『DUEL TRIANGLE』






第七十二章 神討つ者





この中で恭也の存在が一番の脅威と認識したのか、神は翼を広げて鋼鉄の羽根を打ち出す。
それをルインを一閃させて生み出した風で全て薙ぎ払い、恭也は神へと近付く。
神の剣と恭也の剣がぶつかり合い、耳障りな音を奏でる。
その隙を付くべくリリィとリコ、イムニティの魔法が神へと襲い掛かるも、
神はそれを歯牙にもかけず、翼の一振りで掻き消す。
同時に、恭也へと雷を降らせる。
頭上より降り注ぐ雷の帯を、恭也は新たに手にした赤白の剣で弾き返す。
刀身に魔力を纏わせる剣をそのまま返す力で神へと突き刺すも、それは翼によって防がれる。
一方、こちらの攻撃を軽くいなされる事を歯痒く感じながらも、美由希たちはそれでも援護すべく攻撃を繰り出す。
だが、この攻撃はかなり恭也には助かっていた。
召還器による攻撃故か、神とて完全に無視する事はできないらしく、
未亜たちの攻撃に対して、避けるか打ち消すか選択せざるを得ないからである。
その隙を付くように恭也は攻撃を仕掛ける。
相手の防御や見切りを見極め、そこに攻撃を通す技法、御神流の貫。
身体に染み付いたその技法を、美由希たちの攻撃を一つのフェイント攻撃と考え、
自身を刃と見立てて神の防御、見切りを読み、意識の外から攻撃を仕掛ける。
今のところ、恭也の攻撃を何とか受け止めている神ではあったが、徐々に恭也の攻撃に対する反応が遅れ始める。
そして、遂に恭也の刃が神の腕を浅くではあるが傷付ける。
その事に動揺でもしたのかが、僅かに動きを止めた神へとここぞとばかりに美由希たちの一斉攻撃が襲い掛かる。
リコの放つ光線を翼で打ち払うも、その光線の中からベリオの防壁魔法によって守られた美由希が飛び出し、
神の肩へと龍鱗を振り下ろす。
肩を切り裂かれた神の拳が宙を舞う美由希へと襲い掛かるが、その拳へとロベリアが下から斬り上げる。
神がロベリアを視界に収めるよりも早く、イムニティの召喚により地面から剣が生えて神の右足を貫く。
叫ぶ声は上がらず、ただ空気が震えるのみではあったが、確かに神へと攻撃は効いているようである。
続けざま、ミュリエルの火炎球が神へと向かうが、
これはかまいたちによって真っ二つにされて神に届く前に爆散する。
しかし、その爆煙の中から神へと向かって飛ぶのは無数の矢。
煩わしそうに苛立ち混じりに剣を振り矢を弾き飛ばすその腕に、下より飛来したトレイターが突き刺さる。
突き刺さったトレイターはすぐさま爆発し、神の腕が肘先より千切れ飛ぶ。
その隙にルビナスが神の胴を斬り付け、すぐさま離脱を計る。
怒りという感情を顕にした瞳でルビナスを見据えると、その頭上に光の玉が生まれる。
そこからレーザーのように光線を打ち出し、ルビナスを貫こうとした神の顔をリリィの魔法弾が打ち据える。
上体が後ろへと傾く神の背後から、恭也の赤白剣による一撃が振り下ろされ、残る腕も切れ落ちる。
恭也は地面に降り立つのと、神が地面に倒れるのは同時であった。
距離を開けて神を見据える恭也たちの前で、神は立ち上がると翼でその身体を包み込む。
柔らかい光が隙間から洩れ零れ、翼が開いた時には腕がちゃんとくっ付き、傷一つない神の姿がそこに現れる。
斬り飛ばしたはずの腕は何処にも落ちておらず、さっきの出来事がまるで夢のようである。

