『DUEL TRIANGLE』






第五十五章 現在、未来(あす)





朝早い時間、まだ完全に日が登るかどうかという時間帯、救世主候補たちの住む寮の屋上に一つの影があった。
影は辺りを気にするようにキョロキョロと周囲を見渡し、
誰も居ない事を確認すると素早く屋上に立つ物置――恭也の部屋となっている――の壁に背を着ける。
そっとドアに手を掛けて静かに開けると僅かな隙間にすかさず身を入れ、
部屋に入るなり素早く、しかし静かにドアを閉める。
ここでようやく一息入れると、改めて気合を入れるように両腕に力を込めて背後へと振り返る。
決して広くはない部屋なので、そこにはすぐベッドがあり、そこには一人の男性が眠って……。
いなかった。
影は慌ててベッドに近寄ると、もぬけの殻となった布団に手を置く。

「むむ、微かに温かいでござるな。
 しかし、これは起きてからそれなりに経ったという事でござるか」

少し残念そうに呟くと、影――カエデは言葉とは裏腹に笑みを浮かべる。
恭也がここに居ないという事は、もう吹っ切ったか、そうでないにしても動く気になったという事だから。

「折角、調合した薬が無駄になってしまったでござるが良かったでござるよ。
 まあ、ただの栄養剤のようなものでござるが。
 ですが、ちょっとだけ残念でござるな。
 この薬を拙者が師匠に直に……」

言って何を想像したのか、やや顔を赤らめつつ、薬を握り締めた手を上下に激しく振る。
カプセルのようだが、少し細長く先端が尖っている。

「やはり、こういったものは、腸から直接の方が効果は高いのでござるよ、師匠。
 故に、僭越ながら不肖ながら弟子である拙者が…。師匠、恥ずかしがらずに、さあ」

さっきよりも顔を赤くさせつつ、想像たくましくカエデの脳内では何かが展開しているらしい。
言葉が時折漏れているのだが、そんな事に気付かずにカエデの妄想は加速する。
と、不意にカエデの耳に、争うような声が聞こえてくる。

「ちょっ、リリィ、押さないでよ」

「それはこっちの台詞よ、美由希!」

「邪魔しないでよ。私は日課の鍛錬に恭ちゃんを誘いに来たんだから」

「恭也は怪我人よ! それよりも、栄養のある物を食べる方が良いに決まってるでしょう!」

「そんな怪しいものを食べなくても、恭ちゃんの怪我は魔法でもう治ってるもん!
 後は、休んでいる間に鈍った勘を取り戻すだけ。その為には、鍛錬よ!」

「怪しいとは何よ! ちゃんと栄養も味も保証付よ!」

言い争う声は段々と近づいていき、遂にはバンと大きな音を立てて扉が開かれる。

「恭ちゃん!」

「恭也!」

共に中に居るであろう人物へと声を掛け、動きを止める。

「カエデさん、どうしてここに?」

「ちょっと、恭也は何処よ!」

「美由希殿、リリィ殿、落ち着くでござる」

今にも掴みかからんばかりに近づいてくる二人を何とか制し、カエデは言葉を続ける。

「拙者が来た時にはもう、師匠は不在でござった。
 拙者も師匠の為に薬を持ってきたんでござるが…」

「居なかった?」

「じゃあ、あいつ、もう立ち直ったのかしら」

「そうみたいでござるな。拙者たちが心配せずとも、師匠はちゃんと…」

「だ、誰も心配なんかしてないわよ!
 ただ、私の足を引っ張られたら困るから…」

「リリィ殿は素直ではござらんなぁ」

「だよね。でも、その方が都合は良いけど」

「美由希殿?」

「あ、あははは、何でもないよ。居ないんなら仕方ないか。
 あ、カエデさん、今暇? 暇だったら鍛錬に付き合って欲しいんだけれど」

「構わないでござるよ」

美由希はカエデと鍛錬の約束を取り付けると、部屋を出て行く。
尚も何か言おうとしていたリリィだったが、誰も居ない部屋で喚くわけにも行かず、
肩を竦めると、料理をテーブルの上に置いて美由希たちの後に続いて出て行くのだった。





