『DUEL TRIANGLE』






第四十六章 語られる真実





住人が寝静まった深夜、高町家の道場では恭也たち救世主候補が顔を揃えていた。
輪を作るように道場の中央に集まった面々の前には一振りの白い小太刀が置かれている。

「どう思うリコ」

この中で最も召還器に詳しいだろうと思われるリコへと恭也は唐突に質問をする。
答えるリコは、何を聞かれているのか理解し、目の前にある夕刻頃に美沙斗より届いた小包の中身、
御神の伝承刀龍鱗へと視線を注ぐと、静かに首を振る。

「分かりません。召還器に似た力を感じますが、それにしては弱すぎます」

リコの言葉は、この場にいる全員が感じている事であった。
目の前の龍鱗からは召還器としての何かを感じる事が出来ない。
だが、僅か、本当に僅かだが何かを感じるのである。
それが分からずに先ほどからじっと龍鱗を見詰める一同であったが、
リリィが痺れを切らしたかのように恭也へと視線を投げる。

「とりあえず、恭也が持てば何か起こるんじゃないの」

「リリィちゃんの意見に賛成ね。
 もし、この龍鱗が召還器で私たちをこの世界へと呼び寄せたのなら、何かが起こるはずよ」

リリィの意見にルビナスも賛成する。
他の者も特に言うべき事もなく、恭也が龍鱗を手にするのを待つ。
そっと恭也は龍鱗を手に取ると、鞘から静かに抜き放つ。
だが、それだけで何も起こらない。

「師匠、召還器の声は…」

「いや、全く何も聞こえない。まるで、ただの小太刀だ」

これだと思っていたのが違った落胆からが、恭也の言葉に誰ともなく溜め息が零れる。
これで元に戻る手掛かりは振り出しに戻った事になる。
言いようのない空気が漂う中、不意にクレアが顔を上げる。

「ちょっと待て。よく考えてみれば、龍鱗の資格者ではないと声は聞こえぬであろう。
 何も考えずにそれが恭也だと思っておったが、本来救世主とは女性のみ。
 それと、前に恭也から聞いた話から考えれば、女性の当主が重要なのであろう。
 ならば……」

クレアの視線が、いや、全員の視線が美由希へと注がれる。
急に話の中心となった美由希は慌てて首を振る。

「そ、そんな! だって、私は当主じゃないし…」

「いや、この場合は御神直系という意味で良いんではないか。
 なら、やはりお前しか居ない。ものは試しだ」

恭也は龍鱗を鞘にしまうと美由希へと渡す。
それを受け取り、今度は美由希が龍鱗の鯉口を切る。
と、龍鱗が光を放つ。

「これって…」

「マスター、あの刀は間違いなく召還器です」

美由希が手にした途端、龍鱗から召還器の力が流れ出す。
光はすぐに収まると、龍鱗は何事もなかったかのように美由希の手の中に収まっていた。
龍鱗が召還器だという事は分かったが、これからどうすれば良いのか分からない恭也たちの前に、
突然二振りの刀が姿を見せる。
その見慣れた刀に、真っ先に恭也が口を開く。

「ルイン!? 何故、呼んでいないのに」

その声に応えるかのように、ルインの刀身が一度だけ小さく輝く。
すると、その周りに美由希たち全員の召還器が現れる。

「定命の者よ 温かき血の流れる世界に生きる者たちよ」

「ルインの声が聞こえる!?」

突然聞こえてきた女性の声に全員が驚く中、その声に聞き覚えのあった恭也がその声の主を告げる。
それに対するリコの驚きは大きく、まるで睨むようにルインを見る。

「ありえません。召還器がこんなにはっきりと話すなんて」

「導き手として生まれ出でし者よ、それは貴女の認識不足です」

「なら、どうしてリリィさんたちが持つ召還器は話さないのですか」

「そういった意味で話すと言うのなら、確かに話せるのは私のみとなります。
 今までは我が主の心の内に話し掛ける事しかできませんでしたが、今はアヴァターとは違う世界。
 それも、彼の者たちから逃れし別世界。彼の監視が逸れし一時。
 故に、こうして話し掛けることができるのです。
 勿論、あなたたちの召還器の力を借りている事もあるけれど。
 今一時のみ許された僅かな時間。さあ、尋ねなさい。
 あなた達が知りたいことを。私の知り得る全てを、問われるままに答えましょう」

