『DUEL TRIANGLE』






パラレル外伝 IFストーリー 〜本編とは全く何の関係もありませんの巻〜
      ― Who is this daughte's mother? ―





破滅との戦いも佳境へと差し掛かったものの、ここ最近は特に主だった動きが見られず、
恭也たちも含めて学園の生徒たちは、毎日の授業による鍛練を繰り返す日々を送っていた。
今日も今日とて闘技場で対戦形式での授業を終えたばかりである。
と、不意にリコがあさっての方向へと顔を向ける。

「どうかしたのか、リコ」

「マスター、何者かが次元を渡ってこようとしています」

「まさか、新たな救世主候補か!?」

恭也の上げた声にリリィたちも驚きを隠せずに居る。
確かに魔法陣の修復は済んでいる。元の世界へと変える事はできないが、召喚はできるのである。
だが、今のこの戦闘が激化した時期に新たに加わるというのは、正直辛いだろう。
そんな思いが見える。
だが、そんな中にあって恭也だけは違う事に気付いた。

「リコが召喚したんじゃないんだな」

「はい。救世主候補に関しては、既に召喚する事はありません」

リコの言葉に頷きつつも、現状として何者かが召喚されようとしているのは間違いない。
そこで、恭也たちは召喚の塔へと向かうのだった。





 § §





召喚の塔へとやって来た恭也たちは、やや緊張した面持ちで新たな人物を待つ。
もしかしたら、白の精であるイムニティの仕業かもという懸念があるためだ。

「来ます」

リコの呟きから数秒後、魔法陣が光を放ち、それが収まるとそこには……。
新たに現れたものを見て、恭也たちは暫し言葉を失う。
何故なら、それはまだ幼い少女だったからである。
少女は急に召喚されたのか、周囲をキョロキョロと見渡し不安そうに見詰める。
それもそうだろう。見たところ、四、五歳である。
そんな少女がいきなり召喚されたとしたら、その心中は混乱と恐怖でしかない。
恭也たちは思わず顔を見合わせて、どうするかとお互いに目で確認する。

「美由希、頼む」

「え、えっ! 私が!?」

「いや、別に未亜でもリリィでも誰でも良い。
 とりあえず、俺が話し掛けると怖がらせてしまう危険がある」

恭也の言葉に、美由希は確かにその仏頂面じゃねぇと返すが、当然の如く、その返礼としてデコピンが。
痛む額を抑えつつ、美由希は少女の目線に合わせるように屈み込むと、
未だにキョロキョロと周囲を見渡している少女へと優しく話し掛ける

「えーっと、あなたは何処から来たのかな?」

そう言ってにっこりと微笑む美由希だったが、少女は屈み込んだ美由希の向こうを見詰めていた。
その顔が何を見つけたのか、急に笑顔へと変わり、美由希の横を駆け抜ける。

「えっと……、私ってばこんなのばっか」

思わず涙を流しそうになる美由希の後ろで、少女はやっと見つけた宝物を手にしたような笑顔で、
恭也の足へと体ごと抱き付く。
これにリリィたちが驚く間もなく、困惑する恭也へと少女の声が更なる驚きをもたらす。

「パパ〜♪」

『…………はいぃぃっ!?』

少女の言葉に、全員が驚いた声を上げるのだった。



どうにかこうにか再起動を果たした一同は、場所を食堂へと移していた。
目の前には、半場無理矢理作らせたパフェとスプーンを持って格闘する少女。
その横には恭也が座り、少女は時折恭也の方を見ては、目が合うとにかっと笑う。
恭也もそれに応えるように小さく笑い返してやる。
そんな恭也を睨みつける七対の視線。
それに居心地の悪いものを感じつつ、恭也は水を飲む。
この殺伐とした雰囲気を感じ取ったのか、食堂には彼ら以外には誰も居ない。
遠巻きに見ようとする好奇心旺盛な者も、一人も。