 § §





学園の端に位置する森の中、静かな空間に空気を斬り裂く音が響く。

「ふぅぅ」

それまで激しく刀を振るっていた恭也は、静かに深く呼吸をするとルインを仕舞う。
その恭也の後ろから、声が掛けられる。

「相変わらずいい動きだね」

恭也が振り向くと、その視界いっぱいに白い布が広がる。
それを手で掴むと、その先にロベリアが居た。

「で、ここで鍛錬しているって事は、立ち直ったと見て良いんだね」

その雰囲気からは恭也の事を気にしつつも、
足手まといになるのなら置いて行くというものをビシバシと感じられる。
それに僅かに笑みを見せつつ、恭也はロベリアが投げ寄越したタオルで汗を拭い、頷く。

「ああ。悩んだところで分からないものは分からないからな。
 なら、本人に聞くまでだ」

「教えてくれるとは限らないんじゃないか?」

「それなら、それで構わない。ただ、俺は自分が信じた道を行くだけだ」

「その先に、お前の父親が居てもか?」

ロベリアの問いかけに対し、恭也は静かに深く頷く。
既に決意を固めたその目に、ロベリアは小さく肩を竦める。

「やはり、お前は強いな」

千年前に言った言葉と同じ事を口にするロベリアに、しかし恭也は同じように首を振る。

「そうでもないよ。何せ、決断するまでに時間が掛かったから」

「そうかもしれない。でも、お前は決断をした。
 それも、最も過酷と思われる選択を。
 別に逃げるという選択を取っても、誰も何も言わないだろうに」

ロベリアの言葉に、恭也は思わずきょとんとした顔をし、
そんな珍しい恭也の表情を見て、ロベリアは楽しそうに小さく笑うが、恭也は気付かずに頷く。

「そんな選択も確かにあるな。いや、気付かなかった。
 というよりも、初めから考えてなかったな。
 ただ、何故破滅に居るのかって事しか考えてなかった」

「そうか。まあ、お前らしいよ」

言ってもう一度笑みを見せるロベリアに、恭也も苦笑する。
一転、ロベリアは笑みを引っ込めるとじっと恭也を見据える。

「で、お前が進むべき道を決めたのも、その決意も分かった。
 だが、実際にお前の前にあいつが立ったらどうするんだ」

「さっきも言ったように事情を聞く。
 でも、お互いに譲れないとなったら…」

その先は聞かなくても分かる。
いや、分かってしまった。
同じ裏の技の使い手だが、自分の目の前の青年はその信念に迷いがない。
悩み立ち止まる事はあるが真っ直ぐで、そして、自分が考えていたよりも強い。
それこそ、自分の手を汚すという事など気にもしないぐらいに。
それで大事なものを守れるというのなら、自分からその役を買って出るぐらいに。
自分も初めの頃はそうだったと懐かしく思い返しながら、ロベリアはそれを振り払うように首を振り、
恭也の胸を拳で軽く叩く。

「なら、私は前に誓った通り、お前の剣となってお前の前に立ち塞がるものを斬ってやる。
 千年前は途中で諦めたが、今度は最後までお前のために、お前だけの剣に」

「それは頼もしいな」

「ふん、当たり前だ」

言ってニヤリと唇を上げると、今まで長い間覆ってきた目隠しの布を取り、恭也の首に掛ける。
意味は分からないが、大人しくそれを受け入れる恭也。
やや頭を前に倒し、首に布を回したロベリアの顔と近づく。
それを狙い済ましたかのように、ロベリアは恭也の首に掛けた布を引き、身体を前に倒させる。
恭也が蹈鞴を踏んでいる間に、さっきよりも近い距離にある恭也の顔へと近づき、
その唇と一瞬で奪うとすぐに離れる。
突然の事に驚いた恭也だったが、唇に触れた感触を思い出し、思わず手を唇に当てて顔を赤くさせる。
ロベリアもまた顔を僅かに紅潮させつつ、やや早口に告げる。

