『DUEL TRIANGLE』






番外編 それぞれの明日





恭也たちがアヴァターより帰還して早一月あまり。
夏休みも残すところ、あと僅かというそんないつもの一日。
昼下がりの午後を、恭也は一人縁側に座って調整を終えた盆栽を満足そうに眺めている。
汗を掻いたグラスを手に持ち、冷たい麦茶を飲み干す。
人心地着いた感のある恭也の耳に、台所から賑やかな、いや、少々騒がしい声が響いてくる。
どうやら、また妹の美由希が未亜から料理を教わっているらしいと苦笑を漏らすも、
ここ最近、かなりましになってきている美由希の腕前に、恭也は少しだけ感心する。
皆伝の儀を迎えるにあたり、最近はかなり内容の濃い鍛錬を繰り返し行っている。
その合間を縫って努力している美由希と、教えている未亜の努力もあり、
恭也も何度か美由希の作った物を口にしている。
だからこそ、その上達振りをよく知っており、努力する美由希をたまには褒めても良いかなどと考えたりもする。
ともあれ、あの激動と言っても差支えがないアヴァターの生活から、一月も経っていないというのに、
恭也が何処か懐かしい思いに駆られるのは、今が充実しているからだろうか。

「…あいつらは今頃どうしているかな」

ふと浮かんだ懐かしい顔ぶれを順に思い描きながら、恭也は今は遠い世界にいる皆の事をふと思うのだった。





 § §





あいつが居なくなってから一年程の時間が流れただろうか。
まだ、街の所々に破滅との戦いを思い出させる傷跡が残っている場所もあるけれど、
それでも、前の状態に戻りつつある景色を高台から見下ろしながら、
私、ことリリィ・シアフィールドは改めて人の強さを思い知る。
流石にこの頃は私たちも始めの頃みたいに忙しくはなく、
とは言っても救世主として顔を知られている所為で、街へ出るだけで大変なんだけれど。
……はぁ。私も辞退すれば良かったかな。
ふと、そんな事を思ってしまう事も数知れず。
だけど、あの時はそんな事を思いつきもしなかった。
救世主と言うのが神の手先だと知り、ううん、そのずっと前からだろう。
前ほど救世主に拘らなくなっていたのは。
だから、あの最後の戦いの時点では救世主になんてなりたくないとさえ思っていたのに。
伝説に残されていた救世主とは違う、本当の意味での世界の救世主。
それがあの戦いの後、私たちに与えられた称号であった。
クレア様より与えられたソレは、私が本来目指していたもの。
でも、それはあくまでも破滅と戦うための手段で最終的な目的ではなかったはずなのに。
戦いを終局へと導いた者として、民たちの復興の拠り所として、どうしても必要と言われてそれを受け取った。
勿論、自分のした事に対する当然の評価だと思わなくもなくはなかったけれど。
正直、褒められたくて闘った訳ではないけれど、命を賭けて闘った事は確かだし、
それに対する評価みたいなものだと思っていた部分もあるかもね。
兎に角、他の人に自分のした事を認めて欲しかったという気持ちがなかったとは言えない。
正確には、お義母さまのやってきた事が間違いじゃなかったって。
その証拠が私なんだって、証明したかったのだろう。
なのに、あいつ、ううん、あいつらはそれさえも受け取らなかった。
皆の前へと顔見せする当日になって、初めてその場にあの二人、恭也と美由希がおらず、辞退した事を知った。
ああ、そういえばロベリアも辞退したんだったわね。
ともあれ、あの二人は互いに相談した訳ではなく、別々にクレア様の元へと赴き辞退を申し出たと聞いている。
そこに全く嫉妬を感じない訳ではない。
だが、それよりもあの二人が振るう剣。前に聞いたその意味を身を持って知ったという方が大きかった。
正直、恭也が辞退したと聞いたときは、何処かで納得する部分もあった。
彼はこのアヴァターへと来た時に既に闘う者であったから。
実戦練習だけを積んできた私たちとは全く違い、本当の実戦を経験していて、その上で全ての覚悟を持っていた。
だから、恭也が振るう剣の意味を聞いた今、それに納得する部分があったのは確かだった。
だけど、美由希までも辞退したと聞いたとき、正直、最初に思ったのは純粋な驚きであった。
ここに来たばかりの頃、どうも闘う気があるように見えなかった。
実際には、彼女も実戦を経験していた訳なのだが。
どうしても、恭也に大事に守られている、ううん、育てられているというイメージがあった。
ずっと一緒に闘ってきて、それは間違いだったってのは分かったけれど、
やっぱり最初のイメージがまだ何処かに残っていたのだろう。
だから、納得よりも驚きが先に出たということね。
まあ、後になって考えればやっぱりって感じだったけれど。
恭也から剣を教わり、懸命にその背中を追っていた美由希らしいってね。
二人の鍛錬を見せてもらった事があったけれど、その時にもはっきりと感じたこと。
ただ技術だけを教えているのではなく、守るために人を傷付ける覚悟を、傷付けられる覚悟を、
そして、振るう意味を、そう言った言葉に出来ないものを含めて伝えていると感じたもの。
最初の頃に比べて、美由希は本当に強くなったわ。
この私にライバル宣言するぐらいにね。
でも、その勝負はお預けかしらね。
ううん、私の方が不利よね。だって、美由希は恭也と同じ世界の住人。
その上、義理の兄妹で師弟。常にその傍に居られるんだから。
沈む夕日を見詰めて、いつもよりも感傷的になっているからだろうか。
普段なら、考えるだけでも恥ずかしいような事が頭の中を回る。
まあ、今だけなら少しぐらい素直になっても良いかな。
どうせ、誰も居ない。居た所で、正確な意味までは分からないだろう。

