『DUEL TRIANGLE』






第四十二章 復活のナナシですの〜





大人数となった夕飯に、しかし晶やレンは嬉々として料理に取り組み、
帰ってきた桃子はたくさんの客の訪問にご機嫌だった。
そんな温かい団欒を味わいつつも、やはり破滅の事が時折頭をかすめる。
しかし、それを感じさせないように務めつつ、夕飯を終える。
食後には、桃子のデザートが登場し、恭也以外は喜んで食べていた。

「そう言えば、恭也くんは甘いものが苦手でしたよね」

「ああ、そう言えばそうだったわね。でも、どうしてなの?
 お母さんがここまでの腕を持つパティシエなんだったら、
 小さい頃からそれなりに食べてたりすると思うんだけれど」

何気なく尋ねたリリィの言葉に、恭也は言葉を濁しながら誤魔化す。
その様を事情を知る面々は楽しそうに眺める。

「どうやら、美由希殿はその辺りの事情を知っているみたいでござるな」

「ほう。差し支えないようなら、是非とも聞いてみたいものじゃな」

「え、えっと〜」

「……好きにしろ」

クレアまでに言われて困ったように恭也を見る美由希へと、恭也はどうでも良いという風に答える。
それを受け、美由希は嬉々として話し出す。
どうも言いたくて仕方が無かったような感もするが。
恭也は席を離れると逃げたと思われると考えたのか、極力そちらを見ないようにしながらお茶を飲む。
その横では久遠を抱いたなのはが楽しそうにビデオカメラを回していた。

「ん? なのは、それはどうしたんだ?」

「これ? 忍さんが新しいのを買ったからってくれたの」

「忍がか。ちゃんと礼は言ったのか」

「うん。で、今はちょっと試しで撮っているところ。
 後でビデオ編集もするから、終わったら見てみる?」

全く機械が駄目という訳ではないが、
ここまでになるとやはり難く感じる恭也は、ただ感心したようになのはを眺めながら頷く。



かなり賑やかに時間が過ぎていく中、不意に那美の携帯電話が鳴り響く。

「あ、これはお仕事だ」

那美は急いで携帯電話を取り出すと、それを耳に当てる。
恭也たちはリリィたちに少し静かにするように合図する。

「あ、はい。はい。ええっ! ええ、大丈夫です。
 はい、それじゃあ、すぐにでも」

神妙な顔を見せる那美に、恭也が確認するように尋ねる。

「お仕事ですか」

「はい」

ちらりとリリィたちを一瞬だけ見た那美に、恭也は笑い掛ける。

「リリィたちなら大丈夫ですよ。それで、ここからは遠いんですか」

「藤見台の方です」

「そうですか。なら、送っていきましょう」

「でも…」

「気にしないでください。あの辺を除霊してくれるんですから」

「あ、そうでしたね。あそこは」

さっきまでとは違う那美の様子を不思議がるリリィたちへ、美由希が退魔士の説明を簡単にする。
恭也や美由希が信用しているから大丈夫だとは思っても、那美はそれでも何処か恐々といった感じで様子を窺う。

「ベリオ殿と同じ、僧侶みたいなものでござるな」

「立派ですわ、那美さん」

特に変わった様子を見せず、変わらずに接してくるリリィたちに、那美はほっとする。
そんな那美に気付かず、リリィは横目でベリオを見る。

「まあ、ベリオと同じにするのは悪いけどね。
 なにせ、うちの僧侶はそっち系が駄目で除霊できないし」

「リ、リリィ!」

「だって、事実でしょうが」

「うぅ。仕方ないじゃないですか」

そんな会話に笑みを零していた那美が、不意に真剣な顔付きになる。

「あの辺りに霊らしき目撃情報があったのは確かなんです。
 ただ、悪霊とかではなかったはずなんです。自然に成仏しかけていて、普通の人にも見えませんし」

「それが目撃されたって事ですか」

「はい。もしかしたら、違う霊かもしれません。
 もしそうだったら、あそこにいた霊がどうなったのか。折角、自然に成仏できる所だったのに」

「とりあえず、現場に行ってみましょう」

「はい」

言って立ち上がる那美と恭也に続き、リリィたちも立ち上がる。

「私たちも行くわ。万が一の時は、力になれるだろうし」

「駄目ですよ。危険な霊かもしれないんですよ」

「いや、もしそうならリリィやリコは役に立ちます」

はっきりとそう告げた恭也の言葉に嘘は感じられず、那美はリリィとリコを見る。
確かに、霊力のようなものを秘めているのが分かる。
それでも、関係の無い人を巻き込めないと那美は首を振る。

