『DUEL TRIANGLE』






番外編 ミュリエル学園長の課外授業





「という訳で、今日は私自らが授業を行います」

救世主クラスの面々を前に、ミュリエルは開口一番そう言い放つ。
そんなミュリエルの言葉を聞きながら、美由希が隣りに座る恭也へと楽しげに言う。

「流石の恭ちゃんも、学園長自らの授業ではちゃんと聞いておくしかできないね」

「ふっ、甘いな美由希。俺がそんな事を気にすると思うか?」

「確かに……」

自信満々に言い切る恭也に納得する美由希の隣りから、未亜が苦笑したように言う。

「それって自慢にならないと思いますけど、恭也さん」

「って言うか、誰の授業だろうとちゃんと受けるのが当たり前なのよ!
 この馬鹿が変なのよ!」

美由希の後ろの席からリリィが恭也を睨みつけながら怒鳴り声を上げる。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿と、お前はそればっかりだな」

「つまり、それぐらいアンタが馬鹿って事よ」

「ふ、二人共落ち着いて。ほら、今は授業中なのよ」

そんな二人をベリオが止め、二人は大人しく口を閉ざす。
それを待っていたかのように、ベリオとリリィに挟まれ、恭也の後ろの席に座るカエデが口を開く。

「しかし、学園長先生自ら授業とは、かなり重要な授業なのでござろう」

そんなカエデの言葉に、変わらず淡々とした口調で答えるのは恭也の左隣りに腰掛けるリコ。

「…そうでもない」

「ん? どういう事だ、リコ」

「ここは本来の話とは関係のないストーリー。
 …ここに居る私たちは、本来の私たちであって私たちでない者」

「よく分からないんだが…」

「拙者も分からないでござるよ〜」

「全く、このバカバカ師弟コンビは」

「なら、お前は分かったのかよ」

「当然でしょう。つまり、ここでの出来事はあっちには一切、関係ないって事よ。
 もっと簡単に、かつ極端に言うなら、ここでの出来事は覚えてないという考え方でも良いわよ」

「ほうほう。つまり、記憶喪失になるでござるか」

「そういうんじゃないんだけれどね。さっき、リリィ自身が言ったように、それは極端に言った場合だから。
 もう少し言うのなら、ここでの出来事は本来の時空列、時間軸から離れた世界、パラレルワールドと言ってもいいような世界なの」

「ベリオ殿〜、もう少し優しくお願いするでござるよ〜」

「つまり、ここでの私たちは本来の私たちなんだけれど、ここでの出来事はあっちでの私たちには影響しないって事よ」

「こっちとか、あっちとか、難しいでござるな」

頭を抱えるカエデと恭也に、既に大よその理解をした者がどう説明したものかと顔を見合わせる。

「……で、誰でも良いから、もっと分かり易い説明を頼む」

全員が押し黙る中、美由希が何か思いついたのか小さくあっ、と声を上げて続ける。

「つまり、あっちっていうのは本編。で、こっちは番外編って事だよ。
 ううん、番外編だったら、話的には繋がるから……。説明、ううん。…そう、設定!
 こっちは、つまり設定の紹介って事だよ。普通の設定紹介じゃなく、学園長が授業という形で進めるってだけで」

「なるほど、それは非常に分かり易いでござるな」

「ああ。だが、だったら初めからそう言ってくれれば良いものを」

「全くでござる」

師弟揃って頷く二人に、美由希たちは深いため息を吐き出し、教壇へと立ったまま、
ずっと忘れられているような形となっていたミュリエルは、僅かにこめかみを引き攣らせつつ、低い声で話し始める。

「で、そろそろ始めても良いかしら?」

その声に全員がコクコクと頷くのを合図とし、ようやく授業が始まる。



「さて、それじゃあ初めにキャラクター紹介ね。これは、現在の時点、十六話までに分かっている事を纏めたものよ。
 まず最初の人物は、恭也くんね」

「何でアンタが最初なのよ!」

「そんな事、俺が知るか!」

「ふ、二人とも……」

またも始まりそうな二人の喧嘩を止めようとするベリオよりも早く、ミュリエル自身が二人を止めるために動く。
と言っても、口を挟むのではなく、ただ指を一つ振って。
ミュリエルが振った人差し指から、極小さな二条の雷が伸び、恭也とリリィそれぞれの眼前で小さな火花を散らして消える。

