『DUEL TRIANGLE』






第四十九章 帰還〜アヴァターサイド〜





ミュリエルに言われて初めて恭也が居ない事に気付いた一同は、辺りを見渡す。
だが、やはり恭也の姿だけは見当たらずに皆の視線は知らずリコへと向かう。
その視線を一身に受けつつ、リコは静かに首を横へと振る。

「分かりません。確かに、世界を渡る時は居たはずです」

「それって、もしかして恭也くんだけ違う世界に行ってしまったって事ですか」

「そんな…。それじゃあ、恭ちゃんはどうなるの」

ベリオの言葉に美由希は顔を白くさせてリコを見る。
しかし、リコは以外にも毅然とした態度で応える。

「他の皆さんなら、探し出すのに最悪何十年と掛かりますが、マスターならそんなに時間は掛かりません。
 何処の世界に居ても、見つけ出せます」

リコの言葉に安堵しつつ、クレアは具体的な時間を尋ねる。
帰ってきた答えは一日以内ということだった。
流石に今すぐにという訳にはいかない事は分かっていたが、その時間に微妙な反応を見せる。
そんな美由希たちに、ミュリエルが纏めるように話を切り出す。

「とりあえず、恭也くんの件はリコに一任します。
 それよりも、現状の把握とそちらで新たに何か分かった事を教えてください。
 先程の殿下の言葉も気になりますから」

「そうですね。それでは、中へ」

ミュリエルの言葉に同意するように、カグラが先立って王宮の中へと入っていく。
こうして場所を変えて、クレアたちはルインより教えられた事をミュリエルたち三人に話す。
勿論、この事柄はクレアによって他の者には洩らさないように厳命される。
流石に言葉を失うミュリエルたちに少々酷かもしれないと思いつつも、クレアはアヴァターの現状を尋ねる。

「そ、そうね。今、ここで考えていても仕方ないわね。
 今はできる事をしないと。ほら、カグラもしっかりしなさい」

「あ、ああ。いや、しかし、話が大きくなりすぎたというか」

「今更なにを言ってるのよ。
 元から、世界が滅ぶか生き残るかのやり取りをしていたんだから、スケール的には変わらないわよ。
 ただ、相手がちょっと凄いってだけで。
 元々、私たちからすれば召還器を持った救世主候補も破滅の将たちも凄い存在なんだから、気にするだけ損よ」

そう言って笑いながら発破をかけるメルに、カグラは小さく笑みを零すと現状の報告を始める。

「各州の7から8割が既に破滅に占拠されています」

「何人かはこの王都へと逃れてきていますが、逃れずに残った村や町を拠点としている者たちもいます。
 現在、破滅の殆どの戦力はこの王都へと向かっている様で、他州では戦線が何とか維持できているようです」

「その代わりと言ってはなんですが、王都はかなり押されています。
 連日に次ぐ破滅軍の侵攻で兵士たちも疲弊していますし、何よりも民たちの間にも不安が広がっています」

カグラ、メルの報告を聞きながらクレアは考えを巡らせる。
報告が一区切り着いた所で、まずは質問を投げる。

「レベリオンはどうなった。それと、敵のガルガンチュアもじゃ」

「レベリオンは崩壊。ガルガンチュアは、…主砲が崩壊したものの、未だに健在です」

「そうか…」

その報告にクレアは短く応えると、次に破滅の将について尋ねる。
これに関しては、一度も姿を見せていないという報告が上がる。

「また何か企てているということか…」

「分かりません。ですが、こっちから打って出るにしても、敵の要塞が空にあっては」

暫し沈黙が降りる。
その沈黙を破る、いや、本人は破るつもりはなかったのだろうが、リコが小さく呟く。
全員の視線を受けて首を振るも、その顔色は若干悪く、ルビナスはその理由を問いただす。
ルビナスに詰め寄られ、リコは仕方なく口を開く。

「マスターの消息が分からないんです。
 私とマスターは契約で繋がっていますから、何処にいても探せば気配を掴めるはずです。
 それなのに…」

「考えられるのは、リコとは別の者が作り上げた異空間ね。
 次元の狭間に捕らわれている可能性。でも、そうなるとリコに匹敵する者はイムニティ一人…」

ルビナスの言葉に全員が言葉を無くし、クレアはすぐさまリコに恭也の探索をもう一度行うように告げる。
言われるまでもなく、リコは再度の探索を始める。
今度はさっきよりも深く恭也の気配を探る。
別世界だけでなく、次元全体を探すように更に深く探す。
リコには恭也の探索を専念してもらい、他の者たちは破滅に対する対策を練る。
最終的には、救世主候補たちがガルガンチュアに乗り込む以外に手はないのだが、
空中をのんびりと移動していては、まさに攻撃してくださいと言っているようなものである。
それをどうするのかという話し合いが行われる。
そこへ、息を切らして兵士の一人が現れる。

