『DUEL TRIANGLE』






第四十一章 感動(?)の再会





朝の早い時間、と言っても住人の殆どが早起きする高町家ではそんなに早くない時間に、
恭也は久しぶりの我が家へと帰ってくる。
問題は、恭也と美由希が何も言わずに消息を絶ってからの日数だった。
玄関にあった新聞から、今日の日付を知ることが出来た恭也は、一週間程経っている事を知る。
流石に心配を掛けたかと思うと、心苦しい。
ともあれ、恭也は扉を開けて玄関へと入る。
とりあえずは、クレアの格好を何とかしないとまずいと考え、静かに自分の部屋へと向かう。
そのまるで侵入するかのような恭也の態度に、リリィが声を潜める。

「ちょっと、本当にアンタの家なんでしょうね」

「ああ、そうだぞ」

「だったら、どうしてそうコソコソするような入り方なのよ」

「とはいってもな…。
 普通に考えて、クレアのような格好をした女性を連れてきたら、どう思う?」

「……変態扱いかもね」

「だろう。しかも、俺たちが向こうへと行ってから、こっちではほぼ一週間だ。
 無断で居なくなった上に、帰ってきたらコレだとしたら」

「確かに、せめて服装はちゃんとしてからの方が良いかもね。
 だったら、私は外で待っていようか?」

「いや、構わん」

こそこそと恭也とリリィが話していると、奥の方から驚いた声が響く。

「うわーっ! ちょっ。あの、どちらさまで…」

「アホか、この馬鹿ザル。どちらさまも何も、不法侵入やろうが!」

「わ、分かってらぁ! ただ、あまりにも堂々としてたからだな」

「家を間違えたにしては、外を出歩くような格好とも言えんしな」

「晶ちゃん、レンちゃん、何を騒いでいるの?
 って、あら、お客さん?」

そんな声が聞こえてきて、恭也は思わず頭を抱える。
その肩にぽんと手を置くと、珍しくリリィは慰めるような調子で軽く叩く。

「クレア様も悪気はなかったと思うし…。
 それよりも、早く何とかした方が良いかもよ」

玄関で恭也の背中から降りたクレアは、そのまま奥へと一人で進んでしまったのだった。
リリィと小声で話していた恭也はそれに気付かず、今のような状況になったのである。
三人から色々と言われたクレアは小さく頭を下げる。

「勝手に上がってしまって申し訳ない。
 だが、ここへは不法侵入した訳ではないぞ。
 ちゃんと恭也に連れてきてもらったのじゃ」

「恭也? 恭也が帰ってきてるの?」

「それで、師匠は今どこに?」

リリィの注意も虚しく、リビングでは話が勝手に進んでいるようだった。
リリィはリリィで、恭也の事を師匠と呼ぶ少女に、思わず恭也を見詰める。
それに苦笑で返していると、家の中からドタバタという音が近づく。

「お師匠、お帰りなさい」

「恭也、お帰り〜」

一斉に玄関に迎えに来てくれる家族に恭也もただいまと返すが、その視線が隣のリリィへと向かう。
次いで、後ろからやって来たクレアを見て、桃子はにやりと笑う。

「何の連絡もよこさないと思ったら、そういう事だったのね〜」

「絶対に、勘違いしているだろう」

「いいから、いいから」

こちらの言い分を聞こうとしない桃子へと説明しようとした時、玄関が開く。

「ただいま〜。って、恭ちゃん! それに、リリィさんも!」

入って来た美由希とリコに、恭也たちも驚きをあらわにする。
と、二人の視線が背後のクレアへと向き、その服装へと移る。
リリィのマントに恭也の上着だけという格好のクレアへ。

「恭ちゃ〜ん。一体、何があったのかな〜」

「マスター。そちらの方は……」

「恭也、恭也、そっちの子は誰なの?」

「朝からお客さんが一杯だな。これは、朝食を多めに作らないと」

「よっしゃ。そういう事なら、うちも手伝うで」

「所で恭也。着替えはまだか?」

「ちょ、恭也。何とかしなさいよね」

狭くはないが、これだけの人数ともなるとやはり狭く感じる玄関で、
口々に好き勝手に話し始める面々に、恭也は盛大な溜め息を一つ吐くのだった。





 § §





何とか桃子たちを落ち着かせた恭也たちは、とりあえず現状の把握のために恭也の部屋へと集まる。
見知らぬ女性がクレアだと説明した時には、二人とも驚いていたが。
何にせよ、美由希が戻ってきた事により、美由希の服をクレアへと貸す事が出来たのは幸いだった。

