『DUEL TRIANGLE』






第四十三章 過去からのメッセージ





ああ、これは夢だな。
夢の中でそれと気付く夢を見ながら、恭也は同時にこれが過去の出来事だと悟る。
過去の出来事を夢で見ているのだと。
立派な日本家屋の中庭に面した縁側に座る自分の傍らに、柔和な老人が一人。
彼女はそっと手を持ち上げると小さな恭也の頭を優しく撫でる。
恭也も嬉しそうに僅かにだが表情を綻ばせると、甘えるように目を閉じる。

「本当に、恭也はいい子だね。でも、もっと甘えても良いのに。
 まあ、士郎が父親じゃあ仕方ないかもね」

そう言って笑う女性に、恭也は士郎を庇うような事を言う。
そんな恭也の必死さに、老人は分かっていると笑みを浮かべたまま恭也の頭を撫で続ける。

「ちゃらんぽらんに見えるけれど、あの子はしっかりしてるもの。
 御神や不破に縛られない強さを持ってね。
 でも、それが他の、特に老人たちには気に入らないんでしょうね。
 それでも、あの子はあの子の思うようにすれば良いのよ。それで幸せならね。
 恭也に剣を教えるあの子は本当に楽しそうですものね」

言って更に皺を深くして笑う老人――恭也の祖母にあたる美影はしみじみと語る。
しかし、幼い恭也にはその語られた言葉の意味があまり分からずにきょとんとした顔を向けるのみ。
そんな恭也の頭から手を離しつつ、美影は小さくもう一度笑みを浮かべると、湯飲みを手に取る。
それを見て、恭也も同じように自分に用意されたそれを手にして口を付ける。
二人して一口飲んで、ほっと息を零す様は何処か温かい笑みを誘うような光景だった。
しかし、今はこの家には二人以外の者はなく、それを見る者はいないが。
湯飲みを静かに置いた美影は、目を僅かに細めて背筋を伸ばす。
瞬間、さっきまでの祖母としての優しい雰囲気から、
御神を影から守り、裏の御神の名を冠する不破を束ねる者のソレへとがらりと変わる。
それを幼いながらも感じ取った恭也は、父とする鍛錬時のようにこちらもまた鋭い眼差しを見せると、
静かに美影を見上げる。
美影は正座したまま恭也へと向き直ると、恭也もまた縁側からぶらぶらさせていた足を上げ、
同じように正座して美影と向かい合う。
暫くは無言だったが、やがて静かに美影が語り出す。

「恭也、物心が付いた時には既に剣を握っていたあなたには剣以外の道を選べなかったのかもしれない。
 でも、士郎に問われた時に剣士となる事を誓ったのだから、やはりあなたにも話しておかなければならない事よ」

じっと見詰める美影の目を静かに見詰め返す恭也。
同じように静かに恭也を見詰め返すと、美影は徐に口を開く。

「まず、最初に言っておく事があるわ。
 それはね、御神や不破の本来の持つべき意味は現在では伝わっていないとされている事よ」

「意味? それは守ることじゃないの」

不思議そうに尋ね返す恭也へと、美影は頷いて肯定する。

「ええ、それもあるわ。でも、それだけではなかったらしいのよ。
 その事は御神ではなく、不破の当主へと代々口伝で伝えられていったの。
 でも、今ではそれも忘れられて、伝わっているのはたった二つ。
 一つは、今言った本来の御神の理が現在伝わっていることとは違うこと。
 もう一つは、何か困った事があった際には、御神の伝承刀である龍鱗に心を開けという事。
 どういう意味かは誰も知らないわ。ただ、その資格がある者の呼びかけに、龍鱗は応えるとされているの」

「ふーん。でも、それをどうして僕に」

いまいち意味は理解しきれていないが、それでも必死に理解しようとする恭也へと、
ゆっくりと、言い聞かせるように話していく。

「確かにね。本来なら、次期不破の当主に伝えなければいけない事なのだけれど。
 ただ、御神当主の静馬さんに娘が生まれたからね。
 言い伝えでは、女の当主が大事らしいのよ。
 そして、本来の不破の役目は女の当主が出来た際、持てる全ての技を教える事なのよ。
 不破家のみに伝わる、いいえ、不破へと隠された技を御神へと返す。
 御神不破として、完全な形としての御神流を振るえるように」

