『DUEL TRIANGLE』






第五十三章 Sinking mind





傷付いた身体をベッドで横にしつつ、恭也はじっと天井を見詰める。
その瞳からは何を考えているのかは読み取れないが、リリィたちは変に声を掛けることも出来ずに居た。
先ほど、カオリの事についてミュリエルから簡単に話を聞いたものの、
やはり恭也の脳裏を巡るのは士郎の事であった。
その事に他の者たちも気付いているのか、何処か気が抜けたような恭也を静かに見る。

「…どうして、父さんは破滅に組しているんだろうな」

ようやく開いた口から出た言葉に、しかし、誰も答える事ができない。
恭也も答えを期待していた訳ではないのだろう、そのまま一人ごちる。

「その所為で、どれだけの人が犠牲になったのか…。
 その人たちに何て言えば良い」

淡々と語られる事が逆に何とも言えない複雑な恭也の胸中を現しているようで、更に思い沈黙が降りる。
それに気付いたのか、恭也は小さく首を振る。

「すまない。気にしないでくれ。
 それよりも、もう少し眠るから」

「そうね、今はゆっくりと休み、考えるのはその後にしなさい」

ミュリエルはそう告げると、リリィたちを促して部屋から出て行く。
一人になった自分の部屋で、恭也はただじっと天井を見詰めていた。



恭也の部屋を辞したリリィたちも、それぞれに暗い顔をしている。
やや引き攣る足を擦りつつ、美由希がそっと溜め息を零しつつ、
自身も傷が完全に癒えてないのか、部屋へと戻って休む事にする。
リリィたちも同じように部屋へと戻る。
部屋に戻るなり、リリィはやるせないように壁を殴りつける。
痛む拳を強く握り締めたまま、リリィは持っていきようのない怒りを部屋にあったクッションへとぶつける。
壁にぶつかって落ちるクッションを拾うと、リリィはそれを壁や床にぶつける。
その音が聞こえたのか、まだ部屋に戻っていなかった美由希が部屋に入ってくる。
勝手に入ってきた美由希を睨みつけるリリィに、美由希は落ち着くように告げる。
しかし、その表面状は冷静に見える美由希の姿が癪に障ったのか、リリィは襟首を掴んで声を荒げる。

「どうしてよ! どうして、アイツばっかりがこんな目にあうのよ!
 アイツはただ、自分の身近な人たちを守ろうと頑張っているだけなのに!」

美由希を除けば、恭也の世界で士郎の墓参りを共にし、
恭也から話を聞いていたリリィが最も今の恭也の辛さを分かっているのかもしれない。
ミュリエルが今のリリィの姿を見れば、人の見ている前で涙ながらに感情を爆発させる様に驚くかもしれない。
そんなリリィの叫びに、襟首を掴まれたまま美由希は口を開く。

「そんな事をここで言っても仕方ないよ。
 どうして恭ちゃんがこんな目に合うのかとか、そんな事を言っている段階じゃないんだよ、もう。
 それに、恭ちゃんだけが辛い目に合っている訳じゃない。
 皆、何かしら辛い目には合ってきているんだから。
 今、私たちに出来る事は、ただ身体を休める事だけ。これは、恭ちゃんの問題だから」

いつになく冷静に告げる美由希に驚きつつも、リリィも少しだけ頭を冷やす事が出来たのか手を離す。
ごめん、と小さく謝る。
そんなリリィに美由希は小さく笑い掛ける。

「…私は恭ちゃんを信じているから。リリィさんもそうでしょう」

「…勿論よ。あいつはこのぐらいの事で諦めたりはしないわ。
 私の知っているあいつなら、きっと…」

そう呟くリリィに、美由希は少しだけ意地悪そうに言う。

「初めの頃からは考えられない台詞だね」

「…悪かったわね。そう言うアンタだって、最初の頃とは変わってるわよ」

「そうかな」

「そうよ。
 最初は未亜ほどではなかったけれど、おどおどして恭也が傍に居ないといけないってイメージがあったもの」

「そう言うリリィさんは、丸くなったかな」

「ふん、言うじゃない」

「まあね。でも、私が変わったんだとしたら、恭ちゃんや皆のお陰かな」

「私も似たようなものかもね」

言ってお互いに小さく笑い合ったかと思うと、美由希はその笑みを悪戯っぽいものに変える。

「だからと言って、恭ちゃんを譲る気はないですよ」

「なっ!? 何を言ってるのよ!
 わ、私は別にあんな奴の事なんか何とも思ってないわよっ!」

「本当に? じゃあ、リリィさんは私と恭ちゃんが上手くいくように協力してくれます?」

「そ、それは…。そ、そんなのは自分で何とかしなさいよね!
 私には関係ないでしょう!」

「うーん、そうですね。自分で何とかしないといけないんだよね、結局は。
 でも、リリィさんは恭ちゃんに興味がない、と。
 うんうん、一人でもライバルが減るのはいい事だしね。
 後で恭ちゃんにも言っておこう」

