『DUEL TRIANGLE』






第四十七章 それぞれの心





衝撃の事実を聞いたのが昨夜。
既に日も変わろうとしていた時刻を考えれば、今日とも言えるが。
ともあれ、恭也たちはそれぞれにそれを整理し、その事実を受け止める。

「とは言え、当面の問題はいつ龍鱗が道を示すかだな」

「後、2、3日の辛抱だね」

美由希は手元に置いた龍鱗を見詰める。

「まだ何ともないのか」

「うん。でも、私を主として認めてくれたという事だけは何となく分かる」

「そうか」

美由希の言葉に恭也は小さく頷くと、軽く肩を解す仕草を見せる。

「なら、召還器ありで少し鍛錬をしてみるか」

「あ、うん」

恭也の言葉に嬉しそうにうなづき返すと、美由希は準備をするために自分の部屋へと向かう。
そんな美由希の背中を見詰めつつ、恭也は昨夜、リコとルビナスから聞いた話を思い出していた。

「美由希ちゃんは多分、龍鱗の使い手となったでしょうね」

「恐らく」

「それがどうかしたのか。元々、龍鱗はそのためにこっちの世界に来たんだろう」

「多分、問題はないと思うんだけれど…。
 リコ、どう思う?」

「分かりません。前例がないですから」

「どういう事なんだ、二人とも」

二人だけ理解して進めていく話に、恭也が説明を求める。

「そうだったわね、それを話すために恭也を呼んだんだったわ。
 つまりね、美由希ちゃんは現時点で二つの召還器を扱う事が出来るって事よ」

「セリティと龍鱗の…」

「そうなるな。それで?」

「救世主とは召還器を呼べるものの事。
 そして、その召喚は常に一人に一つ」

「だが、俺は二つだぞ」

「マスターのは、それでもルインという一つの召還器です。
 ですが、美由希さんは別々の召還器の使い手です」

「なら、あの破滅の将、メイと言うやつは…」

「あれは昨日の話を聞く限り、召還器に神が細工したって所でしょうね。
 それに矢として使っているけれど、召還器を使っているわけはないみたいだし」

「いや、確かレイピア状のものを使っていたぞ」

「それは、召還器をただの武器として使っていたって事でしょう。
 ましてや、それも神の細工があっての事。恭也、忘れてない?
 本来の意味で召還器を使うというのは、その力を引き出すって事。
 言うならば、私たちと召還器は主従の関係みたいなものなの。
 召還器が私たちを使い手として認めて、初めて使い手としてあるのよ」

「ですが、美由希さんはどちらの召還器からも使い手として認められました」

二人の言葉を聞き、ようやく二人が言いたい事を理解する。
だが、それがどうしたのかと訪ね返す恭也に、ルビナスが言う。

「どうしたかと言われれば、何とも言えないわね。
 さっきも言ったでしょう、前例がないって」

「単純に考えれば、二つの召還器から力を与えられる形となるかと…」

「なら、単純に強くなるんじゃ…」

「そういう訳にはいかないわよ。
 殆ど無意識で召還器による身体能力の向上を受けているから気付かないけれど、
 二つの召還器からそんな事が可能なのかどうか」

「無理なら、龍鱗を使わなければ良いのでは」

「そう簡単な問題だと良いけれどね。
 それに、もし使ってしまった際に、自身の力を持て余すようだと…」

ルビナスの心配に気付き、恭也は少し考える。

「なら、二つを同時に使えるように鍛錬するのみだな。

「…確かにそれが一番です」

リコも恭也の言葉に同意する。
前例がないだけに他の方策も思い当たらず、結局はそれしかないのだった。
されが昨夜の事で、それを思い返しながら恭也はこの事を美由希に伝えるために鍛錬に誘ったのである。
後は、美由希次第。
まあ、龍鱗は殆ど眠っている状態だと言っていたから大丈夫だろうと恭也は自身に言い聞かせる。
こうして美由希の召還器同時使用という前例のない特訓が始まる。
だが、恭也の心配を余所に、美由希は見事に二つの召還器を操って見せたのだった。



縁側に座りながら、何を見るともなしに空を見上げるルビナス。
憂いを帯びた瞳でじっと佇むルビナスの隣にリコが静かに腰を降ろす。

「ロベリアの事を考えていたのですか」

「…ええ。彼女がこの真実を知ったらどうなるかと思ってね」

「ルビナス、貴女はまだロベリアを…」

「勿論よ。だって、仲間だもの。向こうがどう思っているのかは兎も角、私はまだ仲間だと思っているわ。
 でも、敵として前に立つのなら容赦はしないから、安心して。
 ……何か矛盾しているわね。ねえ、リコ。私の考えっておかしいかな」

