『海鳴極上生徒会』






第1話 「ここは海鳴宮神町」





穏やかな気候と、周囲を山と海で囲まれた海鳴市。
その海鳴より海沿いに山を越えると、そこには海へと突き出た半島が存在している。
一応、海鳴市という事になっている半島にある山の頂きに建つ一つの建物。
その最上階の一室で、窓から眼下を見下ろす三つの影があった。
影の一つ唯一の少年が、遠く向こうを眺めながら、口を開く。

「しかし、まさか学校に行きたいからと言って、創ってしまうとは思わなかった」

「確かにね。奏はやる事が凄すぎるよ」

「そうかしら? 私はただ、限られた時間の中で精一杯、楽しみたいだけ。
 だから、この学園、宮神学園を創った。それだけよ」

「それは分かっているさ」

「勿論、私だけじゃなく、恭也にも奈々穂にも楽しんで欲しい。
 いいえ、ここに通う学生みんなに楽しんで欲しいの」

奏の言葉に奈々穂は力強く頷く。

「分かっているって。その為の私たちであり、生徒会でしょう」

「ええ。これからもっと人が増えていくわ。
 そうすれば、今よりもきっと忙しくなっていくわ。
 だから、二人とも宜しくね」

奏の言葉に、恭也と奈々穂はしっかりと頷く。



それから、時は流れ…………。







『拝啓、ミスター・ポピット。
 何処かで見た事のあるような出だしですが、これはやはりお約束という事で。
 って、何を書いているんでしょうか。そうじゃなくて。
 お母さんが亡くなり、身寄りのない私に色々とありがとうございます。
 そのお言葉に甘えさせて頂き、わたしは今、宮神学園へと向かっている途中です』

「うーん、後は何を書けば良いんだろう」

宮神学園のある宮神町へと向かう列車の中で、一人の少女が紙に向かってうんうんと唸っている。
幸い、辺りに乗客は殆どなく、大して目立ってはいないが、それでも数人いる乗客の視線は時折、
その少女へと飛んでいる。
しかし、件の少女はそんな事に気付かず、一人ペンを片手に唸っていた。
そんな少女へと声が掛けられる。

「おい、りの。さっきから一人で何をブツブツと言ってるんだ。
 傍から見たら、ただの危ない奴だぜ」

「あ、プッチャン。何って、手紙を書いてるんだよ。
 今回のお礼も兼ねて」

「手紙? ああ、あのペンフレンドかよ。
 しかし、怪しいぜ、そいつ」

「そんな事ないよ! 親切な人じゃない」

「それが、怪しいっつてんだよ。大体、考えても見ろよ、りの。
 普通、会った事もないような奴に、そこまで親切にしてくれるか?
 宮神学園の転入手続きから、新しく住む場所の用意まで」

「そんな事ないもん。それに、今更言ってももう遅いよ〜」

「まあ、確かにな。荷物は全部、もう送っちまった後だもんな」

「うん。それに、もうすぐ着くし」

「仕方ないな。
 まあ、のほほんとしたおとぼけりのの代わりに、俺がしっかりしていれば大丈夫だろう」

「わたし、おとぼけじゃないもん」

「はいはい」

手紙を書くのを中断し、二人で喋るりのとプッチャンに、視線は更に集中する。
流石に気付いたのか、りのが顔を上げると、注がれていた視線が一斉に逸らされる。
不思議そうな顔をしつつも、りのは手紙に書く内容を再び考え始め、プッチャンも大人しく口を閉じる。
そこへ、近くに乗り合わせていた小さな女の子が、りのの方を珍しそうに見ながら、
隣に座る母親へと無邪気に話し掛ける。

「ママ〜、凄いよ、あのお人形さん、喋ってる〜」

女の子の口を慌てて塞ぐと、母親は女の子を抱き寄せ、りのから顔を逸らす。
りのは訳が分からないながらも、女の子へと小さく手を振る。
その隣で、プッチャンも同じように手を振る。
いや、隣と言うか、りのの左手の上で。
そう、女の子が指摘した人形こそが、さっきまでりのと話していたプッチャンなのだった。
他の乗客が視線を逸らす中、女の子だけは小さく手を振り返す。
それに笑みを浮かべるりのへ、プッチャンと呼ばれた人形が再び口を開く。

