『DUEL TRIANGLE』






第六十四章 白の主の戦い





槍へと姿を変じたトレイターが矢となりメイへと襲い掛かる。
それを迎え撃ち、数で押し切るように連続して剣を放つメイ。
しかし、回転しながら突き進む槍の前に全て弾き飛ばされ、トレイターは尚も飛ぶ。
メイは慌てて地を蹴ってその場から大きく離れる。
紙一重で避けようものなら、また爆発するかもしれないから。
形状の変化するトレイターを、メイは遣り辛そうに躱し、反撃の弓を射る。
それに対し、未亜も同様に弓を射て相殺してくる。
今までと同じような、炎や氷、雷といった矢の攻撃なのだが、威力も速度もまるで違っていた。
故に、前は力で押していたメイは、力だけでは押し切れなくなる。
それならば手数でと、メイは弓をやや上方へと向けて構える。

「降りしきれ、無尽の刃!」

一際強烈な光の線が、メイの弓より打ち出される。
光は天井の壁に消えるように吸い込まれ、次の瞬間には天井より逃げ場のないぐらい無数の剣が降り注ぐ。

「トレイター!」

未亜はトレイターを手元へと呼び戻すと、トレイターの鍔元にジャスティを横向きに重ねる。
一瞬の閃光の後、そこには黄金の装飾を施された剣が現れる。
ジャスティとトレイター、別々の召還器ながら共に居るために召還器へと姿を変えた兄妹。
二人で一人、二つで一つの召還器は合わさり真の姿を見せる。
未亜は真ジャスティを斧の形状へと変化させる。
それは、トレイターの時よりも大きな双刃を持つ斧へと姿を変える。
掲げた斧を盾代わりにして、未亜は無数に振り降りる剣から身を守る。
メイの攻撃が止むと、再びジャスティとトレイターを二つに分け、ジャスティにトレイターを番える。
放たれるトレイターから距離を開けつつ、メイは何度も未亜へと剣を放つ。
同時に距離を縮めるべく走り出す。

「ブレイズ!」

メイの呼び声に応え、レイピアがその手に現れる。
未亜の放つ矢を避けながら距離を詰めると、刺突を放つ。
未亜の胸元へと真っ直ぐに伸びるそれを、未亜はジャスティを横にして受け止める。
動きの止まったメイへ、その状態から未亜はジャスティの弦を引き絞る。
頭上へと打ち上げられた矢は、そのまま真っ直ぐに真下へと落下する。
当然、メイはそれを避けなければならず、後方へと跳ぶ。
襲い来る矢をブレイズで叩き落しながら、メイは苦戦を強いられている事に唇を噛み締める。

(セレナの援護をしないといけないのに)

メイは未亜を相手にしながらも、セレナの事が心配だった。
他に注意を向けて今の未亜の相手は出来ないが、それでもふと見えたセレナが苦戦している姿。
それにメイはすぐに駆けつけたい衝動に駆られていた。
必死にそれを押さえ付け、メイは未亜だけに集中する。
いや、せざるを得ない状況へと追い込まれていた。
メイは一つ息を大きく吸い込むと、充分に距離を開けてブレイズを消す。
そして、本来の自分の弓型召還器シェルを構える。
今までにない魔力をメイから感じ、未亜も用心深く構える。
互いに矢のない状態で弓の弦だけを限界まで引き絞り、その瞳で互いを貫く。



獣のような叫び声を上げ、セレナが飛び掛ってくる。
それを美由希はセリティで受け止める。
剣を咥えたセレナの歯が、美由希との鍔競り合いにぎりりと音を立てる。
美由希の顔をセレナの左手が、腹を右手がそれぞれ殴らんと伸びる。
それを龍鱗と膝で受け止める美由希の身体を支える軸足へと、セレナの右足が足払いを掛ける。
美由希は地面に付いている足を弛ませ、一気に地面を蹴って後方へと跳ぶ。
それを追うようにセレナが前へと飛び出し、咥えていた剣を右手に持ち直して振るう。
龍鱗で受け止めると、今度は美由希が反撃を仕掛ける。
セリティでがら空きとなった横腹へと突きを繰り出す。
獣じみた反射速度で美由希の頭上へと飛び上がり、セレナは躱すと同時にインサニックを振り下ろす。
美由希は身体を捻り、セレナの刃に空を斬らせながら、落下してくるセレナへと斬撃を放つ。

