『DUEL TRIANGLE』






第五十一章 秘められし事





第二陣と向き合う形となった恭也は、そこにいる人物に目を留める。

「まさか、破滅の主幹自らがお出ましとはな」

「なに、そろそろ腕を上げた頃だろうと思ってな」

恭也の言葉に仮面の男、破滅軍の主幹はマントを翻らせて、腰に差したニ刀のうち一刀を抜く。
相手の力を恭也より聞いているリリィたちも、同じように構える。
しかし、それらを見て男は小さく笑う。

「俺にだけ構っていて良いのか? ここに居るモンスター共を今までのと同じだと思うなよ」

主幹の男の言葉に問い返すよりも早く、自軍からの悲鳴がそれを裏付ける。
今までにない、人に近い姿に顔を覆い隠す面をしたモンスターは素早い動きで兵たちを撹乱していく。
足並みが崩れた所へ、ゴーレムの大群が突撃する。
これらのゴーレムも今までとは違い、その動きが今までのゴーレムに比べて格段に速く、
また手足が柔軟に動き、兵たちを薙ぎ払う。
それらの攻撃を躱した兵たちへと、やけに戦い慣れた感じのする獣面のモンスターが襲う。
劣勢へと追い込まれる騎士団だったが、何とか態勢を立て直して応戦を始める。
しかし、最初の押された分だけ陣形が崩れており、未だに劣勢である。

「どうする? ここで兵共を見捨てて俺を倒すか?」

「そんなの簡単よ。ここでアンタを瞬殺して、それから援護にいけばね!
 …ブレイズノン!」

リリィが主幹へと魔法を解き放つ。
主幹の足元から天へと炎の柱が上がるが、主幹は後ろへと跳んで躱す。

「確かにそれも一つの方法だな。まあ、倒せればだが」

「恭也くん、あっちは私とロベリアに任せなさい」

「ミュリエル、私もそっちを手伝うわ。
 今の状態じゃ、足を引っ張りそうだしね」

ミュリエルへとそう言うとルビナスも騎士たちの援護へと向かう。
残された恭也たちと主幹が向かい合う中、その横に一人の少女が姿を見せる。

「リコ、貴女の相手は私がするわ。
 同じ書の精霊同士、思う存分やり合いましょう」

イムニティが仕掛けてきた雷の魔法を躱し、リコは恭也たちから離れる。
自分たちの魔法の応戦は、周囲に被害が及ぶため距離を取ったのである。
遠くでリコとイムニティの戦いが始まる音を聞きながら、恭也は主幹へと斬り掛かる。

「お前とサシでやってみたいんだがな」

呟いて恭也と刃を合わせた主幹の背後から、十数体のモンスターが現れて美由希たちへと向かう。
恭也と主幹の戦いを邪魔させまいと、二人と救世主候補たちの間に立ち塞がる。
仕方なくリリィたちはモンスターの相手をする。
勿論、隙あらば恭也を援護する気で。
鍔競り合いから共に飛び退くと、同時に刃を振ってかまいたちを起こす。
二人の中間でぶつかり合い、かまいたちが消える。
その中を共に前へと進み出て刃を振るう。
虎乱と呼ばれる一刀による乱撃を繰り出す恭也に対し、主幹も全く同じ攻撃を繰り出す。
互いの身体へと刃を届かせる事が出来ず、少しだけ間合いを開ける。
同時に二人の刀を持つのとは逆の手が素早く動き、そこから何かが飛び出る。
恭也は飛針を、主幹は紫色をした魔力で作った飛針に似たものを。
互いに牽制に投げたそれが相手の目の前を通り過ぎる。

「「ちっ!」」

共に同じ考えだった事に舌打ちをこれまた同時にすると前へ出る。
横からの斬撃を繰り出し、同時にもう一刀を抜刀して上から斬り降ろす恭也に対し、
同じく横薙ぎを放つと同時にもう一刀を抜いて下から上へと振り上げる。
互いのニ刀がぶつかり合う中、互いに右足を繰り出す。