「ちょっ! 恭也には言う必要がないでしょう!」

「そうかも知れませんけれど、別に言っても良いじゃないですか。
 それに、そうして言っておいたら、恭ちゃんから好きになる事も防げるだろうし、
 仮に好きになったとしても諦めるだろうから」

楽しそうに、何処かからかうように言う美由希に、普段ならば気付いたかもしれないリリィはしかし、
今回ばかりは全く気付く余裕もなく、口をパクパクさせたかと思うと、睨むように美由希を見る。

「やっぱり、かなり変わったわよアンタ」

その言葉を平然と受け止めつつ、美由希は素知らぬ顔で背を向けようとするが、
それをリリィの声が呼び止める。

「私だって…」

「何ですか?」

照れながら呟くように言ったリリィに、美由希はわざとらしく尋ね返す。
それに悔しそうに顔を歪めたのも一瞬で、リリィは顔を真っ赤にしながらも指を突きつけて言い放つ。

「恭也は私のものよ!」

「……っ! ものって何ですか、ものって!
 恭ちゃんを物扱いしないでください! それ以前に、いつリリィさんのものになったの!?」

「あ、だ、だからそうじゃなくて…」

美由希の言葉にリリィは顔を更に赤くしつつあたふたとなるが、何とか立て直して告げる。

「私だって負けるつもりはないからね!」

「…望むところです。私の方が、恭ちゃんと過ごした時間は長いんですから。
 リリィさん…ううん、リリィなんかには負けない!」

「時間なんて関係ないわよ。それに、私とアイツって結構、二人だけとかで話をしたりしてるんだから」

不適な笑みを浮かべ合いながらも、そこには険呑なものは感じられない。
互いを強敵として認め合ったのか、二人は可笑しそうに声を上げると、不意にさっきまでとは違う顔になる二人。

「所でさ、美由希。リコなんだけれど、その、恭也との仲が怪しいと思わない」

「リコさん? うん、確かに怪しいよね。特に導きの書を取りに言った後辺りから。
 でも、それは書の精とマスターだからじゃ」

「いいや、私の勘がそう告げるのよ」

「うーん、確かに怪しいけれど、私はどっちかって言うとベリオさんの方が…」

「た、確かに、ベリオも怪しいのよね」

打って変わってコソコソと話し始める二人だったが、その胸には先ほどまでの不安は消えており、
ただ恭也の事を強く信じる気持ちだけが息づいていた。





 § §





自分の部屋で座禅を組みながら、カエデは一度だけ天井を見上げる。
正確にはここからもっと上、屋上に位置する恭也の部屋の方へと。

「師匠は、どうするんでござろうか」

今まで見た事もないような恭也の無気力にも似た状態を思い出し、カエデは難しげに眉間に皺を刻む。
だが、すぐに首を振って雑念を振り払うと静かに目を閉じて瞑想する。
きっと恭也なら大丈夫だと言い聞かせるように信じて。
今は、間近に迫ったムドウとの対決に思いを寄せる。
憎しみはやはりあるものの、それだけに支配されないように冷静に考える事も出来る今の状況を、
ムドウ本人を前にしても保てるように。
そして、ぼんやりとだが覚えている、恭也をガルガンチュアから助けた時の事を思い描く。
あの時、自分は一瞬だが里に伝わる秘法を使ったのでは、と。
カエデは一人、明かりを落とした部屋で静かに時を待つのだった。





 § §





「なによ。人にはアタシはアタシだ、なんて言っておいて…」

「パピヨン…」

部屋に戻るなり、パピヨンはつまらなさそうに呟くと、その身体をベッドに投げ出す。
そんなパピヨンにベリオが窘めるような声を上げるか、それを無視してパピヨンは文句を言う。

