『黒に堕ちる偉大なる魔術師』






「ミュリエルは永久封印刑。これが賢人会議で出た最低限の妥協点だ。
 これ以上は、私やお前がどのようにかばったところで、無理だ。
 国家反逆罪を看過できん」

口惜しそうにそう告げると、クレアは目の前のミュリエルを見詰める。
両手両足を拘束され、身体の至る所に魔法を使用すれば激痛が走る紋様を刻み込められ、
目も口も塞がれたミュリエルを。
これまでの多大な功績を持ってしても、救世主の誕生を阻止しようとした罪はこれでも緩い、
と言い出す者が多数いたのを、クレアが何とか説得して、どうにかこの刑に留めたのである。
しかし、これはある意味死よりも辛い刑かもしれない。
無限の時間をただ、退屈と苦痛に苛まれて過ごす事になるのだから。
そして、それと平行してミュリエルへと尋問が行われる事も決定していた。
何故、このような事をしたのかと。
それを思い返しながら、クレアは小さく首を振る。

「隠すというよりも、既に諦めているという感じだな」

「いつか話してくれるかな?」

ミュリエルから視線をクレアへと移し、大河が尋ねる。
しかし、それにクレアは小さく肩を竦めただけだった。
大河の後ろに並ぶ他の救世主候補たちは、複雑な顔をしてミュリエルのいる部屋を遠巻きに見詰める。
複雑な心境のまま学園長と最後の別れを済ませた救世主候補たちを見送ると、
クレアは扉の傍にいた二人の兵士に声を掛けて、扉を閉ざさせる。
ゆっくりと静かに閉まる扉の隙間から、クレアはもう一度だけミュリエルへと視線を向けるが、
目隠しをされているミュリエルは何の反応を見せる事もなかった。



クレアたちがこの場を立ち去り、時刻が優に深夜を過ぎた頃、
見張りとして立っていた兵士の一人が音もなく地面に倒れる。
慌てたもう一人が駆け寄るが、その兵士もまた音もなく崩れ落ちる。
それを確認すると、その兵士の背後、今まで闇しかないと思われた場所に一つの人影が現れる。
夜の闇の中にあって尚黒い服に身を包んだその影、不破恭也は兵士たちを一瞥すると建物内へと侵入する。
建物の中へと入った恭也は、迷いなく歩を進めて一つの扉の前で足を止める。
数刻前まで空けられていた、ミュリエルを収容する部屋の扉の錠を小太刀で斬り捨てると、ゆっくりと扉を開く。
中へと足を踏み入れた恭也は、ミュリエルの状態を見て眉を顰める。
両手足を拘束して自由に動かないようにするばかりか、体力を消耗させるためか、
辛うじて爪先立ちで何とか立っていられる状態で天井から吊るされ、目と口が塞がれている。
魔術を封じるための刻印を解かされた手足は剥き出しで、手首と足首に僅かに血が滲んでいる。
一応、刻印処理の後に服は着せられたらしいものの、ぞんざいに着せられたのか、
羽織っているような感じで多少目のやり場に困る。
恭也は小さく嘆息すると共に、小さな怒りもまた覚えていた。
ミュリエルは恭也が来た事に当然ながら気付いておらず、恭也はまずはその目隠しと口に付けられた詰め物を外す。
いきなり外された目隠しと猿轡に驚きつつも、ミュリエルは逃げる素振りを見せずにゆっくりと目を開けていく。
今まで暗闇だった所へ、いきなり光が入る事を考慮しての事だったが、それは杞憂に終わる。
夜目の利く恭也は、見つかる危険をなるべく避けるために、
ランプ代わりになる物を持ってきていなかったからである。
闇に慣れた目に飛び込んできた男の顔を見て、ミュリエルは小さく驚く。