「「くっ!」」

蹴りと同時に間合いを開け、ニ刀による連撃を加える。
互いに引く事無く刃を振るう。
どちらも共に相手へとダメージを与えられず、時間だけが過ぎる。
そんな二人の戦いを眺めながら、目の前の敵を切り捨てた美由希は違和感を覚える。
それが何なのか考える暇などなく、すぐさま新たなモンスターが襲い掛かってくる。
龍鱗で敵の槍を受け止め、セリティで胴を薙ぐ。
それを槍を立てて防ぐモンスターへと、龍鱗が逆側から伸び腕を斬りつける。
龍鱗へとモンスターの意識が行けば、死角からセリティを繰り出す。
貫と呼ばれる相手の認識の外から仕掛ける攻撃を繰り出しながら、美由希は恭也と主幹の戦いへと目を向ける。
丁度、二人は互いに数メートルの距離を開け、刃を上段に構える。
二人が振り下ろした刃から衝撃波が風となって飛ぶ。
中間でぶつかり、土煙が巻き起こる。
それを目晦ましとして互いに利用し、共に距離を縮める。
ここまではさっきまで感じた違和感は感じない。
目の前のモンスターを倒した美由希は、二人の動きを目で追う。
互いの距離が4メートル程となり、目晦ましで起こした土煙へと入る直前に二人は何かを投げる。
恭也は飛針を。主幹は先ほど見せた飛針の形をした魔力針を。

(やっぱり)

美由希は何かを確信したように二人の動きを注視し続ける。
そんな美由希を庇うようにリリィや未亜が援護し、美由希を叱り付けるが美由希の耳には届いていない。
意識が完全に二人へといってしまっている。
飛針を飛ばした恭也は右側へと回り込むように動き、まるで鏡に写したかのように主幹も右へと回る。
全く同時に行動したため、二人の距離は変わる事無く、立ち位置だけが入れ替わる。
それに気付いたのか、二人は土煙の中へと突っ込む。
既に薄れつつあった土煙は、二人が中央で刃を合わせる頃には殆ど消え失せており、
美由希は二人の動きを見ることが出来た。
恭也の左の刃が主幹の胴へと伸び、主幹はそれを右の刃で払うと、左の刃を肩口に落とす。
恭也が右の刃で受け止めると、主幹は蹴りを繰り出す。
それを膝でブロックすると、刃を戻して右と上からの斬撃を放つ。
主幹が同じくニ刀で防ぐなり恭也はすぐさま刀を引き戻し、ニ刀を重ねるようにして撃つ。
雷徹と呼ばれる技に、主幹も全く同じタイミングで雷徹を放っており、互いの刃がぶつかり、
その衝撃で互いに後ろへと下がる。

「美由希っ! さっきから何を呆けているのよ!
 分かっているの! ここは戦場なのよ!」

リリィの言葉にようやく我に返った美由希は、目の前に立つリリィに申し訳なさそうな顔を見せる。
しかし、注意はすぐさま二人へと向かおうとしている。
それを感じてリリィは苛立ちを隠そうともせずに怒鳴りつける。

「恭也の事が気になっているのは貴女だけじゃないのよ!
 少しでも早く助けたいのなら、こっちに集中しなさい!」

すぐさま他の面々も美由希の元へと集まってくる。
やはり美由希の様子がおかしい事に気付いていたらしく、未亜やベリオは心配そうに美由希へと声を掛ける。
その間にも襲ってくるモンスターを倒しつつ、カエデが尋ねる。

「美由希殿、どうしたでござるか。先ほどから変でござるよ」

「うん、ごめんね。でも、あの二人が…」

「だから…」

「違うの。確かに恭ちゃんも心配だけれど、そうじゃなくて。
 二人の動きが気になって…。似ているの、あの二人の動きが…」

「師匠が言っていたではないでござらんか。
 あの男、一度見た師匠の技をやってのけたと」

カエデの言葉に美由希はしかし首を振る。

「違う。あれは真似をしているとか、そんなんじゃない。
 幾ら技を真似たとしても、基礎となる動きは違うはずだもの。
 それに、恭ちゃんの真似というより、共に似ているっていう感じが…」

「それこそありえないわよっ!」

美由希の言葉に返しつつ、リリィは前方から来るモンスターを凍らせる。
凍ったモンスターに未亜の矢が降りそそぎ、モンスターが砕け散る。

「でも、牽制のタイミングやその後の動き。
 ううん、身体の動かし方や手足の使い方、足の運びまで似ているの。
 同じなんじゃなくて、似ている」

「多分、美由希さんがそう感じるのなら、そうなのかもしれませんね。
 実際、恭也くんの剣を一番知っているのは美由希さんだけですし。
 ですが、それは後にしませんか」

