『DUEL TRIANGLE』






第五十四章 過去、現在





小さい子供ながらに、その背中は大きく頼もしく見えた。
その背中へと追いつこうと必死に剣を握る恭也へと、その大きな背中の主は苦笑しながら言ったものだ。

「お前は俺なんかよりもずっと才能がある。
 俺を目標とするのは構わないが、追いつくのではなく追い越せよ」

そう言って笑う男、士郎の顔を恭也は今もよく覚えている。
追いつき、追い抜くために過酷とも言える鍛錬を毎日のように繰り返してきた時も。
その指標を見失っても尚、追いかけたあの背中を追い越そうと、
守りたくてももう守れなくなってしまったものを、少しでも代わりに守れるようにと無茶をした時も。
常に恭也は士郎の言葉を頭の片隅で反芻し、その剣を振るってきた。

「その力を振る意味をよく考えるんだ。
 奪うための力だが、その本質は守るためのものだという事を。
 もし、その力を単に傷つけるためだけに使う事があれば、俺はお前を止めるからな。
 まあ、お前なら大丈夫だろうがな。」

そう冗談っぽく言って笑うその顔に、恭也は真剣に頷く。

――それは遠い過去の、既に過ぎ去った昔。
  最早、戻る事の出来ない日々――

不意に恭也は目を覚ますと、痛む身体に顔を顰めつつもゆっくりと右腕を持ち上げる。
あの日から数日が経ち、傷は治癒魔法のお陰で既に大方塞がっており、
今はゆっくりと身体を休めている状態である。
そっと目の前に翳した指と指の間から天井を見詰めつつ、恭也の思考はやはり士郎の事へと向く。
当然、何故という疑問が付き纏う。
だが、それは考えた所で士郎本人ではないのだから、恭也には答えが出せるはずもない。
考えても分からないのなら、直接聞き出す。
恭也の思考はそこへと辿り着く。
そして、聞いても教えてくれないというのなら、それはそれで良いとさえ思い始めていた。
どんな考えがあったにせよ、士郎が破滅に組した事は事実。
そして、それによる被害が出ているであろう事も。
それら全てを踏まえた上で、士郎には士郎の考えがあっての事なのだろうと。
ならば、自分も自分の思う道を、信じる道を行くだけだと。
それが、敵対という形で今、目の前に現れただけ。
士郎へと刀を向けることに、全く躊躇やまだ迷いがないとまでは言わないが、
それによって仲間が傷付くという事を先の戦いで嫌という程に思い知った。
ならば、自分は自分の周りに居る者を守るためにも、刀を手に取ると。
今までも、そしてこれからもいつだってそうしてきたように。
そんな自分にとっては既に当たり前とも言える事を忘れそうになっていた事に、
恭也は小さく自嘲めいた苦笑を洩らすと、ゆっくりと手を握り締める。
翳した拳の先、天井を見詰めながら、恭也は全く別のものをその瞳に見据える。
間違いなく、今までで一番の強敵になるであろうニ刀の剣士の姿を。





 § §





ガルガンチュアにある大きな謁見の間のような部屋で破滅側の主要人物が顔を揃えている。
一番奥の席に座った破滅軍の主幹士郎が、全員を見渡した後に口を開く。

「恐らく、次が最終決戦になるだろう。
 王国軍もこれ以上の消耗はできないだろうからな。
 全戦力を注ぎ込んでくると見て良いと思う」

そう言った後、左隣に座るイムニティへと視線を向ける。
イムニティは士郎の言葉が間違っていない事を頷いて応えると、士郎の右に位置するダウニーへと視線を転じる。

「主幹の仰せの通り、次が最終決戦になると見て間違いないでしょう。
 となれば、我々も全戦力を注ぎ込み、これに対処します」

「要は、全員ぶっ殺してしまえば良いんだろう。
 何、簡単な事じゃねえか」

「これだから、頭まで筋肉で出来ている馬鹿は困ります」

「なんだとぉっ!」

ムドウをからかうように発せられたシェザルの言葉に、当然のように乗って掴みかかるムドウ。
その手がシェザルの襟元へと伸び、同時にシェザルの手が懐から銃を取り出すべく動く。
その二人の前のテーブルに、ココンと乾いた音を立てて金属の棒状のものが突き刺さる。
士郎は飛針を投げたとも態勢で二人を静かに見遣りる。

「遣り合うのは勝手だが、それによって最終決戦に万全の状態では挑めませんでは話にならないんだが?
 ただでさえ、ロベリアが抜けて人数が減っているんだからな」

「あんな女が居なくなった所で…、と言いたい所ですが、確かに厄介ですね」

「けっ、んなの関係ねーよ。ただ来たらやるだけだ。
 所でよぉ、裏切ったんだから倒したら俺の好きにしても良いんだよな」

ムドウの卑下た笑みに顔色を変える事なくダウニーは頷く。
それを見て、ムドウは更に笑みを深める。

「それは良い。前からあの女はいけ好かなかったからな。
 人を見下すような感じでよ。今度は俺がヒィヒィ鳴かせながら見下してやるぜ」

そう言って下品に笑うムドウに、仮面の下で顔を顰めつつシェザルは士郎へと顔を向ける。

「それで、私たちは何をすれば?」

「ああ。まあ、特にやる事はないんだがな。
 とりあえず、俺らはここガルガンチュアで待機だ。
 下での戦いは他の者に任せてな。
 恐らく、救世主候補共はここに直接乗り込んでくるだろうからな」