「恭也と一緒に世界へと帰り、その傍に居ることのできる美由希や未亜が少し羨ましいわ」

不意に吹き抜ける風にさえ掻き消されるぐらいに小声でそう零すと、私はその場を後にする。
いつまでも過去を見ていても仕方ないもの。
そんなのは私らしくないって美由希なら言うかもしれないしね。
少なくとも、美由希と張り合えるぐらいに私も強くならないと。
しけた顔をした私なんて見せたら、笑われてしまうわ。
だから、私はいつものように不敵な笑みを浮かべ、胸を張って堂々と歩く。
過去ではなく、先にあるものを見据えて。





 § §





全く勝手な奴だ。
用が済んだからって、あんなにあっさり帰るか普通。
千年だぞ、千年。千年も待った上に、すぐには思い出さない、いや、この場合は違うか。
兎も角、千年ぶりに再会してからも、かなりの時間待ったというのに。
この私が待ってやったというのに、あっさりとしやがって。
…まあ、あんな奴がいなくなったって、私には関係ないがね。
だが、千年前にあいつが言った言葉をずっと考えて、あれからもやって来たというのに。
そりゃあ、最後はイムニティと一緒にルビナスの奴らを裏切った訳だけど。
それだって、結構考えた末のこと。
そもそも、あの時にお前が居れば、そんな事はしなかったんだ。
なのに、千年後へと帰っていたなんて。そんなの分かるかってんだ!
今度は今度で、自分の世界に帰りやがるし。
って、落ち着けロベリア・リード。
さっきから、思考が同じ事の繰り返しになってきているぞ。
私は深く深呼吸をして、ゆっくりと気持ちを落ち着かせていく。
よし、大丈夫だ。落ち着いた。
そうとも、私はあいつがどうしようと関係ない。
……ないはずだ。
だが、あいつの剣になると誓ったのに、私を置いていった事はやはり許せないな。
散々、人の心を掻き乱しておいて、はい、さようならとはいい度胸じゃないか。
千年も待った私を舐めすぎというものだよ。
怒りのあまり、思わず完成したばかりの城壁を壊しそうになり、慌てて手を引っ込める。
アンタがそのつもりなら、私は私で好き勝手にやらせてもらうさ。
今までだってそうしてきたんだ。これからだって、そうしてやる。
後になって文句を言っても、聞く耳は持たないからね。
まあ、こっちに文句を言いに来るというのなら、考えてやらないでもないけどな。
さーて、とりあえず今日は特に予定もないし、どうするかね〜。





 § §





復興作業において、王宮に次いで優先的に修復された学園。
平和になったとはいえ、万が一のためという事もござったが、何よりも召喚の塔が関係しているのでござろう。
そう考えて、学園の外れに当たる森から僅かに見える召喚の塔へと顔を向ければ、
僅かながら、やはり胸が痛むでござるな。
主様たちが帰られ、もうかなりの時間が経ったというのに、これでは主様の忍として情けないでござる。
とは言っても、やはり悲しいでござるよ、主様。
忍とは、どんな場所であろうとも主様と共にあり、その身を守る者でござるのに、
主様は拙者を置いて帰られてしまった。
自分の行く道を自分で決める。主様らしいとも言えるでござるが、正直、少しは相談して欲しかったでござるよ。
それで、拙者にも付いて来るように言って欲しかったで…って、拙者は何を考えているでござるか!
いやいや、これに深い訳はなくて、主従として、いえ、ですが、決してそんな気持ちがない訳ではなく、
むしろ…って、拙者は一人で何を慌てているんでござろうか。
ともあれ、主様たちが元の世界へと戻った後、拙者もこれからどうするのかを真剣に考えたでござるよ。
勿論、それまでも考えていたでござるが、今まで以上に。
結論として、未だにアヴァターに居るでござる。
元の世界へと戻ったとしても、既に主様を得た今、他の誰かに仕える事はできませぬ故。
ならば、主様のお守りになったこのアヴァターの復興を手伝う事こそが、主様に仕える者としての責務。
それに、やはりこの世界にも愛着が湧いてしまっているでござるからな。
忙しい日々は、身体こそ疲れるものの、余計な事を考える事もなく、それはそれで助かったでござるよ。
こうして、時間に余裕があると、やはり主様のことばかり考えてしまうでござる。
今ごろ、何をしているでござるか。
また無茶をしていなければ良いのでござるが。
拙者が傍に居れば、この身を盾にする事もできるのでござるが。
と、いつまでも無理な事を考えていても仕方ないでござるな。
今はただ、己が力を磨くのみでござる。
今度何かあった時こそ、拙者も皆の力になれるように。





