ける。

「大丈夫か、リリィ」

「……んっ。恭也……?」

「ああ」

「えっと……。確かリコの逆召喚で」

「ああ。どうやら、俺とリリィは一緒の場所に転移されたみたいだな」

「そう。じゃあ、他の皆は?」

「分からん。俺もさっき目覚めたばかりだからな。
 とりあえず、大丈夫か?」

「ええ。……っ!」

恭也の言葉に返事を返しつつ、ゆっくりと身体を起こしたリリィは、
自分が恭也の手を握っている事に気付き、慌てて手を離す。
顔を紅潮させて俯くリリィに、怒鳴られると思っていた恭也はほっと胸を撫で下ろす。
チラチラと恭也の顔を見詰めては逸らすという事を繰り返し、ようやく口を開きかえたその時、
リリィは恭也の向こう側にまだ誰か居る事に気付く。
そちらを覗き込み、リリィは目を吊り上げると座ったまま後退りし、マントで身体を隠す。

「あ、アンタ、一体何をしたのよ、その子に。な、何!? ま、まさか…。
 わ、私にも何かするつもりだったのね!」

リリィの視線の先にあるものを思い出し、恭也は必死で弁解を始める。

「ご、誤解だ。リリィ、落ち着いてくれ。
 俺もさっき目覚めたばかりだって言っただろう。気が付いたら、彼女がいたんだ」

じろりと睨みつけながらも、リリィは行き成り攻撃魔法を撃ってくるような事はしなかった。
それを最初の頃に比べて進歩したと言って良いのかどうか。
そんな事を片隅で考えながら、恭也は思いついた可能性を口にする。

「もしかして、俺たちを看病してくれて、そのまま疲れて寝てしまったとか」

「……仮にそうだとしたら、その子のその格好は何なのよ」

「知らん。元から、この格好だったという可能性もあるだろう」

「だったら、いつまで手を繋いでいるのよ!」

「忘れていただけだろう」

疑わしげに見るリリィに恭也は大げさに溜め息を吐いてみせる。

「少しは信用してくれ」

「うっ。し、信用はしてるわよ。
 でも、自分だってよく分からないけれど、頭にくるものは仕方ないじゃない」

後半の部分は小さく呟かれたために恭也に聞こえる事はなかった。
と、二人のやり取りで目が覚めたのか、件の女性が目を開ける。

「んんんっ。騒がしいの。ゆっくりと休む事もできん」

「それはすいませんでした。ですが、ちょっと聞きたい事がありまして」

女性はどこかぼーっとした眼差しで恭也を見詰め、やがて頭を軽く振る。
起き抜けで閉じそうになる目を片手で擦り、恭也を見詰め返す。

「……何じゃ、恭也か。何を改まった口調で。一瞬、誰か分からなかったぞ」

「俺の事を知っているんですか?」

少女の言葉に恭也は驚き、リリィはまたしても目を吊り上げて恭也を睨む。
その突き刺さるような視線を感じつつ、恭也は女性へと話し掛ける。

「何処かであった事がありましたか?」

「何を訳の分からぬ事を。会うも何も、さっきまで一緒だったではないか」

怪訝そうに眉を顰めるも、どうも反応が可笑しい事に気付いたのか、少女は腕を組もうとするが、
その手が恭也の手を握っている事に気付く。

「おお、すまんかったな」

若干顔を紅くさせて手を離すと、それを誤魔化すように胸の前で腕を組み、動きを止める。
その顔に疑問を浮かべたまま、女性はじっと自身の胸を見下ろす。
その顔に驚きが混じるのを見て、恭也は冷や汗を流し、リリィは視線を更にきつくする。
やっぱり、女性は元々その服装ではなく、それを見て驚いているとしたら…。
となると、疑われるのは間違いなく恭也になる訳で。
恭也としては冤罪を叫びたい所だが、果たして何処まで信じてくれるか。
そう考えているところへ、女性の嬉しそうな声が届く。

「おおー!」

女性は感嘆の声を上げると、組んでいた腕を解いて左右に伸ばしてみる。
次いで立ち上がる。
と、恭也の目の前にヒラヒラと揺れる女性の短いスカートの裾が映り、
その奥にある付け根が飛び込んできそうになる。
慌てて視線を逸らす恭也の視界には、機嫌の悪さを全身で主張するリリィの姿が。