「完全な御神?」

「ええ、そうよ。本来、御神と不破は一つだったと言われているわ。
 御神不破流としてね。でも、何らかの理由から分かれたらしいのよ。
 話が少し逸れたわね。
 不破の口伝では、御神の直系に娘が生まれて当主となる時に、この事を伝える事になっているのよ。
 琴絵さんの時は体が弱くて当主は静馬さんと分かっていたから、そうはならなかったけれどね。
 いいえ。今までの長い御神の歴史を紐解いても、当時の当主に娘が生まれる事さえなかったのよ。
 それがここに来て娘が生まれたのよ。きっと何かしらの意味があるはずよ」

そう言って恭也を見詰め、懸命に話を聞いている事を確認すると続ける。

「それが何かしらの意味を成すのなら、同じように不破としての意味を成すのは、
 老いぼれの私や士郎たちじゃなく、同じ年頃のあなたになるでしょうね。
 だから私は今、こうして恭也、あなたに不破の口伝を教えているのよ」

「うーん、言っている事がちょっと難しいかも」

「でしょうね。今はまだ理解する必要はないわ。
 ただ、今私が言った事を覚えていて頂戴。そして、何かあった時はお願いね」

「分かった」

この日から約一月後、御神は琴絵の結婚式の際に全滅する。
そして、恭也もこの時の言葉を頭の片隅へと追いやっていたのだった。





 § §





恭也は不意に目を開けると暫くは天井をぼぉっと眺める。

「…夢か」

珍しく見た夢のせいか、やけにはっきりと憶えていた恭也はそれを反芻するように思い出す。
懐かしい顔に知らず口元を緩めるも、思い返すうちにその顔付きが鋭くなっていく。

「まさか、龍鱗がそうなのか…」

呆然といった感じで呟いた恭也の脳裏には、昨日ルビナスが言っていた言葉が渦巻いていた。
自分の身近にある武器が召還器の可能性があるという言葉を。
しかし、龍鱗は御神の伝承刀だ。
その上、今は香港に居る美由希の本当の母親が持っている。
それらを確認する上でも、一度美沙斗に連絡を取ろうと決めると恭也は起き上がる。
と、近づいてくる気配に気付き扉を見遣ると、静かに扉が開けられてそこから美由希が顔を覗かせる。

「あ、起きてたんだ」

「まあな。お前こそどうしたんだ」

「うん、鍛錬の時間になったからかな、勝手に目が覚めて」

なるほど、美由希の言う通り早朝の鍛錬の時間を時計は指していた。

「なら、久しぶりにこっちの世界でやるか」

「うん」

恭也の言葉に嬉しそうに頷く美由希を見ながら、恭也はそっと自分の部屋へと入って準備を進める。
幾ら自分の部屋とは言え、女性の寝顔を見るのはどうかと思い、壁の方を見ながら起こさないように準備を済ます。
恭也の準備が整うと、二人はこっちの世界での鍛錬場所へとランニングするのだった。





 § §





二人が鍛錬から戻ってくると、既に起きていたリリィたちに挨拶をする。

「で、アンタたちはどこに行ってたのよ?」

「鍛錬だが。どうかしたのか」

「別にどうかした訳じゃないけど…。
 それより、例の件はどうなったの?」

キッチンで朝食を準備している晶を考慮してか、声を落として聞いてくるリリィに恭也は一つ頷く。

「まだ確証はないが、一つ心当たりがある」

その言葉に今にも詰め寄りそうな様子を見せるリリィたちを制する。

「まだ確実ではないがな。その為にも、朝食を終わった後にちょっと電話を掛ける」

「電話?」

「念話器のようなものだよ」

初めて聞くといった顔をするリリィたちに、美由希が小さく似たようなものを教える。
それに納得するリリィたちへと説明を切り上げると、恭也は美由希に先にシャワーを浴びるように言う。
美由希が風呂場から出てきたのを受け、恭也が風呂場へと向かう。
その後を当然のように、ナナシが付いて行く。

