『DUEL TRIANGLE』






第六十三章 神の座の攻防





互いにあちこちに切り傷を作りながらも、両者はただ静かに対峙する。
今、これを見た者は、二人がまだ戦っていないと錯覚するかもしれない静けさの中、
しかしながら、それを否定するほどに二人の服は所々破れ、中には血が滲んでいる個所もある。
共に呼吸は乱れておらず、これまた互いを映す瞳は揺るぐ事無く静かに正面を見据える。
両の手に刃を握り、まるで鏡に映したかのように似た構えを取る恭也と士郎。
再び両者が床を蹴り、互いへと迫る。
何度目かのぶつかり合いで、刃を合わせること既に数十合。
恭也の切っ先で士郎の胸を浅く切り裂けば、士郎の返す刃が恭也の腕を斬り裂く。
擦れ違いざまに背後に降られた刃は、互いの足と背中を斬り、
同時に投げ合った牽制用の飛針がぶつかり合って、両者の間に乾いた音を立てて転がる。
互いに距離を開け、さっきとは逆の位置で向かい合う。
既に、何回と同じような事を繰り返している。
いい加減、それにも飽きたのか、士郎は今までとは違う構えを見せる。

「…射抜か」

恭也が小さく洩らした声に、士郎は小さく笑みを見せる。
確かに、恭也は射抜を士郎から教わるどころか、見せてもらった事はない。
士郎の残したノートに記されてはいたが、恭也が得意とするのが自分と同じ抜刀という事もあり、
果たして独学で何処まで奥義を身に付けているのか。
試すように、恭也が知らぬであろう射抜を持ち出す。
だが、それは士郎が知る限りの恭也の情報である。
士郎は、恭也が自分亡き後、叔母と再会しているという事を当然ながら知らない。
刺突においては、士郎はおろか静馬でさえも目を見張る程に自分のものとしている美沙斗との再会を。
そして、彼女と戦ったという事を。
迎え撃つ恭也も、同じく一刀を納めて射抜の構えを取る。
高速で互いに繰り出される射抜は、互いの刃の横を通り抜け、互いの右胸へと向かう。
このままでは相討ちと判断した両者は、射抜を中断しつつ、刺突から斬撃へと派生させる。
横へと軌道を変化させる恭也に対し、士郎は後ろへと下がりながらもう一刀を抜刀し、
縦に変化させた斬撃の後ろから、横の斬撃を合わせる。
同時に士郎の握る刃に魔力が集い、士郎の振るった刃に合わせて魔力が解き放たれる。
徹と呼ばれる独特の斬撃を重ねて放つ雷徹に、魔力の斬撃で生み出した雷徹を更に重ねる、魔法と剣技の一体技。
対する恭也は、横の斬撃を躱された瞬間に、こちらももう一刀を抜刀。
ルインの刀身へと黒い魔力を纏わり付かせ、ニ刀を重ねて受け止める。
が、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
壁にぶつかって止まる恭也の前へ、再び射抜で近づく士郎の姿が。
対し、恭也はルインより飛ぶ斬撃を十字にして重ねるようにして放つ。

「はぁぁぁっ!」

裂帛の気合と共に、士郎は納刀していた小太刀を抜き放ち、その斬撃を同じく魔力で生み出した斬撃で打ち消し、
恭也へと射抜を放つ。
途中にいらない動作が入った分、威力と速度が多少落ちたものの、その切っ先は真っ直ぐに恭也の右胸に向かう。
それを恭也は引き戻したルインで弾くが、無理な体勢で力が思うように入らなかった。
弾かれた小太刀は、進路を僅かに変えつつも、恭也へと向かう。
その無防備となった左胸に。
急所を庇うように左腕を咄嗟に持ち上げるが、恐らく腕を貫いて突き刺さるであろうその一撃は、
しかし、恭也の腕に当たる直前に止まる。
それどころか、圧倒的に有利な状況にも関わらずに士郎は舌打ちをして恭也から距離を取り始める。

「父さん…?」

思わず、訳が分からないと士郎を呼ぶが、士郎は顔を顰めるだけで何も答えない。
何処か忌々しげに、恭也から視線を逸らして壁を見詰める。
いや、その先にあるであろう何かを見るように。

「…覚醒……」

ぽつりと漏れた言葉は、しかしはっきりと聞き取れなかった。
恭也の見詰める先、士郎は小さく首を振ると仕切り直しとばかりに小太刀をニ刀構える。
応じるようにニ刀を構える恭也に、士郎は小さく笑う。

「折角のチャンスだったのに、攻めなかったのは失敗だったな」

「…確かに。散々、隙を見逃さないように言われ続けていたのに」

「もう、あんなチャンスはないと思え」

「分かっている。それに、さっきの隙を付けたとは正直、思えない」

敵でありながらも不敵に笑い合う二人の姿は、在りし日の鍛錬風景を思い出したからなのか。
だが、その身に宿る殺気は間違いなく本物。
その殺気を刃に乗せて士郎が雷徹を放つ。
ただの雷徹ではなく、先程見せた雷徹に魔力の斬撃による雷徹を重ねる、雷徹・重(かさね)。
通常の雷徹でさえ、純粋な破壊力で見れば御神の中でもトップクラスの奥義である。
それを二つ重ねた雷徹・重の威力は、先程受けたにも関わらずに吹き飛ばされた事を考えるまでもなく、
恐ろしいものである事は分かる。
それに対し、恭也はルインを鞘に納めて抜刀。
薙旋による反撃かと士郎は考え、このまま押し切れると判断して更に踏み込む。
しかし、そこで恭也はニ刀を同時に抜刀して刃を交差させる。
恭也が放ったのも、抜刀からではあるが雷徹。
しかし、士郎の雷徹・重の方が当然威力は上で、恭也の雷徹は弾かれる。
かに思われたが、恭也は更に雷徹を連続して放つ。
二撃目もまた弾かれるも、雷徹・重の動きを鈍らせる。
三撃目で雷徹・重が完全に止められ、続く四撃目で弾き飛ばされる。