「いえ。それでこそ、私の元マスターです」

「ふふ、ありがとう。貴女もイムニティの事が、ううん、自分自身の事も心配なのにね」

「別に心配などしていません。私の創造主が神だろうと、マスターは恭也です。
 他の誰の命令も聞きません。そして、彼女が私たちと戦うという道を選んだのなら、
 私はただマスターの力になるだけです」

静かに語るリコを眺めながら、ルビナスは小さく笑う。
それに応えるように、リコもその顔に微笑を浮かべる。



数日前までは空き部屋となっていた部屋で、一人の少女が目を閉じて祈るように胸の前で手を組んでいる。
自ら信仰するものを砕かれたベリオは、今まで自分が贖罪としてやって来たことまで疑い始める。
そんなベリオへと話し掛ける者がいた。
外側からではなく、ベリオの内側から。

「アンタねえ、またそうやってうじうじと」

「そんな事を言っても。今までの償いを許してもらおうとした神が…」

「信仰に頼るなとはもう言わないわよ。でもね、そこまで落ち込む事もないでしょう。
 それに、アタシたちには恭也が、皆がいるだろう」

「…パピヨン」

ベリオが感慨深く名前を呼ぶと、パピヨンは照れたように言う。

「前にあいつがそう言ってたでしょう。
 アンタもアタシもその言葉を信じて、今ここにいるのよ。
 だったら、後はアンタが信じたように、やりたいようにやりなさい。
 無理に我慢する事なんてないわよ。
 アタシが言う事じゃないだろうけれど、やって良い事と悪い事はアンタなら間違わないだろうし」

「…そうでしょうか」

「ええ。もっと自信を持ちなさいアンタはアタシで、アタシはアンタなんだから。
 そんな風にグズグズするようなら、主導権はアタシが貰っちゃうよ」

「そうですね。もっとしかりしないと」

「そういう事。難しい事なんて考えなくても良いのよ。
 要は目の前に立った敵を倒して、その後はアタシとアンタ、
 そして恭也の三人で面白おかしく暮らす事だけを考えていれば良いのよ」

そう言ってパピヨンは左手だけ意識を借りると、そっとそこに着けた指輪を撫でる。
ベリオへと渡されたそれには、ちゃんとパピヨンの名も一緒に刻まれていた。
その事による嬉しさを隠し切れず、それを知ってベリオは小さく微笑む。
それを笑われたと思ったのか、ベリオは少し拗ねたように言う。

「何よ、喜んだって良いじゃない。
 だって、ベリオじゃなくて、パピヨンとしてのアタシに贈り物をしてくれたのは、恭也が初めてなんだもん」

「別に笑った訳ではないですよ。でも、そうですね。
 いつも、貴女には辛い事ばかり押し付けて…」

「またそうやって深く考え込む。幾らなんでも内罰的過ぎるわよ。
 確かに、アンタの事を憎いと思ったけれどさ、今は別に何とも思ってないわよ。
 なのに、肝心のアンタがそんなんじゃ、アタシが困るでしょうが!」

「そ、そうですね。ごめ…」

「だから、謝るなっての! それよりも、ちゃんとアイツ、シェザルと決着を着けるわよ。
 神云々はその後にしときなさい」

「そうですね。まずは、私自身でけりを着けないといけないことをしないと」

「そういう事よ。大丈夫、アンタにはアタシが居るんだから」

「はい、頼りにしてます」

「うんうん、任せなさい。何だったら、恭也の事もアタシに全て任せても良いわよ」

「それとこれとは別ですから。恭也さんに関しては、平等にという約束でしょう」

「はいはい。ふぅ…。
 やっぱり、アンタも強くなってるわよ」

「恋は人を強くすると言いますから」

「あら、言うようになったじゃない。でも、それで良いのよ。
 元気になったみたいね」

「はい。心配を掛けてしまいましたね」

「気にしなくても良いわよ。それじゃあ、アタシは少し眠るから」

「ええ、では」

パピヨンとの会話を終えてゆっくりと閉じていた目を開ける。
あの日以来、こうしてパピヨンと向かいあって話す事が出来るようになったベリオは、
パピヨンの言う通り、強くなったのだろう。
明けられた瞳には迷いは消え、しっかりと己の為すべきことを見据えるソレになっていた。