「で、どういう事なのか教えてもらえるかしら、恭也?」

このままでは埒があかないと判断したリリィの言葉に、一斉に全員が頷く。
それに対して、恭也がただ困ったような顔をするだけである。

「どうも何も、俺にも何がなんだか」

「とぼけないで!」

「とぼけるも何も…」

「じゃあ、どうしてこの子がアンタをパパなんて呼んでるのよ!」

「それこそ、俺の方が聞きたい」

疲れた顔を見せる恭也に、全員がそれが本当かと思うのだが、
恭也の前にすっとスプーンに乗ったクリームが差し出される。

「はい、パパにもあげるね。はい、あ〜ん」

「いや、俺は…」

「いらないの?」

悲しそうな顔で見上げてくる少女に負け、恭也は口を開ける。

「どう? 美味しい?」

「ああ、美味しいよ」

「えへへへ〜」

思わず頭を撫でてしまった恭也だが、それに喜ぶ少女とは別に七人の女性たちは疑わしい眼差しを深める。

「本当に師匠の子ではないのでござるか」

「まさか、隠し子とかですか、恭也くん!?」

「カエデもベリオも少し落ち着いて」

二人を落ち着かせるも、疑いの眼差しは変わらずに七つ。
懸命に身に覚えがない事を訴えるが、冷ややかな目でルビナスが切り捨てる。

「つまり、覚えていないぐらいそういう事をしているって事ね」

「もしくは、本能の赴くままに、ですか」

「野獣だよ、野獣だよ、恭ちゃん」

「…リコまで。それと、美由希、二回も言うなっ!」

肩を落とし、この数分で何時間も戦闘をしたかのような疲れを滲ませた顔を上げる。
じっとこちらを見詰める未亜と目が合い、恭也は藁にもすがるように話し掛ける。

「未亜は信じてくれるよな。俺は本当に身に覚えがないんだ」

その真摯な瞳に見詰められ、未亜は若干頬を染めて少女を見る。
言われれば、何処か恭也の面影を見出す事ができるのだ。
疑わしいと言えば、疑わしい。
だが、他の者たちが恭也を疑う中、助けを求めるように自分を見詰める恭也を見て、
未亜はそっと恭也の手を包み込むように握り締める。

「勿論、私は恭也さんを信じてるよ。
 私だけは、恭也さんの味方だからね」

未亜の言葉に恭也は嬉しそうに目を細め、思わず空いている方の手で、
自分の手を包み込む未亜の手を更にその上からそっと握る。

「ありがとう、未亜」

「ううん」

恭也の言葉に小さく頭を振る未亜。
それを見て、他の者が慌てたように口々に自分も信じている事を主張する。

「私だって信じてるよ、恭ちゃん」

「お前が一番酷かったと思うのは気のせいか?」

その中で、美由希だけをばっさりと切り捨て、恭也はこの少女が何者かを確かめるために話し掛ける。
自分を本当の父親と勘違いしているのかもしれないし、何よりも召喚されたのだ。
普通なら慌てるなり、泣くなりしても可笑しくない年である。
その割には落ち着いている。つまり、何かあるだろうと。

「名前は何て言うんだい?」

「どうして、そんな事を聞くの? かなの名前、知ってるでしょう。
 それとも、パパはかなのこと忘れちゃったの?」

泣きそうな目で見られて困るものの、恭也はすぐに笑みを見せて言う。

「そんな事はないぞ。かなだよな」

「うん」

気付かれないようにほっと胸を撫で下ろしつつ、恭也は続ける。

「かなは何歳か言えるかな?」

「四つだよ」

「うん、偉いぞ」

言ってまた頭を撫でてやると、かなは嬉しそうに笑う。
その様子を見ていたリリィたちの目が、またしても疑わしげになるが口に出しては何も言わない。
だが、恭也ははっきりとそれを感じており、すぐさま次の、そしてある意味重要な大事な質問をする。