 § §





長い祈りを捧げながら、私はただあの人の事を思い出す。
そんな私の思考を邪魔するように、同じ声で全く異なる言葉使いのあの子が頭の中で話し掛けてくる。
  神が既に居ないってのに、ベリオ、アンタは何に祈ってるんだ。
神ではなく、この世界の生きとし生きるもの全ての平和をただ自然に。
  自然って、つまり世界に祈ってるって事?
どうなんでしょうね。そこまで深く考えてはいなかったのだけれど。
やっぱり、習慣としていた事を止める事もできないし、祈る事それ自体は悪くないと思うから。
  相も変わらず、優等生な答えだな。
ありがとう。
  褒めてないっての。大体、そんなに祈るのなら、あの時、無理矢理付いていけば良かったのに。
なっ、そ、それは言わない約束でしょう。
  そうだけど、その後でメソメソされるとアタシにも伝わって来るんだから仕方ないでしょうが。
それを言うのなら、あなただって。
  な、何の事よ。
誤魔化しても無駄ですよ。同じ身体を共有しているんだから。
  ちっ。厄介ね。
お互い様です。…でも、こうしてあなたとちゃんと向かい合えるなんてね。
  ふん。お節介な奴のお陰か。
三人共、元気ですかね。
  三人じゃなくて、主に一人だろう。アンタが心配してるのは。
そ、そんな事ありません!
  はいはい。いちいちムキになるんだから。
  それにしても、ちょっと意外だったかな。
何がですか。
  ん? いや、てっきり元の世界へと戻って、あのバカ兄貴たちの償いをするのかと思ってたから。
そうですね。それも考えなくもなかったですけれど。
でも、あの人たちがやった罪はあの人たちが償うもの。
そう教えてもらいましたから。
  自分は悪くないってか?
そうは言ってません。無知もまた罪ですから。ただ、私は私自身の為にできる事をやろうと決めたんです。
  ……強くなっちゃったわね。
  ひょっとして、もうアタシの存在っていらないのかもね。
何を言っているんですか。私がそう思えたのは、あなたのお陰でもあるんですからね。
それに、一人だけ楽しようたってそうはいきませんよ。
あなたは私、私はあなた。罪も共有しているんですから。
しっかりとあなたにも償ってもらいます。
  へいへい。まあ、アタシとしては、元の世界よりもこっちの方が面白いから良いんだけれどね。
  それに、帰っても誰もいないしね。
そう、…ですね。
  だぁぁ、暗くならないでよね。まさか、あいつをその、……した事、後悔してるんじゃないでしょうね。
どうなんでしょうか。でも、ああなるべくしてなったと思いますよ。
  そうよ。自業自得だって。
  ほら、そんなに悩まないで。確か、この後から予定があったんじゃないの。
ああ、そうでした。ダリア先生のお手伝いがあったんでした。
  だったら、さっさと行った方が良いんじゃない。
そうですね。あ、でもその前に最後に一つだけ。
  はぁ、お祈りは終わったんじゃないの?
これはお祈りとはまたちょっと違いますよ。
  何でも良いわよ。さっさとしなさいよ。
はい。恭也さん、きっとあなたの事だから、近しい人に何かあれば、また闘うんでしょうね。
  間違いなくそうでしょうね。平和な世界なはずなのにね。
茶化さないでよ。
  はいはい。
一言パピヨンに注意するも、彼女からも彼を気遣う気持ちがよく伝わってくる。
だから、それ以上は何も言わず、私は心の内で先の祈りを続ける。
離れている今は、あなたが傷を負っても癒してあげる事もできません。
その代わり、あなたの事を思い、こうして祈ってますから。
どうか無茶だけはしないでください。
  一応、アタシも祈っててあげるわよ。
願わくば、あなたの行く先に幸多き事を。
  まあ、今生の別れって訳でもないだろうからね。次に会った時は、色々と責任を取ってもらわないとね。
パ、パピヨン!
パピヨンの言葉で、多分私の顔は真っ赤になっているだろう。
それを誤魔化すようにパピヨンを大声で嗜めると、私はそそくさと礼拝堂を後にする。