「け、契約だよ、契約。リコともやったんだろう」

「え、あ、ああ」

誤魔化すように告げたロベリアの言葉に、
恭也は全く違う契約の仕方だった事を思い出して顔を更に赤くさせるが、
ロベリアはそれの意味するところまでは気付かず、恥ずかしさからか顔を背ける。
そこへ、ルビナスの声が届く。

「恭也くーん」

言いながら駆け寄ってくると、そのまま恭也の首に後ろから抱き付くと、じっと瞳を覗き込む。

「うんうん、どうやらもう大丈夫みたいね」

我が事のように嬉しそうに頷くと、あたかも今気付いたかのようにロベリアへと挨拶する。

「ロベリアも居たのね。おはよう。
 あれ、二人してこんな所で何してたの?」

純粋に尋ねてくるルビナスへと、ロベリアは肩を震わせて恭也との間に腕を差し入れる。

「ルビナス、離れろ」

「何するの。別に良いじゃない。恭也くんとこうやってスキンシップするのは久しぶりなんだし」

「ひ、久しぶりということは、よくやっていたという事か?」

「そうよ。まあ、正確には記憶がない時、ナナシの頃だけれどね。
 記憶が統合されているからか、癖みたいになっちゃってるのよ」

言いながら微笑むと、ルビナスは恭也の腕を取って両腕で抱くようにする。
恭也は顔を赤くし、それが更にロベリアの眦を上げる形となる。

「恭也っ! 何、鼻の下を伸ばしているんだ!
 ルビナスも離れろっ!」

激昂するロベリアに、ルビナスは冷静に返す。

「ロベリアもやりたいのなら、素直になった方が良いわよ。
 ほら、逆の腕が空いてるでしょう」

「…………っ!」

暫し考えた後、ロベリアは逆の腕を取る。
その顔が赤くなっているのを覗き込み、ルビナスが柔らかく笑う。

「ロベリアの照れた顔って珍しいわね。元私の体なんだけれど、可愛いわよロベリア」

「っ! う、うるさいっ!」

からかわれていると分かってはいるが、赤くなる顔を抑えることが出来ずに顔を背ける。
二人に挟まれた恭也は、下手に口を出す事も出来ず、ただ困ったように天を仰ぐ。
そこへ、低く押し殺した声がする。

「マスター、何をなさっているのですか?」

「リコか」

「はい。どうやら、私はお邪魔だったようですね。何処か別の場所へと行った方が宜しいですか?」

普段とは全く違って冷たい声に恭也は恐る恐る振り返る。
いつもと同じような無表情ながら、明らかに不機嫌という空気を振り撒くリコに、
恭也はどう声を掛けたら良いのか悩む。
恭也が悩んでいる間に、ロベリアが面倒くさそうに手を追い払うように振る。

「邪魔だって分かっているのなら、さっさと何処かへ行ったらどうだ?」

「貴方には言ってません。私はマスターに尋ねているのです」

尋ねていると言いながら、答えを間違えた瞬間に魔法を喰らいそうな雰囲気に、恭也は知らず唾を飲み込む。

「いや、別に何処にも行かなくても良いが」

「そうですか。では、これは?」

どうやら、一個目の選択は無事に正解したらしいが、続くリコの言葉に恭也は困ったように左右を見る。

「いや、俺に聞かれても」

思わず口から出た言葉に、リコの眉が僅かに動く。
前なら気づかなかったような変化だが、今の恭也にははっきりと分かる。
不機嫌になっていると理解しつつも、恭也としては他に答えがない。
だから、恭也はただ正直に気が付いたらこうなっていた事を説明する。

「なるほど。分かりました。
 ルビナス、ロベリア、マスターが困っているので止めてください」

元凶である二人へとそう意見するも、二人が素直に従うはずもなく、
ルビナスは悲しそうな顔で、ロベリアは不機嫌な顔でそれぞれに恭也を見上げる。
恭也は思わず言葉に詰まり、離れるようにと言えなくなる。
それを悟ったのか、リコの機嫌が益々悪くなっていく。
ルビナスは小さく溜め息を吐くと、恭也の耳元に唇を寄せて何事か囁く。
半信半疑でルビナスを見つめ返すが、ルビナスに促されて横を見れば、
今の一連のやり取りも気に障ったのかさっきよりも不機嫌なリコがいた。
目で、どうするのと問われた恭也は、半信半疑ながらルビナスの助言に従う事にする。
それ以外の方法が思い浮かばないのもあったが。
恭也はゆっくりと掴まれた腕を上げてリコの頭に手を乗せると、そっと撫でてあげる。