「俺の名前はプッチャン。それ以上でも、それ以下でもない、ただの人形さ」

「いきなりどうしたの、プッチャン。
 それに、その台詞はもう飽きたよ〜。使い古されてるよ〜」

「馬鹿野郎、りの!
 おまえが飽きても、お約束として一回は必要だろうが」

言ってプッチャンの手がひゅんと伸びて、りのの頬をぺちんと叩く。
りのは叩かれた頬を押さえつつ、プッチャンへと食って掛かる。

「意味わかんないよ〜。それに、どうして、わたし今、叩かれたの?」

「叩いたんじゃない! 愛の鞭だ」

「愛の無知?」

「いや、無知じゃなくて鞭な、りの。
 兎も角、俺はりのが憎くてぶったんじゃない。
 愛しいからこそ、涙を堪えて叩いたんだ。
 叩かれたお前も痛いだろうが、それ以上に俺の心は今、猛烈に痛いんだ!
 そう、これこそが愛の鞭」

「そ、そうだったんだ。ごめんね、プッチャン!」

「おう、気にするな」

「ありがとう。プッチャンは優しいね〜」

「あははは、照れるじゃないか」

「あはははは〜。でも、お約束ってどういこと?」

「……いや、すまねえ。それは俺もよく分からん」

「…………えっ!? なに、それ。
 ひょっとして、私って、叩かれ損?」

「そんな事はないと思うが。まあ、あれだ、あれ。
 その、勢いってやつだよ」

「あ、そっか。それじゃあ、仕方ないね」

「そうだ、仕方ないんだ」

「「あはははは〜」」

二人(?)して笑うりのとプッチャンに対し、乗客は少し距離を開けていたりするのだが、
そんな事を気にも止めず、単に気付いていないだけかもしれないが、二人は笑い声を上げる。
そんなおかしな二人を乗せて、列車は一路、宮神駅へと向かって走り続ける。



  § § §



宮神学園の最上階に位置し、関係者以外は立ち入ることの出来ないフロア。
そこに宮神学園の生徒会室はそんざいしていた。
ちょっとした会社の会議室を思わせるような広さを持ち、
天井が優に二階分はあるのではないかと思わせる部屋には、
円形のテーブルが中央に設置されており、椅子が何脚も並んでいる。
その中の椅子の一つ、丁度、この部屋の出入り口とは対極に位置する所よりも後ろにある壁には、
左右対称に階段が壁の中程まで伸びている。
そこから更に奥へと行けるようになっているのか、通路があった。
その通路を更に奥へと進むと、先程よりも小さいが、それでも充分な広さの部屋へと出る。
入ってすぐに観葉植物が飾られており、ソファーにテーブルが並び、その向こう側は全面が窓ガラスとなっている。
その窓ガラスの前、部屋の一番奥まった所に、一つの机が鎮座しており、そこに一人の少女が居た。
少女、この学園の生徒会長である奏は、机の上に置かれた書類に目を落す。

「もうすぐ来るわね、新しい転入生が」

「そうか。確か、明日からだったな」

奏の呟きに、奏の横に立っていた恭也が答える。
この部屋には二人しか居らず、他には誰も居ない。

「ええ。それよりも、立っていないで座ったら?」

言って、自分の隣の椅子を引いて進める。
恭也は黙ってそこに腰を降ろす。
確かに椅子を二つ並べても大丈夫なぐらい大きな机だが、あくまでも一人用の机である。
奏が机の中央に座っている以上、恭也は端の方に位置するのは仕方のない事である。
だが、別段何か作業する事もないので、これでも構わないらしい。
と、恭也も机の上に置かれた書類に目を落す。