「で、他の者もこの世界に来ている可能性は?」

「分かりません。本当にあの状況で、五人までもが同じ場所に転送されたということ事態、
 かなり低い確率ですから」

「そうか。だが、時間は掛かるが他の者は探せるんだな」

「はい。多次元世界中に散っている赤の書を利用すれば。
 ただ、問題はアヴァターへと戻る方法です」

「リコの転移魔法では無理なのか」

「無理ではありません。ただ、前に説明したように咄嗟の転移だったので、向こうへの道がありません」

恭也に分かりやすく説明するために、専門的な用語を噛み砕きつつ説明を始める。

「アヴァターへと戻るまでに、幾つもの世界を渡らなければなりません。
 当然、その度に次元の揺らぎが起こり、戻った時にはどれだけの年月が経っているか」

リコの言葉に全員が黙り込んでしまう。
出来れば、恭也たちが転移した日からそんなに経過していない日に戻りたいのだが。
誰もがそれを願うが、リコの話を聞く限りではそれはかなり無理らしい。

「とりあえずは、全員を探すのが先決だな。
 焦っても仕方がない」

「はい。私も何か方法がないか考えてみます」

恭也の言葉に全員が頷き、リコは決意も新たに新しい方法を模索する事を告げる。
それから、じっと話を聞いていたクレアへと視線を転じる。

「ただ、王女が成長された理由は推測できます」

その言葉に、当の本人であるクレアが興味深げに反応を見せる。
リコの説明によると、成長を糧に魔力をペンダントへと溜めていたので、
ペンダントを外せば成長が始まるはずだったのではないかという事だ。
これに関してはクレアも肯定しており間違いはない。
ただ、問題はペンダントを外してから成長が始まるはずだったのに、一気に成長した事だった。
これは、逆召喚が関係しているらしい。
召還器の力を最も理解してその力を一番引き出している恭也の魔力をリコが使用した際、
レベリオンの強制搾取に魔力が持っていかれた。
ただ、赤の主でもあった恭也の魔力がリコの想像以上だったため、逆召喚するには充分すぎる魔力があったらしい。
つまりあの瞬間、刹那の瞬間とは言え魔力の飽和状態となり、
レベリオンからその部品の一部と化していたクレアへと逆流したと考えられる。
つまり、今まで成長を贄として溜めていた分以上の魔力がクレアの体内へと戻り、
その瞬間に転移され、行き場を失った魔力が本来の形、成長という形を取ったのではないか。
最後に、あくまでも推測の範囲ですがと言って締め括ったリコの言葉に、
クレアやリリィは何やら頷くも、高町兄妹はお互いの顔を見合わせて、ゆっくりと立ち上がる。

「まあ、難しい話はこのぐらいにして、そろそろ朝食も出来る頃だろうからな」

「そうだね。晶やレンも張り切ってたし」

誤魔化すように告げる二人を助けるかのように、朝食と呼ぶ声が聞こえてくる。
そんな二人に苦笑しつつも、リリィたちも立ち上がる。
と、今思いついたように恭也が釘を刺す。

「悪いが、かーさんたちには破滅やアヴァターの事は内緒にしておいてくれ」

「まあ、別に構わないけど。でも、それだと今まで不在だった言い訳はどうするの」

「そっちは何とかするから」

心配させたくないという思いが分かるから、リリィたちもそれ以上は何も言わずにいるのだった。

朝食の席で、恭也たちが何も言わずに家を空けた事に関しては、誰も何の疑問も持っておらず、
逆にリリィたちの方が心配したほどで、思わずリリィの方からその件に触れてしまう。
それに関しては、桃子を始めあっけらかんとしたもので、
鍛錬で山篭りにでも行ったのではないかというありがたい意見を伺うことができ、
改めて二人の日常に疑問を抱いたり、晶やレンの料理に舌鼓を打ったり、
リコの食べっぷりに桃子たちが驚いたりと色々あった。
とりあえず朝食を終えた恭也たちは、リリィたちの滞在を許可してもらい、
あっさりと許可された事に、リリィたちは多少驚いていたが、
高町家にとっては別段珍しい事でもないので、恭也は不思議に思っていた事を尋ねる。

