『DUEL TRIANGLE』






第六十五章 激突する忍たち





今にも首筋に触れんばかりの位置にある刃の切っ先を視界に映しつつ、
カエデは目の前で好色そうな笑みを浮かべるムドウを睨みつける。
その視線を感じながらも平然と受け流し、ムドウは殊更ゆっくりと、首筋に当てた刃を下へと下ろしていく。
カエデの首元まで伸びた忍装束に切っ先を入れると、そのままゆっくりと下ろす。
真中から縦に切り裂かれていく衣装に、カエデは暴れるが両腕を掴まれて吊るされていてはどうする事も出来ず、
ムドウの刃が胸元までを斬り裂く。

「っ! 殺すならさっさと殺せ!」

悔しげに顔を歪めるカエデを見て、被虐心を満足させつつ刃を更に下ろしていく。

「誰がそんな勿体無い事をするか。これからじっくりと貴様を嬲ってやるぜ。
 さっき、お前を殺してからと言ったのは撤回だな。
 今からたっぷりと可愛がってやるぜ。いや、あの小僧の前でというのも面白いかもな。
 貴様も、こんなやらしい身体付きでは、あんなひょろひょろとした男が相手では満足できないだろう。
 だが、安心しろ。俺が満足させてやる。それとも、あの小僧とはまだなのか。
 まあ、あの小僧にそんな甲斐性もある訳ないか。本当に勿体無いことだ。
 もしや、あの小僧は男色家か、腰抜けか。どっちにしろ、あんな環境で手を出さないとは間抜けだな。
 がぁっははははは!」

「貴様っ! 拙者の事だけならまだしも、師匠を、主様を愚弄するなっ!」

「主? あの小僧がか? やめとけ、やめとけ」

「八虐無道っ! 貴様だけは刺し違えても倒す!」

「おもしれぇ。この状況で出来るもんならやってみな!
 お前が何かする前に、俺様のこの刀がお前を斬り裂くぜ。
 ふむ、それも良いな。やはり、初志貫徹といこうか。
 ずたぼろになったお前の亡骸をあの小僧の目の前に曝してやろう」

ムドウは一人納得すると刀をカエデから離し、頭上へと引き戻す。
躊躇も溜めもなく振り下ろされる刃を見据えながら、カエデは決して瞳だけは逸らさず、
そして、諦めずに勝機を探る。
僅かでも、その斬撃を躱す、もしくは致命傷を避けようと、全神経を研ぎ澄ませる。
瞬間、カエデは左腕に痛みにも似た熱さを感じる。
見れば、その腕に着けた黒曜が鈍い輝きを放っていた。

(召還器による能力の上昇ではなく、召還器から力を引き出すこと。
 それが救世主候補たちに最も求められる事であり、他の者たちとは大きく異なる点でござったな、リコ殿。
 黒曜、限界以上の力を拙者に! 敵討ちのためではなく、主様たちのために!)

カエデの心の声に応えるように、黒曜が強い光を放つ。
それを近くで直視したムドウは思わず空いている手で目を覆う。
振り下ろされてきた勢いが少し余り、僅かに肌を傷付けるが、大した傷でもなくただのかすり傷だった。
目を覆ったムドウに対し、カエデは宙吊りの状態から足を上へと振り上げ、
自身の両腕を掴んでいるムドウの腕、その手首へと蹴りを放つ。
その衝撃で緩んだ僅かな隙に腕を解放すると、両手から地面へと着地し、
身体を横に回転させてムドウの腹へと蹴りを放つ。
目の眩みから立ち直った所へカエデの蹴りを喰らい、僅かにムドウの身体が折れる。
そこへ逆立ちの姿勢のままのカエデの踵が、その顎先を捉える。
上半身を後ろへとよろめかせるムドウへ、足を地に付けたカエデの反撃が始まる。
だが、ムドウもすぐさま頭を軽く振ってしっかりと気を取り直すと、カエデの頭上へと刀を振り下ろす。
その刃を黒曜で受け止めると、カエデはそのまま左腕をムドウの刀に触れさせたまま前へと進む。
金属が擦れる音と火花を散らしながら、カエデはムドウの懐へともぐりこむ。
右腕を引き絞り、ムドウへと抜き手を放つが、それをムドウは片手で受け止める。
そのまま蹴りの動作へと移るムドウの膝へと足を掛け、
蹴りを封じると同時にムドウの膝を階段代わりにして踏み台にすると、ムドウの顔面へと膝を振り上げる。
ムドウは大きく息を吸い込み、口から炎を吐き出す。
が、それに気付いたカエデは当てにいっていた膝を止め、ムドウの肩口へと足をかけて蹴りぬくと、
自身の身体を後方へと追いやる。
飛び退くカエデのすぐ目の前を、ムドウの吐いた炎の柱が立ち昇る。
それを回り込むようにして、再びムドウへと詰め寄ろうとするカエデへ、ムドウはにやりと笑みを見せる。
カエデが炎の横を通過した瞬間、地面が爆発する。

「ぐっ!」

下からの咄嗟の爆発に対処できずに吹き飛ばされるカエデへ、今度はムドウから距離を詰める。
吹き飛ばされつつも空中で姿勢を整え、足から着地したカエデの首を掴み、ムドウはそのまま壁へと放り投げる。
壁に叩きつけられ、口から空気を吐き出すカエデへ、加速したムドウがそのまま体当たりを仕掛ける。
カエデの身体から嫌な音が上がり、口から血を吐き出す。
見れば、壁には無数の罅割れが入っていた。
だが、ムドウは攻撃の手を休める事無く、少し空けた距離を助走距離に、今度はカエデの腹に膝を突き立てる。
またしても血を吐き出し、前のめりに倒れ込むカエデの髪を掴むと、無造作に持ち上げ、壁に床にと叩き付ける。

