『DUEL TRIANGLE』






第七十一章 人の力と可能性





何度目にもなるリリィたちの魔法と、未亜の援護射撃。
その合間に恭也たち前衛が神へと近づき、各々の得物を振るう。
恭也たちが神に近づけば、リリィは援護をミュリエルに任せて神へと攻撃魔法を放つ。
未亜は状況に応じて援護を繰り出し、時に神へと直に攻撃を加える。
だが、そのどれもが神の繰り出す攻撃や魔法に掻き消され、吹き飛ばされる。

「くっ、このままではきりがない。いや、体力的にこっちの方が不利だ」

恭也は僅かに下がり、神の攻撃を辛うじて躱しながら毒づく。

「何か良い手はないのか、イムニティ!」

ジリ貧な事に苛立ち、思わず叫んだロベリアの言葉に、ルビナスはふと思い出したことを口にする。

「ねぇ、未亜ちゃんと美由希ちゃんは神と同等の力を持っているんじゃないの?」

「違うわ。まだ救世主となってないもの。
 神をマスターたちに降ろした後で、依り代だけを変える予定だったのよ。
 なのに、あの馬鹿のせいで」

「神の力を引き出す前に、神が顕現しちゃったんだね」

美由希の言葉にイムニティは忌々しそうに頷く。
が、恭也はそれを聞いて少し考え込むと、リコへとそっと小声で話し掛ける。

「リコ。もし、ここで赤か白の主が一人になった場合、その場合でも救世主は誕生するのか」

「マスター、まさか!」

「勘違いするな。別に死のうとかは思ってない。ただ、ふとした疑問だ」

「恐らく神が顕現した今、救世主は誕生しないと思われます。
 救世主とは、神の力をその身に宿すことのようですから」

「そうか」

リコの言葉に恭也は何か新たな考えを巡らせるが、それを遮るようにリコが言い辛そうに、
しかし、マスターからの問い掛け故に正直に伝える。

「ですが、どちらかの主が一人になった時点で、残る赤か白の力もその主のものとなります。
 前にも話したように、この世界は赤と白から出来ています。
 即ち、それは世界と同等の力を手にするという事です。
 それならば、恐らくは神と同等になるかもしれません。
 勿論、何の確証はありませんが」

「ちなみに、リコはどう思っている」

「……神が完全に降臨する前に、破壊する力は救世主が振るい、創生時に神と同一になると考えると……。
 破壊するだけの力なら神に匹敵するのではないかと思われます」

リコの応えに恭也は満足そうな、求めていた応えを得れたような微笑を見せる。
次いで、心の内で奥深くに眠るルインへと語り掛ける。

≪ルイン、ルイン≫

恭也の呼び掛けに、原初の召還器は他の物とはやはり違うらしく、その意識を顕現させて恭也へと返す。

≪主、何か御用ですか?≫

≪お前の力は神と同等だったはずだな≫

≪はい、主。しかし、私は思うように力を振るう事はできません≫

≪その力を振るうためではなく、その力で白の力を俺に移す事は出来ないか≫

≪……時間さえあれば可能かと。ただし、主が危険です。
 二つの力を統合して得られる力は、単純な二倍ではないのです。下手をすれば、主の命はありません。
 例え、命は無事でも発狂する可能性も捨てきれません≫

「マスター、ルインの言う通りです。馬鹿な考えは…」

恭也との主従による契約故か、リコにも恭也とルインやり取りが聞こえ、リコは即座に反対する。
そんなリコをじっと見詰め、恭也はただ静かに尋ねる。

「なら、他に手があるか」

何かを達観した訳でもなく、諦めた訳でもない、ただ淡々とした静かな口調にリコは言葉を失う。
恭也の言うように、他の手が思いつかないから。
現状では、恭也の考えこそが最も神を打ち倒せる可能性を持っているから。
だが、その手段は賭けにも近く、しかも賭けるものは恭也の命なのだ。
そう簡単に納得できるものではない。
そんなリコの葛藤が手に取るように分かる恭也だったが、何も言わずにリコを見詰める。
二人が戦線から離れている間も、神との戦いは当然続いており、
今しも美由希の放った射抜が神の剣によって阻まれ、その背後から迫ったルビナスとロベリアの同時攻撃は、
生み出された風の刃に止められる。
恭也とリコにも早く戦いに戻って欲しいというのが、美由希たちの共通の思いであろう。
だが、二人が何か策を練っていると信じているのか、美由希たちは神の注意を自分たちへと向けるように動き、
ただ恭也とリコが動き出す時間を稼ごうとする。
そんな美由希たちを見て、リコは一つ頷く。