ベリオが魔法の障壁を張ってモンスターの攻撃を受け止める。
そこへカエデが走りこんで貫き手で胸を突き刺す。
美由希も状況を思い出して、すぐさまその疑問を忘れる事にする。
それに満足そうに笑みを浮かべると、リリィは一際大きな魔法を放つ。



恭也たちから離れて魔法戦を繰り広げるリコは、イムニティの攻撃を躱して話し掛ける。

「話を聞いて、イムニティ」

「聞く気なんてないわ」

「お願いです。貴女も知らなければなりません」

イムニティへと耳を傾けてもらおうと必死に言葉を綴るリコだったが、
イムニティは取り合わずに呪文を唱える。
一方、話し掛けているリコは呪文の詠唱が出来ず、イムニティが繰り出す魔法を避けるしか出来ない。
それでも、自分の知った真実を語ろうとする。

「私や貴女が思っていたようなものではないんです。救世主というのは。
 そして、私たちを生み出した存在は!」

リコの言葉に、今まさに魔法を放とうとしていたイムニティの動きが止まり、
唱えかけていた魔法が霧散する。
それを見てリコはここぞとばかりに話し始める。

「救世主とは神が自身の力を振るうための器に過ぎないんです。
 しかも、その力はこの世界を破壊して新たな世界を創るための。
 新たに作られる世界には、この世界の誰も残れないんです。私や貴女も」

「……そんな事を何処で知ったの」

感情が抜け落ちたような声で尋ねるイムニティに、
リコはロベリアみたいに説得が出来るかもと期待を込めて大まかな話をする。
それを聞いてイムニティは静かに、そう、とだけ返す。

「でもね、私はやらなければならない事があるのよ」

言ってリコへと攻撃を再開する。
それを躱しながら、この戦いが無意味だと訴えてもイムニティは耳を貸さない。

「どうして…」

「どうして、ねぇ。貴女は良いわよ。大好きなマスターと共に戦えるんですものね。
 マスターがいる限り共に戦う。それが宿命であり、喜びでもある。
 でもね、私はそれができない。同じ書の精霊なのにね。
 なのに、どうして貴女だけが、マスターと共にあれるのかしらね」

羨望の眼差しでリコを見遣り、イムニティは本当に羨ましそうにリコへと問い掛ける。
かと思うと、軽く首を振る。

「何を言っているのかしらね、私は。そんな事は今は関係ないわね。
 この道を選んだのは私だもの。ならば、私は最後まで当初の考えを貫き通すだけ!
 邪魔はさせないわ!」

「…話すだけ無駄という事ですか」

「ええ、そうよ。貴女にしては、珍しく物分りが良いじゃない。
 ついでに、このまま消えてちょうだいっ!」

イムニティの頭上に黒い穴が開き、そこへあらゆる物が吸い込まれていく。
周辺の空気から、周囲の岩や石なども。さながら小型のブラックホールのように。
その間の手はリコへも迫る。

「私も負ける訳にはいかないんです。マスターのためにも!
 だから、全力でいきますっ!」

吸い込まれそうになるのを堪えつつ、リコは素早く呪文を詠唱する。
リコが上げた両腕から数メートル上空に、赤くとぐろを巻く炎の塊が生み出される。
内部で赤々と燃え上がりながら、その球は徐々に大きさを増していく。
直径が三メートル程に達すると、リコは両腕を振り下ろす。
巨大な炎の塊がイムニティへと向かう。が、途中で黒い穴へと軌道を変える。
穴の中へと飲み込まれそうとした時、リコは両掌をパンと合わせる。
すると、炎の塊が急に膨れ上がり爆発する。
爆発し、内側から穴を押しつぶさんとする。
それだけでなく、爆発した中心から幾本かの炎の鞭が生まれ、穴の周囲やイムニティへとその脅威を振るう。

「くぅっ!」

咄嗟にシールドを展開し、リコの魔法から身を守る。
そのイムニティへとリコが更に魔法を放つが、イムニティはそれを躱すと反撃に転じる。
壮絶な魔法が飛び交うため、周囲には敵も味方の姿もなく、リコとイムニティは二人だけで戦い続ける。