「それに、今回は可笑しな目撃情報もあるんです。ただの霊ではない可能性が」

恭也たちを見渡すと、ゆっくりと那美は語り始める。

「手や足がバラバラになって、それを集めている霊を見たという目撃情報があるんです。
 もしかしたら、ゾンビの可能性もあります。
 ただ、この日本ではゾンビは非常に珍しい存在なんです。
 欧米の土葬とは違い、日本は火葬ですから、ゾンビの元となるものがないんです。
 だから、自然発生したという可能性は殆どありません。
 なのに、ゾンビらしきものが目撃されたという事は、何者かが生み出した可能性があるんです。
 しかも、言葉を発していたという情報もあるぐらいです。
 そうなると、かなり高位の魔術で作り出されたゾンビの可能性も。
 事によると、私の手では負えず、薫ちゃんに応援を頼まないといけないかもしれないんです。
 ですから、そんな危険な事に皆さんを付き合わせる訳には……、ってどうかしたんですか?」

深刻な事態だという事を伝えるために、いつもよりも幾分真剣な表情で語っていた那美だったが、
恭也たちが揃って頭を抱えるような、困ったような、何とも言い難い表情をしているのに気付く。

「いや、ちょっと思うところがあってな」

「やっぱり、ナナちゃんもこっちに来てるのかも」

「でも、全くの人違い、この場合はゾンビ違いかしら」

「その辺りはどっちでも良いんでは、リリィ」

「と、兎も角、ナナシちゃんの可能性もあるって事ですよね」

「そうでござるな。リコ殿はどう思うでござるか」

「…可能性がない事もないです。
 どうも、今回の転移はマスターの意志が大きく関わっている可能性がありますから」

「リコ、それはどういう事だ?」

口々に話し始めた恭也たちを、那美は呆然と見遣る。
それに気付いた恭也が苦笑を浮かべる。

「ちょっと心当たりというか、まあ色々ありまして。
 どうも、俺たちもそこへと行かないといけなくなりました」

「でも、さっきも言ったように…」

「那美の言いたい事も分かるけれど、ちょっと確認しないといけないのよ。
 自分たちの身は自分たちで守るから」

恭也たちをじっと見渡すが、誰も譲りそうもないと感じて那美の方が折れる。
こうして恭也たちは藤見台へと出掛けるのだった。





 § §





藤見台の墓地へと続く道。
そこを途中で折れ曲がり、墓地とは違う方へと歩いて行く。
その後を恭也たちも黙って続く。
高台へと続く道を上り、途中でわき道にそれる。
少し進むと、両側を二メートル程度の崖に囲まれた場所へと出る。
そこで那美は足を止める。

「私が知っている霊は、この辺りを彷徨っていました。
 そして、ゾンビの目撃情報もここです」

那美は神妙に辺りを窺いながら、恭也たちへと警戒するように声を掛ける。
しかし、那美が口を開くよりも早く、那美たちから見て右側の崖上から能天気な声が響く。

「わ〜い、ダーリンですの〜」

その声と共に崖を覗き込んでくる褐色肌の少女。
その顔を見て、恭也たちはやっぱりと溜め息を吐く。
恭也目掛けて飛び降りるナナシ。

「恭也!」

流石に、バラバラになっても平気なのを那美に見せるわけにいかないという判断から、
リリィが鋭く呼びかける。
それに応えて恭也は走り出し、ナナシを受け止める。
どうやらバラバラにならずに済んだようで、恭也の後ろから安堵の吐息が聞こえてくる。
一方の那美は、そのやりとりを呆然と見ながら、戸惑いがちに尋ねる。

