『DUEL TRIANGLE』






第六十九章 神降臨





倒れる士郎を庇うように立つ美由希たちの前に、ゆっくりと姿を見せた者を見て、
真っ先に声を上げたのはリリィだった。
その目は信じられないものを見る目付きである。

「何故、アンタが生きてるのよっ!」

激昂するリリィの言葉を軽く受け流しながら、一歩、また一歩と歩みを止めずに足を進めながら、
その人物――ダウニーはその顔に薄っすらと笑みを刻む。
その手に、先程とは違う細身の剣、召還器ディスパイアを手にして。

「さしもの私も死を覚悟しましたよ。ですが、神に危ういところを助けられましてね。
 裏切り行為の発覚といった所ですか。
 助けられた私は神の命を受けて、この身を寄り代にするために、
 そして、裏切り者に死を与えるために、ここに来たまで」

「アンタ、自分が言っている事の意味、分かってるの。寄り代になるっていうことがどういう事か」

「勿論、重々承知していますよ。神が私の身に降臨して世界を破滅させる。
 当然、私は消え去るでしょうね。ですが、それがどうしたというのです。
 寧ろ、そのような大役をこの身に授かれるとは光栄の極みというものですよ。
 私の望みは世界の崩壊、ただそれだけです。こんな世界なら、ない方が良い。
 世界と共に私は消える」

その瞳に僅かに狂気を宿らせ、ダウニーは部屋の奥にある、この部屋と同じ名前の神の座と呼ばれる玉座を目指す。
それを阻止しようと美由希たちが攻撃を仕掛ける。
流石に美由希たちの集中攻撃を前にしては、ダウニーも後ろへと下がるしか出来ない。
と、壁際に追い詰められたダウニーが手にしたディスパイアが光を放つ。
美由希たちの見つめる先で、光は鞭のように長く伸び、
ダウニーの体を蛇が得物を捕らえるかのように絡めていく。
それに合わせ、ダウニーの体が、足が、腕が捩れていく。
あり得ないほどに体を捻られながらも、ダウニーはその顔に笑みを浮かべる。

「はははは。そういう事でしたか。神の座の玉座に座らなくとも、神の座の中に居れば問題はなかったのですね。
 神の座にて降臨の、神の座とは玉座のことではなく、この部屋を指したもの…」

体同様に首が捩れていき、ダウニーの声が途切れる。
あまりにも異様な光景に、思わず目を背けたくなる中、ダウニーの体を捻っていた光がダウニーを包み込む。
何が起こるのかと見守る中、まるでさなぎのようにダウニーを包み込んだ光は、何も変化を起こさずに、
ただ内部で何かだ起こっているらしく音のみを時折洩らす。
我に返ったリリィたちが攻撃を加えるも、びくともしない。

「こうなったら、全力で…」

リリィの言葉に全員が力を込め始めたのを、背後から起こった光が止める。
新手かと振り返った一同の先で、ルインがいつかのように光を放ち宙に浮かんでいた。

「無駄です、温かき血の流れる世界に生きる者たちよ。
 それは、小さいですが一つの世界。そう簡単には壊れません。無駄に力を使うだけです。
 最早、神が降臨するのは時間の問題。そして、今こそ、長き時間の中でようやく出来たチャンス。
 我が主、最早、彼に我が存在を隠す必要もありません。今こそ、我を真の姿に」

ルインの言葉に、恭也は既に呼吸をしていない士郎の体をそっと寝かせると、立ち上がる。
言われなくても、何故かルインの言葉の意味を理解し、宙に浮いたニ刀をそれぞれの手に持ち、
二刀を重ねるように合わせる。
刃が触れ、そこで止まるかと思われたルインは、しかしそのまま融合するかのように一つへと形を変えていく。
完全に一つとなったルインを手に、恭也は静かにルインを数度振ってみる。
長さも重さも前と変わらない事を確認すると、恭也はルインへと話し掛ける。

「もしかして、父さんを呼んだのはルインなのか」

「違います、我が主。ただ、彼の者が行った方法は確かに我が教えたものです。
 ただし、我が教えたのは、召還器になる寸前だった一人の救世主にです。
 その者は召還器となる瞬間にも神に最後まで抵抗し、生前の自身の力さえも召還器として封じ込めました。
 故に、自我がもの凄く薄くなりましたが、その力は一瞬だけならば神に抵抗できるほどに」