「何をしに来たんですか。今の私を見て、嘲笑いにでも来たのかしら」

「何も攻撃的にならなくても良いだろう。久しぶりの再会なんだから」

「ええ、確かに久しぶりですね。あなたがロベリアやイムニティの元へと行って以来、かしら?」

「その割にはあまり驚かないんだな。まあ、大河たちから聞いていたのだろうが」

「ええ、そうよ。で、今ごろ何しに来たのかしら?
 ひょっとして、二人を見捨ててこちら側に付く気にでもなったの?
 でも、生憎と私にはもうそんな権限はないわよ」

絶対にありえないと分かっていながら、ミュリエルは自嘲気味に語る。
そんなミュリエルに何も言い返さず、恭也はただ小太刀を抜き放つ。

「…そう。私を殺しに来たのね。
 良いわ、このままここに居るよりも、あなたに、あなたの手で殺されるのなら」

言って目を閉じるミュリエルへと、恭也は小太刀を振るう。
甲高い音を立て、ミュリエルの四肢を拘束していた鎖が断ち切られる。
しかし、目を閉じていたミュリエルにはそれは分からず、急に身体を支えていたものがなくなって地面へと倒れる。
それを恭也は完全に倒れる前に抱き止める。
恭也の胸に顔を埋めるような形となったミュリエルは、ゆっくりと恭也の顔を見上げる。

「どうして?」

「どうしても何も、俺は別にミュリエルを殺したいと思っている訳じゃない。
 ただ、あの時はロベリアとイムニティを傷つけようとしたから、守るために戦っただけだ」

「そうじゃないわ。何故、私を助ける真似を」

「決まっているだろう。昔の仲間が永久封印されようとしているんだ。
 助けるに決まっているだろう」

何でもないように言う恭也を見上げるミュリエルの目から涙が零れ、恭也の胸に顔を埋めると、
その胸を何度も叩く。

「だったら、何で、どうして破滅なんかに味方したのよ!
 あの時、私やルビナスたちがどれだけ辛い思いをしたと思ってるのよ!」

「すまない。だが、俺は破滅に味方したことを悔やんだ事はない。
 ロベリアとイムニティを守るのが第一だからな」

「だったら、どうして今頃になって私の前に来るのよ…」

弱々しく呟くミュリエルの髪を優しく梳きながら、イムニティやリコに昔そうしたように頭にそっと手を置く。

「ロベリアとイムニティの身を第一とするのは譲れない。
 だが、その上でお前たちに危害が加わるというのであれば、出来る限りの事はしたいと思っている。
 今回の件に関しては、お前を助けても二人の、いや、なのはも入れて三人の身に何か起こるわけではないしな」

淡々と告げる恭也の言葉に、ミュリエルはただただ静かに涙を流す。
いっこうに泣き止まないミュリエルに、恭也も徐々に慌て始める。
千年前の恭也が知るミュリエルは常に冷静に物事を見ていたように思う。
ただ、自分が絡むと何故かその冷静さが欠けていたように思うも、ここまで泣き喚くとは思わなかった。
正直、どうすれば良いのか分からずに慌てる恭也を、その仕草から感じ取ったのか、
ミュリエルは埋めていた顔を上げ、恭也を見上げる。
何処か困ったような顔をしながらも、見放す事も出来ずに優しく心配する眼差しを向け、
どうすれば良いのか、助けを求めるように辺りを見渡す。
そんな様子に昔の日々を思い出して少し笑みを見せる。
ようやく泣き止んだミュリエルにほっと胸を撫で下ろしつつ、
恭也はここに来た理由の説明がまだであったと思い出す。

「ミュリエル、俺と共に来ないか?」

恭也の言葉に肩を小さく震わせると、ミュリエルは小さく頭を振る。

「それは無理よ、恭也。私は破滅をはびこらせる訳にはいかない」

「違うだろう。お前の本当の目的は、救世主を生み出さないこと。違うか?」

「それはそうだけれど、だからって破滅に手を貸す事は出来ないわ」

「安心しろ。俺やロベリア、そしてイムニティも世界を滅ぼすつもりはない。
 第一、そんな事をしたら、俺たちも生活が出来ないからな」

「じゃあ、どうして破滅に…」

「それがロベリアの、そしてイムニティの願いだから。
 詳しくはまだ言えないが、俺たちの望みはロベリアとイムニティ、なのはの四人で静かに暮らす事だ。
 その為に、今は破滅にいるに過ぎん。勿論、破滅の民たちのためというのも、今はあるがな。
 彼らは言うならば、被害者だ。そして、この国の殆どの者がそれを認めない」

