『海鳴極上生徒会』
第5話 「宮神学園七不思議を追え!」
夜八時。
極上寮の前に集まる遊撃のメンバーを見渡し、奈々穂が口を開く。
「という訳で、詳細は既に皆知っているだろうが、気を付けるようにな。
では、頑張ってくれ」
「あ、あのー、副会長は行かれないんですか?」
香の言葉に奈々穂は頷く。
「私は何か起こった時のために、寮の方で待機しておく」
思わずずるいと言いそうになり、美由希は口を押さえる。
どうやら、香も同じようだったらしく、二人は視線を合わせると苦笑する。
そこへ、静かな口調で言葉が掛けられる。
「あら、奈々穂さん。ここに残っていては、万が一の時も何もないと思いますけれど?」
いつの間にかやって来ていた久遠の言葉に、奈々穂は少しだけ言葉を詰まらせると、
半ば自棄とも取れる口調で告げる。
「うっ、分かっている! 行けば良いんだろう、行けば!
行くぞ、遊撃!」
言って学校へと向かう奈々穂たちを面白そうに見送る久遠の後ろから、恭也が声を掛ける。
「久遠も意地が悪いな。奈々穂がああいうのが駄目なのを知っていて」
「あら、何のことかしら?」
「ふっ。まあ、良い。それよりも、皆が帰って来るまでお茶にでもするか」
「そうですわね。頂きますわ」
言って二人は寮へと入って行くのだった。
§ § §
学園の前へと来た奈々穂たちは、門を前に立つ。
「副会長、まずは何処から調べるんですか?」
「まずは、今現在、分かっている七不思議からだな。
校舎よりも先に裏の林から終わらせるぞ」
言って裏山へと向かう。
学園の裏に位置する林へと入った一向だったが、それらしきものは全然、見当たらない。
「そもそも、どの辺りなんだ」
「そう言えば、裏の林としか聞いてねえな。
誰か、他に知っていることはないのか?」
プッチャンが全員へと問いかけるが、美由希や香、奈々穂は怪談そのものを聞いておらず、
聞いているりのやれいん、小百合もそれ以上の事は何も知らなかった。
「手掛かりはまるでなしか。もしかしたら、ただの見間違いだったのかもな。
ちっ、面白くないな」
結局、このままでは時間の無駄だと判断し、校舎内へと場所を移すことにしたその時、美由希が小さく息を飲む。
「どうした、美由希」
「い、いえ何も」
「気になるから、言え」
奈々穂の言葉に答えた美由希だったが、更に追求され、美由希は前方の茂みを指差す。
「ただ、そこの茂みが今、動いたような気が……」
その言葉にプッチャンやりの、れいんは顔を輝かせ、香、奈々穂は顔を引き攣らせる。
美由希も顔を若干強張らせつつも、言葉を何とか続ける。
「でも、幽霊なら実体がないし、茂みは揺れたりしませんよね。きっと、私の見間違いか、風かなにかですよ。
もしくは、熊とか」
「そ、そうだな。美由希の見間違いか、風か。それなければ、熊だな」
ほっと安心したように言う奈々穂の横で、れいんが声を上げる。
「って、熊って! それはそれで大変で、プロブレムで、問題あり!」
「いや、熊って言うのは本気じゃなくて……。
ほら、剣士の小百合が何も感じていないみたいだから、それはないって」
れいんの言葉に美由希が苦笑しながら答える横で、小百合は首を振る。
「いや、確かに何も潜んでいるような気配は感じられないが、美由希だって剣士なんだから分かるだろう」
「剣士って言っても、私の場合は小さい頃にちょっとやってたってだけで、今はやってないし。
ほら、小百合みたいに校内での木刀所持の許可もないぐらいだし」
「毎回思うが、あまり弱いとは思えないんだがな」
「あははは、買いかぶり過ぎだって」
「そうそう、美由希本人がこう言ってるんだし。
大体、美由希はただのドジで間抜けの本好きな子だしね」
「それはそれでショックなんですけれど、れいん」
「まあまあ、気にしなさんなって」
「……まあ、美由希がそう言うのならそうなんだろうがな。
ただ、少し残念ではあるな。草間一刀流とは、一度手合わせしてみたかったからな」
「そんな。私はそんなに凄くないですよ。草間一刀流って言っても、本当にかじった程度だし……」