「ちょっと、幾らなんでも反則じゃない!」

簡単に再生した神を前にリリィが思わずそう零すが、それは全員同じ気持ちである。
絶望感に襲われそうになる中、神をじっと静かに見据えていた恭也はある事に気付く。

「おい、あれを見ろ」

恭也がルインで指す先、神の二の腕に浅く付いた傷を見て怪訝な顔をする一同の中、
美由希が真っ先に恭也の言わんとしている事に気付く。

「ルインで傷付けた所は再生していない?」

「あ、そう言えば…」

美由希の指摘にベリオも頷きながら同意を示すと、リリィは不敵な笑みを取り戻したかのようにその顔に貼り付ける。

「そういう事ね。だからこそ、ルインは自分を神に弓引く背神の剣、神殺しの剣と言っていたのね」

「つまり、今まで同様、マスターを切り札として援護する戦い方をすれば良いという事ですね」

リコの言葉に全員が同意するように頷くと、再び神へと攻撃を開始する。
四方八方からの集中砲火。
その隙を付くように恭也たち前衛が一斉に襲い掛かる。
逃げ場のない四方向からの攻撃に対し、神はその姿を掻き消す。
が、それで逃れる事が出来たのは四刃のうちの二刃のみ。
残る二刃は掻き消えたはずの神と同じ領域で、神へとその刃を突き立てる。
致命傷には程遠い傷ではあったが、神速から抜け出した恭也と美由希は顔を見合わせて頷き合う。
神の高速移動に対し、神速で付いて行ける事が判明したが故に。
神の剣が恭也へと振り下ろされる中、美由希はセリティを翳して魔法陣を描く。
その本領は、生前の彼女の力そのままに召喚術。
両横に一瞬のうちに描き出された魔法陣より、蛇のように長い炎が生まれ出でて神の腕に纏わりつき、
もう一つの魔法陣からは巨大な岩が現れて恭也の前に盾の如く立ち塞がる。
神の剣は岩に阻まれて反動で上に上がる。
同時に岩が爆発するように吹き飛ぶ。
ただし、その欠片は恭也の方には一欠けらも向かわず、全て神の方へと弾丸のように飛来する。
前方に暴風を巻き起こし、岩の礫をあさっての方向へと弾き飛ばし、腕の炎を強引に引き離した神へと、
リリィたちの攻撃が降り注ぐ。
前衛であるルビナスとロベリアは、共に魔術師としても優秀であり、
こちらも揃って魔法による遠距離攻撃を加える。
全ての魔法に対処する神へと、恭也と美由希が神速を使い接近する。
それに気付いた神も神速の領域へと入り、三人は刃を合わせる。
共に神速を抜け出し、何度目になるのか、対峙する神と恭也たち。
神を倒せるかもしれない方法はあるが、それを打ち込む事が出来ない。
焦りそうになる心を抑えつけ、恭也は最後に交わした士郎との話を思い出す。



ルインの力か、心臓を打ち抜かれて無くなり、もう絶命していても可笑しくないはずの士郎は、
恭也の腕で、苦しげながらもはっきりとした口調で口を開く。

「……お前は神殺しの召還器を手にし、神殺しの流派を扱う。だが、ただそれだけだ。
 魔力は大きいが、それを完全に使用する術はない。
 単純な速さで言えば、美由希や、あの忍者のお嬢ちゃんの方が上。
 火力や物量に物を言わせるのなら、魔法使いの方が上。
 手数なら、ロベリアや弓のお嬢ちゃんに分がある」

喋るのを止めさせ、治療魔法をかけさせようとする恭也の手を強い力で握り、士郎は首を振る。
あくまで、今はルインの力によって延命しているだけだと。
治癒魔法は意味をなさないと。
それは、ぽっかりと空いた左胸を見れば明らかであるが、それでも恭也は何か手がないかと考えてしまう。
そんな恭也を叱るように、そして、諭すようにして士郎は聞くように告げる。

「戦術や戦略に関しては、最早言うまでもなく書の精たちの方が圧倒的に上だ。
 つまり、お前は全てにおいて上位に位置する力を持っているものの、そのどれかに特化している訳でもない。
 唯一、戦闘経験で言えば上かもしれんが、それとて俺やイムニティなどに比べればな。
 ……さて、改めて訊こうか? さあ、どうする?」

試すように尋ねる士郎へと、恭也は迷う事もなくその答えを口にする。

「何かを殺すのに、そんなに難しい事はいらない。
 俺が最初の方に父さんから教わった事だったよな。殺す意志と覚悟、これが必要だと。
 跡形もなく吹き飛ばすのも、刀で首を飛ばすのも、結果は同じこと。
 ならば、今度も神へと神殺しの剣を突き立てるだけ。特別な事などいらない」

