『DUEL TRIANGLE』






第六十二章 激化する戦い





自分へと飛んで来た魔法の雷を、その身に纏うマントで弾き返し、
ダウニーは魔法を撃ち終えたリリィへと向かいながら、剣を握る手に力を込める。
踏み込むと同時に腕を突き出し、その切っ先でリリィの胸元を狙うが、リリィは身体を回転させて避ける。
再びダウニーへと身体を向けると同時、回転の力そのままに左腕を横へと振る。
左手より風の刃が形成されてダウニーへと向かうが。ダウニーはこれを再びマントで弾く。
その間にリリィはダウニーとの距離を離しながら、ダウニーの攻撃を避けながら唱えていた魔法を完成させる。

「ヴォルカノン!」

リリィが翳した掌の前から、数条の雷がダウニーへと向かう。
雷は互いに絡み合いながら、その威力を増して襲い掛かる。

ダウニーは僅かに顔を顰めると、対魔効果のあるマントとは言え、流石にこの大きさの魔法は弾けないらしく、
その場を大きく飛び退きながら回避行動を取る。

「まさか、無詠唱魔法からこんな大きな魔法を使ってくるとは。成長しましたね。
 以前の貴女なら、あのような戦法や、威力の殆ど無い魔法などには見向きもせず、
 問答無用で大火力の魔法を使って闇雲に責めるだけだったでしょうに」

「人を力押しの馬鹿みたいに言わないでもらえるかしら。
 それに、あなたに成長したと言われるほど、実戦の訓練は受けた覚えはないんですけど?」

「口の悪さは変わらず、ですか」

気障ったらしく笑いながら、ダウニーは額に落ちる前髪を掻き揚げる。
それに対し、リリィは魔法による炎の矢でもって返事の代わりとする。
迫る炎の矢の横を擦り抜けながら、ダウニーはリリィへと斬り掛かる。
ダウニーの振るう刃を避けつつ、リリィは呪文を唱える。
リリィが魔法を放つ瞬間、ダウニーの姿が消える。
誰も居ない空間を氷の礫が過ぎ去り、リリィは勘だけで前へと転がる。
危機一髪、マントの端を軽く切り飛ばされる程度で斬撃を躱す。
追撃してくるダウニーへと牽制の魔法を放ち、リリィは距離を開ける。
牽制で放った魔法を剣とマントで弾き、その場に釘付けとなったダウニーへとリリィの魔法が放たれる。
掌を二つ並べたのよりも大きな火炎球がダウニーへと飛来するが、
ダウニーは防御する素振りも、逃げる素振りも見せずにその場でソレを静かに見詰める。
と、不意に右手を持ち上げて、掌を迫る火炎球へと向ける。

「お返ししますよ」

呟いたダウニーの掌に闇が集まり、迫り来る火炎球に触れて弧を描く。
本来ならば、何かに触れた瞬間に爆発するはずのソレは、しかし爆発せずにダウニーの手に導かれるように、
その軌道を反転させてリリィへとその矛先を変える。
自身の放った魔法に狙われ、リリィは唱えていた魔法を中断。
すぐさまその場から飛び退く。
先ほどまでリリィの立っていた場所へと火炎球が着弾に、大きな爆発を起こす。
爆風に背中を叩かれつつも倒れるのを堪え、呪文を唱える。
下を向くリリィの視界に、ダウニーの足先が見える。
顔を上げながら横へと跳ぶ。
振り下ろされた剣は何とか躱すも、同時に繰り出されたダウニーの蹴りが胸元に決まる。
吹き飛ばされて地面を転がり咳き込むリリィへ、ダウニーから魔法が放たれる。
直径が五センチにも満たない小さな黒い玉に、しかしリリィは膨大な魔力を感じて、
迎撃よりも避ける事を一瞬のうちに判断して、痛む体に無理矢理に力を込めて跳ぶ。
同時に身体に魔法に対する抵抗を少しだが持つ愛用のマントを巻き付ける。
またしてもリリィの判断は正しく、地面へと着弾した瞬間、先程リリィが放ったものよりも大きな爆発が起こる。