「何じゃ、恭也だけでなくリリィもおったのか。
 まあ、良い。恭也、ちと立ってくれんか」

「えっ、私の事も知ってるの!?」

驚いて見上げてくるリリィに応える事なく、女性は恭也を半分無理矢理に立たせる。

「おおー! 身長も伸びておる。
 何故かは分からぬが、成長しておるぞ」

喜色満面とも言うべき顔で自分の身体を見下ろす女性。
その美しく長い髪がさらりと流れる。
その髪の色とその言葉使いから、恭也は一人の女性を思い浮かべる。

「まさか、クレア?」

「ん? 何じゃ、今まで気付いておらんかったのか?
 なるほどの。道理で、おかしな事ばかりを申すはずじゃ」

ようやく納得がいったと頷くクレアに、リリィも驚いて立ち上がる。

「本当にクレア様なのですか」

「そうじゃと言うに。まあ、どうやら止まっていた成長が起こったらしいからの。
 すぐに分からぬのも無理はないか。とはいえ、気付いて欲しかったがな」

「それはすまなかった」

「す、すいません」

「いい、気にするな。今のはちょっとした冗談じゃ。
 それよりも恭也。どうじゃ。年相応に成長した私の姿は。
 どこか可笑しくはないか?」

言ってくるりとその場で回転して見せる。
短いスカートが広がり、恭也は視線を逸らす。

(そういう事か。
 何が原因かは分からないが、クレアが成長したからといって、服も一緒に大きくなるわけがないんだ)

ようやく、クレアの服装に納得のいった恭也だったが、クレアは恭也が視線を逸らした事に項垂れる。

「やはり、私の身体は何処か可笑しいのか。
 確かに、今まで成長を止めておったからの。それが急に成長した所為で、何処か変なんじゃな」

「ち、違うぞ、クレア。クレアは何処も変じゃない。
 寧ろ、綺麗な部類だと思う」

「本当か!?」

恭也の言葉に嬉しそうに顔を上げるも、恭也は一向にこちらを見ない。
その事に慰めの言葉だと解釈する。
そこへ、リリィが遠慮がちに話し掛ける。

「クレア様。恭也がクレア様の方を見ないのは、正しくは見れないんですよ」

「気休めは良い」

「気休めではありません。その、クレア様の格好が問題なんです」

リリィに言われ、クレアは改めて自身の格好を見下ろす。
途端、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

「み、みみみ、見るな、恭也!」

言われるまでもなく視線を逸らしている恭也。
その間に、リリィが自身のマントをクレアに渡す。
それに身体を包ませると、クレアは顔を紅くしたまま恭也にもう見ても良いと告げる。
奇妙な沈黙が降りる中、とりあえず今後の方針を決めようと気分を変える。

「とりあえず、どうしてクレアがここに居るんだ?」

「私に聞かれても分からぬ。気が付いたら、お主たちがおったのだから」

「まあ、普通に考えればリコの逆召喚でしょうね」

「あの時は咄嗟だったからな。クレアまでも転送してしまったという事か」

「ええ。その可能性はあるわね」

「ちょっと待て。だとすれば、レベリオンやガルガンチュアはどうなったんじゃ」

「それは今の段階では分からない。そもそも、ここが何処かだ」

恭也は木々に囲まれた周囲を見渡す。
起きた直後に周囲の気配を探った限りでは、何者も潜んでは居なかった。
その事を告げる。

「だとしたら、周囲に村はないって事かしら」

「とりあえず、歩いていくしかないな」

「そうじゃな。早く王都へと戻らねば。
 しかし、その前に服を何とかしたい所じゃ」

マントの前をしっかりと両手で合わせて心細く言うクレアに、恭也は自身の上着を脱ぐと手渡す。

「戦闘で汚れている上に、ちょっと破れたりしているがないよりもましだろう」

「す、すまぬ」

クレアはそれを受け取ると、背を向ける恭也の後ろで恭也の上着を着る。

「ぶかぶかじゃ…」

「まあ、それは我慢してくれ」

「構わぬ」

何故か嬉しそうに告げるクレアに首を傾げつつ、恭也は足元を見る。
当然、足も大きくなっており、クレアは今は裸足だった。
流石にこれからどれぐらい歩くのか分からない以上、裸足では怪我をする危険もある。
仕方なく、恭也はクレアを背負う事にする。
こうして一向は歩き始めたのだが、何故か恭也の背中でご機嫌なクレアに対し、
隣を歩くリリィは不機嫌そうにしている。
心当たりもなく、仕方なしにただ黙って歩く事にした恭也だったが、木々が途切れて林を出た瞬間、
驚いた声を上げる。