「そう言えば、なのははどうしたんだ」

「ああ、なのはなら昨日から忍ちゃん家よ。
 今日の昼には帰ってくるから心配しなくても良いわよ」

「別に心配なんかしてない」

ムスとした顔で反論する恭也に、桃子は笑みを浮かべて軽くあしらうと店へと出掛ける。
なのはという言葉に反応したクレアたちに、美由希は妹だよ、と教える。
ともあれ、恭也たちは疲れを取るために順番に風呂へと入ると、一眠りするのだった。





 § §





桜台にある一つの坂道を登った先にある女子寮。
そこのリビングでは今、今朝方介抱された少女――カエデが目を覚まして食事を終えたところだった。

「本当にかたじけないでござる。手当てをしてもらった上に、このような食事まで」

「いやいや、気にしなくても良いよ」

「それにしても、どうしてあんな所で倒れていたの?
 あ、言い難いようだったら聞かないけれど」

食器を片付けながら尋ねる耕介に、カエデは言い辛そうにする。
何も関係ない者を無闇に怖がらせるべきではないと判断し、カエデは曖昧に笑う。

「それは拙者にもよく分からんでござるよ。
 ただ、どうしてもすぐに戻らなければならない理由があるでござる。
 けれど、帰り方も分からぬ上、皆ともはぐれてしまい」

「どの辺ではぐれたのか分かれば、その周辺を探せるけど?」

「いや、恐らくは無理でござるよ。後は、リコ殿が探してくれるのを待つだけでござる。
 耕介殿たちには大変世話になったのに、何も恩返しできずに申し訳ないでござる」

「そんな事は気にしなくても良いよ」

「しかし、それでは拙者の気が」

「良いって。ここのオーナーである愛さんが良いって言ったんだから」

「そうでござるか。いやはや、ここにおられる方は皆、いい人たちばかりでござる」

既に仕事へと出かけた愛の言葉を思い出しつつ、カエデはうんうんと頷く。

「それで、これからどうするつもりなんですか?
 探す人が居るのなら、協力しますけれど」

湯のみを手にしながら那美がそう尋ねると、カエデは顔を俯ける。

「さっきも申したように、探し出すのは無理なのでござるよ。
 拙者に出来る事は、探し出してもらうまで大人しくしている事でござる」

「それじゃあ、当分はうちに居ると良いよ」

「しかしっ…。そこまで世話になる訳には…」

「大丈夫だって。それに、ここで下手に引き止めなかったら、そっちの方が愛さん怒りそうだし」

「かたじけない」

頭を下げるカエデに、耕介は苦笑を洩らす。
今は耕介の服を裾を折る形着ているが、最初見たときの格好はおかしなものだった。
忍者のような衣装。
それだけではなく、真雪が着替えさせた所、小刀を始めとしてクナイなどの武器も幾つか出てきた。
それを見た真雪は目を細め、少女の扱いをどうするのか耕介と二人で決めあぐねていた。
そこへ、騒ぎに起き出した愛によって、あっさりと受け入れられたのだった。
当初は警戒していた真雪も、流石に眠気には勝てずに耕介に後を頼んで自室へと引っ込んだ。
そして、今こうして少女と話していると、ともて悪い子には見えなかった。
だから、耕介はあのような事を言ったのだ。
真雪に言わせれば、甘いのかもしれないが。
そんな事を思い返していると、不意に少女が呟いていた言葉を思い出す。
もしかしたら、街へ出かけた時に少し探す程度の材料にはなるかもと耕介は何気ないように尋ねる。