言って小さく笑う美由希に、奈々穂が声を掛ける。
「今はそんな事はどうでも良い。それよりも、ここには何もないみたいだから、次へ行くぞ、次へ」
奈々穂の言葉に短く返事を返すと、校舎へと向かう。
「それで、ここからだと何が一番近いんだ?」
「えっとですね。あっしの調べによると、百メートルを疾走する二宮金次郎像ですね」
「疾走ってのは何だ?」
れいんの報告に少し呆れたように言う奈々穂に、れいんは真面目な顔をして返す。
「それが、かなり早いらしいんですよ。しかも、全力疾走してるとか」
「何なんだ、それは。動くとかならまだしも、百メートルを疾走って。
この学園は七不思議まで変なのかよ」
「でもプッチャン、ちょっと面白そうだよ」
「まあ、確かに面白そうではあるな。で、それは何処なんだ?」
プッチャンが誰ともなく尋ねると、全員が奈々穂へと視線を向ける。
「何で私を見る」
「だって、私たち二宮金次郎の銅像なんて見たことないですから」
代表するように答えた香に、奈々穂も肩を竦める。
「私だってないぞ。というか、この学園にそんな銅像はなかったはずだ」
「って事は、またガセネタかよ」
やれやれと肩を竦めて見せるプッチャンだったが、美由希が鋭い声を上げる。
「副会長、あれ!」
言って美由希が指差す先、肯定では黒い影がクラウチングスタートの格好をしていた。
全員が見守る中、影は腰を上げ地を強く蹴って疾走する。
「まさか、本当に!?」
香が驚いた声を上げる中、れいんが門を開ける。
「皆、ぼうっとしてないで。
早く、ハリー、急いで!」
その声に我に返ったように、奈々穂たちはその影へと向かう。
ゆっくりと、奈々穂が言うには慎重に影へと近づく。
丁度、影はさっきとは逆方向へと向き、同じように走り出す所だった。
自分たちへと向かって来る影に対し、奈々穂が思い切って懐中電灯の明かりを向ける。
突然の明かりに影は足を止める。
そこに浮かび上がったのは、銅像ではなく人の肌。
幽霊のように透けている事もなければ、宙に浮いてもいない。
相手が人間だと分かり、奈々穂は鋭い誰何の声を上げる。
「そこで何をやっている!」
その人物は光を直視するのを避けるように手で影を作ると、奈々穂たちの姿を確認する。
「えっと、極上生徒会の人?」
「そうだが」
相手が逃げないと悟り、奈々穂は懐中電灯を降ろす。
向こうからこっちへと近づいてくる人物に、奈々穂は見覚えがあった。
「あなたは確か、一期生の伊藤正樹?」
「ああ」
「陸上部エースの貴方が何で、こんな時間に?」
奈々穂の言葉に正樹は少し困ったように頭を掻く。
「色々とあって。妹の体調がちょっと悪くて、ここの所、部活を休んでいるんだ。
でも、それだとどうしても練習不足になってしまうから、こうやって妹が寝てから練習しているんだ。
この時間なら、菜織の奴がみててくれるから」
「事情は分かったけれど、夜中に忍び込むのは感心しない」
「悪かった。でも、一応恭也の許可は貰ったんだけれどな」
「そうなのか!? お前たち、何か聞いているか?」
奈々穂の問いかけに、誰も首を縦には振らなかった。
それを見て、正樹はまさかと自分から話し出す。
「いや、恭也に許可を貰うときに、乃絵美の奴に心配させたくないから、内緒にしてくれって頼んだんだけれど。
やっぱり、それって関係あるかな?」
「あー、それは関係あるだろうな。しかし、私らにも秘密にするから、こんな事になるんだ」
「悪い。恭也を責めないでやってくれ。
元をたどせば、俺の責任だしな」
「分かっている」
正樹の言葉に頷く奈々穂に、今度は正樹の方が疑問顔になる。
「何で、生徒会がこんな時間に?」
「何だ、聞いてなかったのか?」
奈々穂は簡単に事情を説明すると、正樹に今日は帰るように言う。
正樹もそれに頷くと、帰り支度始める。
それを横目に眺めながら、奈々穂はれいんへと視線を向ける。
「で、次は?」
「次は中庭か、部活棟が近いかな」
「中庭のは確か、不気味な笑い声だったよね」
「部活棟の方は、怪しい人影でーす」
