『DUEL TRIANGLE』






最終章 そして訪れる日常





ミュリエルからもたらされた召喚の塔復旧の話の数日後。
あの後も忙しい毎日を送っていた恭也たちではあったが、少しずつではあるが街も落ち着きを取り戻し始めていた。
そんな中、恭也は一人学園長室から出てくると、重い荷をようやく下ろせたように軽く肩を回す。
殆どの者が復興の手伝いへと出払い、人気のない廊下を一人歩く。
そんな恭也を廊下の中ほどで一人の少女が待っていた。
少女は恭也に気が付くと壁に預けていた背を起こし、やや小走りに恭也の元へとやって来る。

「恭ちゃん、学園長室に行ってたんでしょう」

「ああ。それで、お前は」

「あ、うん。ちょっと恭ちゃんに用があって」

美由希の表情から何かを察したのか、美由希が用件を告げる前に恭也は先に口を開く。

「これからの事なら、自分でちゃんと考えるんだ。
 俺は俺の答えを出した。だから、お前も自分なりの答えを出せ」

「……うん、分かったよ。でも、参考までに聞いても良いかな」

「聞いても良いかと言いながら、その顔は既に答えが出たという顔だぞ」

「あはは、やっぱり分かった?」

「まあな」

さっきまでは何か悩んでいたような顔だったのに、今は既に何かを決めた顔になっている美由希。
口を開く美由希を制し、恭也は続ける。

「だったら、それは別に俺に言う必要はない。
 自分で決めたのなら、自分で学園長に報告しろ。
 皆伝の儀はしてないが、お前は自分で考えて、自分の思うように剣を振るえ」

恭也の言葉に無言で頷く美由希の瞳を見て、恭也は美由希の出した答えを悟る。
だが、何も言わずに一歩横へとずれると、美由希に道を譲る。
その横を美由希は歩いて行く。
美由希の背中を見送り、恭也はこのアヴァターでの成長に知らず口元を綻ばすのだった。





 § §





恭也と美由希が学園長の元を訪れた数日後、召喚の塔に恭也たちの姿があった。
救世主たちに加え、クレア王女やミュリエルの姿もその場に見られる。
元の世界に帰ると決断した恭也たちは、見送りに来てくれた者に礼を述べる。
何か言いたそうにしているクレアの気勢を制するように、恭也が先に口を開く。

「俺たちに出来るのはここまでだから。
 後は、クレアが先頭に立って、この世界の人たちの手によって新たに再生されていけば良い」

「すぐには無理だと思うけれど、クレア王女たちならきっと出来ますよ」

「だが、やはりお主たちにも救世主としてこっちに残って欲しいと思うのは私の我侭か。
 再建するにしても、救世主たちが居れば、皆のやる気も違ってくると思うんじゃが」

なおも食い下がるクレアへ、恭也と美由希は首を振る。
選択した結果を受け入れるとは言っていたものの、やはり別れは辛いのか、
クレアは自分の言った言葉を否定するように、主に恭也へと向かって言う。
そんなクレアへと、恭也は小さく首を振る。

「救世主だけに頼るのはあまり良くないぞ。皆で力を合わせるべきだろう」

「そうそう。特に無愛想な救世主なんか…あいたたたっ!」

「お前は一言多い。まあ、そういう訳だ。
 それに、俺は救世主じゃないしな」

「そういう事を言っているんじゃないんだが…」

恭也の言葉に小さく反論するクレアだったが、恭也は聞こえない振りをして続ける。

「それに、俺やこいつは何かを生み出すよりも壊す方が専門というか、得意だから」

「そうだね。だから、これ以上は力になれないよ多分」

「……そうか、分かった。
 最後にもう一度礼を言わせてくれ。王女としてではなく、この世界に住む一人の者としてな。
 美由希、未亜、そして恭也。本当にありがとう」

今まで黙っていた未亜にもクレアはそう告げると、三人が中央に立っている魔法陣から離れる。
入れ替わるように、三人に他の面々が近付き、それぞれに何か言いたそうにするが、
一様にそれを堪えるように口を閉ざす。
リリィたちには数日前に伝えており、その際に散々引き止められていた。
だが、恭也たちは元の世界へと戻るという考えを変えることはなく、今こうしてここに居るのである。

「主様、拙者、とっても感謝しているでござるよ」

「そうか。俺も色々と勉強になった。主従の事は気にするな。
 これから先、俺よりももっと…」

「拙者の主はただ一人だけでござるよ」

そう言って笑うカエデにぎこちないながらも笑い返すと、恭也は視線をその横へと向ける。

「恭也くん、向こうに帰ってもあまり無茶はしないようにね」

「肝に命じておく。だが、場合によりけりだが」

「ふんっ、アンタらしい返答だな。だけどまあ、色々と世話になった」

「確かに、色々とあったな。だがまあ、それも含めて今だからな」

不敵な笑みを見せていたベリオの顔が、不意にいつもの柔らかい笑みに変わる。
その変化の意味を知る恭也は、心の内で二人に向かって別れの言葉を口にすると、
ベリオの前に佇む少女へと視線を向ける。