ルインの言葉に全員が顔を見合わせると、クレアが真っ先に口を開く。

「なら、まずはお主が話す事が出来るようになった理由の一つである監視している彼の者とは」

「答えましょう、強き魂を持つ者よ。それは神。
 汝らが神と呼ぶ存在。アヴァターを含め、全ての世界の創造主」

行き成り出てきた神の名に、少なからず驚く。
だが、時間が限られている以上、驚くのは後回しとばかりに恭也が尋ねる。

「創造主たる神がお前の自由を封じているのか」

「その通りです、我が主」

「だが、神はリコたちを…」

「それも、神の計画の一つなのです」

ルインの言葉に恭也がリコを見るが、リコも知らないのか首を横に振る。

「どういう事だ…。いや、今はそれよりも…。
 ルイン、救世主が迫られる選択ってのは何だか知っているか」

「選択など与えられません」

「なに?」

リコから聞いた話との違いに怪訝な顔になると、恭也は質問を変える。

「神とは、そして、救世主とは何なんだ」

「神とは先ほども申し上げたように、全ての世界を創り上げた創造主です。
 そして、救世主は神がこの世に現れて力を振るうための依り代です」

「この世で力を振るうって、一体、何のために?」

未亜がやや不安な表情でルインへと問い掛ける。

「答えましょう、強き力を秘めし優しき者。
 それは、この世界を完全に消し去り、新たな世界を生むため」

「それって…」

「神が世界を滅ぼすって事! しかも、救世主はその為の道具ってわけ!」

言葉を無くす未亜に代わり、リリィが信じられないと声を上げる。
だが、ルインはそれを淡々と肯定する。

「この度の世界創造では本当に世界の終わり、終焉が訪れる事になるかもしれません、我が主」

微妙に他の者に対するのとは違う口調で語るルインに恭也は何が違うのか尋ねる。

「現在、救世主になる可能性が最も高いのが我が主という事です。
 もし、我が主が救世主となった場合、男性である我が主では生命を生み出す聖母にはなり得ません。
 救世主とは聖母なのです。神が望む新たな世界を生み出す」

「だから、今までの救世主は皆女性だったのね」

少しだけ納得のいった顔で頷くベリオ。
その横から、ルビナスが次の質問を突きつける。

「次は私から質問させてもらうわ。召還器とは一体、なに?」

「答えましょう、古の知識を持つ古き友よ。
 私たち召還器とは、神が定めた救世主の選別を行うアーティファクト。
 そして、元は救世主と呼ばれた者たち」

既に驚きの連続だった恭也たちだが、これにはまたしても驚く。

「召還器が、元は拙者たちと同じ…」

「そのとおり。神の意志に強制され、それぞれの世界を滅ぼさせられた救世主たち。
 そして、新たな世界を生み出した後、神の力により永遠の命として、呪いをかけられたもの。
 それが、召還器」

「それじゃあ、私が信じている神って……」

最も信心深いベリオが嘆くが、ルインはただ続ける。

「神の意志は分からぬが、神は最初の創生以来、新たな世界を創っては壊すという事を繰り返してきた。
 アヴァター自体が、そうして数え切れない程の消滅と創造の果てに創られた世界。
 そして、未だアヴァターが存在しうるのは、真なる破滅より逃れつづけてきたため」

「…それはこの世界の救世主たちが、自分の命を絶ち、封じ、この世界を守ってきたからね」

ルビナスの言葉にルインが同意する気配が伝わる。

「それ故に、神は中々滅びないこの世界に痺れを切らした。
 故に、破滅が生まれた」

「破滅を生んだのも神というわけか」

クレアが忌々しげに言い捨てる。

「それでも救世主が一向に誕生しないから、より効率よく、素早く救世主を生み出すために、
 それを選定する者を創り上げた。それが、赤の書の精と白の書の精」

その言葉にリコは言葉もなく黙り込み、ただ静かにルインが語る話を聞く。
僅かに振るえる身体は怒りのためか、悲しみのためか。
その肩に静かに手を置きながら、恭也は考えを纏める。
その間にも、ベリオによって新たな質問が投げられる。

