『海鳴極上生徒会』






プロローグ 「全ての始まり」





何処ともしれない山奥。
そこに建つ大きな屋敷の一角に、今、一人の少年の姿があった。
本来、用無き者はこの屋敷の中はおろか近づくことさえも許されていない場所である、ここは。
それなのに、そこに居るのが小さな子供という事もあれば、
屋敷に住む一人の少女の興味を引かない訳がなかった。
この少女にしては珍しく、自分から声を掛けたのもその所為かもしれないし、
退屈そうにしている少年そのものに自分と似たようなものを感じたからかもしれなかった。

「こんな所でどうしたんですか」

まだ小学校に上がったばかりにも見える少女から発せられたにしては、
はっきりとした口調で話し掛けられ、少年は少女の方へと振り返る。
いきなり声を掛けられたにしては驚いた素振りも見せず、少女と同じ年頃の少年は、
これまた見た目にそぐわない口調で答える。

「父が、この家の方に呼ばれていまして。
 自分はその間、この辺りを散歩していろと言われましたので」

共に子供にしてはおかしな口調なのだが、周りの環境がそうなのか、
特に相手の口調に疑問を抱かないまま会話が続く。

「そうでしたか。宜しければ、私の部屋に来られますか」

「いえ、それには及びません。どうせ、すぐに済むでしょうから」

「それはどうかしら。きっと、お爺様が呼ばれたのでしょうから、時間が掛かると思いますけれど。
 せめて、お茶だけでもどうですか」

「では、お言葉に甘えて」

少女の言葉に少年は納得したのか、少女の部屋へとお邪魔する。
お茶を頂きながら、少年はまだ自己紹介をしていない事を思い出し、改めて居住まいを正す。

「申し遅れました。自分は不破恭也と申します」

「これは、どうもご丁寧に。私(わたくし)は、神宮司奏と申します。
 以後、お見知りおきを」

とことん子供同士の会話には聞こえないのだが、二人にとってはそれこそ慣れたものなのかもしれない。
奏の言った通り、恭也の父である士郎は中々戻ってこず、その間、二人は色んな話をする。
その中でも、奏は恭也が修行の旅で今まで行った事のある場所の話を聞きたがり、
恭也もそれに応えて色々と話をする。
すっかり打ち解けた頃、部屋の外から使用人の声が掛かる。

「奏お嬢様、お連れの方のお父様がお見えです」

「分かりました。お通ししてください」

「はい」

そう返事が返ってから二秒ほど経ち、静かに扉が開けられて、そこから士郎が入ってくる。
その後ろで扉がまた静かに閉じられる。

「おう、恭也、こんな所にいたのか」

「うん。庭を散歩していたら、声を掛けられて」

やや子供っぽさの残る口調に変わる恭也と、それを聞いて奏に礼を言ってくる士郎、その両方に頭を下げる。

「いえ、大したおもてなしはできませんで。
 それで、祖父の用はもうお済みですか?」

「いやー、それがまだ。何と言うか、しつこいじいさんだな。
 と、失礼。身内の前でいう事じゃないか」

「そうだぞ、父さん。父さんはもう少し気を使うことを覚えた方が……」

「お前は、全然、がきらしくないぞ。どうせ、かーさんが言ってたんだろう」

「自覚があるなら……」

「はいはい。ったく、どっちが親か偶に分からなくなる」

そんな二人の会話に奏は小さな笑い声を上げる。

「っと、失礼。人様の前でお見苦しい」

「いえ。それよりも、祖父がご迷惑を掛けているようで……」

「いや、迷惑って程でもないがな。それだけ、俺の腕を買ってくれているって事なんだろうし」

「腕? 一体、何の話をしていたんだ」

「まあ、簡単に言えば護衛の話だ。ただ、専属としての、だがな」

「まさか、不破の契りか?」

「ああ」

「不破の契り?」

恭也と士郎の会話にふと奏は口を挟んでしまう。
慌てて口を押さえるが、零れ出た言葉を戻すことも出来ず、奏は申し訳なさそうな顔を見せる。
そんな奏に士郎は笑いかけながら、気にしなくても良いと手を振ると、説明をしてあげる。

「まあ、簡単に言えば、俺たち不破の一族が行う特別な誓約だな。
 その名が指すように、絶対に破る事あらず、のな」

「俺たちの一族は、昔から暗殺や護衛を主としている一族なんですよ。
 信じられないかもしれませんけれど」

「いえ、分かります。神宮司も普通ではありませんから……」

恭也の言葉に、しかし奏は首を振って答える。
その際、顔に翳りが見えて気になったが、触れられたくなさそうにしている奏を見て、
それに気付かない振りをして続ける。

「不破の契りというのは、一生涯かけても良いと思えるような人を見つけた時に、不破の者が行う誓約なんです。
 何があっても守るという。まあ、最近は不破の契りをする者も殆ど居ませんけれど」