 § §





平和よね〜。
この光景を眺めるために、ずっと頑張ってきたんだけれど。
私は目の前を走り抜けていく子供たちを眺めながら、ミュリエルから受け取った買い出しリストへと目を落とす。
うん、買い忘れはないわね。
にしても、人使いが荒いわね。一応、救世主なんだから、もうちょっと丁重な扱いを期待するわ。
とはいえ、本当にそんな扱いをしたら怒るけど。
私、ルビナスがこうして二度目の生を楽しめるのも、やっぱり愛しのダーリン、恭也くんのおかげね。
まあ、元の世界に帰っちゃったんだけど。
彼らしいと言えば、彼らしい選択よね。
せめて、こうしてちゃんと建物とかが復興した光景を、
まあ、まだ完全に元通りとはいかないけれど、見てから帰れば良いのに。
召喚陣が直ったんだから、いつ出発しても帰る時間は変わらないのに。
あ、ひょっとしてその事を知らなかったのかな。
でも、前にリコとかが説明してたわよね。それに、ちゃんと授業でもやってるはず……。
う、うーん、ごめんね恭也くん。ちょっと、疑っちゃってるわ。
って言うよりも、確信してたりして。
まあ、口には出してないから怒られはしないでしょう。
口に出したとしても……ねぇ。
怒るために戻ってくるっていうのなら、幾らでも口にするんだけどね。
まあ、あまり落ち込んでいる暇もないし、
ここはお姉さんとして他の子たちのフォローもしてあげないといけないしで、あまり考える暇もなかったものね。
それにしても、意外と言うかロベリアがあそこまで落ち込むなんてね〜。
まあ、彼女は私たちよりも早く、それこそ千年も前に会っていたってのもあるんでしょうけれど。
恭也くん、皆のフォローを私に頼むのは構わないわよ。
それだけ、私を頼ってくれたって事だからね。それは純粋に嬉しいし。
でもね、私だって恭也くんと離れるのは悲しくて寂しいんだからね。
そこの所を分かってなかったのかしらね。本当にもう、勝手なんだから。
とは言え、頼まれた以上、ちゃんとやらないといけないものね。惚れた弱みってやつね。
まあ、あの子たちも何だかんだで強い子達だから、殆ど私のフォローも必要なかったみたいだけど。
それどころか、余計に想いを強くしちゃったかもしれないわよ。
私も他の子にも負けないぐらい、この胸の奥にある想いは強くなってるんだからね。
まあ、当の本人もいないのに、こんな事を言っても仕方ないか。
それよりも、さっさと学園に帰りましょう。
いい加減、ミュリエルが痺れを切らして角を生やしてるわ、きっと。
広場から少し離れた木の根元から腰を上げると、私は賑やかな広場へと背を向け、
鬼の待つ学園長室へと足を向ける。あ、こんな事を考えたってばれたら、また小言を言われるかな。
ミュリエル、最近小言が増えているような気がするのよね〜。
年の所為かしら。それとも、忙しい所為かしらね。
まあ、本人にどっち、なんて確認は絶対にできないけどね。
リリィちゃんたちに聞いてみようかな。
何だか、慌てふためく様が想像できて、私は緩む口元を押さえると、先ほどよりも軽くなった足を動かす。





 § §





はぁぁ。
ここ最近、ようやく余裕ができたな。
とは言え、まだ忙しい事に変わりはないがな。
まあ、この忙しさが復興している証拠であるのだから、文句ばかりも言えぬか。
王女というものも、これで中々大変なんだぞ。
思わず胸中で誰にともなくぼやきつつ、目の前の読み終えた書類を机の隅に置く。
これで今日中に目を通さなければならない書類は終わりだ。
後は、それぞれに関して指示を出さねばならないのだが。
それは後ほどやってくるミュリエルと共にするから、それまでは少しの休憩だな。
椅子の背もたれへと身体を預け、ほっと一息を着く。
やはり、破滅が滅んだという報せは民たちにとっても活力となったのであろうな。
僅か一年でここまでの復興を見せるとは。
本当にあの者たちには感謝するばかりだ。
救世主たちの事を思い出すと、どうしても一人の所でそのまま止まってしまう。
その者との思い出が最も多いというのもあるが。
ふぅ、恭也…。お主は今頃何をしておるのだろうな。
ふとした瞬間にすぐにそんな事を思ってしまう。
この世界に住む一人の者として礼は言った。
だが、一人の女性として本当に伝えたい事を言えなかった。
その後悔がこうしてあやつの事ばかり思い出させるのか。
それとも、単に私の諦めが悪いのか。
はぁ。考えても詮無き事よの。
それよりも、そろそろミュリエルの訪れる時間じゃな。
ミュリエルには、あれからもかなり苦労を掛けておるからな。
少しは労ってやらねばな。
まあ、それも仕方ない部分もあるのじゃがな。
何せ、今のあ奴はただの学園長ではないからな。
救世主たちを育てた者にして、最終決戦において救世主と肩を並べて最後まで共に戦った女傑じゃからな。
街でその噂が流れていると知った時のあの顔は、今でも忘れられんの。
まあ、あまりからかうと機嫌をそこなうからな。
今日はその事には触れぬようにするか。と、ノックか。
ぴったり時間通りというのも、ミュリエルらしいな。
思わず緩む口元を慌てて引き締めると、私は入室を許可するために扉の向こうへと声を掛ける。