「分かりました。マスターを信じます」

「ああ、ありがとう。それで、どうすれば良いんだ」

後半はルインへと尋ねる恭也へと、ルインはすぐさま返す。

≪最初に言ったように、時間が必要です。後は、白の主をここに≫

ルインの言葉に恭也は頷くと美由希と未亜を呼ぶ。
一時的に二人が戦線から離れる事になるが仕方ない。
代わりにリコが戦いに加わり、リリィたちへと簡単に説明する。

「暫くの間、時間を稼いでください」

リコのその言葉に、何故とか、何をするのかといった質問はせず、リリィたちは神へと更に苛烈な攻撃を加える。
前線で戦う者が減ったのを受け、ベリオがパピヨンを出現させる。
この魔法を知るルビナスなどは驚きはしなかったが、リリィたちは二人になったベリオに流石に驚いた様子を見せる。
だが、その目の前で今度はルビナスが三人になる。
昔からパーティーを組んでいたミュリエルはさして驚きも見せず、攻撃の手が休んだリリィを注意し、
自身は一際大きな魔法を唱える。
ミュリエルの声にリリィも慌てて呪文を唱え始める。
三人となったルビナスとパピヨンが神へと突っ込むと、
神は自身の周りにかまいたちを発生させて足を止めようとする。
しかし、そのかまいたちはリリィの放った爆炎の魔法により相殺され、
その後ろからミュリエルの放った炎が鞭のようにしなって向かう。
炎の鞭は神の放った光の環に切断され、それに隠れるように接近したルビナスとパピヨンへは鋼鉄の羽根が飛ぶ。
それらを打ち払うために足を止めた後ろから、ロベリアが姿を現し、黒い球体を神へと投げる。
雷を纏い飛ぶ球体を神の剣が断ち切らんと振り上げられる。
そこへ魔力で編まれた鎖が絡みつき、その剣を固定する。
イムニティは額に汗を浮き出しながらも神の剣を止めてみせる。
神へと届いたロベリアの魔法は、しかし寸前で神の翼によって打ち払われ、壁に穴を開ける。
同時に神の頭上からは、ベリオの放った光の粒子が降り注ぎ、触れ合った瞬間に小さな爆発を起こす。
ようやく届いた神への一撃だったが、大したダメージは見受けられない。
どころか、神は剣を横へと一閃し、イムニティを吹き飛ばす。
壁に激突する寸前のイムニティを、テレポートしたリコが受け止め、二人は揃って地面に降り立つ。
長時間の分身は不可能で、ベリオとルビナスは共に一人へと戻る。
徐々にではあるが、リリィたちも神の動きに慣れてきたのか、僅かだが攻撃が当たり出す。
ただし、それは十数仕掛けてようやく一にも満たない程だったが。
しかも、当たるまでに大概は威力が減じていてダメージにはなっていない。
それでも、全く当たらない訳ではなく、神もまた無視する事が出来ないでいた。
根源の力を引き出す召還器は、自身の依り代となる救世主の選別武具であると同時に、
その力故に、神の身体すら傷付ける可能性があるからである。
それ故、神の注意は常に攻撃を仕掛けてくるリコたちへと向かっていた。