「くっ!」

爆心地から離れても、マント越しに伝わる衝撃にリリィは歯を食いしばり耐える。
その背後に、いつの間に忍び寄ったのかダウニーが立ち、剣を胸に突き立てんとする。
それを寸前の所で躱しつつ、しかし、腕を浅く斬られながらも、リリィは得意の回し蹴りを放つ。
左足を軸に、右足で弧を描き、地面を爪先で削りながら、
ダウニーの足元へと当たる直前に軌道を急激に変化させて肩口へと足が伸びる。
美由希より教わった途中で軌道が変化する蹴り。
それを肩口に喰らい顔を顰めるも、ダウニーは返す刃でリリィの首筋を狙う。
足を振りぬくようにして身体を反転させ、同時にしゃがみ込んで刃をやり過ごすリリィの肩に、
仕返しとばかりにダウニーの爪先がめり込み、リリィは地面を滑る。
こちらへと向かって来るダウニーを見て、リリィは距離を保つように走りながら魔法を唱え始める。
同じように魔法を唱えるダウニーを正面に、リリィは右へと走る。
先に呪文が完成したのはリリィで、両手をダウニーへと突き出す。

「クリムゾンバースト!」

リリィの両掌より生み出された無数の火炎弾がダウニー目掛けて飛来する。
次々と火炎弾は生み出され、標的へと跳ぶ。
切れ目なく打ち出される火炎弾にダウニーは足を止めると剣でそれらを弾いていく。
その間も呪文を中断させる事はなく、遂にダウニーの魔法が完成する。

「ダークソエル!」

ダウニーの身体より五つの闇の衝撃波が噴き出し、リリィの火炎弾を打ち破り突き進む。
その範囲の広さにリリィは避けるのは無理だと判断し、地面に手を付く。
リリィの口が素早く動き、地面に付いた手を一度だけ力を込めるように押す。
今まさに衝撃波がリリィを飲み込まんとするも、リリィの目の前の地面が急に隆起し、
盾のようにリリィの前に立ち塞がる。
しかし、それを砕き衝撃波がリリィを吹き飛ばす。
幸い、威力は削がれてはいたが、それでも数メートルの距離を吹き飛ばされる。
痛みに顔を顰めながら、リリィは痛めた左肩を押さえつつ片膝を付いてダウニーを睨み付ける。





 § §





叫び声も無く瓦礫の中に埋もれてしまったベリオを眺めながら。シェザルは顔を歪める。

「火薬の量を少し間違えてしまいましたか。
 折角、楽しみにしていたというのに…」

心底、残念そうな声を上げると、もう興味を無くしたとばかりにその場から立ち去ろうとする。
シェザルの脳裏には、既にベリオではなく他の救世主メンバーの顔が浮かんでいた。

「さて、誰の悲鳴が、死に間際の顔が一番綺麗でしょうね」

呟くシェザルの足が不意に止まり、今しがた背を向けた背後、ベリオの埋まっている瓦礫を見詰める。
だが、そこには何も変化は起こっていない。
シェザルは、先程何か物音を聞いた気がしたのだが、気のせいだったのかと再び踵を返そうとして、
しかし、それが勘違いではなかったと知る。
シェザルが期待半分で見詰める中、瓦礫が内側から吹き飛ばされる。
そこには、あちこちに大小さまざまな傷を負い、着ている服もボロボロにしながらも、
杖型召還器ユーフォニアを手にし、瓦礫を吹き飛ばす際に使った、
本来なら自身の周囲をドーム状に覆うシールドを発動させて立つベリオの姿があった。
肩で大きく息をしながら、罅割れた眼鏡を外し、ベリオはシェザルを睨み付ける。

「他の人たちには決して手は出させません」

「くっくくく。勿論だよ、ベリオ。
 お前がまだ生きているのなら、お前の相手だけをするに決まっているだろう。
 嫉妬する必要はないよ」

「はぁー、つくづくバカな男ね。誰が嫉妬なんてするもんですか。
 大体、殺してくれって嫉妬するバカが何処に居るんだか。
 本当、一時とは言え、こんなのにすがり付こうとしてたなんて。
 アタシも焼きが回ってたもんだ」