「さて、真面目に聞く気はありますか?」

「ど、どうぞ続けてください」

「ご、ごめんなさい、お義母さま」

二人の返答に満足げに頷くと、ミュリエルは話を戻す。

「さて、それじゃあ、最初は恭也くんからで良いわね。
 それじゃあ、皆さんにはこのプリントを配るから、目を通して下さいね」

そう言ってミュリエルはプリントを配り始める。



高町 恭也

御神流と呼ばれる古流剣術の使い手で、美由希の剣の師匠にして兄でもある。
根の国アヴァターへと美由希と共に召喚され、そこで史上初となる男性救世主候補となる。
これまた、史上初となる二本一組の刀型召還器ルインと、元の世界から持って来ていた飛針、鋼糸を用いた戦闘方法を用いる。
ルインはニ刀常に出す必要もなく、一刀のみの召喚も可能だという事が分かっている。
こと近接戦闘においては、現在の救世主クラス一の実力を持ち、全体への指示もそこそこ得意としている。
その反面、座学はどの分野においても苦手としており、よく授業中に寝ている姿が目撃されている。
追記として、カエデからは師匠、リコからはマスターとして慕われている模様。



高町 美由希

恭也の妹にして弟子で、恭也と同じく古流剣術御神流の使い手。
恭也と共にアヴァターへと召喚され、救世主候補となる。
この二人の兄妹に関しては、召喚に関して不明点があり、未だ持って解明されていないが、
恐らく、不慮の事柄による緊急時の召喚ではないかと推論される。
召還器セリティは小太刀の形状をしており、近接戦闘を得意としている。
兄の恭也と同じく、飛針や鋼糸といった長距離用の武器を併用し、
時折、元の世界より持参していた小太刀と合わせての二刀流を見せる。
速さに関しては、救世主クラスでも一、二を競う程のものを持つ。
恭也に対し、兄妹以上の感情が見られる事も…。



当真 未亜

恭也たちと同じ世界より召喚された少女。
こちらも不測の事態により、書が独自の判断で急遽召喚した。
ただし、その時の状況の説明を書より受けているらしく、この点が前の二人とは異なる。
美由希とは元世界でのクラスメイトで、恭也とも面識がある。
争いをあまり好まない大人しく控え目な性格をしており、甘えん坊という話も聞く。



リリィ・シアフィールド

学園長ミュリエルの義理の娘で、自身もまた優秀な魔法使いである。
現在の救世主クラスNo.1でもある。
プライドが高く、いつも上から見下ろすような態度を取り、他人とのライバル意識が非常に強い。
しかし、その根は決して悪人と言う訳ではなく、寧ろ臆病な怖がりの一面も。
幼い頃に破滅をその身で体験しており、それによって消された異世界から学園長に助けられる。
その為か、義母を崇拝しており、その期待に応えるように、多少無理をしている所も見受けられる。
影でフローリアの魔女と呼ばれているとか、いないとか。
追記として、同クラスの高町恭也を快く思っていないのか、彼へとよく突っ掛かっている姿が度々見られている。



ベリオ・トロープ

大盗賊の父親を持ち、その罪滅ぼしもあって神の道へと進む。。
高い魔力を持ち、回復魔法を得意としている。
戒律の厳しい修道院で育ったためか、厳格な性格の持ち主でもあり、救世主クラスの委員長を務めている。
誰にでも優しい反面、真面目で堅物、融通が利かないという面も持つ。
よく喧嘩をする恭也とリリィの仲裁をしている姿が見られる。



リコ・リス

アヴァターにおいても、極少数の存在である召喚師の一人にして、他次元世界から救世主候補を探し出して召喚する役目を持つ少女。
常に冷静で、仲間とも一歩引いたように孤立し、口数も少なく、無愛想である。
その小さな外見に似合わず、異常なほどの大食漢。
恭也の事をマスターと呼び、慕っている。
最近は、徐々にではあるが様々な表情が見られるようになってきている。



ヒイラギ・カエデ

武術、体術に長けた忍者で、きりりとした美少女に見えるが、結構、慌て者。
暗殺者として育ったが、ブラッドフォビア(血液恐怖症)で、血を見るのが大の苦手。
酷い時には失神するほどである。
しかし、その実力はかなりのもので、クナイや魔法とは違う体系を持つ忍術による遠距離から、
小刀、素手による近距離までを自在にこなし、スピードにおいては救世主クラス一、二を競う。
自分の事を親身になって世話してくれた恭也の事を、師匠と呼んで慕っている。



クレシーダ・バーンフリート

突然、学園へと現われた古風な言葉使いのわがままな迷子の女の子。
しかして、その正体はバーンフリート王国の実質的な指導者、第46代王位継承者。
幼い外見をしているが、実は恭也と同じ年。見た目の事に関して触れるのは、タブーである。
恭也をいたく気に入っているらしい。