「新しい転入生は女の子か」

「可愛い子よね。恭也も嬉しいでしょう」

「あのな」

「あら、違うの」

「別にそういう意味で言ったんじゃない。
 また女の子が増えれば、ただでさえ少ない男子の肩身が益々狭くなる」

言って大げさに肩を竦める恭也に笑いかけながら、

「何を今更言っているのよ。それに、この転入生の子が男の子だったとしても、
 男女比率、8:2は変わらないでしょう」

「それはそうなんだが……。しかし、こうも男の数が少ないとな」

「仕方ないわ。奈々穂が皆、却下するんだもの」

「まあ、少なくともあの判断は正しいな。
 下心みえみえだったからな」

何を思い出したのか、恭也は苦笑しながら奏に答える。
奏も思い出したのか、可笑しそうに笑う。

「元々、奈々穂は女学園にするつもりみたいだったんだけれどね。
 でも、それだと恭也が入れないでしょう。だから、共学になった訳」

「つまり、俺の所為か」

初めて聞かされた真実に若干驚いてみせるものの、特に何を言うでもなく、静かに奏を見る。

「どうしたの?」

「いや、楽しんでいるなと思ってな」

落ちてきた髪を後ろへとかきあげる奏の右手中指にある指輪が放つ鈍い光に目を細めながら、
恭也は穏やかな口調で言う。

「勿論よ。恭也も楽しんでいる?」

「ああ。充分過ぎるぐらいな」

「そう。なら、良かった」

微笑む奏を見遣りつつ、恭也はもう一度件の転入生の書類へと視線を移す。

「彼女も、ここで目一杯、楽しんでくれると良いな」

「ええ、本当に」

言って互いに小さく笑みを交し合っていると、ノックの音が聞こえる。
恭也は立ち上がると、奏を見る。
奏が頷いたのを受けて、外へと声を掛ける。

「どうぞ」

「失礼します、会長、会長補佐」

「どうした、奈々穂」

「ちょっと問題が起こりました」

「奈々穂、今は私たちだけなんだから、そんな風に話さなくても」

「ですが、生徒会の業務での話ですから」

「奈々穂、奏が言っているんだから」

二人からの説得により、副会長である奈々穂も納得したのか、いつも二人の前だけで見せる口調に戻る。

「実は、さっき隠密から報告があったんだけれど……。これを見てよ」

言って奈々穂が差し出したものを受け取る。

「これは、うちの高等部の制服だな」

「でも、これがどうしたの?」

奈々穂が差し出した写真を見て答える二人に、奈々穂が告げる。

「これは、とあるホームページのネットオークションに展示されていたものなのよ。
 うちの制服は購買でしか取り扱っていないから、外部の人間が手に入れる事は不可能でしょう。
 うちの生徒が自らやったんだとしても……」

「確かに、由々しき事態だな。だが、確か先日……」

「そう。女子生徒の制服が盗まれるという事件が起こっているわ。
 そして、これの出展日がその翌日」

「つまり、犯人は外部の人間の可能性が高いと」

「ええ。あの事件に関しては、隠密もうちの方でも調査したけれど、
 うちの生徒ではないという可能性の方が高かったの。
 それで、隠密の方に引き続き調査を頼んでいたところ……」

「これが出てきたという訳か」

「ええ」

恭也が引き継いだ言葉に頷くと、奈々穂は奏を見る。
その目はどうしますと問い掛けており、奏は頷く。

「この件は隠密にもっと詳しく調査してもらいましょう。
 今、この制服は何処に?」

「既に落札された後のようですが」

「そうですか。恭也、後はお願いしても良い」

「ああ、分かった。奏はまだする事があるんだろう」

「ええ、ちょっとだけ、だけれどね」

「なら、こっちは引き受けよう。奈々穂、久遠は?」

「生徒会室にいるよ」

「そうか。なら、そっちで方針を決めよう」

「二人とも、がんばってね」

部屋を出て生徒会室へと向かう二人に奏がそう声を掛ける。
その声に軽く応えつつ、二人は部屋を出て行った。
二人が部屋を出て行くと、奏は再び机の上の書類を手に取り、椅子を回転させて背後の窓から外を眺める。