震えながら言う美由希と、その横で楽しそうに言うりの。
正反対の反応をする両者に苦笑を浮かべつつ、奈々穂は部活棟の方へと足を向ける。
「どうせ、その人影も生徒なんだろう。
だったら、先にそっちからだ」
そう言って歩き出す奈々穂の後ろに一同も続く。
程なくして辿り着いた部活棟で、丁度出てくる人影を見つける。
奈々穂は壁に隠れると、後ろにいる美由希たちに止まるように合図する。
それを受けて全員が足を止め、部活棟の方へと顔だけを覗かせる。
その人影はちゃんと鍵が掛かった事を確認すると、その場から歩き出す。
それを見て、奈々穂ははっきりと確信する。
「あれもうちの生徒だ」
「どうしてですか?」
不思議そうに尋ねてくるりのに、奈々穂は得意そうに言う。
「もし幽霊なら、わざわざ鍵なんか確認しないだろう。
鍵を掛け、しかもちゃんと掛かっているかどうかを確認しているからな」
「なるほど〜」
「鍵を掛ける幽霊って線は……まあ、ないか」
奈々穂の推理に文句をつけようとしたプッチャンだったが、無理があると思ったのか、すぐに自分で否定する。
と、その人影は奈々穂たちの方へと顔を向けるとこちらへと近づいてくる。
一瞬だけ慌てる奈々穂たちだったが、すぐに非は向こうにあると思い出して美由希たちを落ち着かせると、
物陰から出る。
何をしているのか問いただそうと声を掛けるよりも前に、向こうから声が掛かる。
「あら、奈々穂さん。調査、ご苦労さまです」
「せ、聖奈さん!? 何をしているんですか?」
「はい? ああ、私は生物部の動物たちに餌をあげにね。
夜行性の子たちもいるから」
「ひょっとしなくても、七不思議の一つは聖奈さんですね」
「あらら、そうだったの? うーん、それじゃあ、お詫びって訳じゃないけれど、私も付き合っちゃおうかな。
で、次は何処に行く予定だったの?」
そう言って聞いてくる聖奈に、美由希が答える。
「次は、中庭から聞こえる笑い声なんだけれど……」
「今度は合唱部でも出てくるんじゃないだろうな」
「まさか。それに合唱部なら、ピアノの方がありえるでしょう」
香がプッチャンの言葉に反応を示す。
その顔は、最初の頃の緊張していたものよりも幾分落ち着いていた。
「じゃあ、落語部とかかな、プッチャン」
「おいおい。自分たちで笑ってどうするんだよ?」
「蘭堂、つまらない事を言ってないで、さっさと次に行くぞ」
奈々穂もさっきよりも軽い足取りとなって中庭へと向かう。
中庭へと近づくと、確かに微かに笑い声が響いてくる。
流石に歩調も遅くなり、ゆっくりと一向は進む。
『ふふふふ〜』
「おいおい、今度こそ本物か!?」
嬉しそうに言うプッチャンは、早く現場に行きたいのかウズウズしながら先へと進もうとする。
そのプッチャンと繋がっているりのの肩を軽く叩き、奈々穂が押し止める。
「本物かどうかは兎も角、誰かがいるのは間違いないんだ。
ここは慎重に……」
「副会長、もう居ません」
話している間に、既にプッチャンとりのの姿はなく、それを小百合が告げる。
ぶつくさと文句を言う奈々穂へ、美由希が話し掛ける。
「副会長、そんな事を言っているよりも、早く後を追ったほうが」
「私も美由希ちゃんの意見に賛成かな。
でもね、美由希ちゃん。そんなに服を強く掴まれたら、伸びちゃうんだけれど〜」
「ああっ! ご、ごめんなさい」
謝りつつも美由希は未だに怖いのか、決して一人でりのの後を追おうとはしない。
と、不意に中庭の方から笑い声が止んだかと思うと、プッチャンの悲鳴が響く。
「や、やめてくれー! だ、誰かー!」
「あんな人形でも、一応、仲間だ。皆、行くぞ!」
奈々穂は美由希たちを見渡すと、すぐさま駆け出す。
奈々穂たちは中庭に辿り着くと、目の前の光景に声を無くす。
そこには…………。
「や、止めろって言ってるんだよ!」
「うるさい! アンタは黙って解剖されればいいのよ!」
「や、やめてください〜」
「バカか! どこの世界に、黙って解剖される奴がいるんだ!」
「ば、バカですって! この天才忍ちゃんに向かって!