ミュリエル・シアフィールド

フローリア学園の学園長で、高い魔力と高潔な志を持つ女性。
また、リリィの義理の母親でもある。
その魔力の高さはかなりのもので、アヴァター広しと言えど、彼女に対抗する程の者は居るかどうか。
しかし、その魔力の高さが仇となり、召還器を呼ばずに試験をクリアしてしまい、救世主候補にはなれなかったという経歴を持つ。
その折、その知識の多さなどが認められ、現在の地位へと付く事となった。



ダリア

フリーリア学園の教師で、妖艶な美女。
奔放な性格をしており、やけに間延びした口調で話すが、教師としては優秀で、担当は戦技科を受け持つ。



ダウニー・リード

フローリア学園の教師で厳格な性格をしている。
その為か、生徒からは恐れられている。
普段は礼儀正しいのに、こと授業になると眠るとある生徒にどうやって授業を受けさせるかという事が、目下、最近の悩みらしい。



セルビウム・ボルト

フローリア学園の傭兵課に所属する戦士で、召喚されたその日に恭也と友達となる。
ただし、その軽い性格の所為か、しばしば恭也に正座をさせられて説教される姿が目撃される。
美由希に一目惚れしたらしく、何とかアプローチしようとするものの、意外と根が純情なのか、美由希を前にすると緊張してしまい、
上手く話す事もできなかったりする。



ブラック・パピヨン

学園のあちこちに出没し、騒ぎを巻き起こす謎の女怪盗。
しかし、最近はめっきり姿を見せなくなった。



「さて、大よその人物に関しては以上ですね。
 はい、ここまでで質問は?」

ミュリエルは全員を見渡しながら訪ねる。
と、リリィが手を上げる。

「はい! 今、現在のこのクラスの席次ってどうなっているんですか?
 私は勿論、把握していますけれど、何処かの誰かさんはそれすらも知らないと思うんで」

その誰かというのが誰を指しているのかはすぐに分かる事だったが、その誰かさんはリリィの言う事が図星なのか、ただ黙っている。
その事で、喧嘩にならずに済むと胸を撫で下ろすベリオに微かに同情の念を抱きつつ、ミュリエルはその質問に答える。

「今現在は、リリィ、恭也くん、カエデさん、ベリオさん、リコ・リス、美由希さん、未亜さんの順ね」

リリィはその順位を聞いて胸を張って恭也へと自慢げな顔を見せるが、恭也は今初めて知ったとばかりにしきりに感心していた。
そんな恭也を見て、リリィは僅かに肩を落とし、ベリオはそんな二人を見て苦笑を浮かべる。

「ほう、そうだったのか。って、美由希がそんなに下なのか?」

「まあ、これは仕方ないでしょうね。まだ、対戦していない人もいるから。
 全員と対戦し終えたからといって、それが最終順位って訳でもないけれど。
 人は成長するものだから」

「成る程。しかし、美由希……」

「う、うぅぅ。だって、魔法なんて今まで知らなかったんだもん」

「確かに、初めて魔法使いと戦ったんだから、仕方がないかもしれないが…」

恭也は何か言いたそうにしつつも、とりあえずは口を噤む。
それを眺めつつ、ミュリエルは次の質問を尋ねる。
すると、これもまたリリィが手を上げる。

「座学の順位はどうなってるんですか?」

座学、物理やこのアヴァターの歴史などを総じてそう呼ぶ、恭也たちの世界でいう所の一般科目といった所だった。
それを聞き、恭也は顔を顰める。
しかし、そんな恭也の様子には関係なく、ミュリエルはその順位を告げる。

「こっちの方は、リコ・リス、リリィ、ベリオさん、美由希さん、未亜さん、カエデさん、恭也くんね」

そう告げた後、ミュリエルは少し言い辛そうに続ける。

「今のは魔法学などを省いて、一般的な歴史や物理などで見た順位なんだけれど、上位三人に関しては殆ど差はないわ。
 それと、美由希さんと未亜さんに関しても殆ど両者には差はなく、しかも、今までの世界からの話から聞く限り、
 二人はかなり優秀と言えるわね。恭也くんたちの世界で、美由希さんたちが習うレベルよりも上の授業にも付いて来ているわ。
 この二人の成績は、上位三人ともそんなに離れていないし、救世主クラスのこの五人は全校で見てもトップレベルね。
 ただ……」