「がはははははっ! まだ生きているか、小娘っ!
 あーはっはっはははは。ほーら、こいつはどうかな!」

再び壁へと放り投げると、カエデはそのままずるずると倒れ伏す。
ボロボロとなったカエデへと近づくと、ムドウはまだ意識のあるカエデを見下ろし、何やら考え込む。

「ふむ。身体はあちこちボロボロなのに、顔だけが綺麗なのは面白みに欠けるか」

言ってカエデの横顔をその大きな手で掴むと、そのまま床へと押し付け、

「ほら、行くぜぇ!」

そのまま走り出す。
数メートル走り、そのままムドウはカエデを地面を滑らせるように手を離して投げる。
大きな衝突音を立て、またしても壁にぶち当たって止まったカエデの右頬は皮がめくれ、
血によって赤く染まっていた。

「がはははは。これで、あの小僧も喜ぶんじゃないか。
 いやいや、そんな顔じゃ、あの小僧も嫌がるか」

ムドウの嘲笑に、カエデは唇を噛み締め何も答えず、ただ立ち上がる。
よろよろになって立ち上がりながらも、カエデの目はまだ強い輝きを放つ。

「気にいらねぇな、その目。決めた。次はその目を抉り出してやる。
 そうすれば、あの小僧もお前に愛想を尽かすだろうぜ。
 残念なのは、その時にはもうお前は死んでいるって事か。
 まあ、俺に感謝してもらいたいところだな。小僧に嫌われる所を見ずにすむんだからな」

「主様はお前とは違う! そんな事で距離を取ったりはしない方だ」

息を絶え絶えに反論するカエデに、ムドウは知らずその気迫に押されて二三歩後退る。
それに気付き、それを誤魔化すように吼えると、刀を手にカエデへと走り出す。
迫るムドウを静かに見据え、カエデはクナイを三本取り出して投げる。
真っ直ぐに飛来するクナイをムドウは刀の一振りで弾き飛ばすが、
それはまるで意志を持つように再びムドウへと向かう。
驚愕に僅かに目を見張りつつ、ムドウは横へと飛び退くも、やはりクナイはその後を追う。
ムドウが怪訝そうにクナイを注視し、そのからくりを見抜く。
見れば、クナイには細い糸のようなものが取り付けられていた。
それをカエデが操っていたのだろう。
ムドウはクナイを避けながらその糸、ムドウは知らないが恭也や美由希の使う鋼糸を切断する。
技を見破った事に笑みを見せるムドウだったが、カエデの本当の狙いはクナイにムドウの注意を引き付けることで、
その狙いは成功していた。
ムドウがクナイに注意する間に、カエデはムドウの背後へと移動し、距離を詰める。
それに気付きムドウが刀を頭上で回転させながら身体の向きを変える。
やはり、ダメージが大きいのか、いつもなら充分に間に合うはずだっただろうが、
速度が思った以上に出ず、まだカエデは間合いに入れていなかった。
ムドウは振り返ると、カエデの頭上へと刀を力任せに振り下ろす。
このタイミングでは、突っ込んで来たカエデは後ろへと跳ぶ事ができない。
もし、出来たとしても刃を完全に避ける事は出来ない。
となれば、退路は左右のどちらか。
それらしい動きを見せた瞬間、ムドウは刃を翻すつもりだった。
だが、カエデの動きは避ける素振りを見せずに真っ直ぐに。
受け止めるつもりかと思うも、この渾身の力を込めたこの一撃を、カエデが受け止めれるとは思えない。
ましてや、今の状態のカエデでは言うまでもない。
警戒しつつも、ムドウは半分勝利を確信してそのまま刃を振り下ろす。
と、カエデの間合いにはまだ遠いのにも関わらず、カエデは左腕を腰に構える。

「黒曜っ!」

カエデの叫びに、黒曜から薄く光る緑の光が伸び、まるで刃のようにその先を鋭くさせる。
驚きつつも振り下ろされるムドウの刃を、黒曜の刃で受け止める。
いや、受け止めた瞬間に斜めにして、横へと受け流す。
驚きのあまり、そのまま流されるように状態を無防備にするムドウの脇を駆け抜けるように、
カエデは黒曜の刃を振り抜く。
深々と切り裂かれ、大量の血を流す己の身体を信じられられないと眺めると、ムドウは膝を着く。
だが、完全には倒れず、刀を杖代わりにして息も荒く背後のカエデを肩越しに睨みつける。
カエデの方もやはり傷が大きかったのか、今の攻防で力尽きたかのように倒れ伏せる。
ムドウはそれを見て笑みを浮かべると、刀を杖代わりに立ち上がろうとして、
出来ずにそのまま崩れていく。
信じられないように自分の身体を見ながら、ムドウは今度こそ倒れる。
倒れたムドウの向こう、倒れながらもカエデは手で這いながら前へと進もうとする。

「主様、すぐに行くでござるよ」

手で地面を掻くように進むも、少しも行かずにそのまま倒れ伏せる。
そして、そのままピクリとも動かなくなる。
戦いを終えて静寂が支配する部屋の中、動くものは一つとしてなかった。





つづく




<あとがき>

カエデとムドウの戦いも終了〜。
美姫 「って、ちょっとムドウ酷すぎない」
…………。
さて、次は誰の番か!?
美姫 「いや、ちょっと聞きなさいよ!」
ぶべらっ!
美姫 「しかも、カエデまで倒れちゃったし」
うぅぅ、痛い。
美姫 「そんな事より」
いや、俺にとってはそんな事じゃないんだが…。
美姫 「いいから、さっさと次回を書きなさい!」
へ、へい〜。




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