何度かの衝突を繰り返し、互いに細かい傷を作っていく恭也と主幹。
しかし、明らかに恭也の傷の方が多く、深い。

「中々腕を上げたな。なら、俺も本気をだすとしよう。
 この意志も名もなき召還器の力、凌いでみせろっ!」

「召還器だと」

主幹の言葉に思わず聞き返す恭也に、主幹はニヤリを笑う。

「そうだ。破滅を率いる証として授かった召還器。
 ただし、普通の召還器とは違い、意志も名もないがな。
 だからこそ、誰にでも扱える。尤も、その力を上手く引き出せればの話だが」

言って主幹は右手を後ろへと引き絞る。
その構えに恭也は驚きを見せる。
それは美由希や美沙斗が得意とする射抜に非常に似ていたためである。
だが、主幹の動きはそこで止まらず、引いた右手に握る刃に垂直になるように左の刃を当てる。
二つの刃の小さな隙間に魔力が集まっていく。

「いくぞ」

主幹が呟くと同時に、左の刃をそのまま横に薙ぐ。
切っ先から雷を纏った竜巻が恭也へと襲い掛かる。
恭也と主幹を繋ぐように竜巻が伸びて周りを囲む。
左右は愚か頭上までも風に囲まれた恭也は逃げ道が後ろにしかない。
尤も、その逃げ道も選択する事は出来ないのだが。
刃を横に薙ぎ、竜巻を起こすと同時に主幹は恭也へと向かって駆け出していた。
まるで射抜のように右の刃で刺突を放ちながら。
恭也の身体が竜巻に飲み込まれた時には、既に主幹の姿は数メートル先まで迫っており、
恭也はルインを重ねるようにして主幹の攻撃を受け止めようとする。
主幹の刃とルインが重なった瞬間、恭也の身体の内部へと衝撃が走り抜ける。
その威力に思わず膝を着く恭也に対し、主幹はそのまま刃を下へと振り下ろす。
その軌跡を追うように雷が起こり、地面に当たって小さな爆発を起こす。
衝撃で恭也の身体が宙へと浮くと、周囲の竜巻から幾本もの雷が恭也の身体へと降り注ぎ、
風が恭也の身体を切り刻む。
風の輪が狭まっていき、恭也の身体を巻き込むと、竜巻に翻弄される恭也へと主幹の刃が襲い掛かる。
主幹が振るう刃へと全ての風が集まり、恭也の身体を斬りつけると同時に一気に解放される。
あれだけの風の爆発に恭也の身体は遠く吹き飛ばされる。
ボロボロの状態となって地面に倒れる恭也に、美由希たちは言葉を無くす。
すぐに駆けつけたいが、目の前のモンスターの壁が邪魔をする。

「ふんっ。死んでしまったか」

何の感情も見せない声で呟く主幹の視線は、恭也の持つ召還器へと向かっていた。
それに気付いた美由希がその視線を追う。

「っ! 恭ちゃんの召還器が…」

美由希の言葉に、リリィたちは思わずモンスターたちから目を逸らしてしまう。
だが、モンスターたちは襲っては来ず、その場から動こうとしない。
どうやら、恭也と主幹の元へと行こうとする者だけを襲うようである。
美由希たちが見詰める先で、恭也の両手に握られたルインがニ刀とも鍔元から折れていた。
やがて、ルインはゆっくりとその姿を消す。
じっとそれを見ていた主幹だったが、僅かに口元を動かすと背を向ける。
その後ろで、恭也はその身体を小さく動かす。
その気配を感じて主幹が振り向くと、恭也は背中から抜いた八景を地面に突き刺し、
何とか身体を起こそうとしていた。

「ほう」

生きている恭也へと感心した声を出すも、誰が見ても明らかにボロボロの状態の恭也と、
無傷に近い主幹とでは、これ以上は勝負にはならない。
止めようと恭也の元へと行こうとするが、その仕草を見せるだけでモンスターが襲ってくる。
忌々しそうにモンスターを睨みつつ、美由希たちはモンスターの壁を突破しようと懸命に攻撃を仕掛ける。
主幹はそんな美由希たちの動きを一瞥し、恭也との間合いを慎重に計る。