「お知り合いですか?」

「ああ。多分、そのゾンビの目撃情報はこのナナシの事だ」

「え、でも、手足がバラバラって」

「はーい。ナナシの手足はバラバラ……」

言いかけるナナシの口を塞ぐ恭也を不思議に思いつつも、那美はふと疑問を口にする。

「だとしたら、ここに居た霊は既に成仏されたんでしょうか」

「あー、ここにいた子なら、さっき帰ったですの〜」

「帰った?」

「はいですの〜。ナナシが上から落ちて来た時に知り合ったお友達ですの〜。
 でも、もうそろそろ行かないといけないと言って、行ってしまったんですの〜」

「そうなんですか。無事に成仏できたんですね。良かった」

ナナシの言葉にほっと胸を撫で下ろすも、すぐにその顔を驚愕に変える。

「あの霊が見えたんですか!?」

「はいですの〜。でも、それがどうかしたんですの?」

「ひょっとして、退魔士の方ですか?」

「何ですの、それは?」

疑問顔のナナシから注意を逸らすように、恭也が那美へと話し掛ける。

「とりあえず、これでお仕事の方はもう終わりですね」

「ええ。目撃されたのが、そのナナシさんで間違いなければ」

「間違いないはずですよ」

「ダーリン、ダーリンですの〜。
 ナナシは寂しかったですの〜。でも、こうして熱い抱擁があれば、その寂しさも忘れるですの〜」

恭也と那美が話している間、ナナシは恭也に抱かれたまま頬を胸に擦りつける。

「恭ちゃ〜ん。いつまでそうしているのかな〜」

美由希の言葉を切っ掛けに、リリィたちからも鋭い視線が浴びせられる。
内心で焦りつつ、恭也はナナシを降ろそうとするが、ナナシが首に抱きついてきて離そうとしない。

「ナナシ、そろそろ離してくれるとありがたいんだが」

「もうちょっとこうしていたいですの〜」

「それはちょっと…」

鋭さを増す視線に冷や汗を流しつつ、どうにかナナシを降ろす。

「えっと、とりあえず帰りましょうか那美さん」

「そうですね」

強引に話を変えると、恭也は那美をさざなみ寮へと送って行く。

「あ、耕介さんにはカエデはこっちで預かると伝えておいて頂けますか」

「分かりました。あ、それじゃあ、カエデさんの服とかはどうします?
 服以外にも、真雪さんが色々と外したみたいですけれど」

「今から…は、遅すぎますね」

「耕介さんは起きているとは思いますけれど」

「それじゃあ、迷惑でなければ今頂ければ」

「ええ。ちょっと待っててくださいね」

言って中へと入って行く那美を見送る。

「師匠、今借りている服はどうすれば良いでござるか」

「それは洗濯して、後日返しに来よう。
 それにしても、カエデは運が良かったな。
 さざなみでなければ、銃刀法違反で警察に通報されていたかもな」

「それは勘弁願いたいでござるな。
 そう考えると、確かに運が良かったでござるよ。師匠の知り合いの所で」

と、そこへ紙袋を手にした耕介が現れる。

「こんばんは、恭也くんに美由希ちゃん、カエデちゃん。
 えっと、初めましてかな」

「こんばんは、耕介さん。どうも、カエデが世話になったみたいで」

「良いって。困ったときはお互い様だろう。尤も、恭也くんの知り合いだって分かって、少し驚いたけれどね。
 本当に、世間ってのは意外と狭いね」

「ええ、本当に。あ、今カエデが着ている服は後日、洗濯して返しますから」

「そうかい。ありがとう。ああ、近々、うちでパーティする事になると思うから、その時で構わないよ。
 多分、というか間違いなく、高町家へと参加の電話が行くだろうし。
 そっちの子たちの紹介はその時で構わないよ。今日はもう遅いしね」

「助かります。でも、何のパーティーですか?」

「ああ。真雪さんの漫画がテレビになるんだって」

「それはおめでとうございます」

「本人に伝えておくよ。尤も、その所為でここの所、ゆっくりと寝てなかったみたいだけれどね」

「それじゃあ、また日を改めて」

「うん。あ、那美ちゃんを送ってくれてありがとうね」

「いえ。それでは」

耕介へともう一度礼を言うと、恭也たちはさざなみを後にする。
高町家へと帰る道すがら、全員が揃った事もあり、恭也はリコへと目配せする。
その意味を悟り、リコは小さく頷く。

「マスターの思うように」

恭也は暫く考えた後、ゆっくりと自分が赤の主となった事。
赤の書と白の書のこと。リコが赤の精霊である事を話し出す。
時折、リコ自身も補正するように口を挟む。
その話をリリィたちは黙って聞いていた。

「つまり、赤か白の主が死ねば、自動的に残ったもう一方が救世主になるって事?」

「しかも、白の主は破滅側に居るんですよね」

「ああ。それと、救世主というのは皆が思っているようなものでもないらしい」

流石にこの言葉に全員が息を飲む。

「どういう事じゃ、恭也。なら、破滅は、破滅はどうやって滅ぼすのじゃ」

「破滅を倒すのなら、召還器を持つ俺たちで充分だ。
 別に救世主が破滅を滅ぼすわけじゃない。
 さっきも言ったが、破滅側に救世主が生まれる可能性もあるのだから。
 俺も詳しくは知らないけれど、救世主とは世界の運命を決めるらしい」