 § §





召喚の塔の中で、最も重要な場所。いいえ、少し違いますね。
この場所があるからこその召喚の塔であり、重要な建物となっていた、召喚用の魔法陣がある部屋。
そこで私は特に何かをするでもなく、ただ目の前の魔法陣をじっと見詰める。
そうしていれば、今にも目の前の召喚陣から望む人が召喚されるかというように。
勿論、実際にはそんな事が起こるはずもありません。
今まで多次元に渡ってあらゆる世界へと散っていた赤の書も、今では必要もなくなり、
役目を終えてしまっているのだから。
もし仮に、赤の書が役目を終えていなかったとしても、私の望む人をそれで召喚する事はできませんし。
彼、高町恭也は、赤の書たる私のマスターはイレギュラーな存在だったんですから。
それでも、これから先も彼以外のマスターはもう持たないでしょう。
その必要もないというのもありますが。
今まで力の消費を抑えるために抑えていた感情を抑えなくても良くなったというのに…。
去り際のマスターの言葉を思い出して溢れそうになる感情を抑える。
出しても良いと言われた感情だけれども、寂しさや悲しみばかりでは辛いから。
だから、楽しかった事を思い出し、正反対の感情を出すように努める。
その甲斐あってか、胸の奥が温かくなってくる。でも、それはほんの一時のこと。
すぐに寂寥感が私を襲う。
やっぱり私はマスターの傍に居たい。
でもマスターが望んだのは、私がアヴァターでミュリエルたちの手助けをする事だった。
マスターは私にやりたいようにやるように言っておきながら、一番やりたい行動を制限してしまった。
勿論、マスターにそんなつもりがなかったという事は分かっている。
それでも、少し恨みます。
だけど、私はまだ他の人たちよりはましなのかもしれない。
何故なら、契約のお陰か、こうしてマスターとの繋がりを感じる事ができるから。
凄く薄く遠く感じるが、それでもしっかりと繋がっていると分かる。
その糸のような繋がりが、一度だけ強く脈打ったような気がして、私は両手でそっと胸の辺りを押さえる。
うじうじと悩んでいる私を叱咤するように、これからの行動を励ますかのように。
そんな風に感じられ、私は久しぶりに心の底から感じるままに笑みを浮かべる。
さっきよりも温かいものを胸に感じ取り、もう一度だけ魔法陣を見ると、私はこの場を立ち去る。
もう頻繁にここを訪れる事もないだろう。
新たな決意とも言うべき強い意志を持ち、私は歩き出す。





 § §





あーあ、つまらないわね。
別に平和が嫌いだと言っているんじゃないわよ。
私が破滅に組していたのだって、それなりの理由があるんだから。
千年前だってそう。あれはあくまでも、前の主ロベリアの意思に従っただけなんだから。
はぁぁ、あの選択は失敗だったかしら。
人使いの荒い主だったものね。
それに比べ、今のマスターたちの人の良さと言ったら……。
とは言え、そのマスターとも今では離れ離れ。つくづく、私ってば不幸よね。
マスターに恵まれない訳じゃないんだけれど、マスターと共にある事が喜びであるのに、
大概は離れ離れか、すぐにお別れだもんね。
折角、平和な世の中だと言うのに。主の居ない書の精霊。
うーん、笑い話にもならないわね。リコの奴も、落ち込んでいるみたいだし。
まあ、あの子にはたまには良い薬よね。今までが主に恵まれすぎているんですもの。
とは言え、ちょっと可哀想な気がしないでもないけど。
リコのマスター、確か恭也だったかしら。ロベリアも執心だったみたいだけれど。
…確かに私も面白そうだとは思ったけれどね。
まさか、神殺しまでしてのけるとはね。今なら、何故面白そうと感じたのかが分かるわ。
って、そんなのはどうでも良いのよ。はぁぁ、マスターたちは元気かしらね。
まあ、危険な目に遭いそうになったら、恭也が助けるでしょう。
って言うか、助けなかったら許さないからね。
…………はぁ、マスターたちに会えないものかしらね。
一層の事、また破滅みたいなのが出てくれば。
って、そんな事をしたら、マスターたちが悲しむわね。
はぁぁ、鬱だわ。とは言え、いつまでもこんな状態ではいられないし。
仕方ないけれど、私もちゃんとやる事はやりましょうか。
マスターの頼みですものね。
その代わり、それらが終わったら好きにやらせてもらいますよ。
勿論、マスターを悲しませる事だけはしませんけれど。
とりあえず、リコ辺りをからかうとしますか。
丁度、召喚の塔から出てきたリコを見つけ、私は何気ない風を装って近付いていく。
さて、どんな反応を見せてくれるかしらね。ふふふ。





 § §





あわわわわ。えっと、塩、塩。
あ、あった。って違う! これは砂糖だ。
前は間違えて甘くなってしまったから、今度は間違えないようにしないと。
ま、まあ、恭ちゃんは甘いだけじゃないみたいな事を言ってたけど。
改めて付き合ってくれている未亜ちゃんにお礼を言わないとね。