「抜刀からの雷徹、四連撃だとっ! 薙旋と合体させたって訳か」

「雷徹・旋。まず、普通の刃なら、刃の方が反るか折れるかするだろうな」

僅かに息を乱しつつも、恭也は静かに士郎を見据える。
対し、自身の技を破られたと言うのに、士郎の顔に浮かぶのは深い笑み。
親として、自分の知らない間に成長し、更には新たなる技を編み出す恭也に対する、
誇りと喜びが入り混じったような笑み。
剣士として、これ以上はないという相手と刃を交えるという純粋な喜びを表す笑み。
敵として、この程度ではまだ自分の方が有利だと判断させる自信がもたらす余裕の笑み。
それら全てがないまぜになった笑みを見せつつ、士郎はニ刀を掲げる。
恭也もまた、こちらは表情を変える事なく、ただ静かに構える。
神の座で、全ての決着をつける舞踏が繰り広げられる寸前の溜め。
それを見守る観客はなし。
二人の舞い手は、ただ互いのみを観客として、もう何度目にもなる剣舞を舞うために動き出す。





 § §





肩を激しく上下させながら、何度も呼吸を繰り返しながら前方を睨むように見るロベリアに、
こちらも荒く呼吸を繰り返しながらルビナスが並ぶ。

「……っ、これでお終いみたいね」

「…………た、大した事なかったな」

「……その割には、…ふ、二人とも、…息が、上がっていますよ」

こちらも激しく肺に運動をさせながらミュリエルが告げる。
今にも倒れ込みたいのを押さえ込みつつ、三人は念のために辺りを見渡す。
どうやら、本当に全て倒したようで、これ以上の増援はないようだった。
流石に胸を撫で下ろす三人の耳に、地上での戦いの声が微かに届いてくる。

「休んでいる暇はありませんね」

「そのようね」

背筋をきちんと伸ばして冷静に告げるミュリエルに、ルビナスは苦笑を洩らしつつ疲れた身体に鞭を入れる。
ロベリアはそんな二人に聞こえるように、わざと大きな舌打ちをしつつもこちらも身体に力を入れる。

「ったく、少しぐらい休んでもバチは当たらないと思うけれどね」

「私たちだけが休んでいる訳にはいきません。
 それに、私はどうしても行かないといけない」

ミュリエルの言葉に、ルビナスもロベリアも何処へとは聞かない。
聞かなくても分かるし、二人が目指す場所、今すぐにでも駆けつけたい人がいるであろう場所も同じだから。
三人は一度顔を見合わせると言葉に出さずにただ一つ頷き、遅まきながらガルガンチュア内部への侵入を開始する。

「増援がないからと言って、内部にモンスターがいないとは限らないのですから、
 二人とも油断だけはしないでね」

「分かっているわ。ミュリエルは心配性なんだから」

「私たちのことよりも、自分の身を先に心配しろ。
 お前は、私たちと違って召還器を持っていないんだからな」

ぶっきらぼうながらも、自分の身を案じてくれるロベリアにミュリエルは笑みを返す。
恥ずかしさからかそっぽを向くロベリアを見て、ルビナスはばれないように小さな笑みをその顔に浮かべる。
仲違いしたあの日から待ち望んだ、共に歩める日が今、千年越しにこうして目の前にある。
その事に、暫しだけ、今の状況も場所も忘れて、ほんの一時だけの喜びを噛み締める。
それは他の二人も同じなのか、ただ沈黙が降りる中、その空気はギクシャクしたものではなく、
千年前と変わらない空気がそれを感じさせていた。
が、それも少しの間のみ。
ロベリアの鋭い声がそれを壊す。

「どうやら、大歓迎のようだよ」

通路の先から、またしても大量のモンスターがぞろぞろと姿を見せる。

「やっぱり、すんなり通してはくれないわよね」

「まあ、そういう事だな。
 向こうにしてみれば、ここは何としても守らなければならない最後の砦だからな」

「そして、私たちにとっては、絶対に落とさなければならない砦」

ロベリアの言葉に応じながら、ミュリエルは静かに手を翳す。
ミュリエルよりも数歩前に出て、ルビナスとロベリアの二人は召還器を構える。

「それじゃあ、もう少しやるか」

「ええ。何としても、通してもらうわ」

「いきますよ、二人とも!」

ミュリエルの放つ魔法が戦闘開始の合図となり、共に動き始める。





つづく




<あとがき>

ふ〜。ようやく、恭也の登場だな。
美姫 「出番は少ないけれどね」
まあまあ。うーん、後数話で……。
で、ああして、ああなって…。
美姫 「いや、今考えられてもね」
今と言うか。まあ、ラストは最初から決まってるからな。
後は、そこへ持っていくだけ。
美姫 「それが問題よね」
あははは。ともあれ、最後まで頑張るぞ。
美姫 「がんばれ〜」
それじゃあ、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」




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