ミュリエルは更に言い辛そうに顔を歪めて恭也とカエデを見る。

「カエデさんと恭也くんの二人の間にも差は殆どないわね」

「おお、そうでござるか。師匠と拙者の仲のように、まさに一心同体という訳でござるな」

カエデの言葉にむっとなる四人の女性に気付かず、恭也はミュリエルへと尋ねる。

「で、今までの話からすると、俺たちと美由希たちの間には差があるんですね」

「ええ。それもかなりのね。
 その、言い難いのだけれど、救世主クラスで平均すると、トップレベルが五人もいるのに、中の上に落ちるのよ。
 つまり、二人の成績は下から数えた方が早いというよりも、すぐに見つかるという事よ」

ミュリエルが頭の痛い問題だとばかりに顔を顰めて眉間を軽く摘むように揉む。

「さて、とりあえず質問もない事ですし、学園長、先に進みましょう」

恭也は何事もなかったかのように話を進めるが、ミュリエルは険しい顔をする。

「そうもいかないのよ。そもそも、恭也くんは授業中に眠りすぎよ。担当の教師から、何度か苦言があるわ」

「む…」

恭也は思わず言葉に詰まって黙り込むが、学園長は肩を大きく落とす。

「因みに、戦略や戦術、兵法などの戦闘に関する座学で見た場合、恭也くんやカエデさんはトップなのよ。
 はぁ〜、つまり、あなた達二人は、一般の座学を真面目に受けていないって結論できる訳なんだけれど…」

「そ、そんな〜。拙者はどの授業も一生懸命にやっているでござるよ」

「でしょうね。多分、カエデさんは得て不得手がはっきりしているだけだと思うわ。
 だから、ちゃんと勉強すれば、成績も上がるはずよ。問題は……」

そう言ってミュリエルは恭也を見る。
その視線に罰が悪そうに身体を小さく揺らす恭也に対し、リリィが引導を渡すようにミュリエルへと続きを促がす。

「恭也くん、興味のないものに関しては初めからやる気ないでしょう」

「いや、そんな事は…」

「ないとは言わせないわよ。仮に、ないとしても、あなたの態度がそう思わせないのよ。
 一般の座学では殆ど居眠りして、あの低い成績。片や、戦闘関連の座学では起きていて、あの好成績。
 これだけを見た場合、それ以外の判断はできないんだけれど?」

睨むようなミュリエルの視線に、恭也は居心地が悪そうにしつつも、何とか口を開く。

「別に初めから眠ろうと思っている訳ではないんですよ。ただ、授業を受けていても、途中でそれが子守唄のように聞こえて…」

「子供じみた言い訳ね。やっぱり、アンタ、バカだわ」

「ぐっ」

リリィの言葉に、今回ばかりは言い返せずに言葉を飲み込むと、恭也は誤魔化すようにミュリエルへと言葉を投げる。

「と、とりあえず、これ以上の質問はないみたいですから、次へいかれては」

珍しく何も言い返してこなかった恭也に、リリィは笑みさえ浮かべて次の言葉を放とうとし、
それに気付いたミュリエルは溜息を一つ洩らし、リリィが口を開くよりも先に授業を進めるために言葉を発する。

「それじゃあ、次の講義はあなた達の召還器についてね。
 と言っても、召還器自体、あまりよく分かっていない事だらけだから、ここでは各人が持つ召還器の名前と大よその形だけね」

そう言ってミュリエルは新しいプリントを配る。



名称:ルイン
使用者:高町 恭也
柄も鍔も漆黒で反りのある刃を持つ、恭也たちの世界で言う日本刀の形をしており、二本一組の召還器。
常に二本現出する訳ではなく、使用者の意思で一刀のみの現出も可能。
恭也は大概、一刀のみを呼び出し、必要に応じてもう一刀を呼び出すといった戦い方をする。
二本一組という召還器もまた史上初の事で、これが初の男性救世主と関係があるのかないのかも不明である。



名称:セリティ
使用者:高町 美由希
白い柄と鍔を持ち、反りのある刃を持つ刀型の召還器だが、全体的に刀よりも短く小太刀と呼ばれる形状をしている。



名称:ジャスティ
使用者:当真 未亜
無数の矢を持つ弓の召還器。
矢は使用者の魔力から生み出されているのか、必要に応じて、炎、氷、雷といった矢を生み出す事も可能となっている。