「あっ」

小さく声を上げるリコに、驚いて手をどけようとするが、それはルビナスによって止められる。
再度リコを見るように促されてそちらを見れば、リコはどこか嬉しそうにそれを受け入れていた。
言った通りでしょうと自慢げにするルビナスに苦笑を返しつつも、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
目を細めて気持ちよさそうに恭也の手に身を委ねていたリコは、不意に恭也の腰に抱き付くように身を投げ出す。
驚きつつも受け止めると、リコは照れたようにはにかんだ笑みで恭也を見上げる。
そんな、外見相応の表情を見せるリコに、恭也は優しい気持ちになり、微笑を見せる。
それを見ていた三人が三人とも顔を紅潮させつつも、抱き付く力を増す。
三人に挟まれながら、恭也はたまには良いかと落ち着いた気分になる。
そう、そこにまたしても新たな人物さえ現れなければ…。

「もう、ルビナスさんもリコさんも何処に行ったの〜。
 …あ、いた、いた……って、恭也さん? って、な、なな、何をしてるんですか!?」

背後から聞こえてきた声と気配に、恭也は大きな溜め息を吐く。
久しぶりに朝の鍛錬に来てみれば、さっきから千客万来。
しかも、何故か不穏な空気を身に纏いながら接近するというおまけ付きである。
そんな事を考えつつ、恭也は近づいてきた未亜へと挨拶をする。

「おはよう、未亜。未亜にも心配掛けたな。でも、もう大丈夫だから」

「あ、おはようございます。そんな事、気にしないでください。
 それに、私は信じてましたから。
 でも、こうしてちゃんと恭也さんを見る事が出来て嬉しいです」

未亜の意識がリコたちから逸れたのを機に、恭也は話題を変える。

「それよりも、こんなに朝早くからどうしたんだ?」

「あ、はい。実は、私の使っている召還器、ジャスティの本当の力を引き出そうと思って。
 それで、朝からリコさんやルビナスさんに協力してもらってたんですけど…。
 気が付いたら二人ともいないし、森の中を捜してようやく見つけたと思ったら、こんな事になってるし…。
 恭也さん、これはどういう事なんですか!?」

恭也は話の変え方を間違えたと後悔するが、既に遅く、まあ、先に後悔はしようがないのだが、
未亜は拗ねたように恭也たちを見る。

「大体、ルビナスさんも朝早くに鍛錬に誘っておいて、私を放り出して何処かに行っちゃうんだもん。
 しかも……むー」

ルビナスと恭也の組まれた腕を見て、益々拗ねて頬を膨らませる。
そんな未亜にルビナスは苦笑しながら、流石に悪いと思ったのか恭也から腕を離して未亜を手招きする。
首を傾げながらも素直にルビナスの傍に寄る未亜の素直さに恭也は苦笑を洩らすが、
未亜は気づかずにルビナスの傍に来る。
と、未亜の腕を唐突に掴むと、恭也の腕に絡ませる。

「ごめんね、未亜ちゃん。鍛錬の途中で抜けたのは謝るわ。
 恭也くんの気配を感じたら、思わず体が動いちゃったのよ。
 だから、これで許してね」

「あ、う、え…ええぇっと、その…」

突然の事に頭が真っ白になって何も言えなくなっている未亜を優しく見守りながら、
ルビナスは恭也の隣を未亜に譲る。
その様子を見て、恭也は心配そうにルビナスへと問い掛ける。