「そうだ、それで良い。御神は一対多でもやれる。
 だが、不破は一対多の中にあって、標的のみを仕留められる。
 つまり、お前が他の誰よりも特化しているのが、それだ。
 闘う者ではなく、殺す者。殺すというその結果一点のみにおいて、他の奴らは恭也、お前の足元には及ばない。
 高町恭也……いや、不破恭也は殺すという事に置いては、他よりも群を抜く存在なんだ。
 そうなるように鍛えてきた。勿論、その技術を備えた上で、出来る限り殺さずに済むためにだがな」

「分かっているよ、父さん。本質は御神も不破も同じ。守るためのもの。
 ただ、不破は特に相手を殺す事に特化しただけ。その理由が…」

「ああ、神だ」

恭也の言葉を取るように言った士郎の手から力が抜けていく。
どうやら、ルインの力もここまでのようで、徐々に士郎の声も小さく、弱くなる。

「心を無にしろ。そうすれば、きっと身体がそれに応えるはずだ。
 不破の鍛錬とはそういうものらしい。俺もよくは分からんがな。
 …喋りすぎて疲れたな。俺は少し休む」

「ああ、分かった」

士郎の手を強く握り返しながら、恭也は士郎の身体を支える腕の震えを押さえ込む。

「…最後に一つだけ。当分はお前のくそ真面目な顔を見たくないからな。
 こっちに来るのは当分先で良いからな」

「……分かっている。俺も、不真面目な父さんの面倒を見るのはごめんだからな。
 当分はこっちで好きにさせてもらうよ」

「そうか」

恭也の言葉に小さく笑みを見せると、士郎は目を閉じてその口を閉ざす。
何度か呼び掛けてみるも、士郎は反応することはなかった。
小さく頭を垂れて黙祷を捧げてから目を開けた恭也に呼応するように、ルインから光が放たれた。



士郎との最後の会話を思い出しながら、恭也は静かにルインと赤白の剣を構える。
それに倣うように美由希たちもそれぞれの得物を構え、神へと挑み出す。
リリィとミュリエルの魔法が神の足元の床を粉砕し、視界を覆い隠すように爆炎を立ち昇らせる。
リコとイムニティによる召喚獣が神の足元を動き回り、ベリオの光線が神へと向かう。
迎撃すべく振り下ろされた神の刃は、鞭のように伸びたロベリアの剣に絡め取られる。
直撃するかに見えた光線は翼の一方により防がれ、もう一方の翼が攻撃を仕掛けんと大きく広げられる。
その根元へと、ルビナスの一撃が襲い掛かり、同時に神の首元へと未亜の矢が飛ぶ。
それらの攻撃を捌こうとする神に対し、手の空いたリリィとミュリエルの魔法が飛び、
召喚獣を操作しながら放たれたリコとイムニティの魔法も後を追う。
神の注意が逸れた隙間から、神速により美由希が走り込み、一撃を叩き込む。
それぞれの攻撃が神へと小さいながらも傷を与える中、
神のとって唯一とも言える天敵を手にした恭也は、自身も神へと攻撃を仕掛けながらもチャンスを待つ。
その注意が、意識が完全に恭也から外れる瞬間を。
だが、神の方もそれを理解しているのか、恭也への注意だけは絶対に逸らさない。
しかし、それもまた神の取る行動の一つとして考えていた恭也たちは、焦る事無くただ攻撃の数を増やす。
全員の攻撃が神の顔を狙い、それを防ぎ躱した事によって生じた僅かな隙。
それを見た瞬間に恭也は神速を発動させて神へと真っ直ぐに突っ込む。
神も神速の領域へと入り、恭也へと鋼鉄の羽根を飛ばすも、この世界に入れる三人目――美由希によって阻まれる。
ならばと起こすかまいたちに怯む事なく、恭也はその中を突き進む。
最低限の動きで躱しながら肉薄する。
恭也の攻撃が神の胸へとルインを突き立てる瞬間、神の姿が消える。
神速の中において、更に姿を消した神に対し驚く美由希。
恭也はその理由を悟るも、すぐ傍にいた美由希の腕を引いてその場から飛び退く。
直後、風が巻き起こり、神の剣が通過していく。