「そう言えば、寝言ってのも違うけれど、師匠って呼んでいたけれど。
 ひょっとして、カエデちゃんの想い人だったり?」

「なっ! なななな、何を言っているでござるか、耕介殿。
 そ、そんな拙者が師匠をだなんて! あうあう」

顔を真っ赤にして否定するも、全く説得力もなく耕介はただ苦笑いを浮かべる。

「あははは。じゃあ、はぐれた人ってのは間違いないんだね」

「そ、そうでござる。
 はっ! まさか、師匠をご存知でござるか!」

「いや、そうじゃなくて、単に聞いてみただけ。
 師匠って言われても、名前も分からないんだから」

「そうでござったな。少し取り乱してしまったでござる。
 申し訳ない」

「いえいえ。でも、しつこいようだけれど本当に待っているだけで良いの?」

「はい。探しても見付かるかどうか…」

小さな呟きだったが、そこに様々な思いを感じ耕介は口を噤む。
重くなりそうな空気を察し、那美が場を和ませようとする。

「そう言えば耕介さん。
 師匠って、晶ちゃんやレンちゃんが恭也さんの事を呼ぶ時みたいですね」

「あはは。確かに」

「恭也……? 師匠を知っているんでござるか!?」

「えっ、恭也さんの知り合いなんですか!?」

思わず振った話題に予想外の反応が返り、逆に那美が驚く。

「名前が一緒という可能性もあるしな。
 現に、自己紹介の時にもちょっと言ったけれど、
 カエデちゃんと同じ名前の子が那美ちゃんの従姉妹にもいるからね。
 他には何かない? 苗字でも何でもいいけど」

「そうでござるな…。確か、姓は高町だったはずでござる。
 あと、妹に美由希殿が。お二人とも、御神流という剣術をされて…」

「間違いないな」

御神流の名が出てきたことにより、カエデの知り合いが自分たちの知る恭也だと確信する。
壁に掛かった時計を見て、耕介が那美へと顔を向ける。

「この時間帯なら、居るとした翠屋で手伝いをしているかも。
 那美ちゃん、連れて行ってあげてくれるかな」

「はい、構いませんよ」

那美としても、恭也とどういった知り合いなのか気になっていた所だったので、
渡りに船とばかりに耕介の提案を受け入れる。
一方のカエデは悩んでいた。
恭也たちの世界だという事は分かったが、ここに恭也が居るかとなると別なのである。
それでも、何もしないよりはと最終的にはその提案を受け入れるのだった。





 § §





未亜とベリオは展望台から歩いて駅前まで出てきていた。
普段の未亜の歩く速度ならまだ辿り着いていない所だが、途中までは召還器を出していたので、
そのお陰か思ったよりも早く着いた。
流石に街中で弓や杖を出しっぱなしにもできず、
まだ制服姿に弓を持つ未亜は部活と誤魔化せない事もないのだが、
途中で人が多くなる前に召還器を仕舞ったため、多少息が上がっている。
それもようやく落ち着いてきたので、二人は当初の目的地である翠屋へと向かう。
二人が店の中へと入ると、ウェイトレスの一人が席へと案内してくれようとする。
それを断り、桃子を呼んでもらおうと思った矢先、奥がやけに賑やかなのに気付く。
しかも、そこからは今まさに呼んでもらおうとした桃子の声がして。
未亜とベリオはウェイトレスに一言断ると、そちらへと向かう。
だが、行き成り声を掛ける事はせず、まずは状況を見ようとして、未亜は驚愕の表情を見せる。

「恭也さん……?」

「あら、未亜ちゃんじゃない。いらっしゃい〜。
 そっちは初めて見る子ね。未亜ちゃんのお友達?」

未亜に真っ先に気付いたのはテーブルの横に立っていた桃子で、その言葉に全員が未亜の方へと振り向く。
そこには、恭也以外にも見知った顔がずらりと並んでおり、未亜は思わず床に座り込みそうになる。
ベリオも同じように、やや潤んだ瞳で全員を見渡す。
その雰囲気に首を傾げつつも、桃子は隣のテーブルと移動させ、更に座れるようにセッティングする。
勿論、恭也も手伝ったが。
それからその場を離れる。
事情を知らないまでも何となく何かを感じ取ったのか、その桃子の気遣いに感謝しつつ。
さっきまでリリィたちの事で散々にからかわれた事をこれで流そうとか密かに思ったり。
とりあえず、未亜たちからも詳しい話を聞く。
しかし、結局は気が付いたら海鳴におり、とりあえずはという事でここに来たという事だった。
その辺り、恭也や美由希とも変わらず、全員がほぼ同じ時間軸に転送された事は間違いないようだった。
こうなってくると、残る二人も海鳴に居るのではと考えてしまうが、
そう楽観視する事も出来ず、とりあえずは打開策を練る事にする。
時間は既に昼過ぎとなっており、とりあえずは食事をという事になり、一旦高町家へと戻る事にする。
どちらにせよ、このような場所で万が一に誰かに聞かれた時の事を考えると問題あるだろうし。
こうして、再び高町家へと戻った恭也たちだったが、不意に恭也が思い出したように言う。

「そう言えば、未亜は大河に連絡したか?」

「あっ! まだです」

「だとしたら、した方が良い。あいつは未亜の事になると人が変わるからな。
 流石に一週間も音沙汰なしというのは問題だろう。俺たちはちょっと特殊だから大丈夫だったが…」