「そんなの気にしなくても良いよ」

そう言って笑ってくれる未亜ちゃんに私も笑い返し、塩を一つまみ入れる。
一つまみって、指先で摘む程度の少量だったんだよね。
もう、昔みたいに一掴みとは間違えないよ。ふふーん。
なんて前に威張って言ったら、恭ちゃんにデコピンを貰ったけど。
だって、一つまみって言われても正確な量を言わないんだもの。
間違えても仕方ないじゃない。
まあ、文句を言いながらも、よっぽど悪い物じゃない限り、ちゃんと試食してくれるから許してあげるけど。
私たちがアヴァターより帰還してから、約一月ほどの時間が流れた。
あれから、恭ちゃんは宣言した通り、私の鍛錬メニューを増やしたけれど、アヴァターでの実戦のお陰か、
前以上に私自身が自分の動きが格段に上がっていると感じられた。
久しぶりの召還器による能力上昇なし、つまり、この世界では当たり前の形での鍛錬。
なのに、自分の身体が自分のものじゃないぐらいに軽く感じられたっけ。
相手、恭ちゃんの動きも驚くほど良く見えたし。
召還器による身体能力があったとは言え、間違いなくアヴァターでの実戦は私の糧になっているみたいだった。
でも、それ以上に恭ちゃんの動きには驚かされたけれど。
そりゃあ、恭ちゃんも同じぐらい経験を積んだし、
おまけにハンデとなっていた右膝も完治したのは知っているけど…。
早い話、私と恭ちゃんの実力差にまた大きな開きができてしまった。
うぅぅ、悔しいな。折角、肩を並べて闘える所までいけたと思ったのに。
でも、同時に嬉しくもあるけれど。嬉しい理由は二つ。
一つは、まだ恭ちゃんの背中を追って行けるという事。
そして、もう一つは。恭ちゃん自身が、何処か楽しそうなこと。
やっぱり、あれ以上の成長を見込めないと分かって、私を育てる事に傾倒していた感のある頃よりも、
今の方が何処か楽しそうなんだよね。
一度、そう言ってみたら苦笑しながら、私を育てる事も楽しいって言ってくれたけれど。
そんな事を考えていたからだろうか、未亜ちゃんが急に大声を出す。
どうしたんだろう?
って、ああぁっ! 私、今料理中だったんだ!
うぅぅ。アヴァターで色んな経験を積んだというのに、私のドジは相も変わらずのようで、
未だに恭ちゃんや未亜ちゃんを呆れさせている。
私だってわざとやっている訳じゃないのに…。
ともあれ、この場は未亜ちゃんのフォローのお陰で酷い事にはならずに済んだ。
良かった〜。
胸を撫で下ろしつつ、まだ料理中は他に考え事を出来るような余裕はないと改めて思い知らされるのでした。
とは言え、やっぱりそんな事を考えていた所為か、ふとリリィたちの事を思い出してしまう。
未亜ちゃんに言ってみたら、未亜ちゃんも少し寂しそうな顔を見せながらも思い出話を始める。
その手は殆ど無意識に調理するために動いており、思わず感心してしまう。
私も早くここまでとはいかなくても、一人で出来るようになりたいな。
その後も、私は未亜ちゃんと懐かしい向こうでの話をしながら、料理の特訓を続けたのでした。





 § §





美由希ちゃん、ここで塩を一つまみ入れて。
って、それは砂糖だよ!
そう、そっちがお塩。
美由希ちゃんが砂糖を入れそうになったのを止め、塩を一つまみ入れたのを見ながら、私はほっと胸を撫で下ろす。
ふぅ。今回は大丈夫だった。
最近はかなり腕も上がってきているし、うっかりした失敗さえなければ、そんなに酷い味にはならない。