「だからって、侵攻して征服しようって事ですか!
 それなら、やっている事は変わらないでは…」

「勘違いするな。抵抗しなければ、何もしていない。
 現に、無条件降伏して来た州が我が軍に参加しているだろう」

「そ、それは…。でも、被害が出ているのも確かです」

「だろうな。その事で言い訳する気も言い逃れする気もない。
 俺は、ただ護ると誓った者たちを護るだけだ。
 その為に、この手が血で汚れようとな」

強い眼差しでそう告げる恭也は、確かに昔のままで、ミュリエルはそんな恭也に見惚れる。
その護る者に自分が含まれていない事に物悲しさを抱きつつも、
自分の好きになった男が変わらずに強い意志を未だに持ち続けている事を知って心が揺れる。
同時に、それだけ思われている三人の女性に嫉妬を抱く。

「ミュリエル、返事を聞かせてくれ。俺と共に来るか、どうか」

「もし、……もし断ったら?」

「その時は何処か安全な所まで連れて行くさ。
 後の事は、自分で何とかしてくれ」

どうすると目で問われ、ミュリエルは逡巡する。

「本当に世界を滅ぼすのが目的ではないの」

「ああ」

そこに偽りがないかを確かめるかのように、恭也の瞳を真っ直ぐに見詰める。
静かに見詰め返され、思わず早まる動悸を押さえ込みながら、
ミュリエルはそこに偽りを見つける事はできなかった。
それでも、破滅に組するという事に抵抗があるのか、ミュリエルが悩んでいると、恭也が静かに口を開く。

「別に破滅に付く事ができないのなら、それはそれで構わない。
 とりあえず、ここから逃げるのが先だ。いつまでも見つからないという保証はないからな。
 俺の今回の目的は、ミュリエル、お前の救出なんだから」

確かに恭也の言う通り、この現場を見られれば、
今度は問答無用で殺されるであろう事はミュリエルにも想像が付く。
だから、逃げる事を先にすべきなのだろう。
だが、ミュリエルはこのままここでこの刑に甘んじる覚悟を既にしてあった。
それでも、愛しい人が助けに来てくれたという事実がその覚悟を揺さ振る。

「ミュリエル…」

再度の優しい呼びかけに、ミュリエルはゆっくりと恭也の語った言葉を反芻し、やがてゆっくりと顔を上げる。

「恭也、私をあなたの傍に居させてください。
 あなたが望む四人での生活に、少しで良いから私の居場所を」

ミュリエルの言葉に戸惑いつつも、恭也はそれが共に来るという事だと理解すると手を差し伸べる。
その手をミュリエルはしっかりと掴む。
恭也はミュリエルの身体にマントを羽織らせる。
ここに来て、ようやくミュリエルは自分の格好に気付いて、
少しはだけて胸元が僅かに見えていた服の前を合わせて赤くなる。
そんなミュリエルの様子を可笑しそうに見ながら、恭也は静かにもう一度小太刀を抜き放つと、
ミュリエルの周囲へ小太刀を走らせ、その身体に触れるか触れないかぐらいの所を斬る。
すると、ミュリエルに欠けられていた封印が全て解けていく。

「これで魔法を使っても体を痛みに蝕まれないだろう」

「今のは?」

「忘れたのか? 俺の与えられた力の一つを」

問われてミュリエルは思い出す。
恭也に与えられた力の一つ、あらゆる魔法を解除する力を。
納得したミュリエルの手を引き、恭也は再び闇の中へと身を隠す。
薄暗い廊下を恭也に引かれて歩きながら、ミュリエルはその繋がれた手の温もりに、知らず笑みを零す。
この行為が、大河を殺そうとした事と同等か、それ以上の罪だと分かっていながらも。
そして、その先に決して平穏ではない道が続くのだとしても。
今はただ、自分の為に来てくれた愛しい人の温もりを感じていたかった。