「その身体では満足に戦えまい。おまけに召還器までなくしては」

主幹の言葉に、しかし恭也は返事する余力すらなかった。
震える足で何とか立ち上がるも、それ以上は体が言う事を聞かない。
それでも八景を手に主幹を睨む。

「「……」」

互いに無言で向き合っていたが、主幹は誰かと話しているのか上空をふと見上げる。
それから美由希たちへと視線を移す。

「ふむ…」

小さく呟いたかと思うと、掌を恭也へと向ける。
そこに生まれた小さな魔力矢が恭也へと向かって飛ぶ。
普段ならば避けるか、その手にした刃で弾いたところだろうが、数本は躱したものの何本かを足や腕、腹に喰らう。
またしても地面に倒れる恭也を嬲るように、主幹は魔力矢を恭也の身体へと一本、一本突き刺していく。
小さく呻き声を洩らすも、悲鳴を堪える恭也の掌をナイフで地面に縫い付ける。

「あぁぁぁぁっ!」

その光景を見て、恭也ではなく美由希が声を上げる。
獣じみた悲鳴を上げて美由希は両手の刃を無茶苦茶に振るう。

「止めてぇっ!」

美由希の頭の奥のスイッチが切り替わる。
白黒に変わる世界の中を美由希は駆ける。
後の体力やその場に辿り着けたとしてどうするのかなど考えていない。
ただ、白黒の世界の中を少しでも早く恭也の元へと駆ける。
神速が切れると、すぐさま神速の世界へ。
身体の負担を無視し、今しも恭也へと魔力矢を放とうとしていた主幹へと斬り掛かる。
しかし、主幹は神速の世界にあって、美由希と同じように動くとその刃を受け止める。
驚く美由希の隙を付き、鳩尾へと柄を叩き付ける。
短く空気を吐き出しながら、美由希は恭也の横へと倒れる。

「くっ」

ずきずきと痛む鳩尾を押さえつつ、あばらにも痛みを感じる。
いつの間にかあばらも打たれていたらしい。
それだけでなく、倒れると同時にどうやら足にも魔法を喰らったようで、
美由希の右足には恭也が喰らった魔力矢が数本、突き刺さっていた。
さっきまでの恭也をいたぶるための小さなものではなく、大きなやつが。

「ごめん、恭ちゃん。冷静にならないといけなかったのに」

恭也へと謝るが、恭也は小さく口を動かしただけで声が聞こえてこない。
だが、その目はまだ死んではおらず、何かをしようとしていた。
美由希はその邪魔をしてしまったのかと思い落ち込みそうになるが、
それを悟らせる訳にはいかず、何とか顔を上げて主幹を睨みつける。

「ふむ。これで人質が二人、か。
 さて、どうする救世主候補たち」

「くっ。二人をどうするつもりよ!」

リリィが主幹へと言葉を投げると、笑みでもって返す。

「敵対するものを生かしておくバカはいないだろう」

暗に二人を殺すと言っている主幹に、リリィたちはしかし手を出せない。
そんなリリィたちの表情を一瞥すると、主幹は何か思いついたように手を上げ、ゆっくりと未亜を指差す。

「そうだな、この二人の命と引き換えに、お前の身柄を頂こうか」

名指しされた未亜は顔を青くさせる。
しかし、傷付き倒れる恭也と美由希を見て決意する。

「ちょっと待ちなさい、未亜! まさか、あんな奴の言う通りにするつもりじゃ」

「でも、そうしないと恭也さんたちが」

「ですが、約束を守られるという保証は」

ベリオが慎重な事を言うと、未亜は主幹を真っ直ぐに見詰める。

「約束は守ってくれますか」

「ああ、守ってやる。お前が俺と共に来るのならば、この場は見逃してやる。
 信じるかどうかは好きにしろ」

「そんなの信じられんでござる」

「そうよ。それに、どうして未亜なのよ。私が」

未亜を庇うように前へ出るカエデとリリィ。

「お前を人質にすると、後が怖いからな。
 その点、その娘なら召還器にさえ気を付ければ大丈夫だ」

言って嘲笑する主幹へとリリィが攻撃しようとするが、その前にモンスターが立ち塞がる。
そして、主幹の腕が恭也と美由希へと向く。

「くっ」

悔しげに唇を噛み締めると、リリィは腕を下ろす。
それを満足そうに見遣りつつ、主幹は魔力矢を恭也と美由希へと放つ。
身体に突き刺さる痛みに顔を顰める恭也と美由希を見て、リリィが声を荒げる。

「ちょっ! 私は攻撃を止めたでしょうがっ!」

「別にお前が止めらからと言って、俺が止める必要が何処にある。
 あくまでも、取引はその未亜の身柄と二人の命のはずだ。
 渋るようなら、二人を痛めつけるしかないだろう」