家の近所を歩きながら、クレアは一人考え込んでいた。

「まさか、破滅の後ろにまだ敵が居て、しかもソレが世界の創造主とはな。
 笑えん冗談だ」

破滅を倒そうと躍起になっていた自分が、道化のように思えてならないクレアだった。
それでも、破滅を神を倒す事に異論はない。
だが、どう言って良いのか分からないモヤモヤしたものを胸に抱えていた。
考え事をしながら歩くクレアの横を、子供たちが元気に走り抜けていく。
と、その中の一人が転んで泣き出す。

「大丈夫か。ほら、立つが良い」

クレアはその子の傍に寄ると、泣いている子を立たせる。
ハンカチを取り出し、擦りむいた膝をそっと拭ってやる。

「いつまでも泣くでない。男の子であろう」

「うぅ、ぐすっ…。でも…」

「…私の知っている奴は、自分がどれだけ傷付いても、絶対に引かぬぞ。
 特に、後ろに誰かが居るときは…」

話しながらクレアはまるで自分に聞かせるように、言った言葉を考える。
すーっと胸のつっかえが取れるのを感じながら、クレアは笑みを見せる。

「そうじゃ、私自身だけじゃない。他の者たちも居る」

そんなクレアの呟きは聞いてないのか、男の子は何とか泣くのを堪える。
それに気付いたクレアはその子の頭を撫でてあげる。

「うむ、それで良い」

そう言ってもう一度笑うと、クレアはその男の子を待っている子達の方へと押してやる。
再び走り去っていく子供たちの背中を優しい眼差しで見詰めながら、クレアは改めて思う。

「ああいった子たちのために、何よりも私の国の民たちのためにも戦わねばな。
 相手が創造主だろうが、この世界は私たち住んでいる者たちのものじゃ。
 好き勝手に滅ぼされてたまるか!」

すっかり迷いのない顔になると、クレアは軽い足取りで歩き始める。



リビングでお茶を飲んでいた未亜の傍に腰を下ろし、リリィが意外そうな顔を覗かせる。

「どうかしたの、リリィさん」

「ん、別に大した事じゃないわよ。
 未亜の事だから、また何か考え込んでるんじゃないかと思っただけで。
 どうやら、杞憂だったようね」

「心配してくれてたんだね。ありがとう」

「別に心配なんかしてないわよ。ただ、今は一人でも戦力が欲しいから…」

言い訳するように言うリリィに、未亜は見えないようにカップで口を隠しながら小さく笑う。
代わりに違う事を口にする。

「そっか。戦力として見てくれてるんだ」

「うっ。ま、まあ、未亜の援護は実際にかなり助かっているしね。
 でも、本当に大丈夫そうで良かったわ」

「うん。確かに話を聞いた後は驚いたし、不安になったけどね。
 でも、今は大丈夫だよ。前に、ほら、クレア王女が攫われたとき。
 あの時に助けた女の子が居たでしょう。あの子のお礼の言葉を思い出してね。
 ああいった戦う力を持たない人たちがたくさん居て、
 その人たち皆が、私たちに何とかして欲しいって思ってるんだよね。
 私に何が出来るのかは分からないけれど、逃げちゃ駄目だと思ったから。
 それに、リリィさんや皆が居るから。一人じゃないから」

未亜の言葉に照れた顔を隠すようにそっぽを向くリリィに、逆に未亜が心配そうに訪ねる。

「それよりも、リリィこそ大丈夫? その破滅…」

「当たり前よ。この私を誰だと思ってるのよ!
 あれぐらいの事で私の闘志は消えないわよ!
 寧ろ、今までの借り全て纏めて返してやるわよ。相手が神?
 はんっ! 上等じゃない! 望むところだわ!」

左掌に右の拳をパチンとぶつけつつ不適に笑うリリィを見て、未亜は引き攣った笑みを浮かべる。



道場で一人静かに座禅を組みながら、カエデもまた昨夜の話を思い返していた。
だが、特に不安も何も感じてはいない。
自分はただ、師匠と共にあるのみ。
問題はただ一つ。両親の、里の仇であるムドウの事であった。
あの男だけは自分の手でと思うも、怒りで我を失わないようにこうして座禅を組んでいるのである。
既に苦手としていた血に関しては克服をしているとはいえ、やはり不安を感じても居た。
それを振り払うように、カエデは一つ息を吐く。