名称:ライテウス
使用者:リリィ・シアフィールド
手にはめる手袋のような召還器で、手の甲の個所に宝玉が一つ付いている。
使用者の魔力を増幅、放出する事が出来る。
この召還器は過去にも使用者がおり、他の召還器よりも幾つかの事柄が判明している。
その一つに、ライテウス自身を消費する事で使えるたった一度の禁呪がある。
ただし、実際に使用した者が居ないため、真偽の程は不明である。



名称:ユーフォニア
使用者:ベリオ・トロープ
ベリオの身長とほぼ同じ大きさの装飾を施された杖という形の召還器。
杖自身が魔力を秘めており、使用者へと魔力の増幅、供給が行われる。



名称:??
使用者:リコ・リス
書の形をした召還器。
リコが召還器の声を上手く聞けない為か、その名前さえも分かっていない。
恐らく、その為に召還器の力を殆ど引き出せておらず、リコが席次の下位に居るのもその辺が理由だと見られる。



名称:黒曜
使用者:ヒイラギ・カエデ
鈍く輝く漆黒の手甲をした召還器。



「と、召還器に関してはこんな所ね。これに関しては、質問されても答えられるかどうかは怪しいけれど…」

そう断わりつつミュリエルが言うが、恭也たちからは質問がないようで、ミュリエルはそのまま次へと進める。

「さて、それじゃあ、最後に少しこの世界の事に関して説明をするわね。
 まず、この世界、アヴァターに関してだけれど。美由希さん、どのぐらい理解しているかしら?
 知っている事を上げてみて」

「はい。根の国アヴァター。私たちの世界でいう所の中世ヨーロッパに似た風景を持つ世界です」

「中世ヨーロッパというのがよく分からないけれど、つまり文明レベルは遅れているって事ね」

美由希の言葉にリリィが口を挟み、自分に分かるように言葉を置き換えて尋ねる。
この辺り、流石主席といった所だろうか。
とりあえず、リリィの言葉に頷くと、美由希は続ける。

「後、科学よりも魔法が発達していますね。
 で、この世界は全部で九つの州に分かれていて、その全てをバーンフリート聖王家が束ねています。
 因みに、聖王家はかつてこの世界を救った救世主の末裔であり、同時にこの学園の建立はこの王室がしました。
 後、この世界は常に生産と破壊の間を揺れ動いていて、その2つの力の均衡を生み出している世界がこの世界アヴァターです。
 全ての多次元世界の中心にして、根っことなる世界。
 故に、根の国アヴァターと呼ばれます」

「はい、その通りです。中々、優秀ですね」

ミュリエルに褒められて照れる美由希を微笑ましく見ながら、ミュリエルは次にカエデを指名する。

「それじゃあ、次は破滅に関して説明してくだい」

「は、はい。えっと、破滅というのは、このアヴァターに千年周期で現われるモノで、その詳細は不明でござる。
 一定の文明レベルに達すると、何処からともなく現われ、世界を滅ぼそうとするもの。
 その目的や誕生などに関しても不明と聞いたでござるな。
 後、その破滅の登場によって現われる大量のモンスターの軍団や、破滅を望む人々によって構成された軍団を、
 破滅の軍団と呼び、人々に恐怖と戦慄を与える忌むべきモノでござる」

「その通りです。では、その破滅と戦う救世主に関してを、ベリオさん」

「はい。救世主に関しても詳しい事は分かっていません。
 ただ、破滅に対して唯一対抗しうる存在であるという事、その存在自体がかなり希である事などが分かっています。
 後、今まで過去の歴史において現われた救世主は全員女性でした」

そう過去形で言ってベリオは恭也の背中へとちらりと視線を向けた後、再び視線をミュリエルへと戻して続ける。

「救世主の力は、召還器の本質を理解する事と言われていますけれど、
 召還器自体に付いても詳しくは分かっていないというのが現状です」

「その通りです。ついでに、そのまま召還器の説明もお願いします」

「はい。さっきも上げたように、召還器に付いても殆ど何も分かっていません。
 ただ、それが救世主たちの武器であり、使用者たちに力を与えるという事は分かっています。
 別名、インテリジェンスウェポンとも呼ばれる救世主たちの武器で、救世主たちは誰に教わる事無く、
 召還器を呼び出すことが出来ます。
 逆に言えば、召還器を呼び出せる人が救世主とも言えます。
 その形状も人によって様々で、一体、誰が何のために、いつ、どうやって作られたのかさえも分かりません。
 召還器には幾つかのタイプがあって、普段持ち歩いていなくても、持ち主の呼びかけによって自在に召喚されるタイプと、
 常に出現した状態でこちらに留まったままのタイプが存在します。
 前者は恭也くんや美由希さんの、後者はリリィなどの召還器がそうです」