「あまり知られていない不破の契りを知っている辺り、あの爺さんもただもんじゃねえけれどな」

「で、断ったんだろう」

「当たり前だ。アルもこれから忙しくなるってのに、そんなもん交わせるかよ。
 それも、今日会ったばかりで、人となりも分からんというのに」

「それに、この屋敷の警備は既に尋常じゃないけど。
 これ以上、まだ必要なのか?」

「まあ、個人的に護衛が欲しいってんだろう。
 どっちにしろ、金城家の者が付いているんだ、俺なんか必要ないだろうに」

ぶつくさぼやく士郎に、恭也はふと気になって尋ねる。

「断ったと言ったのに、どうして、まだ用が終わってないんだ?」

「ああ。人となりが分からないのなら、暫くここに滞在しろって強引にな。
 まあ、特に予定はないから構わんと答えておいた。
 適当に、1、2週間ほど世話になったら、きっちりと断って出て行く」

「了解。その間、俺は?」

「うーん、とりあえず、朝と夜の鍛錬はいつも通りだ。
 ただ、昼の奇襲鍛錬はなしだな。一応、俺は爺さんの傍に居ないといけないからな」

「分かった」

「後、機会があれば、金城の者の動きを見ておけ」

「見ておけと言われても、どうやって」

「普段からの動きで良いんだよ。
 後、二、三日したら、向こうから俺の方に手合わせの打診が来るだろうから、その時に一緒に来い」

士郎の言葉に頷く恭也を満足げに見遣ると、士郎は奏へと視線を向ける。

「まあ、そういう訳で暫くは世話になるから。その間、こいつと仲良くしてやってくれ。
 見ての通り、俺に似ず無愛想な奴だが、いきなり噛み付いたりはしないから」

「俺は狂犬か何かか」

「拗ねるな、拗ねるな。お前も同じ年の子が居る方が良いだろう。
 子供は子供同士、仲良くやってな」

そう言って恭也の頭に手を置き、ぽんぽんと軽く叩く。
恭也はそれを嫌がるような素振りを見せつつも、何処か嬉しそうな顔を覗かせる。
そこへ先程の使用人が声を掛けてくる。
士郎と恭也の部屋の用意が出来た事を伝えに来たらしく、二人は連れ立って奏の部屋から出て行く。
その背中を少しだけ寂しさの篭る瞳で見詰める奏へと、不意に恭也が振り返る。
奏は自分のそんな気持ちが伝わることが恥ずかしかったのか、やや視線を逸らすが、
恭也は気にせずに話し掛ける。

「それじゃあ、また後で」

「あ、はい。また後で」

思いがけない言葉に嬉しさを感じつつ、奏は恭也を見送るのだった。



その日から恭也と奏は殆ど一緒の時間を過ごしていた。
そして、二週間ほどがたった頃、士郎が恭也へと話を持ちかける。

「恭也、ようやくあの爺さんが諦めたみたいでな。
 急だが、明日には出て行く」

「分かった。丁度、二週間経ったから、そろそろだとは思っていたよ」

「あの爺さん自体は、そんなに嫌いじゃないんだがな。
 ただ、あの爺さんの周りというか、背後にいる連中は正直、気に喰わん。
 だが、お前は別だぞ」

「何の事だ」

「分からないんならそれでも良いから、少し黙って話を聞け。
 次の当主はあの奏というお嬢ちゃんだ。それはもう、間違いないらしい。
 ただ、あの子は他とは違う。まあ、俺が漠然とそう感じただけだから、実際はどうかは分からんがな」

そう言って苦笑する士郎をじっと見詰め、恭也は言われた通りに一言も発せずに聞いている。
それに苦笑を洩らしつつ、士郎は続ける。

「小さい頃から鍛錬漬けだったせいで、少し同年代の子達とは違う風に育っちまったと心配したが、
 あの嬢ちゃんと居る時のお前は、そうでもなかったからな。
 だから、あの子には感謝している」

何か言おうとする恭也を制し、士郎は言う。

「お前の事だから、そんな事はないとか、自分で望んだとか言うんだろうけれどな。
 まあ、今はそれは良い。
 とりあえず、俺が言いたい事は一つだけだ。
 将来、あの子が何かしようとした時、それを邪魔しようとする奴らがでるかもしれないって事だ。
 その時、この神宮司が絶対にあの子の味方かと言われれば、正直、俺は疑わしいと思っている。
 さて、俺の話はここまでだ。後は自分で考えろ。俺は少し昼寝する」