「恭ちゃん、なんで…」

「恐らく、神速の重ね掛けと同じ原理」

「そんな事できるの!?」

「ああ。だが、あまりやらない方が良い。当然ながら、単純に二回神速を掛けるよりも身体への負荷が大きい。
 いや、大きすぎる」

静かにそう告げる恭也の言葉に、美由希は恭也も使える、いや、使った事があると理解する。
二人の眼前に姿を見せた神は、二人目掛けて攻撃を仕掛けるが、リリィたちの攻撃がそれを邪魔する。
思わず呆けていた二人へと、リリィたちの叱責するような声が届き、二人はすぐに戦闘を再開させる。



神速へと入った神と恭也、美由希が再び刃をぶつける。
そこから更に神は神速を重ねる。同時、恭也もまた二段神速の世界へと入る。
こうなると、美由希も静観するしかなく、少し離れて動きを止める。
恭也と神は互いに刃をぶつけ、神速から抜け出す。
抜け出した瞬間、神へとリリィたちの攻撃が降り注ぐ。
この繰り返しを何度したか、恭也たちの方に疲れが見え始めるのに対し、神の方には未だ疲れは見て取れない。

(心を無に。…一体、どういう事だ)

神と闘いながら、恭也はずっとその事を考えていた。
考えている間は、無とは言えないかもしれないと思いつつも、考えるのを止める事はできなかった。
だが、ここに来て恭也は疲れた体とは逆に、妙に心が静かになっている事に気付く。
神速の重ね掛けを使用するためには極度の集中力が必要で、そういった考え事をしている暇もなかったからか。
それとも、窮地に置いて思考が冷静であろうとしているせいか。
ただ、恭也は静かに美由希たちを見渡し、最後に神を見据える。
これ以上攻防を繰り返しても、こちらが疲弊するだけだというのは明らかである。
かと言って、諦めるつもりはないが。
何か手がある訳でもなく、恭也自身呼吸が乱れる中、焦る事無く冷静である事に軽い驚きを感じていた。
その先に何かがあるような気がして、けれど手を伸ばせばそれが逃げていくような焦燥感。
掴みかけたソレを逃さないためにも、恭也は逸る気持ちを押さえつけ、静かに呼吸を繰り返す。
荒かった息が落ち着き始めた頃、恭也は静かに目を閉じる。
その自殺行為にも近い行動に美由希たちが何か言うが、それさえも恭也の耳には届かない。
ただ閉じた瞳の中、暗闇の向こうをじっと見据える。



「ちょっ! 恭也、何を考えてるのよ!」

いきなり目を閉じた恭也へとリリィが叫ぶが、聞こえていないのか無視しているのか、恭也は全く反応を返さない。
最初は疑わしそうに警戒していた神だったが、すぐさま恭也へと攻撃が開始される。

「多分、何か考えがあると思うから」

神の攻撃を両手の小太刀で弾きながら告げる美由希に、他の者も恭也を守るようにその前に立つ。
執拗に繰り出される神の攻撃から恭也を守る未亜たちであったが、やはり次第に押され始める。
それでも辛うじて恭也へとまだ攻撃が届く事はない。
懸命に攻撃を捌くも、時間の問題かと思われたが、神の方が先に痺れを切らしたらしく、
大きな攻撃を仕掛けるために溜めに入る。
頭上に集まっていく魔力の量に驚きながらも、阻止せんと攻撃が苛烈になる。
しかし、神は頭上に魔力による光の玉を生み出しながらも、リコたちの攻撃を全て受け流し、弾き飛ばし、掻き消す。
やがて、輝きと大きさを増した光玉から光線が吐き出される。
ベリオとリコ、イムニティが防御魔法を展開し、その前に美由希が岩石を召喚する。
リリィとミュリエルもまた魔法を放ち相殺とまでいかずとも、威力を削ろうとする。
ロベリアとルビナスはいざという時に、その身を盾にする覚悟で恭也の前に立つ。
音もなく爆発したように空気を掻き乱し、部屋一面をただ白一色で染め上げる。
全てが収まった後には、ボロボロになりながらも何とか耐え凌いだ美由希たちの姿が現れる。
ただ、殆どの力を使い果たしたかのように、その身体をフラフラとさせ、中には膝を着いている者もいた。
次に同じ攻撃には耐えれないと判断した神は再び同じ攻撃を仕掛けるつもりか、またしても光玉を生み出す。
神がその動作に入った瞬間、恭也の閉じられていた瞳が開き、同時に地を蹴って走り出す。
一歩目から神速の領域へと突入した恭也が、ルビナスたちの間をすり抜け、リリィたちの横を過ぎ、
神へと一瞬の間に迫る。
神もまた神速へと入ったのを見て、恭也はそこから更に神速を重ねる。
神速二段へと神もまた入り、光玉が間に合わないと悟り、剣での迎撃に切り替えて構える。
その刹那、その世界の中にあっても恭也の姿が掻き消える。
神の視界の何処にも恭也の姿はなく、神の刃はただ空を切る。