「拙者たちがすべき事は今までと何ら変わる事はないでござる。
 ただ、相手がはっきりしただけでござる。拙者は師匠と共に戦うのみ」

恭也のことを考えている間に、カエデはいつしか落ち着いた気分になっていた。
そのまま静かに座禅を続けるが、無の境地ではなくひたすら恭也のことを考えていた。





 § §





全員がそれなりに心構えを持ち、龍鱗が目覚めるまでの短い平穏な日々を過ごす。
そして、ルインの話から三日目の昼、美由希から龍鱗が目覚めた事を聞かされる。

「じゃあ、今すぐにでも…」

「落ち着いて、リリィちゃん。それなりの準備がいるんだから。
 私とリコで少し大きめの簡易魔法陣を作るわ。何処か人の来ない場所があれば良いんだけれど」

「そうだな、藤見台の少し上に滅多に人の来ない草原があるが、そこでどうだ」

「うん、人さえ来なければ良いわ。それじゃあ、今からそこに案内してくれるかしら?」

ルビナスの言葉に頷くと、恭也はリコとルビナスを連れて家を出る。
それから少しして、何も手伝う事のない恭也は一人戻ってくる。

「夕方には完成するとさ。ここを立つのは、深夜だな。
 出来る限り、目撃者を出さないためにも」

恭也の言葉にリリィたちも頷く。
ここまで待ったのだから、あと数時間ぐらいと。
皆、落ち着いているようで、何処かソワソワしたまま時間だけが過ぎていく。
そして、ようやくその時がやって来る。
桃子たちには夕食の時に既にリリィたちが帰る事を伝えており、
恭也と美由希もまた早朝に旅に出ると伝えていた。
だから、恭也たちは桃子たちを起こさないようにそっと家を出ようとする。
が、玄関へと辿り着いた恭也はそこで足を止める。

「かーさん…」

そこには既に寝たはずの桃子が居り、じっと恭也と美由希を見詰める。

「朝に出掛けるんじゃなかったの?
 こんな時間じゃ、電車もバスもないわよ」

「途中までは徒歩で行くつもりだから」

「そう」

言って桃子は横へと退く。
その前をリリィたちは申し訳なく思いながらも、世話になった礼だけを言って玄関を出て行く。
最後に恭也と美由希が靴を履くために屈み込んでいると、その背中へと桃子が声を掛ける。

「何となくだけれどね、空気っていうのかな。
 そういうので何かあるって分かったのよ。これでも、士郎さんの妻だからね」

「かーさんが何を言いたいのかは分からないな。
 俺たちは、いつもの修行に出るだけだぞ」

「そうね、それだけよね。恭也がそう言うのなら、そうなんでしょうね。
 きっと私の勘違いね。でも、身体には気を付けるのよ。
 恭也も美由希も、人の心配が先に立つんだから」

「分かっている」

「うん」

桃子の言葉に短く返事を返す。
他に何と言えば良いのか分からないのだろう。
本当の事を話すわけにもいかず、悩む美由希。
そんな二人の背中から何かを感じたのか、桃子は続ける。

「恭也と美由希が何をしようとしているのかは分からないけれど、私はそれを応援しているから。
 あなたたちは、あなたたちが信じた道を、やりたい事をしなさい。
 私たちの事は気にしないで良いからね」

「…ありがとう」

桃子の言葉に恭也は言葉短く礼を言うとそのまま玄関を潜る。
その後に美由希も同じように続く。
桃子が静かに見詰める先で、玄関の戸が静かに閉められる。
それを何も言わずに見詰めた後、桃子は祈るように目を閉じる。

(士郎さん、どうかあの子たちを…)

何を隠しているのかは知らないが、きっと安全ではないだろうという事は薄々感じている。
それでも止める事は出来ない、いや、しない。
やってもきかないと分かっているし、何よりも、あの二人の瞳が自分が愛した男と同じ瞳をしているから。
だから、桃子は無事をただ祈り、帰ってきたときには笑顔で迎えるだけである。



外へと出た恭也たちをリリィたちは待っており、特に何も言わない。
ただ、リリィだけが二人にだけ聞こえるように小声で呟く。

「いいお母さんね」

それに二人は迷いなく頷くのだった。



夕方に完成した魔法陣の中へと入り、全員が美由希の持つ龍鱗へと視線を向ける。
美由希は静かに龍鱗を抜き放つと、リコの前に翳す。

「どう?」

「…………はい、掴みました。では、行きます」

呟き、リコが小さく呪文の詠唱に入る。
と、地面に描かれた魔法陣が光を放ち始め、その光が徐々に大きくなっていく。
それが魔法陣の中を隠すように膨れ上がると、浮遊感を全員が包み込む。
光が晴れた後には何もなく、ただ夏の夜の生温い風が吹き抜けていった。





つづく




<あとがき>

遂に帰還。
美姫 「果たしてアヴァターはどうなっているのか!?」
今回のあとがきは短いですが、この辺で。
美姫 「そうそう。その分、さっさと次回を書くのよ!」
ってな訳で、また次回!
美姫 「それじゃあ、まったね〜」




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