「恭也の父親が破滅に居たのは、そりゃあ驚いたわよ。
 でも、だからって破滅がしでかした事を恭也がどうこう思う必要はないじゃない」

「ええ、そうの通りですね。恭也くん自身が私たちに言ってくれた事なのに」

悲しげに呟くベリオと腹立だしそうに言うパピヨン。
異なる反応ながらも、共に恭也を心配している。

「でも、きっと大丈夫だと思いますよ」

「当たり前じゃない。もし、いつまでも寝てるようなら、首に縄を着けてでも起こしてやる!
 アイツには、これからも色々とやってもらう事があるんだからね」

「そうなの?」

「そうよ! 手始めに、何処か遊びに連れて行ってもらって…」

「そ、それって、デ、デートってやつじゃ…」

「何を今更焦っているのよ。あんなことまでしておいて…」

「あ、あれはあなたが…」

「ベリオも楽しんでなかったとは言わせないわよ」

「……」

真っ赤になって俯くベリオを笑い飛ばすと、パピヨンは再び口を開く。

「まあ、嫌なら仕方ないわね。ベリオは留守番ね」

「留守番って、私の身体…。それ以前に、誰も嫌だなんて言ってないじゃないですか…」

「はいはい。まあ、その前にシェザルの奴を倒して、破滅を何とかしないとね」

「そうですね」

神に祈るのを止め、自らの想いを祈る僧侶も今ばかりは祈るではなく信じていた。





 § §





リコの部屋で残る三人は集まり、何やら話をしていた。

「白の主が未亜さんであると分かった以上、少なくとも向こうの手に渡す事だけは避けなければなりません」

「リコの言う通りだけれど、今、未亜ちゃんを戦力から外すのは辛いわね」

リコの言葉にルビナスが深刻そうな表情で告げる。
それに対し、未亜は何も言わずにただ黙っている。
そんな未亜を見た後、ルビナスはロベリアへと尋ねる。

「何か、いい方法はないかしら」

「何故、私に聞く。いい方法も何も、この娘を誰かが守るしかないだろう。
 だが、そうなると必然的に戦力は低下する。これは事実だ。
 まあ、唯一の救いと言えるかどうかは分からんが、この娘は後衛だからな。
 前衛よりも危険が減る」

ロベリアの言いたい事は、ここに居る全員が理解している。
しかし、戦場に置いてそれは絶対ではないのだ。
だが、未亜が抜けるのはルビナスが言うように戦力の低下となる。

「あの、リコさん」

未亜の問いかけにリコは無言で続きを促す。

「私が白の主だとしたら、その力を引き出す事は出来ないのかな。
 そうすれば、そう簡単には…」

「その方法は未亜さんにしか分からないと思います。
 いえ、そもそも契約した時点で多少のパワーアップはしているはずなんです。
 それにどちらかと言えば、マスターよりも我々書の精の方がパワーアップするといった感じですね」

「でも、恭也さんの力が大きいって、前に召喚する時に…」

「あれは元々マスターが持っていた力です。
 ミュリエルが言っていたように、マスターは元々大きな魔力を持っていました。
 ただ、それを封じられていただけ。それが、私との契約で弱くなっていた。
 そして、私とマスターの間には魔力的な繋がりが出来ていた事と、封印が弱まった事によって、
 その強大な魔力を利用できただけです」

「そっか…」

リコの言葉に残念そうに俯く未亜に、しかしロベリアは暫し考え込んでいた顔を上げて声を掛ける。

「いや、案外悪い案ではない」

「ロベリア、それってどういう事?」

「元赤の主であるお前と赤の書であるオルタラ…」

「今の私はリコ・リスです」

「ああ、分かった。リコは知らないだろうが、イムニティが白の主と選んだ娘…」

「あ、あの、未亜…」

「ああ!?」

リコのように名前を教えるが、軽く睨まれて、実際には目隠しで目が隠れているのだが、
雰囲気から察して、未亜は口篭もる。
そんな未亜を庇うように、ルビナスがロベリアを注意する。

「ロベリア、ちゃんと名前で呼んであげなさい」

「何だ、面倒くさいな。別にどっちでも良いだとろうに」

「どっちでも良いのなら、名前で」

「ちっ! 分かったよ。えっと、未亜だっけか」

「は、はい」

ロベリアに呼ばれて緊張気味で返事をする未亜に、ルビナスは苦笑を洩らすがロベリアは気にせずに話を再開させる。

「少なくとも、未亜は救世主側に居たんだ。
 まあ、この学園の魔法陣を利用したから当たり前だがな」

「ちょっと待ってください」

「何だ、今度はリコかよ、何だ?」

「未亜さんは白の主と仰いましたが、彼女は赤の書が連れてきたのですよ」

「あ? 恐らくイムニティの奴が細工したんじゃないのか。
 破滅側には異世界から召喚させるための魔法陣はなかったからな」

ロベリアの言葉を吟味した後、リコは小さく頷く。

「あり得ますね、それは。
 だとしたら、未亜さんを発見したのに赤の書から私に連絡がなかったのも納得がいきます」

「つまり、最初からイムニティの仕組んだ事って訳ね」

「ああ。所で、話を戻してもいいか?」

少し苛立ち混じりに尋ねるロベリアに、三人は頷いてみせる。
それを受け、ロベリアは今度こそ言いたかった事を口にする。

「つまり、救世主側に白の主を召喚する事になるのを分かっていて、
 イムニティの奴がすぐにばれるような事はしないだろうって事を言いたかったんだ。
 つまり、未亜との契約を上手い事隠していたのもそうだが、もう一つ…」