「なにをしておる! 暫くは入室禁止と言い渡しておっただろう!」

クレアが帰還した報はすぐに城内へと通達されており、玉座の間でその旨を通達していた。
その場に居合わせた者たちは成長したクレアに戸惑い、偽者かと疑っていたが、
王家の者しか知らない事を幾つか上げ、またその態度や雰囲気から本物と確認した。
それ故、今城内ではクレアの帰還と共に成長したという話も出回っているのだが。
ともあれ、叱責された兵士は一度竦みあがるも、すぐに自分がここへ来た理由を述べる。
そう、王女の言い付けを破ってまで現れた理由を。

「破滅軍の進軍を確認! かなりの数のモンスターが王都目掛けて真っ直ぐに向かってきています」

「今動かせる騎士どもを早急に集めい。美由希たちにも出てもらうぞ。
 ここで救世主候補の存在ももう一度破滅どもに知らしめてやるのじゃ。
 民たちにまだ我々が負けていない事を教えねばならぬ。私も出るぞ」

「殿下!?」

クレアの言葉に、ミュリエルを始め全員が止めるが、クレアは頑として譲らず、
結果としてクレアも前線へと出る事になる。
兵たちの前へと姿を見せ、激励した後街中を進軍する。
クレアの姿を見た民たちは、一瞬それが誰か分からないが、その身に付ける王家の紋に王族だと悟る。
元々、あまり表へと出てこないクレアの顔を知っている者は殆どいなかったため、
それがクレアだと誰もが理解する。
軍の戦闘に立つクレアの周りを、美由希たち救世主クラスが固めて進軍する。
民の目にはそれでも不安の色がありありと浮かんでおり、クレアはそれをひしひしと感じていた。
と、空が急に暗くなる。
ふと見上げれば、分厚い雲が空を覆うように立ち込めて、まるで夜のように。
暗くなった空を見上げれば、そこから何かが降ってくるのに気付き、それを手に取る。
それは掌の乗った瞬間にゆっくりと溶けていく。

「何じゃ、雪か。にしては、灰色っぽい気がするが…。
 それに、時期的におかしい」

訝しげに見遣るクレアたちの中、不意に周りを囲む民衆の数人が苦しみ出す。

「何事じゃ」

「分かりません。いきなり、苦しみだしたよ…ぐ、うぅぅっ。ぐあぁぁっ!
 手、手が勝手に…」

報告した騎士も同じように苦しみ出したかと思えば、突如剣を抜いて近くに居るものに斬り掛かる。
見れば、先程苦しんでいた者たちもそろって近くの者へと襲い掛かる。
どう考えても原因は空から降ってくる灰色の粒しか浮かばず、
クレアはそれに触れないようにマントを頭上へと掲げる。
自らの意志を持ったまま、勝手に身体が動き、自分の近くに居る者、大切な人たちを傷付けていく。
その光景を眺めていたルビナスがこの雪に思い当たる。

「破滅の種子」

「何じゃそれは!?」

ルビナスの口から出た聞いた事のない、けれど不吉な単語にクレアが問い掛ける。
それに対し、ミュリエルがきつい眼差しで上空を見遣りつつ応える。

「私たちも千年前に一度見たきりですが、これは破滅の種子と呼ばれるものです。
 この種を植え付けられた者は、身体の自由を奪われて破滅の構成要素として動いてしまうのです」

「でも変ね。これを一粒作り出すだけでも莫大なマナが必要となるはずよ。
 それをこんな規模で…。そうか、そういうことね」

一人納得するルビナスは、美由希たちが説明を求めいてる事に気付き、その考えを口にする。

「あくまでも推測だけれど、よっぽど世界を再創造したいらしいわ。
 破滅の将の一人、セレナは元救世主よ。まあ、途中で発狂したらしいけれどね。
 つまり、完全ではないにせよ、神の座に居れば僅かながら神と繋がるって事。
 つまり、魔力源が本来の救世主と同じって事よ。
 そんなに長くはもたないだろうけれど、これだけの量の種子を作り出す事は可能だわ」

「くっ。正気を失った者たちを拘束せよ。正気を保つ者たちは、学園内へ退避させよ!
 ミュリエル、ルビナス、何か対処は無いのか。
 このままでは攻めてくる破滅軍ともまともに戦えぬ」

「殿下、方法は二つのみです。
 取り付いた種を取り除くか、あるいは種そのものを打ち抜くか」

「種そのものだと。アヴァター全土に広がっておるのだぞ!
 それに、取り除くにも数が多すぎる!」

「後は、魔力を供給しているセレナを倒す。
 尤も、これはさっきの私の推測が当たっている場合の話だけどね。
 どっちにせよ、すぐにガルガンチュアへと攻める事が出来ない以上、当たってても外れてても一緒なのだけれど」