「つまり、その一瞬で父さんを召喚して、全ての事情を話したということか」

「はい」

「何故、父さんだったんだ」

「それは、その召還器が彼の者に関わりが深かったためです。
 そして、それ故に彼の者が死に面した事を察し、薄い自我を保つために眠りに付いていたのに目覚めた。
 だからこそ、真の力を発揮するのに時間が掛かったのでしょう、セリティ」

ルインから出た名前に、全員の視線が美由希の持つ召還器に移る。
持ち主である美由希自身も驚いたようにセリティを掲げる。
今まで殆ど話し掛けてくる事もなく、つい先程の戦闘でようやく話し掛けてきた己の召還器を。

「そうですね。自我が殆どないんでしたね。
 神が降臨するまでの束の間ですが、私の力で暫し、呪いの弱体を。
 セリティを私に重ねて」

ルインの言葉に美由希はセリティの刀身をルインの刀身に当てる。
ルインから魔力だろうか、何かの力がセリティへと流れ込む。
それを眺めながら、恭也はふと気になった事を口にする。

「呪いというのは…」

「前にお話したように、召還器は元々は救世主、つまりは人です。
 それを武器にする。これは一種の呪いです。
 故に、神と同等の力を持つ我が力ならば、一時だけ解呪できるのです。
 ただし、最近、つまり前回、召還器になった者のみですが。
 それと、長くは持ちません。…と、もう、良いでしょう」

ルインの言葉にセリティを見れば、小太刀の形はそのままに、その刀身の上に薄っすらと女性の姿が浮かび上がる。
女性は横たわる士郎を悲しげに見つめた後、恭也へと顔を向ける。
その顔を何処かで見たような気がして、恭也はじっと見詰める。

「お義母さまに似ている」

リリィが思わず呟いた言葉に、恭也もようやく目の前の人物がミュリエルに似ている事を悟る。
ミュリエルよりも若く、細部は似ていないが何処となく全体的に似通った印象を受けるのだ。
それを肯定するかのように、ミュリエルは震える声でその名を呼ぶ。

「…カオリ」

その名前が何を指すのか知っている、イムニティ以外の者が驚愕の表情でセリティを見る。
ミュリエルの言葉を肯定するかのように、ルインがセリティへと呼びかける。

「カオリ・S(セリティ)・シアフィルード、時間はあまりありませんよ」

ルインの言葉にセリティは一つ頷く。
自我が薄いためか、声を発する事も出来ず、ただ士郎と恭也を交互に見詰める。
もしかすれば、それ以外の記憶さえも無くしているのかもしれない。
愛しそうに恭也へと手を伸ばし、実体を持たない故に擦り抜けてしまう手で、恭也の頭を頬を撫でる。
ひとしきりそれを繰り返したセリティは、士郎へと視線を向ける。
その意を汲み取った美由希が、セリティを手にしたまま士郎の元へと向かう。
セリティは士郎へと手を伸ばすも、それに返る反応はない。
一度目を閉じると、セリティは胸の前で手を組み、それから再び士郎へと手を伸ばす。
見えない何かがセリティの手の中へと移り、セリティはそれを愛しそうに胸元に抱き寄せる。

「ルイン、今のは」

「…魂の欠片です。既に死に絶えた彼の者の。主の世界の言葉で置き換えるのなら、残留思念といった所ですか。
 すぐに消えてしまうような弱いものですが、会話でもしているのでしょう」

気を使ってか、ルインも小さく恭也へと語る。
暫くそうしていたセリティだったが、その姿が徐々に希薄になっていく。

「時間ですね…」

ルインが言葉にしなくとも、それは誰が見ても明らかだった。
セリティの体が、足元から消えていく。
それを気にもせず、セリティはその場にいる者たちを見渡し、頭を下げる。
そして、ミュリエルを見ると笑みを見せる。
涙を堪えつつ、カオリを見詰めてミュリエルは一つ頷く。
それが何を指しての事なのか分からず、ただ何となくそうするのが良いと思えて強く。
ミュリエルの頷きに満足したのか、カオリは最後に恭也へと顔を向ける。
もうすぐ消える最後の瞬間に、カオリの口が動く。
やはり声は出ていなかったが、恭也はその声を聞いたような気がした。