恭也の言葉に未亜はしかし、不思議そうな顔を見せる。

「一週間ですか? 私は一日しか経ってませんけれど…」

「そんなはずは…」

「多分、召喚された時期が違うんでしょう」

驚く恭也へと、リコがあっさりと解答を告げる。
そういう事かと納得した恭也は、一日だけなら美由希の所に泊まって連絡を忘れた事にすれば良いと言う。
美由希も大河が未亜の事になると人が変わるのを知っているので、それに頷く。
その言葉に甘えて電話した未亜は、電話口で怒鳴る大河に必死に謝っていた。
ようやく大河も落ち着いたのか、最後は普通に会話をして電話を切る。
未亜が電話している間、恭也と美由希は晶が作ってくれていた昼食を温めなおして待っていた。
当初よりも二人ばかり増えたので、恭也が簡単なものを追加で作り、全員で分けることにする。
そしていざ食べようとした時、子狐を抱いた女の子が帰ってくる。
女の子――なのはは帰ってくるなり恭也たちの姿を見て驚くも、そのまま恭也の傍に近づいてくる。
そして、人差し指をピッと立てる。

「もうお兄ちゃん! 一週間も留守にするのなら、ちゃんと言ってからにしてください。
 皆、心配したんだからね」

「わ、悪かった」

「悪かったじゃないですよ。どれだけ心配したと思ってるんですか」

「なのは、恭ちゃんも反省してるし…」

「お姉ちゃんもですよ。二人が鍛錬で居なくなるのはまあ、いつもの事なので良いですけれど…」

その部分には、その辺りを知る未亜以外の者が良いのかと思ったものの、ただ黙って目の前のやり取りを眺める。

「ご、ごめんね、なのは。今回はちょっと色々あったんだよ」

「……分かりました。今回は許してあげます」

言って偉そうに胸を張るなのはに、知らず全員が微笑ましい笑みを見せるのだが。
なのははそれには気付かず、恭也と美由希へとにっこりと笑い掛ける。

「おかえり、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「「ただいま、なのは」」

言って笑い返す二人。
そんな兄妹のやり取りを、リリィたちはただ黙って温かく見詰めるのだった。



なのはと久遠も加えた昼食も終えのんびりとしていると、ベリオが久遠を珍しそうに見詰める。
その視線に気付いたなのはが、久遠を抱き上げてベリオへと渡す。

「えっと」

「大丈夫ですよ、くーちゃんは大人しいですから。
 ただ、ちょっと人見知りをするんで、始めはゆっくりと撫でてあげてください」

なのはの言葉を肯定するかのように、久遠はベリオをじっと見上げる。
その愛くるしい姿に頬を緩めつつ、ベリオはなのはからそっと久遠を受け取ると膝の上に乗せる。
その頭を背中を優しく撫でるうちに、久遠は膝の上で丸まる。
相好を崩すベリオを横目に眺めつつ、リリィがなのはの頭をそっと撫でる。

「なのはちゃんは偉いわね。さっきも恭也の事を心配して怒るんだから。
 ちゃんと注意できるってのは偉いわ。その人が大事な人ならなおね」

言って恭也を横目で見る。

「そういうものか」

「そうよ。嫌われたくないから何も言わないってのもあるけれど、それじゃあその人のためにならないでしょう。
 ちゃんと注意してくれる人が居るってのは、いい事なのよ」

「まあ、それは否定しない」

「本当に、恭也の妹とは思えないぐらい良く出来た子ね」

「中々に失礼な」

恭也の言葉を無視するように、なのはを構うリリィ。

「リリィって、もしかして子供好き?」

久遠を抱いたまま尋ねるベリオに、リリィは若干顔を紅くしてなのはの頭から手を離すとそっぽを向く。

「そんな訳ないじゃない。子供なんて、ただうるさいだけだし」

「あ、ごめんなさい」

「あ、違うのよ。別になのはの事を言ったんじゃなくて…」

慌てて語るリリィに、恭也が呆れたような声を出す。

「別に隠さなくてもいいんじゃないのか」

「うるさいわね!」

「だが、その割にはクレアには…」

ふと呟いた言葉に、リリィが言い返す。

「それは、クレア様が子供の纏う雰囲気というか、無邪気さのようなものっていうか、
 兎も角、そんな感じのを持っていなかったからというか…」

歯切れ悪く言うリリィに、クレアも苦笑する。

「良い。言いたい事は分かる。まあ、私は元々恭也と同い年ゆえに、子供ではなかったしの」

「まあ、その辺りは今は良いとして、これからの事なんだが…」

言って恭也はなのはと久遠を見る。
なのははリリィに、久遠はベリオに構われている状態なために話を進める事ができないでいた。
美由希はその事に苦笑を洩らしつつ、全員が泊まるだけの部屋がない事に気付く。