「はい、ありがとう。さて、それじゃあ、次はリコ・リス。赤の書についての説明をお願いするわ」

ミュリエルはリコへと視線を移し、そう告げる。
それを受け、リコは小さく頷くと、小さな声で説明を始める。

「簡単に言えば、召喚の書です」

「……えっと、もう少し詳しくお願いできるかしら?」

リコの説明に、ミュリエルは少し困ったような顔を見せながら、再度リコを指名する。
それにまたしても無言のまま頷くと、リコは再びその口を開く。

「あらゆる世界に散らばり、この学園にある召喚の塔にある召喚陣とを繋ぐ道標的な役割も持ちます。
 書はそれぞれの世界で救世主の素質を持つ者を探し、選び出して、それを伝えます。
 それを受けた召喚師が、召喚の義を経て救世主候補を召喚します」

「その通りです。では、最後にリリィ、この学園について説明しなさい」

「はい。王立フローリア学園。
 先程、美由希が述べたようにバーンフリート王家によって設立された王立学園であり、国のために有益な人材を育てるための、
 職業訓練校のような存在。その為、様々な資格を修得するために世界中から有為の人材がこの学園へと集まってきます。
 傭兵クラスや斥候クラスなど様々な職種に合わせたクラスが用意されています。
 でも、この学園の一番の目的は、破滅に対抗するために真の救世主を育て上げる事です。
 因みに、救世主の選定に関しては、千年前の救世主の一人アルストロメリア女王の血をつぐ選定姫クレシーダ姫が行います」

「ええ、その通りです。その為、この学園では優秀な先生方が、日々、生徒たちを教育しているのです。
 リリィ、そのまま続けて」

「はい。この学園は外周を高い城壁で囲み、その中に校舎から図書館、礼拝堂、闘技場、召喚の塔などの施設が存在します。
 また、学生寮なども存在していて、他にも湖や森などもあって、ちょっとした村や町といった規模を誇ります。
 後、幾つかの場所は生徒は無断で入れなかったり、立ち入り禁止の場所などもあります。
 普通、寮は男子寮と女子寮に分かれていて、男子は女子寮に入れないはずなのに、何処かのバカは何故か、
 その女子寮の屋根裏に住んでいますけれど!」

そう言って恭也の背中を睨み付けるリリィへと、ミュリエルが窘めるように言う。

「最後のは余計な事ですよ」

「…はい、すいません」

ミュリエルの言葉に素直に謝ると、リリィは説明を終える。

「さて、一通りの説明は皆さんがしてくれた通りですが、他に聞きたいことや、もう少し詳しく聞きたい事はありませんか」

ミュリエルはそう言って全員を見渡し、その視線が途中で止まり、顔を引き攣らせる。
そのミュリエルの変化を見て、全員の視線もまたそちらへと向う。
机に頬杖をつき、目を閉じている恭也へと。
ゆっくりと規則正しく上下する肩に閉じられた瞳。
美由希の説明が始まってから、やけに静かだとは思っていたが。
どうやら眠っているらしい恭也に、ミュリエルは引き攣った笑みを浮かべたまま、何とか言葉を発する。

「そ、それでは、今日の特別授業はこれで終わりにします。
 委員長、号令を……」

「は、はい。起立!」

ベリオの言葉と共に全員が立ち上がる中、恭也は一人座ったまま。

「礼」

その言葉に全員が頭を下げる中、恭也の頭も一緒に下がり、全員が上げるのに合わせて頭を上げる。
しかし、その目は相変わらず閉ざされたままで、ミュリエルは更に顔を引き攣らせつつも、何とか口を開く。

「それじゃあ、誰か恭也くんを起こしてあげてくださいね」

そう言うと足早に教室を出て行くのだった。
後に残されたメンバーは、何といえない表情で顔を見合わせる。
そんな中、恭也の隣りに座っていたリコが恭也の腕を掴み、軽く揺すって起こす。

「マスター、起きてください。マスター」

頬杖を付いていた左手を持って揺すったためか、恭也はそのまま横、リコの方へと倒れ、
リコは慌てて恭也が机で頭を打たないようにそっと手を差し出す。
その所為か、恭也の頭は固い机ではなく、座っていたリコの足へと落ち、リコが恭也へと膝枕するような形となる。
それを見て悲鳴に近い声が幾つか上がる中、リコは微かな笑みを浮かべると、さっきまで起こそうとしていたのに、
それを止めて、そっと恭也の髪を撫でる。