「なっ!」

刃を歯で挟んで止めたセレナに驚きを上げつつも、美由希はもう一刀をセレナへと振る。
美由希の肩を蹴り、後方へと回転しながら、軽く脇腹を掠めつつもその一撃を避ける。
怪我を負っている左足の攻撃を警戒していなかった自分を反省しつつも、美由希はすぐさま次の攻撃を考える。
後方へと距離を開けたセレナ。
その距離は……。
美由希は龍鱗を鞘に納めると、セリティで射抜の構えを取る。
セレナの着地とほぼ同時、美由希が地面を蹴ってセレナへと射抜を放つ。
高速で繰り出される刺突に、着地したばかりのセレナは、しかし反応してみせる。
躱すのではなく、前へと出てインサニックでセリティの側面を打ち払う。
その思い一撃に顔を顰めつつも、美由希は弾かれたセリティを引き戻して斬撃へと続けず、
弾かれた勢いのままに身体を回転させる。
回転させながら、鞘に納めた龍鱗を抜刀し、回転の力も加えてセレナへと放つ。
高速抜刀術、虎切の斬撃を身を下げて躱し、セレナは素手で殴りかかる。
刃を振るうには近すぎる距離ゆえに、美由希もまた素手による攻撃を仕掛ける。
徹を込めた拳にセレナの身体が僅かに揺れる。
そこへ畳み掛けるように拳を叩き込む。
だが、セレナは怯む事無く反撃をする。
それらを躱し、捌きながら美由希は一旦距離を取るために、強い一撃を叩き込む。
伸びる美由希の左腕。それをセレナは絡めるように両腕で掴むと、そこに噛み付く。
走る激痛に顔を顰める美由希。
だが、セレナの攻撃はそこで終わらず、噛み付いたままの左腕を両腕で掴んだまま、そこへ全体重を掛けてくる。
共に地面へと倒れ込むようになる中、美由希は空いている右手でセレナの顔を打つ。
徹を込めた拳にセレナの歯が美由希の腕から外れる。
僅かに肉を削られながらも、美由希は右手で左腕に絡みつくセレナの腕を引き離す。
共に地面へと倒れ込む時には、美由希の腕は解放されており、すぐさま立ち上がって距離を開ける。
セレナも同じように距離を開けて四足で立つと、口の中に残っていた美由希の腕の肉を吐き出す。
口の周りを血で真っ赤に染めながら唸り声を上げるその様は、正に獣だった。
流れる血を拭いもせず、美由希はセレナへと駆け出す。
セレナもまた美由希へと駆け出し、二人はもう何度目になるのか分からない交叉を繰り返す。



そんな戦況を眺めていたリコは、自分も加勢しようとするが、イムニティに止められる。

「やはり、貴女は敵という事ですか」

「勘違いしないで。さっきも言ったけれど、私はマスターに従うわ」

「だったら、何故…」

「この戦いだけは、手を出すわけにはいかないのよ。
 理由は簡単よ。ここであの二人を相手に、白の主としての力を完全に引き出してもらうため。
 救世主になるための試練と言っても良いわよ」

「っ、私はもう誰も救世主にしないと誓いました。それが理由だと言うのなら、私は加勢します」

「あくまでも、理由の一つってだけよ。
 今、ここで新しい力に慣れておかないと、これから先、そんな悠長な事はできないわよ」

「…………それはそうでしょうが。ですが。
 貴女は心配じゃないのですか」

「心配? 勿論、心配はしているわよ。でもね、私のマスターがあの二人に負けるはずがないもの」

やけに自信満々で言うイムニティに、リコは少し面白くなさそうな顔を見せる。
自分だって美由希たちを信じてはいると。
だが、それとこれとは別だと。
だが、そんな言葉を飲み込み、リコはふと気付いてイムニティへと問い掛ける。