『愛していますよ、私の愛しい子』

記憶にない母の声で届いた言葉にただ頷きながら、恭也はカオリを見詰め返す。
その先で、カオリは静かに消え、後には小太刀のみが残る。
その余韻を振り払うように、恭也はルインへと尋ねる。

「それで、お前が意志を現したという事は、何か策でも授けるためなのか?」

「策というようなものはありません。ただ、神が現れる前に、私を真の姿にしてもらうためです。
 後は、我が主の…いいえ、皆さんの頑張り次第です。
 どうか、この長き時に渡って続いてきた悪夢に終焉を」

ルインの言葉に恭也が全員を見渡せば、それぞれに強い眼差しで恭也をルインを見詰めている。

「これが本当に最後の戦いだな。皆、覚悟は良いか」

「神だか何だか知らないけれど、好き勝手されてたまるもんですか」

恭也の言葉にリリィが不敵な面持ちで返せば、

「私はマスターの力になるだけです。例え相手が神であろうとも」

リコは自身の創造主へと反逆し、主の為に戦う意志をたぎらせる。

「もう、メイさんたちみたいに悲しむ人たちを生ませないためにも」

「神が理不尽な暴力で破滅を導くと言うのなら、私はそれから大事な人たちを守るだけだよ」

瞳を悲しみに染めて呟く未亜の隣で、未亜を元気付けるように肩に手を置きながら美由希も応える。

「全てはマスターの思うがままに」

「後方の支援は任せてください」

「拙者も出来る限り頑張るでござる」

「あまり無理しちゃ駄目よ、カエデちゃん」

何とか回復魔法によって回復したものの、あまり体の動かないカエデを支えつつ、
ルビナスは真っ直ぐに恭也を見詰めて頷く。
ミュリエルも無言で恭也へと頷き返し、ロベリアは剣を軽く持ち上げる。

「私の剣はお前に捧げたからな。お前が神を倒すというのなら、私も手伝うだけだ」

束の間、沈黙が降りる。
やがて、誰からともなく自然と口が開く。

『全ての因縁を、今ここで絶つ!』

全員の決意も新たになった所で、ルインから鋭い声が飛ぶ。

「いよいよ神が顕現します! 主、後はお任せします」

「ああ」

ルインの声が遠ざかる中、恭也は手の中のルインを強く握り締めると、繭状となっていた光を見据える。
程なくして、何の前触れもなく、軽く音も立てずに光が弾ける。
そして、光の繭が消えたそこに、一対の翼を持つ全長3メートル程の人の形をした神が姿をついに見せる。





つづく




<あとがき>

ようやくラストバトル。
美姫 「神の登場ね」
おお。さあ、どうなる!
美姫 「冒頭で一撃で倒れるに一票!」
いやいや、それは流石にないから!
美姫 「ちぇっ」
いや、あのね。まあ、ともあれ、ようやく士郎がアヴァターに来た理由も判明。
美姫 「カオリによる召喚だった訳ね」
おう。うーん、しかし、士郎が…。
美姫 「亡くなったわね」
うーん。本当は、ルインが一つになったから、士郎を召還器にしてニ刀にしようかとも考えたんだがな。
美姫 「また、滅茶苦茶な設定ね」
神が救世主を召還器にする魔術が他の世界に流れて、やや弱体化したものが霊剣の製作方法とかで、
それをルインは使えるって事にして。
美姫 「そうしなかったのは?」
いや、ルインが万能すぎるだろう、それ。
美姫 「あそこまでやっといて?」
あ、あははは。まあ、あれは召還器前の姿で少しの時間話せるようになるだけだし。
美姫 「あー、はいはい。ともあれ、いよいよラストね」
おう! できれば、一気に書き上げたいところだな。
美姫 「それって、単にアンタ次第じゃないの」
っ! で、では、また次回で!
美姫 「って、逃がすか!」
ぶべらっ! 雲を突き抜けたら、そこもやっぱり雲だったーー!!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」




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