「これが幸せ…」

「何を言ってるんですか、リコさん。早く恭ちゃんを起こさないと」

「そ、そうですね、次の授業が始まってしまいますし」

「ベリオさんの言う通りですね。リコさん、恭也さんを起こしましょう」

「師匠〜、起きてくだされ」

「…駄目。マスターは疲れているようだから、ゆっくりと眠ってもらうの」

リコが言った言葉に、無言の火花が散る。
高まる緊張感の中、ようやく恭也が目を開け、頭を持ち上げる。

「……どうやら眠ってしまったらしいな。授業はもう終わったのか?」

少し残念そうな顔をしながら頷くリコに、恭也はさっきまで自分の頭が何処にあったのか分かり、慌てて謝る。

「…別に構いません」

微かに照れつつそう告げるリコを見て、カエデが声を挟む。

「師匠! 次は拙者が…」

「いや、もう起きたから良い」

「そ、そんな〜」

目を潤ませるカエデに、恭也は何か悪い事をしたような気になる。
そこへ、美由希が良い事を思いついたと話し掛けてくる。

「じゃあ、私、恭ちゃんの部屋を掃除してきてあげるね」

「…私もお手伝いします」

恭也が断わるよりも早く、美由希とリコが教室を出て行く。
その二人をやや茫然と見送る恭也に、今度は未亜が話し掛けてくる。

「じゃあ、私は恭也さんに料理を作ってあげますね。
 楽しみにしててください」

「あ、未亜さん、それだったら私もお手伝いします。
 食堂の方にお願いして、厨房を少しお借りしましょう。この時間帯なら、大丈夫だと思うから」

そう言いながら、未亜とベリオも教室を出て行き、残されたカエデは困ったように恭也へと泣きつく。

「師匠〜〜。拙者は何をすれば良いでござるか。
 皆が師匠のために何かしているというのに、師匠の弟子である拙者が何もせぬという訳にもいかないでござるよ〜」

「いや、別に何もしなくて良いんだが」

「師匠〜。何故、拙者には何も言ってくれないでござるぅぅ」

「いや、だから、俺は何も言ってないだろう」

「うぅぅ」

カエデは恭也の言葉に耳を貸さず、ただただ両手を胸の前で祈るように合わせ、瞳を潤ませて見上げる。
そんな顔で見られ、恭也はどうにか言葉を発する。

「そ、それじゃあ……」

「何でござるか! 拙者、師匠のためならば、火の中でござろうが水の中でござろうが。
 師匠がお望みならば、そ、その伽のお相手でも……」

「み、美由希たちを手伝ってやってくれ」

「承知したでござる」

少しだけ残念そうにそう告げると、カエデは本当に風の如く教室から立ち去る。
全員が立ち去った教室の中、恭也は深い深い溜息を吐き出しながら、何でこうなったのか考える。
と、同じく教室に残されるような形となったリリィが、肩をフルフルと震わせ、恭也へと指を突き付ける。

「アンタ、あいつらに何をしたのよ!
 美由希や未亜はアンタと同じ世界から来た上に、アンタの知り合いだから、元からああだったとしても、他の皆まで…」

「別に俺は何もしてない……と思う」

「だったら、何でそんなに弱気なのよ! ああー、もう、むしゃくしゃする!
 やっぱり、アンタが何かやったんでしょう!
 じゃなきゃ、アヴァターにその名を轟かす天下の救世主クラスが、何が楽しくて使用人みたいな事をやってるのよ!」

「そんな事を言われてもな……」

「アンタよ! アンタが現われてから、全てがおかしくなっているのよ!
 そうよ、全てはアンタの所為なんだわ。
 私がこんなにむしゃくしゃするのも、胸がモヤモヤするのも、犬がワンと鳴くのも、鳥が空を飛ぶのも、私の髪が赤いのも!」

「いや、最後のは遺伝だろう」

冷静に突っ込む恭也だったが、リリィは据わった目付きで恭也を見ると、

「ふふふ。そうだわ。つまり、アンタさえ居なくなれば…」

「何を物騒な事を……って、その手の中にある火の玉は何だ!」

リリィは両手の間に赤く燃え上がる玉を作り出す。
ゆらゆらと揺れるソレを、何の躊躇も遠慮もなく恭也へと投げ付ける。
それを飛び退いて躱すが、思った以上に威力があり、その余波で教室後方へと吹き飛ぶ。
両足から着地して顔を上げた恭也の目に、すぐ目の前に立つリリィの足が映る。
ゆっくりとその視線を上げていくと、そこには薄っすらと笑みを顔に刻み、
先程よりも大きな光球を天井へと掲げた右手に生み出したリリィの姿があった。
恭也と視線が合うと、リリィは珍しく、いや、初めてにっこりと爽やかに恭也に微笑み掛ける。
それにぎこちない笑みを恭也が返すと同時に、リリィは光球を投げ付ける。後ろは壁、前にはリリィ。
絶体絶命かと思いながらも、恭也はある事に気付き、叫ぶ。