言って再び魔力矢を形成する主幹を未亜が叫ぶように止める。

「分かりました! だから、それ以上は止めてください」

「ちょっと、未亜! あんな奴に付いていったら、何されるか分からないわよ」

「それでも、そうしないと二人が。
 今まで二人には守ってもらったんだもの。だから、私で役に立てるなら、今度は私が」

「駄目だよ、未亜ちゃん!」

「黙っていてもらおうか」

叫ぶ美由希へと主幹が魔力矢を放つ。

「さて、それじゃあこっちへ。ただし、お前だけだ。
 他の者が動いたら、そこのモンスターを仕掛ける」

主幹の言葉に未亜はジャスティを仕舞うとゆっくりと歩き出す。
その背中をリリィたちは悔しそうに、悲しそうに見詰めるしか出来ない。
だが、決して目は逸らさずに。
恭也と美由希もそんな未亜をじっと見詰める。
恐怖で震える足を懸命に動かしつつも、その顔にははっきりとした決意を宿らせ、主幹の傍にやって来る。

「約束は守ってください」

「ああ。この場は見逃してやろう。撤退するぞ」

主幹の言葉にあちこちで戦闘をしていたモンスターたちも引き上げ出す。
主幹の横にイムニティが現れる。
その身体は傷付き、リコとの戦闘の激しさを物語っていた。

「イムニティか。手ひどくやられたようだな」

「すいません、主幹。ですが、向こうにも手傷は負わせました。尤も、私よりは軽傷ですが。
 ……無事に手に入れたのですね」

「ああ」

主幹の手に引かれる未亜を見て、イムニティは満足そうに頷く。
一方、恭也の傍にもリコが現れる。

「マスター!」

恭也の状態を見て慌てて駆け寄るが、恭也はリコの視線を違う場所へと向けさせる。
リコは未亜が連れ去られそうになっているのを見て、すぐに行動に出る。
まずはリリィたちの前に居たモンスターを雷の魔法で一層する。

「イムニティ、やはり未亜さんが白の主なんですね!」

その言葉に恭也たちだけでなく、当の本人である未亜も驚く。

「それを知ってどうするつもりかしら」

「今まで、美由希さんか未亜さんのどちらか分からなかったんですが、今分かりました。
 マスター、未亜さんは白の主です。このままイムニティたちの手に渡す訳にはいきません。
 勿論、仲間としても見過ごせません!」

リコの放った魔法は、イムニティによって弾かれる。
そこへ、リリィたちが主幹へと向かうが、全て弾かれる。
未亜を背後へと押しやり、逃がさないように片手で未亜の腕を握る。
片手だけでカエデたち三人とやり合い、これを撃退する。
その光景を見ながら、恭也と美由希は悔しさに唇を噛み締める。
守るための剣なのに、肝心な時に身体が動かない。
恭也に至っては召還器すらもうないのだ。
それでも手が無いか考える恭也の脳裏に、あの時聞こえた声が届く。
あの日、美由希をゴーレムから助けようとした時に聞こえてきた声が。

   ――主よ……。我の名を…、我の名を呼べ。
     我が名はルイン。ようこそ、このいつ尽きるともない戦いの狂宴へ。
     これより、我は主が倒れ伏すその最後の時まで、共にありて主の牙に、爪になろう――

アヴァターへと初めてやって来た時に聞いた、その台詞と同じ声が。

『我が主よ。我が名を…。まだ、我は折れてはいません。
 主もまた、折れて折らぬのなら、今一度、我が名を呼びて、深遠の淵より我を呼び戻して、我を振るって。
 我は全てを崩壊させるもの。意志持て神に弓引く背神の剣。
 我は常に主とともにあるもの。主の牙と、爪となるもの。ならば、今一度、我が名を。
 全てを滅ぼす呪われし我が名を」

「……ああ、何度でも呼んでやる。
 神のくだらない計画を打ち砕くまで、何度でも。
 大事な者を守るためになら、共に呪われてやる。
 だから、俺と共に来い。俺は神の計画の外にいる者にして、全てを狂わす楔。
 ならば、何度でもお前を求めてやる。
 お前の主にして担い手として、全てを打ち砕く。
 だから、来いルイン!」