言って指をピッと立てるとそれを左右に小さく振る。

「聞いたところによると、未亜が召喚された時には既に召還器をその手にしていたんだったな」

リコが頷いたのを見て、ロベリアは自分の考えが正しいかもと確信し始める。

「つまり、召還器から大きな力が出ていれば、それがばれる可能性が出てくる。
 なら、イムニティの奴が召還器に細工したと言う可能性が出てくる。
 そうすれば、行き成り召喚されたのに召還器を持っていた事も納得できるからな。
 つまり、今まで未亜が使ってきた召還器は、本来の形じゃなく封じられた形である可能性があるって訳だ」

「だとすれば、未亜さんの力も封じられた状態という事になりますね」

「…でも、封じられていてあの力だなんて。
 なるほど、イムニティが白の主に選ぶ訳ね」

三人から見詰められて未亜は恥ずかしそうに俯く。
だが、問題はどうやって本来の形を取り戻させるか、だった。

「召還器は強い呼び掛けに必ず答えてくれるはずです。
 後は、未亜さん次第」

「私、次第…」

リコの言葉を噛み締めるように、未亜はそっと口に同じ言葉を乗せる。

「まあ、そんなに固く考えなくても良いわよ。
 ただ、召還器に強く呼び掛けて見れば良いだけ。
 あなたの思いが強ければ、召還器の方からきっと答えてくれるはずよ。
 何のために力が欲しいのか、どうしたいのかを強く思い描けばきっと」

やや緊張するように身体を強張らせた未亜の肩にそっと手を置き、ルビナスは優しくそう語り掛ける。
それを聞き、未亜は身体から徐々に力を抜くと、小さくだがはっきりとした笑みを形作るのだった。
そんな様子を一瞥して鼻を鳴らすと、ロベリアは窓の外へと目を向ける。

「そんな事よりも、恭也の奴は大丈夫なのか。
 今のアイツは、すぐに折れてしまいそうだ」

「確かにね。恭也くんの振るう剣、その信念とも言うべきものを教えた、
 そして、恭也くんが尊敬して後を追おうと頑張ってきたはずの目標とすべき人が、まさかね」

ルビナスもロベリアに倣うように窓の外を見詰める。
少し重苦しい空気が二人の間に流れるが、それを打ち消すようにリコが言う。

「多分、大丈夫ですきっと。マスターなら」

「そうだよね、恭也さんならきっと」

そう確信するように見詰め合う二人を横目で見ながら、ロベリアとルビナスは共に二人とは違う意見を抱いていた。
それを互いに顔や仕草などから察し、共に小さく嘆息する。
過度の期待は時として、折れかけたものを折ってしまう事もあると。
まあ、それを恭也へと直接言わなければ問題ないだろうと、ルビナスたちは特に何も言わなかったが。
だが一番の理由は、そう考えつつもロベリアもルビナスもまた、恭也に期待し、信頼しているからなのだろうが。





つづく




<あとがき>

ふ〜。ちょっちシリアスな話か?
美姫 「いや、何で疑問系なの」
いや、何だかんだといって、シリアスだけじゃないなと。
途中、普段っぽく軽いノリになってる個所が何箇所もあるし。
美姫 「まあ、実際全然シリアスじゃないわよね」
だよな。分かった! シリアスは苦手だな、うん。
美姫 「アンタ、得意なのってあったの?」
う、うーん……。
美姫 「いや、そこで悩まないで欲しかったわ」
自分に正直だろう!
美姫 「いばれない、いばれない」
まあ、ともあれ、あの後の救世主クラスたちって所だな。
美姫 「恭也、復活まではいかなかったわね」
ああ、いかなかったな。
そう簡単にはいかないのだよ、美姫くん。
美姫 「良いながら、次の話の冒頭で復活してそうだけどね」
ぐっ! あ、あははは〜。
美姫 「…まさか、図星だったの?」
で、では次回で。




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