「パピヨンは恭也さんに感謝しないといけませんね」

「アタシだけじゃないだろう。アンタだって…」

「勿論、感謝してますよ」

一人で行き成り会話をするベリオを訝しむも、シェザルはそれ以上は気にも止めず、
今度こそ止めを、その首を打ち落とすための武器をその背中から取り出す。
細長い剣のようでありながら、その刃部分が激しく回転して震動する。
パピヨンは、あれだけ自分を招こうとしていた割に、
こうしてベリオと話していても気付かない男に呆れの溜め息を零しつつ、眦をあげる。

「ベリオ、やれるね!」

「勿論です! さっさと終わらせて……」

「「恭也(くん)の元へ!!」」

ベリオはユーフォニアを横にして構えると、目を閉じる。
体のあちこちが痛むが、それを意志の力だけで押さえ込み、ひたすらに呪文を唱える。
ベリオの足元、構えたユーフォニアの前、そして頭上に背後に淡く光る黄色い魔法陣が浮かび上がり、
ゆっくりと回転を始める。
かなり大規模の魔法と判断したのか、シェザルは逃げるか攻めるか一瞬だけ考え、すぐさま後者を選択する。
真っ直ぐには突っ込まず、ジグザグに動きながらベリオの首を狙い駆ける。
後、数メートルの距離。
ベリオが何の魔法を唱えているのかは分からないが、まだ発動の兆しはなし。
これなら、自分の方が早いと判断し、移動を直線へと変えて迫る。
が、その足が何か細い糸を切ったような感触を伝える。
途端、シェザル目掛け、ベリオの斜め後方より掌に納まる程度の大きさの矢が二本飛来する。

「トラップ!?」

自分のお株を奪うような攻撃に舌打ちを一つ鳴らし、シェザルは迫る二本の矢を一本は躱し、
もう一本は手にした剣で叩き伏せる。
再び駆け出そうとするシェザルだったが、その頃にはベリオは閉じていた目をそっと開け、
魔法を完成させていた。

「いきます! インケーションアルブ!」

ベリオが叫ぶと同時、展開していた魔法陣がベリオの身体へと重なるように一つになり、
光の奔流を起こす。
思わず目を手で覆いながら、シェザルはいつでも動けるように腰を落とす。
だが、一向に攻撃が来る気配が無く、徐々に光が収まってくる。
光が収まると、先程と同じようにユーフォニアを構えるベリオが立っているだけ。
シェザルは罠か魔法の失敗かを悩むが、すぐさまベリオのその白い首筋に目が行き、喉を一つ鳴らすと走り出す。
向かって来るシェザルへと、ベリオはユーフォニアの先端を向け、

「レイライン!」

光の帯を打ち出す。
それを頭上へと跳んで躱すと、シェザルは魔法を放って無防備となったベリオの首筋に剣を振り下ろす。
しかし、シェザルのその腕をベリオのすぐ真後ろから飛んで来た鞭が絡め取り、
そのままシェザルを投げ飛ばす。
空中で態勢を整えて足から着地したシェザルは、驚きと怒りを含んだ声を投げる。

「誰だ!!」

突然の邪魔者に投げられた言葉に対し、その言葉を投げられた方は平然とベリオの背後より姿を見せる。

「誰だと言われてもね〜。とりあえず、初めましての方が良いのかい?」

現れたのはベリオそっくりの女性、いや、ベリオそのものだった。

「幻術か…、いや、違う。確かに実体も気配も感じる…。
 これは一体」

「ルビナスさんの協力によって作り上げた、私の新しい魔法はどうですか」

「うーん、初めてにしては上出来じゃないか、ベリオ」

「パピヨン、お喋りはあまりできないわよ」

「分かってるよ。あまり長い時間は持たないんだろう」

「ええ」

「まあ、そういう訳だから、さっさと終わらせようか」

言うやまだ呆然としているシェザルへと駆け出すパピヨン。
それを見て我に返ったシェザルは、パピヨンへと銃を取り出して銃口を向ける。
パピヨンは銃口から身体をずらし、直後、その後ろからベリオの放った光の輪が追い越して行き、
シェザルの銃を断ち切る。
手元で暴発する銃から慌てて手を離した所へ、パピヨンの振るった鞭がシェザルの身体を打つ。
咄嗟に鞭の範囲の外へと逃れるも、今度はベリオの魔法が行く手を阻むように放たれる。
魔法を使うベリオに、中距離、近距離を得意とする体術のパピヨン。
しかも、元々同一人物だけあって、その息は双子以上にぴったりと合っている。
お互いの求める事を、二歩、三歩先で理解して行動する。
シェザルは為す術もなく、ただ後退を余儀なくされる。