恭也の言葉に応え、その両の手に再びルインが現れる。
以前よりも澄んだ漆黒の刃に、外見は変わらないのに前以上の力強さを持って。
主幹はリリィたち三人を吹き飛ばすと、恭也の手に再び召還器が戻ったのを見る。
流石に驚いたのか、その動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬を見逃さず、美由希は龍鱗とセリティを恭也の傍の地面に叩き付ける。
雷を纏い地面へと叩きつけられたその力は、そのまま爆発して地面を吹き上げる。
丁度、主幹が恭也を吹き飛ばしたように。
爆風で主幹へと向かいながら、恭也は神速を発動する。
白黒の世界でも主幹は恭也の速さに付いてくる。
しかし、それは美由希との攻防で既に知っている。
恐らく、神速に似た技を相手も使うのだろうと。
だから、恭也はそこから神速を重ねる。
恭也の刃が主幹へと振り下ろされる。
しかし、主幹は勘だけでそれを躱す。
が、未亜を握る手が弱まる。
それを見逃さずに未亜は主幹の腕から抜け出る。
地面に倒れる恭也の前に、イムニティを退けたリコと未亜が立ち塞がり、
吹き飛ばされたリリィたちも戻ってきて恭也を庇う。
見れば、美由希の方にはミュリエルやルビナスの姿があった。

「ふっ。モンスター共を撤退させたのが裏目に出たか」

自嘲気味に笑う主幹の仮面に、縦に薄っすらと線が走る。
珍しく慌てた主幹が仮面を押さえようと手を伸ばすが遅く、二つに割れた仮面から素顔が覗く。
その顔を見て、三人の人間が固まる。

「……そんな、父さん」

呆然と呟いた恭也の言葉に、主幹はもう隠しても仕方ないと思ったのか、仮面を踏み付けて粉々に割る。

「そんな死人を見るような目で見るな。ちゃんとこうして生きている。
 言っておくが、誰かに操られているとか、記憶が無いって事もない。
 俺は俺の意志でここに居る」

そう言って真っ直ぐに恭也を見詰めるのは、間違いなく恭也の父、士郎だった。
恭也の言葉に、未亜たちも言葉をなくして立ち尽くす。
呆然となる一同に苦笑を洩らしつつ、士郎は静かに手を上げる。

「戦闘中に呆けるもんじゃないぞ」

言って振り下ろされる刃は、しかし別の真紅の刃によって受け止められる。

「悪いけれど、恭也はやらせないよ」

「裏切るか、ロベリア」

受け止められた刃を引き、距離を取ると士郎は静かに問い掛ける。
そんな士郎の言葉を笑い飛ばすと、

「はんっ! 私は別に裏切ってなんかいないよ。
 元々、アンタのためにやってたんじゃなくて、好きなようにやってただけだしね。
 それに、今の私の剣は恭也に捧げたからね。これ以上やるってんなら、私が相手するよ」

「……まあ、良いだろう。イムニティ、引き上げだ」

「白の主はどうしますか」

「放っておけ。どうせ、あいつらは俺たちの元へと来ざると得ないんだ。
 それと、恭也。俺と敵対するつもりなら、もっとしっかりするんだな。
 今のように呆けたままだと二秒と持たないぜ」

言って去ろうとする士郎の背に、意外な人物が声を掛ける。

「士郎、これはどういう事ですか!」

「夏織…いや、ミュリエルか。見てのとおりだ。
 詳しく知りたければ、お前もガルガンチュアに来るんだな」

「…夏織……母さん?」

更なる衝撃の事実に恭也は殆ど無意識にミュリエルへと視線を向ける。
恭也の視線を受けたミュリエルは俯き、恭也の視線から顔を隠す。
恭也の洩らした言葉に更なる衝撃を受けるリリィたちを一瞥すると、
士郎とイムニティはこの場から消える。
後に残されたのは、ただ呆然とする恭也たちだけだった。





つづく




<あとがき>

次回予告!
実の父が破滅に組すると知り、迷う恭也。

「どうしてよ! どうして、アイツばっかりがこんな目にあうのよ!
 アイツはただ、自分の身近な人たちを守ろうと頑張っているだけなのに!」

「師匠は、どうするんでござろうか」

「なによ。人にはアタシはアタシだ、なんて言っておいて…」

様々な思いが渦巻く中、恭也は!?

美姫 「えっと、また私を無視してこんなことして!」
ぶべらっ!
美姫 「とりあえず、また次回で〜」




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