「ルビナス、未亜は嫌がっているんじゃないのか?
 大体、俺と腕を組んでも面白くも何もないだろうに」

恭也の言葉にルビナスは溜め息を吐くと、恭也の背後に回ってその首を締めるように腕を前に回す。

「本当に鈍感なんだから。
 嫌がっているかどうかなんて、見ればすぐに分かるでしょう。
 何なら、未亜ちゃんに聞いてみたら?」

「未亜、嫌なら素直に言った方が良いぞ」

「あ、そ、その…」

真っ赤になって俯き、言葉を濁す未亜を見て、そら見ろとルビナスを振り返る。
が、そこには本気で呆れたルビナスの顔があった。

「恥ずかしがり屋の未亜ちゃんが素直に言えるはずないのに、本当に聞くなんて…」

「聞けと言ったり、本当に聞いたら批難したり。
 俺にどうしろと…」

「はぁぁ。未亜ちゃん、本当に嫌なら離しても良いわよ?」

ルビナスの言葉に未亜は力いっぱい首を横に振ると、引き離されないように、ぎゅっと強く恭也の腕を抱き締める。
それを見て、ルビナスは自慢げに、ほら見なさいとばかりに胸を張って恭也を見る。
で、恭也の背中に密着した状態のルビナスが胸を張るということは、
その柔らかなものが恭也の背中に押し付けられる形になる訳で、恭也は顔を赤くしてただ分かったと頷く。
そんな反応が楽しかったのか、ルビナスは恭也の腕に回した腕に力を込めて、更に胸を押し付ける。

「ル、ルビナス…」

「なに?」

「その、だから、背中に…」

「だから、何よ」

「あ、当たってる」

「何が?」

「……む、胸が」

「ふーん。でも、嫌じゃないでしょう」

「そういう問題じゃなくて…」

「あ、否定はしないのね」

完全にからかわれている事に気づきつつ、恭也はそれでも顔を赤くする。
それを面白くなさそうに見つめていたロベリアは、恭也の腕の位置を胸と押し付けるように少しだけずらし、
先程よりも強く抱き付く。同時に、掌を足で挟み込み、恭也の掌はロベリアの柔らかな太腿に密着する。
すると、ロベリアの思惑通り、恭也が上擦った声を上げる。

「ロ、ロベリア!?」

「どうしたんだい、恭也?」

「いや、その手…、手もそうだが、う、腕にも、その…」

「ん〜?」

ロベリアとルビナスに責められて、困惑を大きくする恭也だったが、
未亜の目には喜んでいるように見えるのか、先程よりも大きく剥れる。
ロベリアとルビナスを見て、未亜は一つ頷くと恭也の腕を持ち上げて自分の肩に腕を回させると、
そのまま脇の下から手を出させる。
指先が際どい位置まで迫り、僅かに触れるといった位置で未亜は恭也の手を上から握って固定する。

「み、未亜まで何を…。って、ゆ、指が……」

「あっ、きょ、恭也さん、動かさないでっ…」

「す、すまん。決してわざとではなくて…」

「ううん。気にしてないから」

言って顔を真っ赤にしつつ、恭也の身体にぴったりと寄り添う。
残されたリコはそんな三人の行動、主に体のラインなどを見ると、次いで自分の身体を見下ろす。
そして、小さく溜め息を吐き出すと、困ったように顔を顰める。
やがて、おずおずと恭也の胸に顔を密着させると、マーキングするかのように頬や鼻先を擦りつける。

「リ、リコまで、何を…」

その行為に上擦った声を上げる恭也を見て、リコは満足そうな笑みを浮かべると更に続ける。
朝からいけない気分になりそうなのを堪えつつ、恭也はこれ以上人が来ない事をただただ祈るのだった。



珍しい恭也の祈りが効いたのか、四人が満足して離れるまでの間、人がここに訪れる事はなかった。
紅潮した顔で荒く息を吐き出しながら、恭也ははやる鼓動を必死で抑える。
他の四人も呼吸は荒れてはいないが、紅潮した顔に嬉しそうな、満足そうな表情を浮かべている。
そこへ美由希たち三人にベリオがやって来る。

「あ、やっぱり鍛錬してたんだ恭ちゃ……」

「リコたちも一緒だっ……」

先に辿り着いた美由希とリリィが声を掛けるも、その声は途中で途切れる。
そこへ追いついてきたベリオとカエデが合流するが、固まるように動かない二人に首を傾げつつも、
久しぶりに会う恭也へと挨拶をしようとして、こちらも動きを止める。