大体、アンタは人じゃないでしょう!
「バカ、止めろ! って、それは差別だぞ!」
「またバカって言ったー! アンタなんか、アンタなんか!」
「ああー、プッチャン! 忍先輩、落ち着いてください〜」
「う、腕が千切れるだろうが! とっとと放せよ、このバカ!」
「きぃぃ〜! もう勘弁できない! やっぱり、アンタは解剖よ、解剖!」
「プッチャン! プッチャン! やめて〜。誰か〜」
呆然とそのやり取りを眺めていた奈々穂だったが、すぐに我に返ると忍とプッチャンの間に立つ。
「ったく、こんな時間にこんな所で、一体、何をしているんだ、忍」
「ん? あれ、奈々穂たちじゃない。どったの?」
「それはこっちの台詞だし、先に聞いたのもこっちだ」
何処か怒っているようにも見える奈々穂に、忍は苦笑を見せる。
「話すと長いんだけれど……」
「構わないから、じっくりと話してくれ」
「…………あ、あははは〜」
言い逃れできないと悟ったのか、忍は肩を竦めると説明しだす。
「早い話が、発明品の実験よ。それで、つい嬉しくて笑い声がね」
「みじかっ!」
思わず香が上げた声に、プッチャンはうんうん頷く。
「しかも、まさにマッドの真骨頂って感じだな」
「うるさいわね〜」
またもプッチャンへと掴みかかろうとする忍を押さえ、奈々穂が言う。
「忍、今日の所は大人しく帰って…………。何の音だ?」
言い聞かせようとしていた言葉を区切り、奈々穂は風に乗って聞こえてくる音に耳を澄ませる。
「これって、ピアノの音じゃ」
美由希が周りを確認しながらそう言うと、れいんはメモを取り出してめくる。
「って事は、音楽室のピアノだ!」
「すぐに音楽室へと向かうぞ!」
既に怪談を信じなくなったのか、奈々穂がそう言った言葉に、忍が首を傾げる。
「何をそんなに慌ててるのよ」
「何って、今、私たちは七不思議を調査しているんだ。
その一つに、誰も居ない音楽室で鳴るピアノと言うのがあるんだ」
「誰も居ない? そんなはずないわよ。だって、今そこにはノエルがいるもの」
『はい!?』
あっさりと告げられた言葉に、一同から素っ頓狂な声が上がる。
そんな中、聖奈は一つポンと手を打つ。
「そう言えば、ノエルさんが昼間楽譜を見ている所を見たわね」
それに頷きつつ、奈々穂たちへと手を軽く振りながら忍は笑う。
「ほら、夜中に作業をしていると眠くなるじゃない。
だから、ノエルには定期的にピアノを弾いてもらってるのよ。
あ、今日はSEENAか。さすが、ノエル。私の好みをよく知っているわ」
うんうん頷く忍の言葉通り、そのピアノはきちんとした旋律で弾かれており、ちゃんと曲を奏でていた。
しかも、今は忍の言う通り、SEENAの新曲が流れる。
その上手さに思わず聞きほれる一同だったが、プッチャンがつまらなさそうに呟く。
「つまり、また偽者か」
「あらあら。でも、上手ね〜、ノエルさん」
「まあ、七不思議と言っても、こんなもんだろう」
奈々穂は腕を組みながらうんうん頷くと、れいんへと目を向ける。
れいんももう慣れたのか、次の怪談の説明をする。
「次は、誰も居ないはずの教室からラップ音がするってやつですね」
「ラ、ラップ音」
「おお、今度は本物っぽいな。じゃあ、行こうぜ、男女先輩」
「……あ、ああ」
流石にラップ音と聞いて少し及び腰になるが、奈々穂は首を横へと振ってそれを振り払う。
最後に、もう一度忍に帰るように念を押し、奈々穂たちは高等部校舎へと向かう。
噂の教室前へと来た奈々穂たちは、中の様子をじっと窺う。
と、それに応えるように、中からパチ、パチンという音が聞こえてくる。
「今度こそ、本物か」
これまた嬉しそうに告げるプッチャンの口に人差し指を当て、りのがそっと扉へと手を伸ばす。
「ま、待て蘭堂。行き成り開けるときけ…………」
奈々穂が最後まで言うよりも早く、りのが静かに扉を開ける。
……はずが、途中でプッチャンが扉を豪快に開ける。
「さあ、正体をみせやがれ!」
「は、はいぃぃ! な、何ですか。
忍さん、作業終わったんですか!? って、あれ?