「って、何でアンタまで付いて行ってるのよ」

「ナナシはダーリンの背中を流そうと思っただけですの〜」

「ルビナスさん、何をしているんですぁ」

「む〜、ノリが悪いわよ恭也くん」

「性分です」

「しかも、口調が戻ってるし」

「…善処する」

「うんうん。それじゃあ、背中を流してあげるから行こう」

「遠慮する。というか、大人しくしててくれ」

「照れなくても良いのに」

「ルビナス、貴女はここに居てください。
 マスターの背中は私が」

「そういう事なら弟子である拙者が」

わいわい言い争いを始める三人を尻目に、そっと恭也は風呂場へと向かうのだった。



朝食も終え、晶やレン、なのはといったアヴァターに関係のない者たちが居なくなった後、
恭也はリビングで朝の夢の話を美由希たちにしていた。

「……と、そういう訳で、その龍鱗を取りあえず送ってもらおうと思ってな」

「今は手元にはないんじゃな」

「ああ。龍鱗は元々御神の当主が持つ小太刀だから。
 今は美沙斗さんが持っている」

恭也から出た美沙斗という名前に数人が反応するも、恭也は気付かずに続ける。

「今から美沙斗さんへと連絡を入れて、龍鱗を送ってもらう。
 まあ、今回の件がなくても、そろそろ送ってもらう予定だったしな」

「えっ、それって、もしかして私の皆伝が近いって事?」

「さあな。
 ただ、美由希の皆伝の儀まで、俺が預かっておく事になっていたからな。
 皆伝の儀では、俺が龍鱗を使う事になるから、早いうちに慣れておく必要もあったしな」

恭也の言葉に美由希は残念そうに肩を落とすが、恭也は内心でそう遠くない日だと考えていた。
そんな兄妹のやり取りに割って入るように、ルビナスが恭也へと尋ねる。

「ところで、さっきから言っている美沙斗さんって誰?」

「父さんの妹で、俺の叔母に当たる人だ。
 そして、現在残っている御神の剣士で唯一完成された人だ」

「それって、もしかしなくても恭也くんや美由希さんよりも…」

「ああ、強い」

恭也の言葉にリリィたちはただ言葉を無くす。
召還器を持っていることを差し引いても、恭也と美由希の身体能力は救世主クラストップレベルなのである。
それよりも上が居るというのだから。
そんな皆の心情が分かったのか、美由希は苦笑を浮かべる。