「かなは、自分の名前をちゃんと言えるかな?
 なに、かななのかな?」

「高町!」

自慢するように言ったかなに、恭也は偉いぞとまたしても頭を撫でつつ、
さっきよりも冷たくなった視線に汗を流す。

「えっと、お父さんの名前は分かるかな」

「パパ」

言って指差すのは、勿論恭也であった。

「えっと、それじゃあパパの名前は知ってるか?」

「うん。高町恭也〜!」

「…………」

「…ふっ、決まりね、恭也」

無言になる恭也の肩に、そっと手を置きながらリリィが底冷えのする声をあげる。

「ま、待て! 本当に知らないんだ。そ、そうだ、かな。
 写真か何か持っていないか?」

「写真? 幻影石の事? あるよ。ちょっと待ってね」

言ってごそごそと首から下がった紐を持ち、服の中から何やら小さな巾着袋のようなものを引っ張り出す。
その口を小さな指でちょこちょこと開けると、一つの石を取り出す。

「はい。パパと一緒の!」

「ちょっと見せてもらうよ」

言って幻影石から映像を引き出す。
恭也の手元から出る映像を全員が見守るように見詰める。
と、そこには確かにかなと恭也二人が仲良く写っていた。

「決定的ね」

ルビナスがそう断定するが、逆に恭也はある矛盾に気付く。

「ありえない」

「何でござるか。師匠、ここまできたら潔く」

「そうじゃない。あり得ないだろう。
 俺の世界には幻影石なんてなかったんだ。となれば、これを撮ったのはこっちの世界に来てからになる。
 だが、こっちに来てまだ一年も経ってないんだぞ」

恭也の言葉に、全員があっと小さく驚いた声を上げる。

「それじゃあ、あの子は…」

ベリオが再びパフェと格闘を始めたかなを見る。
そこへ、リコが一つの仮説を思いつく。

「もしかしたら、未来から来たのかも」

「そんな事がありえるのか、リコ」

「分かりません。ですが、そうでもないと説明がつきません。
 それに、マスターの子ならば、その魔力を受け継いだ可能性もあります。
 それが何らかの影響を及ぼしたのかもしれませんし…。
 私の書の精としての力も少し引き継いだのだとすれば…」

「成る程…。ん、待て。書の精の力を引き継いだって事は…」

恭也の言葉にリコはただ赤くなって俯く。

「ちょっと待ちなさいよね! リコ、あなた何を勝手な憶測を!」

「ですが、未来から来たのは事実と見ても良いと思いますが」

「それとあの子が恭也さんの子供というのも認めたとしても、
 母親がリコさんだというのは、また違うんじゃないかな」

リリィに続き、未亜までもリコの意見を否定する。
恭也が何か口にしようとした瞬間、恭也は思わず伸ばした手を引っ込める。
何か、目の前に火花が散った気がしたのだ。
見れば、七人がそれぞれ残る六人を牽制するように見ている。
何が起こっているのか分からないまでも、御神の剣士としての勘から、ここは危険だと察知して、
恭也はそっとその場を離れてかなの近くに行く。
そこへ新たな人物が現れて声を掛ける。

「おお、恭也。こんな所にいたのか」

「ん? クレアか。どうしたんだ、わざわざ」

「なに、ちょっとミュリエルに話があってな。
 それも終わったので、少しお主らの顔を見ようかと思うてな。
 頑張っているようじゃな」

「ああ。いつ、破滅と本格的な戦いが始まるか分からないからな」

「で、あ奴らは何をしておるのだ」

「知らん」

二人が話をしていると、かながクレアに気付き、椅子から飛び降りるとクレアへと抱き付く。

「おい、恭也、この子は?」

「ああ、この子は…」

恭也が説明するよりも先に、かなが口を開く。

「クレアママ!」

途端、食堂の空気が凍り付く。
恭也でさえ動きを止め、今発言したかなを見る。

「か、かな。クレアがママなのか」

「うん! クレアママ!」

「ちょっ、ま、待て。私は結婚なんかしてないぞ!
 それに子供を産んだ覚えもない! 本当だぞ、恭也!」

何故か必死になって否定するクレアを何とか落ち着かせ、恭也は説明する。
話が進むにつれ、困惑していた顔が徐々に緩み、遂には嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
対して、美由希たちはどんよりとした空気を纏う。

「そうか、かなは私と恭也の子供で未来から来たのか。
 うんうん。かなは可愛いな〜」

「む〜、違うの!」

「違うとは、何がじゃ?」

「クレアママは、かなのことをかなみって言うの!」

「かなみ? それがかなの名前なのか?」

「うん、そう。かなは高町かなみって言うの」

「そうか。私は、かなみと呼ぶんじゃな」

「うん」

言って笑うかなみを、クレアはそっと撫でる。
そんなほんわかとした雰囲気とは裏腹に、
まさにずぅんと形容するのが相応しいぐらいに思い空気を纏う美由希たち。
何と声を掛けたら良いのか分からずに戸惑う恭也の隣に座り、そのままテーブルに突っ伏すリリィ。
他の者たちは空いている席へと座るなり、似たように突っ伏す。

「はぁぁぁ」

「ど、どうかしたのか、リリィ」

「…別に」

とりあえず、一番近くにいるリリィへと声を掛けるが、帰ってきたのは元気のない声。
だが、それ以上は聞けるような雰囲気でもなく、恭也は言葉を飲み込む。
そこへ、無邪気にかなみが口を開く。