「神が痺れを切らして色々な事をしているのは分かりました。
 では、今回も何かしてきているのですか」

「然り、罪深き故にもっとも穢れなき魂を持つ者よ。
 今回は破滅側に神の手が加わっている。あなた達も出会った二人の将。
 彼女たちは、このアヴァターを含む今だ破滅を逃れている世界の最初の救世主たち」

「なっ!? だ、だったら、どうしてあの二人は破滅に協力なんかしているの!?
 神の計画を知っているんでしょう。なのに」

「答えよう、計画の埒外にて、鍵として組み込まれし剣士よ。
 一人は贖罪だと信じ、今一人は既に理性がない故に」

「ルイン、もう少し詳しく聞かせてくれ」

「分かりました、我が主。
 彼女たちの一人は、神の試練の途中で発狂して狂ってしまいました。
 自我が崩壊し、苦しみぬいた果てに死に至るイメージバーストです。
 そして、いつまで続くか分からないその苦痛から彼女を救うために、彼女の親友がその命を奪いました。
 しかし、罪の意識に苛まれたその親友は、自分と彼女の身体を一緒に地中深くへと沈め供に眠る事にしました。
 その二人の魂を神が呼び戻し、当時の肉体を与えて破滅へと加えたのです。
 彼女の親友は救世主とはなっていないので真実を知らず、ただ己の罪を悔やんで彼女の傍に居続ける。
 一人は理性をなくし本能のみですが、
 その戦闘能力は紅獣(クリムゾン・ビースト)と呼ばれた当時よりも更に強くなっています。
 その親友の方は、実戦経験はもとより、無幻の討手とまで呼ばれるようになった彼女の召還器が厄介となります」

「あの弓の攻撃ね」

リリィがあれを思い出して顔を顰めながら告げる。

「彼女の召還器は矢の変わりに召還器そのものを討ち出します。
 その威力は、実際に戦ったあなた達に改めて言うまでもないでしょう」

ルインの言葉に全員があの強さを思い出して暫し沈黙が降りる。
それを破ったのは、リリィだった。

「その辺りは今は考えても無駄よ。いずれ戦わないといけないって事だけは確かなんだから。
 それよりも、今は疑問の解消が先よ。
 どうして同じ召還器でありながら、ルイン貴女だけがそこまで意志をはっきりと言葉にして現せるの。
 幾ら、他の召還器の力を借りているからって、それをしたのも貴女なんでしょう。
 それに、二本一組だなんて」

「答えましょう、気高く熱い魂を持つ魔術師よ。
 それは、私が最初の召還器にして、神と同位の存在だったから」

「神と同位? つまり、ルインも神だったということか」

「その通りです、我が主。神と私の二人で世界を創造しました。
 しかし、彼の者はその世界を壊し、新たな世界を創りだそうとしました。
 私はそれに反対し、彼の者と敵対して、私と彼の者は戦いました。
 力は互角でしたが、世界という人質を取られて一瞬気の緩んだ隙に私は彼の者に討たれました。
 ですが、完全に滅びる前にその身と魂を分けて召還器へと変えて、
 彼の者が新たに世界を創造している隙に別次元へと姿を隠したのです。
 私の力は大きく、また彼の者と近いため、一つの器に身体と魂を入れると見つけられる可能性があったのです」

「だから、身体と魂をそれぞれ分けたという訳か」

「はい。このような身になりながら、彼の者を倒すその瞬間をずっと待っていました。
 神を、神の計画を打ち倒し、崩壊させる時が来るのを。故に、私の名はルイン。
 全てを崩壊させる剣。意志持て神に弓引く背神の剣ルイン。
 永い永い時を待ちつづけ、ようやく初めて私を扱える、私の主になり得る人物を見つけました。
 だから、彼の者に感知される危険を承知の上で、我が主をアヴァターへと招きました。
 私と同じく、神を崩壊させる力を持つあなたを」