「なっ!?」

恭也だけでなく、リリィやクレアも目の前の光景に驚く。
ただし、その驚く内容は恭也と二人とでは違っていたが。

「な、何で……」

「何よ、あれ」

「ほほう、綺麗な眺めじゃの」

三者三様に口にする中、恭也はフラフラと前へ進む。
三人が見詰める先には大きく広がる海があり、クレアは純粋に朝日に照らされるその光景を褒め、
リリィはその先に見える、見た事もない建物に疑問を抱く。
そして、恭也は見覚えのあるその光景に、ただ呆然となる。

「…臨海公園だと」

恭也の呟きを聞いた二人が、問い掛けるような視線を向けてくる。

「俺の、俺と美由希、未亜の居た世界だ。
 しかも、ここは俺たちの住んでいる街」

「ちょっ! まさか、次元を飛んだっての!?」

「そうなるな。だが、確かにリコがその可能性もあると言っていたな」

「ちょ、何処へ行くのか分からないとは言ってたけれど、世界を越えるなんて普通の召喚士には無理よ!
 いいえ、自分と誰かを一緒にって言うのなら、まだ分かるわ。
 でも、逆召喚でそんな事が出来るなんて」

「いや、リコならありえる。逆に言えば、リコだからこそ、あの状況で逆召喚が出来たんだ」

「それってつまり、リコの魔力が私たち以上って事よね」

「ああ」

「そう言えば、まだ詳しい事を聞いてなかったわね」

リリィがじっと恭也を見詰める。
一食触発の雰囲気にも見えるが、リリィはふっと力を抜く。

「まあ、良いわ。それは全員が見付かってからね」

「良いのか?」

「本当は良くないけれど、何度も説明するのは大変でしょう」

「ありがとう」

「っ! べ、別に礼を言われるような事じゃないわよ!
 それよりも、これからどうするの?
 皆も同じ世界に居るとは限らないわよ。おまけに、こっちは世界を越える手段がない」

「可能性があるとすれば、リコが迎えにくるのを待つという事だろうな。
 幸い、ここは俺たちの世界だからな。衣食住は何とかなる」

「本当にそうかしらね。次元を超える際、時間の揺らぎが生じるのよ。
 つまり、召喚の塔のように召喚陣で召喚されれば、元いた世界の時間軸へと戻れるけれど、
 そうじゃない場合は、その揺らぎを受ける。
 つまり、アンタの居た時間軸からどれぐらい外れているのか分からないわよ」

「つまり、俺の居た時間から何年も経っている可能性があるという事か」

「ええ。もしかしたら、何十年、何百年っていう可能性もね」

リリィの言葉に考え込むと、恭也は近くのごみ箱へと近づく。
中に捨てられていた新聞紙を取り出して日付を確認する。

「リリィ、恐らくそんなに年月は流れていないみたいだぞ」

新聞の日付の欄、そこに書かれた年が自分たちが召喚された年と同じ事を確認した恭也の言葉に、
リリィもほっと胸を撫で下ろす。

「そう。なら、良かったわ。アンタの強運には感謝ね」

「運の問題か」

「さあね」

肩を竦めるリリィに、恭也は苦笑を見せる。
と、今まで黙っていたクレアが、恭也の肩を叩く。

「それよりも、私は早くちゃんとした服が欲しいのだが」

「ああ、そうだったな。幸い、まだ朝も早いから人も少ない。
 さっさと俺の家に行こう」

恭也の言葉に二人は異論もなく、頷く。
こうして三人は、高町家へと向かう。
恭也にとっては、久しぶりの我が家へと。





 § §





薄暗い森の中、うつ伏せに倒れていた美由希はゆっくりと身体を起こす。

「……ここは」

身体を起こして、まずは自身の身体に異常がないかを確認する。

(疲れはあるけれど、特に戦闘に支障の出る怪我はなし。うん)

次に周囲の状況を確認する。

(敵ないし、それに類するもの……なし。っ!)