知覚感覚を向上させる事により、あたかも周囲の時間が遅くなったかのような感覚を受けるのが神速である。
この時、使用者は別段早く動いていると感じる事はなく、周りが遅くなったと感じるのはこのためである。
そこに更に神速を重ねる事により生じる現象は、知覚できる時間の流れの引き伸ばし。
そして、恭也が更に踏み込んだ世界は光も何もないただ暗闇のみが支配する世界であった。
知覚向上による時間の遅延感覚を感じる世界。
時間の引き延ばされた世界。
そして、時間の制御から外れた世界。
神を倒すために重要なのは、ルインで致命傷となる傷を負わせる事。
そして、龍鱗が作り出した流派には神と同じ速さ、同じ世界へと踏み込む歩法術が必須であった。
更に、龍鱗はその上を行く動きと技をこそ、ただ一つの奥義としたのである。
他の奥義はそこから生まれた副産物、もしくはそこへと辿り着くために生み出されたもの。
龍鱗により生み出された御神不破の真の目的は神を狩ること。
その為の奥義の境地へと、その為の剣を手にした恭也が今踏み込む。
長く連なる血が、欠かす事のない鍛錬の成果が、心を無にした恭也の身体を自然と動かす。
ただ闇のみが支配する世界を、恭也は一人きりで駆ける。
対象と自身のみを繋ぐ他よりも僅かに濃い闇の道を。
音も光さえもなく、時間さえも感じられない闇の中で
ルインをただ静かに振り上げ、闇の中でそれだけが煌く光の線を幾つも描く。

――御神不破流奥義 閃滅

恭也より放たれた斬撃は、何もないただの闇を斬り裂く。
だが、その手にはしっかりと何かを斬った感触を残し、恭也は闇のみの世界から帰還する。
全体力に精神力、ともかく全ての力を根こそぎ取られたように気だるく、
力の入らない身体を何とか支えつつ、恭也はゆっくりと振り返る。
ようやく、時間が戻ったような感覚の中、見詰める先で静かにゆっくりと神が倒れ伏していく。
何が起こったのか分からなかった美由希たちも、神が倒れたのを見てその顔に安堵を浮かべ、
恭也の元へと駆けつける。
誰もがボロボロになりながらも、その顔には歓喜が見える。
そんな中、神の手がゆっくりと動き、全員が神へと目を向けた瞬間、神の身体が光り出す。

「そんな、また再生するの!?」

悲鳴じみた声を上げる未亜の言葉を、しかしリコとイムニティが首を振って否定する。

「これは再生じゃありません。まさか、自爆。いいえ、自身の身体を爆発させるつもりですか!?」

「いけない! 早くここから、いいえ、ガルガンチュアから脱出しないと!」

二人の言葉に驚く恭也たちであったが、逃げるも何も今の言葉を聞く限りでは助かりそうもない。
だから、恭也は確認するように一つだけ尋ねる。

「神は死んだのか」

「それは間違いなく。既に意識もないと思われます。
 ただ、最後の足掻きでマスターたちを道連れにするつもりだったんでしょう」

「そうか」

リコの言葉に満足したように頷く恭也だったが、他の者も似たような顔をしていた。

「まあ、仕方ないわね」

肩を竦めるリリィに、美由希も笑顔で応える。

「そうだね。でも、神は倒せたし」

「うーん、美由希との勝負がまだだったんだけどな」

「あははは、確かに。でも、あの勝負って結局は私たちだけで決着をつけれるものでもないんだけどね」

「まあね。これからって所だったんだけどね」

妙にサバサバした感じで話す二人に感化されたのか、ベリオたちもすっきりしたように軽口を叩き出す。
その間にも神の亡骸を包み込む魔力は増大していく。
そんな中、カエデは恭也の前に立つ。