唇を噛み締めてクレアはまだ正気を保っている者の退避を優先させる。
その内、破滅の種子が止まる。
それでも、取り付かれた者の数はかなり多く、未だにあちこちで暴れまわっている。
それらに目を遣りつつも、破滅軍を何とかせねばならず、クレアは退避させている騎士以外を進軍させる。
その行為に美由希たちは抗議するが、クレア自身の辛そうな顔を見て言葉を無くす。
血が滲むほどに唇を噛み締めて進軍を命じるクレアに付き添う美由希たちの目に小さな女の子が映る。
その女の子の首には母親らしき女性の手が掛けられており、苦しげに呻く。
必死で自分の手を止めようと泣きながらに叫ぶ母親と、苦しげに母を助けてくれるように頼む女の子。
その光景に思わず足を止めた美由希の目が、その子の目と合う。

「たすけて…救世主さま……。お、おかあさんを…」

涙を流しながら、必死で母親を助けてくれるように乞う。
その女の子の首を、必死で抗いつつも母親の手が締めていく。

「だ、駄目だよ。こんなの駄目っ!」

思わず駆け出した美由希の後ろから、小さな声が届く。
それに構わず駆け出す美由希。
声の主は今までずっと恭也の気配を探っていたリコだった。

「マスターの気配を捉えました。ですが、かなりややこしい所に…」

呟きつつも、リコは恭也を引き寄せえる為の呪文を詠唱する。
しかし、何かが邪魔しているかのように、すんなりと呼び戻す事が出来ないでいる。
時間そのものを超えようとしているためなのだが、そんな事まではリコにも分からず、
ただひたすら呪文に集中する。



リコの召喚魔法で呼び戻されると思っていた恭也は、前にリコと共に入った次元の狭間らしき空間に居た。

「さて、どうしたものか」

専門外の事ゆえに、ひたすらリコが何とかしてくれるのを待つしかなく、恭也はただ声を出す事しか出来ない。
そんな恭也の耳に、美由希の悲痛な声が届く。
辺りを見渡すが、さっきの気のせいだったのか美由希の姿はなく、
見えるのは果てしなく何処までも続く空間のみ。
それでも美由希のあの声が気になり、恭也は更に周囲を注意深く探る。

(あの叫び声は間違いなく美由希のもの。しかも、あれは何かあったんだ。
 それも、美由希にではなく、周りになにかが)

理不尽な暴力を何よりも嫌う美由希が上げる悲痛の叫び。
それは自分の無力を嘆く声で、自分自身の無力を呪う叫び。
そんな声を上げさせたくなくて、恭也は必死に声の先を探る。
瞬間、脳裏に何かが繋がるような感覚が走る。
一瞬だが、泣きそうな顔で走る美由希の姿が映り、恭也は考えるまもなく名を呼ぶ。

「美由希っ!」

何が起こっているのかは分からないが、冷静でないのだけは確かだった。
それはまずい。感情は確かに力を与えるが、それでもある程度の冷静さは必要なのだ。
戦闘の中では特に。だからこそ、恭也は美由希を止めるべくその名を呼ぶ。
自分が居る場所と美由希の居る場所が次元そのものが違い、物理的に届かないと分かっていても。



走っていた美由希は恭也に呼ばれた気がして一瞬だけ動きを止める。
しかし、すぐ目の前にある親子の姿に再び走り出す。
何が出来るのかは分からないが、それでもじっとしていられずに。
自分の無力さを嘆きながら、美由希は恭也に祈る。
神ではなく、恭也に。神が敵だと知ったから、恭也に祈るのではない。
昔から、いつだって美由希が頼り、信頼してきた唯一絶対の存在に。
今までもそうしてきたように、恭也の名を呼び祈る。
それだけで、美由希は幾分の落ち着きと力をもらえる気がする。
今度もそれと同じ。
だが、今までと違うのはそれに応えるように恭也の声が聞こえてきたこと。
聞き間違いや、空耳では絶対にない。確かに美由希はそこに恭也の声を聞き取る。
後ろの方でリコが驚いたような声を上げているが、それさえも聞こえず、美由希はただ恭也を求める。

「美由希、何処だ!」

「ここだよ! 私はここに居るよ。恭ちゃん!」

誰に言われた訳でもなく、自然と恭也に自分の居場所を教えるように声を張り上げ、
両手を広げて空を見上げる。
美由希が一点に見詰める先、その空間が歪み、美由希がこの場で最も求める存在が姿を見せる。
宙から投げ出された恭也はしかし、態勢を整えて美由希の傍に降り立つ。
何故か、先程美由希の声が聞こえた際に事情を自然と理解しており、
その理由を考えるよりも先にルインをニ刀構える。