「いつも付き合ってくれてありがとうね、未亜ちゃん」

突然言われてお礼に、気にしなくても良いのにと思いつつ、
そんな律儀な親友にこっちも毎度お馴染みになりつつある言葉で返す。
それにしても頑張ってるな、美由希ちゃん。
剣の練習も今まで以上だって言ってたのに。
アヴァターか。正直、私は争う事が好きじゃないから、初めから戸惑ってばかりいたけれど。
でも、少しでも役に立てたみたいで良かったと今では思う。
あの時は闘う覚悟を決めれた私だったけれど、またあんな事があったら、今度も迷うと思う。
だから、純粋に恭也さんや美由希ちゃんのやっている事って凄いなと思う。
でも、それを二人に言うと、二人は困ったような顔をして、
『自分たちがやっているのは守るためとは言え、傷付け奪う事だから』って。
確かにそうなんだけれど、それでも凄いと思う。
美由希ちゃんたちがやっている剣術というものについて、詳しく教えてもらったのはかなり前のこと。
その後、何回か道場で練習している所を見せてもらったけれど。
…………ま、まあ、早すぎて何をしているのかは分からなかったけれど。
それで分かったつもりになってたんだな。二人がよく口にする守るって言葉。
そして、その為に傷付ける剣術。
その意味を、その世界を、二人の覚悟や受け継がれてきたといわれるものを、私は初めてアヴァターで実感した。
戸惑う私とは違い、二人とも初めからしっかりと自分のすべき事を自分で決めたって、学園長から聞いた。
普段は優しい美由希ちゃんが、あの時はとても怖く、でも頼もしく感じた。
あ、別に普段がどうって言っている訳じゃないよ。
私が何を考えているのか伝わっているはずはないと分かっていても、思わず私は弁解する。
あははは。それにしても、やっぱり美由希ちゃんは凄いと思う。
当たり前のように、救世主を辞退した事だってそう。
二人ともお互いに相談した訳じゃないって言ってたけど、あの時の恭也さんはどこか嬉しそうだった。
やっぱり、美由希ちゃんがしっかりと想いを受け継いでくれているって分かったからかな。
この二人の兄妹の間には、普通とは違う絆がしっかりとある。
師弟だからってだけじゃなくて、上手くは言えないけれど。
なのはちゃんも私と同じような事を言ってたもんね。立ち入れない何かがあるって。
それは、従姉妹であり、幼馴染であり、師弟でもあり、兄妹でもあり、それら全てを含めた別の何かかもしれない。
ただ互いに信頼し、ある程度の行動を予測しあっている感じ。
二人と一緒に戦い、後ろで見ていたからよく分かる。
二人の連携は他の誰よりも綺麗だったから。
そこにあるのが恋愛感情とは別のものだという事が分かるから、こうして冷静に見れるのかもしれないけど。
まあ、そっちに関しては普段は鋭い恭也さんが、普通の人よりもかなり鈍くなるから。
って、あまり笑い事でもないんだけどな。少しぐらいは察して欲しいかな。
……間違いなく、リリィさんたちも恭也さんのこと。
ふと思い出した仲間たちの顔。
まるで、そのタイミングを計っていたみたいに、鍋が煮え立つ。
って、料理教えている途中だったんだ。
美由希ちゃん! 鍋、鍋!
思わず大声を上げると、美由希ちゃんは急いで火を弱めてかき混ぜる。
いや、そうしようとして、指をそのままコンロの摘みの横にぶつけて涙目になる。
何で剣を持つとあそこまで常人離れした動きができるのに、普段はこうなんだろう。
思わず苦笑をしつつも、私は火を弱めて鍋の底を掻き回す。
良かった、ちょっと焦げたかもしれないけど、このぐらいだったら問題ないよ。
美由希ちゃんへとお玉を返しながら、横で調理中だった自分の分を見る。
うん、こっちはそろそろ弱火にする頃合かな。
私も隣で料理しつつ、自分の方の火加減を見ていると、美由希ちゃんが不意に話し掛けてくる。
アヴァターか。さっき、私も思い出していたけれど、何か懐かしいよね。
やっぱり、ちょっと寂しいと思ってしまったのが顔に出たのか、美由希ちゃんが気遣わしげに顔色を窺ってくる。
そんな優しい美由希ちゃんを安心させるように、私は懐かしい思い出話を口にする。
時折、鍋の方を見ては私と話をする美由希ちゃん。
そんなに慎重にならなくてもと思うものの、まだ慣れてないから仕方ないのかもね。
その後も、私は美由希ちゃんに料理を教えながら、懐かしい人たちの話をする。
会えないのは寂しいけれど、楽しい思い出を忘れたくはないから。
それら一つ一つを思い出すように。





 § §





縁側で寛いでいた恭也は、ふと嫌な予感を感じて周囲を見渡す。

「気のせいか。……まさか、美由希の料理が久しぶりに失敗したか」

本人が聞いたら拗ねるであろう事を口にしながら、恭也はまだまだ暑い日差しに目を細める。

「嫌な予感も感じたが、同時にそう悪くない予感も感じたからな。
 多分、大丈夫だろう」

予感が外れていれば、それに越した事はない。
が、当たっていれば良い予感の方も当たっている事になるから、大丈夫だと言い聞かせるように呟く。

「今日は未亜も料理を作ると言っていたな。……ふむ、それでか」

益々、美由希には聞かせられないような事を呟き、恭也は縁側から腰を上げる。
周囲は事もなく平穏で、この日常がここでもアヴァターでも長く続く事を願いながら、
恭也は静かに自室へと引っ込むのだった。





おわり




<あとがき>

という訳で、本当に終わり。
美姫 「ここまでお付き合い頂きありがとうございます」
これにて、『DUEL TRIANGLE』は本当に完結です。
美姫 「なんて事もなく…」
あとがきまで読んでくださっている方のみ分かる、本当のラスト。
美姫 「それはこれ以降」
ともあれ、これにて本当に完結です。
美姫 「本当にありがとうございます」
ではでは。







続・番外





多次元に渡る異世界の根元たる世界、アヴァター。
そのアヴァター、率いては多次元世界を救うべく創立された王立フローリア学園。
その一角にある召喚の塔と呼ばれる重要施設は、許可なき者は立ち入る事を禁止されている。
そんな召喚の塔の内部に、今しも9人もの人物が集まっていた。

「さて、これで問題はないはずよ」

その中の一人、最も年長者である女性、この学園の長にして救世主と共に戦った女傑、
偉大なる魔導師として人々に知られるミュリエルが口を開く。
断言した後、確認するように双子と思うぐらいにそっくりな二人の少女を見遣る。
ミュリエルの視線を受けてその二人、リコとイムニティは同じように頷く。