「師匠が? どういう事でござるか」

「お教えしましょう、心優しき復讐者。
 神の計画から漏れた、神の計画を狂わすべくその存在の全てを掛けた一人の救世主のお話を」

ルインが語る言葉が今後に関わってきそうな雰囲気を感じ、
今まで以上にその言葉を聞き漏らすまいと身構える恭也たちへ、ルインは静かに語る。

「世界を滅ぼし、新たな世界を創造すると救世主は召還器へと変えられて別の次元へとその身を封じられる。
 いつの日か、自分を使う者が現れるその日まで。
 だが、そんな神の歯車がたった一度だけ狂いました。
 それが、その龍鱗。
 彼女は召還器になる際に何かをしたのか、自身の意志でその次元を抜け出す事を可能としました。
 そこで何をしていたのかは分かりません。ですが、世界が創造される度、彼女は別世界へと飛んでいきました。
 それを何度も繰り返す度に彼女の意識は薄れていくというのに」

「つまり、龍鱗の力をはっきりと感じ取れなかったのは、既に意識がかなり磨り減っているからか」

「そうです。彼女は力をすり減らしながらもそれを繰り返し、最後の力で我が主の世界へと辿り着きました。
 そこで、今までのあらゆる世界を見てきた知識と、救世主となった時に得た知識を元に、
 神に対抗できる技を編み出そうとしました。この世界で出会った剣士と供に」

「まさか、それが俺たちの振るう御神流なのか」

自分たちも知らない御神の根源とも言える話に、知らず恭也と美由希は力が篭る。

「はい。正確には、御神不破流。神にすら破れず、それを討ち滅ぼすもの。
 神の計画を阻むために創り上げられた流派です。
 ただ、その為に龍鱗は全ての力を使い果たして眠る事になりましたが」

「…つまり、御神不破が先に生まれ、その後に御神が生まれたというのが本来の歴史なのか。
 となると、美影お婆ちゃんが言っていた御神本来の意味というのは、神を討ち滅ぼす事なのか」

「恐らくは。当主が女性の時に、というのも救世主誕生を意味していたのでしょう」

「本当の敵は神、ということか。厄介な事になったもんだ」

「そうかもしれません。ですが、このまま彼の者を放っておく事もまた、出来ません。
 ようやく、ここに神の計画の外たる私、そして龍鱗より創られし流派の使い手が揃ったのですから。
 しかも、その計画の埒外にある二つを携えるのもまた、神の計画にはない男性の救世主。
 ここに来て、神の計画がかなり狂ってきているでしょう。
 ですが、今しばらくは気付かれる訳にはいきません」

「神の計画の埒外にある者同士という訳か」

少しだけ楽しげに言う恭也に、ルインもまた楽しげな口調で同意する。

「そろそろ限界です、我が主。これ以上は、流石に無理です」

「そうか。なら、また戦いの場で」

「はい。龍鱗はまだ半分眠っていますが、いずれ目を覚ますはずです。
 使い手が強くそれを望むのなら」

それぞれの召還器が消え行く中、その場に残った龍鱗を美由希は手にして頷く。
徐々に弱くなっていく声に、恭也が慌てて話し掛ける。

「アヴァターへと戻るにはどうすれば良いんだ!」

『あっ!』

肝心なそれを忘れていた全員から一斉に声が上がる。
それだけ、語られた内容が衝撃的だったこともあったのだろう。
恭也の言葉に、ルインは小さくなる声で答えを返す。

「龍鱗からアヴァターへとポンイタが伸びているはずです。
 後は、逆召喚の要領でそれを辿って……。
 恐らく、2、3日もすれば龍鱗がその道を示してくれるはずです。
 その後は、また休眠に入るかもしれませんが…。ここまでですね。
 我が主、また戦場で」

「ああ」

消え入りそうな声のルインに応えると、恭也は倒れて行くルインを受け止める。
暫くの間、沈黙が道場を支配する。
それを打ち消すように、恭也は立ち上がるとルインを消す。

「とりあえず、考えるのは明日にしよう。流石にそろそろ眠らないと、明日が辛いぞ」

恭也の言葉に全員頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

「破滅の上に神がいるとはな。だが、負けるわけにはいかぬ、絶対に」

「当たり前です、クレア様。
 幾ら創造主だからといって、好き勝手な事をさせてたまるもんですか!」

リリィの言葉に、美由希たちも強く頷くと新たに出てきた敵へと決意も新たにするのだった。





つづく




<あとがき>

いよいよ終盤〜。
美姫 「そろそろアヴァターへと帰るのね」
それはどうかな〜。
まあ、近いうちに帰るのは間違いないが。
美姫 「いよいよ破滅との戦いも終盤」
さて、次回も頑張るぞ〜。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。




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