「くっ、ぬぬぬぅぅ。バカな。この私が、この私が……」

シェザルは今の状況が信じられずに何度もそう零すも、それで事態が好転する訳がなく、
とうとう通路の壁に追い詰められる。

「さて、そろそろ年貢の納め時ってやつだね」

言って舌なめずりをするとパピヨンは鞭を大きく振りかぶる。

「待っていたぞ、その時を!」

パピヨンの動きを見るなり叫ぶと、シェザルは自分が追い詰められていたはずの壁を強く叩く。
小さな機械音がして、パピヨンの頭上の天井が揺れる。
いち早く異常に気付いたベリオが、パピヨンに注意を呼び掛けながら、その頭上へとシールドを展開する。
天井より無数の刃物が落下してきたのは、丁度シールドが張られた直後で、パピヨンはベリオへと礼を言う。
が、ベリオの行動までも予測していたシェザルは、罠を発動させると同時にパピヨンへと駆け出しており、
既にパピヨンの目の前に居た。
当然、シェザル自身にも刃物は降り注いだのだが、それらもベリオの張ったシールドに皮肉にも弾かれていた。
完全に無防備となっていたパピヨンの心臓へとシェザルの剣が突き刺さる。

「はっ! はははははー。この感触ですよー! この肉を突き破る感しょ……?」

突き刺した瞬間に感じた感触に笑い声を上げるも、それはすぐに怪訝なものへと変わる。
疑問を感じるシェザルの目の前で、パピヨンの体が幻のように消えていく。

「残念ですが、本体はあくまでも私です。あれは、魔法で一時的に作り上げたものですから」

「まあ、そういう訳だ。本体であるベリオは魔法による遠距離のみ。
 おまけに、防御と治癒のエキスパートだ。で、実際に戦うのは分身体とも言うべきアタシって訳だ。
 中々、理にかなった戦術だろう」

「くくく。確かに。ですが、それならば今度はベリオ自身を殺せば良いこと!」

言ってベリオへと向き直るシェザルに、しかし、ベリオは、いや、パピヨンは首を横に振る。

「違うよ。もう終わりだよ」

少しだけ悲しげな顔を見せるも、すぐにそれを振り払うとパピヨンは右手を持ち上げる。
その手には、よく見なければ分からないほど、細い糸、恭也が使う鋼糸が握られていた。

「短い間とは言え、仮にも兄だった男だ。どうしようかベリオと二人で悩んだんだけどね。
 今の戦いで分かったよ。アンタを生かしておいたら…」

それ以上は口を噤むと、ベリオは鋼糸を思いっきり引く。
瞬間、先程パピヨンを襲った罠がシェザルを襲う。

「なっ! ば、バカな……」

自分の仕掛けた罠を逆に利用され、全身を幾本もの刃物に貫かれたシェザルは、
信じられないものを見るように天井を凝視したまま絶命した。
その死を見詰めながら、ベリオとパピヨンは少しの間だけ、
兄であった男の為に短い祈りを捧げると、ゆっくりとふらつく体に力を入れてこの場を後にするのだった。





つづく




<あとがき>

せっせっせ。
美姫 「あら、本当に珍しい。既に次回に取り掛かっているなんてね」
まあ、ラストもラストだからな。
美姫 「取り掛かっているからって、すぐにアップとは限らないのが困るところだけどね」
うっ、またそんなやる気をそぐような事を…。
美姫 「はいはい、いじけないの」
誰の所為だよ、誰の。
美姫 「そんな訳で、今回はこの辺で〜」
また次回!




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