「主様、まだ可能性はありますよ。リコ殿のテレポートなら」

「残念ながら、もうそんな大きな力は…」

「リコと二人合わせても、一人送れるかどうか怪しいわ」

「そういう事だ。だが、一人でも助けられるのなら…」

言って他の者を見るが、その顔を見て尋ねるだけ無駄だと悟る。
少し困ったような顔をしつつも、恭也もそれ以上は口を噤む。
カエデは悔しそうに顔を歪めるも、何も言わずにただ俯く。
誰もがそろそろだと感じるほどに高まった魔力が、更に膨れ上がる。
瞬間、閃光と轟音が部屋を満たす。
それと時を全く同じくして、恭也と神の間にカエデが立ち塞がり両手を広げる。

「少しでも助かる可能性があるかもしれません!
 拙者が盾に!」

「やめろ、カエデ! それで助かったとしても、カエデはどうなる!」

恭也はカエデを引き寄せようと腕を伸ばすが、カエデはそれを躱して恭也に庇うように立つ。
カエデの前方で爆発が起こり、壁を天井を吹き飛ばしていく。
そんな中にあって尚、カエデは両手を広げて恭也を庇おうとする。
すると、それに応えるように、カエデの目の前に薄く透明な壁が生まれ、爆発を防ぐ。

「これは……?」

壁を作ったはずのカエデ自身が、信じられないと呟く。
神の自爆はかなり大きなもので、既に神の座の殆どは跡形もなく吹き飛び、今も尚、崩壊を続けている。
だが、カエデの後ろ、恭也たちの立つ場所は未だに無傷で形を残していた。

「もしやこれが、柊の里に伝わりし秘術、破魔の陣……?
 なぜ、急に」

呆然と呟き、カエデはふと背後の恭也を見る。

「柊に伝えし秘術あり 其れは全てを守りし光の盾なり
 柊に伝えざりし秘術あり 其れは戒めを解く鍵なり
 柊に伝えし宿命あり 其れが守るは己が身であること能わず
 ……つまり、主を守る事こそが、我らが忍の本懐。
 故に封じられし秘術もまた君主の危機に際し、解かれるという事でござるか」

柊の里に伝わる一説を思い出しつつ考えに耽りそうになるカエデだったが、すぐに声を張り上げる。

「兎も角、今は拙者の後ろに!」

カエデの声に弾かれるように、リリィたちはすぐにカエデの背後へと密集する。
カエデの張った壁越しに見える崩壊の風景から、この爆発がとんでもないものだと分かる。
そして、それを一人で押さえ込んでいるカエデのこの術の凄さも。
だが、そのカエデの顔が徐々に歪み始める。

「くぅっ!」

額から汗が流れ、その顔に苦痛が浮かぶ。
大きな術の行使にはそれなりの力が必要ということか。
既に恭也たちの立つ場所以外が殆ど崩壊していく中、カエデは遂に耐え切れなくなったのか後ろへと倒れる。
それを恭也が両腕で抱きとめるようにして受け止める。