「馬鹿か! こんな至近距離でそんなものを放ったら、爆風でお前も無事じゃすまないだろう!」

「あっ」

恭也の言葉にすぐさま正気に戻ったのか、慌てて腕を引っ込めようとするが、既に呪文は完成しており、放たれた後だった。
恭也は床を力一杯に蹴ると、そのまま前へと跳び、リリィの腰に体当たりするようにぶつかり、
そのまま光球の着弾地点より離れようとする。
僅かに送れて背後で爆発が起こり、二人は爆風で飛ばされ、床に叩き付けられる。
恭也はリリィを庇うように腕に包み込み、自らが下になって落ちると、そのまま数度回転して止まる。

「くっ、大丈夫か」

「な、何とかね。咄嗟に威力を落とせて良かったわ」

「もう少し考えて魔法を使え」

「し、仕方ないでしょう! さっきのはちょっと頭に血が上っていたんだから」

「言い訳にもならん」

「くっ」

悔しそうに呻き声を短く出すと、リリィは怒ったように声を上げる。

「それよりも、いつまで乗り掛かっているつもり?」

「お前こそ、いつまで俺の服を掴んでいる。伸びるだろう」

お互いの言う通り、リリィに恭也が覆い被さるような形となっており、その手はリリィの肩に、リリィの手は恭也の肩と胸に、
恭也の右膝が、リリィの両足の間の床に付いたような形となっていて、二人は僅かに顔を赤くし、すぐさま離れようとする。
そこへ、運悪く、ある意味、お約束で、さっきの音を聞いた美由希たちが教室へと入って来る。

「恭ちゃん、今の音……」

「恭也さん、大丈夫で……」

「恭也くん、今のは……」

「マスター、無事で……」

「師匠、何事でござ……」

それぞれに恭也の心配をしながら踏み込んだ一歩目で、揃ってその動きを止め、目の前の恭也とリリィの姿を見る。

「ご、誤解よ、皆!」

「そ、そうだぞ。これは、さっきの爆発で」

「そ、そうよ。だから、落ち着いて話を聞いて」

「って、何で授業でもないのに召還器を出しているんだ?」

『聞きたい、二人共?』

「あ〜、聞きたくないかも」

「右に同じく」

笑顔で返って来た美由希たちの言葉に、恭也とリリィは立ち上がり、思わず2、3歩後退る。
それに合わせるように、全員が同じだけ前へと踏み出し……。
どちらが先に動いたのか、リリィは恭也の手を掴むと、教室の後ろの扉から脱出を図る。

「恭也! とりあえず、皆が冷静になるまで逃げるわよ!」

「異論はない!」

「…皆が冷静になるまでに、私たちが生きてれば良いけど」

「縁起でもない事を…」

言いながらも、背後から膨れ上がる殺気に恭也もリリィの言葉を否定する事は出来なかった。
そして、命に関わるほどの必死さだった故に気付いていないが、美由希たちの殺気が膨れ上がったのは、
リリィが恭也の手を取ったからであった。
リリィにしたら、単に無意識に逃げる仲間を助けるためだったのだろうが、
先程のシーンを見ている美由希たちには、単なる二人の逃避劇にしか見えなかったのである。
かくして、この日は夕暮れ時まで、学園のあちこちから爆音や刃物がぶつかり合う音が響いたという。





おわり




<あとがき>

と言う事で、番外編。
如何でしたでしょうか。
美姫 「って、単に設定よね、これ」
まあ、それにプラスαって所だな。
因みに、この事件は最初の方でも言っているように、本編とは関係ありません。
美姫 「つまり、こんな事件は本編では起こってないって事よね」
その通り。番外編だけれど、番外編ではないという。
いや、こういうのだから、番外編なのか?
美姫 「まあ、設定集としてれば良いんじゃない」
まあ、それでも良し!
美姫 「それじゃあ、次は本編に戻るのね」
おう。ばっちり、きっちり、しっかり、と本編に戻るぞ。
美姫 「それでは、次回は本編で」
ではでは。





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