「未亜ちゃんはそうする」

「私も何かあった時のために、お世話になろうかと思ってたんだけど…」

「いや、確かにその方が良いだろう。
 何が起こるか分からんからな。いきなり、戻れる事になるかもしれんし」

言葉をぼかしつつ話を進めていく恭也たちに、なのはは特に気にした風もなくリリィと楽しそうに遊ぶ。
それを見遣りつつ、恭也は未亜へと告げる。

「まあ、大河の方へは何か言っておいた方が良いだろうな」

「それは大丈夫です。さっきの電話で当分は美由希ちゃんと一緒に遊ぶって伝えましたから」

「そうか。となると、部屋だが…」

「未亜ちゃんは私の部屋で良いよね」

「うん」

たまに泊まりに来る時にそうしているように、あっさりと未亜の部屋は決まる。
残っているのはリコたちだが、開いている部屋は二つ。
その内一つは物置と化している。

「今から片付けるか」

「マスター。リリィさんたち三人には空いている部屋を使ってもらえば…。
 寝るだけなら三人分ぐらいはありませんか?」

「確かに、三人ぐらいなら何とかなるが。
 そうなると、リコは何処で寝るつもりだ」

幾らリコが書の精とはいえ、恭也はリコをそういう風には見ていない。
だからこそ、その辺で寝るつもりのリコへと問いただす。
もし、ここや廊下などで寝ると言うようなら怒るぐらいの気構えで。
しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。

「私はマスターの部屋で構いません」

驚きで言葉をなくす恭也に代わり、他の者が一斉に反論する。

「それはまずいよ、リコさん」

「そうよ、リコ。幾らなんでも、貴女にそんな事をさせるのは」

「私は気にしませんが?」

慌てる美由希に続き気遣うように告げたベリオの言葉に、リコは不思議そうな顔を見せる。
自分から言い出したのだから、別に嫌々ではないという風に。
そこへ、リリィが眦を吊り上げて恭也を指差す。

「分かってるの、リコ!
 こんな獣と一緒の部屋なんかに居たら、何をされるか分かったもんじゃないのよ」

「獣って…。酷い言われようだな。だが、リリィたちの言う通りだぞ、リコ。
 部屋なら何とかなるし。もしものときは、なのはの部屋も」

恭也も説得するような事を言うが、リコは小さく首を振る。

「別に問題ありません。
 寧ろ、マスターの傍にいて失った力を少しでも回復する方が効果的です」

「そうなのか?」

その辺りについて全く知識のない恭也は、傍に居る方が力を回復するのかとリリィたちを見る。
しかし、リリィたちも恭也とリコの関係がどうなっているのか分からない以上、答えの出しようがない。
普通に考えて、何かしらの契約の元に主従の関係にあったのだとしても、
そのような事はないはずなのだが。
だが、リコが何なのか、恭也が何なのか分からない以上、答える事が出来ないのだ。
そして、その辺りを聞こうにもなのはがおり、尋ねる事も出来ない。
結果として、リリィたちも肩を竦めるしかなかった。
恭也はその反応を見てから、リコへと顔を向ける。

「まあ、そうだとしたら日中は傍に居た方が良いだろう。
 だが、寝る時までというのは」

「マスターを信じてますから」

「いや、信じてくれるのは素直にありがたいんだが、万が一ということもあるだろう」

必死にリコを説得しようとする恭也の周りで、リリィたちも頷いてみせる。
そんな周りの反応を気にすることもなく、リコは平然と、いや、若干照れながら俯くと、

「別にマスターが望むのなら、私は構いませんよ」

とのたまうものだから、状況が一気に変わる。
今までリコを見ていた視線が、恭也へと向かう。
その視線に居心地の悪いものを感じてなのはへと助けを求めるが、なのはは小さく笑うだけだった。
そこへ天の助けか、インターフォンが鳴る。
恭也はすぐさま立ち上がると、玄関へと向かう。
インターフォンが珍しい、いや、初めてなのか、
リリィたちは恭也へと向けていた視線を何処かへとさ迷わせている。
そんなリリィたちに苦笑をしつつ、美由希が簡単に説明を始めるのを背に聞きながら、恭也は玄関へと向かう。
どうやら、先程の視線は別に本気で責めているようなものではなかったのだろう。
恭也はそう納得しながら玄関を開ける。