「師匠…、どうしてそんなに顔が赤いんでござるか?」

「……一体、何をしてたんですか?」

全員を代表するかのようなベリオの問いかけに、ロベリアたち四人は口を揃えて内緒と告げる。
その四人が四人共、満面の笑みを浮かべており、先ほどまでの恍惚とした表情と合わせ、
美由希たちの中に疑惑が沸き起こる。
リリィたちの間で一気に冷たくなる空気を感じながら、恭也は心の底からこう思う。

もう本当に勘弁してくれ、と。

すったもんだの挙句、何とか何もなかった事を納得させた恭也は、
普段休みの日に行う鍛錬よりもぐったりとした様子で遂に座り込んでしまう。
流石にやり過ぎたかと思いつつも、満足そうに頷くルビナスを軽く睨みつけると、恭也はカエデたちを見る。

「で、俺に何か用か?」

「用というほどではござらんが、師匠が元気になったのなら良いんでござるよ」

「そうです。本当に皆、心配したんですからね」

「そうか。それは本当に悪い事をしたな。だが、もう大丈夫だから」

そう言って立ち上がる恭也に、そっと近づいたリリィが心配そうに小さな声で尋ねる。

「本当に大丈夫なの。
 ほら、幾ら、その恭也の…でも、破滅の主幹である以上は戦わない訳にはいかないでしょう」

「ああ、本当に大丈夫だ」

「恭也がやり辛いって言うのなら、私が相手をしても良いけど…」

そう申し出るリリィに、いや、恭也はその場に居る全員に言う。

「父さん…破滅の主幹との戦いは俺に任せてくれないか」

恭也の言葉に全員が何も言わずに恭也をじっと見つめる。
その瞳はどれも不安そうな、恭也を気遣うものだが。
ロベリアだけは既にその事に関して聞いてた事と、その気持ちが分かっているから変わらずに見ているが。

「恭也が任せろって言うのなら、別に良いけれど。
 本当に良いの? 相手は貴方の…」

「ああ、構わない。相手が誰であろうと、俺は俺のすべき事をするまでだ。
 ただ、自分の守りたいものを守る。それだけだ。例え、相手が父さんでも…。
 それに聞きたいこともあるしな」

そう語る恭也の顔は何処かすっきりしたもので、その瞳は決意が力が戻っていた。
それを見て、他の者たちは頷く。

「分かったよ。士郎父さんは恭ちゃんに任せる。
 って言うよりも、多分、恭ちゃん以外じゃ相手できないだろうし」

「そうね。美由希の言う通りかもね。
 それじゃあ、他の奴らは私たちが相手するとしますか」

リリィの言葉に、カエデたちも力強く頷く。
まだ、最終決戦の詳しい内容は聞いていないが、
少なくとも破滅の将の相手はここに居るメンバーになる事だけは確かだろう。
それを全員が理解している。
自然と全員で円陣を組むと、順次腕を上げて手を重ねていく。
全員の手が重なると、自然と笑みが浮かぶ。
揃って一つ頷くと、それを合図とするかのように、一際強く腕を振り下ろすのだった。

最終決戦に関する作戦会議に、救世主クラスが王城へと呼び出されるのは、それから数時間後のこと。





つづく




<あとがき>

という訳で、続けてアップ〜。
美姫 「珍しい事もあるわね」
いや、単に前回の続きからずっと書きつづけてるだけなんだけれどね。
美姫 「だったら、前回の後にそのまま続けなさいよね!」
いや、ほら読めば分かるけれど、前回と今回だとちょっと路線というか、明るさと言うかが違うだろう。
前回はちょっとシリアス。
今回はドタバタ。
という訳で、切ったんであって…。
美姫 「はいはい、言い訳は良いわよ」
い、言い訳って、酷い……。
美姫 「で、次回もすぐに書きあがるの?」
それは分かりません♪
美姫 「お星さまになっちゃえ!」
ぶべらぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁあぁぁぁっ〜〜!!
美姫 「ふ〜、良いことした後は気持ちが良いわね〜。
    それじゃあ、また次回でね〜」




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