恭也はリコから聞いたうち、伝えても大丈夫だと思う所だけ伝える。
特に、今までの救世主が命を落としている所だけは絶対に悟られないように。

「つまり、救世主になった者が、破滅を滅ぼすのか人を滅ぼすのか選ぶって事ですか?」

ベリオの言葉に恭也は曖昧に頷く。

「そこまでは分からない。
 ただ、救世主になれば破滅が滅んで平和になる、そんな簡単なものではないみたいだな」

言って恭也は皆よりも数歩先に出ると、くるりと振り返り頭を下げる。

「すまなかった。今まで黙っていて。しかも、あんな形とはいえ、皆を出し抜いたみたいになってしまった」

恭也の隣にリコが並び、同じように頭を下げる。

「私も、今まで黙っていてすいません。ですが、マスターは何も悪くないんです」

「リコ。選んだのは俺だ。お前は誰も選ばないようにしていただろう」

「でもっ!」

互いに庇いあう二人へと、リリィが声を掛ける。

「確かに黙っていたのは許せないわよ。でも、どうしようもなかったんでしょう」

「リリィ…」

誰よりも救世主に拘っていたはずのリリィの言葉に、恭也は若干の驚きと大きな感謝を抱く。
それを察したのか、やや照れたようにそっぽを向きながら、早口で捲くし立てる。

「ほら、それに私が思っていたのとは救世主そのものが違うみたいだしね。
 前にアンタも言ってたでしょう。救世主になれなくても破滅と戦う事はできるって。
 既に破滅との戦いは始まってるのよ。だったら、救世主がどうこう言っている暇はないでしょう」

リリィの言葉に他の者たちも頷く。

「それに、恭也くんが倒されてしまうと破滅側に救世主が誕生してしまう事になるみたいですし」

「何があろうと、拙者は師匠に付いていくだけでござるよ」

「ナナシもダーリンとは一蓮托生ですの〜」

「ナナちゃんが難しい言葉を…」

「み、美由希ちゃん、流石にそれは…」

すぐにいつもの様子に戻る美由希たちに恭也とリコは顔を見合わせて小さく笑みを浮かべる。
だが、この中にあってクレアだけは一人厳しい顔をしていた。

「…恭也。救世主が私たちの思っているような存在ではないということは分かった。
 じゃが、その力が強大のもまた事実。その力を持ってすれば、破滅の戦いは有利になるというもの。
 なのに、何故にお主やリコは救世主を誕生させようとせぬのじゃ。
 いや、お主たちだけではない。ミュリエルまでもが救世主の誕生を嫌がるのじゃ」

「クレア様、それはどういう事ですか! どうして、お義母さまが」

「学園長が救世主の誕生を願っていないなんて、そんな事」

クレアの言葉に眦を吊り上げるリリィと、その横で不安げな顔で見詰めてくるベリオに、
しかしクレアははっきりと首を振る。

「それは間違いない。ミュリエルは、救世主の誕生を望んではおらぬ。
 救世主誕生の試練とも言える導きの書。救世主の力を引き出す救世主の鎧。
 この二つが学園から通じておる地下深くにあった事を知りながら黙しておった。
 それに加え、お主たちを監視するような行動じゃ。
 救世主に最も近いと思える人物に対してのミュリエルの行動を考えるとな」

「学園長自らが監視していた事を言ってるんだな」

クレアの言葉に恭也が口を開き、クレアはそれに頷く。

「やはり、気付いておったか」

「ええ。アヴァターへ来たばかりの頃、何者かがずっと監視していたのは知っていたから。
 やはり、学園長だったんですね」

「そうじゃ。魔法で気配を消してお主の行動を見張っておったようじゃの」

「でも、それも途中でなくなりましたよね」

「ああ。そこが分からぬ。ある時をきに、そのような行動がなくなった。
 初めは何か考えがあってかとも思ったが。どうもそうではないようだし」

「待ってください、クレア様! それでは、お義母さまが破滅に組する者って事ですか」

「そうは言っておらぬ。
 確かに、救世主の誕生を阻止しようとしている節は見受けられたが、その行動理念は常に一つじゃ。
 あ奴は間違いなく、破滅を倒そうとしておる。それは間違いない」

「それはそうと、どうしてクレア王女がそこまで詳しい事を知っているでござるか」

「悪いとは思っておるが、間者を忍び込ませておる。
 学園の者からの報告だけでは掴めぬ事があるゆえな」

クレアの顔は国を治める王女としてのそれで、そのような事を由とはしてはいないながらも、
国を民を守るためには必要な手だと分かっており、批判なども覚悟の上で実行している事を思わせる。
決して、この王女がただの飾りではないと思わせる力強いものをその瞳に宿すクレアに、
リリィたちもただ黙り込む。
そんな沈黙を恭也が破る。