ロベリアたちと神との戦いを視界に入れつつ、恭也は美由希と未亜に簡単に説明をする。

「つまり、私と未亜ちゃんの中にある白の主としての力を…」

「恭也さんへと移すんですね」

「ああ。そうすれば、破壊だけなら神と同等か、それに近い状態まで持っていける可能性がある。
 ただし、美由希と未亜の力が弱まるがな」

「それは良いんだけど、それって恭ちゃんの身には危ない事はないの」

心配そうに尋ねる美由希に、未亜も同じように恭也を心配そうに見上げる。
そんな二人を安心させるように恭也はいつもと変わらない態度で、ただ静かに頷く。

「ああ、問題はないらしい。元々、俺は赤の主だからな。残る半分を移すだけだから」

恭也の言葉に安心したように頷くと、二人は恭也の傍に立つ。
恭也はルインを自身の正面、地面へと突き刺し柄を握る。
その上から美由希と未亜が掌を重ねて目を閉じる。

≪ルイン、頼むぞ≫

≪…了解しました。では、始めます≫

恭也の脳裏に理解できない単語が高速で流れ、それに合わせるようにルインを中心に何十もの円が恭也たちを囲む。
複雑な文様が円と円の間に刻まれ、直線が曲線が入り乱れて複雑な魔法陣を描き出す。
こちらの動きに気付いたのか、神が恭也たちへと攻撃を見せるが、その隙を付くようにルビナスが攻撃を仕掛ける。
激しさを増す戦いを、三人は耳で聞いていた。
だが、その音も段々と遠ざかり、遂には聞こえなくなる。
閉じた瞳の中、何も映し出さない闇の中、美由希と未亜ははっきりと力の流れを感じる。
自分たちの奥深い所から、何かが流れ出ていく感覚を。
恭也もまた、重なった二人の掌から自身の奥深くへと入り込む力を感じる。
美由希と未亜は身体から力が抜けていくような感じなのに対し、
恭也は既に満腹となった腹に更に食べ物を無理に詰め込むような、
内側から身体が食い破られていくような感覚を受ける。
それは次第に痛みとなり身体を蝕み、脳は激しい痛みを訴える。
それを懸命に堪える恭也の脳へと、まるで針を突き刺して弄りまわされるような痛みが襲う。
脳へと許容量を明らかに超えたデータを入れ込もうとしているかのように、
恭也の脳がそれが何かを判断するより早く、次の情報が入り込む。
送られてくるデータの量に対し、処理速度が間に合わないというようなイメージはできるが、
例えようもない感覚に脳が揺さ振られ、発狂しそうになる。
恭也の様子がおかしい事に、美由希と未亜だけでなく他の者も気付く。

「マスターは、全て承知の上でやってます! それ以外に手が思いつかないから…。
 だから…」

だが、リコの悲痛にも似た声に駆け寄るのを堪え、
美由希と未亜はこの儀式を中断しようとしたが、それを堪えて恭也の手を祈るように強く握る。
美由希と未亜の手の感触が、自身の身体の形さえ認識できなくなっていた恭也の意識を呼び戻す。
二人の手に包まれた自身の手から腕の感覚を取り戻し、そこから身体、足と自身の枠組みを認識として取り戻す。
まだ痛みは走るが、それは耐えれないほどではなくなっていた。
もうすぐ全てが終わる。
その瞬間に、神は一気に片を付けるべく動き出す。
自分へとリリィたちが攻撃を繰り出した瞬間、神の姿が掻き消える。
それが神速同様の技だと気付いた頃には、神の姿はロベリアたちの包囲網の外にあり、
恭也たちへと向かって威力は低いが、その分、速度と攻撃範囲の大きな鋼鉄の羽根を飛ばしていた。
儀式の終わっていない三人は、気配から何となく状況を理解したが、
かと言って動く事も出来ずに来る攻撃を待ち構える。
が、神と恭也たちの間に第三者が割って入り、恭也たちへと届く攻撃は全てその者に当たる。
割り込んできた影――カエデは羽根をまともに受けて地面に倒れる。
身体を盾として神の攻撃から恭也たちを守ったカエデは、自分の取った行動の成果をその目に宿し、
ほっとしたように安堵の表情を見せる。
苦痛に耐えながら、恭也は起こった状況を理解し、思わず足を動かそうとする。
しかし、それをカエデの声が止める。