「ここの学生でもないのに、制服なんか買ってどうするのかしら?」

そんな何処かずれたような疑問に、答える者は誰も居なかった。



  § § §



奏の居た部屋から出て通路を歩き、階段を降りながら恭也は椅子に座っている久遠へと声を掛ける。

「久遠、話は聞いた」

「そうですか。それで、いかが致します、会長補佐」

「既に、落札者の居場所まで掴んでいるんだろう?」

「あら、お見通しですか」

「まあ、流石に長い付き合いだしな」

言って笑いながら久遠の隣の席へと腰掛ける。
そんな恭也へと笑い返しながら、久遠は手元の資料を机の上を滑らせる。
それを受け取ると、恭也はざっと目を通す。

「名前や現住所だけでなく、家族構成や勤め先までか。
 流石としか言いようがないな」

恭也の左隣、本来なら奏の座る席へと奈々穂が座りつつ、その資料を恭也から受け取る。
それに目を通しながら、奈々穂は問い掛ける。

「それで、どうしますか、会長補佐?」

「無論、動く。立派な盗品だからな。
 ましてや、報告によると、この購入者はそれを分かっていて購入した節があるしな」

「では、遊撃から誰か……」

「いや、一番近くに居るものに頼もう」

奈々穂が言いかけた言葉を制し、恭也はそう言うと久遠を見る。

「で、誰がこの人物を見張っているんだ?」

「聖奈さんですわ」

「なら、そのまま捕縛するように伝えてくれ。
 後、琴葉に出展者の割り出しを」

「そちらの方なんですが、昨夜の内に既に割り出しは出来ています。
 ですので、今朝方、身柄の確保に向かってもらいました。
 ただ、留守にしているみたいですわ。
 ですので、琴葉には暫く待機をお願いしています」

「ふむ。……久遠、その人物の資料を」

「はい、どうぞ」

もう一枚、新しい資料を受け取り目を通す。
奈々穂も横からそれを覗き込みながら、備考の欄を読んで顔を顰める。

「こんなに借金があるのか」

「奈々穂、注目するのはそこだけではないみたいだぞ」

言って恭也が指差す個所を読み、その顔に怒りを見せる。

「これって……」

「ああ、もしかしなくてもそうだろうな。落札されたのと同じ日に同額の返済」

「間違いなく。オークションで得たお金ですわね」

「それでも、まだ借金が残っているのか。
 …………同じ事を後、三回ほど繰り返せば借金は無くなるな」

「ですわね。 しかも、何回も侵入するというリスクを負うよりも、
 一回で手に入れた方が効率は良いでしょうね」

「一度楽をして手に入れたとしたら、次も同じような事をすると思うか?」

「そうですわね。人によりけりでしょうけれど、この人の場合は大いにありえますわね。
 っ! まさか、留守なのは」

「その可能性はあると思うが、どうだろう?」

恭也の言葉に久遠と奈々穂は暫し考え込む。
と、同時に顔を上げると二人は顔を見合わせて頷く。
それは、自分も同じ意見だという事を示していた。

「だとすれば、今夜か明日の夜に動く可能性が高いな」

「あら、この前は体育の授業中を狙われたんではなかったかしら?」

「だからだ。流石に、二度も同じ日中に忍び込む事はないだろうからな。
 まあ、何事も例外はあるだろうから、一応、各々で気を付けるように全員に通達はしておいてくれ」

恭也の言葉に奈々穂と久遠は了解と返事を返すと、次にどうするかを話し合う。

「来るのが分かっているのなら、罠を張って待ち構えましょう」

久遠はそう言って席を立つと、一枚の地図を持って戻って来る。
それをテーブルの上へと広げる。
それはこの学園一体の見取り図で、校舎の一つの部屋に赤いバツ印が付いてあった。