「マスター。やっぱり、私は…」

「リコの知識はこれからも必要になるだろう。
 だから、リコはここで自分に出来ることをすると良い。
 契約は切れていないままだから、今までみたいに力の温存の為に感情を抑える必要ももうないんだ。
 これからは、自分のやりたいようにやれ」

「……マスター。分かりました。それがマスターの望みなら」

リコの頭に手を置き、いつの間にか習慣となったかのようにそっと優しく撫でる。
恭也の手の温もりを忘れないように、しっかりと感じ取るように目を閉じるリコ。
やがて、恭也はゆっくりと手を離すと、ルビナスへと顔を向ける。

「世話になった」

「それはお互い様よ。まあ、先の大先輩として、出来る事をしただけよ。
 とは言っても、殆ど何も教えていないけれどね。それじゃあ、元気でね」

「ああ」

あっさりとする程軽く挨拶を躱す二人。
だが、ルビナスは何かを堪えるようにしており、僅かに肩が震えていた。
それに気付いた恭也だったが、それには触れずにその隣へと視線を向ける。

「ふんっ。私を置いて帰る奴の事なんか知るか。
 お前なんか、何処へなり好きな所に行ってしまえ」

「すまない。だが、元の世界でまだしなければならない事があるんだ。
 大丈夫、ロベリアならこの世界でやっていけるさ。
 だから、ルビナスたちに力を貸してやってくれ」

「っ! 分かったような事を…。もう良いから、さっさと行け。
 お前の頼みだ。ちゃんと引き受けてやる」

追い払うように手を振るロベリアに小さく頭を下げ、恭也は残る一人に視線を向ける。
ずっと唇を噛み締めるように一文字に閉じた気の強い少女へ。

「ふんっ。これでアンタの顔を見ないで済むなんて、清々するわね」

「そうか」

「救世主となった私の活躍を後になって羨ましがると良いわ。
 まあ、昔のよしみで何かあったら助けてあげなくもないけれどね」

言って腕を組んで不遜な態度を見せるリリィへ、恭也もいつもと変わらぬ態度で接する。
堪えきれなくなって背を向けたリリィへ、恭也は短いが言葉を投げる。
一通り挨拶が済んだ後、恭也は皆から離れていたセルへと声をかける。

「セルにも世話になったな」

「良いって事よ。正直、これから寂しくなるが、まあ、救世主の知り合いとして、これからの人生は楽しむぜ」

「ほどほどにな」

「わぁーってるよ」

言って笑いあう二人。
これで本当に挨拶は済んだのか、恭也は静かに一つ頷く。
と、その横で美由希がいじけたように、拗ねた声を出す。

「うぅぅ。私たちも帰るのに、皆、酷いよ…」

「あ、あははは、美由希ちゃん、落ち込まないで」

ふてくされる美由希を慰める未亜。
それをリリィたちが可笑しそうに見遣る。
この兄妹のこんなやり取りをもう見れなくなる事に一抹の寂しさをやはり隠せずに。
と、そんな二人の前に、一人の少女が立つ。
少女はじっと二人を見上げると、静かに口を開く。

「マスター、どうか元の世界へと帰られてもお元気で」

「うん、ありがとうイムちゃん」

「美由希マスター、やはりその呼び方なんですか」

「何で、可愛いじゃない。ねえ、未亜ちゃん」

「そうそう。それとも、イムちゃんが気に入らない?」

「いえ、そういう訳では」

珍しく照れた表情を見せるイムニティ。
最後の最後に貴重なものが見れたと口を綻ばせる二人に、拗ねたように背を向ける。
そんなイムニティへと別れの言葉を投げると、美由希と未亜も頷く。
リリィたちも魔法陣から離れると、ミュリエルが最後に三人へと礼を述べ、
リコとイムニティの呪文詠唱が始まる。
徐々に歪み始める周囲の風景に、軽い立ちくらみのようなものを感じて目を閉じる。
遠くでカエデたちの声が聞こえたような気がする中、一瞬の浮遊感を感じ、
落ちているような、登っているような感覚が身体を駆け巡る。
自分が立っているのかしゃがんでいるのかさえ分からなくなる中、不意に足元にしっかりとした感覚が戻ってくる。
ゆっくりと目を開けると、そこは三人が見慣れた風景が広がり、三人のよく知る空気が流れていた。
藤見台の外れ、人の来ない場所へと送られた恭也たちは、夏の暑い日差しを肌に感じつつ、ゆっくりと深呼吸する。