「あ、こんにちは恭也さん」

「こんにちは、那美さん、今日はどうされたんですか?
 あ、美由希なら奥に居ますから、どうぞ」

「あ、今日は美由希さんにじゃなくて、恭也さんにです」

「俺に?」

「はい。正確には、私は道案内ですけれど」

言って那美が連れてきた少女を会わせようとするよりも早く、
恭也の声を聞いた少女――カエデが扉を引いて恭也へと抱き付く。

「師匠ー! 無事でござったか。本当に良かったでござる〜。
 拙者、拙者、もう訳の分からぬ世界でどうして良いやら困っていたでござるよ!
 こうして、無事に会えた事、大変嬉しゅうございます〜」

「わ、分かったから、落ち着けカエデ」

「うぅぅ。こうしてすぐに師匠と会えるとは。
 やはり、師匠と拙者の間には決して切れぬ師弟の絆が〜」

訳も分からずにぽかんとする那美の前へ、騒ぎを聞きつけた美由希たちがやって来る。

「あ、那美さん。久しぶりです。こんにちは」

「あ、こんにちは、美由希さん」

思わず美由希へと挨拶を返す那美に構わず、リリィが怒鳴りつける。

「恭也! いつまでもデレデレ抱きついているんじゃないわよ!
 さっさと離れなさい!」

「俺が抱きついているんじゃなくて、抱きつかれているんだが…」

「恭也、つべこべ言わず、さっさとせぬか」

ぎゃいぎゃい騒ぐリリィたちを見て、カエデはその顔いっぱいに喜びを浮かべる。

「リリィ殿たちも無事でござったか! 本当に良かったでござるよ。
 拙者、拙者…」

「私たちも無事ですよ。だから、とりあえずは落ち着きましょう、カエデさん」

ベリオが諭すように優しく語り掛けるも、カエデは恭也に抱きついたまま再会を喜んでいる。
そこへ、いつの間にかリコがやって来て恭也とカエデの間に手を入れて二人を引き離そうとする。

「マスターから離れてください」

「おお、リコ殿。しかし、離れてと言われ申しても、拙者は師匠と感動の再会をしているでござるから」

「…私のマスターです」

「拙者の師匠でござる」

無意味な張り合いをする二人に溜め息を吐きそうになりながら、恭也は二人を止める。

「とりあえず落ち着け二人とも。それより、どうして那美さんと一緒だったんだ」

「おお、そうでござった。と言っても、拙者もよくは分からぬでござるよ。
 気が付いたら、那美殿の居られる寮にいたでござるから。
 話をしている内に、師匠の知り合いだと分かったのでつれて来てもらったでござるよ」

「そういう事か」

「と、玄関先では何だったな。とりあえず、あがるといい。
 那美さんも宜しければ、どうぞ」

「ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔しますね」

言って上がる那美の後からカエデも上がると、リビングへと向かう。
これで後はナナシだけかと思いつつ、恭也はリコへと視線を転じる。
恭也の視線の意味を悟り、リコは小さく頭を振る。
ナナシもこっちに来ているかどうかは分からない、と。
ともあれ、こうして殆どの者を再会できた事を喜びつつ、肝心の話は夜中になるなと恭也は考えていた。
そうこの時までは。
まさか、この後起こる出来事の所為で、それが伸びる事になるとは夢にも思わなかったのだった。





つづく




<あとがき>

ナナシ以外とは無事に再会〜。
美姫 「ナナシだけは本当に海鳴にいないの!?」
どうなのだろうか。
まあ、次回辺りで分かると思う。思いたい。
美姫 「いや、アンタ次第でしょうが」
あははは〜。
美姫 「ともあれ、無事にアヴァターへ、それもレベリオン発射から日数を開けずに帰還できるのかしらね」
どうだろうか。
ともあれ、次回もまだ海鳴でのお話だし。
美姫 「それもそうよね」
それじゃあ、次回で!
美姫 「じゃ〜ね〜」




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