「…ダリア先生ですね」

「っ!」

否定も肯定もしなかったが、僅かに見せた動揺からそれが事実だと悟る。

「やっぱりそうですか。時折、学園長を見る時の目が気になっていたんです」

「よく見抜いたの。あ奴は私の懐刀で、諜報活動に関しては他の者よりも群を抜いておるというのに」

「偶然ですけれどね。
 一度、気付けば後はじっくりと観察していれば、自ずとそういった場面を見る事になりますから」

「そうか。ならば、黙っていても仕方あるまい。
 ミュリエルは、千年前のメサイアパーティーの一人じゃ」

「えっ! 嘘っ!」

「だって、千年前って」

美由希が未亜を含め驚く面々に対し、リコは肯定するように頷く。

「その通りです。彼女は千年前、一緒に旅をした仲間です。
 ただ、全てが終わった後に元の世界へと戻されてしまいましたが。
 それでも彼女は親友の一人と交わした約束のために、世界を越えて戻ってきたのでしょう」

「そうか、次元の揺らぎね! その所為で、アヴァターに戻ってきた時には千年の時が流れていたんだわ。
 そして、その途中で私を拾ってくれた」

「その辺りは今は良い。
 私が聞きたいのは、ミュリエルにせよ、リコにせよ、救世主の誕生を望んでいないという事じゃ」

いつの間にか話がずれていたのを、クレアはやや強引に戻す。
その瞳はまっすぐに恭也とリコを捉え。
そこから、リリィたちもまだ隠していることがある事を悟り、じっと恭也とリコが話し出すのを待つ。
やがて、恭也は諦めたのかその重く閉ざしていた口を開く。

「別に大した事じゃないんだがな。
 単に、今まで真の救世主は誕生していないってだけだ」

「救世主が誕生しておらぬ、だと…」

「…はい。救世主になるために試練があるのは確かです。
 そして、それに耐えられた者は一人も居ません。
 皆、発狂して狂ってしまうか、自ら命を絶つか」

「リコはそれをずっと見てきたんだ。だから、もうそんなのを見たくないと救世主を選ぶのを放棄した」

「でも、恭ちゃんは選ばれたんだよね。
 という事は、恭ちゃんもその試練を受ける事になるの!?」

「…それは絶対にさせません。試練を受けるには救世主となる必要があります。
 そして、そうなるには私と白の書のマスターにならないといけないのです」

「そうだったね。でも、それなら白の主も倒してはいけないって事になるんじゃ。
 そうしないと、恭也さんが救世主になっちゃうんでしょう」

未亜の言葉にリコは頷く。
今まで、恭也が倒されれば敵側に救世主が誕生すると思っていたが、確かに逆を言えばそういう事だと気付く。
そして、今の恭也とリコの話を聞く限り、救世主となった先に待っているのは死なのだ。

「ちょっと、どうしてそんな大事な事を黙っていたのよ!」

「そうでござる。それを防ぐ手立ては何かないのでござるか」

「あります。白の主を殺さずに生け捕ること。
 そうすれば、白の主をマスターが自然死するまで封印する事ができますから。
 自然死の場合、単に契約が切れるだけで救世主の誕生にはなりませんから」

リコの言葉に、しかし美由希たちは難しい顔をする。

「そのためにはまず、誰が白の主か分からないといけないわね」

「それに、白の主を生け捕りになんてできるでしょうか」

「でも、やらないと恭ちゃんが…」

深刻になるリリィたちに、恭也は普段通りの声で話し掛ける。

「今、ここで難しく考えても仕方ないだろう。
 もし、白の主と対峙したら、全員で生け捕りにすれば良いんだ。
 そういう訳だから、皆頼りにしてる」

恭也の言葉に、誰ともなく苦笑を洩らす。
確かに、今ここで論じていても仕方のない事だと。
遅かれ早かれ、白の主は必ず恭也かリコの前に現れる事になるのだから。
全員が納得したのを受け、リコが話を変える。

「今は元の世界へと戻る事が先決です。
 前例でミュリエルがアヴァターへと戻った事からみて、私たちもアヴァターへと戻る事は可能かと思われます。
 ただ…」

「千年も掛かる訳にはいかないな」

リコの言いたい事を察して言った恭也の言葉に、リコははいと頷く。
それは全員が思う事で、どうにかできないかとリコへと自然と視線が注がれる。

「前に説明したように、咄嗟の逆召喚ですので、向こうへと帰る目印がありません。
 本来なら、無限世界の何処かへとバラバラで飛ばされているはずが、
 こうして一つの世界に飛んだ事事態、天文学的な数字なんです」