「戻ってきたんだね」

「ああ」

「皆、大丈夫ですよね」

「勿論だ」

思い思いの表情で空を見上げ、遠く離れた仲間たちの事を思う。
帰ると決めたものの、やはり寂寥感はなくせず、暫し三人はその場でじっと佇む。
どのぐらいそうしていたのか、日が傾き始めたのを受け、三人はゆっくりと歩き出す。
未亜は今夜は美由希の部屋に泊まるらしく、一緒に高町家へと向かう道すがら、恭也が沈黙を破る。

「美由希」

「なに、恭ちゃん」

「夏休みが終わったら、皆伝の儀を行うからな。
 鍛錬の内容も覚悟しておけよ」

「……うん」

恭也の言葉に美由希はただ静かに頷く。
アヴァターでの出来事を経験した今、皆伝の儀は既に必要ないのではと思わないでもないが、
恭也としてはきっちりしたいのだろう。
その為に、自分の全てを美由希に教えていたのだから。

「でも、恭ちゃんも膝が治ったんだから、まだまだ高みへと行けるよね」

「み、美由希ちゃん。既に神殺しまでやったのに、まだ高みに行くの?」

「あ、そう言われれば…」

思わず恭也の顔を見上げる二人へと、恭也は小さく笑みを零すと、
敢えてどちらがどちらかまでは言わないが、その頭を一方は優しく、もう一方は少し乱暴に撫でる。

「剣の道は険しく遠い」

「その頂上に辿り着くことは生涯もってしてもない」

「そういう事だ」

恭也の言葉を次いだ美由希に笑いかけると、恭也は久しぶりとなる我が家の門を潜るのだった。
神を殺し、世界を救った男が望んだものは、地位でも名誉でもなく、ましてや金でもなかった。
ただ、今までと変わらない日常。
その為に傷付いても戦い、倒れても立ち上がり、世界を平和へと導いた。
それは、少年の頃に憧れた一人の男の生き様と同じ。
ただ、その規模が大きかっただけのこと。
男から少年へと受け継がれた想いは、ただ力なき者を守るという事のみ。
故に、成長した少年は日常を守るために戦い、また日常へと戻って行く。
そこに多くの謝礼は必要なく、ただその日常を平穏に暮す人の笑顔と、一つのお礼の言葉だけがあればそれで良い。
その想いをしっかりと受け継いだ青年は、その身を自身が掴み取った束の間の平穏へ。
次に誰かに危機が訪れるその時まで、その牙を仕舞い込む。





おわり




<あとがき>

という訳で、完結〜。
美姫 「ヒロインルートが一つもなし!?」
まあ、このDUELはこんな感じで。
美姫 「ぶ〜ぶ〜」
と、おわりとしておきながら、行き成りですが、勿論の如く、外伝めいたものを予告!
美姫 「話はこの最終章の後ね」
おう! というか、予定ですが。
美姫 「書け♪」
笑顔なのに、命令なんだね。
美姫 「いつもの事じゃない」
ま、まあ、そうなんだが。
とりあえず、その外伝で本当にラストの予定です。
美姫 「って、それってそっちが本当の最終章じゃないの」
ん? いやいや、最終章はこれだって。
美姫 「怪しいんだけど」
誤解だー! だから、それをしまってくれ!
美姫 「どうしようかな〜」
えっと、えっと。(は、話を逸らさなくては…)
お、おお。そうそう。この最終章の没ネタだ!
美姫 「どれどれ?」



「それに、俺やこいつは何かを生み出すよりも壊す方が専門というか、得意だから…。
 そうか、だからか。分かったぞ、美由希」

「な、何が分かったの?」

「俺もお前も壊す方が得意だからな。だから、お前は生み出すという料理が出来ないんだ。
 人の胃を壊すものは作れるが」

「そうだったんだ。宿命なんだね。って、恭ちゃんは作れるじゃない」

「……まあ、人には得て不得手があるということだ」

「む〜。絶対にいつか美味しいって言わせてみせるもん」

「全く期待せずに待っておく」



美姫 「ほうほう。あのシーンね」
まあな。いやー、さすがにお別れの所でこれは酷いかなと。
美姫 「大して変わらないような」
あ、あはははあ。
美姫 「ともあれ、無事に完結できたのは…」
ひとえに、読んでくださった方たちのお陰です。
美姫 「とはいえ、まだもう一話あるんだけどね」
あ、あははは。
し、締めの言葉はそっちで取っておこうかな。
美姫 「って、やっぱりそっちが本当のラストなんじゃ…」
え、えっと、それではまた次の外伝で!
美姫 「あ、こら! まったくもう。……ンンっ、コホン。それじゃあ、まったね〜」




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