「これが、前回盗難のあった場所です」

「となると、侵入ルートは。こうか……」

「こうだな」

恭也と奈々穂がそれぞれその部屋へと行くためのルートを指でなぞる。

「もし、相手が夜に動くとして、その場合は何を盗るんだろうな。
 流石に、深夜だと誰も居ないから、盗るものもないように思うが……」

自分で夜に犯人が動くと想像しながら、目的がないと思いついて考え込む恭也に、奈々穂が答える。

「別に制服じゃなくても良いんじゃないか、この手の連中にとっては」

「そうですね。
 それに、制服は前回で出展していますから、今度は違うものの方が値が上がる可能性もありますし」

「だとすると、何を狙うんだ?」

「まあ、この手の連中の考える事はよく分からないけれど、体操服とかじゃない?」

「でも、それでしたら皆さん、持ち帰ってますでしょう」

「うーん。……なら、運動部の予備のユニフォームとかかな?」

「確かに、それはあり得るかもしれませんけれど、その変質者が予備が置いてあると知っているかしら?」

「知っているかいないかはこの際おいておくとして、狙われるとしたら、やはり同じ場所、
 ここ、更衣室だと思うんだが。二人はどう思う?」

「そうですわね、教室にはまず行かないと思いますけれど……」

「確証はないんだろう。だったら一層の事、敢えてここの扉を開けておくというのはどう?」

「不自然過ぎないか」

「いえ、何も全部開けておく必要はないんじゃないですか。
 恐らく、変質者も一度成功している事によって、同じルートを使う可能性が高いですから」

「成る程な。そこから何処へ行くのかは分からないが、更衣室は通ると」

「ええ。なら、そこが鍵を掛け忘れたように見えれば……」

「前回と同じルートを通るとするなら、やはりまた日中に来るという方が確率は高そうだな。
 それなら……」

奈々穂の案を下地に、久遠が補正し、恭也が付け加えていく。
そこにまた奈々穂や久遠が修正や補正を加え、三人はどんどん作戦を練り上げていく。
予測される犯人のルートや逃亡経路。少ない人員の効率的な配置などなどを。