「そう言えば、それと恭也さんが関係あるみたいな事を言ってなかった?」

「ええ。恐らくですが、マスターの魔力を元に召喚陣を作った事が関係しているかもしれません」

「まさか。その程度で変化するようなら…」

未亜の言葉に答えるリコへ、この中で最も魔法に詳しいリリィが反論する。
それを途中で遮るように、リコもリリィの言いたい事を肯定する。
その上で、気が付いた事を告げる。

「あの時、一瞬でしたが私以外の力を感じました。
 それも、今思い返してみれば分かるといった程度のものですが。
 その力に引っ張られた可能性があります」

「つまり、何者かが恭也くんの世界へと飛ばす手助けをした、ってこと?」

「はい」

「でも、誰がでござる?」

「分かりません。ですが、少なくともマスターの世界を知っている者。
 それも、この世界に居る可能性が高いです」

「それはないと思うけれど…。
 私たちの世界で転移なんて魔法を使える人なんて居ないし」

美由希の言葉に、リコはすまなさそうに謝る。

「ごめんなさい。私にも詳しい事は分からないんです。
 ただ、何となくそう思っただけで。でも、あの時何かの力が働いたのは間違いありません。
 それも、マスターを助けるような形で」

「あ、別にリコさんを責めている訳じゃなくて。
 ただ、こっちの世界って魔法がないから」

突然謝られた美由希は、逆に慌ててリコを慰める。
リコの話を聞きながら考え込んでいた恭也の手にルインが現れる。
突然、ルインを召喚した恭也に慌てて周囲を警戒する美由希たち。
だが怪しげな気配などなく、不思議そうに恭也を見詰めると、同様に恭也も美由希たちを不思議そうに見ていた。

「何をしているんだ」

「それはこっちの台詞だよ、恭ちゃん。
 行き成りルインをだすから、敵かと思ったじゃない。
 って、ここは私たちの世界の日本だよ! そんなものを出して、誰かに見られたら」

「それは分かっている。だが、ルインが何か伝えたいみたいだったからな」

「伝えたいって? 恭ちゃん、遂に可笑しな幻聴まで…」

憐れんだ目で兄を見詰める美由希へと、当然の如く鉄拳が落ちる。

「お前は人を何だと思っているんだ。
 ったく。お前だって召還器の声を聞いているんだろうが」

「確かに聞いたけれど、それって最初に名前を教えてくれた時だけだよ。
 あれ以降は声なんて聞こえないもん」

「何を言っているんだ? 救世主の条件は召還器の本質を知ることだろうが。
 なら、声が聞こえなくてどうするんだ?」

本気で不思議そうな顔で見てくる恭也に、自分だけが可笑しいのかとリリィたちを見るが、
どの顔にも美由希と同じように困惑した表情が浮かんでいた。

「マスター。マスターは召還器の声が聞こえるのですか?」

「聞こえるというか。はっきりとではないが、時折、話し掛けてくるんだ。
 だが、制限とか、限界とかで常に話せる訳ではないようだがな。
 どうも、俺の聞き取る力が弱いのか、途切れ途切れの感じだが。
 どうやら、俺だけみたいだな。
 俺はてっきり、この声がはっきりと聞き取れるようになる事が、
 召還器の本質を知るという事だと思っていたのだが」

「どうしてそう思われたんですか」

「いや、前に学園長に相談したら、もっとはっきりと聞き取れるようになってくれと言われたからな」

「…そういう事ですか。それで、ミュリエルはマスターの監視などを止めたんですね」

「どういう事だ」

「恐らく、召還器から何かを聞きだせると考えたのでしょう」

「そうなのか?」

「分かりません。私たちにも召還器の詳しい事は分からないんです。
 私やイムニティが創り出されるよりも前から、召還器は存在してましたから」

「生まれ出された、だろう。リコが精霊であれ何であれ、こうして心を持って生きているんだから、
 それは命の誕生なんだから」

「はい」

恭也の言葉に嬉しそうに返事を返すリコ。
そんな二人を何となく眺める形となってしまったリリィたちだったが、すぐに我に返る。

「恭也が召還器の声を聞けるのは分かったけれど、今、何を伝えようとしているのよ!」

「そうだったな」

リリィの言葉に恭也は改めてルインを掲げ持ち、その刀身へと額を付けて目を閉じる。
やがて、ルインから離れて目を開けた恭也は、やや信じられないような顔をして今聞いた事を話し出す。