皆さん、一体、何を?」
席に座ってソロバンを弾いていたまゆらが教室の入り口を見ると、
そこには疲れたように座り込んでいる奈々穂たちが居た。
「いや、別に何でもない。所で、市川は何を?」
「何じゃないですよ〜。忍さんの発明の所為で、予算を何度やり直しているか。
しかも、最近は新しい発明の実験で試作機を勝手に作って〜。
だから、その監視も兼ねて、忍さんが実験している間は、ここで予算のやりくりをしていたんですけれど」
それが何かという顔で見返され、下手な事を言って予算の件が遊撃に及ぶのはまずいと判断した奈々穂は、
すぐさま話題を変える。
「いや、大した事ではないんだが、今、我々は七不思議の調査をしていてな。
今日は、誰も校舎に入ってはいけないと言う通達をしたんだ。
どうやら、市川たちは聞いてなかったみたいだな」
「そうだったんですか。それはすいません。すぐに帰ります!
あ、忍さんも連れて帰らないと」
「頼む。一応、さっき忍に会ったから伝えてはいるがな。
それよりも、気を付けて帰れよ」
「はい」
言って教室を出て行くまゆらを見送り、まゆらが完全に居なくなってから奈々穂は額の汗を拭うように、
腕を額に当てて大きく溜め息を吐く。
「こうなると、残る七不思議も似たようなもんだろうな。
で、残るのは何だ?」
「えっと、最後のは、夜に集団で学校に来ていると、知らない間に一人増えているってやつです」
「増えているな……」
今までが今までだけに半信半疑だったが、最後のは自分たちに条件が合っていたため、
奈々穂は嫌々ながらも点呼を取ることにする。
「えっと、確か途中で聖奈さんが来たから全員で、七人だな。
よし、番号!」
「イーで、ワンで、いち!」
「ニ」
「三です」
「四!」
「ご〜」
「六だぜ」
「で、私を入れて七と。よし、問題ないな」
内心で気付かれないようにほっと胸を撫で下ろす奈々穂に、プッチャンが声を掛ける。
「おいおい、今のちょっと可笑しくないか?」
「何処がだ? ちゃんと七人いるじゃないか」
「そうなんだがよ〜。何か引っ掛かったんだが」
「なら、もう一度番号!」
「イーで、ワンで、いち!」
「ニ」
「三です」
「四!」
「ご〜」
「六だぜ」
「ほらみろ。私で七人」
「だよな。じゃあ、俺は何が気になったんだ?」
「下らん事を言ってないで、さっさと戻るぞ。
それで、会長に報告だ。七不思議は全てガセだとな」
言って歩こうとする奈々穂をプッチャンが呼び止める。
「わりいが、もう一度だけ頼む。今度は、一人一人ゆっくりと」
「はぁ、仕方のない奴だな。一番、興味がありそうな事を言っておいて、実は一番怖いんじゃないのか」
「失礼な! 俺はただ、何かが気になっているだけだ。良いから、さっさとやってくれ」
「はいはい。じゃあ、これで最後だぞ。
番号!」
余裕が出来たのか、奈々穂は肩を竦めて見せるともう一度号令を掛ける。
「イーで、ワンで、いち!」
れいんが右手を上げて答えるのを奈々穂とプッチャンは確認すると、その隣へと顔を向ける。
それを受け、隣に立っていた小百合が短く答える。
「ニ」
「三です」
続き、美由希が答えるのを見て、奈々穂とプッチャンはまたその隣へと視線をゆっくりと移す。
「四!」
香が答えると、二人はりのを見る。
りのは笑顔で楽しそうにまた番号を言う。
「ご〜」
「でだ。俺が六と」
言って自分を指差す。
途端、奈々穂がその頭をはたく。
「ってな〜。何しやがる」
「何でお前が番号を言っているんだ」
「何でって。俺だけ仲間はずれかよ!」
「分かった、分かった。入れてやるからそう大声を出すな」
「良かったね、プッチャン」
「おう」
「だったら、全部で八にならないといけないな……。って、ちょっと待て!