「主様、今、動かれては拙者の、みなの努力が無駄になってしまいます。
 拙者の傷は大した事はないですから。主様が今受けておられる苦痛に比べれば、このぐらい。
 それよりも、拙者は嬉しいです。主様の役に立てたのが、主様をお守りできた事が。
 これぞ、まさしく忍の本懐」

カエデの言葉を聞きながら、恭也は懸命にその場に留まる。
早く終われ、早く終われと焦るように柄を握る手に力が篭もる。
自分の邪魔をしたカエデの存在が気に障ったのか、神は恭也たちよりも先にカエデに止めを刺すべく剣を振り上げる。
いや、カエデもろとも恭也たちをも巻き込むつもりで、剣には炎が渦巻き絡み付いている。
ミュリエルたちは神の動きを止めようと一斉に攻撃を仕掛けるが、全て神の背後に発生した暴風に掻き消される。
自分に振り下ろされる神の剣をじっと見詰める。
その目は、自身の身体を命を盾にしてでも、もう一度その攻撃を受け止めようと決意していた。
震える足に活を入れるように両手で叩き、カエデは立ち上がり今しも振り下ろされんとする神の剣を前に、
静かに背後の恭也を庇うように両手を広げる。
神の剣が振り下ろされ、同時に先端から炎が吹き上がる。
それはそのままカエデへと振り下ろされ、小さな爆発が起こる。
だが、爆発が起こったのはまだ剣が地面へと叩き付けられる前、それも離れた位置からであった。
黒い光が弾けるように起こった爆発の中から、一つの影が飛び出し、カエデへと振り下ろされた剣を受け止める。
右手に黒く輝くルインを握り、左腕でカエデを抱きかかえた恭也は、自分の頭上にある神の顔を睨みつける。
恭也の傍に駆け寄った美由希と未亜にカエデを任せると、恭也はルインを両手で握る。
ルインの刀身が更に光を強め、刀身が見えなくなる程の輝きを持って刃のようになる。
恭也は神の斬撃を徐々に押し返していき、神が僅かに動揺を見せた瞬間、地面を強く蹴る。
神の剣を押し返しながら、恭也の柄を握る手が少しずつ離れ始める。
いや、どちらの手もしっかりと柄は握られている。
右手は最初に神の剣を受け止めたルインを握り、左手だからがそこからずれるように離れて行く。
けれども、その手には確かに柄が見える。
神の剣を胸元まで押し返した恭也は、更に進む。
宙にあって、まるでそこに足場があるとばかりに恭也の足が空を蹴る。
更に加速した恭也の体当たりにも似た斬撃に神が僅かに後退り、瞬間、恭也の腕が交差する。

御神流奥義之五 雷徹

ニ刀による御神流の中でも上位の破壊力を誇る奥義。
それが恭也から放たれ、神の身体が吹き飛ぶ。
が、すぐに翼をはためかせて宙に浮かび上がると、転倒を免れる。
恭也はそのまま地面に降り立つと、右手にルインを、左手にも同じ長さの刀を持っていた。

≪これは?≫

恭也自身、呆然と左手を眺める。
それに対して、ルインから答えが返る。

≪言うならば、赤と白の力を具現した、この世界の一部とも言える剣です。
 主の魔力と赤白の力によって作り出された剣。
 マスターが、赤白を統合した事により、私にも更なる力が加わりました。
 その過剰分の力がマスターの力と合わさった結果でしょう≫

ルインの言葉に納得すると、ニ刀に戻った恭也は鋭い眼差しで神を睨みつける。
カエデの容態を僅かに気にするように一度だけ視線を向ける恭也に、ベリオが安心させるように頷いて見せる。
恭也は鋭い眼差しで神を見据えながら、怒りに我を失う事はなく、
寧ろ、逆に脳内は非常に落ち着きを持ったまま、静かに言葉を発する。

「神よ、俺は、…いや、俺たちはお前を倒す」

静かに響く声。
それは、その為の力を持つ召還器と新たに生み出した剣を手に、その為にいでし技を身に付けた恭也の、
神に刃向う、背神の剣士の静かな宣告だった。





つづく




<あとがき>

いよいよ反撃開始!
美姫 「盛り上げていくわよ〜」
が、頑張ります。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。




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