言って士郎は寝転がると、すぐに寝息を立て始める。
恭也は暫く考えていたが、やがて部屋を出て奏の下へと向かうのだった。



  § § §



恭也は奏の部屋を訪れて腰を降ろすなり、いきなり話を切り出す。

「奏、俺たちは明日出て行くことになった」

「そうですか。寂しくなりますね」

「俺も少し寂しい」

それっきり黙り込む二人だったが、ゆっくりとその沈黙を恭也が破る。

「もし、この先俺の力が必要になったら、いつでも呼んで。
 その時まで、もっと鍛錬を積んで力をつけるから」

「そんな事……」

「友達だろう」

「でも……」

「逆に呼んでくれない方が悲しい」

それでも悩む素振りを見せる奏に、恭也はポケットから一つの指輪を取り出す。
内側に不破の紋が刻まれ、恭也の名が彫られた指輪を。

「これは、不破の契りで使うものだけれど、奏にあげる」

「それはもらえません!」

恭也の言葉に驚き声を上げる奏の手をそっと取り、右手の中指にソレを強引に嵌める。

「決めたんだ。奏を主とするって。奏は嫌?」

「私は……」

「神宮司とか関係なく、奏としての気持ちを聞かせて」

「…………う、嬉しいです」

「なら、それは奏のものだ。
 だから、何かあったら、絶対に連絡を頂戴。じゃないと、怒るから」

「でも、迷惑が……」

「奏、誰も迷惑だなんて思わない。迷惑なら、始めからしないって」

恭也の言葉に奏も納得したのか、まるで宝物のように、ぶかぶかの指輪を見る。
そんな奏を見て、恭也も嬉しそうに笑う。
と、奏がお返しと引出しを開けて一つのペンダントを取り出す。

「これを……」

「ありがとう」

礼を言って受け取ろうとする恭也に首を振ると、奏は恭也の首に自分で付ける。
すぐ目の前に奏の顔があり、鼻に届く奏の匂いに恭也は紅くなって視線だけ天井へと向ける。
そんな恭也の動揺に気付かず、付け終えたペンダントを満足そうに見遣る。

「この事は秘密ね」

「分かった。その指輪の事もな」

「うん。二人だけの秘密」

誰も知らないところでこっそりと約束を交わした二人は、日が暮れるまでいつものように一緒の時間を過ごす。
そして、翌日、恭也は士郎と共に神宮司家を後にしたのだった。



  § § §



それから数年後、奏はもう一人の親友と呼べるようになる少女と出会う。
金城家の娘であるその少女は、奏により自由となるも、再び奏の下へと戻り、奏を自由にする事を誓う。
それを物陰で一人の少年が見ていた事に、奏は気付く。

「ひょっとして、恭也?」

思わず漏れ出た言葉に少女が構えるが、その腕をそっと押さえる。

「待って、奈々穂。知り合いなの」

奏の言葉に構えを解く二人の奈々穂の前に恭也が現れる。

「久しぶり」

「ええ、本当に。士郎さんの事は聞いてます」

「そうか。所で、そちらは?」

話を変えるように尋ねる恭也に合わせて、奏も隣に立つ奈々穂を紹介する。

「私の友達の、金城奈々穂よ」

「金城奈々穂です。さっきはごめん」

「いや、中々良い反応でしたよ。俺は高町恭也。
 奏の味方です」

それを言った時の瞳と、奏の様子から奈々穂もすぐに恭也を信じる。
一方の奏は、苗字が変わっていることに気付きつつも、何も言わずにただ嬉しそうな笑みを見せる。

「丁度、良かったわ。私、これから内部から神宮司を変えていこうと思っているの」

「それで?」

「恭也、協力して」

「ああ」

言って隣に立つ奈々穂を見る。

「彼女も仲間よ」

「みたいだな。これから宜しくお願いします。金城さん」

「奈々穂で良いです」

「では、俺も恭也で」

「分かった、恭也。これから協力していくんだから、お互いに遠慮なしでいこう」

「その方が助かるな。で、まずは何をするつもりなんだ」

「学校よ」

「「学校?」」

奏が発した言葉に、恭也と奈々穂は揃って疑問の声を上げる。

「そう。私、学校に行ってみたいの。少しの間だけで良いから、自由に楽しく生活してみたい」

「なら、そうすれば良い」

「私と恭也も協力するからね」

「ええ、お願いね二人とも」

そう言って微笑む奏に、二人は力強く頷いて応えるのだった。



小雨が降る神社の境内で、出会い、再会した三人。
この三人により、物語の幕はゆっくりと開いて行く。





続く




<あとがき>

ってな訳で、プロローグ。
美姫 「導入所か、かなり昔のお話ね」
うんうん。こうして、奏が学校へと通うための準備がされていく。
美姫 「で、次の一話からは一気に時間が飛ぶのね」
本編と言ってくれ。
美姫 「はいはい」
それじゃあ、また次回で〜。
美姫 「次回も極上よ〜」







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