「もう充分だ、カエデ」

「ま、まだでござるよ。柊に伝わる秘術は、こ、この程度では…。
 ただ、この術には主様の存在も必要です。ですから、もう充分だと言わず、励まして欲しいで…っ!」

カエデの頼み事を聞き、恭也はカエデを抱く腕に力を込めると、その耳元で励ましの声を掛ける。

「頑張れ、カエデ。お前なら大丈夫だ」

「うぅっ……」

力が抜けて倒れそうになるカエデを支えながら、恭也は手をカエデの黒曜に重ね、
自身の力を分け与えるように放出する。

「あ、主様!?」

「一人よりも二人の力の方が耐え易くなるだろう。
 その術の原理は分からないが、力の源は気や魔力といったものだろう。
 だったら、少しは役立てるだろう」

「主様にそこまでしてもらっては、拙者、絶対に負けられないでござるよ」

フラフラだった足に力を込め、カエデはもう一度しっかりと地を踏みしめて立つ。
そのカエデの手に、美由希たちの手も伸びてくる。

「二人よりも、ですよ。カエデさん、恭也くん」

ベリオの言葉に、恭也とカエデは強く頷くと、未だに崩壊を続ける前方を見据える。
ガルガンチュアが壊れていく中、カエデは気力を振り絞り、それに耐えるための壁を維持し続ける。
そんなカエデに力を分け与える恭也たちにも疲労の色が見え始めるが、
やはり術を行使しているカエデの消耗が最も激しい。
更に、止めとばかりに一際大きな爆発が起こり、恭也たちの立っていた床さえも崩壊する。
他の個所が壊れていくため、その床を支える物がなくなったからだった。



空に突如現れた大きな光と音。
それと同時に崩れ去っていくガルガンチュアを見上げ、地上にいた兵たちは今度こそ終わったと歓声を上げる。
だが、クレアやセルは心配げにその方向をじっと見詰める。
あそこには恭也たちが居るのだ。
そして、その場所が崩壊した。その際、何かがあそこから脱出したような影は見ていない。
となると、自ずと答えは限られる。
不安を胸に抱き見詰めるクレアの目が、一つの塊を捉える。
目を凝らすもよくは見えず、クレアは全体の戦況を見るために持っていた双眼鏡を思い出して当てる。
その影は紛れもなく恭也たちであった。
だが、何処か様子がおかしく見えた。



完全に崩れ去っていくガルガンチュアを見詰めながら、恭也たちは落下する。

「よく頑張ったなカエデ」

「はい。ですが、ガルガンチュアが空にある事を忘れていたでござるよ」

力なく答えるカエデに、恭也は苦笑を洩らす。
恭也たちもまた、その事に考えが及ばなかったからだ。
当然、ガルガンチュアそのものが崩壊すれば、宙に放り出されるのは当然で、
ガルガンチュアの浮いていた高度から考えて、まずは助からないであろうと。
そんな恭也へとリコが申し訳なさそうに告げる。

「すいません、マスター。私がそのことに気付いて、もう少し力を残しておけばレビテーションで」

「気にするな」

項垂れるリコに恭也は静かにそう告げると、不意に小さな笑みを、それこそ意地の悪そうな笑みを見せる。
それを見た美由希はこんな状況で何を言う気かと思わず身構えてしまうのは、付き合いの長さ故か。
だが、恭也の口から出た言葉は美由希の予想したようなものとは違っていた。

「どうやら、余力のある人がいるみたいだからな。そうですよね、ダリア先生」

「あら〜、やっぱり気付いてた? という訳で、とりあえずはレビテーション♪」

恭也の言葉に返ってきたのは、この場にはあまりそぐわない間延びした声。
そして、その声と共に落下していた恭也たちの身体がゆっくりとした降下へと変わる。
恭也たちをレビテーションの魔法で救い上げたダリアは、ゆっくりと息を吐き出す。

「流石に疲れたわ〜」

疲れたようには聞こえない声で言うダリアだったが、あちこちに傷を負い、服もボロボロの格好を見れば、
その戦いが楽ではなかった事が窺い知れた。
疲れた顔を見せつつも、ダリアは魔法をコントロールし、恭也たちに尋ねる。

「それで、そっちの首尾は?」

ダリアの問い掛けに対して恭也たちは揃って笑顔で強く一つだけ頷く。
それで欲しかった答えを得たのか、ダリアも普段ののほほんとしたものとは違う、
小さいけれども心の底からの笑顔で答え、恭也たちの無事を喜ぶ。
ゆっくりと降下していく恭也たちの足元では、クレアやセルを始め、多くの兵たちが駆けつけて、
救世主となった恭也たちの帰還を今や遅しと待ち構えていた。





つづく




<あとがき>

神との対決もこれで。
美姫 「いよいよ、ラストに向けて、って所ね」
おう。という訳で、今回は短いですがここまで!
美姫 「また次回でね〜」
ではでは。




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