「でも、母さんは恭ちゃんには敵わないって言ってたよ」

「そんな事はないだろう」

「でも、一度勝ってるじゃない」

「偶然だ」

「強情なんだから」

そんな兄妹のやり取りにクレアが首を傾げる。

「桃子は剣をやっておらんのだろう。何故、今ここに出てくるんじゃ?」

「ん? ああ。そういえば言ってなかったか」

「色々と複雑な事情があるんだけれど、
 今恭ちゃんが話していた残る御神の剣士っていうのが、私の本当のお母さんなの」

「じゃあ、恭也と美由希って」

「うん。本当は兄妹じゃなくて従姉妹になるの」

「因みに、さっき話した当主の娘が美由希で、俺は不破の人間だ」

流石にその複雑な事情とまでは聞こうとはせず、リリィたちは話を変える。

「まあその辺は良いとして、いつ連絡するの?」

「今からするつもりだ」

言って恭也は電話機の所まで行くと、慣れた様子で番号を押す。
暫く幾つかのやり取りの後、受話器を置いて戻ってきた恭也へと全員の視線が向かう。

「すぐに送ってくれるそうだ。多分、2、3日中には届くだろう」

「これで、戻れるんですね」

「ベリオ、気が早いわよ。まだ、それが召還器かどうかも分かってないんだから」

「確かに、リリィちゃんの言う通りね。
 でも、恭也くんにお婆ちゃんが言った言葉が気になるわ。
 龍鱗に心を開け。資格者には応える。この二つがね」

「ルビナスの言う通り、私も気になってはおった。
 じゃが、どちらにせよそれが届くまではどうしようもあるまい」

「後は、家にある武器類だが。
 特に召還器らしいものはなかったな」

恭也の言葉に、美由希も自分の部屋にある武器からはそんな雰囲気を感じなかった事を口にする。
こうして、当面の方針として龍鱗が届くのを待つ事となったのだった。





つづく




<あとがき>

さてさて、新たなる召還器が出てくるのか、出てこないのか。
美姫 「全ては次回ね」
いや、もうちょっとこっちの世界で遊ばせようかなとか。
美姫 「ええっ! そうなの」
そうなんですよ。
美姫 「じゃあ、いつ戻るのよ」
いつだろうね〜。
美姫 「何も考えてないとか?」
違うぞ! それは断じて違う!
今回に関しては激しく否定する!
ちゃんと、考えてるもん!
美姫 「分かった、分かったってば」
グシュグシュ。
美姫 「はいはい。泣かない、泣かない」
チーン。ふー、さっぱり。
ガッ!
美姫 「とりあえず、殴っていい?」
な、殴ってから言う台詞じゃないです、はい。
えっと、それで次は…。
美姫 「ああ、次のは四十一話で没にした部分ね」
おうともさ。
とりあえず、書いたんで乗せてみようかなと。
恭也たち三人が高町家へと帰った時の会話かな。
美姫 「という訳で、ゴ〜」



「私たちは召還器のお陰で、こっちの言葉も理解できるし、
 話した言葉が相手にはちゃんと変換されて伝わるけど、クレア様はそうもいかないでしょう」

「召還器にはそんな力もあったのか」

「知らなかったの? じゃあ気付いてないでしょうけれど、アンタも美由希も未亜も、
 今では召還器がなくてもアヴァターの言葉は話せているし、理解してるわよ」

リリィの言葉に更に驚く中、クレアの声が届いてくる。

「勝手に上がってしまって申し訳ない。
 だが、ここへは不法侵入した訳ではないぞ。
 ちゃんと恭也に連れてきてもらったのじゃ」

「恭也? 恭也が帰ってきてるの?」

「それで、師匠は今どこに?」

そんなやり取りが聞こえてきて、恭也はリリィを見る。

「気のせいか、普通に喋ってないか?」

「こっちの世界の言葉って、アヴァターと同じなのかも」

やや冷や汗を滲ませて引き攣った笑みを見せるリリィを、恭也は何とも言えない表情で見詰める。
その間も、奥の方では何やら騒々しい声が響いている。

「もしかして、恭也の彼女!? もう、あの子ったら、こんな子が居るならちゃんと紹介してくれたって」

「も、桃子ちゃん、ちょっと落ち着いて。
 お師匠の彼女やとしても、この格好はまずいですって」

「って、本当になんて格好してるのよ。
 ……もしかして、恭也の趣味? それとも、実は恭也は部屋に居て……。
 そんな、こんな朝早くから!? でも、昨夜って事もあるのよね」

「って、桃子ちゃん、何を言ってるんですか!
 それよりも、師匠が戻っているみたいなんですから」

「そうね。詳しい事は恭也に聞けばいいんだわ」

そんな声が聞こえてくる中、リリィは同情するような、困惑したような表情を見せる。

「アンタの母親って……」

「気にしないでくれ。それと、くれぐれも、この世界の母親が全てあんなのだとは思わないようにな」

「それは分かったけど…。えっと、まあ、アンタも大変ね」

「…ああ」

二人は早朝から疲れた顔を見合わせると、玄関で肩をがっくりと落とすのだった。



とまあ、こんな感じで。
美姫 「で、没にした理由は?」
いちいち、言葉の違いを考えるのがしんどいから。
伝わるんだから、それでいいじゃん。
美姫 「いや、そうだけど…」
その辺りを突っ込むな。以上!
美姫 「まあ、良いけどね」
なんやかんやで、今回はここまで。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。




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