閉じ込められていた場所から逃げ出そうとしたが、不意にミュリエルが足を止める。

「どうした?」

「その、今から何処へと向かうのかは分からないけれど、そこは靴がなくても大丈夫なの?」

ミュリエルは困ったように自分の足を見下ろす。
つられるように視線を降ろせば、そこは素足が。

「いや、意外と砂利や小石が多いな。下手をすると怪我をするかもしれん」

「そう。仕方ないわね。時間がないもの。良いわ、このままで行きましょう」

そう結論を出したミュリエルと、恭也は膝と脇へと腕を居れて抱き上げる。

「今は時間が惜しい。代わりの靴を取ってくるよりも、こっちの方が早いからな。
 少しの間だけ我慢してくれ」

「…え、ええ」

こういう所も変わっていないと内心で溜め息を吐きつつも、ミュリエルはおずおずと恭也の首に腕を回す。
少しだけでなく、このまま何処かへと連れ出されても構わないと思った事は、勿論、内緒の事だが。
恭也は建物の裏側へと回る。
そこは昼でも滅多に人が来ず、その上草木が茂っていて隠れる所が多い。
その茂みの中から、小柄な人物が恭也に気付いて姿を見せる。

「遅いわよ、恭……って、何をしているのかしら?」

安堵の吐息と共に文句を言いかけたイムニティは、
しかし、恭也とミュリエルの状態を見て不機嫌そうな目付きで二人を、主に恭也を見遣る。

「ミュリエルは裸足なんだから、仕方ないだろう。
 それよりも、早く。いい加減、気付かれる」

恭也の言う通り、建物の向こう側では見張りの交代が着たのか、それともこの周辺を見回っている者が着たのか、
ともあれ、俄かに騒がしくなりつつあった。

イムニティは文句を飲み込むと、すぐさま帰還用の魔法の詠唱へと入る。
恭也とミュリエルを睨みつけながら唱えられる魔法に、
帰還用だと分かっていても、二人は攻撃魔法ではないのかと思わず思ってしまう。

「ほら、帰るからもっと近くに」

拗ねたように、もう少し近くに来るように促すイムニティへと恭也はミュリエルを抱えたまま近づくと、
しゃがみ込んでイムニティの肩を抱くようにくっ付く。
驚き顔を真っ赤にして恭也を見るが、
イムニティは何も言わずに小さく笑みさえ浮かべて、機嫌を良くすると帰還用の魔法を発動させるのだった。
以前、ロベリアが機嫌を悪くした後、こうしてくれたら許すと言ったのを思い出し、
機嫌の悪そうなイムニティへと試した恭也だったが、それが思った以上の効果を上げた事に満足そうに頷く。
勿論、そんな事だとはつゆ知らず、イムニティはかなりご機嫌であったとか。
ともあれ、こうして破滅側へと強力な魔術師が味方する事となるのだった。



その後、抜け殻となった部屋を見て、城の者たちが慌てふためくが、既に後の祭りである。
この件は、今の状況などから救世主候補たちに極秘とされた。
この事が、後に更なる悲劇を呼ぶこととなるのだが、この時にそれを知る者などおらず。

そう、ガルガンチュアへと乗り込んだリリィの前に、破滅軍随一の魔術師として彼女が現れるという悲劇を。





おわり




<あとがき>

まずはこの作品について〜。
美姫 「これは、アハトさんの『破滅の中の堕ち鴉』の設定で書かれたものです」
勿論、許可は頂きました〜。
美姫 「本当に、このバカの考えたネタのために、許可を頂き…」
ありがと〜。
美姫 「ありがとうね、フィーア」
いや、そこ違うし!
美姫 「で、これはミュリエルが封印される所ね」
おう。このシーンが堕ち鴉だったらどうなるかな〜って。
美姫 「その妄想がこういう形になったのね」
ああ。こうして、ミュリエルも破滅、正確には恭也の元へと。
美姫 「ますます不利になるわね、救世主側は」
確かにな。まあ、これも一つの形ということで。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
アハトさん、使用許可、本当にありがとうございました〜。







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