「リリィママはどうした? もしかし、お腹が痛いの?」

「…リリィママ?」

かなみの言葉に恭也が疑問を浮かべるのと同時、リリィは突っ伏していた顔を上げる。

「かなっ! 私がママってどういう」

「リリィママ、怖いよ」

「誰が怖い……って、ごめんね。
 えっと、私もママなの?」

「うん、そうだよ」

無邪気な笑顔であっさりととんでもない事を口にするかなみに、リリィは頬が緩みそうになるのを堪え、
笑いそうになる目を無理矢理吊り上げる。

「恭也、アンタ、クレア様だけじゃなくて私まで毒牙に掛けたのね」

「いや、そう言われても身に覚えが…」

「なくても、これからそうなるって事でしょう!
 大体、どうしてクレア様まで。私だけじゃ満足できなかったって事なの…」

怒鳴りつけた後、一人ブツブツ呟くリリィを余所に、恭也は確認するようにかなみへと尋ねる。

「かな、リリィもママなのか」

「うん、そうだよ。どうしてそんな事を聞くの?」

「いや、それは、えっと」

恭也がかなみに何と言って誤魔化そうか考えている間、美由希たちは更に落ち込みを増していく。
そんな美由希たちに気付いたのか、かなみは首を傾げてその円らな瞳で恭也を見る。

「ねえ、パパ。どうして、ママたちは元気がないの?」

この言葉に、全員が一斉にかなを見る。
逆に、クレアやリリィなどはやや引き攣った笑みを浮かべ、恭也は勘弁してくれという顔をありありと見せる。

「かなちゃん、私もママなの?」

「そうだよ、未亜ママ」

かなからそう言われ、未亜は嬉しそうな顔を見せる。
他にも何人かママがいるようだが、この際それは大目に見て、自分がその中に含まれていた事に安堵する。
対し、他の者も順にかなみへと話し掛ける。

「せ、拙者は…」

「カエデママも元気になったみたいだね。
 かなは嬉しいよ」

「そ、そうでござるか。拙者も…。えっと、かなで良いのでござるか」

「ぶー、カエデママはかなみって言うのに〜」

「そ、そうでござったな。かなみ、すまないでござる」

「うん! えへへ」

カエデに撫でられた笑うかなみへと、今度はベリオが尋ねる。

「わ、私は何て呼んでたのか、分かる?」

「ベリオママは、かなの事をかなみちゃんって呼んでるんでしょう。
 もう、忘れちゃったの?」

「そ、そうでしたね」

安堵するベリオの横から、やや強引にリコがかなみの前に立つ。
じっとかなみを見詰めるその瞳を、かなみも同じようにじっと見詰め返す。

「……????
 リコママ、どうかしたの? お腹空いたの?」

「…いえ。リコママですか…ふふ。
 かな、で良いんでしたね」

小さく笑うと、リコはかなみの頭をそっと撫でる。
何故、急にそんな事をとかは考えないのか、かなみはただ嬉しそうにするだけである。

「かなみちゃん、私は?」

「ルビナスママ、どうかしたの?」

「ううん、何でもないのよ。そう、私もママなのね」

かなみの言葉に嬉しそう笑みを見せるルビナス。
その様子を改めて見ながら、リリィは盛大な溜め息を吐き出すと、隣で難しい顔をしている恭也へと顔を向ける。

「…獣」

「ぐっ」

「…すけべ」

「っ!」

「…まさか、私たち全員に手を出しているなんてね」

「ま、待て。まだ未来の事だろう。現時点では…」

「そう遠くない未来よね。あの幻影石の映像を見る限りでは」

更なる追い討ちに、恭也は完全に言葉に詰まる。
そんな恭也を見て、少しは溜飲を下げたのか、ふと気付いたように疑問を口にする。

「私たち全員がママだというのは、まあこの際、百歩ほど譲って良いとして、
 かなを生んだのは誰か、って事よね。本当は、その人だけを恭也が選んだって可能性もあるものね。
 他の連中は、単に傍にいるからそう呼ばれているという可能性もあるし」