お前はさっきも号令に答えていたのか」
「そうだぜ」
「だったら、七ってのは可笑しいだろう」
言って改めて全員を見渡して数を数える。
「…………聖奈さんが居ない」
奈々穂に言われ、他の面々もようやくその事に気付く。
「一体、いつ居なくなったんだ」
「プッチャン、覚えてないの」
「いや。中庭の時は確かに居た事は覚えているんだが……」
プッチャンの呟きに嫌な汗を流しつつ、奈々穂はれいんを見る。
「れいん。七不思議は増えるんだよな」
「そうですけど……」
「何故、減っているんだ!」
思わず叫ぶ奈々穂に、プッチャンがポンポンとその肩に手を置く。
「まあ、そう興奮するなよ。どうせ、あのねーちゃんの事だから、用事でも思い出したか、
副会長さんに呼ばれたかで、先に戻ったんだろう」
「そ、そうだな。はぁ〜。よし、皆戻るぞ」
プッチャンの言葉に納得すると、奈々穂は寮へと戻るように告げる。
それに答え、他の面々も寮へと戻るのだった。
§ § §
「奈々穂たちか。お疲れ」
リビングで寛いでいた恭也たちの元へ、奈々穂たちがやって来る。
労いの言葉を掛ける恭也に軽く手を上げて応えると、奈々穂は手近な椅子へと腰を降ろす。
「で、どうだった」
「駄目。全部ガセよ、ガセ」
「ほう。一応、七つとも見つけたのか?」
僅かに感心したように呟く恭也に、れいんが七不思議全ての真相を話す。
それを聞き、恭也と奏、久遠は顔を見合わせて何とも言えない顔を見せる。
そこへ、聖奈がやって来る。
「皆、ご苦労様〜。どうだった、七不思議は?」
「どうもこうもないですよ。それはそうと、黙って帰らないでください。
心配するじゃないですか」
奈々穂の言葉に皆が頷く中、聖奈は首を傾げる。
「帰るって?」
「ですから、学園からこの寮にですよ。用事があるならあるで言ってくれれば……」
「ちょ〜っと待ってね。確かに帰ったけれど、別に報告するような事でないでしょう」
「確かにそうかもしれませんが。夜の校舎で急に居なくなったら……」
「んん? 私が言っているのは、普通に下校の時の話なんだけれど?
夜の校舎って何?」
反対側へと首を傾げる聖奈の言葉に、奈々穂は恐る恐るといった感じで尋ねる。
「聖奈さん、さっきまで学園にいましたよね」
「ううん。私はずっと部屋にいたけれど。どうして?」
「いや、だって、生物部の動物に餌を……」
「餌? 餌は帰る前に部員の人が置いていくでしょう。
それに、私は生物部でもなんでもないわよ」
「え、じゃ、じゃあ、聖奈さんは今日はずっとこちらに?」
「そうだけれど、それがどうかしたの?