「あの逆召喚の時、この世界へと俺たちを引き寄せたのはる召還器らしい」

『召還器が!?』

「ああ。しかも、その召還器は今もこの世界にあるらしい。
 その召還器を見つける事が出来れば、向こうへと戻れると言っているが」

「マスター、その召還器がアヴァターへとアンカーを付けているという事ですね」

「そうみたいだな。しかし、アヴァターに居るときよりも、やけにはっきりと声が聞こえるな。
 ……何だ? うんうん。…監視が緩いから、向こうよりも若干話せるのか」

「ひょっとして、ルインと会話してるの」

美由希が恐る恐る尋ねると、恭也は静かに頷く。
改めて目の前で見せられると信じざるを得ないのだが、
やはり傍から見れば剣に向かって一人喋っている怪しい人だった。
だが、誰もそれを口には出さなかったが。
思っている事は同じなのか、顔を見合わせて何となく引き攣った笑みを見せる。
その間も恭也はルインと言葉を交わす。

「こちらへと引き寄せた召還器が見付かれば、そこからリコの転移魔法でアヴァターへと戻れると言っているが」

「ええ、可能です。その召還器が付けたアンカーさえ分かれば」

「問題は、その召還器が何処にあるのかね」

リリィの言葉に頷く中、ナナシが退屈そうに恭也の腕に絡みつく。

「ダーリン、難しい話はもうおしまいですの?」

「いや、まだだが」

ナナシに苦笑しながら、恭也は召還器をどう探すか考える。
と、ナナシを美由希が引き離す。

「ナナちゃん、はなれ〜なさ〜い」

「いやですの〜。折角、ダーリンと会えたのに〜」

揉め合いつつも何とかナナシを引き離して満足げな美由希と、不満たらたらなナナシ。
そんな二人をベリオや未亜が苦笑して見詰める。
そんな一行をライトが照らす。
どうやら車が通るようで、恭也は慌ててルインを仕舞う。
と、車を始めてみるナナシが興味深そうに車道へと飛び出す。
慌ててブレーキを掛けたのか、甲高い音が夜のしじまを破る。
動けないナナシへと恭也は神速を使って駆け寄ると、その身を抱えて飛ぶ。
しかし、その身体が僅かに車に触れ、地面を転がる。
恭也は腕の中にしっかりとナナシを抱き締めて庇いながら地面を転がる。
やがて、反対側の歩道にぶつかって止まるも、恭也は軽く頭を打って朦朧とする。
慌てて降りてくるドライバーへと美由希と未亜が対応するのを視界に捉えつつ、恭也はナナシの顔を見る。

「無事か?」

「はいですの。ダーリンのお陰ですの。
 でも、代わりにダーリンが」

「俺なら大丈夫だ」

「ぐすっ。ごめんなさいですの〜」

「いや、わざとじゃないって分かっているから」

「でもでも…。どうしてナナシを庇ったんですの。
 ナナシはもう死んじゃっているから、庇わなくても良いですのぉ」

「そう言えばそうだったな。すっかり忘れていた。
 咄嗟に身体が動いたんだ」

「ぐすぐすっ。やっぱり、ダーリンは優しいですの。
 大好きですぅ、ダーリン」

泣きながら抱きついてくるナナシの頭を撫でる恭也の横へ、ベリオがしゃがみ込む。
治癒魔法を唱えるベリオに礼を言いつつ、恭也は泣き止まないナナシを必死に慰めていた。
こっちが無事だと知った美由希と未亜により、ドライバーもようやく納得したのかこの場を去って行く。

「はぁ、疲れた。さっきの人には謝っといたよ」

「とても心配されてましたけれど、大丈夫だと伝えて行ってもらいました」

「ああ、助かった。あの人には悪い事をしたな」

「いい人で良かったよ」

そう言いながら、美由希は泣いているナナシを見る。
流石に今は引き離すような事はしない。

「どうですか、恭也くん」

「ああ、もう大丈夫だ。ほら、ナナシもいい加減に泣き止んで」

身体を起こしつつナナシをあやす。
恭也が身体を起こした事により、ナナシの身体も起き上がり、ナナシの涙がぽたぽたと自身の身体へと落ちる。
その涙は、いつの間にか服から出ていたロザリオへとかかり、突如、ロザリオが光を放つ。

「きゃっ」

「な、何じゃ」

「何が起こってるのよ!」

口々に騒ぎつつ目を庇う。
ようやく光が収まると、そこは何事もなくさっきまでと変わらない様子で。
いや、恭也は目の前のナナシに違和感を感じる。
いつものようなのほほんとしたものではなく、知性が感じられる涼しい眼差しを恭也へと向ける。