  § § §



宮神駅へと着いたりのは、目の前に広がる景色に思わず感嘆の声を洩らす。

「うわ〜、海だよ、プッチャン」

「ああ、海だな。これでもかってぐらいに海だ」

「う〜み〜」

「りの、叫んでいる場合じゃないぜ。
 さっさとアパートに行って荷物の整理をしないとな」

「そうだね。えっと、アパートは…………」

りのはポケットから手紙を取り出すと、そこに書かれている地図を見る。

「こっちだね」

「りの、地図が逆さまだ。何てお約束な……」

「あ、あはははは〜」

大きな鞄を担ぐと、りのは地図を見直してアパートへと向かう。
駅から歩くこと大よそ十数分。そろそろ目的地という辺りで、ちょっとした人込みを見つける。

「プッチャン、何があったんだろうね」

「大方、どっかで変質者でも捕まったんじゃないのか」

「こ、怖いね〜」

「ああ、全く物騒な世の中になったもんだぜ。
 だが安心しな、りの。りのは俺が守ってやるからな」

「ありがとう、プッチャン!」

「な〜に、良いって事よ。って、アパートってあそこじゃないのか?」

と、プッチャンは人込みの向こうを指差す。

「え、そうなの?」

「ああ。ほら、見ろよ、そこの住所。
 この手紙に書かれているのと同じだぜ。
 地図によると……。ああ、間違いないな。あの人込みの向こうだ」

「あれれ? プッチャン、ひょっとしてわたし目が悪くなったのかな?
 アパートが何処にも見えないよ?」

「ああ、どうやら俺も目が悪くなっちまったみたいだ。
 俺にもそれらしきものは見えねえ」

二人は顔を見合わせると、人込みを掻き分けるようにして進み、ようやく一番前へと辿り着く。
そこで目にしたすぐ目の前の光景に、二人は呆然となる。

「あれれ。プッチャン〜。わたしの目、相当悪くなってるよ〜。
 アパート所か、何も見えない……」

「俺には、焼け跡しか見えないな」

「ど、ど、どういうこと?」

「俺に聞くなよ。そんなのは、あそこに居るおまわりにでも聞いてみろ」

「う、うん、分かったよ」

りのは恐々と近くの警察官に近づく。
それに気付いた警察官がそれ以上は近寄らないようにと注意してくるのを、プッチャンが遮る。

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、良いか?」

「な、何ですか」

話し掛けてくる人形に困惑を見せるが、相手が市民、それも少女とあって丁寧に返答する。

「ここにアパートがなかったか?
 今日からそこに住むことになっているんだが……」

言って地図を警察官に見せると、少し同情した顔になる。

「あ、ああ。それなら、ここで間違いないよ。
 ただ、ここはごらんの通りだけれどね。放火されて、このありさまさ」

「え、えー! じゃ、じゃあ、先に送っといた荷物とかは…………」

「多分、あそこだろうね」

言って指差す先には、焼けたアパートが。

「炭になったと……」

呆然となるりのに代わり、プッチャンがあっさりと言うと、りのは力なくその場にへたり込む。

「どうしよう、プッチャン」

「落ち着けりの」

「だって〜。これじゃあ、わたしは夕飯どうしたら良いの〜」

「って、先に飯の心配かよ!
 その前に寝床の問題があるだろう!」

「うぅ、そうだけれど、だって、お腹がすいたんだもん」

「……仕方ねえな。とりあえず、宮神学園に行こうぜ」

「行ってどうするの?」

「行けば、先生が居るだろう。事情を話せば、何とかしてくれるかもしれないだろう」

「そうだね。えっと、宮神学園は…………」

「あっちだ、りの」

「あ、そっか」

こうして二人(?)は宮神学園へとその足を向けるのだった。



二人がその考えが甘かった事に気付くのは、それから数時間後の事だった。

「プッチャン、ここどこ〜」

「山の中だ」

「うぅぅ、どうしてわたしたち、こんな所にいるの?」

「それは、アパートが全焼したため、今夜の寝床を確保する必要がでたからだ」

「お腹すいたよ〜」

「俺もだ、りの」

「うぅぅ。本当にこっちであってるの?」

「多分な」

鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて進むりのとプッチャン。
辺りは既に日が落ち、暗くなっている。

「プッチャン、わたしもう駄目…………」

「諦めるな、りの! 諦めたら、お終いだぞ!」

「でもでも〜」

「仕方ないな。りの、ちょっと鞄を貸せ」

言ってプッチャンはりのの鞄を漁り、一番底から何かを取り出す。

「あ、チョコレートだ」

「ああ。後でゆっくりと食べようと思っていたんだが、仕方ない。
 二人で食べよう。何もないよりはましだろう」

「ありがとう、プッチャン」

「なに、いいてことさ。ほれ、りの」

「うん」

プッチャンは板チョコを二つに割ると、片方をりのへと渡す。
暫し、二人は無言でチョコを食べるが、すぐに食べ終え再び歩き始める。
しかし、それから少しして、りののお腹が盛大な音を立てる。

「プッチャン〜」

「さっき食べただろうが」

「だって〜」

「くっ、かく言う俺も腹が減った。
 失敗したぜ。下手に少し食べた所為で、余計に空腹を覚える」

「…………プッチャンの頭、美味しそう」

腹を押さえるぷちゃんの後頭部を、りのがじっと見詰める。
その視線の熱さと言葉から、プッチャンは本気で慌てる。

「お、落ち着け、りの! 俺の頭は食べれないぞ」

「大丈夫だよ、プッチャン」

「そ、そうだよな。幾らりのでも、流石にそんな事はしないよな」

「一口だけだから」

「って、全然、大丈夫じゃねー!」

「あははは〜、嘘だよ。冗談に決まってるじゃない。
 プッチャンは大事な友達なんだから、そんな事しないよ」

「そ、そうだよな。いや〜、マジで焦ったぜりの。
 この俺をここまで焦らすとは、成長したな」

「プッチャン…………」

「りの…………」

二人は熱い視線を交し合うと、がばっと抱きしめ合って友情を確認する。
腹のぐ〜ぐ〜鳴る中、二人は多少冷静になったのか、静かに立ち上がると再び歩みを始める。
やがて、プッチャンが整備された道を見つける。

「りの! 見ろよ、道だぞ」

「ほ、本当だ!」

学園云々以前に、道すら見失っていた二人は、ここに来てようやく山の中から、整備された道へと戻る事が出来た。
しかも、運良く、二人の前方には、微かにだが学園の門が見える。

「りの、もう少しだぞ」

「うん」

姿が見えたことで元気が湧いたのか、二人は元気を取り戻して残る道を確実に進んで行く。
そして、遂に学園へと辿り着いた二人は、これ以上はないというぐらいの笑みを見せる。
が、それがすぐに曇る。

「プッチャン、閉まってるよ〜」

「まあ、これぐらい遅いと流石に誰も残っていないか」

「そ、そんな〜。もうだめだ〜」

「りの! こんな所で寝るなよ、りの! おい! おいったら、おい!」

門の傍に座り込んで寝息を立て始めたりのを必死に起こすプッチャンだったが、
次第にその声も小さくなっていき、暗闇の中、二人分の寝息が聞こえてくるのだった





続く




<あとがき>

本当は、一話でりのが加わるまでの予定だったんだが……。
美姫 「思ったよりも長くなったので分けたのよね」
ああ。という訳で、次回は割と早くにアップできるはず。
美姫 「何せ、もう半分ぐらいはかけてるものね」
おうともさ。
という訳で、次回、第2話「ようこそ極上生徒会へ」で。
美姫 「それじゃあ、またね〜」







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