「た、確かに…」

「とは言え、ママと呼ばれている以上、その可能性はかなり低いでしょうし」

僅かな希望を見せてから、叩き落す。
そんなリリィのやり方に、恭也は大きなダメージを精神に受ける。
それでも、恭也は何とか反撃を試みる。

「だ、だけれど、普通に考えて重婚なんて…」

「分からないわよ。
 数年後、少なくともかなが四つだというのなら、四年後もこの世界は存続しているって事だもの。
 それってつまり、破滅を倒したって事でしょう。
 そうなると、やっぱりアンタは救世主になったって事じゃないの」

「だが、救世主と言っても…」

「まあ、そうなんだけれどね。でも、アヴァターの人たちはその辺りを知らないもの。
 破滅を倒したアンタは救世主。
 そして、救世主である以上、アンタの行動はよほどの事がない限り、文句は出なかったんじゃない。
 それこそ、私たちを同時に娶るって事にさえ」

リリィの言葉に完全に言葉をなくす恭也に、少し苛めすぎたかとその背中へと優しく手を置いてやる。

「まあ、そんなに落ち込む事はないわよ。見なさいよ、かなの嬉しそうな顔を。
 それって、今の状況を幸せだと思っているって事でしょう。
 だったら、それで良いんじゃないの。
 他人がとやかく言おうが、当事者である私たちは納得して、その上で幸せみたいなんだし」

確かにリリィの言う通り、二人の視線の先でかなみは未亜たちと楽しそうにしている。
その姿を見て、恭也もまあ良いかと頬を緩ませる。
今も楽しそうに話すかなみの元へ、美由希が笑みを見せて近づく。

「かなちゃ〜ん」

猫なで声を出す美由希へ、かなみはにっこりと微笑む。

「美由希おばちゃんもいたんだね」

「……はい?」

かなみの言葉を聞き、美由希は動きを止めると聞き返す。
だが、当のかなみは何を聞き返されたのか分からずに首を傾げるだけ。
暫しかなみを見詰めていた美由希は、先ほどの短いやり取りを何度も頭の中でリプレイさせる。

「お、お、おば、おば、おばちゃん?」

「確かに、マスターの妹である美由希さんは…」

「かなみから見たら叔母に当たるでござるな」

「でも、流石におばちゃんと呼ばれるのは辛いわよね」

「ルビナスさん、多分、論点はそこじゃないかと…」

未亜の突っ込みに他の者たちも頷く中、美由希だけは一人固まったままだった。

「どうして、私だけ……」

がっくりと両手と膝を床に着いて落ち込む美由希の肩に、かなみがポンポンと手を置く。

「ごめんね、美由希ママ。怒った?」

そう不安そうに見つめてくるかなみに、正確にはかなみの言葉に美由希は顔を上げると満面の笑みを見せる。

「怒る訳ないじゃない! でもね、どうしてあんな事を言ったのかな〜」

思い出して怒りそうになるのを堪えつつ、美由希は笑顔で尋ねる。
すると、かなみは悪びれた様子もなく恭也を見て、それから美由希を見る。

「だって、前にパパが美由希ママがさっきみたいな変な声を出して近づいてきたら、
 何か企んでいる証拠だから、そう言えって。よく分からなかったけれど、パパと約束」

「……ふふ、そう。恭ちゃんとの約束じゃ仕方ないね、うんうん。
 恭ちゃんがそんな事を言ったのね……」

美由希は笑顔のまま、ゆっくりと恭也の方へと顔を向ける。
その笑顔に、リリィたちは思わず引くが、恭也は平然と受け止める。

「流石は俺だ。美由希の行動をよく分かっている。
 大方、お前が何かしでかしたんだろう。そのお仕置きじゃないのか」

そう言われ、美由希は不覚にも言葉に詰まってしまう。
そして、それはこの場での負けを意味していた。

「お前も認めたみたいだし、何よりも未来の話だからな。
 今、ここで言っても仕方あるまい」

「うぅ、そうだけど…。納得いかないのは何で?」

美由希の言葉を綺麗さっぱり無視し、恭也はとりあえずほっと胸を撫で下ろす。
全く身に覚えのない子供にパパ呼ばわりされるよりも、未来から来たと言う方が良いというものだ。
まあ、その複数のママが居るという未来に僅かな不安を抱いたのも確かだが。
ひとしきり話して疲れたのか、かなみは恭也の元へと戻ってくると、その膝の上に座る。