「美由希さんの腕の傷。今度は塞がっていませんね」

「ああ。さっきのは多分、覚醒した直後で新陳代謝が活性化していたのね。
 で、お二人とも無意識で回復魔法を使ったのよ」

「無意識で、ですか」

怪訝な顔をするリコへ、イムニティは自慢するように言う。

「そうよ。私のマスターになるぐらいだもの。それぐらいはやってのけるわよ。
 まあ、今の時点では回復魔法は使えないみたいだけど…」

最後は少し小さく声を窄めながら言うイムニティへ、リコも反論するように口を開く。

「私のマスターだって凄いですよ。その魔力量はミュリエルに匹敵、もしかするとそれ以上です」

「でも、魔法が使えないんじゃ意味ないんじゃないの」

「そ、そんな事はありません。召還器を利用すれば、簡単な魔法は」

「ふーん。でも、貴女のマスターって、近接戦タイプよね」

「で、ですから、マスターは自身の技に魔法を組み合わせて使っているんです。
 魔法と剣を使うのではなく、魔法と剣を合わせるんです。
 幾つかの技は私も協力して編み出したんですから。私とマスターの二人で…」

「むっ。私だって、これからマスターとそういう事をしようと思ってたところよ」

「あら、そんな悠長なことを言っている暇はないのでは」

「っ! リコ・リス。やはり、貴女は気に入らないわ」

「奇遇ですね。それに関しては私も同意見です」

休戦としておきながらも、今まさに戦いが始まらんとする気配を撒き散らす二人。
一触即発の状態だったが、お互いに黙り込むと真顔に戻り視線を正面に戻す。

「とりあえず、貴女の意見を今のところは受け入れます」

「そう」

「ですが、美由希さんや未亜さんが本当に危なくなったら、私は助けに入りますから」

「その時は、私だって黙って見ている訳ないでしょう」

二人の書の精霊は、二人の戦いを静かに見守る。



未亜の方がメイよりも先に矢を放つ。
光輝く矢は、一直線にメイへと伸びる。
まさに光が放たれたかのように、長い光の尾を後に残しながら。
それを転がりながら躱しつつ、メイはまだ力を込める。
未亜がメイへと第二射を放っても、まだメイは弦を引き絞り、力を溜める。
第二射も何とか転がって躱すと、メイは未亜へと狙いを付ける。
弦を引き絞る手に魔力が凝縮され、淡い輝きを灯す。
充分な魔力を感じ取ると、メイは静かに口を開く。

「全ては風塵と化す」

短い祝詞と共に、メイの手が弦を弾くように放す。
しかし、そこに矢らしきものは見当たらない。

「インビジブラッシュ!」

メイが弓を放った動作をした瞬間、メイの弓を中心に空間に大きな円形の歪みが生じ、
それが未亜へと向かって来る。
まるで、そこに陽炎か蜃気楼が現れたような空気の揺らぎ。
鏡のような光沢さえ持ちながら、ただの空気の流れのように未亜へと迫る。
第三射を放とうとしていた未亜は、そのまま炎の矢を放つ。
未亜の放った矢が、メイの放ったと思しき空気の歪みに触れた瞬間、ボロボロと腐ったかのように崩れる。
驚愕の表情を浮かべつつ、未亜はその範囲から身を躱す。
そのすぐ横を、空気の揺らぎが通り過ぎる。
少しでも遅ければ。そう思うとぞっと震えが身体を走る。
と、その空気の揺らぎのすぐ後ろにメイは居て、未亜へと接近してくる。
完全に虚を付かれる形となった未亜だったが、メイは未亜を相手にせずにそのまま走り抜ける。
怪訝に顔を顰めるも、その先を見て未亜はメイの狙いを知る。