「やれるか?」

「勿論だよ!」

ただ問い掛けただけの言葉。
しかし、美由希ははっきりとそれに応え、自身も恭也と同じようセリティと龍鱗を構える。

「魔力を収束させて…」

「打ち抜くっ!」

向かい合う形で四つの刃を交差させ、天目掛けて振り上げる。
光の柱とも言うほどの魔力の奔流が分厚い雲を打ち抜く。
雲を打ち抜いた魔力は風となり雲を切り裂き、雷となって雲を散り飛ばす。
そして、天から光が矢のように降り注ぎ、やがて光の雨が止む。
先程まで狂気に駆られていた人々は力なく立ち尽くし、その光景を見て他の者たちもまた立ち尽くす。

「…信じられない。
 これだけの人に宿っていた破滅の種子を、たった二人だけで残さずに打ち抜いたというの」

呆然と信じられないようなものを見る目で呟くミュリエルだったが、
間違いなく事実で、美由希が止めようとしていた母親も、子供の首にかけていた手を離し、
涙ながらにその子を力いっぱい抱き締めている。
恭也と美由希はその光景に胸を撫で下ろしながら、荒く肩で息を吐く。
流石にあれだけの魔力を放出した後では、かなり疲労しているのだろう。
二人は天へと魔力を放った後の態勢のまま、背中同士を合わせて荒く呼吸を繰り返す。
両手に召還器を手にし、互いに背中合わせで立つ二人の元に、
二人によってかき消されていく雲間から幾筋の光が降り注ぐ。
立ち尽くす人々はその光景を言葉もなくただ見詰め、
誰かが呟いた救世主さまという言葉が、人々の間に渡っていく。
何もない空間より現れ、たった一振りで悪夢を振り払った恭也。
その恭也をまるで呼び出したかのように動き、恭也と共に刃を振るった美由希。
その二人の姿に、今まで不安でいっぱいだった民衆は救世主の再来を期待させた。
そんな光景に同じように魅入っていたリリィは、小さく肩を竦める。

「本当においしい所を掻っ攫っていくんだから、あのバカ」

文句を言いつつも、リリィの目の端には涙が僅かに滲んでいた。
見れば、他の者たちも同じような感じで、恭也の帰還を喜んでいた。
その光景を眺めていたクレアは、声を張り上げる。

「聞け、皆のもの。今また破滅共が軍を率いて王都へと向かってきておる。
 じゃが、これを防ぎきれば、次は我らが反撃に出る番じゃ。
 最終決戦では、我も救世主たちと共に行く。
 あの空に浮く黒き要塞へと救世主たちを無事に送るために」

自ら前線に赴く事を告げる王女に、民たちから止める声が届く。
しかし、クレアはそれを黙らせると、静かに告げる。

「破滅に対抗できるのは救世主のみ。ならば、私は救世主を何としても破滅の元へと送り届けねばならぬ。
 それが、王家の者の務め。私は私がなすべきことをなすまで。
 ならば、お主らも自らなすべき事を考え、なすがよい!」

クレアの再度の声に、民衆からも武器を手にする声が上がる。
それに辛そうな顔を一瞬だけ覗かせるも、それを押し殺してクレアは言う。

「此度の攻防を終えれば、最終決戦じゃ。それまでに、私たちと共に来るものは覚悟を決めよ!
 破滅へと反撃じゃ!」

クレアの言葉にあちこちから声が上がり、それに応えるようにクレアは手を上げてそれらを静める。

「救世主たちよ、今、ここにお主たちに改めて命じる。
 最終決戦に向けての障害、今現在王都へと攻めてきておる破滅軍共を撃退せよ」

『はいっ!』

クレアの言葉に、恭也たちはその前に跪いて頭を下げて応える。

「ただし、生き残ってくるのじゃぞ。お主らの本当の戦いはその後なのだから」

そう呟くクレアへと、恭也たちはしっかりと頷く。
こうして、最終決戦の前の前哨戦が幕を開ける。





つづく




<あとがき>

いよいよ最終決戦に向けて動き出す。
美姫 「その前に前哨戦だけれどね」
まあな。果たして、無事に戻ってこれるのか!?
美姫 「未だに出てこない白の主はどうなっているのかしら」
その辺りはちゃんと考えてるぞ〜。
美姫 「まあ、疑わしいけれど、一応は信じておいてあげるわ」
おう、そうしてくれ。それじゃあ、次回だな。
美姫 「そうね。それじゃあ、また次回でね〜」




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