「えへへ〜♪」

訳もなく楽しそうに笑うかなみに、全員の頬が緩む。
思わぬ休憩となったが、これはこれでと思っていた矢先、そこへミュリエルが現れる。

「あ、ここにいましたか、殿下。供の騎士たちが探しておりましたよ」

「む、ミュリエルか。そうか、それはあ奴らに悪い事をしたな。
 名残惜しいが、今日はここまでじゃな」

言って席を立つクレアに、かなみが首を傾げる。

「クレアママ、何処か行くの?」

「む、許せよ。少し忙しいのでな。なに、平和になれば、もっとたくさんいられるさ」

「うん」

意味は分からないのだろうが、一緒にいられるという言葉に反応した頷くかなみ。
それを微笑ましく見守る一同とは違い、今この場に来たミュリエルはかなみの言葉に驚く。

「ママ? 殿下、これは一体…」

呆然となるミュリエルへ、かなみが無邪気な顔を向ける。

「お婆ちゃん〜♪」

それが自分の事だと理解したミュリエルは、珍しく引き攣った笑みで恭也たちを見遣る。

「あなた達、そんな小さな子に何を吹き込んだのかしら?」

後に全員が口を揃えて悪魔を見たと言わしめる程のプレッシャーを放つミュリエルに、
リリィやルビナスが懸命に事情を説明する。

「そ、そういう事だったの。でも、私は召喚なんて感知しなかったけれど」

ミュリエルの言う通り、リコ以外のものは召喚を察知していなかった。
もし、察知していれば、すぐにミュリエルやダリアが現れたはずなのだから。

「多分、召喚士による召喚ではなく、書による召喚ではないかと。
 それならば、私以外が察知できなくても不思議はありまえせんし」

「そう。でも、何で未来からとは言え、召喚されてきたのかしら」

「分かりません。もしくは、歴史を狂わせないために、未来で私がこの子を送ったのかもしれませんし」

どちらにせよ、原因は不明である上に害もないだろうと判断してミュリエルはこの事を保留する。
無邪気にお婆ちゃんと呼んで懐いてくるかなみを邪険にできないというのもあるのだろう。
祖母として緩みそうになる顔を引き締めると、ミュリエルはクレアと供に食堂を出て行く。
とりあえず、午後の鍛錬は中止して、当面必要になるであろうかなみの日常品を買いに行くことにする。
いつまでここに居るのかは分からないが、それまでの間、何もないままでは流石にまずいから。
かなみはかなみで、全員でのお出掛けに既にご満悦で早る気持ちを押さえきれない様子だった。

この買い物でも色々と騒動が起こり、後に市民の間では一つの噂がされるようになる。
曰く、史上初の男性救世主は好色家であるとか、底なしだとか、何人もの女性を侍らせているだとか、
終いには、目が合っただけで妊娠させられるなどと、事実無根の噂までが飛び交う。
それらはどれも、甚だ恭也にとっては不名誉なものばかりであった。
まあ、人の噂も七十五日。時が経てば、人々も忘れるであろう、多分。





つづく




<あとがき>

今回はちょっと変わったお話を。
美姫 「あー、これね」
ああ、これだよ。タイトルにもあるように、本編とは全く何の関係もありませんから。
美姫 「ここ、大事ね♪」
とっても大事です、はい!
それはそうと、おばちゃんと呼ばれて美由希が固まった所。
実はもうワンパターン浮かんだんだけどな。
美姫 「どんなの?」
呼ばれた直後、召還器を出して暴れ出すとかも考えたんだけどな。
その後、その傍にイムニティが現れて、白の主が美由希に…、みたいな。
美姫 「凄い展開よね、それ」
だろう。まあ、重い上に長くなるし、これはあくまでもお遊びだから、軽い話にしようと。
美姫 「その方が良いわね」
だろう。まさか、おばちゃんと呼ばれたから、世界を滅ぼすなんてな。
それはそうと、こんなバカな話を書いてても良いんだろうか…。
美姫 「良いんじゃい。ちゃんと本編も更新さえしてくれればね」
あ、あははは。やっぱり?
美姫 「当たり前よ。とりあえず、これはこれでお終いね」
ああ。いやー、そろそろ本編がシリアスの連続になりそうだから、その前にちょっとお馬鹿をって事で。
美姫 「続編は考えてないのよね」
考えてません!
ともあれ、次こそは本編で。
美姫 「それじゃあ、本当に次は本編で会えることを祈って」
ではでは。
美姫 「まったね〜」




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