「ようやく会えたわね、恭也くん」

「ル、ルビナスさんですか」

「その通りよ」

「それじゃあ、ナナシは…」

「ナナシは私の魂そのもの。ナナシの記憶は私に、私の記憶はナナシに。
 ナナシは消えたのではなくて、私と一つになったのよ。
 というよりも、ナナシも私だったんだけれどね。
 千年前の記憶がない状態をナナシと思ってくれたらいいですの〜。
 で、今はこうして記憶を取り戻したから、話し方とかも昔に戻ったんですの〜。
 流石に、これはちょっと恥ずかしいわね」

言って照れ笑いを見せるルビナスに、恭也もほっと笑みを見せる。
一方、事情を知らずに困惑するリリィたちへと、恭也は説明する。

「それじゃあ、貴女が千年前の救世主…」

「いいえ。正確にはあなたたちと同じ救世主候補よ。
 そして、元赤の主。久しぶりね。今はリコだったわね」

「はい。また会えるとは思ってませんでした、ルビナス」

「さて、感動の再会はここまでにして、今はこの世界にある召還器の行方を探すのが先ね」

「ええ。ですが、探すといっても何の手がかりもないですし」

「恭也くん、ナナシと話していた時みたいに話してくれると嬉しいんだけれど。
 じゃないと、記憶と違和感があり過ぎて」

「むっ、注意する」

「そうそう。そんな感じでお願いね。
 で、話を戻すけれど」

「そうじゃ、どうやって召還器を探すのじゃ。
 その言い方から察するに、心当たりでもあるのか」

クレアの言葉に、ルビナスは僅かに目を細める。

「さすがアルストロメリアの子孫ね。鋭いわ。
 殿下の思ってらっしゃる程の手掛かりではないですが…」

そう前置きをしてからルビナスは語り出す。

「その召還器が何故、この世界にあるのかは分からないけれど、恭也くんを引っ張ってきたという事は、
 少なくともその召還器は恭也くんを知っているって事よ。
 つまり、恭也くんの身近にあったって事になるわ。今までに一度でも目にした事があるはずなのよ。
 それが剣なのか杖なのか、篭手なのか。そこまでは分からないけれどね。
 恭也くんが今までに目にした事のある武器類で、思い当たるものはない?」

「それなら簡単そうね。
 恭也くんの世界は概ね平和で、武器を持ち歩くのも許可がいると言ってたから」

ベリオの楽観的な言葉に、恭也と美由希は顔を見合わせて苦笑を見せる。

「確かに平和は平和だが…。俺や美由希は少々事情があって、普通とはちょっと違う幼少期を過ごしているからな。
 思い当たる武器も何も、俺が小さい頃は回りの殆どの人が武器を所持していたし。
 知り合いにも武器を持っている人はいるから」

「本当に、あんた達ってどんな風に過ごしていたのよ」

やや呆れたように呟くリリィに、恭也と美由希はただただ苦笑を返すだけだった。

「まあ、焦っても仕方ないわね。その辺りはゆっくりと考えてもらいましょう。
 その召還器さえ見付かれば、こっちでどれぐらい過ごしても、
 逆に次元を超える事によって、向こうでは二、三日って所で済むだろうし」

「そうなのか」

「……まあ、限度はあるわよ当然。
 でも、一週間かそこらなら問題ないわ。だから、じっくりと考えて」

ルビナスに言われ、恭也はただ頷く。

「まあ、とりあえず今日は色々あって疲れたから、ゆっくりと休みたいな。
 早く帰るとしよう」

この言葉には全員も賛成で、一向は足早に高町家へと向かう。
その道すがら、何故か恭也の部屋で眠るのは誰かという言い争いになり、
結局、今日は遅いという事で、恭也がリビングで寝て、
空き部屋と美由希、恭也の部屋に分かれて眠るという事で落ち着いたのだった。





つづく




<あとがき>

遂にナナシも登場。
しかも、ルビナス復活〜。
美姫 「ほうほう。で、これからどうなるのかな?」
うん。とりあえずは、こっちの世界にある召還器探しだね。
美姫 「で、その召還器はどこに」
それは恭也たちに頑張って探してもらわなければ。
美姫 「次はいつ頃のアップかしらね〜」
あ、あははは。それも、恭也たちに頑張って動いてもらわなければ…。
美姫 「アンタも頑張って手を動かしてね♪」
…は、はい。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。




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