「つまり、各自持ち場に着いて敵を迎え撃てば良いのですね」

「ああ、そういう事だ。だが、油断はするなよ」

「勿論ですよ」

「こちらに乗り込んでくるであろう戦力は、救世主候補にロベリア、ミュリエルといったところですかね」

ダウニーが士郎へと尋ねるように問い掛ける。
それに対し、士郎は頷く事で自分も同じ考えである事を伝える。

「でも、あの子は来るかしら?
 かなりショックを受けていたみたいだけれど」

「高町恭也、ですね。来ないのなら来ないで助かりますがね。
 彼は座学は兎も角、実戦では高い成績を見せてますから。
 まあ、実の親に刃を向けれるような人物には見えませんでしたから、
 ひょっとしたら来ないかもしれませんね。それにしても、主幹も人が悪い。
 早くその事を教えて頂ければ、あそこまで彼を脅威と見る事もなかったのに」

そう言って微笑むダウニーに、士郎は肩を竦める。

「別に言う事でもないからな。それに、あいつなら来るぞ」

「まさか」

士郎の言葉にやや驚きながらも未だ笑みを湛えるダウニー。
イムニティはどちらとも言えずに士郎を見る。
赤の主となる以上、仲間を見捨てるといった事を考え付くような人物ではないだろう。
それでなくても、直に自分の目で見た限り、恭也はそのタイプである。
そんな者が果たして親に刃を向けるかどうか。
だが、士郎がここまではっきりと断言している以上、イムニティとしてはただその根拠のようなものを求める。
それを察した訳ではないだろうが、士郎は続ける。

「あれぐらいであいつは止まらないよ。悩むかもしれんが、必ずここに来る。
 俺を止めにか、斬りにかまでは分からないがな。
 どっちにせよ、俺を止められないと分かったら、その刃を向けてくるぜ」

話している事は物騒なのだが、何処か誇らしげに言う士郎にダウニーが眉を顰める。

「主幹、まさか情けをかけたり、素直に斬られたりするおつも…」

「ダウニー」

最後まで言わせる事なく、士郎は名を呼んで言葉を遮る。
その声はとても低く、ダウニーでさえ思わず言葉を飲み込む。

「お前、俺を見縊っているのか?
 相手が誰であろうが、それこそ息子だろうが目の前に敵として立つのなら容赦はしない。
 信じられないと言うのなら、お前に相手させてやるよ」

「い、いえ、これは失礼を。勿論、信じていますとも。
 先の戦いからも、それはもう」

ダウニーは詫びを入れつつ、一つ咳払いをする。

「それで、実際の配置はどのように?」

「ああ、それだが…。イムニティ、もし来るとしたらどんなルートだと思う」

「何処へ来るのかは兎も角、方法は一つのみ。
 地上のモンスター達を王国軍で押さえている間に、レビテーションによる侵入。
 なら、私たちは、こことここを。そして、中はこことここ。
 都合、この四箇所を押さえておけば、必ず出会えるでしょう。
 後は随時、状況に合わせて移動すれば」

言ってイムニティはガルガンチュアの内部地図を指差す。

「成る程な。なら…」

それを元に、士郎はメンバーの配置場所を決めていく。

「以上だ。何か質問は」

誰からも質問の声がないのを見た後、士郎はずっと言葉を発しなかった二人へと視線を向ける。

「メイ、セレナもそれで良いか」

「はい。私はセレナと一緒なら」

メイからは応えが帰ってくるものの、セレナからは何も帰ってこない。
既に理性のないセレナは何も言わないからだ。
こっちの言っている事も分かっているのかどうか怪しいが、その点はメイが居るから問題ない。
故に、士郎は解散を命じる。
その声に全員が三々五々に部屋を出て行き、士郎とイムニティのみが残される。

「ふー、いよいよだな」

「はい。…後悔でもしているのですか?」

「まさか。まあ、恭也が目の前に立ったのには驚いたがな。
 さて、後は白の主をこの手にするだけだな」

「ええ。白の主を神の座へ」

「その後、赤の主か赤の書の力を奪ってしまえば、救世主の誕生だ」

それはつまり、恭也かリコの命を奪うという事なのだが、士郎の声には迷いは見られなかった。





つづく




<あとがき>

恭也、復活!
美姫 「いや、本当に冒頭で復活してるし」
いや、一応、数日は悩んでいたんだぞ。
美姫 「にしてもねー」
だってうじうじ悩んでいる所を書いても。
美姫 「それはそうかもしれないけど」
だって、同じような事を悩んでいるんだぞ?
美姫 「まあ、別に良いけれど」
だろう。という訳で、次回だ。
美姫 「いよいよ、決戦?」
どうかな?
美姫 「じゃあ、また次回でね〜」
ではでは。




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