ああ、それよりも七不思議の方はどうだったの?」
聖奈の言葉も聞こえていないのか、奈々穂たちは顔を見合わせる。
「あ、あはははは〜。
じゃ、じゃあ、あれって、本物で、真実で、ものほん?」
徐々に引き攣っていく顔を付き合わせる中、全員が言葉に出来ない何かを胸中に浮かべる。
そんな中、一人平然としているりのが明るい声で、皆が思っていて言えない事を口にする。
「じゃあ、あの聖奈さんは本物の幽霊さんだったんだ」
「みたいだな。最後の七不思議、一人増えているってやつだな」
『……………………いやぁぁぁぁーー!!』
極上寮に一際大きな悲鳴が響いたかと思うと、それぞれ部屋へと駆け込んでいく。
香も来客用の部屋へと駆け込むと、皆と同じように部屋に鍵を掛けてベッドへと潜り込む。
リビングを一斉に出て行く人たちを見ながら、りのとプッチャンは顔を見合わせて笑う。
そんなりのの頭にそっと手を置きながら、奏が尋ねる。
「りのは楽しかった?」
「はい! とっても楽しかったです。
本当にこの学園に来て、生徒会に入れて良かったです!」
「そう。そう言ってもらえると、私としてもとても嬉しいわ。
それじゃあ、お風呂にでも入りましょうか」
「はーい」
そう言うと奏とりのもリビングを出て行く。
その場に残った三人は、嬉しそうなりのと、それを見てこちらも嬉しそうにしている奏を見て、
知らず口元を緩める。
誰も居なくなったのを確認すると、恭也は静かに聖奈へと話し掛ける。
「最後のは少しやり過ぎじゃないのか、聖奈」
「何のことかしら?」
「まあ、それでりのが喜んで、奏も喜ぶなら多少はいいがな」
「それにしても、全く違う七不思議が出来上がったものね」
恭也の言葉に続き、久遠がそう言う。
それに頷きながら、恭也は聖奈にも紅茶を淹れる。
席に再び着きながら、恭也は頷く。
「そうだな。しかし、ようやく七不思議の話が出たか」
「もう少し早くに話題になるかと思ってましたけれど、まあ、卒業前に見れて良かったんではありませんか?」
「まあな」
「そうですよね〜。でも、副会長が知ったら、激怒するかもしれませんね。
まさか、学園の七不思議は生徒会が最初に行った仕事だなんて」
聖奈の言葉に恭也は苦笑を浮かべる。
「まあ、当初は学園をどうしていくかで考えている途中だったからな」
「だからって、七不思議ってのはどうかしらね」
「久遠も賛成したくせに、何を言う。
それに、やはり学校にこういった話は付き物だろう」
「まさか、七不思議がそんな理由で作られたなんて、誰も考えもしないでしょうけれどね」
聖奈の言葉に、恭也と久遠はまたしても苦笑を浮かべ、少し昔を思い返す。
当初の極上生徒会メンバーは、ここに居る三人と奏、奈々穂だけだった。
五人は学園の規則などを決め、次に学校らしくするために色々と考えていた。
その際、恭也が提案したのが七不思議だった。
ただ、こういったことが苦手な奈々穂には内緒にして。
懐かしむような目をしていた三人は、奈々穂の置いていったメモを捲る。
「それにしても、全く違う七不思議が出てきたものだな。
これなら、別にあの時に作る必要はなかったかもな」
「本当ですわね。
私たちが作ったのは確か……」
「登りと下りでは段数が違う階段に、校舎端の壁に真夜中の12時になると増えている扉ですね」
「それと、東階段の2階から3階へと行く途中の踊場にある大きな鏡で、
夜中の2時に合わせ鏡をすると異世界への扉が開く。
音楽室で真夜中になるピアノだったかな」
聖奈に続き恭也も指折り数え、その後を久遠が続ける。
「夜中に踊り出す理科室の標本に、美術室の涙を流す彫刻ですわね、確か」
「後は〜、校舎最上階の一番端にある開かずの教室に現れる幽霊ですね。
尤も、ここが開かずになっているのは、そこの鍵を恭也さんしか持っていないからなんですけれどね」
「そう言えば、そうだったな」
言って小さく笑う恭也に、久遠や聖奈も笑みを浮かべる。