目を閉じて周囲の気配を探っていた美由希の意識の中に、小さな気配を感じる。
動く様子を見せない事から、ひょっとしたら同じ場所に転送されてきた誰かという可能性を思いつき、
そちらへと向かうことにする。
茂みを掻き分けて暫く進む、そこには静かに横たわるリコの姿があった。

「リコさん! 大丈夫ですか」

動く気配も見せないリコに慌てて駆け寄ると、その小さな胸が上下して規則正しく呼吸している事に気付く。
ほっと胸を撫で下ろしながら、改めて美由希は周囲を見渡す。
目印らしきものも見当たらない森の中。
とりあえずは、森を出るのが先だと判断するとリコが目を覚ますのを待つ事にする。
それから数分後、ゆっくりと目を開けたリコは周囲を見渡し、美由希と目が合う。

「…美由希さん?」

「うん。どうやら、私とリコさんはこの辺りに一緒に転送されたみたい。
 他の人たちは居ないけどね」

「すいません」

「あ、別にリコさんを責めてるわけじゃないよ。
 あの時、バラバラになるって言ってたし。寧ろ、感謝しないといけないぐらいなんだから。
 ありがとうございます」

「…いえ、そんな」

改めてお礼を言う美由希に照れるリコを見て、美由希は少しだけ頬を緩ませる。
が、すぐに状況を思い出して、森を抜ける事を進呈する。
聞きたい事があるにはあったが、自分だけ先に聞くのも何となく嫌だし、恭也の口から聞きたいと思ったのか、
レベリオンの間での事はとりあえずは胸に仕舞う。

「…そうですね。まずはこの森を抜けない事には、ここが何処か分かりません」

「だよね。破滅に占領されていない場所だったら良いけれど…」

「もしくは、アヴァター以外の何処か」

「へっ!? そ、それって、また違う異世界って事!?」

「はい。その可能性もありえます」

「うそっ!? あ、でも、リコさんが居るから大丈夫か」

驚きつつもほっと胸を撫で下ろす美由希に、リコは申し訳なさそうに首を振る。

「私でも、そうそうこんな大掛かりの魔法は使えません。
 マスターの魔力を利用すれば、全員をアヴァターへと帰す事は出来るかもしれませんが」

「恭ちゃんの?」

「はい。あの時借りたマスターの魔力…。想像以上のものでしたから」

「へー。でも、霊力は少ないって言われてたような気がするんだけど…」

「恐らく、召還器の力。それと、赤の主としての…」

「赤の主…」

ポツリと洩らした美由希の言葉に、リコはすまなさそうな顔をして俯く。
美由希は慌てて手を振る。

「あ、別に今すぐ説明を求めているわけでも、責めている訳でもないからね。
 恭ちゃんの事だから、きっと何かどうしようもない理由があったと思うし」

「…マスターを信じているんですね」

「当たり前だよ! 私が物心ついた時には、もう傍にいたんだもの。
 それから、ずっと一緒だったんだから」

「ちょっとだけ羨ましいです」

「そう? ずっと傍に居た所為で、私の扱いだけ酷い気がするんだけど…」

「それだけ、マスターが美由希さんに心を許しているという事じゃないですか」

「そうだと良いけど」

美由希は肩を竦めて見せると立ち上がる。

「どっちにしても、恭ちゃんたちを探さないといけないんだよね」

「はい。マスターの居場所なら、時間は掛かりますが探し出せるかと思います」

「そっか。じゃあ、落ち着ける場所を探さないといけないね。
 とりあえずは、やっぱり森から出ないといけない……」

言いながら周囲を見渡していた美由希の言葉がゆっくりとなっていき、最後には押し黙る。
それを訝しげに見上げるリコに気付かず、美由希は何度も周囲を見る。

「あれ? あれれ? え、もしかして…」

突然走り出した美由希に驚きつつも、慌ててその後を追う。
美由希を見失いつつも何とか森を抜けたリコは、森を抜けたすぐそこでぼんやりと立つ美由希の背中を見る。
次いで、その視線の先へと転じれば、そこには一風変わった建物があった。
床から浮くようにして作られた家屋の外側をぐるりと囲むように廊下が付けられており、
そこには木で作られた柵が。
リコは自身の知識の中からこれに該当するものを検索し始めるが、
それよりも先に美由希の口から言葉が零れる。