「美由希ちゃん、避けて!」

突然の未亜の叫び声に、セレナへと切り掛かっていた美由希は、すぐにその場を飛び退く。
瞬間、美由希の目の前を何かが通り過ぎ、それが完全に通過した後には、セレナと隣立つメイの姿があった。
メイはセレナの隣に来るなり、無数の矢を放つ。
それは、今までのように召還器を飛ばすのではなく、
元来のメイの戦闘スタイルであるシェルによる純粋な攻撃であった。
威力は召還器を飛ばすものよりも劣るが、速さはこちらの方があるようで、美由希は後退を余儀なくされる。
連続して放たれる矢の雨の中を、セレナは迷いなく走り込んでくる。
メイを信じているのか、その足取りに躊躇いは一切ない。
が、セレナがメイを信じているように、美由希もまた未亜を信じている。
だから、美由希はそれ以上は下がらず、前へと出てセレナを迎え撃つ。
セレナの斬撃の狭間からメイによる矢が飛ぶ。
しかし、それは同じく美由希の後ろから飛来した矢により弾かれる。
美由希とメイを間に挟み、未亜とメイに寄る援護と攻撃が繰り広げられる。
どちらが放つ矢も、矢自身が意志を持つかのように、味方には掠る事もなく飛ぶ。
美由希とセレナの剣戟が一際大きく鳴り響くと、両者は間合いを取るために後ろに跳ぶ。
その横に、未亜とメイがそれぞれ付き添うように立ち並ぶ。

「未亜ちゃん、大丈夫」

「う、うん、何とか」

「そう」

共に疲れた顔を見せつつも、身体は今までにないぐらいに動く。
だが、このまま戦い続ける訳にもいかない。
向こうは兎も角、こちらは地上にいる王国軍がそう長く持たないのだ。

「……未亜ちゃん」

「なに?」

「…………っていうの、出来る」

「……やってみる。ここに来て、出来ないなんて言えないよ」

「ありがとう。やっぱり、未亜ちゃんは強いよ」

「そうかな」

「うん」

「でも、もし本当にそうなら、それはきっと美由希ちゃんたちのお陰だよ」

そう言って笑う未亜の顔に美由希は暫し見惚れ、同じく笑みを返す。

「それじゃあ、行こう。この戦いを終わらせるために」

「うん、美由希ちゃん」

美由希と未亜が相談している間、メイは傍らのセレナを見詰める。

「ねえ、セレナ。私たち、いつまでこんな事を続けるんだろうね。
 貴女はもう理性もなく、ただ本能のままに戦うだけ。
 私は貴女を殺したあの日から、貴女のためになら何でもすると誓った。
 だから、貴女が今の状況を望むのなら、私はいつまでも戦い続ける。
 でも、本当にこんなのを望んでいるの? お願いだから、答えて…」

「……メ、メイ」

「セレナ!?」

「ワタ、ワタシハ……。オワ、オワラセ……タ……グルゥゥゥゥッ」

メイの言葉に何か言いかけたセレナだったが、すぐに理性の色は消え、闘争本能だけが膨れ上がる。
そんなセレナを悲しげな瞳で見詰めながら、セレナは小さく頷く。

「セレナの言いたい事は分かったよ。でも、全てはこれが終わってからだね」

握り締めたシェルをゆっくりと持ち上げ、相談を終えたらしい美由希たちへと狙いを定める。

「行こう、セレナ。私は何処までも貴女と一緒だから」

メイの言葉を理解してなどはいないだろうが、セレナは一つ吼えて走り出す。
正真正銘、互いにこれで最後になるであろう一撃を相手へと叩き込むために。





つづく




<あとがき>

いよいよ、美由希と未亜の戦いも決着が。
美姫 「って、そこがないじゃない」
まあ、それは次回しって事だな。
美姫 「何でよ!」
いや、何となく。
美姫 「つまり、まだ書けてないのね」
失礼な。これを見ろ!
美姫 「って、書いている。って、だったら、ここにのせなさいよね」
いや、ここで区切る方が面白いかなと。
ってのは、半分冗談で。
美姫 「半分は本気なんだ」
え、えっと、ちょっとこのシーンは少し弄りたいというのと、これって最後の部分なんだよ。
この前に、もうちょっと付け足すというか、あるんで。
美姫 「そこは出来てないのね」
ああ。構想は出来ているけどな。
美姫 「それって、結局は書けてないって事よね」
う、うぅぅぅ。
美姫 「はぁ、もう良いわ。さっさと書き上げることね」
おうともさ!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。




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