自分たちが作った七不思議と、今回の七不思議を見比べて久遠が口を開く。
「でも、音楽室のだけは、ちゃんとあっていたわね」
「まあ、それもノエルのお陰というか。この場合は、お陰でいいのか?」
「ともあれ、私たちが作った本来の七不思議とは違う七不思議がまた出来てしまいましたわね」
恭也の言葉にさあと首を傾げつつ、久遠はそのメモを横から覗き込む。
「合わせて、14、いや、同じのがあるから13か」
「偶然にしては、中々意味のありそうな数字ですわね」
「一層のこと、全部で13怪談にしましょうか」
「それは、階段と掛けていたりするのか」
「さあ?」
恭也の問いかけを聖奈はいつもの笑顔でさらりと躱す。
恭也も特に追求する事もせず、一つだけ気になったのを指差す。
「所で、この最初の影の怪談だが、目撃者はどうだったんだ?」
「ああ、それでしたら面白みも何もない話ですわ」
「という事は、分かったんだな。さすがだな」
「いえいえ。聖奈さん、お願いできますかしら」
「はいは〜い」
久遠の呼びかけに答え、聖奈は恭也へと報告する。
「実は、その噂はりのちゃんから流れたみたいなんです」
「なら、どうしてりのはそれを知らなかったんだ?」
「多分、無意識に口にしてたからじゃないかな?」
「どういうことだ」
「学園の裏じゃなくて、極上寮の裏の林でその影を見たらしいんです。
で、喉が渇いて起きてたりのちゃんは、寝ぼけた状態でそれを目撃して、そのまま寝ちゃったと。
で、翌日の昼食で会長に楽しそうに話してましたから」
「つまり、それを傍で聞いていた第三者から話が伝わるうちに、怪談になったと」
「そうです〜。で、寮の裏の影に関してですが、こっちも調べはついてます」
にこにこと笑みを深めて言ってくる聖奈に、恭也は大体予想できたのか、頭を抱える。
「まあ、大よその検討は付いているが……」
「多分、正解ですわ」
「決定的な証拠として、裏山に埋められた壊れた部品がありますけれど」
「はぁ〜。それを明日にでもまゆらに見せてやれ。
きっと喜んで俺たちの代わりに説教をしてくれるだろう」
「その後、泣いてソロバンを弾くんでしょうね」
「怒って泣いて。バランス的には丁度良いような気もしますね〜」
「いや、バランスの問題じゃないだろう。そもそも、どっちも負の感情だぞ、それだと」
恭也の突っ込みを受けても笑顔のまま、聖奈は続ける。
「でも、新しい七不思議のうち、二つは直接的に忍ちゃんが原因で、
二つは間接的に忍ちゃんが原因なんですね、これって」
「ある意味凄いですわね。半分以上ですもの」
「はぁー。まあ、奏は満足そうだったのが、せめてもの救いだな」
「ですわね」
「ですね〜」
言って顔を見合わせると、三人はすっかり冷めてしまった紅茶に口を付ける。
「新しいのを淹れるか。二人は?」
「お願いしますわ」
「私も頂きます」
新たに三人分の紅茶を淹れると、いつもよりも静かな寮内で、三人は夜のティータイムを楽しむのだった。
翌日、生徒会室で正座をさせられる忍と、その前で目を吊り上げて起こっているまゆらの姿が見られたとか……。
その後、半分泣きながらソロバンを弾く姿も、である。
続く
<あとがき>
と言うわけで、七不思議終了〜。
美姫 「まさか、そもそも恭也たちが作ったとは思わないでしょうね」
しかも、そっちよりも違う七不思議が広まっていたと言う。
ともあれ、宮神学園では13不思議あることになったとさ〜。
美姫 「って、そんないい加減な」
あははは。まあまあ。
ともあれ、七不思議はこれでお終い!
美姫 「じゃあ、次回はどんなお話なのかしら?」
それは次回でのお楽しみ♪
美姫 「つまり、まだ考えていないのね」
……それでは、次回で。
美姫 「はぁ〜〜」
次回も……ぐげらばぁっ!
美姫 「極上よ♪」
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