「八束神社……。って事は、ここは私たちの世界だ」

「ここが、マスターの世界」

僅かに目を見開き、目の前の建物から周囲へと視線を移す。

「ここなら、恭ちゃんをゆっくりと探す事が出来るよ、リコさん」

喜ぶ美由希へと、リコは次元の揺らぎの説明をする。
それを聞いた美由希はとりあえず家に言ってみると言い出し、こうして二人もまた高町家へと向かうのだった。





 § §





「未亜さん、未亜さん」

自分を呼ぶ声にゆっくりと目を開ければ、そこには心配そうに覗き込んでくるベリオの顔があった。
未亜が目を覚ますと、ベリオはほっと胸を撫で下ろす。

「えっと、私どうして……」

「リコの逆召喚で転移させられたんですよ。
 ただ、その場所が…」

ベリオの言葉に意識を失う直前の事を思い出すも、ベリオの表情に蔭が差している事に怪訝に思う。
そんな未亜の心中を察したのか、ベリオはゆっくりと落ち着かせるように話し出す。

「リコが何処へ行くのか分からないと言った事は覚えてますか」

「うん。皆、バラバラになるって言ったのも。でも、こうしてベリオさんと一緒でよかった」

胸を撫で下ろす未亜に、ベリオは心苦しそうな顔を見せる。

「そうでもないんですよ。
 リコが言った何処っていう場所は、何もアヴァターだけを指していたのではなかったみたいです。
 考えてみたら、召喚士のリコにとって、多次元の世界だって何処かになるんですね」

「それって、まさか」

「はい。そのまさか、です。ここはアヴァターではありません。
 何やら、見た事もない鋼鉄の馬車みたいなのがさっき走ってました」

若干顔を青くさせて言うベリオの言葉に、未亜はようやく身体を起こす。
と、自分が今までベンチに横たわっていた事に気付く。

「もしかして、ベリオさんが運んでくれたんですか」

「はい。あそこで倒れていましたので。寝かすのなら、この方が良いかと」

「ありがとう」

礼を言いつつベリオが指差した先を見ると、お金を入れて見ることの出来る望遠鏡があった。
日がそれなりに上がっていることから、それなりの時間なんだろうが、周囲に人はいない。
それでも、その望遠鏡の近くに置かれた案内板、そこに書かれた見慣れた文字を見つけ、
未亜はそこに駆け寄る。