「はい、問題ありません」

「ええ。ちゃんととこのアヴァターにポインタは置かれているわ。同時に、向こうへもね。
 これで、あっちで経過した分の時間と同じだけ経過した時間軸のアヴァターへと飛べるはずよ」

「実質、行き来が出来るようになったという訳ですね」

眼鏡を掛けた女性の説明に、三人は揃って頷く。
だが、ミュリエルはすぐに険しい顔をして、確認するように他の面々へと視線を向ける。

「でも、あくまでも仮説。ひょっとしたら、もう戻って来れない可能性だってあります。
 仮に成功したとしても、世界を飛び越えるのは簡単な事ではないわ。
 そう頻繁に行き来できるものでもありません。それでも、行くんですね」

分かりきった答えを敢えて尋ねるミュリエル。
だが、やっぱりというか、この中から止める声は上がらない。
そもそも、これぐらいで止めるようなら、こんな事は考えないだろう。
しかも、学園長である自分に内緒で。
ましてや、王女までが荷担する形で。

「リリィたちは兎も角、殿下までとは」

まるで咎めるように頭を抱えて言うミュリエルに、クレアは不敵な笑みを持って返す。

「もう殿下ではないぞ。
 今や、ミュリエルこそがこの国を滑る女王なのだからな」

救世主と肩を並べ、最後まで共に戦った女傑として名を馳せたミュリエルへと、
クレアが王位を譲る事を発表したのは大よそ一月ほど前のこと。
自身曰く、レベリオンの発射で身体が弱くなり、このままでは政治にも影響が出るようになったとのこと。
ついては、救世主たちを育て、共に闘った英雄であるミュリエルならば、良い政治をするだろうから、
王位を譲るというものであった。
その発表を聞いた民衆は、王女の身体を労わりつつも、概ね反対はなかった。
内部や一部には反論もあり、救世主をこそという意見や、そのままクレアにという意見もあったが、
当の本人たちがこれを拒否したため、最終的にこの形に落ち着くことで決まった。
そんな経緯を思い出しながら、ミュリエルは最後の確認を取る。

「殿下…クレアさまこそ、本当に宜しいのですか?」

「構わん。そのつもりで、半年以上も前からミュリエルへと引継ぎをしたんだ。
 今更、止めれるはずもなかろう。それに、王位よりも大事なものがある」

「はぁ、私はまんまと騙されました。あまりにも王宮に関わる内容の仕事が多いとは思っていたんです。
 それがまさか、私を王位につける為だったなんて」

愚痴るミュリエルへと短く謝罪を口にしつつ、クレアの注意はすぐに目の前の魔法陣へと向かう。

「それで、もう良いのか」

「まだです」

焦るクレアを押し留め、リコとイムニティ、ミュリエルが呪文を唱える。
徐々に上がる声に合わせるように、魔法陣が輝き出す。
一際強い輝きを発した後、静まった部屋の中、リコの声が静かに流れる。

「これで準備は整いました。ですが、さっきミュリエルが言ったように、今の所、これは一方通行です。
 それでも、行きますか」

「ああ、もう。何度も同じ事を言わせるんじゃないっての。残りたい奴はこのまま残れば良いじゃない。
 とりあえず、私は行くと決めたんだから」

「忍の居場所は主様の傍のみでござるよ」

リリィに続きカエデもすぐに声を上げる。
他の者も今更聞くなとばかりの顔をしてリコを見詰め直す。
分かっていた事だと内心で溜め息を吐くリコへ、イムニティが少し可笑しそうに話し掛ける。

「残念だったわね。自分一人で感動の再会をできなくて」

「……別に」

図星だったのか、やや不機嫌そうに返すリコに、他の面々の視線が突き刺さる。
殺伐としかけた雰囲気を嫌い、ミュリエルが割って入る。

「それじゃあ、最後の呪文を私が唱え終わった後、魔法陣へ入りなさい。
 後は勝手に目的地に転送してくれるわ。
 リリィ、元気でね」

「はい、お義母さま」

「他の皆さんもお元気で」

リリィへと声を掛けた後、ミュリエルは順にベリオ、リコ、カエデ、ルビナスにロベリアへと顔を向ける。
それぞれに頷いたり、返事を返す中、ミュリエルは最後にクレアを見る。

「女王となった以上、どこまで出来るかは分かりませんが、民の為に出来る限りの事はします」

「本当にすまない。じゃが、お主以上の適任者を思いつかなかったんじゃ。
 言えた義理ではないかもしれんが、民たちを頼んだぞ」

「はい」

ミュリエルは強く返答すると、数歩後ろへと下がり、最後の呪文を口にする。
同時刻、海鳴の高町家では、恭也が縁側で嫌な予感と良い予感に襲われているのだが、
それを知るはずもなく呪文は完成する。
淡く光り輝き続けていた魔法陣が一瞬だけ強く輝き、準備が出来たことを伝える。
それぞれが互いの顔を見渡し、一つ強く頷くと同時に魔法陣へと足を踏み出す。
それは、新たなる戦いの始まりを告げる鐘でもあった。





おわり




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