「やっぱり。ここ、海鳴だよ、ベリオさん。
 ここは展望台」

「もしかして、未亜さんたちがいた世界ですか」

「うん。もしかして、皆もこの世界に来てるのかな」

「そこまでは分かりません。リコがバラバラと言ってましたし」

「そうだね。
 でも、もし私とベリオさんしかこの世界に来てないんだったら、どうやってアヴァターに戻れば良いんだろう」

「…多分、リコが迎えにきてくれるんじゃないかと」

「たくさんある世界の中で、ここに私たちが居るって分かるのかな?」

不安そうに呟く未亜に影響されてか、ベリオも不安そうな顔を見せる。
暫く二人は沈黙していたが、未亜が顔を上げる。

「今は考えても仕方ないよね。それよりも、皆もここに来ているかもしれないし。
 とりあえず、美由希ちゃんの家か、お店の方に行ってみよう」

「そうですね。それに、リコや恭也くんたちならきっと探し出してくれますよ」

「そう考えると、私のいた世界でよかったね。
 少なくても住むところの心配はなくなったし」

「そうですね。でも、私までお邪魔しては…」

「大丈夫だと思うけど。私も親戚の家だし。
 あ、それにお兄ちゃんがちょっと問題かも」

「厳しい方なんですか」

「えっと、そうじゃなくて」

未亜は困ったようにただ笑うだけで、それ以上は何も語ろうとはしない。
それを誤魔化すように、未亜はパンと手を合わせる。

「あ、いざとなったら、桃子さんにお願いすれば大丈夫だと思うよ」

「桃子さん?」

「うん。美由希ちゃんや恭也さんのお母さん。
 とっても楽しくて優しい人だよ。桃子さんなら、家に泊めてくれるよ」

あの未亜がはっきりと言い切るところから見ても、その言葉に間違いはないのだろう。
だとすれば、かなり出来た人なのだろうと、まだ見ぬ桃子に感心する。
だが、ここでベリオは次元の揺らぎに関して思い出す。
それを指摘した所、未亜は周辺を見渡して大丈夫だと告げる。
元号が変わっていないから、とか何とか告げる未亜の言葉の意味は分からなかったものの、
この世界の住人である未亜が大丈夫だと確信できたのなら、安心だろう。

「うーん。それじゃあ、翠屋の方に行った方が良いかな。
 じゃあ、ベリオさん、行こう」

行ってベリオを案内するように歩き始めた未亜の横に並び、
ベリオは珍しげに辺りを見渡しながら歩くのだった。





 § §





恭也たちが目覚めるよりも前。
まだ日が昇っても居ない頃、ナナシは目を覚ました。

「ここは、何処ですの〜。誰も居ないんですの〜」

ナナシの言葉に、しかし応える者は誰もおらず、ナナシは仕方なく周囲をあてもなく歩く。

「暗いですの〜」

あちこちに生えた石を避けながら、ナナシは適当に歩いて行く。
その前方に、ぼんやりと浮かび上がる影を見つけ、ナナシはそちらへと駆け出す。

「わ〜い、誰かいましたの〜。ナナシはここですの〜」

叫びつつそちらへと踏み出したナナシは、急に足場がなくなっている事に気付くも、
最早どうしようもなく、そのまま斜面を落ちていくのだった。

「わぁ〜〜ん。身体がバラバラになるのは嫌ですの〜」

ナナシの叫び声だけが、誰も居ない夜空へと木霊する。





 § §





「…きさん! ちょっと手伝ってください!」

朝の早い時間、とあるお宅の庭からそんな声が届く。
その声に応えるように、いかにも面倒くさそうに、眠そうな声が返る。

「だぁぁー! 人がようやく仕事を終えて、これからゆっくりと眠りにつこうって時に何だよ。
 くだらない理由だったら承知しないぞ、耕介」

ぼさぼさの髪をがしがしと掻きながら現れた眼鏡を掛けた女性は、眠たげな目を凶悪なまでに細め、
庭に立つ大柄な男を睨み付ける。
それに僅かに怯みながらも、耕介は自分の腕に抱き上げた少女を見せる。

「庭に人が倒れていたんです! 流石に相手が女の子だし、俺が勝手に治療する訳にもいかないでしょう。
 それに、服も着せ替えないと」

「ちっ、仕方ね―な。こんなに朝早くじゃ、愛もまだ起きてねぇだろうし。
 にしても、おかしな格好してやがるな。もしかして、忍者マニアか?」

「そんな事よりも、ここに寝かせますから、お願いしますね。
 俺は、代わりになる服を取ってきますから」

言って耕介は少女をソファーに横たえる。
その少女の口から、小さな呟きが漏れる。

「うぅぅ。し、師匠……」

それに一瞬だけ目を覚ましたのかと顔を見るも、単なる寝言か何かのようで、
その瞳は未だに閉じられたままだった。
耕介は今度こそ少女から離れると、代えの服を取りにリビングを後にした。





つづく




<あとがき>

やっとここまで来た〜。
美姫 「逆召喚でそれぞれが辿り着いた場所」
果たして、無事に再会できるのか!?
美姫 「まあ、皆、海鳴に着てるから大丈夫でしょう」
ふっ。本当にそうかな?
一人だけ、海鳴かどうか怪しい人物が居ただろう。
美姫 「え、じゃあ、違うの?」
それは、今後のお楽しみというやつさ。
美姫 「まあ、アンタの事だから、大した理由もないんだろうけれどね」
なっ!
美姫 「それよりも、クレアが成長したのね」
まあな。この辺りは、何故成長したのかは説明される。
美姫 「本当に〜?」
おうともさ。……多分。
美姫 「まあ、別に良いけどね」
それじゃあ、また次回で。
美姫 「じゃ〜ね〜」




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